49.“狂える邪神の亡霊”が語る神々の黄昏
口にゃあ出さなかったが、“誓い”のスキルで俺を裏切らないと決めた教官の覚悟が嬉しくはあった。ただ独り、復讐と言う憤怒道の荒野を行く俺に取っちゃあ、正直得難い鎮静剤のような効果があった。
ところが尋ねもしないのに過去の経験人数と言うか、肌を重ねた男が何人いたのかの自己申告をしてきたのに訳が分からなくなった。
指を5本立てるので5人かと思いきや、50人だと言いやがる。
何百年も生きてりゃそう言うこともあるかと思う。ただ、“裏切らない”に操は含まれてないかもしないが、有難味には欠けた。
「正直どうでもいい、あんたは傷付けた相手に対して誠心誠意詫びたか、悪う御座いましたと額を床に擦り付けたか?」
「あんたの謝罪に何処か、自分のせいじゃないって気持ちが一欠片も無かったって言えるのか?」
出張所の朝飯を拵えるのはいつしか俺の役割になっていた。
拾ってくれた乳母役だった婆さんの家から通いでやってくるアザレアって、男爵家のご令嬢だった女も一緒に食卓に着く。
いつも辛気臭え雰囲気で、ボソボソ話すこの女が俺は大っ嫌いだった。別に、下種勇者とヤリ捲っていた忌まわしい過去を聞いたからじゃねえ……多分。
ネメシスがイメージするペペロンチーノって麺料理を再現するのに挽き割りにした粗い小麦粉で麺を打ち、オリーブオイルや唐辛子を手に入れた。
今朝はそいつの試食会を兼ねてたんだが、珍しくニコニコ機嫌が良かったアザレアは、よせば良いのに自分の身の上話を始めやがった。
如何に自分が不幸なのか、恵まれていないのか、悲劇のヒロインみたいに語る、自分に都合の良い話しっぷりは、俺の癇に触った。
「心底詫びるつもりがあるのなら、何故死のうとしねえ?」
「死んで許される罪かどうかは相手の身になってみねえと分からねえかも知れねえが、せめて誠意を見せてみろよ!」
「被害者面してんじゃねえよっ!」
「いい加減にしろ、ソラン、それ以上アザレアさんを侮辱するのはこの身が許さん!」
スザンナが割って入ったが、彼女が止めなかったら際限無くヒートアップして仕舞うところだった。馬鹿女は、既に顔をくしゃくしゃにして噦り上げている。
意識してのことじゃねえが、俺の濁声は恫喝するには最高だ。
「あぁ、悪い、言い過ぎた……流石に俺のせいで世を儚んで死なれちゃあ、寝覚めが悪い」
「謝るよ、別に俺を裏切ったのはあんたじゃねえからよ……」
「俺に唾を吐き掛けて、ウスノロだ、間抜けな役立たずだと罵倒したのはあんたじゃねえっ!」
謝罪の筈が遂、声が粗く大きくなる。分かっちゃいるが、止まらなかった。この能天気な元男爵令嬢がドロシー達に被る。
「知らねえようだから教えてやる、俺は勇者に女を寝取られた側の男だ、謝罪を受け付けなかったあんたの婚約者と同じ側の人間だ!」
「俺は必ず奴等に目に物見せてやるっ!」
啖呵を切ってから仕舞ったと思った。この国で召喚勇者を誹謗するのは、国家反逆罪に等しい。
あぁ、つくづく俺は秘密を守るとかに向いてねえな。
だが俺の理性とか分別は、鬱勃と沸き上がり沸騰する真っ黒い怒りを堰き止める程、堅牢じゃあねえ。
「ズズゥッ、あの、仕返しは何も生まないってケイトが……」
ケイトってのはこの女の命の恩人、嘗てのナニー役だった婆さんのことだ。それにしても男爵家令嬢でも見っともなく鼻は啜るのか……あぁ、元だったな。
「確かに復讐は何も生まねえな……だが、それが悪いことなのか?復讐鬼となって恨みを晴らす、それしか俺には選択出来ねえっ!」
吐き捨てるように、泣き濡れる女に俺は宣言する。
あぁ、なんで俺はこんな女を相手に憤ってるのかな?
「尻尾を巻くなんて選択肢は、俺にはねえっ!」
「憎しみの連鎖ぁ? 関係ねえな、右の頬を張られて左の頬を差し出すような殊勝な奴等は、狗にでも喰われちまえばいいんだ、あの世でおめでたい信心を続けてくれ」
「汝の隣人を愛せ、なんて能天気な宗教は糞喰らえだ、少なくとも俺の隣人は、勇者の精液を股から垂らして、俺を罵ったぜ!」
「ソラン、よせと言っている!」
「……あぁ、重ね重ね悪かった、アザレアさん、別にあんたに恨みがある訳じゃあない」
「ただ、これだけは覚えておいてくれ、あんたはただ運が悪かっただけかもしれねえ、だがあんたに裏切られた男はもっと運が悪かった筈だ……あんたに愛想を尽かして突き放したかもしれねえが、少しは真剣に謝罪することを考えてやってくれ」
分かったのか、納得いかないのか、反駁するのか、その孰れでもないような視線で、涙に暮れるアザレアは俺を見詰めた。
今まで感じたことの無い視線だった。
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ここ何日かの教練は、武器術の習得に費やされていた。
長柄武器は最初はポールアックスから始まり、鉤付きのスピェード槍、そして鋼鉄製のデスサイズになっていた。
戦闘用の大鎌は農民が草刈りに使う奴とは頑丈さと言う点ではまるで違っていたが、途中に握り手というかハンドルが付いてる構造は一緒だった。樫の棒で出来てるのに比べりゃあ、全体が鋼鉄で出来てる分、重さは全然違う。
柄の部分で相手の攻撃を受け流す技や、斬り下げと斬り上げ、交差斬り、カウンターなどの応酬を教官と繰り広げていたが、本身なのでまかり間違えればこちらの首が飛ぶ。事実、本気で振るう教官の大鎌は時々見切れる、こちらは見切りのスキルを使ってるのにもかかわらずだ。常人には考えられない速度だった。
結構な重量なのに教官はまったく疲れた様子も無かった。
矢張り俺には、無駄な動きが多いってことだろう。
「何をそんなにイラついている?」
「アザレアのことだ、他人とかかわりになるのは避けてきたが、どうもままならねえ」
「何も知らない深窓の貴族のご令嬢が、気が付けば想像を絶する破廉恥な嬌態を繰り広げていたのだぞ、しかもその目を覆いたくなるような記憶は鮮明に残っている、錯乱もするし、私は悪くないって自己擁護も弁護も、自我が崩壊しないように前面に出て仕舞う」
「察してやれ」
「教官は、随分と他人に優しいんだな、何故だ?」
休む間も無く、互いに得物をバックラーと短めのメッサーに持ち替えて超接近戦の訓練だ。脇下の構え、肩担ぎの構えから繰り出し合う飛び込み斬りや巻き越え、バックラーでのシールドノックや足技と多彩な変形技が繰り出されるが、正直教官の技は千変万化でまだまだ追い付けない。こんなのが初心者向け教練なんて、嘘だよな?
