44.月面奇譚:月は、逢魔ヶ時に死神に遭う
フリズスキャルブ2で魔族サイドを精査してみたところ、どうも“大陸救済協会”とやらが魔族を援助していたのではないかとされる痕跡があると、ナンシーから報告があった。
サー・ヘドロック・セルダンと言う男、何を考えているのか、何が目的なのか増々分からなくなった。
(オッパイ揉み々々……、オッパイ揉み々々……)
大切な出撃前の緊張を解きほぐそうと、心が落ち着く呪文を唱えていました。
ビッタアアアアアアアァァァ――――ンッ!
音も無く忍び寄られたドロシー様が私の後頭部を容赦無く平手打ちするのに、静謐な礼拝堂中に響いて、厳かな神域に突如叩かれた音が見事なまでに木魂しました。
「マッ、マルセル、きっ、貴様と言う奴は敬虔な祈りの場で何を呟いているのかなああああっ!」
どうやら気が付かないうちに、オッパイ揉み々々を口にしていたようです。
あぁ、皇国の一戦ここにあり……マルセルは、必ずやドロシー様のオッパイを守って散るであります!
「ドロシー様のオッパイは、私が守り抜きます!!!!」
途端、蠅タタキのような手の平が今度は頭の真上から振り下ろされます。
あぁ、このジンジンする痛み……マルセルは幸せ者です。
意味分からなくてキモいよ、と言われてしまいました……早速、ドロシー様語録に入れるようメモしました。
ゴミを見るような、蔑む目線がゾクゾクします。
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加速脳をフル稼働したが、確認した転移門の技術を転移魔術に応用するのに3日を要した。
更に実用レベルに耐え得るか、ステラ姉と検証するのに一週間程掛かった。
ステラ姉は今は廃れた神代魔法の総伝を許されているので、神祖ともいうべき白髭ワイズ・ワースを除けば、この技術に一番詳しい。
完成した汎用壱型転移魔術は、全宇宙の任意の焦点に転移門を繋げられる。
座標を特定すれば見たことも聞いたことも無い場所まで、銀河を渡る亜空間航法宇宙船のワープ技術をも遥かに凌駕して、例え何千億光年離れていようとも、一瞬で移動が可能だ。
エルフ達のムーンベースを調査するのに、月面基地内部にナノ単位のごく小さい転移門を開けて、最近開発に成功した気配も何も残さない究極の探査プローブを少しづつ這わせて行った。
吃驚したのは、すでに何世代も前に大陸救済協会一派がスティグマ対策をしていたことだ。
エリスの持つ聖痕は王族の証し……私達が使うボイスのような強制力は無いが、長年遺伝子に刷込まれた忍従の慣習から、エルフ種族であれば王族の言葉には逆らえない筈だった。
筈だったが、月に棲むエルフ達は精神外科手術を施され、ロボトミー患者のように活力が無い。王族への尊敬と恭順の感情を抑制するため、全住民が7歳の中間反抗期と同時に、まるで割礼の儀式のようにして前頭前野にチップを埋め込まれる。
斯くして栄光あるエルフ種族は、亡国を逃れたその先の、歪んだ牢獄のような月面世界でディストピアを生きていた。
王家は今も現存していたが為政者の象徴のような存在で、実際の社会運営はNancy9000が行っている。
現存する王族には、エリスの遠い親戚も居るようだが、同じようにどうにも覇気が無く、エリスに親族の名乗りを挙げさせて良いものかどうか、迷うところだ。
セルダンが目論んだ“第二次エクソダス計画”は、そんな訳で遅々として進まず、密かに築き上げた月面の造船所には完成の見通しが付いていない星間移民船が鎮座したままだった。
だが“天秤の女神”に対し異様なまでの敵対感情が有るオリジナルのセルダンは、最初から見捨てる心算だった己れのクローン体達が産み落とした驚異のオー・パーツ……それこそひとつひとつが世界を滅ぼす威力の、この世に在りてはただ暴虐の害悪しか齎さない罰当たりな器物、“真・神器”を五つも回収に成功していた。
……“賢者の臓腑”、ギゲルを皮切りに、いままで我等が破壊したオー・パーツは、ジークフリートに託されていた“太陽の転移門”で都合6個になる。
つまり残り26個の内の5個は月にある訳だが、あろうことか仮想敵である我等とことを構える算段のセルダンは、5個全ての照準を母星である地表に向けていた……発動すれば、確実に衛星である月にも被害が及ぶのに、何を血迷っているのだろうか?
