50.ソラン、ダンジョンでリビング・アーマーに出遭うこと
「どうしたソラン、この身はお前の奴隷も一緒………」
「この身の淫らな本性を、不潔と蔑んでくれていいのだぞ?」
そんな科白を嬉しそうにニコニコ笑って、さも俺に隷属したそうな素振りをするスザンナ・ビヨンド教官は、最初から頭の螺子が2、3本跳んでいそうな奴だって気付いたのはこの頃だった。
(おぃ、今度は相手を交代したぞ、こいつら夫婦じゃねえのかよ、確か結婚してるって言ってたよな!)
あいつらに聞こえないよう、無声の伝声法で教官に問い掛けた。
(何を驚いている、この程度は冒険者では当たり前のこと)
(いつ死ぬかもしれないヤクザな商売……それが冒険者だ、下手に幻想をいだかない方がいいわよ)
(確かに冒険者の貞操観念は低いわ、だがそれも死と隣り合わせの日常を自ら選ぼうと言うのだ、多少の快楽を享受しようとも暗黙の了解というもの)
そう言ゃあ、この間も教官は、冒険者のお手軽な性欲解消法とか言って、屋外での手っ取り早い交合を手解きしようと尻丸出しどころか股間まで晒して迫られたのに、鼻で笑ってご遠慮差上げたらインポ扱いされたな……教官のあんな姿はあんまり見たくなかった。
長いクエストになると男も女も性欲が溜まるから、ガス抜きが必要になるって理屈なんだが……まぁ、年中発情してて手当たり次第ってのが平均的な冒険者って奴だとしたら、冒険者になるってのもちょっと考えもんだ。
人一倍欲望に正直な冒険者って奴は、男も女も悶々とし易いとも言ってたな……なんか交尾の為に生きてる昆虫みたいで哀れに思えた。
教官のあそこをただで拝めたのは普通だったら儲けもんなのかもしれねえが、なんて言うか有り難がるほど興奮しなかったし、まぁ俺がぶっ壊れちまったせいなのか、不思議なほど感動は薄かった。
初めてのダンジョン探索で、神殿廃墟の地下道で一緒になったAランクパーティの冒険者4人組と行動を共にすることになったんだが、野営すると言うそいつ等に付き合って、俺と教官も小休止をすることにした。丁度地下通路の広まった空間があり、ここなら何かに襲われても少しは対処し易い。幸い何の気配も無いので、俺と教官が最初の寝ずの番を買って出た。
暗視スキルがあるので困らないが、冒険者キットに入ってた獣脂を固めて臭い抜きした缶入り固形オイルトーチの弱々しい明りが、辺りを薄ぼんやりと照らしている。
煤はほとんど出ない。
ダンジョン内で煮炊きは厳禁だと、乾した杏と棗、塩抜きした干し肉、棒状なのに教官が兵糧丸と呼んでる高栄養価でナッツを練り込んだ固焼きクッキーの行動食なんかを齧って空腹を満たした。
砂漠の手前のスークで喰ったシシケバブの味が忘れられねえ。
取り憑いてるネメシスにもおおむね好評のようだった。
造り方は模倣スキルで大体見て取ったから、出張所に戻ったら真似してみるつもりだ。
眠らない俺は夜中の鍛錬をどうしようかと思っていたのだが、以前ジグモント・ルーシェの貴金属店で買った懐中時計を見ると、まだ夜9時ぐらいだったので、少し離れた場所で夜具を並べていた“金獅子クルセイダーズ”とか名乗った連中が寝入るのを伺っていた。
するとどうだ、別に覗いていた訳じゃねえが、連中は人目も憚らず、こんな場所だと言うのに淫靡な夫婦生活をおっ始めやがった!
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良く料理に必要なのは愛情だと言われるが、そんなことはねえ、現に俺は調理の最中に奴等への復讐の仕方を色々夢想しながら溜飲を下げてるんだが、そうじゃねえ時との仕上がりに大差はねえ。
初めての魔族領でネメシスが打ち明け話をするのに、会話が成り立たねえと賢者のスキルを付与された。
有り難いのかそうじゃねえのか判断するのは微妙だったが、得た知識にゃあ拷問とか、なるべく苦しみを与えて殺戮する方法とかもあって、様々な遣り方を考えるのが楽しくなったのは事実だ。
賢者のスキルで得た聡慧には、様々な料理の知識もあったから出張所で出すメニューもぐっと幅が広がった。
食材を入手してる暇が無いので、今のところ獲物の魔物肉やついでに採取してきた野生のアスパラガスのピザや様々な茸のスープなんかだが、評判を聞き付けた在野の暇な冒険者なんかが昼時に飯を食いに来るようになった。
野草や山菜の灰汁抜きなどの下拵えなんかもやってみたし、何より野生のハーブを摘めるようになったので、サイドメニューに出すルッコラの温サラダも含め評判は上々だ。
ネックは、俺が居ないと食堂は閉めざるを得ないってことかな。
そうそう、ネメシスの奴は生意気にも俺のアルデンテが駄目だと言いやがる。こいつは100万年以上を生きてやがるくせに、食い物のことしか考えてなかったんじゃないかって思うことがある。
こうやって砂の国を渡っていると、俺のどうしようもない恨み辛みも、跳び鼠を捕食する砂猫なんかの砂漠の小動物の営みも、同列なんじゃないかって思えてくる。
結局、悪に染まるも、善に染まるも大して違いはねえ。俺が普通に故郷の雑貨屋のメープル婆さんのリュウマチの具合を心配したり、親を失った雛鳥に気紛れに餌を遣ってみたりするのと、もう一人の俺がどうしても許せねえ宿敵の4人を追い求める復讐行に血道を上げるのも、矛盾はしてねえ。
ただ、あの4人を思うときは目の前が真っ白になって、時々我を失ったりするだけだ。
汗も涙も色褪せて、ただ迷宮神殿を目指して砂漠を這いずり回っていた。復讐行への情熱は衰えることなく、次のレベルアップを目論んで、ある物を探してのことだ。
運命に選ばれなかった凡人として、忌むべき外道勇者を斃して歴史に名を残したい訳じゃねえ。復讐の魅惑に取り憑かれたどうしようもない狂人として、止むに止まれない衝動があるだけだ。
決定的に袂を分かった裏切る筈はない……いや寧ろ裏切るなんて考えたこともなかった俺の許嫁、姉、生涯の友とも呼べる女友達、そしてそれらを寝取ったゲス勇者……例え魅了が解けても、許すとか、理解し合うとか、更生させて歩み寄るとか、そんなレベルは疾っくの疾うに超えたあの日の仕打ちが忘れられない。
忘れることが出来たなら、きっと俺は復讐なんて人生を選ばなくても済んだ筈だ。
言い出したのはネメシスだったが、冒険者としての経験を積む為、教官と二人ダンジョン攻略の旅に出ていた。俺の何が気に入ったのかは分からないが、ネメシスの信じ難い告白を聴いてからは、より一層俺への指導に身を入れ出した教官だった。
フィールドでは魔獣種の固有能力や、種としての弱点、攻撃の癖、捕食場や角や牙を研いだ痕跡、獣道、糞の見分け方、コール猟の鳴き真似等々、レクチャーは目まぐるしくスパルタを極めた。
体液に毒を持つ魔獣は捕食を免れる類いだけでなく、毒巣や毒嚢を持って攻撃をする種の血液は緑色をしていて、強酸性のリンパ液を持つ魔獣の血液は暗紫色をしている。
全て実地訓練で学んだ。
ばかりか、実際の魔獣の仕留め方や多頭を相手にした場合の立ち回り、或いは逃げ方などは独りで遣らされ、ビヨンド教官は高みの見物と言うか、時折叱咤めいた指導を投げるだけになった。
しかもスキルの部類は一切使うなとの制約付きだ。
ともすればスキルに頼ってきた己れの甘さ加減を払拭してえ俺にとっちゃあ、願ったり叶ったりだったが……
ともあれ、ツーマンセルの場合の互いの攻撃と接敵の連携、様々な魔族領に置ける危険と自然のトラップ、致命的に危険な害虫や毒草、兎に角持てる経験と知識を総動員して、教官は本気で俺を鍛える心算になったようだ。
あらゆる場所での朝の便通の仕方とか実地で教授されるのには参ったが、教官は大真面目だった。
妙齢の女性が目の前で脱糞の実践をして見せるのは何の拷問かよ、と思ったが本人が真剣に見ろと言う。
スキル強奪とか散々悪事を尽くした俺だ、大概の倫理観は麻痺したし、人を捨てる覚悟をしたので復讐以外の感情も薄れていってるから大して驚きもしねえが……
いや、教官、俺は男だから座り小便はしねえぜ?
