表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/83

52.遅過ぎた悲報、シェスタ召喚勇者が訃報千里を走らず


挿絵(By みてみん)




 シェスタ・ジェンキンス十三世は、矯正することを諦めた不甲斐無い実の娘を永久に幽閉することに決めた。

 年頃になれば種馬を宛てがって繁殖させればいい……それが、第二十三代シェスタ王朝の総意だった。




挿絵(By みてみん)




 あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっああああああっ!


 耳を(つんざ)く野太い怒号(どごう)が、俺の頭の中を真っ白にする。

 誰が叫んでいるのかと思えば、俺の咆哮(ほうこう)だった。



 あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっああああああっ!


 その知らせを聴いた途端、俺は狂った。



 「どう言うことだああああっ、腐れ売女(ばいた)ああああぁっ!」

 「ネメジズウゥッ! てんめえええっ、俺のおおっ、ふくじゅううを()げる為にぃ、契約したよなああああああああっ!」

 「魂の盟約なぞお、反古(ほご)も同然かあああああああっ!」

 これ以上無い迄にぶっ壊れてると思っていた俺だが、更に壊れた。



 当のネメシスは心底当惑(とうわく)しているようで、返すべき言葉も無くて無言を貫いている。

 無意識に漏れる怒気が周囲の雑木林をざわめかせ、感電したように小動物や小鳥が明後日(あさって)の方向に踊り出し、飛び立っていった。


 「おっ、落ち着け、ソラン、まず、その無意識の発火をやめろ!」

 「言ってることが分からんが、その熱風がここら一帯を焼き焦がして仕舞う、まかり間違えば山火事で村が全焼するぞ!」


 エイブラハムが何か言ってるが、頭に血が上ってる俺には幾ら師匠の言葉でも届かねえ……完全に逆上して、ブチギれていた。

 さっき、出張所から飛び出すような勢いで出てきたギルドマスター代理が、ことの顛末(てんまつ)を説明するのに、寝耳に水の俺は視野狭窄(しやきょうさく)を起こして目の前が真っ暗になった。


 「大丈夫かっ、ソラン、行き場の無い(いきどお)りも劣情も全部この身が受け止める、思う存分(なぶ)って犯してくれてよいのだぞっ!」


 ゆる股の牝猿がゴチャゴチャ何か()り言を(わめ)いている。

 悪気はねえかもしれねえが、その言い様は他人の大願を侮蔑(ぶべつ)してるのと同じこと――俺の絶望に火を注ぐ!

 我を忘れた感情のままノーモーションで理力(フォース)のエア・インパクトを見舞うと、真後ろにすっ飛んでいった。

 そのまま掘っ立て小屋同然のセルジュ村冒険者ギルド出張所のドアをけたたましく砕き、安普請(やすぶしん)を半壊させる勢いで建屋内へ倒れ込む。

 教官らしき女が弱々しい(うめ)き声を漏らしては、埃が舞い上がる中に治癒の神聖魔術でキズの修復をする輝きが見えた。

 咄嗟(とっさ)に硬気功で身を(かば)ったのだろうが、物理結界の発動が間に合わなかったのか、右手の肘がおかしな方向に()じれている。


 「恩っ人でもおぉ……、幾らあぁ……、命のぉ……、言っていいこと、悪いことがあるぜええぇ……」

 ビヨンド教官のチャラけた言葉が正気(しょうき)を失くした俺を逆撫(さかな)でる。

 殷々滅々(いんいんめつめつ)たる俺の濁声(だみごえ)は完全に狂気に囚われていた。

 絶対に俺を裏切らないと“誓いのスキル”で己れ自身を縛ってみせた女……例え心の底から信じることは出来なくとも、もしかしたらと歩み寄れる糠喜(ぬかよろこ)びめいた可能性を(いだ)かせてくれた……そう、俺が逆上したこの日このときまでだが。

 俺を救う為に、先祖伝来の大切な秘宝を差し出した……感謝もしていたし、少なからず()い目もある。

 だが、人生の全てを掛けたと言っていい俺の宿願を安直な言葉でおとしめ、嘲笑(あざわら)真似(まね)だけは断じて堪忍(かんにん)出来ねえ。


 誰かが耳元でフゥー、フゥー、ゼイゼイと随分(うるさ)く息を()いてると思えば、そいつは怒りの制御を忘れた俺の呼吸音だった。

 このままだと誰かを殺しちまいそうだった。



 ()()()()の知らせは、それだけ、俺にとっても晴天の霹靂(へきれき)だった。



 あのときの、3人の女の裸をザーメン濡れにしてみせた、勝ち誇った種馬のようなわななきが忘れられねえ!

 クソがっ!

 怒張(どちょう)で突くたびに雌馬共を(いなな)かせてみせ、そして俺を(みじ)めにさせる為に(さげす)みの(わら)いを終始顔に浮かべていた、あの男………


 「勇者はああっ、俺があぁ、殺ずはずだっだああああああっ!」

 振り(あお)ぎ、天に()える絶叫は、大気を震わせて突き抜けて行った。


 俺が勇者を(かたき)と付け狙うのを、それと察したエイブラハムが動静を探らせたかしてたんだろうが、情報統制の徹底でその秘された訃報(ふほう)が届いたのは、勇者が害されてから1ヶ月以上()っていた。


 度を越した怒りの為に耳鳴りがして、視界がおかしい。

 次第(しだい)に悪寒もしてくるし、身体中に(くさび)を打ち込まれるような幻視痛がある。気が狂わないよう、しっかり意識を(たも)つのに歯を喰い縛る。

 このときの俺は、怒りに目が(くら)み、正気を手放(てばな)さないよう留まるのに必死だった。

 無意識に頬を指先で引っ掻く、自傷行為をしていたようだ。

 耐え難い怒りの感情が、俺の冷静さを根刮(ねこそ)ぎ奪っていく。

 不随意発生するデバフキャンセルのスキルが精神異常を押さえ込もうとするよりも、俺の際限無い怒気(どき)が勝る。



 「おやめくださいっ、アンダーソン様!」


 アザレアが居た。

 半分割れて最初なんだか分からなかったが、出張所の美観の為と彼女が丹精(たんせい)していたラナンキュラスの鉢植えを抱えている。

 鉢植えは俺がビヨンド教官を吹き飛ばしたときに、巻き添えを喰ったんだろう。

 アンダーソンと言うのが俺のことだと、気付くのに暫く掛かった。そう言えばアザレアさんは俺と親しくなるに連れて、何故かアンダーソンと言うファイミリーネームで呼ぶようになっていたな。


 「勇者が本当に死んだのなら、まずご自分の目で確かめに行かれるべきではありませぬか?」


 仕事中は快活でありながら、貴族出身のアザレアさんはいつも(つつ)ましやかだったが、この時ばかりは俺を(いさ)めるのに(りん)と言い放ち、引く気は無く敢然(かんぜん)と立ち(ふさ)がった。


 「狂乱している場合ではありませぬ、本当に召喚勇者が没したのなら、その死骸を検分しに行くべきです……わたくしとて地獄を見た身なれば、この目で()()をはっきりと見てみたい」

 真っ直ぐに見つめるブルーの瞳は毛ほども揺らがず、いつの間にか短く切り揃えたブロンドの髪には聖職者のような気品さえあった。

 初めて会った頃の、(わず)かな幼さや(はかな)さはもう微塵も感じられなくなっていた。独りで生きて行く覚悟を決めた女の目だ。


 この娘の(さと)す言葉が、俺を少しだけ平静な状態に押し戻した。

 そうだ、確認しに行かなきゃならねえ………

 他人に恨まれる勇者が誰に殺されようともおかしかねえが、だったら俺の(うら)(つら)みは何処にぶつけりゃいい!



 (エイブラハム、話し掛けるのは初めてであるな……吾はネメシスと言う、以後見知りおくがよい)


 「だっ、誰だっ!」

 気配察知に絶対の自信があるエイブラハムは、まるで雷に撃たれたように飛び上がり、身構(みがま)えた。

 ネメシスの奴、何を考えてやがる。

 俺との契約を果たせず、とち狂ったか?

 さておき、殺せるかどうかも分からねえが、こいつには死を以って(つぐな)って貰うしかねえ。


 (まぁ、そう警戒せずともよい、吾はこのソランと言う者に憑依せし稀代(きたい)の悪霊じゃ)

 (のお、ひとつ(たず)ねたいのじゃが、勇者の“恩恵(ギフト)”を打ち破りしは、反王政派が差し向けた刺客だったと……それに相違ないか?)


 「まことだ、儂の息子が箝口令(かんこうれい)()かれた城下を押して届けてくれた(しら)せに、齟齬(そご)は無いと信じている」

 「それよりソラン、本当か……ネメシスと言ったは、取り()く者を破滅させると言う、あの復讐の邪神、ネメシスなのか?」


 「………あぁ、黙っていて済まなかった、俺は“復讐の女神”ネメシスに魂を売ったんだ」


 「なんてことを……後戻りは出来んのだぞっ!」


 「元より承知だ……長い間世話になったな、半分廃屋同然にしちまった出張場は再生していくよ」

 「もしかしたらこれっきりかも知れねえから、本当はもっと立派な建屋にしてきてえが、師はそれを望まねえだろう、せめて不懐属性をコーティングしてくよ」

 「俺みてえな乱暴者が来ても、二度と(こわ)れねえようにな………」


 (ネメシス、なんかあるのか、合点のいかねえことが?)

 声に出さずに、約定(やくじょう)(たが)えた糞アバズレに問い掛けた。


 (うむ、よもや召喚勇者が(しい)されようとは思わなんだ、どこの勢力が動いたのであろう……勇者のギフトをポテンシャルで上回るのは法王聖庁か、生き長らえているいずれかのワルキューレ、魔導帝国ガルガハイムの元老院が意を受けた精鋭、或いは魔王と限られる、しかしそれらの可能性は極めて低い)

 (もしやすると………)


 (もしやするとなんだってんだっ、てめえの推測なんざ当てにしてねえ、この役立たずが、死んじまえっ!)


 (むっ、今は何も言い返せぬのお)



 「お願いがあります、もしその足で王都に向かわれるのでしたら、どうかわたくしもお連れください」

 アザレアさんが、絶対に退()かない覚悟の表情で()うてきた。

 あぁ、もう面倒臭(めんどうくせ)え、連れてくよ……この人も勇者に翻弄(ほんろう)された被害者にはちげえねえからな。



 (はや)る心を押さえて同道するの言質(げんち)を与え、“救世主の鎧(メシアズ・アーマー)”の制御中枢たるメシアーズに、タンデムシート付き移動用飛行形態への変形換装をリクエストした。

 変形する前に、焼け焦げた周囲の樹木や俺の衣服を再生していく。


 目の玉が飛び出るほど仰天(ぎょうてん)している蚊帳(かや)の外だった連中を尻目(しりめ)に、可視化したオー・パーツ対向プロテクターは、見る間にデルタ翼を持つ飛行機体然としたリージョナル・プレーンへと変貌(へんぼう)する。


 「教官、前後複座式のシートだ、アザレアさんを前の席にして座席のハーネスを見て遣ってくれ」

 折れた肘も含め、俺が吹っ飛ばしたビヨンド教官の怪我は自己治癒で完治(かんち)出来たようだった。

 無言で従う教官を見ながら、離陸脚を格納し、既に低重力反発で機体を浮かしながら、直接脳内に展開されるヴァーチャル・リアルティで計器類のチェックとフライト前の最短航路、空域、天候情報の諸々を確認する。


 キャビン内モニターで、アザレアさんのシートベルトを点検して、キャノピーをシールドする。

 高度を稼ぐから、外気温や外気圧に影響されないよう気を付ける。



 (教官、幾ら俺の(そば)に居ても教官の(おも)いは伝わらねえ……いつか、俺は教官を手に掛けて仕舞うかもしれねえし、俺って奴はそんなドス黒い野獣を心に飼っている、受けた恩義を歯牙(しが)にも掛けねえ、度し難い人非人(にんぴにん)だ)

 (俺に付いて来ても一切(いっさい)良いことはねえ……傷付く前に離れることも、考えておいてくれ)

 (さっきは咄嗟(とっさ)に手が出ちまったが、俺には謝る気はねえ……恩を(あだ)で返すようで申し訳ねえが、ただな……俺の一途な悲願を(おとし)めるようなことだけはしねえでくれ、思わず殺したくなっちまう)


 所詮(しょせん)は他人だ、幾ら俺を理解しようとも、本当の意味での俺の遣る瀬無さは共有出来ねえ。

 当たり前の話だ、教官は俺じゃねえ。


 「……見向きもされず、挙句(あげく)の果てに捨てられようとも、この身はお前に付き従う……妄執(もうしゅう)と呼んでくれても構わない」

 「ただ、色恋沙汰……いや全てを肉欲で考えようとするはこの身の持って生まれた性癖かもしれぬ、平素は上手く隠せていると思っていたが益体(やくたい)も無い……お前に惚れてから、この身は普段の礼節を忘れてしまったようだ、100年は隠し(おお)せたと思ったが」