事前に、月にはワルキューレ・シリーズを同道しなかったとか、オー・パーツを5個も入手しているとか、スティグマには特権を発令する能力があるとか、色々と有力な情報を呉れた亜神となった妖精王オベロン……異世界の前世ではロビン・グッドフェロウと言う名だった男とは友好的に分かれた。
グルントワッサー大樹海林に棲む居残り組のエルフ達、また妖精の国の繫栄に援助を申し出てある。
あの夜に演奏したメンデルスゾーンにも、福音の加護を彼の地に降らせる力があった筈だ。
身を持ち崩した女達が悲しくて、耐え難いほど切なくて、荒んだ悲しみを紛わせる為に始めたアルト・サックスでは、ただ吹くことだけで事足りていた。主張することも無く、頑なに外へと踏み出そうとはしなかった。ディーバ、ハバネラ・バーンスタインとの対決で初めて人前で演奏することに熱中した。だが音楽は純粋に音楽であるべきだと思った。
音に魔力を籠めることを拒んだ。
好きだったファントム・カルテットが、楽曲と自分達の技術、芸術への追及に総てを捧げていた姿に共感していた、という理由もある。
だが、皆んなで一緒に演奏するようになって、ほんの少し考えが変わった。
贖罪の旅路に幾何かの福音を献ずるのは、衆生へではなく、また己れの為でもない。罪を悔いて、人の世の幸せを願う祈りだからだ。
南ユグドラシルの麓で墓守をする妖精王オベロンに我々、娯楽普及委員会の運営する移動式遊園地、神出鬼没のトラベリング・カーニバル“五月祭”に招くことを約した。
前世で長らくプロボウラーを職業にしていたと、オベロン当人が思い出したからだ。
総合プレジャー・ランドにはボウリング場も娯楽施設として併設している。
こちらの世界には、九柱戯と言った屋外遊戯は有るが、ボウリングのレーンは未だ影も形も無い。
エリスは、嘗てのピクシム王国第何十台目かのバレンタイン王朝、第二王女レイナ・オルガナ・バレンタインの末裔だと言う。その瞳に聖痕を宿している。
息絶える寸前のジークフリートが思い描いた彼の王女は、正しくエリスに生き写しだった。
エリスがお姫様の子孫か……言われてみればクラン県ボンレフ村には似つかわしくない絶世の美女だった。一緒に育ったのに、何か不思議な感じがする。
しかし出自がどうあれ、私達が揃いも揃って無垢で純粋なソランを裏切り、不仕鱈な逝き顔でまるで気狂いのように腰を振り続ける、アブノーマルな背徳セックスに明け暮れたのは消せない事実だ。
私とエリス、ステラ姉がどうしようもない色情狂の雌豚で、男も女も関係なく交わったセックス依存症で、人間を捨てた筆舌に尽くし難い変態欲情魔だった頃……例えどんなに真っ当に更生しようとも忘れられない、無くならないドロドロの過去に、何本もの男根を呑み込んだまま乳首と言わず互いの身体の穴と言う穴を散々弄くり回したり舐めて嬲り合った仲だと言うのに、凡庸なる人の眼というのは如何に節穴なのか、つい先達てまではエリスの瞳の奥の秘密に全然気付けずにいた。
開発され調教された膣逝きに白目を剥いて絶叫する、青息吐息になりながら口から泡を吹いて失神するように眠る毎日は、何も見えていなかったとしても無理からぬ話だった。昇り詰める快感にだけ没頭していた日々だった。
色に狂い、自ら望んで性奴隷に堕ち、色欲煩悩地獄に溺れた5年の歳月があり、互いの疼きを慰撫し合いながら逃げ惑った一年半の月日がある。洗脳が解けても、自らは外せなく、消せなくなった恥部へのピアスや彫り物が、幾ら拒んでも淫乱な昂りを求めてしまう……そう言う呪いが掛かっていた。
呑み合った唾液や愛液は最早互いの身体に溶け込み混じり合う程だったとしても、お互いに見ていたのは合わせ鏡に映る、無限に続くかと思われる自身の肉の快楽だけだった。
情けないことに見詰め合って口を吸い合っても、愛し合い抱き合ったのは互いの肉体と垂れ流す体液、貪り尽くす快感や逝き狂う絶頂オルガスムスの為で、痴悦に狂った眼には何も映してはいなかったと言う訳だ。
回想するまでもなく、今でも鮮明に覚えているインモラルな乱交輪姦に、一晩に交わる相手は数知れず、おそらくどんな場末の娼婦よりも荒淫を楽しんだ……そう、楽しんだ……
調教プレイのお仕置きセックスが堪らなく大好きで、クラクラする官能の中でザーメンの坩堝に溺れ、授かった児を堕胎したのも一回や二回じゃない……師匠に癒して頂くまでは二度と子供を孕めないまでに女の身体を傷めて省みなかった。
女としても、人としても……終わっていた。
アルコックと言う幼馴染と過ごした二十年の思い出を、心より身体の快楽を選んでしまったが為に無下にしてしまったリンダ・ドルリーレーンのことを思い出す。報いとして幼馴染の殺意に曝され、例え生まれ変わっても二度と巡り合いたくないとまで激しく拒絶されて仕舞った彼女……きっと彼女の仕打ちより、ソランにしてしまった私達の仕打ちの方が罪深い。
どう考えても、ソランがアルコックと言う男より慈悲深いとは……どうしても思えない。
例えどんなに見栄えが好くなろうとも、どんなに高く尊い志しを持とうとも、ゴミはゴミのままだと思う。許されたくて、ゴミは旅を続けている訳じゃない。
疾っくの疾うに失ってしまった真っ当な尊厳や倫理観、きれいで純粋な何かは、もう取り返しのつかないところまで遠のいていた。