目指すダンジョンと言うか、お宝がある古代神殿の廃墟は砂漠を越えた先にある。砂漠の色んな生態とか、生命維持に必要な注意点、砂漠独特の魔物や魔獣なんかをいちいち解説してくれるのは有り難いんだが、それにしても暑いし、喉が渇く……最後のオアシスは今朝発ったばかりだった。
砂、砂、砂、照り返る太陽に一面砂の砂漠はともすると人に、ありもしない幻覚を見せる。
白昼夢に、繁る椰子の木陰に佇んだ蓮の葉に覆われる湖沼が蜃気楼のように浮かぶ。鱂や蛙、田螺が水路に遊ぶ長閑さだ。
気のせいか、砂丘の渡り鳥、水場から水場に渡る仏法僧フラミンゴの切ない鳴き声さえ聞こえるように思える。
「ソラン、お前は新陳代謝のコントロールを真剣に学ばなければならない……と言うより、もっと我慢強くなれ、情けないぞ」
現実に引き戻す残酷な教官の声が、無慈悲に突き刺さる。気がつけば矢張り、辺りは砂また砂だった。
「エイブラハムの指導が始まれば、ルン式呼吸法を学ぶ筈だ、この旅を通じて手解きしてやろう、これはあらゆる武技や“纏い”などに応用出来る基礎になる」
「初伝を認可した四元素取り込みの呼吸法の更に奥伝に当たるものだ、勿論、体技を操る上でプラーナや新陳代謝も自在になる」
いや、感謝はしてるんだが何だかすっかり俺の師匠気取りだな。
俺の足が速いと分かるとあっちこっち連れ回された……結氷した大河を流れる氷山に築かれた氷結魔族の集落、渓谷の断崖絶壁に築かれた窰洞と呼ばれる洞穴に巣食う鳥人魔族の集落、熱帯ジャングルの樹上に暮らす猿人魔族達の集落と、敵地攻略の旅だ。
どれもこれも限界ぶっちぎりの厳しい旅だった。
そんなことをしているうちに、すでに2年近い月日が経っていた。
俺は本気で冒険者を生業にする心算も更々ないので、昇級していないから相変わらず蒼鉛クラスのランクEだ。
まぁ、お陰でセルジュ村に居るよりは、こうして旅の空にあることの方が多くなった。
もと男爵令嬢の、見た目は可憐なアザレアさんは、村のギルド出張所の留守を守って、以前よりはずっと快活に業務に励んでいる。
最も客も少ないので仕事もそれほど多く無い。第一、立ち寄った冒険者が武具の手入れを希望しても、唯一、武器の補修や鍛冶の出来るスザンナ・ビヨンド保守担当が不在なのでお断りせざるを得ない状態だった。
……俺が初めてギルド出張所を訪れたときに、腕利きの武具職人をかかえてるって話は、武具の手入れや補修、火入れの必要な修繕を指南されてる内にビヨンド教官のことだって気付いた。
仲良くする気がある訳じゃないが、あれから受付職員のアザレアさんは、俺が顔を出すたびに何くれとなく話し掛けてくるようになっていた。別に毛嫌いする理由も無いので旅から帰るときは何某かの手土産を気に留めるようになった。
教官が受付をしていた時と同じ制服だったが、ムチムチ体形のせいか(八頭身スレンダーが基本の元お貴族様にしちゃあ珍しいよな)、止ん事無き貴族のノーブル顔の癖に、ベストもブラウスもパツンパツンにはち切れそうなアザレアさんは、そんな俺のしょうもない土産を心の底から喜んでくれた。
加害者兼被害者のアザレアさん、片や被害者として断罪の鉄槌を振り下ろさんとする俺、立場は違えど同病愛憐むようにして傷を舐め合うのはそれなりに心地良かった。
俺と言うアウトサイダーは、安全装置を外して、撃鉄を起こした飛び道具も同然だったから、せめて日常生活の真似っこをしてる時は暴発してもいいように、銃口は降ろしていたかった。
心情的に許せる許せないは別にして確かに俺を裏切ったのはこの人じゃ無いし、この人がスベタだった過去は俺には何の関係も無い。
ましてや魔除けのお守りも貰っちまったしな。聞けば、暇なときは出張所で使ってる俺の部屋を掃除してくれてるって言うし、何より旅から帰った時に迎えてくれるこの人の笑顔に癒される。
復讐に身を窶す、なんて言いながら、俺はこんなものにも飢えていたんだな………
だが孤独を感じる心も、夕陽を見て普通に美しいと思える感受性や感動を記憶しようとする心も、人を捨てると決めた俺にとっちゃあ不要なもの……それはいつかきっと、俺の弱さになる。
捨てなければならない……でも捨てれねえ。
ネメシスの真の目的を聴き、この世の真実を知っても俺の復讐に掛けた人生に迷いは無い。
狂おしくて憤った怒りと憎しみの炎は、おいそれと消せるほど易くも弱くもなかった。
いつ滅びてもおかしくない、いつ足許が崩れてこの世が終わって仕舞ってもおかしくない……そんな状況をこの星に暮らす人々は露知らず、今日も太陽が昇ってくることを小指の先程も疑ってはいない。
どうせこの世は三界火宅、出たとこ勝負の博打みたいなもんだ。
俺とビヨンド教官は、ネメシスから聴いた話を誰にも相談することなく硬く口を噤むと決めた。
そして今日も俺は復讐の為に爪を研ぐ。
だが、あのイメージで見た空飛ぶ巨大要塞、壮大に壮麗に、神の神殿の如く光り輝く“ニンリルの翼”、その舳先に確かな存在感と共にあったニンリルの女神像……何処かドロシーの面影に似ているのが、ずっと気になっている。
「何をボサッとしてるの、思い悩んでる間に冒険者は死ぬ」
ゆったりした外套と、砂漠の厳しい日照に耐える陽除けの白いヒジャブ、スカーフというか口も覆う頭巾でぴったり顔をくるんだビヨンド教官は、俺を振り返って、走竜とは名ばかりの鱗の生えた駱駝みたいな乗り物の手綱を緩めた。
その腹面みたいなスカーフは、このベルベル砂漠に踏み入る手前のスークで手に入れたここいらの女性の民族衣装だったが、神秘的なブルーの目許が強調されて長い睫毛が一層分かる所為なのか、よく似合っている。
ヤーデと呼ばれるゆったりした毛斯綸の外衣と共に砂漠を旅する女性の必需品だ。
ジリジリ照りつける太陽が容赦無く快適な気分を奪っていくが、今日は風が無い分、昨日よりずっと良い……昨日の砂嵐は一寸先も見えないばかりか、熱砂で蒸し焼きになるかと思った。
「教官、やっぱ飛行魔法かなんか使ってかねえか?」
「俺、折角苦手な呪文無しで魔術が使えるようになったんだから、幾らでも移動用の召喚獣だって呼び出せるぜ?」
八大魔将の一角、ディアボロスを斃して手に入れた“無言詠唱”のスキルは、面倒な詠唱を口にする必要がない。
頭の中に全ての複雑な呪文や呪符から魔法陣、アクティベイトさせるためのペンタクルなど一切合切を形象記憶として呼び出せる。
つまり、発音全然駄目な俺でも魔術が使える。
言語障害の魔道士御用達の便利なスキルだった。
「分かってないね、ソラン、若い内の苦労は買ってでもしろって言うでしょう?」
「楽をしようと思っちゃダメ」
大雑把な性格の癖に、説教はババ臭い。
まぁ、何百年も生きてるらしいから婆あには違いないが……
「……裏切った婚約者のことを考えているのか?」
教官は、自分も口を付けた驢馬の皮で作られた革水筒を放って寄越すと、俺の傷口を抉ろうとする。
「あの時も言った筈だが、あれは人間の貌じゃない、この身は少し骨相学や面相見をする、あれほど均整の取れた面相は神だけのものだし、何の夾雑物も無い完全な左右対象は非人間的ですらあった」
「じっと魅入られていると、心の変調をきたす虞さえ感じた」
「あの額に埋め込まれた紅い印が何を意味してるのか……兎に角、一点の曇りも無い慈愛に満ち溢れた、徳の高い御顔は、尻の軽い(済まぬな)生臭な女とは似ても似つかぬものであろう」
俺もそう思うよ、勇者達と無茶振り交尾をしてたときのドロシーは涙と涎にまみれて目がイってた。だらしなく痴悦に歪んだあの顔は、どちらかと言うと悪夢に出てくるような醜さだった。
「残念なのはお前の村に念写の術士が居ないことよ……何かそのドロシーとか言う娘の姿絵とかがあれば鑑定出来るんだけどな」
「風聞では、勇者ハーレムの乱痴気振りをスッパ抜いたポルノ雑誌が王都では出回ってるって話らしい、例外無く縺れるような乱交振りを写し撮ったものだとか……なんとかして手に入らないかしら?」
マジかよっ! 初耳だぜっ、何処まで恥を晒すのか、何処まで堕ちりゃあ気が済むって言うんだ、あのド腐れ馬鹿女共は!