 「済まなかった………」


 俺に冒険者のイロハを手解(てほど)きしてくれた、一部の隙もねえような()いも甘いも嚙み分けた鉄壁の先達(せんだつ)は影をひそめ、今は(ただ)やらかして仕舞った感満載の潮垂(しおた)れた迷子のような、反省一頻(ひとしき)りの殊勝(しゅしょう)な残念女が居るばかりだった。

 こんなに綺麗な人が性欲まっしぐらなドスケベ女なんて、あまり考えたくねえな………

 アザレアさんが教官の傷の具合を心配していた。


 「お互いに信頼されてるんですね、(うらや)ましいです……」

 何を勘違いするのか、前席に納まったアザレアさんが、的外(まとはず)れな、本人も意識してはいないだろうレベルの軽い(ねた)みを示した。


 (それはちょっと違うのお、アザレアとやら)


 「えっ、えっ、な、何が違うとおっしゃられるのでしょう、ふっ、復讐の女神様?」

 一般には生き霊とも呼べる精神体が名指しで話し掛けるのに、きょどってしまうのは無理からねえが、御免な、その無遠慮な悪霊もどきは俺の居候(いそうろう)なんだ。


 (そう、狼狽(うろた)えんでくれ、取って喰おうという訳じゃない……最初は義侠心からソランを支えようとしたのは本当だ、だが今では一方的に岡惚(おかぼ)れして、恥じらいを忘れた発情期の牝も同然の始末)

 (女とはこうも変わるものなのか、以前の颯爽(さっそう)たるイメージは跡形もなく、欲望()き出しに迫れば却って好感度が下がるのも理解しておらぬ為体(ていたらく)……暗愚(あんぐ)に成り果てた)

 (スザンナ・ビヨンドと言えば、聖天剣の(つか)い手にして嘗ては単独の竜討伐で名を()せたものだったが、零落(おちぶ)れるのは簡単だな)

 (何を色気づいたか、近頃では武具の手入れもそこそこに鼻毛やパイ毛の手入れを致しおる)

 (一方、こやつはのお、信じたくても信じきれない猜疑心の塊りのような奴じゃから、スザンナの想いに応えて遣れん自分を恥じておるのだ……だが、素直に吐露(とろ)出来ん損な性格が(わざわ)いしておる)


 「吹かしこいてんじゃねえよ、離陸するぞっ!」


 (こやつの言うことなぞは気にせずともよい……ぬし、変態の緩股(ゆるまた)糞マゾ・雌ビッチの過去に翻弄(ほんろう)されたにしては、屈託(くったく)が少ないは見上げた根性じゃ、吾の覚えも目出度(めでた)い)

 (吾のこと、シス()()、と呼ぶこと許して(つか)わす)


 (ただのお、故郷(ふるさと)は遠きに在りて想うもの……遥か昔のことゆえ記憶が曖昧(あいまい)な部分もあるが、吾が元居た世界でも確かにクズなセックスが好きだという男女は居たし、あらゆるタイプの変態動画、眼を()くような卑猥画像が氾濫(はんらん)し、リアルな巷間(こうかん)でも不倫は日常茶飯事、艶笑小噺(こばなし)程度で笑い飛ばされる程度の罪悪感で悪怯(わるび)れることも無い……大人の恋愛小説は性描写が当たり前ですらあった)

 ((しか)るに、人というものは楽しむためだけの性行為からは逃れられん宿命にあるのかもしれん)


 (……そうそう、確か“反省だけなら猿でも出来る”と言う警句(けいく)を覚えておる、誰の言葉だったかは忘れたが、吾から玉砕したスザンナに贈る手向(たむ)けの言葉としよう、アッハハハハハ)


 遂に(こら)え切れずに、ビヨンド教官が手放しで号泣(ごうきゅう)し出した。

 アザレアさんがオロオロと慰めようとするが、シートに縛り付けられて身動き出来ない。


 こいつら、よっぽど死にてえらしいな!

 脇目も振らず復讐の阿修羅道に邁進(まいしん)したお陰で、目標を見失いそうな今、(むし)ろ発狂寸前なのはこっちの方なんだっ!


 「黙れっ! うるせえっ! 行くぞっ!」




 ***************************




 王城から、地響きのような爆裂音が(とどろ)いた。

 大地を揺るがす轟音(ごうおん)に、すわ魔族襲来かと浮足(うきあし)立ったとき、部屋へと駆け込む者があった。


 「チーフ、“王都民の王都民に依る王都民の為の結界”が破られました、王都上空に何者かが侵入した模様です」

 城内の革命同志が注進してくるが、不用心に過ぎる。


 「(うつ)け者、ここでの私は王立主計局が農林内務主任補佐だと、平素より()んで含めるように言っておろう……職務の場では何処に封建体制派の耳があるやもしれぬのだぞ!」

 声を落して、表向きの部下でもあるフランチェスコを叱責(しっせき)する。


 「はっ、もっ、申し訳御座いません!」


 「して、まことか……結界塔の結界師達は、何をしていた!」


 「結界連盟の当直メンバーは、ショック症状で軒並(のきな)み廃人同様の状態とのことです」


 「正可(まさか)に、結界術に特化した、あの世襲魔術師達は単シフト300名からおる筈、それが全滅だと!」

 己れらの能力を鼻に掛けるいけ好かない連中だったが、その実力は本物で、王都の防空はひとえに結界連盟の術師達に(にな)われていた。

 国民の血税で運営される“王都民の王都民に依る王都民の為の結界”、略称“王都民結界”は王国が誇る防衛のかなめだった。


 「一体何が起こっている?」

 「ともあれ、王城に向かうとしよう、これ以上内政が乱れれば、妥当宮廷政治どころではなくなるやもしれぬ」


 今代の召喚勇者が、連れ込み宿の蝟集(いしゅう)する風俗街の一画で討ち取られたのは、突出した急進派が送り込んだ刺客の所為(しょい)と知れていた。

 王都の裏側で活動する我々反王政派レジスタンスの穏健派閥は、宮廷政治の転覆(てんぷく)を計ってはいたが、かと言って為政者(いせいしゃ)を総てすげ替えるのは現実的ではないと考えている。

 実務をこなす事務官クラスの命令系統に、破綻(はたん)をきたすからだ。


 近代の召喚勇者の横暴(おうぼう)は目に余るものがあり、これも王政独裁政治の弊害(へいがい)には違いなく、急進派のテロの対象ではあった。

 しかし対象は名にし負う召喚勇者、生半(なまなか)なことでは(しい)すること叶わない。情報分析班の見解では、犯行声明こそ出ていないがおそらく武闘派の急先鋒、“赤軍パルチザン派”の仕業(しわざ)とみている。外部のプロを(やと)ったのか、どこぞの勢力の加護を得たかは定かではなかった。

 はっきり言って急進派とのパイプは切れている。情報交換の場は絶えて久しかった。


 (しか)して、ここで舵取りを誤れば革命は(つい)える。

 王都に雌伏(しふく)する革命メンバーを集結しても、正規兵を力で圧倒するのは難しい。


 父から聞いていた勇者に(うら)みがある冒険者が気になって、無理を押して父の元に“勇者死す”の(しら)せを入れた。

 王都でのレジスタンスのように父の思想を受け継いではいないが、父が暫く振りで指導をする気になったと言う、会ったことの無い冒険者のことが何故か気に掛かる。

 様々な思惑(おもわく)が重なって、事態がどう動くかはまったく予断を許さなかった。




挿絵(By みてみん)




 余は未だ嘗てこれ程迄に、憤怒に燃え(たぎ)り、邪気にまみれたものを知らない。

 昔々の魔族戦役で遠目に見た蝟集(いしゅう)し、大挙して進攻してくる魔族の群れにもこれ程迄の脅威を感じたことはなかった。

 王族の胆力などは、所詮(しょせん)人としてのもの……(あらが)い難い人外の暴力の前には塵芥(ちりあくた)に過ぎないことが、いやと言う程、身に染みた。


 それでも近衛親衛隊師団の魔法剣士精鋭部隊と、“王国の守護神”たるウィザードクラス魔導士軍団の警護隊が動こうとしたのだろう。何名かが口々に何かを叫びながら、行き成り出現した悪魔の如き者と余の間に(おど)り出ようとしていた。

 だが、それは叶わなかった。

 逸早(いちはや)く動こうとした皆の者は、何かに(から)め捕られたように動きを止めたと思った次の瞬間、頭を西瓜(すいか)か何かのように爆散させて(むご)たらしく死に絶えた。濃密な血臭が立ち込めた。

 まるで悪夢のような光景だった。

 やがて失われた頭の付け根、首許から噴水のように血飛沫(ちしぶき)を噴出する死体は倒れることなく佇立(ちょりつ)したまま、足許から発火した(まばゆ)い白い炎に包まれ、そのまま鎧も何もかも丸ごと焼き尽くされた。

 後に残ったのは、炭化し、突き立った棒っ杭のようなものが延々と連なっているだけだった。

 ()せるような異臭に、余は気が狂いそうだった。


 (“呪い(カース)”と言うスキルだ、普段は使わないスキルだが、怒りの持って行き場を失った俺には制御することが出来ねえかもしれねえ)


 頭の中へ直接響き渡る魂の意志は、あまりにも強大過ぎて、ただそれだけで、頭の芯から(しび)れそうだった。


 (口を開けば怒りの為に呂律(ろれつ)が回らねえ、お前等の頭の中に直接話し掛けている)

 (禁句のスキルがお前等の言葉と泣き叫ぶ悲鳴を奪っている、またカースのスキルがお前等を指一本たりとも動かせないように縛っている、お前等の呼吸も心の蔵の鼓動(こどう)も全て俺の手の平の上と思え)



 事実上のシェスタ王朝が滅びんとした日、その厄災(やくさい)は名乗りもせずに突然やって来た。

 連日、思いも寄らぬ召喚勇者の喪失に王宮は揺れていた。

 曖昧宿(あいまいやど)で正体不明の暗殺者により、勇者(ほふ)られるの知らせを受けてからこっち、王城は上を下への大騒ぎに明け暮れていた。

 事実確認の勅命(ちょくめい)捜査隊は、暗殺者の身元を追って王都中を虱潰(しらみつぶ)しに捜索したようだが、一月(ひとつき)と十日あまりを経ても捗々(はかばか)しい結果を出せてはいない。

 王室が幾ら()こうが(わめ)こうが、失われた勇者と言う最終兵器……シェスタ王家の切り札が戻ってくることは在り得なかった。

 今日も今日とて、魅了・催淫のスキルの被害者の補償問題、知らなかったでは済む筈もなかったが、館の使用人に隣国の外交官の娘が()り訴訟問題が起こっていたし、パーティの従者メンバーに依る堕胎(だたい)の罪状が明るみに出て公国正教法王聖庁より査問枢機卿(すうききょう)の一団が派遣されるなど、今迄も、これからも問題は山積みであった。

 パーティの、もと“大聖女”とやらは、罪状認否の末、背教者の烙印(らくいん)(たまわ)ったうえ、オールドフィールド公国教会からの永久破門を言い渡される顛末(てんまつ)と相成った。

 王家とて(かば)い立てする義理もなく、従者としての契約の加護を失った三人を宮廷より放逐(ほうちく)し、王都より百里四方所払(ところばら)いとした。


 この追放刑など、()うに話題にも上らなくなった日の昼近く、謁見(えっけん)の間で諸大臣を(まじ)えての対応に頭を悩めておる最中じゃった。

 何の前触(まえぶ)れも無く、この世の終わりかと思えるような轟音(ごうおん)と共に、謁見(えっけん)の間の壁が撃ち抜かれ、瓦礫(がれき)と化した絵画や列柱の下敷きになり逃げ(まど)う侍女や警護の者を押し退け、尻目にし、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)と進み出る者があった。

 余を守らんとした武技に優れた騎士長達で構成された軍団も、国で名立たる魔導士達が組織する選び抜かれた王立魔導警護部隊も、まるで歯牙(しが)にも掛けず、無人の野を行くが如しであった。

 顔半分は奇妙な仮面に(おお)われ、全身を隈無(くまな)(よろ)う甲冑らしきものは絶え間なく不気味に(うごめ)いていた。

 ()きつけられる容貌(ようぼう)は野獣のように鋭く無慈悲で、その額には遠目でも分かるような(はえ)の如き紋がある。


 (目を(そむ)けることも、恐怖に気絶することも、えづくことも、この場から逃げ去ることも、お前達には叶わない)

 (王を守ろうとする者あれば、(すなわ)ち俺の敵だ、見せしめにカースの呪いで死んで貰う、動くな、考えるな、(しゃべ)ろうとするな、何より敵対するな……いいな?)