「さてな、性分としか言いようがない」
「まぁ、この身も結婚する前は随分と………いや、なんでもない、忘れてくれ」
教官が言い淀むのは珍しかった。
「人と関らぬのは、人を信用して裏切られるのが怖いからか?」
近接戦闘のプロでもあるらしい教官は、息が切れる様子も無く目まぐるしく動くかと思えば、俺の耳許で尋ねてくる。
「俺は、俺の目的を遂げるために誰かの世話になったとしても、心の底から誰かを信用することは金輪際、あり得ねえ」
いつしか俺達の武器は鍔の大きく開いたパリィ用ダガーとサイドソードになっていた。このダガーは相手の剣を絡めたり、受け流したりとこれまた器用な奴には無限の技の拡がりがありそうだった。
武道ってのは本当に奥深いな。
「……ソラン、この身はお前を裏切らない」
「何故、そう断言できるんだっ!」
「……この身には“誓い”のスキルと言う、珍しいスキルがある」
「自分で自分の行動に制約を掛けられるスキルだ……先日、お前の話を聞いてから、“ソランを裏切るぐらいなら死を選ぶ”と言う誓いを自らに課した」
何か、とんでもねえ自己犠牲の話をしれっと、天気の話ぐれえに語られたみてえで、却って切なさがつのる。
「何故っ、……何故そこまでする、俺が絆されるとでも?」
「さあな……しいて言うなら、お前の顔が見たことも無い程、打ちのめされて見えたからかもしれない」
「!っ、俺がいつそんな顔をしたっ」
「んっ、ドロシーと言う女の話をするときは、いつもそんな顔をしているぞ?」
嘘を吐け、俺がドロシーを思い出すときは臓物が煮えくり返るような激情が沸き起こっている。決して懐かしくも、心安らぐ遠い日の思い出に浸ってる訳じゃねえ……戯言もいい加減にしろよ!
クィヨンダガーとポニャードの合いの子のような短剣で破剣技を捌きながら、そんな教官との遣り取りとは別に、明日の朝には、アザレアにきちんと謝らなくちゃあならねえと思い始めてはいた。
明日にはそのまま、魔族領を目指して遠征の実地訓練に入る。暫くセルジュ村には戻れねえ。
考えてみりゃあ、不幸にあった奴は世の中で一番自分が不幸だって思い勝ちなのかもしれねえな。想像力が足りてねえだけだ。
想像力……想像力か。
もし教官が、俺を裏切らなければいけなくなったとき、“誓い”のスキルとかの呪縛で七転八倒の葛藤の末、自裁を選ぶとしたら、腹掻っ捌いてハラワタを取り出し、腹の中は弐心無く真っ新だと突き付けてきそうで怖い。
そんな惨劇は嬉しいどころか、俺にとっちゃあ血生臭くも猟奇的な有難迷惑だ。とんでもねえ恐怖の記憶になっちまう。
ぜってえイカれてる。
教官、あんた少し病んでないか?
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「ネメシスが……ネメシスってのは俺にたかってる悪霊なんだが、最近、あれが喰いてえ、これが喰いてえって色々煩くてな」
「ゴゴ・ゴンドワナの方じゃ珍しくねえらしいが、アイスクリームって菓子だ、冷てえから気を付けてな」
朝食の後にデザートを出した。ネメシスは硝子の器に盛り付けろと言うが、ここにはそんなものは無えから木椀の銘々皿だ。
昨日のアザレアに言い過ぎた詫びと言うか、仲直りするのに食べ物で釣ろうなんざ、俺もあざといよな。
「こいつあ、牛のミルクで出来ている」
勧めるままに、アザレアは美味しいと言って一匙一匙、堪能するように味わってくれた。
「お料理、上手なんですね」
屈託なくニッコリ笑う様子を見ると、この娘も歳相応に綺麗だなって思えた。
「“模倣”ってスキルがあってよ、職人の技とか色々見て覚えた、中でも料理は、俺の性に合ってるのかもな」
「……昨日は済まなかったな、つい自分の身に置き換えてよ、カーッとなっちまった、だけどあんたの人生はあんただけのもんだぜ、俺の言うことなんざ、気にする必要は無い」
「わたくし、あれから考えました……幾ら勇者に魅了で操られてとは言え、相手にとっては目の前で起きた事実に変わりはないのだと考えられるように、思えるように成りました」
「さぞかし淫乱で、変態で、どうしようもない交尾中毒の牝犬に、婚約者の目には映っていたことと思います」
いつも俯き加減なアザレアが、髪も綺麗に結い直したか、今はチャーミングと言ってもいい顔を上げて真っ直ぐに俺を見ている。
「悪夢から解放されると、そこは地獄でした」
「父母から貰った大切な身体は、もう取り返しがつかない程穢れ切っていて、婚約者の為の純潔など百万遍も散らされて擦り切れた後でした……自分のした悍ましい行為に、目が覚めた途端、わたくしは小水を粗相をしながら、自分で嘔吐した汚いものの中に倒れ込むようにして、気を失ったのです」
「宮廷礼拝堂の告解室を訪ねてみても、神婦様はわたくしの痛悔秘蹟を受けてくれようとはしませんでした、昔からそう言う仕来たりなのだそうです」
「死のうと思いました、でも愛している筈の父母や婚約者のミラベルから、さも汚物でも見ているような視線を向けられて、王命で勇者の悪虐非道は免罪されているとはいえ、何故わたくしがこんな目に遭わなければならないのか、自分で自分を憐れんでしまったのです」
まぁ、この娘もそこそこは傷付いたってことか……
「今日、魔族領へ出立されるのでしょう?」
「ご無事のお帰りをお待ちしております、どうかこれをお持ちください、昨夜編み込んだものです」
そう言って手渡されたのは、組紐で編まれた飾り紐で、俺達の地方の伝統的な魔除けのお守りだ。小さいながら貴重な魔石が中にくるまれてる。
「気休めかもしれません、でも宮中に在るときは考えもしませんでしたが、人に助けられて初めて、わたくしも誰かの役に立ちたいと思えるように成りました」
「ソランさんのこと、お聴きしたんです……わたくし何も知らなくって、きっと貴方の傷口を逆撫でるような真似をしたんだと思うと、考えの至らなかった我が身が恥ずかしくなりました」
アザレアの心境の変化に思うところもあり、俺は感謝の礼と共に、そいつを有り難く頂戴することにした。
捨てられた女の真心が何故か痛々しかったが、ドロシー達と同じようにこの女も汗みずくになって、底無しの異常性交で肉痙攣の陵辱絶頂に狂い捲っていたかと思えば、俺は同情する気にはなれなかった。
きっと自ら欲情し、助兵衛根性丸出しの変態馬鹿セックスを懇願した筈だからだ。
教官から聞いた話じゃあ、勇者ハーレムは複数姦の乱交が当たり前だと言う。薬や呪いで性欲を増進させるとも聞いた……この娘も何人もの男や女と生易しくない肉体関係を持った筈だ。
人の尊厳は淫らな過去に縛られていい訳じゃねえが、嬉々として大勢のザーメン濡れになる嘗てのこの娘の姿が脳裏をよぎる。
ただ、流石に目障りだなって拒否するのはちょっとばかし違うんじゃねえかと思えたのだ。
これ以上この娘の恥部を抉るのは本意じゃねえ。
おそらくこの先、貴族社会へは二度と戻れず、個人の名誉も淑女としての信用も回復することは叶わない。敬虔な女神教徒が聞いて呆れると後ろ指をさされ、田舎の片隅でただ年老いていくだけの人生が待っている。
一体何人ぐらいの女が、こうやって自ら夫や将来を誓い合った相手を裏切って、背徳的な狂った淫欲の虜になったんだろうか?