思わず噛み締める奥歯が、割れるかと思うほど軋んだ。
「まぁ、十中八九、ソランの贔屓目だと思うけどね」
「ポルノ雑誌の記事だと、毎夜繰り広げられる乱交輪姦は、違法の薬なども使われているらしくて、過度の行為は普通だったら後遺症の残るレベルだそうだが、ハーレム内には専門のメンテチームが居るとのことだ……その中には指名従者の加護を得た、大賢者ステラと大聖女エリスの名が載ってるらしい、無論ヤッてるところもモロに写ってると言う話だ」
自動治癒スキルが発動しているが、そうでなかったら俺の奥歯は既に粉々に砕け散っていたかもしれなかった。
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この世の真実を知った切っ掛けになったあの遠征は、教官の引率で初めての魔族領に侵入した忘れ難い体験だ。
実戦を兼ねちゃあいたが、思いも掛けずネメシスの感知に大物魔族が引っ掛かり、咽喉から手が出るほど欲しかった“無声詠唱”のスキルと、棚ぼた式に“無限魔力貯槽”のスキル、それに幾多の超威魔術を手に入れる。
これで勇者と淫売に堕ちた女共を思惑通りぶっちめられると、狂喜乱舞するが、ハードルは俺が想像する以上に高かった。
一方天駆で教官を引き離したと思ったのに、何故か魔将軍団殺戮現場に辿り着いていた彼女に俺の蹂躙振りを見られてしまう。
教官が問い質したからかは別にして、嘗てのワルキューレ・セカンド部隊所属“狂える邪神”ネメシスの正体と、その真の目的、そしてこの世の真実を知るに至る。
ネメシスはサー・ヘドロック・セルダンのエインヘリャル計画の人造有機体強化サイボーグとして生みだされた存在であり、別動隊としてセルダンの下から逃散したクローン体が持ち逃げした“滅びのオー・パーツ”の回収を命じられていたこと、身を守るため組織内でも一切語られなかったネメシスの正体……
そして……ネメシスは組織を抜ける。
悲劇のクローン達、その内の一人、自壊する時限崩壊細胞の宿命から逃れるため、自ら意識体として肉体を捨てる道を選んだヴィタリアス・オズボーンは龍脈と同化する程の進化を遂げていた。
セルダンの支配から逃れたいネメシスはオズボーンと取引きして、自分も生身の身体を捨て精神体として分離する。
その際に、オズボーンとの約定で、オズボーン自体の脅威にならぬよう精神体を2体に分けることで弱体化を余儀なくされた。
そこまでして何故、ネメシスはセルダンの呪縛から逃れたかったのか……異世界からの転生者としての望郷の念、100万年を彷徨い、未だやみ難いネメシスだった。
この世の何処かに隠された幾多の危険なオー・パーツは、厳重に封印され、滅多なことでは起動せぬ筈だって言うが、物事、絶対ってことはありえねえ。
月に居る総ての元凶、ヘドロック・セルダン、はたまた対峙するが如き構えの、生き延びたクローン、ヴィタリアス・オズボーン……俺としちゃあ、勇者等を斃せりゃあ御の字なんだが、血で血を洗うような三つ巴、四つ巴の状況がそれを許さない予感もしてくる。
ネメシスの発案で、西ゴート帝国の南部に隣接する砂の小国、ルビンスタイン公国に眠るという究極の魔導書を手に入れるべく、教練を兼ねた旅に出た。
更なる力を手に入れる為、“無言詠唱”であらゆる魔術を自由に使えるようになった今、比較的労せずして強力な魔術を大量に手に入れる方法があるって口車に乗って、口の中までじゃりじゃりするような一面砂だらけの(砂漠だから当たり前か)、最果てくんだり迄やって来て、敵意剥き出しの太陽と戯れてるって訳だ。
初めての砂漠だが、行けども行けども見渡す限り一面砂ってのは思った以上に気分が滅入る……環境に順応するのは、冒険者には必須だって教官にお小言を喰らったが、襟首にも髪にも靴の中にも細かい砂粒が入って来るのに砂漠に暮らす人達は平気なんだなって思ったら、素直に感心した。
件の魔導書は、“術士アブラメリンの聖なる魔術書”と呼ばれ、アリトン、アマイモンと言った12の大悪魔を使役する秘術を含む古代の聖守護天使伝道の真性魔術が記されていると言う。
(古の昔、ヴォルムス連邦共和国と言うところの聖地サールナートに魔術師が研鑽する学術都市があった……何代目かの法主アブラメリンが守護天使コルドバとの対話で驚異的な神秘術を著わしたグリモワールには、ありとあらゆる、一般には伝えられていない超威魔術が記されていると言う)
(……現在ではその存在自体も信憑性の無いお伽話と見做され、廃れてしまっているが、実はその出所は人類側ではなく、魔王に組しなかった魔族の一派、ジン族の手になるものなのは“大陸救済協会”では知れたことであった)
(古代の超威魔術が記されているのは本当のことと、当時協会の研究者は結論した、著されたのは高々数万年前のことだが、ジン族の歴史はもっと古い……魔王に敗れて封じられた炎帝イフリートもジン族の流れを汲む者であった……その集大成とも言うべき魔道原典の脅威は、並々ならぬものと協会も評価している)
「どうでもいいが、このクソ息苦しい暑さは堪能してくれてるんだろうな?」
鼻の中に入る空気も熱せられていて、口を利くのも容易じゃねえ。
(無論じゃ、このじりじりする灼け付く感覚も久々に味わうわ……これに耐えるもまた一興、生きている感じがすると言うもの)
(それにしてもお前はひ弱じゃのお、堪え性が無いにも程がある)
なんで憑依霊にまで馬鹿にされてるの、俺?
「それで、なんでルビンスタインの廃神殿、ゲーティア・アレイスター神殿……別名、姥捨て神殿にその、“アブラメリンの書”なるものがあるの、嘗てのヴォルムスの都とは星の裏側とは言わない迄も、随分と離れてない?」
ビヨンド教官の疑問は、至極もっともだ。
(これまた歴史の裏側に隠された変遷、魔導書に纏わる数奇なる運命が幾度も重なる紆余曲折があったが……知っているであろうが、姥捨て神殿は戦いの中でしか生きられなくなった冒険者や英傑達の成れの果てが、遂に戦いに厭いて終の棲家に選ぶ場所、随分昔の大魔導士が“アブラメリンの聖なる魔術書”を所持したまま、ここで朽ちた)
ネメシスの返答に感心する風も無く、教官は前方を示した。
「見えたぞ、ゲーティア・アレイスター神殿、長く生きてるこの身も見るのは初めてだな……」
砂漠の中にぽつんと立つ、岩山にへばり付くようにしてある古代の遊牧民族が築いたとされる見事な建造物は、宝物殿の如き壮麗な入口が遠目にも確認できた。千里眼スキルで拡大して見る。
砂岩の岩山を刳り貫いて造営された入口は、遺跡のほんの一画に過ぎないと言う。実体と言うか、本当の奥都城は地の奥底まで広がる地下神殿にあるらしい。
死期を悟った天涯孤独の冒険者、家族はあっても最期を看取られるを望まない英雄、そんな悲愴な天邪鬼が身を寄せる“象の墓場”と言うか、人呼んで姥捨て山……今もただ死を待つだけの年老いた戦士が住み暮らすのかは、定かではなかった。
元々埋葬や宗教儀式の為に建立された神殿は、今は死に際を悟った老戦士達の墓場として、永の年月砂に削られてひっそりと佇み、その屍体のような残骸を遺跡として晒していた。
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「“アブラメリンの魔術書”がクエスト対象になってると言うのは初めて聞いた……西ゴートのギルド協会でか?」
何が気に入ったのか、地下深く15階層辺りまで降りてきても、ビヨンド教官はヒジャブ頭巾を着けたままだった。
俺はとうにターバンとかベドウィン族の装束を脱いだというのに、おかしな奴だ。
淀んだ空気の流れは悪いが、可成り涼しい。
「うんっ、“守護獅子神殿”で受託したA級クエストよ」
ピアッシング・ローリーと名乗ったライカンスロープの女は、手にしたカンテラのような灯火器越しに答えてきた。
興味の外だが、何処か肉感的な感じだ。
レイスやアンデッド系の魔物を蹴散らしながら進んできた地下神殿の中で、Aランク冒険者パーティに出くわした。
久々に出会った高ランク冒険者だったが、鑑定眼スキルで見た限りじゃ食指が動くような能力は持ってなさそうだった。
4人組の戦士、魔術師、斥候、戦闘僧侶で構成されたパーティは、どうせなら一緒に探索しないかと持ち掛けてきた。
どうせ自分等は報奨金が手に入れば問題無いから、山分け出来るもんならそうしたいと言う。クエスト達成実績は捨てても良いそうだ。
信用照会の為に自分達の冒険者ギルドカードを見せてきた。Aランクはゴールドのカードらしいのだが、シェスタのギルドはカード発行が無いので良く分からない。
「嘗ての“疾風迅雷のエイブラハム”の片腕、“千の古秘術のスザンナ・ビヨンド”の名を知らぬほど、俺達は駆け出しじゃない、つまりあんたと争う気は無いよ」
赤い革鎧の上に黒いラメラー・アーマーを身に着けた首の太い男がビヨンド教官に、一時共闘の訳を明かしてきた。チーム・リーダーだと言う。
通常だったら早い者勝ちなんだろうが……いや、教官、あんた有名人なんだな!
「……そういうことなら、暫くご一緒しましょうか」
えっ、そりゃあ拙いだろっ!
なにせ俺達の目的は、“アブラメリンの魔術書”そのものの中身であって、依頼者に売っぱらうも、クエスト達成の証しにギルドに提出するのも、眼中にない。
幾らの値が付いてるのか知らねえが、俺らに用意できる金額じゃなさそうだ。
教官はシレっとして、どんな悪巧みをしてるのか噯にも出さない鉄面皮振りだった。この辺の腹芸は俺にゃあハードルが高過ぎる。
「そうだ、この者はソランと言って、この身が今鍛えている新米冒険者だ、ダンジョンに潜るのは実は今日が初めて……良ければ、ベテランの技と言う奴を教えて遣ってくれ」
「ほら、自分からもお願いしておけ」
促されるのはいいが、罠の解除も感知も、暗がりにひそむ危険の回避も何もかも、教官ほど上手く教えられる教師は居ねえんじゃねえかと痛感し出してる俺は、今更感が湧いてくる。
だが先輩冒険者パーティに殊更悪感情がある訳じゃねえ。
ここは素直に、ご近所付き合いしておく手か?
「ソランといいます、まだ冒険者になって日が浅いんで、よろしくお願いします」
俺はなるべく自分の中の黒い感情を表に出さないよう、不自然にならない程度の低姿勢で、社交辞令だとバレないように挨拶を交わす。
「あなた、何かに憑かれていますね、それも凄く強力なものに」
仕舞った、この女が“見抜き”の魔眼持ちだって確認していたのに油断した! 俺はすぐさま、“擬態”スキルで遮蔽して、色々とバレちゃいけない正体と実力を隠した。
「あら、急に見えなくなった……でも、今更隠しても遅いですわ」
そう、楽し気に微笑む魔術師の女はダンジョンの暗がりの中でも目立つほど長い干し草色のブロンドを意味ありげに掻き上げた。
猿面頬のような防具に包まれたコケティッシュな貌付きは、頬骨の盛り上がった健康的な……と言うか、何処かエロいなこの女。
ごく薄いものだが少なくない刃物傷みたいな痕が顔一面に見て取れて、まだ若いのに易くはない星霜が俺にも想像出来た。
だが、口に手を当てる含み笑いの仕草が、何かよくない類いの意地悪さを連想させた。
仕方ねえな、いよいよとなればローバーのスキルでこいつらの記憶を奪っちまおう。
俺は俺の迂闊さを呪いながら、最後はそう結論付けた。
(豈夫っ……信じられん、あれが此処にあるのかっ!)
(どうした?)
心ここにあらずと言った気配のネメシスに、人目があるので声を出さずに問い掛けた。
(いやっ、吾の感知に間違いがなければ、セルダン唯一の良心の産物が此処に在る……)
(どう言うこと?)