 ゆっくりと歩み寄るその者は、あまりの怒りの念に、メラメラと燃え上がっているような幻を(まと)って見えた。

 禍々(まがまが)しい怒りに満ちていた。



 「魔王………」

 思わず口を()いて出た言葉が、浮かんで消える程、その者は異様にして圧倒的であった。



 (俺が知りたいのは、俺の獲物だった下種勇者を横取りしたのが何処のどいつだったかってことと、俺を裏切った知り合いが、今は何処に居るのかってことだけだ……(もっと)も、腹癒(はらい)せに下種勇者を召喚してくれたクソな王室は一人残らず血祭りにあげて呉れようって)

 (……気分ではある)


 この時、玉座の壇上(だんじょう)にある余の警護の為に特別に訓練された戦闘メイド衆が、一人残らずビシャビシャと音を立てて失禁したのが分かった。人が焼ける濃密な異臭の立ち込める中でさえ、その排泄臭は異様に(にお)った。

 どうやら目の前の怪物、この場に降臨した暴虐の神が(はな)った人ならざる殺気に当てられたようだった。

 騒然となって然るべきところ、崩れ行く瓦礫(がれき)の物音以外はしんと静まり返っていた。

 あまりの狂気と(むご)たらしさに、謁見の間は阿鼻叫喚(あびきょうかん)と化し、気の弱い者は卒倒(そっとう)してもおかしくはなかったが、そうはならなかった。

 この場を支配する異形の者が、それを許さなかった。



 (皆の者、寄るでない、復讐の女神ネメシスが忠告している)

 (余程の蛮族(ばんぞく)でなければ、人なるものは同族殺しになんらかの禁忌(きんき)を覚えるものだ……だが、例外はある)

 (怒りに身を任せる時、人は幾らでも人を殺せるようになる)

 (吾等は復讐の修羅道を歩む者なれば、なんぴとが命乞いするとも躊躇(ためら)うものではない)

 姿は見えねど、頭の中に響き渡る冷酷な意思は、まごうこと無きネメシスのものと誰もが信じて疑わなかった。

 硝子(ガラス)のように無機質で、鋭い(とげ)のように痛みを伴う意思の伝達が、到底余人(よじん)のものではないと一瞬で理解する。少なくとも、復讐の女神ネメシスの(おぞ)ましい伝説を知らぬ者なぞ、この場には居ない。


 濛々(もうもう)と舞う埃と人体発火の悪臭が支配する惨憺(さんたん)たる煉獄(れんごく)は、とても現実のものとは思えない。

 臨時の談合に使っていた謁見(えっけん)の間は、宰相、枢密院(すうみついん)の意見役賢者、各省庁の大臣、識者、軍部からは方面隊の参謀クラスの大将軍と国政を(にな)う重鎮が一堂に会している。

 おそらくネメシスの意志に晒されたとき、ただ一人の例外も無く一様に蒼褪(あおざ)め、(まぬが)れない死を思い描いた。

 会合の為に上洛(じょうらく)してきた有力領主や辺境伯は、この場にあることを怨むように余を()め付けておるような気さえする。



 「お待ち下され、此処にあるは瑣末(さまつ)には無能な者ばかり、お手前の疑問には私がお答え出来ると思いますが……!」


 (ひる)む気配も無く進み出るのは、謁見(えっけん)の間には相応(ふさわ)しからぬ、どうやら一介の事務官のようだった。だが、この場の誰よりも胆力があるように思われた。




挿絵(By みてみん)




 「お待ち下され…………」


 そう言って、割って入った男が、達人エイブラハムが一子で、争いの現場を嫌い、(にせ)の身分証で王宮の官僚登用試験の狭き門を掻い(くぐ)って主計局に出仕(しゅっし)したフランクリン・キャリコ……そして父の思想の系譜を継ぐ反王政派非合法組織、“シェスタ独立運動”のクーデター・キャップをしていることを一瞬で読み取った。


 「卒爾(そつじ)ながら、ソラン殿とお見受けする」


 「あぁ、師匠には(いか)い世話になった……こんな場での初対面の挨拶になっちまったが、勘弁(かんべん)してくんな」

 師の息子さんともなれば、礼を示さなけりゃならねえ。

 俺は王城に突撃して初めて口を開いたが、いつもの濁声(だみごえ)初見(しょけん)の相手には奇異に聴こえるらしく、怪訝(けげん)な顔をされた。


 「……話が早くて助かります、さすれば早速(さっそく)にでも勇者終焉の地にご案内いたしますれば、この場は一旦納めては頂けませぬか?」


 「ふぅむ、要するに殺すなと……具体的にはどいつを残したい?」


 「内政に差し(さわ)りある政治中枢は残して頂きたいが、まずは我等が上司、主計局長官の座になる公爵家令嬢、ボンバルディア・エル・ディ・ロートリンゲン女史を帯同(たいどう)致したく、お許し願えればと……我が上司は、主計局諜報部を(たば)ねておりますれば」


 「いいだろう、どいつだ……あぁ、いい、こいつか?」

 示される前に、当たりを付けた女を理力(フォース)で引き寄せる。

 拘束は()かないままだ。

 職務には忠実だが、貴族然と威張(いば)り腐ったような態度を長く続けていた……そんな雰囲気の冷たい容貌(ようぼう)の女だった。今は(おび)えて影も無いが、身分の低い者にはさぞや居丈高なのだろう。

 クリノリンのフープ・スカートに豪勢な箱襞襟(はこひだえり)の礼装で嵩張(かさば)っている。幾ら着飾っていても、冷たさは隠せていない。

 年齢不詳だが、顔も無駄に綺麗だ。


 「ボンバルディア殿、申し訳ないが(しば)し同道頂く」

 フランクリン・キャリコは自分の上司に、文官ながらも騎士の礼をして見せた。


 「どう言うんだ、(にく)からず想っている訳でもなさそうだが?」


 「豈夫(まさか)に、彼女には利用価値がある、これからの国政に役立てたいだけですよ……私は彼女を高く買っている」


 聴こえているのだろう、女は部下の裏切りと言うか、女にしてみれば侮蔑(ぶべつ)に等しい目下(めした)の者の評価に、まごうことなき嫌悪の感情が見て取れた。

 女の感情を読んで、矢張(やは)り腐った王室は粛清(しゅくせい)することにした。


 「女、お前がもう少し公平な心根(こころね)の持ち主であれば、宮廷は残しても良いかと思ったが、シェスタ王朝二十三代の歴史は今日を限りに幕を閉じる」

 「滅びる様をしかと見て悔いるがいい、お前のせいでこの国の貴族政治は終わりを告げる」


 玉座ごと何たら十三世って王を引き寄せる。

 王冠を(はじ)き飛ばし、額を鷲掴(わしづか)みにする。


 恐怖に引き()る顔は、もう一国の王とも思えない。


 「人には無慈悲でも、自分の痛みには無関心では居られない……人間、誰しも一緒らしいな?」

 「知ってるか、お前らの遠いご祖先様はヴァルハラって研究施設で共食いをさせられてた、実験動物も同然の野蛮人だったらしいぜ?」


 腐敗して仕舞ったシェスタ王朝の最期を飾る死に、礼を尽くすが如く、ゆっくりと王様の頭を握り潰した。

 声を奪った無音のまま、(よだれ)と涙と体液を()れ流して、王は死んだ。

 ……その瞬間、揃い踏みの面々からは声無き悲歎(ひたん)がほとばしる。

 (なげ)く必要は無いさ、お前らも後を追って殉死(じゅんし)させてやる。



 「アザレアさんっ、此処に肉親や元婚約者は居るか!」


 「……いえ、居ても構いません、わたくしは過去に決別すると決めていますっ、やってください!」

 「茶会と夜会と政略結婚に人生を浪費する貴族社会は、もう真っ平で御座いますっ!」


 教官に保護されるように控えた広間の片隅から、アザレアさんが叫び返した。



 「腐った勇者に頼り続けるしか能の無かった王家は、その無能さゆえにここに滅びる、苦しみながらゆっくり死ね」

 宣言通り、居並ぶ奴等の頭蓋(ずがい)をじわじわと(ふく)らませる。眼球が飛び出し、頭骨は割れ、顔の表皮は()ぜて剥けていく。

 無様な破裂音が延々と続いた。


 為政者も兵士も侍女も警護の魔導士も、居並ぶ面々ことごとくを爆殺し、百人近くをマグネシウムが燃焼するように燃やし尽くした。

 謁見(えっけん)の間とやらは、白い炎に染め上がる。

 人との出会いは大事にしねえとな、まっ、俺にゃあ関係ねえ。



 「なっ、なんてことを、絶滅じゃ無いですかっ!」

 大量の人が焼ける異臭に咳き込みながら、この場では反王政派の代表だろうフランクリンが頭を(かか)えていた。


 「心配するな……スキル“再生”!」

 頭部を失い、立ち尽くす炭化した焼け木杭(ぼっくい)達全てが内臓を再生し、骨格を再生し、筋肉を再生し、皮膚を再生し、衣服を再生する。

 失くした頭蓋も元通り……人体蘇生の禁忌秘術だ。

 魔道に血道を上げる(やから)ならいざ知らず、(はた)からみれば薄気味(うすっきみ)悪い現象だ……禁術である由縁(ゆえん)だろう。


 「再生せしは肉体のみの木偶(でく)人形、生前の記憶はあれど、魂魄(こんぱく)を呼び戻しゃあしねえし、またその気もねえ……知恵と知的財産を有する便利な傀儡(くぐつ)として国政に尽力してくれるだろう、贅沢(ぜいたく)飽食(ほうしょく)も必要としない従順で勤勉な奉仕家達だ」

 「反王政派勢力は、公務の行政職員にも相当数入り込んでいると見た……あんた等にはこっちの方が都合いいんじゃねえのか?」


 「そっ、それは、そうかもしれませぬが……」


 「今この場に居ない奴は、洗脳してやってもいい、その手のあくどいスキルもたんまり天こ盛りに持っている……さて唯一、真面(まとも)に心が残ったのは、この女だけだが」

 (のが)れられぬ運命に(ふる)え上がる女の様子を、今一度伺う。


 「生きたいか、女?」

 「お前は(おご)り高ぶった価値観を捨てぬ限り、同じ運命が待っていると覚悟した方がいい」

 主計局長官とやらは、あまりの恐怖に引き()っていた。




 ***************************




 その手の宿屋が集まっている一画に案内されるが、それでも王都は広い……歩いて行くのがまどろっこしくなった俺は、“救世主の鎧(メシアズ・アーマー)”をノー接地型地上疾駆のアームド・ビークルに換装した。

 4人分の搭乗ハッチを持ってる。

 ビヨンド教官に言って、他の奴等の4点ハーネスの具合を調節して貰ったが、着飾ったロートリンゲンとか言う主計局長官は衣装が嵩張(かさば)るので最初から下着姿に引ん()いた。

 高価なドレスやパニエのシュミーズはその辺に捨てて行く。

 縛ったスキルを()いてやったが、歯の根も合わぬ程ガタガタ震えて正体もねえ。


 「おい、女、反王政主義急進派の隠し玉だったてえ暗殺者はいってえぜんてえ何処で強力な加護を得たかは、見当もついてねえってのは本当なんだろうな?」

 車内アナウンス用のスピーカーで話し掛ける。

 操縦者の俺は、車体下部にうつ伏せに寝そべるような形で、搭乗者からは見えないよう隔離されている。

 持ってる情報は、ほぼ心を読めば分かるんだが、幾つかの経験上、更にプレッシャーを掛ければ潜在意識の表層にヒントが浮かんでくることがある。


 女は気の毒な程の勢いで、華奢(きゃしゃ)な首が心配に成るくらい、何度も何度も縦に振る。


 「そっ、その赤軍パルチザン・グループの刺客は、宮廷貴族の男爵位にあるギブレー家現当主が下女に産ませた庶子(しょし)で、野に下って非合法活動に身を(やつ)したそうだ」

 「確か、名前を………」


 「アームズ・アゲイン・パーラー」


 「んっ、アザレアさんの知り合いか?」

 前の席に座ったアザレアさんが、猛スピードで迫る装甲キャノピーの前景に気丈(きじょう)にも耐えながら、ぽつりと(つぶや)いた。


 「忘れたかソラン、アザレアさんは絶縁されこそすれギブレー男爵家の令嬢だった身分だ、もしそれが本当なら、相打ち覚悟で勇者を討ち取ったのはアザレアさんの腹違(はらちが)いの妹さんになるのか?」

 あぁ、言われてみればそんな話だったな……殆んど忘れてたが。


 「幼少の頃、姉さま、姉さまと慕ってくれておりました……すっかり疎遠(そえん)になって仕舞ったけど、何故こんなことに!」

 搭乗者モニターで、アザレアさんが(すす)り泣くのが分かった。


 「勇者に(もてあそ)ばれたアザレアさんに代わっての意趣返(いしゅがえ)し……そうと取るのは穿(うが)った見方かもしれぬが」

 こいつ相変わらずデリカシーねえな、教官よお、思ったことを口にするだけなら猿でも出来るぜ。

 それっきり、アザレアさんは口を(つぐ)んで仕舞った。




 ***************************




 (この時代の犯罪捜査には、現場保存と言う考え方は無いのか?)