いや、今現在もそんな罰当たりな所業が続いてる筈だ。
媚薬とか催淫の魔道具とか、そんなもんじゃねえ……勇者の魅了スキルは人格を奪う。きっと肉奴隷となって孕ませられた女達だって居る筈だ。犬に噛まれたでは済まされない。
斯く言う俺だって、白目を剥いたドロシー達の淫らな連続アヘ逝きなぞ見たくはなかったさ………
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樹間を猿のように伝って、高速で移動していた。
俺は加速のスキルを発動しているが、教官の瞬発力はとても人間業とは思えねえ。
冒険者用キットが詰め込まれたバックパッキングは300クローネで買わされた。本当にこんな物が役に立つんだろうか、と言う内容だったが、初心者には必須アイテムだと言う。おまけに教官に言わせると格安だって話だ。
体力強化スキルがあれば荷物は何程のことも無いが、兎に角スピードが尋常じゃねえ。
「なぁ、冒険者って、皆んなこんなに高速移動してるのか?」
樹から樹に飛び移る樹上の疾駆の中で、教わった発勁を利用した伝声法で(風切り音などで防がれる場合の特殊な発声方法だった)、前を跳び進むビヨンド教官に問い掛けてみた。
既に村を出てから5日目、初めての攻略で一番近い魔族領の東端に侵入していたが、難敵には遭遇していない。
「他のチームは知らんが、この身が居た“曙光”ではいつもこんな感じだったぞ?」
振返りもせず、返事をする教官はカウンター業務を遣っているときとはまるっきり雲泥の差の無頓着さで答えて返した。
細かい瑣末事を余分なこととバッサリ切り捨てる大雑把さは、とても同一人物とは思えねえ。
なんだよ、普通の冒険者ってのは地ベタを這い蹲って、チンタラ何週間も掛けて辿り着くんじゃねえのかよ?
おかしいだろ、絶対異常だって!
(大物がおるっ! 何故こんなところに八大魔将がおるのか見当もつかぬが、40の魔族軍団を率いる巨頭、ディアボロスがおる!)
(ここより前方10時方向へ80キロ、100に満たぬ小規模な軍団と共におる)
大概の凶事には盤石の泰然自若振りを見せるネメシスが、珍しく興奮した気配だった。
「教官、悪いが寄り道するっ」
言うが早いか、枝を蹴らずに踏み止まった俺は収納スキルを発動すると、“イシュタルの聖杯”で買った3000万ガルバスのライトアーマーに素早く換装し直し、革鎧と冒険者バックパックを収納空間の引き出しに投げ込んだ。
(“投射移動”を使って一気に攻め込め、上空に昇って千里眼スキルを発動してみよ)
言われるままに天駆のスキルで瞬く間に宙高く翔び上がる。
“投射移動”は視認した先に、一瞬で自身の身を瞬間移動させるスキルだ。ただし投射先が見えている必要がある。
(喜べ、お前が咽喉から手が出る程望んだ、“無言詠唱”のスキルを持っておる、その他の超威魔術も総て掻っ攫えっ!)
小躍りしたくなるような嬉しい知らせに、千里眼を発動する俺の眼は爛々と輝いていた筈だ。ここで怖気ている暇は俺には無い、例え至らず斃れるとも俺は可能性を手に入れる。
八大魔将だかなんだか知らないが、俺は突貫と同時に総攻撃を掛けられるよう幾つかのスキルを発動し、待機状態にする。
いつもネメシスに言われている、人の身のまま人を超えようとするは持てるものの贅沢、例え修羅に堕ちても人を超えてこそ渇望した復讐はなる……なれば、怯えも迷いも俺には最も唾棄すべきもの。
(行けっ、奪い尽くせっ! お前は強くなるのだろうっ)
(唱えよっ、復讐するは我にありっ!)
「復讐ぅするはああっ、我にいぃっありいいいぃっ!」
濁声で響き渡る突撃の合図のようなそれは、
それは、俺を奮い立たせる呪文には違いなかった。
目眩く歓喜と共に、千里眼で捕らえた魔族と魔獣の一団の真っ只中に飛び込む。
俺は獰猛な肉食獣のように力一杯吠え捲りながら、敵陣に一瞬で踊り込んだが、“投射移動”で転移する俺の気配を誰一人として事前に察知出来る魔族は居なかった。
「呪詛雷撃召喚っ!」
辺り一面殺戮対象なら、何の躊躇いも必要無い。
無数の面攻撃の雷撃にブーストのスキルを上乗せして撃ち捲る。
たちまち燃え上がり焼け落ちる妖物共は、再生を許さぬ呪いの雷撃にさしもの魔獣軍団も阿鼻叫喚と化した。
加速スキルの効果の中、反撃してくる魔族の強力な攻撃魔術をローバーのスキルで奪い去る。
「腐食のウインド・カッター!」
全てを斬り裂く風の刃に、強酸の腐食スキルを付与して四方八方に撃ち出す。肩や腹回りから何本もの毒蛇を生やした巨大なドラゴンとも言える異形の者は目の前に居た。目的のディアボロスだ。
虚を突かれた高位魔族は、巨大な魔法陣を幾つも展開させ始めていた。見たこともない凄まじい光景だ。
俺はすぐさま、魔術反射のスキルをオリハルコン合金のアーマーに付与する。伝説級の高額な簡易鎧は、魔術だけでは無くスキルもエンチャント出来るのは確認済みだ。
(何をしているっ、今のお前の防御では喰らえば一溜まりもない、既に無言詠唱は発動しているっ、早く奪うのじゃっ!)
巨大な化け物の魔術発動が一瞬停滞する気配に戸惑ったが、ネメシスの叱咤に目的を思い出す。
「スキル・バイトッ!」
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一匹残さず魔族や魔獣を仕留めきったと納得してから、辺りを消火する為、無限冷却のスキルを使っていた。
倒れ伏し、凍りついたディアボロスの残骸に腰掛けて(実際には前腕の指先に腰掛けていたんだが)、巻いたばかりの煙草を胸一杯吸い込んだ。ちょっとした興奮に指先が震える。
やった……やったぞっ!
「なぁ、これで行けるよなぁっ、奴等をぶっ殺しに行けるよなあ、あいつらを泣こうが喚こうが嬲り殺しに出来るよなああっ!」
俺の突っ走るのは地獄への片道切符、人は何故復讐なんてと言うかもしれねえが、俺にはもうこれしかねえ……幸せや穏やかな暮らし振りに背を向けて、ただ怨念に掛けた生き方をひた走る!
止むに止まれぬ衝動が俺を突き動かす、前へ進めと背中をどやす!
道半ばで倒れるつもりは毛頭ねえが、例え這いずってでも奴等の喉笛に喰らい付くっ、復讐の最果てが例え地獄であろうともっ!