スザンナ教官が無言の会話に割って入った。俺に憑依するネメシスは、めんど臭くなったのかこの頃では心での意識伝達を教官にも開放している。
(心せよ、もし想像している通りのモノが此処にあれば、神殿の攻略は単に魔導書の回収では済まなくなる……それはオー・パーツに対抗する為のオー・パーツ、震天駭地の神の装置じゃ)
混成パーティのポジショニングは、先頭が金獅子のアタッカーのコナンと対トラップ要員ピアッシングのツートップ、次に俺とビヨンド教官、後衛がリンティアと言う魔術師と戦闘僧侶の男に決まり、地の底を先へと進んだ。
ティモシーとか言った拳法を使うらしい男は、なんか天辺を剃った変わったヘアスタイルで、賢者スキルの知識でトンスラと言う宗教上の髪型だってのは分かったんだが、無論見るのは初めてで、本人には悪いが少しばっかり間抜けに見えた。
ネメシスの開示する情報では、セルダンが創造した自らのクローンの内に他とは違う一体があったらしい。
元々精神分裂気味の多重人格症状を自ら操ったセルダンは、良心という感情に強く左右される人格を分離することに成功していた。
普段は思索に邪魔と、眠らされている人格はいつしか“希望”と名付けられたが、幾体ものクローンを創り出した時、その内の一体にこの第二の資質人格とも言うべきペルソナがセットアップされた。
それは完全に他とは違う特別なクローンとして、オリジナルのセルダン自らにより、希望を司どる神の名から、“エルピス”と冠された。
(探索を仰せつかったカミーラのチーム、“夜の眷属”にもその創出対象がなんだったのかの仔細は明かされていなかったが、この最奥部から感じる電子的にも魔力的にも前代未聞な迄に昇華された隠蔽結界を見れば、吾等の探索など児戯にも等しいものであったろう)
(完全な混沌を望んだセルダンは、終末級兵器を生み出す一団に対してさえ反勢力のパフォーマンスを設定した……それがエルピスだ)
ネメシス曰く、他のクローンに寄り添ったエルピスは彼等が何を開発しようとしているのかの方向性を極めて的確に把握していた。そしてそれら全てに対抗すべき装置を創り出そうとしていたらしい。
(つまり何か、そいつが有れば世界中に散らばっているオー・パーツ全てに対抗出来るってことか?)
(……それ以上のものじゃ)
具体的な威力は誰にも知らされていなかったが、間違いなく異能異才のエルピスもまた、オリジナルたる産みの親を信用せず未完成のオー・パーツ対抗装置と共にセルダンの元を逃亡する。
中層階は日干し煉瓦が壁も床も埋め尽くし、崩れている部分も多くて、為にダンジョンに付き物のトラップも壊れて作動しなくなっているものも少なくなかった。
罠の外しは先頭のピアッシングが請け負ったので、スキルに頼ると勘が鈍ると、教官から使用を差し止められていた探知スキルを発動することにした。
階層が深くなるにつれ、大きな玄武岩とか石灰岩で出来た通路が多くなり、無様にデコボコしていた壁も床もツルツルした質感に変わって、テラコッタや、中には彩陶タイルで装飾された壁などが見られるようになる。一度、蝙蝠のような魔物の大群が急襲するのを、リンティアが腐食魔法で殲滅した。
喪屍や野驢を蹴散らしながら32階層までやってきた。
姥捨神殿で朽ち、アンデッド化した元英雄達も居たが何程のこともない……最下層も近い。
砂漠の遊牧民が造ったにしちゃあ随分と立派なもので、滅びた古代文明と言っても大袈裟じゃないレベルだった。
観察していたが、金獅子とやらのメンバーは危なげなく妖物を捌いてはいたが、それ以下でもなくそれ以上でもなく特筆すべき動きも無い。チーム連携も含めて学ぶべきものは、それほど無さそうだった。
最深部を前に、野営することになってこのパーティの別方面のテクニックを目の当たりにするが、そいつは特に学ぶ価値も無い糞なものだった。
***************************
「おい、こいつら正気か、今度は4人で絡み出しやがった、うぉ、女同士乳首を舐めやがったっ」
覗き見の会話があいつらに聞こえないよう、教官が緻密な遮音結界を張った。
「異常だから興奮すると言う輩は結構多いよ……酩酊する程の薬はやってないと思うけど、ダンジョン内で全部脱ぐとは大胆だな、普通は推奨されていない」
「……この間、冒険者同士で素早く気をヤる方法を教えようとしたときに言ったと思うが、基本、脱いでいいのは下半身だけだ」
「だが声は全く出していないし、ちゃんと結界も張ってるようだ」
「人前でも恥ずかしくねえのかよ?」
俺だったらぜってえダメだな、気が散って気後れしちまう。
そう言えば、俺の辞書から“幼馴染み”って単語は無くなっちまったが、犬畜生以下の女共は公衆の面前でキチガイのように盛って、臆面もなく興奮して、似たような変態行為に絶叫と共に果てていた……
「人間誰しも、多かれ少なかれ変態願望を持っているものだ」
「それと、覚えておけ……冒険者というものはこれほど迄に、明け透けなものだということ」
糞も味噌も無いのが、冒険者ってことなのか?
「……教官もか?」
「この身とて人並みにスケベなことは好きだった……エイブラハムの“曙光”では戒律が厳しく、そんなこともついぞ無かったが」
「駆け出しの頃は、この身も似たようなことを遣っていたものだ」
「……一緒に見せ合いながらする背徳感と興奮に随分と嵌った、念仏講、緊縛、肛門、聖水、女同士、なんでもヤったもんだ」
惘れたな! 人は見掛けに拠らないもんだっ、厳しいばかりの堅物かと思えば、もと変態女かよ!
知らなけりゃあ、普通に尊敬出来たのによっ!
あぁっ、折角俺の中での教官は好感度マックス目指してまっしぐらだったのに、行き成り急降下して今や海の藻屑だ。
この人の武人としての所作は見惚れる程の見事さで、大鎌を構えた騎馬立ちの腰の据わり方なんかは、俺が復讐者を目指してなけりゃあ戦士のお手本と思えた程だった。
あぁ、世の中にゃあ普通のセックスの価値観を持ってる真面な神経の、真っ当な女は鉦や太鼓で探さねえと見つからねえのかな?
……嫌な時代だな。
そう言やあ、こいつって雉撃ちとかって称して平気で尻丸出しにしてウンコの仕方を教える羞恥心の無さだったよな……おまけに性欲解消のセックスの仕方を教えるなんて突拍子も無いこと言い出すし。
そう言うことか、道理でな……
「……遥か昔の話だ、もう100年はそんなこともしていない」
「100年もしていなければ、生娘と一緒だと思わないか?」
おいおい、そりゃ無理があるだろう……うん、でも人間の女が成人するのが16歳だとすると、敬虔な女神教徒で奥手の娘が最短で大人になるのが16年だな。
100年……100年独り身を守った訳か、どうなんだろう?
えっ? 待てよ……この間、肉欲の疼きを発散させる仕方を学ぶとか恥ずかしげもなく口にしてたのに、100年はしてねえんだよな?
どういうことだ?
100年守った孀婦の身持ちを今まさにって感じだよな?
あのケツを突き出した羞恥心の欠片も無え脱ぎっぷりは、いってえ何だったんだ!
…………………………????
もしかすると、もしかしてだが、ひょっとするとこの人の中じゃ、ウンコの仕方を教えるのも、セックスの仕方を教えるのも、冒険者の心得を必死で伝授しようとしてのことなのか?
人としての機微を全て舐め尽くしたように思えた教官だったが、天然なのかどうか、俺の想像が合ってるのか、ちょっと訊いてみるのも憚られる……疑問を口には出来なかった。
「……返答に困るな、教官がこれから口説く奴の受け取り方次第じゃねえか?」
「おぃ、それより見ろよ、今度はあそこを舐め合いだしたぞっ」
まるで、あの時のドロシー達を見ているようで、目の前の行為にちょっとイラッとした。
ムカムカするのは、きっと奴等の他人を嘲笑うような節操の無さがドロシー達に似ているからだ。
冒険者界隈ではこれが日常茶飯事なのかはいざ知らず、それは厚かましくも、人の気持ちを踏み躙って省みない。
「多分、ソランとこの身と言う見物客が居るので、より一層興奮するのだと思う、そう言う性癖の奴等も珍しくない」
「しかし、流石だな……あれ程興奮しているのに、喘ぎ声ひとつ漏らさない、おそらくこいつらは今まで相当、危険地帯でのセックスに場数を踏んできてる、間違いなくベテランだ」
変なところに感心しねえでくれよ、普通は魔物に襲われるようなデンジャラス・ゾーンで濡れ事なんかしねえだろっ!
大体、自分のヤってるところを見せ付けて興奮するなんざ、完全に俺の理解の範疇外……俺だったら萎縮して役に立たない。
「あの女達、随分ソランのことを意識しているよ……快楽に酔いながら、視線はお前のことを追っている」
んんっ? そう言えば俺のこと見詰めているような気がするな……言われてみれば絡み付くような目線が鬱陶しい……なんかヤベー秋波を感じるが、気のせいだよな?
「お前、きっとあの女達に狙われているぞ」
おい、おい、おいっ、おいっ、勘弁してくれよ……
「戸外でのトイレの仕方は教えたから、今度こそ戸外でのセックスの仕方を教えねばな……」
懲りずにまた遣る気かよ……これから先、教官のこの手のレクチャーをずっとご遠慮差上げ続ける面倒を思うと俺は初めて、冒険者になったことをちっとばかり後悔した。
(来るぞっ、魔法無効化の結界が膨らんでおるっ!)