 王都の繁華街のそのまた奥に、色街というか連れ込み宿が林立する区画がある。線引きされた街の入り口に門があり、そこから歩いたが行けども行けどもその手の宿や如何(いかが)わしい店ばかりで辟易(へきえき)した。

 王城で殺した連中の思念から、勇者を手に掛けた暗殺者が色仕掛けで近付いたこと(結局それは、アザレアさんの妹だった訳だが)、ドロシー達が従者としての加護を失って既に王都を放逐(ほうちく)されたことなどは読み取っていた。


 ネメシスが憤慨(ふんがい)するように、勇者が死んだという部屋は内装を遣り替え、寝具も入れ替えて仕舞ったようだ。

 流石(さすが)に通常営業は控えてるらしいが、殺人現場の爪痕(つめあと)など全く跡形も無いに等しい。凄惨(せいさん)な殺人現場の筈が、元々の淫靡(いんび)を極めた男女の(ねや)そのものだった。()き込められた香は、即効性の催淫効果のあるものらしかった。

 交合を描いた性器丸出しのフレスコ画が、半端(はんぱ)なく(みだ)らがましい。

 水槽があり、熱帯魚が暢気(のんき)に回遊していた……この熱帯魚は、勇者の最期を見ていたんだろうか?


 勇者を(あや)めた奴が分かれば、例えそいつが死んでいようともその背景を頼りに、勇者を横取りされた腹癒(はらい)せに、誰でもいいから煮え湯を飲ませて遣りてえって考えていた。

 しかしながらアザレアさんの妹さんが(から)んでると聴いた以上、思い留まった方が良さそうだ。

 勇者の最期を確かめたいと願ったアザレアさんだったが、自らの命を()して勇者を道連(みちづ)れにしたのが実の妹だったと知った今、大変なショックを受けているようだった。

 冥福を祈るようにひざまずき、(かしず)いて追悼(ついとう)を捧げるアザレアさんの姿に、俺とビヨンド教官も(なら)った。

 自分に成り代わり勇者を手に掛けた妹さんに対して、一体何を思うのだろう……ギルドの受付嬢の制服のまま来ちまったが、(こうべ)を垂れる短く切り揃えた襟足(えりあし)(おく)れ毛が、フルフルと震えているのが分かって無性(むしょう)に切なかった。



 途中、近くの王立隊士詰め所に寄って、下着姿なのもお構いなしにロートリンゲン長官に命令させて、衛兵に現場まで捜査履歴を持ってこさせるよう依頼した。

 追っ付け資料は届くと思うが、こんなんじゃあまり期待も出来ねえ……現場再現は、他の方法で遣るか?


 「長官、主計局諜報部が(つか)んでいる情報を開示して頂きたい、犯行は単独だったとしても、“赤軍パルチザン”の今後の展開はどの辺まで調べが進んでるんですか?」

 「また、最も疑問なのは、勇者の“恩恵(ギフト)”を(しの)ぐ力量が何だったのかが、まるで判明していない……我々では想像の範囲を出ないが、その辺、諜報部では何処まで調査が進んでいます?」

 エイブラハムの息子のフランクリンもおっとり刀で駆け付けた為だろう、お仕着せのローブのままに尋問(じんもん)を再開した。


 「いや、ほっ、本当に分からないんだ……上半身に穴の開いた勇者の遺骸も、暗号名“エイプリル・カムシー・ウィル”と呼ばれていた女の肉塊も、損傷が(ひど)くて既に荼毘(だび)に付された後だった」

 ロートリンゲン長官は、ドロワースにコルセットと言うはしたない恰好ながら、釈明(しゃくめい)に嘘は無いようだった。


 「いっ、遺体と言うほど形は残っていなかったが、自らを爆散させた女の手首が残っていて、メダイのペンダントのようなものを握っていたが焼け焦げて(くず)れてしまっていた」



 「ネメシス、確かお前、降霊術もエキスパートだったよな?」

 「死せる勇者が魂……呼び出せるか?」

 当てにならない有象無象(うぞうむぞう)を頼むより、こうなりゃあ本人に直接聞いた方が早えし、旨くすりゃあ魂魄(こんぱく)を縛って未来永劫、永遠に近い時間を苦しめて遣れるかもしれねえ。


 (時間が経ち過ぎている、残留思念ほどは呼び出せようが、八つ当たりしようにも霊魂本体は既に雲散霧消(うんさんむしょう)しておろう)


 「勇者の魂は、元の世界に(かえ)っちまったりするのか?」


 (事例が少なくて吾にもしかとは分からぬが、召喚されし魂は元の世界へ還ることも(かな)わず、おそらくこの世界での輪廻へ回帰することも不可能な筈……ただ消え去るのみだ)


 ここ近代では建前(たてまえ)と化したシェスタ王朝が掲げし国是(こくぜ)、“魔界を滅ぼし、勇者が築く千年王国”など今や誰も信じてはいない筈だが、何を思って闘っていたのか、何を考えて女を(たぶら)かし、女と()り狂っていたのか……最早、死んじまったからどうしようもねえが、奴がどう弁明するかに興味があった。

 奴は死に、俺は生きている……だが、それは俺が勝者って訳でもねえし、俺の方が奴よりも幸せだって胸を張れる訳でもねえ。



 (吾が頭上に(いだ)きし荊冠(けいかん)は、ロード・ロッドの園の福音(ふくいん)に血濡れし(にえ)なり、西に沈むは紅蓮(ぐれん)に燃え盛る太陽神アクエンアテン、東に昇りしは月と断罪の女神“十字路の(トリウィア)”ヘカテー、彷徨(さまよ)えし死霊が迷い道を照らさんと降臨(こうりん)せん、(すなわ)ち死せる亡者の魂を顕現(ぐげん)せしものなり)

 ネメシスの長韻詠唱に伴って、部屋の上部に滅多にお目に掛かれない複雑精緻な魔導言語の魔法陣が回り出す。


 (ネメシスが(とな)えし発動の句は(ただ)ひとつ、サモン・センスッ!)



 実体は無いが、何者かの霊がそこに降りたのが直感的に分かった。

 霊的緊張感がこれ以上ないまでに高まっている。


 「勇者の魂に問う……お前を(ほふ)りしは、誰だ?」

 俺は周りを目で制して、勇者の魂、いや残留思念か、への問い掛けを買って出た。聴こえているのか、実体が無いだけにいまいちリアクションが分かりづらい。



 (……俺を呼ぶのは誰だ、何処だ、此処は……あぁ、そうか、俺が無様に死んだ宿屋だな?)


 (俺を殺した者?)

 (確かギブレー男爵の庶子(しょし)だと言ってたが、オッパイの大きな女だった……んっ、そこの女に面差(おもざ)しが似ているように思える)

 霊がアザレアさんに気が付いたように、感じられた。


 (あの女、俺に組み付いて自爆するとき、俺の逸物(いちもつ)はあの女に深く(くわ)え込まれていた……(きも)の据わった女だった)

 (クドウミユキの母親に刺されたときも痛かったが、あの女に腹に風穴を開けられた痛みは壮絶なものだった)


 何を言ってるのか良く分からんな、前世の話が混ざってるのか?


 (……やはり日本人か、トーキョウ・トキオを名乗ったときから、(さと)は知れていたが)


 (同郷の人か?)

 ネメシスの(つぶや)きともとれる思念に反応する勇者の霊には、何処か意外な驚きを含んでいる気配があった。



 (あぁ、思い出した、確かアザレアだったか、淫蕩(いんとう)の限りを尽くして親族一同に愛想尽(あいそうづ)かしをされた挙句に義絶されたバカ女だ)

 素直に語るのはいいのだが、聴いてるだけでムカムカしてくるな!

 アザレアさんは怒りの為か、蒼白な(かお)で拳を握り締めていた。


 「全てお前が仕出(しで)かしたことだろう、何故それ程迄に涜神(とくしん)が如き真似(まね)をする、女の貞節を嘲笑(あざわら)うのがそんなに面白(おもしれ)えのか?」



 (晴らせぬ姉の恨みを代わって晴らすと、そんな気配があった……あいつは俺に向けられた暗殺担当(なが)ら、見上げたものだった)


 (……もし、俺の周りにひとりでも尻の軽くない、(なび)かぬ女が居たならば、俺はその者に喜んで(こうべ)を垂れる)

 (残念ながら俺の堕とした女には、そんな気概(きがい)のある者はひとりも居なかった、ひとりもだ)


 こいつ、余程女に(うら)みがあるのだろうか、何故それ程迄に女を試すような振る舞いをするのだろう?

 「ドロシー達に魅了・催淫を使ったのも同じ理由か……何故、ドロシー達が選ばれた?」



 (生挿入が大好物だった、あの従者だった女共のことか?)


 (あぁ、お前、あのときの木樵(きこり)君か?)

 (すっかり見違(みちが)えたな……なんだか人ならざるものの気配がある、霊魂の認識が無ければ分からなかったかもしれないな)


 (女というのはほぼ例外なく、一度自ら堕ちてしまえば快楽の絶頂を得る為にはどんなことでもしてみせるようになる、禁断を破り、倫理を捨て、(なぐさ)みの見せ物として顔見知りだった女同士が舐め合い、絡み合うのさえ(いと)わなくなる)

 (女と言うのは、そう言った最低の生き物だ)

 (もしかしたらこの世界の女は違うのかもしれぬと思ったりもしたが、蓋を開けてみればなんのことはない、女共の貞操への想いなど何処も変わらぬ)


 (俺は、魅了・催淫のスキルを使ったが、ただ女共が心の底に眠らせている願望を見せて貰っただけだ)

 (女共は皆、肉欲の権化(ごんげ)になって、自ら望んで堕ちていった)

 (奴等の欲望には果てが無くて、もっと深い快感を、もっと激しい頭が馬鹿になるようなオルガスムスを求めて(くず)にも、廃人にもなる、挙げ句の果てには気狂い同様の痴態を恥じず、理性を捨てた、人としての尊厳とは真逆(まぎゃく)な、壊れた道化のような痴呆(ちほう)顔を四六時中晒し続けて平気になる……犬や猫でもここ迄は溺れない、つまりケダモノ以下の生き物、それが女だ)

 (一人残らず、心底調教されるのが嬉しそうだった)

 (俺が元居た世界じゃクスコって女用の医療器具があるんだが、金物細工師に頼んで似たようなのを作らせた)

 (こいつで肛門の穴を広げるプレイを教えたら、見事に(はま)ってな、アッハハハハ……所詮(しょせん)、女なんてどれも似たようなもんだ、自己嫌悪と背徳が快楽の最高のスパイスになるそうだ、押し並べて皆、そう告白していた)

 (幻想を抱くほどの心清らかな乙女なんてものは、実際にはこの世にありはしない)


 (知っているか、あの法王聖庁でさえ非合法な工作をする暗部に色仕掛け要員を育成しているんだ)

 (敬虔(けいけん)なる女神教徒なんてのは、皆一皮()けば同じ欲望の塊で、信仰が欲望に(まさ)ることは無い……女は女だ)

 (バハ・スウィーン、アーメンと祈ったその口で、男の肉棒を頬張る聖職位の女共は幾らも居た、生臭(なまぐさ)さは変わらない)


 (俺の母親もそうだった、子供のことなど放ったらかして男(あさ)りをするような腐れババアだった、息子が見ている前で腰が抜けるほどしたたかに逝った後は、放心したように(ほう)けていた)

 (俺が初めて付き合ったガールフレンドはな、俺に隠れて他の男と変態セックスをしまくる馬鹿女だったよ)

 (俺が好きだと言いながら、その裏でずっと快楽に(おぼ)れ続け、俺を裏切り続けた!)