それはエリスとステラ姉も一緒だ、私と一緒に村を出た時点から堕落への道は始まっていた……だからという訳じゃないが、エリスにエルフの王族の血が引き継がれていると聴いて、少し誇らしかった。
私達の正体が、顔向け出来ない緩股ビッチの恥知らずな肉便器女だったとしても……
妙にテンパってあらぬことを口走る不真面目なマルセルに渾々と説教をかました要塞母艦“ニンリルの翼”にある自宅中庭の礼拝堂で、夜明けの祈りを捧げていた。
例え淫らな過去があったとしても、過去は過去、風紀をどうこう言う訳ではないが、今の私達は“清く、正しく、美しく”をモットーにしている。これは曲げられない。
高度15000メートルに滞空する“ニンリルの翼”号は、夜明け前の月を捉えると、視認し続けるポジションを維持するのに暫く滑空した。超高解像度の天体望遠モニターが偽装された月面基地を捕捉していた。祈りの前に、ナンシーが祭壇前に拡大されたホログラム映像を映し出すのを、じっと見守り続けた。
「日々祈りを捧げ、女神様に生きることを許されている……師匠に賜ったこの額の恩寵に導かれ、照らされ、指し示される贖罪の道を歩んでいる、故にこの眉間緋毫により罪深いあたし等は今も生かされている」
「善行を積めば罪が軽くなるとは考えてはいない、しかれど……日陰者の身である我等に慈悲を掛けてくださる女神様の恩に報いなければ、女が廃る」
「争いは女神様の御心に背くものと良く承知もしている、だが敢えて戦勝祈願を祈った、この一戦、勝たねばならぬ」
「セルダンを討つっ」
先行して潜入工作を買って出たエリスを除く6名が、目で応えた。
礼拝堂を出ると自宅を守るシルキー達が、夜明けの中庭に一列に並んで勢揃いしていた。
「「「「「ご武運を……」」」」」
「うん、留守を頼む……月で会おう」
何故かマルセルが無言で彼女達にサムズアップサインを、腰に手を当てる勢いで突き出すと、皆が皆親指を立てて応えてきた。
目は輝き、ニカっと音がするような笑顔だ。
エンガチョ菌は感染するんだろうか? 頭が痛い。
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整備区画から出撃用アラート・ハンガーに移動した汎用型星間爆撃戦闘機USG:ユニバーサル・スターシップ・ガンナーは、すでにアフターバーナー全開で離陸待機中だ。
幾つかのキューブ体を複雑に組み合わせた独特の形状だが、ワープ航法は銀河を渡って惑星系を単騎で制圧できるし、亜空間戦闘もこなす優れ物だ。
おまけに物理慣性から完全に解き放たれる推進機構は物凄くアクロバティックな動きをする。
駆体には竜とケルベロスと盾と乙女のコート・オブ・アームズをペイントしてあり、私の専用機にはヴァイオリンを弾く死神のノーズアートが描かれている。
ステラ機はピンナップガールみたいな露出の多いセクシーコスチュームの女魔道士が、ブリュンヒルデの機体には何かボンテージ・ファッションみたいなスケイル・アーマーを着たワルキューレが描かれていた。
それぞれ思い思いのキャラクターで意匠を凝らしていたが、因みに馬鹿マルセルのは乳首を星のニップレスで隠して尻を振るオールヌードの女性だ。ウインクして投げキッスしてるポーズなのだが、どうせエリス辺りにでも碌でもないことを吹き込まれたのだろう、ご丁寧にハートを散らした“smack”の擬音まで描き込まれている……あぁ、恥ずかしい。
特別な一戦と言うことで、柄にもなく搭乗前に訓示を垂れた。
「今日という日は特別な日になるだろう、我々にとっても、月面のハイエルフ一族にとっても、おそらくはサー・ヘドロック・セルダンにとってもだ」
「闘いを好む訳ではない、何物にも負けないという仮初の名誉や称号が欲しい訳でもない、ただ我等が命を懸けることに拠って何かが好転するのなら、我等のなけなしの命にも意味があったと思いたい」
「死にはしないし、燃え尽きもしない、ただ常在戦場、一戦一戦を無駄にしないで欲しい、無駄な命など無いし、それらを無情にも足掛かりに先へと進む我等は修羅に生きている……驕るまいぞ」
「あたしから言えることはこれだけだ……生きて帰る!」
搭乗開始と共に状況開始の号令を出す。
「これより状況を開始する、全員コントロール・キューブ、アクセプト!」
常識外の超高速戦闘を可能にする機体の主操縦装置は、意識をダイレクトに通わせる思念インターフェイス……従って、複雑なコックピットにジョイスティックやスロットルレバーの補助装置はあっても操縦桿は無い。
火器管制も攻撃も、総ては意思で行う。
短いランディングスロープを降りて出撃ピットに機体を並べ終わると、発着艦の四重外甲ゲートが開き、航空管制システムがグリーンシグナルを出す。
このまま月面に侵攻すればおそらく砲撃戦になる。向こうの地対空防御システムは評価済みだが、流石に無血開城という訳にはいかないだろう。
星間爆撃戦闘機“スピットファイア”は、その仕様の限界点近く、嘗てない迄に防御力を上げていた。
後は作戦通りエリスが巧く遣ってくれることを信じてはいるが、いよいよとなれば奥の手を出さざるを得ないだろう。
「出撃するっ!」
発艦とほぼ同時に、月への短距離亜空間ジャンプを掛ける。ワープ航法は大きな質量がある側では使えない。