ネメシスが喚起する前に、俺も異変を察知している。危機感知スキルが俺の頭の中で、煩い程レッド・アラートを鳴らしていた。
無系統対抗魔法を四方に展開しながら、間髪入れず馬鹿パーティの連中に戦闘の合図を告げる。
「金獅子っ、死にたくなければ今すぐ装備しろっ!」
「ド本命が来るぞっ!」
***************************
「くっ、ターン・アンデッドが効かないっ?」
魔道士のリンティアが対抗するが、全く歯が立たない。
奥から湧き出た来たのはリビング・アーマー、所謂“動く鎧”に見えてるが、実は全く違う。ウジャウジャと集まってくるのは十中八九、セルダンの良心とか言う奴が造った機械人形だ。
見ている内にも体表というか流動的で複雑精緻な機械の外殻が蠢き回り、刻々と変化していく。
「下がってくれ、あんたらの手に負える相手じゃないっ!」
正直、ダンジョン内で乳繰り合って、裸から装備し直すにもモタモタするようなこいつらじゃ、今の局面は邪魔なばかりか足手纏いですらある。
「時間停止っ」「絶対凍結っ」「超振動破壊っ!」
広範囲をカバーする超異魔術三連掛けだ。強力な魔術対抗シーリングをも凌ぎ、相手の足を止め、金属の低温脆性を引き起こす程の凍結魔法に、分子破壊のダメージを与える。
通常ならこれで相手は塵と消える筈だが、視認出来た31体の内、10体以上がまだ形を保っている。
駄目押しで強化版のウインド・カッターを放ち、ようやっと仕留めるが、魔力無効化結界とかの影響かいまいち斬撃の通りが悪いのが見て取れた。
相手の攻撃が来る前に先手を取れたが、威力や攻撃内容を探ろうと透過眼のスキル、鑑定眼のレベルアップ版たる解析眼のスキルを使ってリビング・アーマー擬きを捕えてみる。
倒し切る間の刹那の時間に読み切るのに、既に時間流加速術を自分に掛けている。
「どういうことだっ、本当に装甲だけで中身がねえっ!」
てっきりヒト型の接近戦用殺戮マシーンを予想していた俺には、意外感しかねえ、なんで本当のリビング・アーマーみたいに中身の無い鎧に似せる必要がある?
「どう思う?」
(分らぬ、此処は電子的なECMや魔力ジャミングが濃過ぎる、だがこの技術は間違いなくセルダン・サイドのものだ!)
(それより、次陣が来るぞっ、元を断たねばおそらく際限が無い)
マッピングのスキル、透過眼のスキルを使ってみるが発生元が薄ぼんやりと分かる程度だ。
跪いて床面に微弱な発頸を打ってみる。
この間、教官に教わった、通り方と反射から付近の構造とか様子を読み取る方法だ。
この先に異質な金属構造体の区画があり、そこから続々と人造のリビング・アーマーが湧いてきてるようだ。その数、ざっと500体は下らないだろう。
「教官っ、俺が特攻する、教官はそいつらを連れて安全地帯までさがってくれ!」
兎に角目的の魔導書もそこに在ると踏んだ俺は言い捨てて、天駆のスキルで弾丸のように飛び出した。
何が有効かも分らぬまま、物質液状化の魔術や無限ループの雷撃スパーク、次元切断、空間圧縮結界キューブ、次々と発動しながら、動く鎧達を押し退けて、その先に進む。
ここがダンジョンでさえなければ、もっと派手な爆裂系の攻撃も使えるが、落盤を招いて生き埋めなんかになったら洒落にもならねえ。
目的の場所は扉などは無く、だだっ広い部屋に入り口として大きな開口部があるだけの場所だったが、構造材全体が発光しており、照明の代わりになっていた。
どうやら洞窟の奥の宮には、神宿る社殿も拝殿も無いようだった。
群がるように湧き出る人工のリビング・アーマーは、ストックがある訳ではなく、次々と錬成されている、或いは召喚されているのではないかと想像された……じゃなければ幾ら広くても、この場所に総て収まっていたとも思えない。
手持ちの術式を組み合わせて緊急の複合術式を編み出す。
豪炎魔法と緊急冷却魔術、更にこれを交互に繰り返し自動反復する術式に、効果を爆発的に時間圧縮する超威加速を加える。
効果覿面、こちらの意図した通りさしもの頑丈で、幾重にも防護されている”動く鎧”達も金属疲労で瓦解していった。
これが“無言詠唱”のもうひとつの絶大な効果だった。
まったく新しい魔法を創出するのは叶わなくとも、幾多もある魔術をパズルのように組み合わせて瞬時に放つのが、形象記憶として保持しているからこそ可能だからだ。ここに無限の可能性がある。
(中央の台座を見よっ、アブラメリンのグリモワールじゃっ!)
倒れ伏し、床に蠢くリビング・アーマーを蹴散らして進めば、丁度中程に方形の台座が見て取れたが、ネメシスに言われるまでもなく古びた、今は見ないタイプの革装丁の本が静かにそこに在った。
見た目はボロボロだが、解析眼で見た限りでも、それの秘めたる力が並大抵じゃないのが分かる。
(感圧センサーのトラップがあるようじゃ、本から魔術の中身だけをローバーで抜き取れ)
無言の肯定で、俺は未だ世に出ぬ古代の超威魔術の総てを本から抜き取った。本には触れることさえない。
古代から伝承される無数の叡智が、総て俺の中へと移譲される。
凄い……これなら一国を、いや大陸全土を滅ぼすことも可能か?
ガコンッ
台座が床を、後ろにスライドする。
途端、俺の危機感知スキルは軽くレッド・ゾーンを振り切った。
(うっく! ぬかったわっ、量子論的に重さは変わらぬ筈、このセンサーはおそらく魔素量に反応しておる!)
台座のあった下には奈落に繋がるかと言う真っ黒い穴があり、何かせり上がる気配がある! 遂にセルダン唯一の良心のクローン、エルピスの置き土産に遭遇するらしい。
おそらく想像ではエルピスは既に没している。
俺は考えられ得る今の時点での最大防御を、スキル、魔術、あらゆるものをを咄嗟に総動員して身構える。
防御に特化した、無属性系統外魔法の組み合わせで対抗物理シールドを5倍にも、10倍にも強化する。
(0101010101……010101010、010100010010101)
(01010101……0101010、0010000101010101001……)
(00000000000…0000000011111110000、01、01、01)
(01010*01)
シグナルなのか、機械言語なのか、意識に直接刻まれるようなブツブツと呟くような意味不明な信号が流れて来るのに従って姿を現したのは、それ程大きくはない。
人と等身大と言ってもいいだろう。
だがそれは、お目に掛かったことも無く、見たことも聞いたことも無い奇妙奇天烈な代物だった。
その鎧? 外装甲? パワード・スーツ? は、きっと今まで斃したリビング・アーマー擬きの延長線上にあるのだろうか、刻一刻と変転する外皮構造は、奇妙に突起し、変形し、左右非対称に、なんの意味があるのかも分からない不気味な構造が、絶えず腹、肩、腕や脚、顔、保護帽と言うか兜の部分は言うに及ばず、全身をボコボコと言った感じで移動している。
不気味と言うか、気持ち悪い。
間違いなくこいつが、ネメシスの言った“神の装置”だろう。
「なんだ、こいつは?」
(んんっ、今翻訳しておる、ちょっと待て………“エルピス、全てのオー・パーツに対向すべく、救世主の鎧を残す、これを引き継ごうとする者に試練を与えん、汝挑むや否や”……何か力試し、みたいなものが必要なようじゃのお)
「何、暢気なこと言ってんだよ……話し合いって訳にゃあいかねえのか、この唐変木女神」
(安心せい、死なせはせん)
(ただ多少の命懸けは必要になるかも知れんのお)
余裕がある訳じゃないが、ただここで背を向けたら間違いなく勝機を逸するのは本能的に感じていた。
油断なく腰を落として前屈みに構えると、既に発動している体力、運動機能超強化、感覚鋭敏化、反射速度ブーストに加え、どんな攻撃が来てもいいように反射型の汎用結界を発動する。
オー・パーツに対向するオー・パーツ、超科学の産物がどれほどのものか、試練とは何か、皆目見当もつかず、教官からこういった場合の対処法を教わってる筈もなく、頼みの綱はネメシスだけだった。
突然、臭い、視覚、触覚、音、気配、ありとあらゆる五感が遮断される。汗が噴き出し涙が滲んでる筈だと、身体は伝えて来るが肝心な感覚が無い。俺は身体を失って、何か真っ白い空間に居る……目は見開いている筈なのに、何も見えない。
余程胆が据わった奴でも、恐怖が支配する……これで動顛するのは俺だけじゃない筈だ、そう思った。
(精神攻撃だっ、来るぞ、気をしっかり持て!)
(010101、0001001)
(0101010101、01、010000000)
呪われた鎧の怨嗟の繰り言のように、不思議なシグナルはただ平坦に 陰々滅々と伝わってくる。
それは純粋な恐怖の塊だった。丸裸にされた俺の魂は吹き荒れる恐怖の暴威になんの防御も出来ずに、無抵抗な木の葉のように揉み苦茶にされ、翻弄されて押し流された。
図らずも、恐慌に我れを失いそうになる。
(足許を見よ、お前は何だっ! 復讐の為に生きるのではなかったのかっ……お前は、誰だっ!)
………俺は、………復讐に生きると誓った。
俺の存在意義は、復讐の為にある……信じた者に裏切られ、もう二度と誰も信じないと心に誓った。
そして裏切ったメスブタを、どうか後生だから殺してくれと泣いて詫びるまで、地獄の底まで追い詰める。
俺はソラン、復讐に総てを捧げ尽くすと決めた者だっ!
(目を開けろっ、お前の願いが本物なら現実はお前と共にある!)
視覚が戻ると共に、俺は今にもぶっ倒れそうな倦怠感に襲われていた。自覚は無いが、げっそりと頬が痩けたような感覚があり、一気に10年は老け込んだように思えた。何が消耗させたのかは分からなかったが、俺はごっそり生命力を奪われていた。
気が付けば、すぐ目の前にエルピスの遺産とやらが迫っていた。
音も無く、それは俺に寄り添うように近付き、俺の周りを宙を滑るようにして回り出した……ゆっくり、ゆっくり。
近くで見ると、その異様さ、不気味さが尚更に目に焼き付く。
(すごいぞっ、エルピスの未知のテクノロジー、先進技術の結晶とは……これ程のものかっ!)
(位相次元の全ての周波数を凌駕する放射線腐食波動が、結界と防御を浸透する、周波帯を解析して対抗するまで暫し耐えよっ!)