(……何を糠喜びしておる、お前は本当の意味での理不尽さと言うものを知らぬ)
「何故だっ、魔族の魔術も50以上奪った、ディアボロスが持っていた“無限魔力貯槽”のスキルは俺の限界を超えて幾らでも魔力を貯めておける……これでも足りないって言うのか!」
「お前は、俺がヨイヨイの爺いになっても、まだ足りないとスキルを漁らせるのかっ!」
「お前はっ、……お前は俺の復讐を成し遂げる邪魔をする為に取り憑いてるんじゃあねえよなあっ!」
目の前に居ない相手に怒鳴り散らした。
「闇雲に……」
「誰彼構わず、毒を撒き散らしたい訳じゃねえっ」
「俺が殺したいのは、たったの4人だ、4人だけなんだぜっ!」
顳顬に血管が浮くのが自分でも分かった。
最後には肩で息を吐いた。
俺の脳裏には、あの時のドロシー達の度し難い痴態が、くっきりと鮮明に浮かんでいた。
“もっと滅茶苦茶に突きまくって、あたしの助平プジィ激逝きさせてっ”、“ドロシーのムチムチおっぱいもっと強く吸って虐めてっ、エロ穴もでかペニスでぐちゃぐちゃに壊してっ!”、と頭がおかしくなったスベタの、仕舞いには精力剤の遣り過ぎで錯乱し、惨たらしく悶え捲った、今は縁もゆかりも無い見知らぬ他人となった知り合い達の姿が浮かんでいた。
奴等はクズだ! 勇者も、豚のように勇者に絡み付く顔見知りだった癖に、今では憎しみ以外、何の柵みも喪失しちまったクズ女供も、犬畜生以下だ! クズだっ! 心底クズだっ! 死ぬ程クズだっ! 天地神明に懸けて嘘偽りねえクズだっ!
生かしておいちゃあ世の中の為にならねえ程度の、クズパーティだった。クズだっ! 絶対に俺がこの手で引導を渡してやる!
悔し涙が滲んで、歯を食いしばった。
(……良く聴けソラン、元々召喚勇者は魔王打倒の為に創られたシステム、その“恩恵”は並みではない、何しろ魔王に対抗する為の力だからな、今のお前では100人束になっても敵わない)
「……本当なんだろうな、騙してねえよな?」
「じゃあ、お前はどうなんだ、お前ならあのクズ勇者を斃せると言うのか?」
(……肉体を持っていた頃の吾なら、苦もなく斃せたであろう)
「その話、この身も詳しく訊きたい」
いつの間にか近寄る気配も感じさせず、スザンナ・ビヨンド教官が傍らに在った。動転していたかもしれんが俺の索敵スキルを掻い潜るとは、教官も相当のもんだ……
大体、場所も言わずに可成りの距離を置いてきぼりにしたのに、良く追いついたな?
「八大魔将軍ディアボロスの強大な魔術を押し留めた複雑精緻な術式はどんな文献にも記されていない、実に独創的なものだった」
教官が指摘するのに、矢張りそうかと思った。極大魔法陣を展開しながら何故か発動しなかったのはネメシスが抑えたからだったんだ。
それより何、教官、見てたのかよ?
(ふぅ、仕方がないのお、吾が過去に憑依した者共にも滅多に正体は明かさなんだのに)
(良かろう、少し長い話になるが語って聞かせてやろう)
これまでネメシスは、過去に肉体を持った凄く強力な戦士であったことや、その前の過去世である異世界の食べ物の話なんかはしても肝心要な部分はぬらりくらりと言葉を濁し、決して語ろうとはしなかったのだ。
それはもう頑ななまでに、黙して語ろうとはしなかった。
(メイオール銀河から宇宙を渡ってきたヒュペリオン人の先祖は、約束の地たるこの星を“地面”と名付けたが……)
「待て、待て、誰が何処から渡ってきたって?」
(じゃから超古代文明を築いたヒュペリオン人の先祖は移民船団で宇宙をじゃな……)
「……うっ、宇宙ってのは何だ?」
(ふぅむ、そこからかえ、七面倒臭いのお……、よし、特別じゃ、お前達二人に賢者のスキルを授けて遣わす)
言い終わるが早いか、俺とビヨンド教官は知識の奔流に打ちのめされ、押し流され、揉み苦茶にされて、情報の大海で揺蕩い、酔ったように陶然となっていた。
それは今まで信じられていた常識が、如何に根拠の無い迷信めいたものだったかを嘲笑うように、真実を告げていた。
それは例えば何故陽が昇るのかとか、病はどんな理屈で起こるのかとか、食べ物にはどんな栄養があるのかとか、隣の国の見たこともない蒸気機関とやらはどう言う理屈で動くのかとか、色々な植物の名前とか、昆虫の名前、数学・幾何学というものの存在、物理学、化学、兎に角有りと有らゆる知恵と知識と情報が渦巻いて、頭の中が爆発しそうだった。
平たいと信じて疑わなかった大地は、宇宙と言う広大無辺な空間に浮かぶ惑星と言う丸い球体なのだと言う科学的根拠が、大前提となるべき科学的知識が、否応無く、無体な迄に俺達二人の脳裏に、決して消せないように色濃く焼き付いた。
「何だ、どうしたっ、俺達は何なんだ?」
「不可思議な力、魔術とは、スキルとは何だ?」
「何故、魔族と俺達は戦っている?」
……だとしたらと、疑問符が次々と湧き上がる!
俺と教官は、互いに蒼白な顔を見合わせた。
(まぁ、落ち着け……順を追って話してやるゆえ)
俺達がネメシスから聴かされたのは、驚天動地の俺達の世界の真実だった。
俺達ヒト族がこの星の正統な進化から発生するずっと以前、およそ200万年前に生まれ故郷を捨てざる負えなかったヒュペリオン人の先祖がこの星に降り立ち、超巨大国家、今の人類など遠く及ばぬ超高度なテクノロジー文明を築き上げたそうだ。
重力を操作する耐震構造の巨大な超高層建築は何千メートル級の構造体が林立する偉容さだったらしい。
実際に見てみないと分からないだろうと、この時代には生きていなかったネメシスだが、後の世に残された動画イメージを精神感応で共有して貰った。確かにそれは神々の世界だった。
「この空を飛んでるのは移動用の乗り物なのか、それにしちゃあ色も形も様々なようだが?」
(汎用ビークルじゃ、お前達の現状でも荷馬車と貴族が乗る馬車は違っておろう?)