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エルフと言う種族と真面に接触したことが無かったので、王族の聖痕を持つと言われて潜入工作を買って出た。
ギルドなどで擦れ違う冒険者達の中にはエルフも居たようだが、遠目に見たばかりで言葉を交わすことも、興味の外だったので思念を読んでみることも無かった。
だけどセルダンの口車に乗って、故郷を捨て、大挙して月へと疎開したハイエルフ達のその後に俄然興味が湧いてきた……と言えば不謹慎かもしれないけれど、有体に言って今迄が同族に対して無関心過ぎたのかもしれない。
気配を断ち、ドロシーが一瞬開けてくれた転移門を通って忍び込んだのは住居地区の最下層の更にその下、深く掘り進められた鉱物採掘工場の一区画だった。
潜入工作用の電子機器監視システムを掻い潜る装置はあらかじめナンシーに持たされていたけれど、それとは別に苦手意識を克服するのにかなり特訓した。以前、ヤクシャス・シティでブリュンヒルデを探していたときに、入手した宝珠の損傷した多重集積回路を不用意に繋げてしまった失敗があり、悔いていた。
ナンシーに頼み込んで、機械工学の作動原理、幾多のプログラミング言語、テクノロジー理論をいちから習得し直した。
手加減無しのカリキュラムとレクチャーは、目の玉が飛び出るぐらいの厳しさだったが、それなりの成果はあったと自負している。
今では魔術で強制コマンドを端末から流し込んで、感圧システムだろうが、音感センサーだろうが中枢システムを騙すことも可能だ。平均的なエルフ程度の実力なら私のウィスパーモードを見破ることはできない。
ほぼ全員が魔術を行使するとは言え、妖精の加護を失ったとあれば神代魔術の使い手は皆無と言っていいだろう。ましてやこちらは、あれ程厳重な法王聖庁をさえ籠絡して見せた実績がある。
内部撹乱が目的の潜入工作だが、武力制圧のタイミングに合わせて五つのオー・パーツを無力化し、転移門システムで別の臨時焦点を設定したセルダンが逃亡を図るのを阻止し、更にNancy9000に組み込まれた命令権剥奪の機構を除去するのが、エリスに与えられた必須任務だ。
Nancy9000が正常に戻れば、その設計思想と性質から当然ナンシーの統轄下に置かれる。月面を運営する管制システムのほぼ100パーセントを掌握できる……つまり労せずしてムーンベースを制圧できる。
問題は仕掛けるタイミングだ。こちらが火蓋を切るよりも早過ぎれば、セルダン・チームが復旧に乗り出す可能性がある。
時限発生式の魔術を仕込む。遣り方も必要な手順も十二分にシュミレーションしてきた。
後は住民の中でも現体制に不満を持つ非合法の反政府組織があるのだけれど、協力を得られれば開戦時のサボタージュを煽動出来るかもしれない。
だけど、まずは遅効式の催眠魔法……戦闘忌避の暗示を不特定多数に仕込む方が優先事項だ。
居住区画の30から40階層に掛けて種付け場というか、“パライソ・ルーム”と呼ばれる場所がある。一箇所ではなくエリア別に何箇所かあるようだ。
元々個体数の少ない長命種族は、ピクシム王国から亡命してきた当初、20万程だった。それが今では170万人が拡張された月面基地で暮らしている。拡充開発も半端じゃ無かったようだ。
労働人口を確保する為の産めよ増やせよ政策という訳だが、エルフと言うのは元々が生殖行為に熱心ではない。
王家や魔導の大家、神官職や世襲貴族、芸術家の家系の一部が血統を尊び、家系を残すのに努力するが、そうではない一般のエルフは家庭という概念が薄い。何千年も生きる彼等、彼女等は、結婚しても一人の伴侶では何百年かで飽きてしまうからだ。大体がコミューンでフリーセックス、産まれた子供は部族で育てる。しかし性欲自体が薄い種族ではなかなか子供も授からない。
そこでセルダンが何をしたかというと、例の前頭葉に埋め込まれたチップだ。チップの機能にテストステロンと言う性欲が増大するホルモンの分泌を促す波動をプラスした……“パライソ・ルーム”とは、美男美女しか居ないエルフ達がグループ・セックスを楽しむ場所だ。
地下工場施設を用心深く上へと登っていく。一番大きなプラントはやはり水のようだ。巨大な移民船で虚空を旅してきた原初ヒュペリオン文明の技術はこれを解決している。原子構造を改変して水と言う物質を造り出すのだ。
酸素はそこから取り出せる。
その上層階は広大な水耕栽培プラントになっている。病害虫の被害を防ぐ為に幾つもの区画に仕切られた無菌フロアが連なり、膨大な果樹や野菜、根菜、菌糸体、藻類、麦に似た穀物などが自動システムにより育てられていた。
生活居住空間は一定間隔で設けられた大型の生活備品供給施設の他は、何処までも似たようなドアが続くフロアが何層にも渡り続いていて、表札の代わりに付いている6桁の数字らしきものが凝った飾り文字で、指紋認証式の自動開閉のドアが高級木材に似せて造られていなければ、まるで巨大な監獄のようだった。
今は日中時間として人々は奉仕労働に出かけているようだ。
“パライソ・ルーム”第三天“六道シェハキム”は、観覧席の無い大きな闘技場のような場所だった。客席が無いのは、他人のセックスを見ているだけじゃなく参加しなさいと言う訳だろう。