幾重にも張り巡らせた防護シールドや結界を擦り抜けて、腐食波動とやらは俺の体表をブスブスと焼いた。
剥き出しの顔が爛れていくような感覚がある。
為す術もなく、身体の自由を奪われた俺は、永劫とも思える刹那の時間を無意味な苛立ちと共に耐えた。
死ぬかもしれない……薄れいく意識の中で、そんな考えが頭をよぎる。真っ暗い魂の奥底の寂しい領域に墜とされていく感覚は初めて味わう……これが噂に聞く臨死体験かと思った。
俺は、このまま此処で、まだ勇者に一太刀も浴びせぬまま、何も為さないまま死ぬのか?
俺がどんなに苦しんで、悲しくて、一人寂しく嘆いて、憎しみも、恨みつらみも、灼け付くような憤怒も、お前達がどんなに泣き喚こうが血の一滴まで絞り尽くして、残虐に殺すことをどれだけ願っているか、息も絶え絶えに心の底から寛恕を請おうとも、お前達を絶対に許さないとどれほど心に誓っているのか、
心の丈を伝えられないまま死ぬのか………
「ありえねえっ!」
奴等の怯える顔を二目と見られねえ迄に斬り刻んで、幾ら懺悔しようが、お前等の犯した罪が取り返しの付かない、後戻りの出来ない、遣り直しの利かない裏切りだったと骨の髄まで分からせてやる。
俺の憤りを、遣る瀬無さを、俺の復讐が天誅の如く正しい行いだと信じて疑わないことを、例え天上神がそれは悪しきことだと裁き、去なしたとしても、俺は俺の思った通りに遣り遂げると決めていることを、未来永劫に渡り、お前等がくたばった後もあの世で覚えてられるように心に刻むと誓っている。
絶対だっ! 絶対遣り遂げる!
神を信じず、運命に抗っても必ずやり遂げるっ!
待ってろ、今すぐ届けるっ、俺のこの滾る、地獄のように噴き上がる怨嗟の炎をっ!
(……オ……バ……覚…………)
誰かが何かを必死に伝えようとしている。
(よく聴けっソラン! “オーバーイート”のスキルが覚醒しておる)
(お前が初めて自ら発現したスキルだっ、それは何も彼も呑み込む悪食のスキル、エネルギーも物質も魔力も、空間も、時間さえも、命も死も、運命さえも呑み込んで無に帰する驚異のスキル!)
(唱えよっ、復讐するは我にあり!)
もう俺の顔の右半分は爛れたのだろう、痛覚は遮断したが痺れて最早感覚が無い。口が引き攣って上手く開かない。
「復讐するはああっ、我にありいいいいいいいいいいいいっ!」
俺は無理矢理、咽喉も張り裂けよとばかり雄叫んだ。
***************************
(……よく、遣ったぞ、……ソラン……)
……朧気ながら、宙に漂って力尽きている俺に話し掛けるネメシスの声を、何処か遠くに聞いている自分が居るのが分かった。
精も根も尽き果てて、意識は朦朧とし、身体に力を入れたくも最早意地も何もかも底を突いた気分だった。
(“救世主の鎧”がお前を認めた、今からお前に融合すると言う)
(ただ、なんのインターフェイスも持たぬお前には、少々辛い施術になる、ショック死する程ではないと思うが……気をしっかり持て)
(……吾もその苦痛、一緒に分かち合うでな、何か楽しいことでも考えておれ)
霞む意識に、言ってることは半分も理解できなかったが、苦痛と言う単語が妙にはっきり聞こえた。
痛えのは嫌だな………
(010101、肉体損傷修復開始、01011010……)
(欠損箇所のメカニズム代替構築、000000、010101、01)
(損失生命エネルギー充填開始、01、01、000001)
喋ってるのは妙竹林な“神の装置”とか呼ばれていたリビング・アーマーの親玉みたいな奴だろう。
最初よりは意味のある内容が伝わっては来るが、相変わらずこちらに取っちゃ意味の無いことに思えた。
(インターフェイス用コネクト・プルーブ創造、011111)
(融合開始、000000000000000)
同時に俺は、あまりの激痛に意識を手放した。
❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦
朝靄は晴れ、月桂樹や栓の木が微風に揺らいでいた。
朝露に濡れた下草が足許を濡らすが、この世の春を謳歌する恋人達には気にもならなかった。
村の古くからの仕来り、いやこの場合ジンクスとか験担ぎと言った方が良い類いの迷信……“恋人達の井戸”を目指していた。
何故、俺はこんな思い出を克明に覚えているのだろう?
棍棒座月の朔の日に矢車菊とデルフィニアーナの花冠を互いに被った恋人達が、終生の愛を誓い合う儀式だ。
この二つの花は互いに惹かれ合うと言う。
「早くっ、ソラン、昼前に辿り着かないと井戸の水が無くなっちゃうよ、そんなことになったら折角早起きした甲斐がない」
息を弾ませて前を行くドロシーは、いつものサンサルバトル風の前掛け付きスカートではなく、男物の襞付き半ズボンにトリコットのショースを穿いている。杣道は雪柳や山法師が花を付けていた。
里山とは言え、山道を歩くのに相応しい服装だ。
だが前を行くドロシーの、男とは違う尻を見てるとなんだか目の遣り場に困った。
井戸の水は、言い伝えでは水脈の関係で、今の時期は午前中にしか水を溜めない。
言い伝えでは、この井戸の水に互いの名前を書き合った石を投げ込むと、好き合った男女が生涯を共に出来るという。
俺の持つ石には“割れても末に逢わんとぞ想う、ドロシー”と、そして、ドロシーの持つ石には“割れても末に逢わんとぞ想う、ソラン”と書かれていた。
沢筋から少し登ったところに言い伝えの井戸はある。
井戸の周りだけ竹藪になっていた。竹と言うのは俺達の地方では珍しい。俺も他では見たことが無いが、何故ここだけに竹林があるのかは誰も来歴を知らない。
投げ込んだ石は、ポシャンッと情けない、有り難味の無い音がしたが、遣り遂げた感に酔っていた俺達には関係なかった。
「放さないでね……ソラン」
「お前こそ……」
言葉少なく互いに見交わす目と目……潤む瞳は確かに相手に、掛け替えのない幸せを見ていた。
抱き合えば、互いに背中に回した手に相手の温もりと何ものにも代え難い手触りが確かにあった。
だが、その一年後、女は王都に行った。
あの様子だとおそらく舌の根も乾かぬ間に肉奴隷堕ちした筈だ。二度と再び俺の知ってるドロシーという女が井戸での誓いを思い出すことは無いのだろう。
異常性愛に濁った目で、変態絶頂に狂った頭で、一生色欲地獄の肉襞の中で生きていくのだろう。
なれば、幸せな頃の思い出など俺にとっては苦痛でしかない。
例え伴侶と死に別れても、一緒に過ごした日々は大切な思い出として残る筈だ……だが侮蔑と淫らがましさと、怖気を震うような悍ましさにまみれた仕打ちを受けた女との思い出を、誰が要るだろうか?
ただあるのは、筆舌に尽くし難い真っ黒な復讐心だけだ。
あの思い出は俺にとっては不要なもの。
でなければ、俺は無駄に過ごした日々を抱えて生きることになる。あれは、どっか他の見知らぬ世界での出来事……きっと夢か、幻に過ぎないのだろう。
売女の癖に俺の思い出に居座ろうなんざ、疫病神よりたちが悪い。
今すぐ故郷に戻り、“恋人達の井戸”にある筈の俺達の石を砕いてしまおう。俺は、堅く心に誓った。
❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦ ❦
気が付くと、何故か泣き腫らした体のビヨンド教官が俺に縋っていて、俺が気が付くと同時に慌てて離れ、泣き顔を隠すようにそっぽを向いた。
思い違いじゃなければ、教官が俺の為に泣いてくれている……少し意外で、少し不思議な感じだな。
ついでのように付いて来て、肝心なところで全くと言っていい程役に立たなかった金獅子の4人が、それでも心配そうに、少し離れて覗き込むようにしてる。
「た、煙草を吸わせてくれねえか……ポーチに缶が入ってる」
金魚鉢で溺れる金魚のように、俺は口をパクパクと教官に乞うた。
俺のガラガラ声は、自分でも別人じゃないかと思える程、弱々しかった。でも身体には何かが漲っているのが、分かる。
ただ、旨く馴染んでいない。
粘り付く冷や汗や、苦痛に歪んだ為の口から噴いた泡の痕や、流した涙の痕がわずらわしく、気分転換に一服したい気分だった。
思いのほか、教官は煙草を巻くのが上手く、手早く1本を形にすると、俺を抱き起して銜えさせ、オイルマッチで火を点けてくれた。
まだ、身体に力が入らねえ。
(エルピスの偉大なる遺品はお前を選んだ、以降、この奇跡の外装甲とも言うべきオー・パーツ対向プロテクターは、お前と共にある)
(お前の意志とは別に……お前が望む、望まぬとにかかわらず、世界がオー・パーツの危険に曝されるとき、この“救世主の鎧”は一瞬で世界を駆け巡り、オー・パーツの暴威を抑え込み、無効化する)
(確かに、それだけの力が、これには備わっている)
「で、その神の如きプロテクターとやらは何処に行ったんだ?」
奴の姿は忽然と消えていた。
(お前が装備している、お前が着ているのだ……目に見えぬのは、ごく僅かにズレた位相次元にそれがあるからだ)
(まるで、そこに存在しないように見えても、それはそこに在る)
(お前が気を失う程の強引な施術……インターフェイス・コネクターを持たぬ者には酷な処置だったが、お前の脊髄、脳幹他様々な部位に撃ち込まれたプルーブに違和感がある筈だ)
(それはいざと言うときに、お前の肉体をも鋼鉄のように強化するだろう)
―――後で訊いた話だったが、インターフェイス・コネクターはセルダンの“大陸救済協会”では標準装備だったらしい。
ナノマシーンによるモニタリングとリモート操作によるスーパー・マイクロサージャリーでインプランティングされるのだが、エルピスはそんなメンバーが引き継ぐのを想定して、在野の、まったくの門外漢から適合者が出るとは考えていなかったのだ。
兎にも角にも、これで俺は途方もない力を手に入れたと思っていいんだよな。
オー・パーツをどうにか出来るなら、この星の人類の為に……いいや、他の生命達の為にも尽力するのは吝かじゃねえ。
この程度の痛みで気を失うなどは、お前の覚悟の多寡が知れると嗤ったネメシスに多少腹は立ったが、例え望まぬ力だったとしても、手に入れちまった俺には責任が付き纏うってのは、俺にもなんとなく分かる……ちょい有難迷惑だけどな。
それに、最後まで見ることは叶わなかったが、俺が自ら発現した高威力らしいスキル……他人から奪うんじゃなくて、俺が自ら手に入れたスキルだ。
ネメシス曰く、スキル・バイトの“能力”は進化を遂げて、いよいよ俺が進退窮まり、命の危機が差し迫るとき、これが最後と悪足掻きするときに限って発現し、新しい力を得るのだとか……そう何度も、こんな目に遭うのは御免だが、自分で手に入れたものが素直に嬉しくはあった。