 (以来俺は、一人でも多く女の人生を狂わせ、真っ当な生き方を出来ないように仕立てる復讐に明け暮れてきた)

 (尻の軽い女共への、俺から仕掛けた戦争だ………)


 たかが残留思念の筈だったが、勇者の語る怨念は俺達に過去の追体験を断片的なイメージで見せる程には強かった。

 どうしてこんな出来損(できそこ)ないの怪物が生まれたのか、理解したくもないが理解出来て仕舞った。



 「勇者の悪辣(あくらつ)な毒牙に掛かった女は、自分の不貞を(なげ)いて錯乱し、何人かは自ら命を絶ったのだぞ!」

 (たま)らずその後の事情を知るフランクリンが、犠牲者の……不幸のドン底に堕ちただろう女達の(あわ)れな末路を(うった)えた。


 (それこそが俺の望みだ、不倫願望を持つ女の後押しをしてやっただけだ、きっと俺が居なくとも伴侶を裏切って快楽に溺れ、淫行三昧(ざんまい)を繰り返したさ……すべてがそうじゃないとしても、伴侶を裏切らない貞淑な女などは単なる幻想に過ぎない!)


 (憎しみの連鎖が、この世の女を一人でも不幸にするのなら、俺が生きてきた甲斐(かい)もある)

 勇者と言う男の妄執(もうしゅう)、これ程のものか………


 (…………本当を言えば、それでも絶対に裏切らない男と女が幸せに愛を(はぐく)めるなら、それに越したことはない、今になって……霊体になってこの世の()()()()から解き放たれてみれば、心の底ではそう願っていたのかもしれぬと思えるようになった、求めても俺には得られないものだったが)


 (結局俺は誰かに止めて欲しいだけだったのかもしれない……地獄に堕ちる覚悟だったが、どうも俺の悪行は裁かれることも無く、ただ消え去るのみのようだ)

 (どうしてドロシー達だったのかは俺にも分からない、そう託宣(たくせん)があったと宮廷の天文部司教達から言い渡された)

 (木樵(きこり)君、お前の人生を狂わせた俺が言うのもおかしいが、大切なものが指から(こぼ)れていくのは一瞬で、そしてそれはすごく分かりにくい、残りの人生を復讐に懸ける積もりだろうが、大切なものが何かを出来る限り見極めた方がいい)

 (本当に信じられる相手が居るのなら、一度は共に歩んでみた方がいい……俺には無理だったが)


 (お前の大切な者をわざと奪っておいて、今更言えた義理じゃないが……ごめんな)


 そう言って、腐れ外道の勇者の残留思念は消えて行こうとした。

 願わくば、勝手なことをほざくこいつの魂本体が地獄に落ちて、未来永劫、永遠に(もが)き苦しむことを願っている。

 決して許せる奴じゃないが、勇者の為人(ひととなり)が少し分かったような気がした……知ったとて、俺にはなんの共感も同情も無いが。



 (待て、最後にひとつだけ答えよ、お前を(ほふ)った暗殺者は一体誰の加護を受けておった!)

 ネメシスが消えゆく勇者を、強引に引き戻した。



 (……勇者デバフのメダイを、復讐の女神ネメシスに(たまわ)ったと)

 (そう言っていた………)




挿絵(By みてみん)




 石に(かじ)り付く気で本気の強さを求めた、精進した。

 (たお)れるまで行くと覚悟を決めて、全てを投げ()って、挙げ句の果てに半分人さえ捨てた。

 ここまでして俺は何をしたかったのか……皆目(かいもく)分からなくなった。

 死んじまった者を、これ以上責め(さいな)む方法も思いつかねえ。

 勇者を許すことは金輪際(こんりんざい)あり得ねえ、だがその生い立ちに対しては同情してしまう自分が居た。

 女を憎んだ勇者と、ドロシー達を憎む俺とが重なる。

 俺と、あれほど憎んで呪った勇者が一緒?

 いや、そんな筈はねえ……俺の憎しみは何ものにも(まさ)る。

 それに俺が殺したいと思ってるのは、俺を裏切った女共だけだ……他は関係ねえ。



 (勇者の残留思念は、女達の“好き”だの、“愛してる”と言った言葉を何ひとつ信用しておらなんだ)

 (そう言った女達の舌の根も乾かぬ内の、他の男達との乱交に堕ちて狂ったように抽送を()い、下品に鳴き叫ぶガチ逝き糞雑魚(くそざこ)セックスの記憶で溢れておったわ……誰彼(だれかれ)の見境も無く、良心の仮借(かしゃく)なぞ吹き飛んでしまった色欲地獄の亡者同士、次々と互いの股間を舐め合っては複数で繋がり合う(おぞ)ましい淫魔達の宴じゃった)

 (勇者はの、裏切るべきではない相手を裏切ってしまう女達の罪悪感と言ったものを、とことん信用しておらなんだ)

 幽閉塔の階段を登りながら自分の考えに(とら)われていると、ネメシスが話し掛けてきた。おそらく、こいつだけが読み取った勇者の思念もあるのだろう。


 (女同士で(いじ)り合い、肉棒を口で(くわ)えながら、前と後ろに挿入させて必死で腰を振り、浅ましいエクスタシーに()き叫んでおった)

 (変態セックスの方がより興奮するからと、縛ったり、媚薬系の薬物に()る浣腸、粘膜に魔薬を塗り込めて感度を上げたりと見るに耐えない無残な有様よ)

 (……思うに、神を信仰していてさえ、いつの時代も女の本質は変わらぬ、他愛ない程簡単に裏切り、背徳的な情事に溺れてみせる)

 (記憶の中の女共は皆、家族や伴侶を捨てて肉便器になり、押し並べて他人達と互いの性行為を見せ合うことで興奮し、自らを淫乱痴女と認め、浮気の子作りセックスに何度も何度も雌絶頂しながら、もっと男根が欲しいと強請(ねだ)っていた)

 (勇者は一体全体、女達に何を求めておったのだろうな?)



 「勇者が何故、ここまで女を(おとし)めるのか分かったように思います、けれど……それでもわたくしは、自分の身にあった不幸が当然のものとは思えない、例えわたくしの(みにく)い願望のせいだとしてもわたくしは勇者を(うら)みます……憎いと思います」

 アザレアさんは控え目に、だが毅然(きぜん)と自分の今の素直な気持ちを明かしてくれた。

 悪夢から()めてみれば、勇者ハーレムの変態肉欲地獄が、何故あれ程この世の桃源郷(パラダイス)のように思えていたのかさっぱり分からないと、アザレアさんは言う……自分の中の浅ましい、自分でも気付かない、()()()()()()()()()()と願う望みを恥じて、唇を噛み締めていた。


 (多くを見た吾にも、他の男に平気で股を開く女を許せる度量(どりょう)の広い伴侶は中々に珍しい……だが、逆に言えばこれ程迄に大きな怒りを以って女に仕返しをしようとする魂もまた(まれ)……その対象を別にすれば、お前と勇者は何処か似ている)

 へっ、そいつはどうかな?

 俺は何も彼もを思い通りにしたい訳じゃないぜ……俺と勇者は似て非なるものだ。例え憎しみの感情が伝染病みたいなもんだとしても、俺の憎しみは俺だけのもんだ。

 死をも恐れず全てを捨てて(いど)んだ想いの(たけ)が、そんなチャチなもんであって言い訳がねえ。

 呪ってっ、呪ってっ、呪ってっ、呪ってっ、呪った。

 もう引き返せねえし、戻れねえし、その気もねえ。

 眠りを奪われている俺には人には当たり前の安らぎも無く、望んでもいなかったが、闘いから闘いに明け暮れる俺はここで立ち止まる訳にもいかねえ。


 待ってろよドロシー、お前らだけにはきっちり地獄を見せてやる。


 幽閉塔まで来る道すがら、王都では何処の部署が放逐(ほうちく)されたドロシー達の現状を把握してるか問い(ただ)したが、結果誰もそんなことには興味を持っていないことが知れただけだった。

 フランクリンがロートリンゲン長官を(おど)し付けて諜報部の人脈で、王都の裏社会の情報網を絞り上げることを確約させた。

 腹の虫が治まらねえ俺は、相変わらず下着姿のままこの女を引き摺り回している。

 フランクリンは、謁見(えっけん)の間に残した木偶(でく)人形達を(すみ)やかに保護監禁する方法を地下活動の仲間に手配した。部外者にバレないようにするには最新の注意が要る。あれ程の派手な騒動をどうやって隠蔽(いんぺい)するかにも腐心(ふしん)していたようだ。


 「んで、本当にここにもう一人のお前が居るのか?」


 (吾の行動原理は、吾が一番よく分かっている、オズボーンの手によりアストラル体になりしとき、保険として2分割された吾の半身がここに在るとすれば、次に憑依(ひょうい)しようとするはシェスタ王家の当代召喚能力者だと思う)


 「いきなりもう一人のお前が居るって言われてもな、すっかり忘れてたぜ、それ」


 太古の昔、大陸救済協会を主宰し、“天秤の女神”とやらを迎え撃つ為に幾多のオー・パーツを世にばら()いておきながら、自身は今は月へと逃げたサー・ヘドロック・セルダンが生み出した有機質サイボーグ、ホムンクルス・シリーズのワルキューレ……それは“夜の眷属”チームと呼ばれていた。

 チームのナンバー2だったネメシスは、実力的には根源のワルキューレと呼ばれたブリュンヒルデと拮抗(きっこう)していたらしいが、何の因果か絶対忠誠の(かせ)を非常時起動のサブ・ウェアとしてインストールされてはいても、その本質はここではない異世界の日本とやらで生きていた記憶を持つ転生者だった。

 よくわからんが、デパートってところでエレベーター・ガールってのをやってたらしい。


 セルダンの頸木(くびき)を逃れたいネメシスは、組織内で自分の正体を一切悟られることなく雌伏(しふく)して、好機を伺っていた。

 そして別動班“夜の眷属”、カミーラのチームに課せられたオー・パーツ回収の任務の途上で、ヴィタリアス・オズボーンと言う稀有(けう)なる存在に出会う。

 そのままでは滅び行く運命だった、時限式の自壊細胞を埋め込まれて創造されたセルダンのクローン体のひとりが、自ら肉体と精神を分離することに()って、運命を()じ曲げて生き延びた。

 魂として漂泊(ひょうはく)せし者、それがヴィタリアス・オズボーンだった。


 ネメシスは密かにコンタクトして、取引きを持ち掛ける。

 組織にその存在を報告しない見返りに自らも肉体を捨て、精神体として生きる為の施術を望んだ。

 組織に背信した途端、サブ・ウェアが発動して肉体のコントロールは奪われる。どうやら転生者の矜恃(きょうじ)はそれが許せなかった。

 しかし、オズボーンはひとつの条件を出す。自分の脅威にならぬようネメシスを弱体化する為に、魂をふたつに分ける……と言うものだった。これにより、ネメシスは持てる性能や能力が2分の1になる。

 ネメシスは条件を呑んだ。


 「ハァ、ハァ、……でも、シス()()様は、何故もうひとりのご自分とお別れになられたのですか?」

 一般人の体力じゃ幽閉塔の長い階段はキツかったのだろう、息が上がっている。理力(フォース)で持ち上げてやる。


 「キャッ、びっ、吃驚(びっくり)しました……有り難う御座います」

 律儀(りちぎ)()()呼びしてるアザレアさんを見てるのもどうかと思う。

 賢者のスキルで得た知識には異世界サブカルチャーも部分的に含まれていたから、()()呼びの意味も知っていたが、教えてやった方がいいのか迷うな。


 「因果律を特殊な方程式で縛られたらしい、簡単に言うと呪いのようなものかな、一緒の場所に居てすら互いが互いを認識出来ない……永遠にすれ違い、出会うことはない運命に縛られている」


 「……そうなんですね、なんてお気の毒なんでしょう」

 素直なアザレアさんの気持ちは(とうと)いな。勇者や他の男達に()られ(まく)った、自ら望んで変態交尾に溺れ(まく)った凄絶な過去があるだけに、余計そう思われる。

 この人はそこから立ち直って、前を向いた。

 犠牲になったような形の妹さんだが、爆散してしまった肉塊は荼毘(だび)に付された後で、遺骨はロートリンゲンの諜報部預りになっていた。

 フランクリンが王都の墓地に墓碑を建立(こんりゅう)してくれると確約した。

 まぁ、革命勢力にしてみりゃ英雄扱いだろう。


 そしていつの間にか暗殺者になっていた妹さんに、勇者の“恩恵(ギフト)”を撃ち破る力を与えたのが、もうひとりのネメシスという訳だ。


 (して、ロートリンゲンとやら、王命でその(よわい)10歳とか言うあまりにも幼過ぎる召喚能力者がおそらくは蟄居(ちっきょ)とは名ばかりの、独居房送りになってどのぐらい経つのじゃ?)