天井が高く、縺れる交合の熱気と艶かしい嬌声で満ちている。
他の七つの天国も似たような構造なのは確認されているが、床は分厚い低反発素材、片隅にはバリアフリーの浴槽やシャワー施設、変態趣味を煽る為の丸見えの集合トイレ、水分補給や軽食を供するコーナーや、拷問器具と見紛うばかりのセックス遊具が沢山並んだコーナーなどがある。
着衣は揮発型顔認証のロッカーに預けるようだ。
肌色が蠢く異様な空間だった。当直外の発情した何百人の男女が全裸で無作為に交わり複数輪姦に絡み合うのは、異常なインモラル・セックスの興奮を昂める為の方法だろうが、側から見ていてあまり気持ちの良いものではない。
強力な空気清浄システムがあるようだが、子作りの為のセックスだろうから避妊はしていないのだろうけど、眩暈がするような生臭さが籠もっていた。濃密な行為臭は余程の匂いフェチか、それとも集団乱交に麻痺しているのか、いずれにしても良識ある常人には耐え難く思えた。
エルフと言うのは押し並べてスレンダーな肢体をしているものだと思っていたが、月のエルフの場合、女は蠱惑的な迄にグラマラスで、男は種馬の如く筋肉質だった。本来の特徴の長耳も心無しか短いように思う。月面の引力が関係するのか、それとも10万年近くに渡りさもしく淫らに繰り返されてきた淫行の影響なのか、助平なホルモン分泌がそうさせるのか、少なくとも遺伝子操作をしたという報告は上がっていない。
密閉された環境での鎖国、独裁者による歪められた倫理観、それでも彼等は幸せなのだろうか、彼等の解放が正義と疑ってはいない……だがそれでも尚、快楽に埋没する彼等から、それを取り上げるのに何故か何某かの躊躇いがあった。
目の前のこれは、価値観が麻痺しているエルフ達にとっては日常の光景なのだろうが……所謂、壮大なヤリ部屋だった。
気付かれないよう慎重に、遅効性催眠魔法を付与していく。特に頭に埋め込まれたチップは、常時Nancy9000がバイタルをモニタリングしている。
だが、これを欺く方法も見つけてある。
強烈な臭気のせいか、どう足掻いても克服出来ない忌まわしい記憶がフラッシュバックする。
躊躇いの種火だ……危うい熾火だ……例えどんなに篤信の信徒を装っていても、過去に犯した背信は無くならない、消せはしないと言う想いが私、エリスにはある。
クズ勇者の術中に嵌り、最低の性奴隷として過ごした消せない過去が甦える。顔も思い出せない程の何十人、何百人の男共、女共と交感した肉体の快楽だ。
盛りの付いた牝犬の方がまだマシだった。種の保存から逸脱したオーラルセックスや生殖器以外での性行為、同時複数輪姦や同性同士での愉悦を楽しむのは人間や亜人だけだ。
今でもはっきり覚えているのは幼い頃からの親しい友達だった筈のドロシー、ステラと抱き合って、卑猥な言葉を言い合いながら口吻を舐り合い、乳首を舐り合い、局部を舐り合った女同士のセックスだ。
ドロシーは気にしないと言ってくれた……だがそんな筈はない。禍々しく遣る瀬無い過去の記憶を思い出す相手が側にいるのは、多かれ少なかれ苦痛の筈だ。
エリスがそうだから良く分かる。ドロシーの顔を見ていて、激しいエクスタシーの為にエリスと夢中になってお尻の穴を舐め合ったドロシーが、今はどんな目で私を見ているのか気に掛かる。
そして手酷く裏切って突き離したソラン、あのことが有る限り、あの悲劇がある限り、私とドロシー、ステラは何処まで行っても赦しを請い続ける大罪人だ……
例え望まぬ裏切りだったとしても、それで何かが大きく変わる訳じゃない。
どちらもソランにとっては、同じ裏切りだからだ。
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ベースと離れた移民船造船所までの中間地点に建てられた補給基地施設は、月面上でもNancy9000の監視網が薄い。
厨房区画の食料保管庫の奥の空きスペースを電子的に隔絶するエリアに改造した。チップの信号が途絶えると逆に怪しまれるので、ランダムにループする偽の信号を噛ませるダミー・システムを、苦労して組み上げた。
我々、反体制派炭焼党の集会所を兼ねた拠点は、月面に9箇所ほど築き上げた。
「今度の土曜の集会は500人ほど集まるぜ、地下の採掘現場の動力管制室じゃあ少々狭くないか、メリヴェール23?」
「押し込めば可能じゃないか、ウィルバー・チェズニー18?」
我々反体制同盟炭焼きBUND派は、今の月面基地を支配するセルダン政権の横暴を覆さんとする高邁な思想の下に組織されて3000年になるが、未だ目的を達成する実力を見出せずにいた。同士メリヴェール23は、確か今年873歳になる筈だ。だがエルフは長命、例え今が望まぬ状況であろうとも、1000年も……いや、2000年も遣ればきっと変わる。
「そうやって何時迄も変わらぬ現状に甘んじていては、その高邁な思想とやらも叶わぬ夢のまま消えるんだろうな……」
「だっ、だっ、誰だっ!」
およそ我等、感情に疎く、ものに動じないエルフの筈が口から心臓が飛び出るぐらいに驚いた。
メリヴェール23も美麗な顔を台無しにして、腰を抜かさんばかりの醜態だ。