(この分は対価を貰うとしようかの……そうじゃのお、お前は今後醜いもの、見たくないものから二度と目を逸らせぬように、その眼から瞬きを奪うとしよう)
良く分からない対価だったが、以降俺の目蓋からは瞬きが無くなったので、眼球が渇かぬように気を付けるのが大変になった。
俺は俺の成長と言っていいのかは躊躇われたが、手に入れた力に歓喜した。ただネメシスの思惑が気になってはいた。
「ヘドロック・セルダンとやらに対向出来るまで、俺を強化するんじゃないだろうな?」
ネメシスは、俺の復讐に寄り添うと言ったのは誠であり、優先すると言う。疑っても俺の憑依霊である限りどうしようもないが、俺の心の内側に巣食っていると言えど、俺を裏切らない保証はない。
結局、迷宮神殿は“宝の間”を破壊し、リビング・アーマー擬きの発生装置ごと闇に葬った。あれは普通の冒険者には危険過ぎる。
多分、エルピスが“救世主の鎧”を開発する過程での、副次実験機とかその応用……そんな存在だったんじゃないかと思う。
“金獅子クルセイダーズ”の4人には、中身がスカスカになっちまった魔導書、“アブラメリンの魔術書”を持たせて、俺達の武勇を喧伝されないように記憶を改竄した。
偽りの記憶操作は、この手の工作に慣れてると言うネメシスに任せることにした。本人の弁では余程の精神分析魔術の巧者でも、絶対に見破れないってことだった。
俺達のことは、どっかの流れの冒険者、ナナシとゴンベエで記憶しているが、暫くすれば顔も思い出せなくなる筈だ。
大いなる真価は全て俺が吸い取っちまったから、すっかり価値の無くなった魔導書だが、地道に研究すれば残り滓から幾つかの古代魔術は復活出来るかもしれない。
散々痴態を見せ付けられた4人は、あんなことをしていれば早晩惨たらしく命を散らすだろう。
別に心は痛まなかった。
別れ際に、教官とタメを張れるぐらい背の高かったコナンが紙巻シガレットを一箱恵んでくれた。西ゴート帝国じゃパッケージされたシガレットが主流だから試してみてくれって譲ってくれたが、あんな正体を知らなけりゃ、普通に気さくで好い奴だった。
何故あんな真似をするのか訊いてみたところ、危険と隣り合わせの変態行為が一番興奮すると答えた。なんだか天寿をまっとうするなんてどうでもいいみたいだった。
まぁ、煙草一箱分ぐらいは長生きしてくれって祈った。
貰った煙草の銘柄が、“熟女の溜め息”って商品名なのは笑えた。
こうして俺達の神殿詣では終わりを告げ、何某かの御利益を持ち帰ることに成功はしたが、往古の聖地に隠された秘史に纏わる最大の謎が今は俺と共にあるのが不思議な気分だった。
奴等と別れて砂漠を帰路に就いていたが、神のプロテクターの恩恵か、特に灼け付く暑さは気にならなくなっていた。
教官と並んで鱗駱駝の背に揺られ、来た道を引き返していた。
(お前には思った以上に素養があるようじゃ)
(おそらく、ギリギリ追い詰められたとき、お前の生存本能がスキル・バイトの能力を極限まで絞り上げ、新しいスキルを目覚めさせるのだろう……その執念が“神の装置”の試練を打ち破った)
どうやらネメシスにとっても、俺の進化は想定外らしい。
(これならいける……今のお前であれば、召喚勇者如きは手玉に取れる筈、王都軍を、いや世界中を敵に回すもまた容易い)
咽喉元過ぎれば熱さ忘れるか……
九死に一生、正直あの時は死を覚悟したが終わってみれば俺は生き残ったばかりか、ようやっと辛口ジャッジだったネメシスのお墨付きを貰える迄の力を得た。
(ふっ、それにしても随分と男前になったではないか)
己れの美醜などに頓着しない質だったが、そんな俺の心情を知ってる筈のネメシスの揶揄には幾分、憮然となる。
“救世主のパワードスーツ”、メシアズ・アーマーの放射線腐食攻撃とやらは、曝された頭部左半面をケロイド状に焼いた。
完全に未知なる侵食は、俺のどんな治癒スキル、回復や再生のスキル、精霊魔術のセイクリッド・ヒールでさえ、直すことは叶わなかった筈と思われた。
その代わりにメシアズ・アーマーは、傷付いた皮膚と欠損部位の代替えとして何やらメカニカルな外装甲のようなマスクで左目上から斜めに覆い、完全に癒着させた。
新しい皮膚と言うか仮面には何やら副次的な機能満載らしいが、例のブツブツ囁くようなノイズめいた情報を送り続けているので追々理解が追い付くのだろう。
失われた左目の視覚の代わりに360度、全方向の映像が様々な解説情報付きで見渡せたが、慣れるのに暫く掛かりそうだ。
どう言う原理か、レンズらしきものは付いていなかった。
(エルピスは人工有機細胞の整形術より、機能性重視の設計思想を選択したようじゃの……まっ、あのメシアズ・アーマーの仕様を見れば、その方向性は一目瞭然というもの)
確かに、あの設計思想は見た目を優先していない。
「あのパーティの女達は、お前のことをすごく気に入っていたようだ、だがこの身がお前の女だと思って手を出さなかったのだ」
「気が付かなかったか?」
何の前振りもなく、別れたパーティの好き者女達の話を振られた。
「…………」
何が言いたいんだ、教官?
(お前は、お前が思っている以上に女にとってはいい男に見えておると言うことじゃ)
ネメシスまで何だよ。
(鋭過ぎる眼付きや、纏っている闇より濃い驚ろ驚ろしい雰囲気を差し引いても、お前には女を引き付ける魅力があるらしい)
(つまり、モテておる)
なんだよそれ?
ちっとも嬉しかねえな……俺には無用の長物だ、必要ねえ。
まっ、今回の一件で、俺の倫理観とその他大勢の冒険者達の倫理観が大きく掛け離れてるらしいってことだけは分かった。
(もっとも、あの女共はスザンナの人間離れした美貌に気後れしておったようじゃがの……)
えっ、そうなのか?
薄々そうじゃねえかと思ったが、教官ってやっぱり美人なんだ。
「人を信じられなくなったお前の孤独は、やがてお前を狂気へと追い立てる、お前の孤独がこの身には不憫でならない」
「だから、せめてこの身はお前を裏切らずにおこうと思ったのだ」
「ソラン、お前には自分の願いを貫こうとする強さがある……だが同時に人を信じたいという葛藤がある筈だ」
「他人を信じられなくなって疑心暗鬼の中に生きるは、さぞ辛かろう……せめてこの身だけはお前を裏切らないと決めた」
「ソラン、この身はお前を決して裏切らない」
そんなことを考えていたのか、教官は………
「別に頼んじゃいねえぜ?」
「もとより承知だ」
「裏切りは人を壊す……この身は700年は生きているのだぞ、多くの愛憎を見て来ている、ソラン、お前は自分が思っている以上に傷付いているのに気が付いているか?」
「多く生きているとな、人の行末が分かるようになる、お前はこのままでは遠からぬ内に人としての心を失う」
「せめて女を抱け、女の柔肌はささくれた心を癒す」
「別にこの身でなくともいい……勿論、この身であれば言うことは無いし、誰かを愛するのが怖いというのならただ単に性の吐け口としてだけでもいい」
「遠慮しとくよ……だが、それがいけないことなのか?」
俺が気絶から回復した時に見せた教官の涙の訳を訊いてみたかったが、訊けば教える者と教わる者の、今の関係が壊れてしまうような気がして躊躇われた。
「……この身の性の遍歴には続きの話がある」
「確かに昔は、セックスの興奮に自分が自分でいられなくなる法悦と多幸感の感覚に酔っていた……鳥肌が立って、発狂するほど昂ぶって精力を搾り尽くした後の、気絶するような放心状態が何より大好きだった」
「繰り返す絶頂と酩酊は素晴らしく、何物にも代え難く思えた」
「軽蔑してくれてよいぞ……」
「だが長の年月を流離い、詰まるところ愛あるセックスの方が人として自然なのではないかと……心が温かくなれる暮らしの方が望ましいのではないかと思えるようになった、今更の話だがな」
自嘲気味に語る教官の顔は、苦汁にまみれた眉間の皴が、何故か見てるのも辛い程だった。
「昔……随分以前だ……」
「死に別れた亭主に、過去の奔放だった肉体関係の経験を告白したことがある……最悪だった、不純、不潔と罵られて、以来軽蔑と懺悔の日々が続いた、若気の至りとは言え、あんな罰当たりな真似はしなければ良かったと……」
「後悔したさ」
「人は……いや、女はともすれば簡単に堕ちる」
「愛する者に拒絶される結婚生活ほど惨めなものはない、この身はそれを知っている」
「あの時、お前を失うかもしれぬと思ったら、言いようのない恐怖と絶望感に囚われて仕舞った」
「……何故、あれほど取り乱したのか不思議だ」
「分からない、分からないんだ……」
俺の師事する教官は、今まで見せたことのない不安な表情で、心底自分の気持ちを推し量りかねている風情だった。
ビヨンド教官にも辛く悲しい過去があるらしいことは分かった。
だが、それは俺の悲しみじゃねえ。
「多分、取り返しが付かなかったこの身の後悔の分、お前を守りたいと思ったのかもしれない」
「眩し過ぎるがゆえに、お前を失うことに耐えられなかった」
「……最近覚えた言葉だが、チートとチープは同義語だって思えることがある……復讐に目が眩んで、他人から色々と“力”を奪った」
「心がこれっぱかりも痛まなかったって言えば噓になる」
「だが、教官が鍛えてくれたお蔭で、血を吐くようにして身に着けた技は俺を裏切らねえって思えるようになった」
「心から信じることは出来ねえにしても、感謝はしている」
「……裏切られて初めて気付いたが、今の俺にゃあ、たったひとつだが、どうしても譲れねえものがある」
「舐められたままじゃあ終われねえって、強い気持ちだ」
「生きて、抗って、罵って、復讐の悲願だけが全てになった、今も俺の中の一番にあるのは俺を足蹴にした奴等に、惨めな蛆虫のように命乞いさせてやるって、強い気持ちだけだ」
「俺が行くのは、前人未踏の生き地獄、悪鬼羅刹の修羅道だ」
「だから、他のことに目をくれてる余裕がねえ」
「力を欲して、代わりに何かを失った」
「他人から見ると、狂ってるって思われるかもしれねえな」
「……だが、そう言うことだ」
俺が言った話を忘れちまったのか、めげないのか、帰り着く頃には教官はいつも通りだった。
いや、ネメシスが“ツンデレ”とか言ってたが、もっと酷くなったかもしれねえ。
「どうしたソラン、この身はお前の奴隷も一緒……」
「この身の淫らな本性を、不潔と蔑んでくれていいのだぞ?」
そんな台詞を嬉しそうにニコニコ笑って、さも俺に隷属したそうな素振りをするスザンナ・ビヨンド教官は、最初から頭の螺子が2、3本跳んでいそうな奴だって初めて気付いた。
どんな過去があったのかは知らねえが、最愛のご亭主殿に手酷く拒絶されて、教官は壊れちまったのかも知れねえな。
恋の予感ですかね?