(また用途以外にも、製造元や地方に拠っては色、形に差がある筈じゃ、それと同じこと)
(それより見よ、正面の巨大なビルが嘗てのこの星の魔素エネルギーの有効活用を一切取り仕切っていた、国家複合部会“魔素エネルギー機関”の本部庁舎じゃ)
(当時、施作として“魔素エネルギー安全保障”を掲げていた)
俺達の星は、どう言う確率かは知らないが、自然発生した無機質のヒュプノ体が蔓延していたらしい。これが活性化したものが所謂魔素だ。ヒュペリオン第一世代の現地開発担当スペシャリストは、初めて発見された魔素と言う物質に類い稀なる可能性を見出す。
到底信じられないエネルギーを生み出し、現実を改変してしまう効果だ。やがて魔素は地中にありては龍脈を生み出し、大気中にありては疑似生命体のスピリチュアル・エレメントを生み出していることが分かってきた。
スピリチュアル・エレメントは後の世にピクシーなどの低位の知的生命体を生み出す、そしてエルフなどの魔法に愛されている妖精系の亜人種はこの生命樹に連なっている。
だが、元々のこの星の住人ではないヒュペリオン人には魔素を受動する素養が無い。何十世代目かには、この星の大気を呼吸していればその素養も発現するかもしれないが、気の長い話だ。
ならば手っ取り早く魔素を吸収し、活用出来る人工生命体を生み出して仕舞えば良い。
そうして誕生したのが使役獣だった。
形態は様々だったが、皆一様にヒュペリオン人に絶対服従の遺伝子を組み込まれていた。
だがそんな超文明も大地が鳴動する大厄災で一夜にして海中に没する。本物の神々の怒りを買ったかどうかは定かではないが、正しく増長したヒュペリオン人と言う神々の黄昏だった。
無論生き残ったヒュペリオン人も居たが、同様にして生き残った使役獣も居た。
セルダン派以外の文明の再興を夢見たヒュペリオンの残党は、感情だけでは趨勢を覆えすことは出来ず、衰退していく運命を逍遥と受け入れた……再び隆盛を取り戻すことは叶わなかった。
そんな輩の実験の失敗が、使役獣の魔獣化を後押ししてしまう。
長い時とともに、ヒュペリオン人の支配下を逃れ野生化した使役獣はやがて絶対服従と言う遺伝子から解き放たれる。
野獣化し、弱肉強食を繰り返す内に強力な個体が進化を促進し、生まれ出たのが魔物であり、知能を得た者が魔族となった。
この星は魔族の領域と、人類の領域とに分かれてしまう。
この厄災を“神々の黄昏”と呼称して、後の世の戒めとしたのは歴史の裏側に暗躍した“大陸救済協会”だった。
生まれながらに魔力と共にある魔族は、進化の淘汰を繰り返し、徒党を組むようになり、各派閥の頭目格が覇を競うようになる。
共食いを繰り返すような争いの末、勝者は全魔族を従える支配者になる。つまり原初の魔王だ。
長い君臨の末、原初の魔王は輪廻転生の力を得る。
(吾等を生み出した吾等に取っての造物主、稀代の策謀家にして歴史の裏側に君臨した生まれながらの黒幕は、典型的な性格破綻者ではあったが、同時に実に複雑で繊細な神経症患者でもあった)
(セルダン計画の失敗から、自身は月に避難したが、変わりなければまだ月におるのだろう、奴の支配を逃れた今の吾には知る由も無いが……それ程奴は病的な迄に恐れておった)
「何をだ、何を恐れた?」
(まだ未完成だったが、奴が心血を注いだ“セルダン理論”を奪い去るとした“天秤の女神”なる存在じゃ)
大陸が瓦解する警鐘を打ち鳴らすも殆ど受け入れられなかったが、帰納推論の進化版でヒュペリオン大陸の滅亡を予言した一人の大天才が居た。
当時幾多の産学協同開発プロジェクトに関与しており、ヒュペリオン大聖国一の総合化学技術開発財団、ヘドロック・ケミカルの総帥にして主席科学者、サー・ヘドロック・セルダンと言う男だ。
複合企業ヘドロック財団でのCEOと言う立場と、政財界へのネゴシエーションを十二分に活用し、海中に没する大陸から国外へと継承すべき技術遺産を大量に移設し、崩壊の厄災前に疎開させた。
当初、技術と文明の途絶を防ごうとしたセルダンだったが、やがて魔族が台頭する。セルダンにすれば、魔族もこの星の進化から生まれた人類も、更には両陣営の確執もどうでも良かったのかもしれない。
セルダンに取って重要なのは技術の継承で、誰が繁栄しようとも関係はなかったが、両者が疲弊して共倒れ、生命活動の絶えた死の星になるのは避けたいと考えていた。
パワーバランスを操作する為の組織、“大陸救済協会”がセルダンの手により創設された。
最初の目的はどちらかが突出しないよう裁定する、と言う活動を推進する為の実施機関だった。
(このときはまだ、失われてしまったヒュペリオン文明を可及的速やかに復旧すると言う名目の初期ヘドロック・プランは完成していなかった筈だ)
(もっとも、猜疑心の塊のような男だったから、何処まで本当のことを明かしているのか、配下たる吾等にも皆目読めなかった)
誰も信用せず、遠大な計画のあらましを知る者は本人以外に存在せず、腹心の部下にも詳しいことを漏らさぬサー・セルダンの計画の実態は、本当の意味でのその意図するところ、思惑を知る者もまた唯の一人も居なかったらしい。
そしてパワーバランスを押し戻すべく、世界の秩序を取り戻す為と組織された秘密結社“大陸救済協会”は、実力行使に出た。
退化したヒュペリオン人や、元々のこの星の進化から発生した新人類が勃興してきてはいたが、魔族側の勢いは留まるところを知らず、一時期人類の敗色は濃厚だったからだ。
何代目かの魔王とセルダンの“大陸救済協会”は、秘密裏に不可侵条約を交わした。付随するものも含めた締結内容としては、魔族と救済協会は互いに敵対行動を執らない、魔族が人類を蹂躙し尽くすも最低限、滅亡しないだけの人口を残す、バーター、その代わりとして“大陸救済協会”は魔族への技術的援助をする……と言うものだった。
だが、その裏で“大陸救済協会”は、同時にエインヘリャル作戦を敢行していた。
人類の中から反骨精神に優れ、戦闘力に秀でた個体を見つけ出し、荒ぶる戦士の魂として回収し、全身義体の強化ボディにその意識を移植する。
そして戦士の浄土たるヴァルハラで各々の本能の赴くがまま、殺し合わせて、そこから生じる闘いの精神生命エネルギーを回収する。
そんな荒唐無稽なプロジェクトの為に結成された実働部隊が、“ワルキューレ・シリーズ”だった。
ヘドロック・セルダンは自ら戦争と死の神“オーディン”を詐称し、武力による先鋭部隊として戦乙女、不滅のワルキューレを次々と生み出していった。嘗ての母国軍需産業から密かに持ち出されたヒューマノイド型殲滅兵器の設計データを基に開発されたヒト型汎用戦士は、白兵戦から宙域長距離戦闘もカバーする万能タイプだった。
絶対服従の前提に、セルダンは各個体に安全装置を組み込む。
それは個々の自我が暴走した場合の、人工自律神経命令権バイパス機構……サブ・ウェアとしてインストールされているアプリケーションが補助脳を起動し、ボディのコントロール権を剥奪する。
吾々別動隊、セカンドとして組織されたグループは有機質サイボーグや人造有機生命体ホムンクルス・コレクションから開発されていたが、同じようにサブ・ウェアを組み込まれていた。
セカンドシリーズは魔素をも操った。
つまり、曲りなりにも魔術を行使する。
(最強の有機サイボーグ体として創出された生身の頃の吾の戦闘力は、セルダンに背いたが故に幽閉されてしまった嘗ての吾等が筆頭、ブリュンヒルデに比肩するものであった)
(吾は嘗て“狂える邪神”と呼ばれて、君臨しておった)
「ブリュンヒルデ……なんか、子供の頃に絵本で読んだ覚えがあるような、無いような、一体全体どのぐらい前の話なんだ?」