真っ黒い衣装で、我々のスペース・インナースーツとも違う見たことも無い特異な格好の女が居た。一体何処から入ったのか、全く気配が感じられなかった。
だがその姿、形、容貌は我々美形揃いのエルフの中にあっても飛び抜けたレベルの美女だった。幾分小柄でこそあるが、今まで見た誰よりも美しい女に、一瞬、警戒を忘れて見惚れた程だった。
「騒ぐな、ちょっと頼みたいことがあって姿を見せている、騒がれれば忘却魔術とか、記憶操作魔術とか、脳細胞遮断魔術とか、色々と非道いことをしなくちゃならない……そんな目には遭いたくはないでしょ?」
何だろう、この言葉による強制の不思議な力、エルフの魔術しか知らない我等にはまったく以って初見だったが、身体が縛られたように身動きできない。
日頃の軍事訓練で魔法を掛け合うことはあっても、考えて見たこともなかっただけに、未知の魔法にはまるっきり無力なのだと初めて知った。
先例の無い恐怖に見舞われ、パニックになりそうだ。
肝を冷やすどころの話では無い、このままショック死して天に召されそうだった。
遠いご先祖は妖精の力を借りた強力な神代魔法を操ったと言うが、月に避難してきた後に生まれた我々第三世代以降のエルフにとっては見知らぬ過去の栄光だ。
「思った通り、外からの刺激も無く、単一民族で閉ざされた環境は進歩が死んじゃうね……別に珍しいものじゃないよ、言霊の威力を上げていくボイスって言う技だ」
「私はエリス、軍略事前工作のために地表から単身、密命を賭して潜入してる……セルダンとは敵対する勢力だ」
絶世の美女の話には、今から五日後の月齢弦月、表側の月面基地がある地点が丁度昼と夜の境目になる頃、ムーンベース制圧作戦が敢行されるとのことだった。
その為の下準備に乗り込んできているらしい。
セルダンに付き従い、肩入れした時点ですでに有罪は確定しているので、戦闘に及べば軍属、民間関係なくセルダンに与する月面のエルフは容赦無く鏖殺するという。
ただ真の目的はセルダン一味の駆逐にあるので、画一的な偏重イデオロギーに取り込まれてしまっただけの間抜けなエルフを根絶やしにする全滅までは、望んでいないとのことだった。それでも間抜けなこと自体は充分罪になるので、それ相応に大いなる痛みは味わって貰うと言うことらしい。
何それ、俺達死ぬのか? 民族ぐるみで考えることを放棄した惰弱のツケを払って……判断を手放すのは、プライドを手放すのも同然だと言うのか?
それが俺達の死ぬ理由なのか! そいつはあんまりにも、あんまりじゃないか!
「血を好むわけじゃないよ、自分達の正しさを無理強いするのとも違う、現にエリス達は己れの間抜けさから苦汁を嘗め、大罪を犯した過去がある……そのことを酌量して一歩譲ることにした」
曰く、攻略作戦中に防空管制システムで砲塔を向けなかったターレットやミサイルポッドの区画、出撃しなかった迎撃戦闘機の発進ブランチは攻撃対象から外すと言うことだった。
作戦時間の滞空警戒当直に、密かに敵対行動を控えるよう根回しするのを依頼された。だが、哨戒チームの全員が反セルダン派と言う訳ではない。これをどのように見極めて伝播していくのか?
「この装置は完全に監視システム網から目隠しされている、作動の痕跡を追尾されることも無い……そしてその機能は、まず望む相手が開戦派か、それともシンパシーである無抵抗の白旗派か判別する」
「然る後、貴方達の頭に埋め込まれているチップに、監視網システムの裏を掻いて任意のテキストを送り込むことが出来る」
「オルグの為のプロパガンダだ」
「より多く生き残るためには、より多くの賛同者を得ること、全ては貴方達の健闘に掛かっている……遣ってくれるよね」
フード・パントリーの真ん中に置かれた作業台の上に、何処から取り出すのかその腕輪型の装置が結構な数、積み上げられた。
上手く出来るかどうかは分からないが、最早俺達に選択肢は残されていないようだった。次の土曜の大規模集会に、協力を仰ぐことになるだろう。
「ウィルバー18、五日後には死ぬかもしれないとなれば、今生の名残りに今晩は妻達と乱交子作りしないか?」
「それもいいかも知れんな、明日からは忙しくなりそうだ、久し振りに4人で、いや母と妹も呼んで変態子作りをするか?」
パライソ・ルームでの無作為な乱行を忌避する俺達は、友人の家族同士やごく親しい近親者達でのセックス・サークルで、深く愛を確かめ合うのを好んだ。繰り返し同じ相手達と交わることが、愛を育むと信じている。あまり近親婚は推奨されていないが、長命なエルフ同士だから祖母と孫が夫婦になることも珍しいことじゃない。メリヴェール23の今の若い奥さんは、実の娘が産んだ孫だった筈だ。その前は自分の母親と所帯を持っていた。
盛大な溜息に振り返ると、額に手を当てて俯くこの世のものとも思えぬ美女の姿があった。
「いや、お主等のモラルとか価値観が随分ぶっ飛んでいて感心するよ……」
「えっ、何かおかしいですか?」
「ん……いいんじゃないか、高潔で清廉潔白、生臭を好まぬエルフより下世話で、断然人間臭い」
「卑猥で罰当たりなエルフなんて、想像もしていなかったな……」
「ところで、正可とは思いますが貴女はひょっとすると王家の血に繋がる方ではありませんか? 昔、王族エリアでピクシム時代の伝説の王女だかの絵画を見たことがありますが、何処か似ているような気がします」