 「ゼィ、ゼィ、……勇者暗殺事件の前ですから、およそもう三ヶ月にはなるかと」

 下着姿で連れ回される主計局長官とやらも息が上がっているが、当然手助けはしない。早く行けよとケツを蹴り上げると、力なく(うめ)いてつんのめる。

 こう見えてこの女、フランクリンの言うことにゃあ、他所(よそ)の国の大蔵大臣と国立銀行頭取を兼ねるような重要なポストらしい。

 ポンコツではあっても、儀に生き、全てに公平であろうとするビヨンド教官が助け起こす。


 (おそらくその姫も、勇者の魅了に(かか)っていたのであろう、10歳なれば肉体的接触は無かったと思われるが、さて、魅了が()けた状態で、今はどうなっておるのやら………)


 「そんな幼い者にことの善し悪しが分かる筈もありませぬ、こんな年端(としは)も行かぬ者に頼ざるを得ない現実こそが、今のシェスタ王朝が傾いていく要因なのですが、旧態依然とした封建主義者共は(かたく)なに認めようとはしませぬ」

 フランクリンにしてみれば忸怩(じくじ)たるものがあるんだろうが、国や民衆を愛していない俺に取っちゃどうでもいい。



 ネメシスの予測に依ると、反王政派組織過激派のテロリストを支援したもうひとりのネメシスは(あぁ、ややこしいな)、自分と同じく故郷たる異世界に還る方法を模索(もさく)している筈……今のところ、異世界に渡る技術と秘密に近付くには、勇者を召喚する特別なギフト持ちが最も可能性を秘めているように思われる。

 自分も悠久に近い年月、それを追い求めている。

 だから片割れは、此処に居る……それが、ネメシスの論理だった。



 一般の監獄とは切り離された幽閉塔とやらの最上部にあり、牢獄と言うには華美な装飾と什器(じゅうき)に囲まれた立派な格天井の部屋が身分の高い者の投獄用に(しつら)えられていた。

 今軟禁(なんきん)されていたのは、(しつけ)の行き届かなかった馬鹿娘だった。


 「父上に目通りしたい、(わらわ)は眼が覚めた、何故勇者に懸想(けそう)していたのかは分からぬが、今は微塵(みじん)も恋しくはないのだ」

 「早う陛下を、呼んでたもれ!」


 姫とは名ばかりの、甘ったれて我が儘な餓鬼(がき)が居た。

 これは世継ぎの系統から(はず)されても文句は言えまい。

 おそらく王族にあるまじき不見識で、王の不興(ふきょう)を買ったのだろう。

 見た目だけは気品あるが如き容貌(ようぼう)だが、それだけだ。口を開けば、おつむの程度が透けて見えた。例え10歳と言えど、王族がその辺の(はな)っ垂れ小僧と同じであって良い訳がねえ。

 親の顔が見てみてえって思ったが、あの冷血な癖に気概の欠片(かけら)も無さそうだった父親にして、この娘ありか?

 つくづく腐ってやがる。


 この様子じゃあ、誰の口からも勇者が死んだことは伝わってないんだろう……シェスタ・シンディ・アレクセイ姫は、他を見下す世襲王族の血筋(ゆえ)の横柄で高飛車な態度を隠す気も無さそうだった。

 こいつには貴族や王族の既得権益に(まつ)わる責任って奴が、まるで分かっちゃいない。


 (ふむ、この者では取り()く気も失せるかのお?)


 「知らねえようだから教えてやる、てめえの言う父上とかって奴は俺が殺した、あの場に王妃や側室が居たのか気にも留めなかったが、謁見(えっけん)の間に集まった一族郎党はことごとく道連れにした」

 「遠い親戚が生き残ってることを神に祈んな、もしかしたらてめえは今や、天涯孤独かも知れねえからな?」


 流石(さすが)の脳天パー娘も、俺の異様な風体と虫螻(むしけら)を見る冷たい視線に気が付いたようだ。

 ワナワナと震え、蒼白になった口許から悲鳴か罵詈雑言(ばりぞうごん)がほとばしらんとする機先を制して、頬を張った。

 パシーンッと言う余韻(よいん)を引く小気味良い音と共に、手加減してはいても脆弱(ぜいじゃく)な小娘は床に倒れ込んだ。


 「無体はいけませぬ、アンダーソン様!」


 「そうは言ってもな、アザレアさん、下種な召喚勇者を呼び出したのはこいつだ……ある意味、全ての元凶と言ってもいい」

 「そしてこいつは少しも悪怯(わるび)れる素振りも無く、罪悪感のザの字も感じちゃいねえ」


 倒れたまま(にら)み付けてくる身の程知らずの我が儘娘がピーピー泣き出す前に、無音のスキルで声を奪った。泣きたくても泣けない餓鬼(がき)は呼吸不全に(おちい)った。



 (ここにおる筈じゃ、話し掛けてみてくれ……あぁ“祈り”のスキルを忘れるな)


 何をするのか分からないスキルだったが、大切にしろと以前ネメシスが言っていたスキルは、ときたま信心とはまったく別物の祈りを(ささ)げてはきた。

 願いは蓄積されて、何らかの力が感じられるまでになっていた。


 (“祈り”のスキルはときに因果律を凌駕(りょうが)し、宿命をさえくつがえす奇蹟を見せる、さすれば呼ぶのだ、もうひとりの吾をっ!)



 信憑性(しんぴょうせい)に欠ける話だが、別に遣ったからって俺がブタを引く訳でもない。俺は半信半疑、スキルを発動しながらもうひとりの片割れとやらに呼び掛けた。


 「俺はもうひとりのあんたに憑依(ひょうい)されてるもんだ、あんたがヴィタリアス・オズボーンに分割されたもうひとりのネメシスだって言うんなら、呼び掛けに応えてくれ」



 なんの反応も無く拍子抜けかと思ったが、暫くすると心に直接呼び掛ける者が居た。力強い意志だった。


 (……吾を呼ぶ者は誰か?)


 (豈夫(まさか)に、おるのか、もうひとりの吾が?)


 おぉ、瓢箪(ひょうたん)から駒だぜ、(イワシ)の頭も信心からって奴かあ?

 確かにまったく寸分違わず同じ質の思念ながら、何故か確実に別もんだって分かる思念が頭の中に(ひらめ)いた。


 (居るのだな?)

 (祈れ……祈らんかあっ、早く!)

 俺は未だ嘗て、ここまで慌てふためいたネメシスを知らない。

 オズボーンの摩訶不思議(まかふしぎ)な方程式に縛られて、絶対に出逢う筈の無い半身同士だった。


 「祈れって、何を祈るんだ!」


 (えぇい、なんでもいい、吾等がひとつになれば肉体を得る)

 (美少女の吾を(おが)んでみたくはないかあっ、祈れええぇ、祈らんかああああああっ!)


 美少女……何言ってんだ、こいつ??

 だが、良いことを聴いた。肉体を得たこいつには、今まで散々受けてきた様々な仕打ちや、勇者を先に討ち取られる痛恨の契約不履行をその身体で支払わせてやれる。

 一生涯、責め(さいな)んでやるチャンスがある。



 復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、

 復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、

 復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、 

 復讐するは我に……………それこそが、我が祈りなり。


 (クッ、フハッハッハハハハ、実にお前らしいぞソラン!)

 (世を呪い、裏切った女を呪い、ただひとつの復讐に命を賭けた男の憎しみが渦を巻き、混沌を満たさんとする……現臨(げんりん)し、受肉(じゅにく)せし吾を犯せるものなら、犯してみよ!)



 俺の呪われた祈りは、焦熱地獄の悪鬼羅刹(あっきらせつ)が聞き届けるのか、はたまた天界の怒れる風神雷神が具現するのか、貴人(きじん)の為の贅沢(ぜいたく)なこの監獄は辺り一面、条理、道理に外れたような真っ白い光に埋め尽くされて何も見えなくなった。



 美しい裸の天使が居た。

 確かにそこには、天使が出現していた。

 真っ白く大きな鳥の羽を背に()い、繊細な顔の輪郭は見たことも無いような完璧に高貴なもので、その瞳は何処までも(あお)く、深く沈み、(うれ)いを秘めた(まなじり)は何もせぬのに吸い込まれるような(おもむ)きがある。

 唇は赤い野苺(のいちご)のように濡れて輝き、肩より長い絹糸のような金色の髪はあまりにも細くて揺蕩(たゆた)うように(もや)って見えた。

 一言でいって、地上の人間にはあり得ないほど整って見える美は、見詰めていると自然と動悸(どうき)がしてくるような気さえする。

 身体つきは、年の頃なら13、4歳か、(ふく)らみ掛けた胸と恥丘を隠す申し訳程度の金色の陰毛が幼さを連想させる。


 「誰だ、お前……?」


 「狂信者の国、蛮族の侵略国家、独裁軍事連合国、魔族領が二十八部衆、嘗て幾度となく(いど)みし者あれどことごとく滅びた、幾多の戦略級魔術を操り、闇夜に君臨せし“夜の眷属”の覇王として最強最悪の名を欲しいままにした」

 「……“狂える邪神”ネメシスとは吾のことなり」


 なんだ、これ?

 初めて聴く肉声は、幾星霜(いくせいそう)の年輪を重ねた邪神として頭の中に響いていた思念とは全く違い、物凄く(いや)されるって言うか、なんて言うかその、……可愛らしかった。


 「俺は、もっとこう、鼻のひん曲がった意地悪そうな(ばば)あとかイメージしてたんだ、普段の(しゃべ)り方からして年寄りくせえし」

 「その容姿は反則じゃねえのか?」


 「お前は意外と想像力が足りんのお、吾等ワルキューレ・シリーズは“盾の乙女”が前提じゃ、外見の悪い者なぞおる筈もなかろ」


 「あぁ、いいから、……確かにお前だって分かったから裸でいねえで、なんか着てくれ」

 自分の手を血に染める人殺しも含めて大抵(たいてい)のことには動揺しなくなった筈の俺が、目に毒だと思っていた。


 「吾の乳房(ちぶさ)で欲情するか、ソランよ?」

 「この手の身体に興奮するとか、なかなかマニアックな嗜癖(しへき)ではないか、これから(いじ)め甲斐があると言うものだ」


 「いいから早くしろ!」


 とんと無頓着(むとんちゃく)な裸の天使が流し目を呉れるのに、段々本気でイライラしてくる。

 それでも、嘗てのボディに付属した格納空間バックヤードが生きていたらしく装甲装備を取り出して、身に着けた。

 見たことも無い、黒光りする金属装甲の全身アーマーだ。


 「確かそのボディには、大陸救済協会の安全装置がインストールされているのではないのか?」

 ビヨンド教官が、美麗なる天使の姿に(あや)しみながらも、以前に聴いた軀体コントロール権剥奪装置の疑問を口にした。

 忘れてたな、さっきまでそんな話。


 「吾が何十万年もの間、何もせず(ただ)のたくっていたとでも?」


 対策済みってことか?


 「心配致すな、アンインストールの方法を見つけてある」




 ***************************




 どうしても連れて行くと(かたく)なに退()かないネメシスに折れて、シェスタ王家の生き残りにして当代では唯一の勇者召喚の能力を保持している、シェスタ・シンディを伴っていた。

 無駄に整った顔の王女は、碧眼(へきがん)ブロンドで生意気そうな鼻っ柱をしていたが、おつむは弱そうだった。

 武具屋で適当に見繕(みつくろ)った革鎧や斥候用の盗賊服に着替えさせたが、なにせ王家のおひいさまで何ひとつ自分のことが出来やしねえ。

 アザレアさんが手伝ったが、ピィピィ騒がれるのにうんざり辟易(へきえき)して、隷属のスキルで行動の自由を奪った。

 身動き出来なくして、今のこいつの立場やこれからも生き永らえたければ面倒を掛けるなって意味のことを多少手荒く、滾々(こんこん)()んで含めるように言い聞かせた。

 仕舞いにゃあ面倒臭(めんどくせ)えから、勇者がやってきた悪事を知らなさそうなこいつに話して聞かせるだけじゃなく、奴の残留思念が無意識に発していたビジョンを再構築して見せてやった。香を()き込めた奴のハーレムで毎夜毎晩行われていた変態乱交の実態を、この小娘の頭の中に無理矢理流し込んで、いやと言う程繰り返し堪能(たんのう)させてやった。

 匂い付きのイメージは能天気なバカ娘にも相当(こた)えたらしく、濃密なセックス臭に嘔吐して気絶した。

 気を失う前に、てめえが召喚した勇者のせいで大勢が不幸になったんだと教えてやる俺は、ほんとに大人気(おとなげ)ねえな。


 結果、多少大人しくはなった。

 児童虐待みたいで気が引けるが背に腹は代えられねえなんて言い訳してみても、実のところ俺自体が無垢(むく)で無自覚な悪意ってやつに無性(むしょう)に腹を立てていたのは事実だ。無知はそれだけで罪だ、と(さげす)む俺を口惜しそうに(にら)んでいたっけ……いつまでも。