(セルダン・プロジェクトの設計したヒト型兵器として名実ともに最強レベルだったブリュンヒルデは、総てのワルキューレのプロトタイプとして製造され、惑星間戦闘に特化された最終兵器満載の二次元格納ボディを誇っていた)
(正しく比類なき無双……それが、ブリュンヒルデじゃ)
(計画の片鱗をサポートすべく設立された特殊部隊たる吾々ワルキューレ・シリーズの起源は古く、幾度かニュータイプボディへの換装を繰り返しているが、およそ100万年前にその初期装備はスタートしておる)
最終的に換装された、ブリュンヒルデの4台目のボディは科学テクノロジーと魔素エネルギー操作の融合を目指した複合型ハイブリットタイプだったが、偽造物主オーディンことサー・ヘドロック・セルダンのエインヘリャル作戦に反旗を翻したブリュンヒルデはサブ・ウェアの励起により、意志をバイパスされ、仲間に捕縛されて、幽閉されてしまう。
おそらく今も虜囚のままだろう。
「そのセルダンって奴は……今は月に居るのかは知れんが、生身の人間なんだろう、何故そんなに永生きなんだ?」
(セルダンは自らの理論を完成するためには、何でも遣ったと言うことだ……思考の探求の為に、悠久の時を生き永らえねばならぬ)
(厄災後の最初の千年だか、1万年だかはそんな研究ばかりしていたらしい、劣化した機能を人工臓器や筋電義手・筋電義足、に置き換えるごく初期のサイバネティック・オーガニズムに始まり、あらゆる延命科学に傾倒していった)
延命処置の他にも考えられる有りと有らゆる手段を使って、自分の細胞や意志、思考、思想、学術的成果を後の世に残そうとした。
原形質保存装置、人格の電脳チップ化、遺伝子クローニング……成功したものもあれば、正直開発を放棄したものもあった。
結局セルダンは、自分というアイデンティティにこだわった。
自分の有機的な脳に補助的なチップを埋め込んだり、臓器の代替えをしても、完全な全身義体への移植は行わなかった。オリジナルの肉体が上手く動かなくなった時期は、外部インターフェイスとして繋げた筐体を使いさえしたが、不思議なまでに肉体に固執した。
リモートのインターフェイスボディはバージョン13まで作成された筈だが、結局それも破棄された。
それは元のオリジナルの肉体にこそ、自分の思想が宿ると信じて疑わないような節が見えさえする、頑迷なものだった。
最早、宗教的ですらあった。
だがやがて“大陸救済協会”に影が差す。
エインヘリャル作戦として集めた荒ぶる戦士達の魂は、魔素の未確認な効果なのか、まだ未発達なこの星の人類の未熟で脆弱な精神が原因なのかは判明しなかったが、例外無く凶暴化していき精神エネルギーとしても武力兵器としても、使い物にならないことが判明したからだ。セルダンにはこれらを統合して、対魔族の強力な対抗因子とする構想があったようだが、あっさりこれを放棄した。
結局、エインヘリャル作戦が実行されていたのは10000年にも満たなかった筈だ。
だが、残存していたヴァルハラ内の素体をただ放逐するのも芸が無いと考えたセルダンは、ある理由から世界の混沌化を諮るに至り、他次元への干渉を“内包する芽”を、検体として保存してあった犠牲者たる戦士達の元の肉体に魂と共に植えつけて野に放った。
(これが、後の世に勇者召喚の能力を発現した血脈になった)
「待てよっ、てえことは今のシェスタ王朝はそんな薄気味悪い奴等の末裔ってことかっ!」
(如何にも)
「ふっ、巫山戯るなよっ、そんな訳も分からねえ連中の為に世の中が法外な目に遭ってるってのに、誰も何もしねえのかっ!」
(如何にも……知る者も少ない)
(しかも勇者召喚術で呼び出された初代の頃の勇者は、間違いなく魔王に対抗してきた……質が落ちたは、近代になってからのことだ)
「待って、この身の森エルフにも伝承されている、ハイエルフが隆盛を極めた古代ピクシム王国の消失は、実は月に渡ったって言い伝えもある……そのセルダンとかが関係しているのか?」
(如何にも)
(じゃが、この星の現実は、お前達が考えているよりもずっと非道い……吾の朋輩、カミーラが三つ回収し、確かセルダンが五つを月へと持ち去ったが、今すぐ滅びてもおかしく無い理由が、今もこの地上にはざっと20ほどはある)
誇大妄想狂が疑われるネメシスの語る内容は、ある精神病患者がこの世を完膚なきまでに蹂躙してしまう物語だった。
セルダン理論の骨子のひとつになった究極帰納推論法の実践的統計方法、完全アルゴリズムのモデリング化から予言された与太話は、そして血迷ったセルダンが何をしたかの悲惨な顛末は、俺達には全く寝耳に水の暗澹たる真実だった。
いや、真実と言っていいのかどうかさえ、俺とビヨンド教官には判断が付かなかった。
あまりにも有り得ないほど、悲惨な現状だったからだ。
あまりにも眉唾な話だが、セルダンの予言は“天秤の女神”という存在の出現を示唆していた。
56億7000万年後に生けとし生けるもの、過去のこの世に生きた総ての魂を裁定する“天秤の女神”が間も無く降臨すると言う。そして、宇宙の心理を紐解く“セルダン理論”、つまり生涯を掛けて異能の大天才が打ち立てた偉大なる成果、真に価値ある宇宙の真理をことごとく、全て持ち去ると言う。
セルダンは狂った……とても、許容し難い。
事実上、懊悩するセルダンの意思を反映する“大陸救済協会”は、世に混沌と恐怖を齎す組織として軌道を修正した。
セルダンにとっての理不尽に、容認出来ない結果に逆らうべく終末級理論に傾いて行ったのだ。“大陸救済協会”は神と闘う道を選んだ。
未来予測のモデリングに乱高下を生み出す不確定要素を、積極的に投入しようとしたのだ……天才の考えることは、下々には良く分からなかった。
過去の延命科学の研究成果から、幾人もの自らのクローン生命体を創り出す。その思考力、緻密な探求心、斬新な発想力をそのままに引き継いだクローン体達は、それぞれにセルダンの意図した通り、類い稀なる最悪の終末兵器を生み出していく。
科学技術の神秘はいつしか禁断の扉を開けるようにして、次々とその存在自体が害悪にしかならないオーバーテクノロジーの産物を生み出すに至る。
いずれもが世界を滅ぼす禁忌に満ち溢れた、決して触れてはいけないオー・パーツ達の降誕だ。
掛け値無しに、たったそれひとつでさえ、この星を、この世界を破壊し尽くし、完全に消滅して仕舞う、そんな過ぎたる終末兵器、オー・パーツにいつどうなるかも分からない、不安定な世界がこうして誕生する。
敢えて多重の危険な状況に晒させることに因り、帰納推論モデリング値の乱高下を創り出す……それが“天秤の女神”降臨に対応する、セルダンが選んだ方策だった。
だがここでセルダンの計算ミスが起きた。思いも掛けない事態が発生してしまう。オリジナルのセルダンが見積もったよりもクローン達の造反が早過ぎたのだ。
サー・ヘドロック・セルダンは自分のことを良く知っていた。
肥大した自我の塊で、例え自分の分身であろうとも決して自分以外の者を信用せず、“人の下に就く筈もなき”過剰な自尊心を矯正する手立ても無く、する気も無い。
最初から、自分のクローン達がやがて造反するのはシナリオの内だった。離反していくのは目に見えていた。
セルダンは自分の生み出したクローン達に、あらかじめ時限式自壊細胞を密かに組み込んでいた。クローン達は役目を終えると、自然消滅的に生命を維持出来なくなる筈だった。
の筈だったが、発現する時期を見誤った。逆にいえば、優秀なクローン達が成果を出すのが早過ぎたのかもしれない。
セルダン痛恨の失策である……そして回収する筈だったオー・パーツを隠匿して、自分達のやがて訪れる末路を知ったクローン達が自壊前に逃散する。