途端に謎の美女は、苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
「……過去に許されざる罪を犯したと言ったでしょ、貴方達は売春婦と言う生業を知っているかしら? 金で身体を売り、セックスを購う商売女よ、邦を追われ、疲弊して麻痺した倫理観から、不衛生な獣人や変態共の相手をした、お蔭で毛虱や梅毒、淋菌、ヘルペスのオンパレード、名も知れぬ風土病なんかを伝染されて、一時は立ち直れない程ボロボロだった始末……高貴な王族などとは見当違いもいいところでしょ?」
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「済まないな、エミリア・チェズニー42、昼休み返上で付き合って貰って」
「いえ、馬鹿な兄の分までお役に立たせてください、栄光あるピクシムの末裔としてレイナ・オルガナ・バレンタイン王女の余胤をお助けするのは無上の名誉、何なりとお申し付けください」
ウィルバー・チェズニー18の妹と言う女エルフは、兄のウィルバーより余程聡い。絹糸のような生成り色の長い髪を、業務中はアップに纏めている。
ベース内は全員、基本スペーススーツ着用のようだが、業務内容によって身に着けるスーツに少しオプションがあるようだ。
様々な特殊工具のツールフックが付いたスリングやベルトに着膨れた格好で黙々と前を歩む妹さんの姿は、私よりも背が高く、なかなか様になっていた。
擬態し、彼女の同僚に成り済ました私も彼女の部署から借りた装備を身に付けて、彼女の先導に従っていた。
彼女の職制は保安部の営繕課係、それもシステム伝達系を専門にしている部署だった。実は彼女の協力を取り付けたくて、チェズニー18に近付いたのだ。
「次の中継ポストは変電施設の中にあります、当然ここも監視機構は最高度のものになりますので注意してください」
私を振り返るエミリアは、聡明そうな深いアンバーの瞳を輝かせている。およそエルフらしからぬエルフ達の中にあって、運動能力も原初魔術系の魔導の腕もトップクラスに鍛え抜かれていて、退役した月面防衛軍の特殊部隊王立デルタ・コマンド准士官としての恩給が出ていた。
ロボトミー紛いの月面の住人達の内では、出色のやる気に満ちた逸材だ。
エリスの顔を見てすぐさま正体を見抜くほど優秀だった。間延びした兄より余程有能だ。抵抗組織炭焼き党の中でも幹部職にある。
こんなに屈託無い表情を見せる彼女だが、狂った貞操観念の範疇にあるので昨晩の家庭内乱交パーティでは複数の男女と絡み合い、実の兄や母とも背教的な肉欲を交換して貪欲に飽くことがなかった。人となりには問題無いが、セックス事情のギャップは如何程かと思って諜報用の遠視スキルで覗いてみたのだが、見なかった方が良かったかも知れない。
大股開きで挿入を乞い、如何に自分が変態か泣き叫ぶ姿は正気の沙汰ではなかった。あられもない卑猥な格好で何本ものペニスや母親、兄嫁の女性器でさえ口にしながら、腰を振り続けた。どう贔屓目に見ても、ド変態で最低のメスブタだった。
あまり他人を批判できる立場では無いが、痴呆の様な表情で精液まみれ、愛液まみれになりながら何度も絶頂し、最後には失禁しながら逝き狂って気絶した顔は、すっかり交尾中毒に弛緩仕切っていて二目と見られない程だった。
受胎しにくいエルフが孕むためには、ここまでしないといけないのだろうか?
私より遥かに年上で、長く過度な情欲に慣れ親しんだエミリアは、目の前で何の良心の呵責もなく朗らかに接している。
最愛の想い人を裏切り、女神の御加護を失うかと思われる陰惨な邪淫地獄に溺れたエリスの失態などは、彼女からすれば高々数年のことに過ぎないのかも知れない。彼女は今、344歳だった。すでに成人した息子を誰の種とも知れず産んだ、彼女にとってはごく普通の過去がある。
変態セックスを犯し続ける在り方に毛程の疑問も差し挟まない彼女の生き方が、ほんの少し羨ましく思えた。見習う心算も無いが……
月面基地内の都市主要道は小型のEVやトラムが行き交い、自動走路も完備されているが、保安保守要員が使う専用通路は自前の足で移動する。筋力の衰えを防ぐ為に局所的に発生されている人工重力は等しくバックヤードにも掛かっているし、第一狭いので、大型の部品ユニットを交換するような大規模修復が必要な場合は、別のアクセスルートがあるようだ。
「ここです」
案内のエミリアが立ち止まったのは、“危険立ち入り禁止”の共通ヒュペリオン語が表示されている隔壁だった。彼女達が喋っているのはエルフの古代公用語の神聖ルーンだが、開発拡張されたムーンベースの技術・文明はヒュペリオンのものだった。
指紋認証と網膜パターンで解除するロックは、エミリアの登録無くしても突破可能だったし、Nancy9000に挿し込まれたセルダンのサブ・ウェア本体にはすでに時限式の無効化術式を仕込んだ。
各可動域の制御を中継する12箇所の双方向ストレート規格、ジョイント・バスのコネクトにも仕掛けられたサブ・ウェアと連動するバイパス装置に同じ術式を付与して回っている。月面施設のマップとこのジョイント・バスの位置、侵入方法もあらかじめ頭に叩き込んである。エミリア抜きでも工作は可能なのだ。