自分は共依存と代償行為として描こうと思っています
ドロシー編が鋼の如き自制心MAXで終始一貫していたのに対し、ソラン編の登場人物は弱い人間の等身大……普通に癇癪を起こしたり、八つ当たりをしたり、人間関係に憔悴するドラマを描いていこうと思っています
そこには当然あるべき人間的な成長すら無いかもしれません
スーク=元来、キャラバン〈隊商〉の通る街外れに定期的に立つ交易の市で祝祭の場でもあり、部族紛争のときも中立性が担保されていた/やがて恒久的なスークが登場し、現在のアラブ世界では英語の「マーケット〈market)」とほぼ同じ意味で用いら物理的な意味と抽象的な意味の両方を含む
契約や課税という点からも街の行政の中心へ成長し、市の中心部へと位置したスークは取り引きの場、行政・司法の座、ハーン〈キャラバンサライ〉、モスク、マドラサ、ハンマーム等を内包する地区を形成した/外部から来た商人は荷物をキャラバンサライの倉庫に入れて数日間宿泊した
シシケバブ=ぶつ切りにした肉の串焼き料理の一つで、中東を中心にアジア全域で食べられている/シシはトルコ語で串の意、カバブはもともとロースト肉を意味する古代アラム語である
一般的には羊肉が使われ、酢やワイン、オリーブ・オイルなどを混ぜたものに、大蒜、玉葱、黒胡椒、クローブなどの香辛料やハーブ、塩などを調味料として長時間漬け込んだものを用いる
アルデンテ=スパゲッティなどのパスタを茹でるとき「歯ごたえが残る」という茹で上がり状態の目安とされる表現で、麺が完全に茹で上がらずに麺の中心が髪の毛の細さ程度の芯を残してる状態がベストとされる
跳び鼠=トビネズミ科に属する齧歯類の総称であり、体長4~26cm程で、北アフリカから東アジアにかけて砂漠などの乾燥地帯に生息する/後ろ足が長く、二本足で立ち、カンガルーのように跳躍して移動し、一跳びで3m程度跳躍できる
砂猫=スナネコ〈Felis margarita〉 は食肉目ネコ科ネコ属に分類される食肉類で、岩砂漠や礫砂漠・砂砂漠・砂丘などに生息し、基底が砂よりも目の細かい粘土質からなる砂漠を好む
主に夜行性で昼間は穴に隠れ、自分で巣穴を掘ったり、キツネ類やヤマアラシ類などの古巣を利用する/カラクム砂漠では入り口がひとつで、長さ3メートルに達する巣穴の報告例がある
コール猟=鳥獣の鳴き声を特殊な笛で真似て、おびき寄せて射止める猟法のことで、鹿のコール猟が有名だが他にもカラスや鴨などを寄せる笛もある
仏法僧=鳥綱ブッポウソウ目ブッポウソウ科に分類される鳥……仏法僧フラミンゴは本作の造語である
プラーナ=サンスクリットで呼吸、息吹などを意味する言葉で気息と訳されることが多い/インド哲学では同時に人間存在の構成要素のひとつである風の元素をも意味している/そして生き物 〈すなわち息物〉の生命力そのものとされ、やがてその存在はアートマンの根拠にまで高められた
窰洞=[ヤオトン]は中国の陝西省北部、甘粛省東部、山西省中南部、河南省西部の農村に普遍的に見られる住宅形式で、黄土高原の表土である沈泥は柔らかく、非常に多孔質であるために簡単に掘り抜くことができ、約1千万人の人々が崖や地面に掘った穴を住居として利用している/山の斜面や崖を横に掘り進めて作るタイプは洞穴は長方形で、幅は3~4メートル、奥行きは10メートル前後、天井はヴォールト形状で頂点から地面まで3メートルの高さがある
三界火宅=「法華経」譬喩品の「三界は安きことなく、なお、火宅のごとし」というのは、迷いと苦しみのこの世界を燃えさかる家にたとえたもの/三界とは仏教における欲界・色界・無色界の三つの世界のことであり、衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界
ヒジャブ=ムスリム〈イスラーム教徒〉の女性が頭や身体を覆う布を指して使われることが多く、一般に欧米では女性の頭と体を覆う布を意味するがアラビア語においては頭に被るベールといった意味のほかに「貞淑」「道徳」といった意味も持つが、形状は地域によって様々である
イランのヘジャブを例にすると、チャードルと呼ばれる大きな半円形の布で全身を覆うタイプと、ルーサリーと総称されるスカーフで頭巾型のメグナエといった簡易なタイプの大きく分けて二つの種類が存在する
毛斯綸=名称はメソポタミアのモースルに由来するとも、そのふんわりとした風合いを示すフランス語のムースに由来するとも言う/ヨーロッパではモスリンは薄手の綿織物を指し、またアメリカ合衆国ではキャラコのことをモスリンと呼ぶ
ペンタクル=主として西洋魔術やウイッチクラフトで使われ、グリモワールなどの古い魔術文献にみられる護符やタリスマンの類いで、紙、羊皮紙、金属、石などの上に「印章」とも呼ばれる魔術的図像が描かれる/「五」を意味する接頭辞 penta- があるにもかかわらず、必ずしも五芒星は用いられず、例えば六芒星を円で囲ったものを「ソロモンの印」という
アリトン=8人の下位王子と総称される有力な悪魔の一人で、オリエンス、パイモン、アマイモンと共に四方を司る四大悪魔の一人とされるが、アレイスター・クロウリーの「777の書」によれば四大元素の「水」に対応する西の魔王とされる/一方、マグレガー・メイザースが「アブラメリンの書」の注釈で述べた説によれば悪魔エギュンと同一の存在で北の魔王だという
アマイモン=同じく8人の下位王子と総称される有力な悪魔の一人、一方「ゴエティア」では四方を司る四大悪魔はアマイモン、コルソン、ジミマイ、ゴアプとされ、アマイモンは東の魔王とされる/アマイモンの配下とされる東方の悪魔にはアスモデウス、ガープ、セーレなどがおり、アスモデウスがその首座だという
メイザースは同じ注釈で、ラビ〈ユダヤ教の聖職者〉はアマイモンを堕天使マハザエルと同一視していたという
矢車菊=学名:Centaurea cyanusはヨーロッパ原産で、もとは麦畑などに多い雑草だったが園芸用に改良され紫、白、桃色などの品種が作られた/ドイツ連邦共和国、エストニア共和国、マルタ共和国、フランス共和国の国花として扱われている/その青紫色の美しさから、最高級のサファイアの色味を「コーンフラワーブルー」〈ヤグルマギクの花の青〉として引き合いに出される/マリー・アントワネットが好んだ花であり、洋食器の「小花散らし」の模様は彼女がデザインしたヤグルマギクの柄に由来する
デルフィニアーナ=ロサ・ガリカ・アガサという薔薇の一品種、所謂オールド・ローズの系列で古くからヨーロッパで愛されたとされる
ショース=中世西欧の主に男子が用いた脚衣で、体型を誇示するため極めてぴったりした形に縫製され、上端についた金具つきの紐をプールポワンの裾の小穴に通して支えた/15世紀にはタイツ状になり、素材には麻・木綿・絹・毛織物が使われ、白・黒・赤・茶など様々な色と共に裏布つきや左右別布などのデザインが流行した/またこの時期、伸縮性に富んだメリヤス織が出現しショースに好適な材料として普及した
トリコット=経編みメリヤス……緯編みメリヤスが成型編みができて伸縮性があるものの、着くずれがしたり、糸の一端を引くとどこまでもほどけるという欠点があるのに対し、トリコットに使う経編みメリヤスにはこの欠点がなく比較的緻密な生地を造ることが出来るので高級品とされている/トリコットのうち一重トリコットは綿糸や毛糸を用いて裏を軽く起毛していて、ダブルトリコットは2組の経糸を使って厚みをもち、高級肌着などに使われる
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感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
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