 この小娘は悪くないって(かば)い立てする奴が居たとしても、多分俺は同じことをしただろう。

 そんな俺の(いきどお)りを察した周りは、誰一人として止める者は居なかったが、教官とアザレアさんだけは何くれと娘の面倒を見ていた。このときも吐瀉物の汚れを清拭(せいしき)して呉れたのは、この二人だ。



 ドロシー達が何処に落ち延びたのか軌跡を追って、冒険者ギルドや裏の犯罪結社を(おど)し付けて在り処を吐かせた、王都でも有力な情報屋を何件か回ったが何処(いずこ)も金にならない情報には、仕入れに本腰を入れていなかった。

 いずれの店にも、代表や取り巻き数名に十日以内に何某(なにがし)かの情報を持ってこないと狂い死ぬって呪術を仕込んだ。

 これで少しは本気を出して欲しいもんだ。


 奴等が逃げ延びた先の手掛かりを探して、暫く王都に滞在する内に俺とビヨンド教官、アザレアさんとネメシス、それにおまけの元王女様で共同生活をするようになった。

 飯は俺が作ることが多かったが、王都には飯を食わせる店も屋台も幾らでもあるのでそちらの方も少なからず利用したし、風呂好きのネメシスが肉体を得たお陰で王都中の浴場を梯子(はしご)為出して、そこで食事にすることも増えた。

 反王政派達の活動拠点のひとつに間借りしている。殆ど身ひとつで出てきたアザレアさんなんかの為に普段着や、旅の準備の為に旅装を(あがな)わせた。髪油や美肌用の手入れの香油を入手してきたアザレアさんは、皆んなの髪の手入れをしたり、王都の知己(ちき)を尋ねたり、亡くなった妹さんの霊を(とむら)ったりして過ごしてる。

 ときたま俺とビヨンド教官の髪にブラシを入れ、後ろに()らすように編み込んだりしてくれる。

 アザレアさんは、亡くなった妹さんの菩提(ぼだい)供養(くよう)しながら女神様に(つか)える生活を思い描いて、オールドフィールド公国正教会系の修道会へ入会するか真剣に悩んでいたが、結局俺達と言うか、俺の復讐行に付いて来ることにしたようだ。


 「勇者への憎しみを奪われたアンダーソン様が、裏切られたお三方を追い詰めるのなら、わたくしも同道させてください」

 「同じように伴侶(はんりょ)を裏切った者として、貴男の裁きの場に立ち会わせて頂きたいと思っています……擁護(ようご)するかどうかは、その時になってみないと分かりませんが、行く末を見届けたく思います」

 そう言って、身を寄せていた命の恩人のケイトって婆さん、彼女が幼かった頃の保育士役だった女と、勤め先のエイブラハムに、大恩にも(むく)いず不義理をしてしまう詫びと、そのことへの許しを乞う気持ちと、今迄の交誼(こうぎ)への感謝を手紙にしたためた。

 俺が追い詰める裏切り者の3人は、アザレアさん、貴女みたいに真っ当で殊勝(しゅしょう)な気持ちを持っちゃいない……そうは思ったが、口にすることは無かった。


 丹念(たんねん)に聞き取りをしたが、未だ大雑把(おおざっぱ)に追い立てられた方向しか(つか)めてはいなかった。

 だが当面、仕方がないので奴等の探索は、別の方法を考えなくちゃならねえかもしれねえ。

 ネメシスのマーキングは、万全の状態である今、精度はアストラル体だった時の比じゃないらしいが、ドロシー達、勇者の加護を失った従者なんかの発する気配は非常に微弱らしく、到底(とうてい)センシングに引っ掛かる筈はないとのことだった。


 王都を散策するうちに、勇者ハーレムを盗撮したって言うポルノ雑誌を目にすることもあり、一度目にした俺は怒り心頭、怒髪天(どはつてん)を衝いてビリビリに引き千切ってしまったが、後でビヨンド教官が何冊か別のを購入してきた。

 王都の出版業界はつくづく(ろく)なもんじゃねえ。


 「教官もやっぱり、こういうのでオナニーとかすんのか?」


 「なっ、違う……いつかネメシスのビジョンで見た深淵(しんえん)の宇宙を渡ってきたと言う船、“ニンリルの翼”号って巨大要塞戦艦の船首に女神像があったろう?」

 「裏切ったお前の婚約者に似ているって、随分と気にしていたじゃないか、この身は人相学、骨相に覚えがあるから鑑定して遣ると約束したろう、忘れたか?」

 アザレアさんにブラッシングして編み込んで貰ったダークブロンドの艶髪を後ろで無造作(むぞうさ)に丸めた教官は、さも(あき)れたと言うように長い両手を腰に当てて俺を見下ろした。普段のこの人にはその美しい所作(しょさ)に、ポンコツを感じさせる片鱗(へんりん)微塵(みじん)も無い。

 抱えてるのはポルノ雑誌だがな。


 「おぉっ、正直忘れてた、そんな話もあったな……なんで忘れてたのかな?」

 あれ程気になっていた、荘厳なる女神像の面相が裏切り者の許嫁(いいなづけ)の容貌に(かぶ)るってのを思い出す。憎しみがつのる程に、訳の分からねえ他人の空似なんかどうでも良くなっていた。

 第一、(あき)れ果てた見苦しいアヘリ顔を晒す女が、清純なる女神に似てる訳がねえ……どうかしてる。


 「ソラン、よく聴いてくれ、この身が記憶したあの神像の顔と、ここに写っている女の顔は骨相学上、四十二箇所で類似点がある」


 「嘘を()くなっ、こんな快楽で(ゆが)んだ顔から何が分かるって言うんだ、殆どが眼の焦点が合ってねえ、舌ベロを突き出した阿呆面(あほづら)じゃねえか、これも、これも……これもっ!」

 引っ手繰るように教官からポルノ雑誌を奪い取ると、ドロシーの写ったページを次々と指し示す。

 反論する俺は裏腹(うらはら)に、ただ認めたくないだけで、何故か心の底ではやっぱりそうかって想いの方が()に落ちていた。


 「このことが何を意味しているのか、この身にも分からないが、お前の幼馴染君は(ただ)の寝取られ女ではないのかもしれぬな」

 瓜実顔(うりざねがお)の綺麗な顎に手をやって、愁思(しゅうし)風情(ふぜい)で考え込む素振りの教官に何故か(いら)ついた。


 「ただのスベタだっ!」

 どこまでも理解を拒否して吐き捨てる俺は、甘ったれた分からず屋も同然だった。

 気遣(きずか)って俺の手を取るアザレアさんを振りほどいて仕舞った程だ。

 200万年前の大聖国滅亡の際、大ヒュペリオン海におそらくは沈んだとされる“ニンリルの翼”号……今も健在なのだろうか?

 あの女神像はなんなのか?

 幾ら考えても謎は深まるばかりで、俺は唯々(ただただ)立ち尽くした。

 世の中が暴力と覇権で成り立っていようといなかろうと、子宮でものを考えるスベタ共には何の関係もねえ……あぁ、そうに違いねえ。



 反王政主義活動家のフランクリンの一派は、傀儡(くぐつ)に仕立てた旧王家の為政者達の操縦を、遺漏(いろう)なく軌道に乗せられたようだ。

 私邸には帰さず、特に各省庁のトップは業務の場に居住スペースを増設して()()()にした。(あや)しむ家族や使用人達には、納得するような話しを言い含めてあるらしい。

 事実上、シェスタ王朝は滅びてしまったが(まぁ、()ったのは俺なんだが)、利権争いの紛争を避けるため内外には秘されたまま表面上は当面の体制が続いていく模様だ。

 正すべき(えり)を失った亡者共は死した後、再利用されて本当に国の役に立てるようになったが、特に俺の心は痛まなかった……疾っくの疾うに俺の良心って奴はどっかに行っちまったからだ。

 即死チートスキルなぞ、星の数ほど持っている。

 ……水面下で緩やかな民主化政策を秘密裏に進める、と言う方針で大勢(たいぜい)は決した。これからは善し悪しは別として、選択肢の無い不透明なビューロ政治が必然になる。その実下位官僚が実質的な決定権を持つ政権体制の誕生だ。

 フランクリンに頼まれて、何人かのロビイストやキーパーソンを、生涯解けないレベルで洗脳したのは秘密だ。



 てくてくと付き従う美少女とも神威を(まと)う天使とも見紛(みまご)うネメシスに違和感があって……何年も俺に取り()いていたのに、身体を持った実体として目の前に居ると変な感じだ。

 (ちな)みに、生霊(いきりょう)でも何でもなく普通に肉体として存在してるのに、精神的なパスは俺と繋がったままだと言う。


 「お前は、何かを失う代わりに何かを得る……そう、運命付けられておるのかもしれぬな」

 「血を吐く思いで精進した挙句に、(かたき)を失った」

 「代わりに嘗ての全盛期の吾と言う最強のパートナーが、これからのお前に付き従う、場合に拠っては生涯を共にしても良い……それで約束を果たせなかった今回の件は勘弁しては貰えぬか?」


 まったく嬉しかねえ……勇者の加護を失った3人の女を血祭りに揚げるのは、今となっては虫を叩き落とすようなものでしかないが仕方ねえ……その分、たっぷりと苦しんで貰うしかねえようだ。

 王都民、いや行く先々の民衆から(さげす)まれ(うと)まれ(つば)を吐かれる(みじ)めな零落(おちぶ)れ方を聴くにつけ、ほんの少しは溜飲(りゅういん)が下がった。

 けれど、そんなもんじゃねえ。

 王都を石礫(いしつぶて)の洗礼で追われた仕打ちなぞ天国だったって思えるような、度肝(どぎも)を抜く罰を用意して会いに行くから、楽しみに待っててくれよ、ドロシー。


 ……魅了(みりょう)から解放されてみれば、およそ人の子ならば長い年月に渡った己れらの犯した最低に愚劣な豚性交と、俺や実の肉親達への仕打ち、王国民への裏切りに思い至らねえ、或いは鮮明な(おぞ)ましい罪科(つみとが)の記憶を恥ねえ訳がねえ。

 錯乱したか? 反吐(へど)は吐いたか? 小便は漏らしたのか? 食欲が無くて、拒食症になったか?

 自傷行為は? 髪の毛は引き千切ったか?

 いや案外、なんの痛痒(つうよう)も感じず我が身可愛さに泣きながら許しを乞うたりしたかも知れねえし、行く当てが無くて、厚顔無恥(こうがんむち)にも恥を忍んでボンレフ村を目指したかもしれねえ。

 果たして俺にはこんな女達に仕返しする為に、魔王や勇者もお呼びじゃない迄に強くなる必要があったのか?

 今更ながら、俺はおそらく文字通り史上最強だ。

 聴けばハーレムの女達の誰の児ともしれねえ妊娠に、堕胎を繰り返していたとも言う。こんな鬼畜の所業は、取り返しの付かない公国正教への背信だ……奴等は信仰さえ失った。

 罪を(はかな)んで死を選んでもおかしかねえが、俺にとっちゃ幸いにもあいつらは未だに生きている。

 楽に死なれちゃあ(たま)らねえから、俺は奴等を見つけ出すのに手間暇(てまひま)掛けてる余裕がねえ……兎に角最短だ、最短で見つける必要がある。

 何もなければ貞淑な女の鏡だったアザレアさんでさえ、暫く身体の(うず)きに悩まされたと言う。長年荒淫に溺れたあの雌豚共が普通のセックスに戻れる筈もないし、肉欲の火照(ほて)りを克服出来る筈もねえ。

 どうやって生き長らえてるのか、その辺も加味して追ったほうが良いのかも知れない。


 結果論かもしれねえが鶏と卵のジレンマで、俺は一体なんの為にここまで無意味に強くならなけりゃあならなかったのか、考えても詮無きことだったが……総ては復讐の為、だから勇者の“恩恵(ギフト)”に対向する為だった筈。

 なんのちっぽけな運命の気紛(きまぐ)れか、俺の憎しみは俺自身を(きた)えて叩いて、最凶の復讐者としてこの世に生み出した。

 いつの間にか世の理屈(ことわり)から(はじ)き出されている気さえした。

 世の中の行く末も、人族の営みの行く末も、俺にはこれっぱかりも興味がねえから、無駄な力もいいところ……過ぎたる戦闘力は、はっきり言えば宝の持ち腐れだ。

 ネメシス(いわ)く、エルピスの遺産は幾多のオー・パーツが同時発動してさえ瞬時に対応し、刻を止め、常識をくつがえすような方法で宇宙災害級の終末兵器を無効化し、あまつさえオー・パーツの機能を取り込むと言う。これはもう、完全なオーバー・スペックだ。

 おそらくは、月に自治国家を築いたろうセルダンに単身で対抗出来るだろうと言うことだった。

 人殺しを(いと)わず、盗みも覚えた。禍々(まがまが)しいまでの強さを手に入れる為に修練した。人としての人間らしい感情など、俺にはなんの必要もなかった。だから憎しみ以外の喜怒哀楽を捨てようと思った。