無論、セルダンにしてもコントロール出来ないオー・パーツは、望んだ状況ではなかった。
また、己れのコントロール下を離れて暴走するクローン体達がオリジナルの思惑を越えて、宇宙の組成にさえ影響を与えるオー・パーツを更に強化し、驚異的に性能を引き伸ばして行ったのも、明らかに計算外だった。セルダンは己れ自身の可能性を見誤ったとも言える。
限られた時間、造反したクローン体達はそれぞれがそれぞれに勝手な行動原理で活動を開始する。オリジナルのサー・セルダンが狡賢ければ、セルダンのクローンもまた狡賢いのは道理であった。
使い捨ての運命を知り、絶望したクローン体達はオリジナルの無情を恨み、最後には世界を滅亡させるオー・パーツ達を発動させようとさえした。だがこれを思い留まり、その代わり銘々に散った悲劇のクローン体達は各自のオー・パーツを秘匿して容易に他者の手が触れ得ないよう厳重に封印する。そして死んだ。
後で分かったことだが、世界の滅亡に関わる意思決定にはブロックが掛かるよう、クローン体達には精神操作の手が加えられていた。
各地に散ったオー・パーツ回収を、ヘドロック・セルダンはワルキューレ別動隊、所謂セカンド……カミーラのチームに命じた。ネメシスは元々はセカンドのチームに所属した。ワルキューレ別働隊は別名を“夜の眷属”と言い、魔性の者が多かった。
「何故、あんたは肉体を捨てて精神だけの存在になったんだ?」
(セルダンの支配を逃れるには、サブ・ウェアの呪縛が実装されている肉体を捨てるしかなかった)
(以前に少し話した筈だが、吾にはこことは違う異世界で生きた前世の記憶がある……セルダン陣営では、ついぞ誰かに告白したことは無かったがな)
(知られたが最後、研究開発チームに解剖に生体実験と、骨の髄までしゃぶられていたであろう)
(アストラル体への変異は、この技術を開発したヴィタリアス・オズボーンと取引きをした結果じゃ、吾にとっては僥倖であった)
(長きセルダンへの追従から逃れる為には、肉体と無双を誇った戦闘能力を失うも、目を潰れる範囲じゃった)
ヴィタリアス・オズボーンは自らを精神体として生き残る道を見出したセルダン・クローンの一人だった。自壊する肉体を捨てて、意思と精神体とを分離し、生存し続ける技術を追求し、そして成功する。
今はずっと以前にビヨンド教官が所属していたエナメリア商業共和国の地下深く、巨大な龍脈と同化して虎視淡々とオリジナルのセルダンへの巻き返しを謀って雌伏しているらしい。
(因みに小娘、お前の居たエナメリアが産する魔鉱石は、ヴィタリアスが憑依した龍脈の副産物じゃ、あの地方が栄えるようになったのは生き延びたクローンの余禄とも言える)
(それが進化と呼べるかどうかはいざ知らず、龍脈に同化してしまったヴィタリアスは、容易に移動が叶わなくなっておった……吾のように自由に流離うことが出来ぬのじゃ)
ワルキューレ・セカンドのリーダー、カミーラの命で単身、クローン達の行方を追い、その死亡を確認すると共に持ち去られたオー・パーツ回収の任に就いていた“狂える邪神”ネメシスは、運良くヴィタリアス・オズボーンと言う逸材に辿り着く。
精神体となり生き延びていたオズボーンは、セルダンとの前哨戦として追っ手であり、ワルキューレ中でも実力ナンバー2と謳われたネメシスを血祭りに上げるべく、素破決戦を覚悟した。
だがネメシスの方から取引きを持ち掛けられた。クローン体が存命なのを報告しない代わりに、ネメシスをアストラル体として有機サイボーグ体のボディから引き離せと言うものだ。
オズボーンは幾つかの条件を提示する。将来においてネメシスが自らの脅威になることを見越してのものだった。
最たるものは分離した精神体を二つに分割して、別々に存在し続けろと言うものだった……当然、能力も2分の1になるのだが、ネメシスはこれを受け入れた。
肉体を捨てて失った能力も多かったが、セルダンの支配下を離れることが出来た。それがクローン・セルダンのひとり、ヴィタリアス・オズボーンの為せる技だった。
セルダンの手足として生きることに何の疑問も持たぬ傀儡なれば、自分の境遇に不満は無かったであろうが、“狂える邪神”ネメシスには幸か不幸か異世界で生きた前世での記憶がある。このままセルダンの道具として朽ちるは、ネメシスの望むところではなかった。
「あんたにゃあ、もうひとりのあんたが居て、この世を彷徨ってるってことか?」
(さよう、吾等は決して出会わぬよう、互いに因果律の方程式が書き込まれておる……しいてい言うなら、呪い、のようなものかの?)
(流石に100万年近く彷徨っておるとの、望郷の念も薄らぐような気がする……もう一人の吾も同じような想いであろう)
(何故、吾がセルダンの支配下から逃れたかったかと言えば、ただただ懐かしい、生まれ育った元の世界に還ってみたい……その一念からじゃったが、こうも長く流離ってしまっては元の世界も存続しているかさえ怪しい)
「元いた世界ってのは、そんなに恋い焦がれるほど戻ってみてえところなのか?」
(当たり前であろうっ、吾を慈しんだ母親と父親がおり、帰り着くべき暖かい家庭が有った……ここには無いものじゃ)
「この身には分かるような気がする……この身もまた、ゆえあって故郷を捨てざるを得なかった身なれば」
ビヨンド教官は、ネメシスの来し方に同情でもしたのか沈痛な面持ちだった……こいつって、思った以上に真っ直ぐだなって俺の目には映っていた。
だがそうか、いつ死んでもおかしくねえんだな……些か現実味にやぁ欠けるけど、俺達人類も魔族も、獣も、妖精も、何も彼も、毎日薄氷を踏んで暮らしてる訳だ。
どうすりゃあ枕を高くして寝れるのか思い倦ねるし(元々俺は寝ないんだけどな)、気にしねえ訳にもいかねえが、今んとこ全くって言っていいほど皆目見当もつかねえ。
「ところでよ、何で“復讐の女神”なんだ?」
(……よくぞ訊いた、長く浮遊霊としてフワフワしておるとの、肉体を持つ人間の感情がな、その喜怒哀楽が無性に恋しくなるのじゃ)
あぁ、そう言えばこいつって異常に食べ物の味とか、肉体の感覚に飢えてるようなところがあるよな。
(誰かに取り憑くと言った行為を繰り返す内に吾は気が付いた、復讐心に身を焦がしている者の感情が最も極まっていると……それこそが吾の陶酔に値する!)
(以来、吾は復讐者に手を貸すようになったのじゃ)
やっぱりこいつ、碌でもねえな!
結局、それも計画の一環なのかそれとも予期せぬ結果なのか、ネメシス達にも良くは分からないまま、ワルキューレの多くは地上へと残された。事態の収拾に苦慮したセルダンは、現世をこれ程迄に滅茶苦茶にした、そして有り得ない程の悲惨な現状を生んだ当の本人の筈なのに、無責任にも月へと逃げた。
だが、それは万が一の誤動作、何らかの事故によるオー・パーツの暴発を恐れてのものではなく、偏に“天秤の女神”の出現を恐れたのものだった。最早、不思議なほどの強迫観念に囚われているように、周囲には見えていた。
そして全能にして世界の覇者たるフィクサーたらんとした稀代の大天才は、今も月に在る。
“大陸救済協会”の殆どが月へと拠点を移したが、実働部隊のワルキューレは“天秤の女神”の策動を阻止する為に、申し訳程度のバックアップと共に下界へと残された。
事態はまだ想定の範囲内として、宇宙を支配し神にも至ることが可能な、自身の“セルダン理論”の完成に傾倒していく当人は、再びこの地を捨て、遥かなる新天地を求める“第二次エクソダス計画”を月面にて軌道に乗せる。
これだけの犠牲を払った成果を“天秤の女神”に渡さぬよう、この星系を脱出するプランを進めていた。
それ程までして恐れた“天秤の女神”とはそもそも何者なのか?