 勇者と言う一方の目標をロストした今、人を捨てて、全てを犠牲にして得た力は、無用の長物(ちょうぶつ)と化した感さえある。

 (むな)しいことはなはだしく、そして実に腹立たしい。



 冷酷非情、復讐の為には人らしい憐憫(れんびん)も温情も、その他の善なる者の感情も一切捨ててきた。

 そこにあるのは、(ただ)の復讐の為の器械……それで良いと思った。

 やっと復讐のステージに辿り着けたと思って有頂天(うちょうてん)になった。

 ところが皮肉な運命に、勇者への復讐は叶わなくなった。

 手を下したのは、アザレアさんの血を分けた妹だと言う。

 そして知りたくもなかった、勇者が尻軽の女をゆわし続けた本当の理由……勇者は女の不貞を心底(しんそこ)憎んでいた。

 鬼畜には鬼畜を形成するに至った悲劇が確かにあった……そうとしか言いようがねえが。

 勇者が世の中の不貞女共に鉄槌(てっつい)を喰らわさんと始めた戦争は、こうして奴自身の死に因って(つい)えた。

 奴を失った喪失感と鬱憤(うっぷん)は、憂さ晴らしに元凶たる召喚政策の王家を蹂躙(じゅうりん)しても晴れることはなかった。

 奴の意志を継ぐ気なんざ更々(さらさら)ねえが、ネメシスは降霊術で奴の残留思念を呼び出したときに可能な限り、“魅了・催淫”のスキルを回収していて、それを元に再構成したらしい。


 「必要ならいつでも言え、お前のハーレムを作ってやる………」


 口許から(こぼ)れる白い歯がキラリと光った……そんな美少女天使の(あで)やかな微笑(ほほえ)みで、とんでもねえ邪悪な誘惑を(ささや)く女だ。



 ネメシスに言って、その悪魔のスキルは厳重に封印保管させた。






復讐の片方の対象を永遠に失ってしまったソランを描いています

復讐に生きるソランに取って、衝動の根源と言ってもいい一方の目標を失うことで、モチベーションは3人の女達に収斂していきます

ここから始まる迷走が、目眩くダークハードファンタジー・ワンダーランドに読者をいざないますので、乞うご期待!


ラナンキュラス=キンポウゲ属の植物で中近東からヨーロッパ南東部が原産地、幾重にも重なった明るい花弁が魅力的な秋植えの球根種

花色だけでなく花形も変化に富んだ品種、香りのよい品種などもある

デルタ翼=航空機において平面形が三角形もしくはそれに近い形をした翼のことで三角翼ともいう/後退翼の持つ空力弾性の問題〈剛性不足〉や、空力の問題〈翼端失速が生じやすい〉に悩むことなく大きな後退角が採用でき、且つ厚み比を小さくすることが出来るので発生するじょう乱が小さくなり、超音速飛行に適した翼となる

岡惚れ=相手の心がわからないのに恋すること/片思い:「傍惚れ」とも書く

パイ毛=乳首や乳輪の周囲に生える体毛で産毛タイプと剛毛タイプがあるが、人に拠っては乳毛だけ太い毛が生えてくる場合もあり密かに手入れをするケースがある

たそ=近年のアニメヒロインの敬称変遷で「○○ちゃん」→「○○たん」→「○○たそ」と進化してきたと思われる

レジスタンス=もともと「抵抗」を意味するフランス語の普通名詞〈フランス語: résistance〉であり、第二次世界大戦のフランス国内でナチスに対して行われた抵抗運動だった

1977年以降はジュネーヴ条約の追加議定書等により一定の交戦法規を遵守する場合、レジスタンスは戦闘員としての待遇を認められるようになった/レジスタンス運動の戦術としては受動的レジスタンス運動、侵略者に対するいやがらせ、サボタージュ、地下出版、武装してのゲリラ戦、パルチザン活動などがある

赤軍=ロシア語:Красная армия、クラースナヤ・アールミヤは、1918年1月から1946年2月までロシア帝国およびソビエト社会主義共和国連邦に存在した軍隊でソビエト連邦軍の前身に当たる/十月革命後に勃発したロシア内戦の最中に労働者・農民赤軍〈Рабоче-крестьянская Красная армия、ラボーチェ・クリスチヤーンスカヤ・クラースナヤ・アールミヤ〉略称:労農赤軍〈РККА、エールカーカーアー〉として設立

パルチザン=他国の軍隊または反乱軍等による占領支配に抵抗するために結成された非正規軍の構成員である/英語ではレジスタンス運動の一部にも適用され、第二次世界大戦中のナチス・ドイツやファシズム時代のイタリアの支配に抵抗した各国の抵抗運動がその例である/イタリア語のpartigianoからきたフランス語で、占領軍への抵抗運動や内戦・革命戦争といった非正規の軍事活動を行なう遊撃隊およびその構成員を指す単語でありゲリラの類義語である/18世紀においてパルチザン戦術の教本として最初に使われたもののうちのひとつは、1756年から1763年までの七年戦争中にプロイセン軍で工兵大尉を務めたハンガリー人の将校であったイェネイ・ミハーイ・ラヨシュが1756年にデン・ハーグで出版した「Le Partisan ou l'art de faire la petite-guerre avec succès selon le génie de nos jours」〈パルチザン、または私たちの時代の技術で小さな戦争を成功裏に遂行する方法〉である/ヨハン・フォン・エーヴァルトはパルチザンの戦略・戦術を1789年に執筆した「Abhandlung über den kleinen Krieg」〈小さな戦争に関する論文〉で詳細に説明した

ウクライナ蜂起軍はウクライナのナショナリズムを基盤とする反体制武装組織、後にパルチザンとして、第二次世界大戦中のナチス・ドイツやソ連、チェコスロバキア、ポーランド地下国家とポーランド人民共和国の両者に対する一連のゲリラ紛争を行った軍事組織であり、その集団はウクライナ民族主義者組織の軍事派閥――元々は1943年の春と夏にヴォルィーニで結成されたステパーン・バンデーラ派〈OUN-B〉であり、その公式な結成日は生神女庇護祭の日である1942年の10月14日である/当時ウクライナ民族主義者組織が宣言した目標は、結束し、独立した主権国家をウクライナ人の住む地域に再び建設することだった/彼らは占領軍を追放し、すべての地域と社会集団を代表する政府を建設するため、暴力を他国の敵と同様に国内の敵である独裁政権ウクライナ・ソビエト社会主義共和国に対する政治的手段として認めており、その組織はレジスタンス組織として始まり、 ゲリラにまで発展した

赤軍パルチザン=第二次世界大戦中のソビエト連邦のパルチザン、特にベラルーシでのそれらのパルチザン行動は効果的にドイツ国防軍を攻撃し、彼らのその地域での軍事行動を著しく阻止した/フィンランドにおける赤軍パルチザンは村を攻撃し無差別に住民を狙っていたことが知られていて、東カレリアではパルチザンのほとんどがフィンランドの軍事物資や通信施設を攻撃したが、フィンランド国内ではほぼ3分の2の攻撃は市民を対象としたもので200人の死者と50人の負傷者を出し、その多くは女性や子供、老人であった

クリノリン=1850年代後半にスカートを膨らませるために発明された鯨髭や針金を輪状にして重ねた骨組みの下着である/1860年代に入るとクリノリンはその形を変化させ、さまざまなバリエーションが生まれた/それまでスカートを膨らませるために何枚も重ね履きする必要のあったペチコートに変わってドーム型のシルエットが容易に得られるようになり、ヴィクトリア朝時代のイギリス女性の間で爆発的に広まりこのクリノリンによってスカートの裾は大きく広がれば広がるほど良いという風潮になった/クリノリンが巨大化した理由のひとつが1856年、皇太子〈ナポレオン4世〉を身ごもっていたフランスのウジェニー皇后で、彼女は姿態の不恰好を隠すためにクリノリンを極端に拡大して使っていたが、それが新しいモードとしてサロンに受け入れられ、この巨大化は1860年代まで続いた

フープ・スカート=鯨の髭やプラスチックなどでできた張り骨〈クリノリンやバッスル、パニエ等〉で傘のように大きく広げたスカートで一般にロングスカートであり、ドレスの一部をなすことが多い/衛生的なトイレが完成する以前の中世の欧州では上流階級の女性は一般的にフープスカートを着用したまま立位で排尿していた/なお、このため当時は下腹部に密着する下着〈パンティーなど〉が着用される習慣はなかった

箱襞襟=洋服のシャツ、ブラウス等の襟の仕立て方のひとつで、ことに16世紀半ばから17世紀前半のヨーロッパ諸国において王侯貴族や富裕な市民の間で流行した/シャツから取り外すことができ、頻繁に取り替えて上着の襟元と肌や髭などが直接触れる部分の清潔を保つためのラッフルが元になっており、元来は実用的な機能を持つものであったが、洗濯糊の発見とともに長い襞襟の形を保たせることができるようになり、次第にその大きさや仕上げの精巧さが競われるようになった/果ては半径数十センチになろうかという蛇腹状の円盤が首を覆う様相を呈するに至り、針金の枠を必要とするものもあった

パニエ=下着、ファウンデーションの一種で18世紀にヨーロッパでドレスなどのスカートを美しい形に広がらせるため、その下に着用したのが始まりである/鳥かご〈panir〉に形状が似ているため、フランスでは「パニエ」と呼ばれるようになった/当時はコルセットで上半身を締め付け、パニエでスカートを膨らませることにより上半身の細さを強調するスタイルが流行したが、当初パニエは木や藤の、後に鯨鬚の円形の枠を何段かに分け、木綿、毛、絹などの布地に縫い込んで作った円錐形のものであった/骨組みをつくり、硬い素材で大きく膨らませ、生地に張りのあるチュールなどのかさを増し易い素材を使い、ギャザーで縫い縮めて一層膨らみを出して骨組みを覆い、裏地には厚手の肌触りの良いものを選んで座ったときなど表地が肌に触れるゴワゴワ感を軽減して履き心地を良くする

フレスコ画=絵画技法のひとつで西洋の壁画などに使われる/まず壁に漆喰を塗り、その漆喰がまだ「フレスコ〈新鮮〉」である状態で、つまり生乾きの間に水または石灰水で溶いた顔料で描く/従ってやり直しが効かないため、高度な計画と技術力を必要とするが、逆に一旦乾くと水に浸けても滲まないことで保存に適した方法だった

ドロワース=女性用の下着の一種であり、腰回りのゆったりした半ズボン状の形でスカートの下に着用した/下着の中では比較的緩やかな構造で、横サイドが長く履き込みも深い

コルセット=女性用ファウンデーションの一種で、近代から現代にかけてヨーロッパ大陸で一般に使用された/胸部下部よりウェストにかけてのラインを補正する役割を持ち、ヒップの豊かさの強調と対比的に胴の部分を細く見せた/コルセットの形状を維持するためのボーンは鯨髭製が主流で、通常、背後にはハトメに紐を通したレース部分があり、ウエスト部分から取り出された紐を締め付けることによってウェストを細くする

このような下着では着用に多少時間がかかるが、一人で着用することも十分に可能である

ロビイスト=多くの企業および企業団体、利益団体あるいは国家や政府は自身の利益に沿った主張を広めるためにロビイストを雇っている/ロビイストの活動の重点は政策の提言やリサーチ、アドバイスだけにとどまらず、実際に行動に移し、実現化することにあり、ロビイストは政治家とは異なり民間の立場からあらゆる利益を代弁することができるため、様々な形で柔軟に活動することができる/シンクタンクは政治課題に関する研究成果をメディアに対し定期的に発表することで、その主張を普及させる/ロビイストを雇用する団体は多くの場合政治家への政治献金も同時に行っているため、ロビー活動が政治の腐敗と関係づけられることも多く、政治家が国民の主義主張ではなく、特定の後援者の利益に沿った政策を唱えることに批判がなされている


応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします

感想や批判もお待ちしております

私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします

別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください

短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です

https://ncode.syosetu.com/n9580he/


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拙作「ソランへの手紙」にお越し頂き有り難う御座います
お気に召された方はブックマーク★★★★★感想をいただけると嬉しいです
別口で“寝取られ”を考察するエッセイをアップしてあります
よろしければお立ち寄り下さい
https://ncode.syosetu.com/n9580he/
小説家になろう 勝手にランキング

html>
― 新着の感想 ―
[良い点] 元凶への復讐の機会が永遠に失われてしまったことで、今ままで溜めに溜めて来たものが一気に爆発した感じがする。 まあ、感想欄の返信とかでも何度も警告はされていたのだけれど、凄絶。 ただ、今回対…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