セルダンが最も危ぶんだのが、正統派ニンリルの血筋から誕生するかもしれない“究極のニンリル”だった。
「そのニンリルってのは何だ?」
(宇宙の航行には航法士以上に重要なポジションがある、火器管制システムの総ての最終決定権を司どるコマンド・オフィサーと言う稀有なる存在だ)
(代々、このコマンド・オフィサーを輩出してきた女家長制の世襲家系がニンリルの一族じゃ……それはとても貴重で特殊な血筋としてヒュペリオン文明でも畏怖されておった)
(代々、メイオール銀河での女神信仰にも起因しておる)
(吾等ワルキューレ以前の“大陸救済協会”もニンリルの血族との長い確執があり、暗闘があったようじゃが、全てはセルダン側近の中枢が厳重に情報を秘匿していた、曰くガスコーニュ伯国の断罪女王と呼ばれたウィルヘルミナ女帝、“リパビアンカの魔女”として畏れられたマンテウッチァ・デ・フランチェスカ、近くでは3000年前の支那王朝、紂王帝辛の妃で悪女と誹られた妲己に始まり、今は名も残らぬ聖女や女賢者と枚挙に遑がない)
俺は歴史にも疎いから全く知らねえ人達だったが、賢者のスキルのお陰だろう……それがどう言う女達かの知識はあった。
(滅亡前には、確か当時の当代正統が国防長官の要職にあった筈じゃ、確か在位40周年記念の式典で“ニンリルの翼”号の観閲飛行があった、その時の記録動画が……おぉ、あった、これじゃ)
ネメシスのイメージ共有で見せられたそれは、信じられないぐらい巨大で豪壮な、空に浮かぶ船? 要塞?
それは最初、あまりにも大き過ぎて、全体を見渡すアングルまで引いていくのに暫く掛かったほどだ。
それは城よりもでかく、都のように広大で、天高く壮麗に聳える建物を幾つも幾つも載せた……兎に角巨大な何かだった。
(見事なものであろう、メイオール銀河から渡ってきた移民船団の護衛艦として母星系で建造されておる、今は失われた技術で外装甲はプラチナの同位元素で出来ておる)
(セルダンもの……必死で手に入れようとしたものよ、もし幾多のオー・パーツに対抗出来る力があるとすれば、この“ニンリルの翼”号を措いて他にない)
俺もビヨンド教官も、度肝を抜かれて開いた口が塞がってない。
「……何故、占拠しなかった?」
(この超弩級要塞戦艦にはの、知性があるんじゃ、ニンリルの血筋と……コマンド・オフィサーと船が認めなければ船を操縦することも叶わない、これはそうしたものだ)
「今は、今は何処にあるの?」
そうだ、教官のいう通りだ。
これだけの強力なものが、おいそれと破壊される訳がない。
だが200万年か………
(ヒュペリオン大陸と共に没した、今も何処に在るのか杳として知れない、おそらく海溝の一番深い部分に眠っているのではないかと、吾等カミーラの捜索隊は結論付けた)
(セルダンは“ニンリルの翼”号の行方を捜して、別動隊たるセカンドに捜索を命じていた時期がある、おそらくスリープ状態でも何等かの未知のステルス機能が働いているの………)
ネメシスの言葉は俺に届かなくなっていた。
丁度その要塞戦艦の巨大な船首像ともいうべき、舳先の部分に鎮座し、空に浮かぶ要塞都市を守るように背に負った神像の顔に、釘付けになっていたからだ。
「似ている……」
いや、でも、確かにあの時のドロシーは自分で自分のプジィとケツ穴を弄りながら、勇者のものを頬張っていた。
こんな神々しいものとは似ても似つかない筈だったが………
3章に入ってから、連載投稿で頑張って早書きしてみましたが、どうもクオリティが落ちているように思えます
矢張り何でもありのゴッタ煮感で遣ってきたので、ストーリーのシンプル性を際立たせる減算手法は自分には合いません
これでもかと言う程、要素を詰め込むのに少しお時間を頂きたいと思います
折角、ネメシスと言う全容を知るキャラクターを登場させたので、狂言回しの要領で、物語感と言うか、背景を語らせてみました
諄くて、ご退屈様でしたら相済みません……書いてる方はノリノリで楽しんで書いてるんですけどね
ポールアックス=戦斧として先端には鋭い刺突用スパイクの穂先、そして斧刃もしくはハンマー、その反対側には鈎爪という西洋では典型的な形状を持つ武器/ハールバートの一種でもあり、円形状の鍔は護拳としての役割を果たしたが、ポール・アックスは非常に重い武器であり両手で持って敵と戦った
しかしその重さだけに騎士の鎧を打ち砕くだけの効果を発揮したので10世紀以降の中世ヨーロッパにおいてはメイスなどの打撃武器と共に兵士には剣より好まれた武器でもあった
大鎌=ウォーサイス、所謂戦鎌は通常その上端の1ヶ所あるいは中央と上端の2ヶ所に設けられた短いハンドル、長柄の下端に柄からL字に突き出すように設置された長さ60-90cm程度のカーブした刃から構成される/長柄と直角に取り付けられていた刃を長柄を延長する方向に取り付けたものもあり、ハールバード〈鉾槍〉と同じ様に使用された/18から19世紀におけるポーランドの農民兵によって広く用いられ、16世紀の武術・武器マニアであったパウルス・ヘクトル・マイアーが著した兵法書「Arte De Athletica」には大鎌を使った戦闘例が載っている
大鎌は神話的存在〈例えばクロノス、ヨハネの黙示録の四騎士、死神など〉の持つ武器としてしばしば登場するが、これは主にキリスト教の神話的解釈における「魂の収穫者としての死」に由来するもので、同様の理由からヒンドゥー教の死の女神であるカーリーも大鎌を用いるとされた
バックラー=相手に突きつけるように構える小型の盾で、中型の盾とは異なった技術を要する/13世紀に書かれた西洋剣術の最も古いテキスト「ワルプルギスの剣術書」はバックラーとブロードソードの扱いを述べている
メッサー=ファルシオンやマチェットに似るが、ナイフのような柄の構造を持つ片刃の刀/メッサーの特徴は柄の構造で、その構造はかなり顕著なスラブを介した柄にブレードの取り付けたタング2枚の木製の間に挟まれたグリップの場所に釘付けにされたプレートがあり、メッサーにはストレートクロスガードとネーゲルがついていることがある
クィヨンダガー=近世ヨーロッパの剣術の中には利き手にレイピア等の軽量剣を、もう片方にダガーを持ち、ダガーで相手の剣を受け止めたり払ったりしながら利き手の剣を繰り出す用法も存在した/この種の剣術はスペインとフランスで特に発展し、このような使用法を念頭に作られた防御用ダガーは特にマンゴーシュ、パリーイング・ダガーなどと呼ばれ、また相手の剣を挟み取ったり破壊することに特化したソードブレイカーもこういった防具としてのダガーから発展したものである
痛悔秘蹟=幾つかの教派において罪の赦しを得るのに必要な儀礼や、告白といった行為を“告解”と言うが、教派ごとに概念や用語が異なっている/カトリック教会および正教会では教義上サクラメントと捉えられているが、聖公会では聖奠的諸式とされる
カトリック教会では大罪を犯した場合には赦される為にはこの秘跡が不可欠として、また年に一度は必ず行うべきものとされている/正教会では機密名としては痛悔機密と呼ばれ、痛悔機密は罪によって正教徒が教会生活から離れた時の教会における神との和解の正式な儀礼として位置づけられる
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
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