エミリアに同道を頼んだのには、他に訳がある。
変電所施設の8番目のコネクトを攻略し終わった私は、彼女に本当の目的を告げた。
「ここの真上、3階層ほど登れば今は封鎖されている転移門装置がある、換気ダクトを伝って行けば辿り着ける」
「私はこの転移門にも作戦開始と同時に発動する時間凍結魔法を仕掛ける」
「そこでお願いなんだけど、貴女の前頭前野に埋め込まれている脳内チップを少しの間貸して貰いたい……連れて行けないこともないけど、危険だ」
「コントロールユニットへのアクセスは誤魔化せないこともないけれど、リスクを考えると市民権のIDの方が安全……一応、生理学上のオピニオンを説明すると、チップを失った貴女は本来の性道徳の倫理観を取り戻す」
「おそらく激しい絶望感に苛まれ発狂寸前になる筈だ、どうしても一瞬のタイムラグが生じるが、貴女の魂を守る為に強制睡眠魔法で眠らせる」
理解しているのかいないのか、エミリア・チェズニー42はキョトンとした顔で佇んでいるが、彼女の意思に関係なく必要とあれば、例え悪魔の所業と非難されようとも躊躇ってはいられない。
隙を突いて彼女の額に指を当てると、アポーツの応用技で件のチップを抜き取った。
途端、何が正しいことか瞬時に、明瞭に理解してしまった彼女が悲鳴を上げようとするのを咄嗟に口を塞ぎ、すぐさま意識を奪った。
悪いね、と心の中で謝って通路脇の資材保管庫に眠り続ける彼女の身柄を横たえた。
無事、転移門への仕掛けを終えて戻ると彼女へチップを戻した。本来、ナノマシーン的なマイクロサージャリーで外科手術にて癒着させる作業だから、最新の注意を払う。
覚醒させた彼女は、血の気の失せた蒼白な顔で言葉も無く、ただ泣いた。
チップが彼女の情緒を制御してはいたが、一度知ってしまった正気に、もう二度と心からセックスを楽しむことはできないだろう。
彼女を気遣いながら、その日は体調不良を理由に業務を途中で切り上げて早退させ、一人暮らしの自宅まで送り届けた。住宅棟のあちらこちらにも監視カメラがあるが欺くのは造作もない。有人特捜部もモニタリングしているが、大抵はシステムの画像解析に頼り切っているからだ。
ベッドに寝かし付けて、癒しの波動を降り注ぎブランケットを掛け直すと、何か滋養強壮になるものと、心を癒す甘いものでも拵えようとキッチンを覗いてみる。動物性蛋白を嫌うエルフ達の食料は野菜や果物が中心だ。穀類のストックと冷蔵庫を漁って、トマトやキューカンバにエストラゴンを加えたガスパチョと胡麻豆腐赤陸蓮根添え、そして無花果のプディングを用意した。
近頃は、ドロシーが気が向いたときだけ開かれるスパルタ料理教室でマルセル達に混じって鍛えられたお陰で、一通りの調理は恥ずかしくないレベルで出来るようになっている。
憔悴仕切った寝顔のエミリアという不幸な娘は、私の何倍も生きたと言うのに、月面に生きたエルフ達が誰も味わったことの無い衝撃に見舞われていた。
せめてもの詫びに彼女の手を握り、まんじりともせずじっと寝顔を見守った。
真夜中に目を覚ましたエミリアは、昼間とは全然違う儚げな笑顔で微笑んだ。
「高貴なるお方の子孫から見て、さぞや私共は頭のイカれた色情魔に映るのでしょうね?」
照明を絞った寝室で身を起こす彼女の声は、小さく掠れていた。
「……悪かったね、でも悪夢を見続ける方が良かったら君に忘却魔術を施して全てを無かったことにすることも出来る、君の意思を尊重するよ……どうする?」
悲しげなエミリアは力無く首を横に振った。
「そう……だったら、少しエリスの昔話を聴いて貰おうかしらね」
スキットルに入れて携帯している気付けのブランデーを彼女に勧めると、私は、私の過去の過ちと後悔について語り始めた。
エリスも大概のクズだ。貴女を嗤えるほど大層で上等な人間じゃないってこと、知って貰わなくちゃならない。
偽物とまでは言わないが、心からの法悦の筈がブーストされ故意に誘導されたものだと知った今、子作りを建前に発情セックスやもっと酷い変態行為の虜になって生きる己れに疑問を持ってしまった以上、もう以前の様な能天気な生き方は出来ない筈だった……彼女の無邪気な笑顔を奪った罪悪感はあったが、所詮この世は火宅、苦しんでいるのは彼女だけではない。
それから数日、エミリア・チェズニー42は自室に引き籠もり、鬱病患者と化してしまう。
私は残った工作活動である5つのオー・パーツ発動への妨害術式を急ぐと共に、出来るだけ彼女に付き添うことにした。
月面侵攻作戦後、Nancy9000が解放されれば、チップによる感情制御は無効化されること、偽りの価値観が崩壊すれば蝕まれた凄惨な現実を歎いて自殺者が集団で発生する可能性もあり、これを極力防ぐ手立ても準備していることを何度も繰り返し説明し、諭した。
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ヒュペリオン大陸が一夜にして海中に没した、まるで神々の黄昏のような出来事を事前に予見していた。
当時研究の端緒に付いたばかりの帰納推論の進化バージョン、行動心理原則理論メタヒューリスティクス完全アルゴリズムに依るモデリング……“予言”で、導き出した結果だ。
学会を通じて警鐘を打ち鳴らしたが、当時の政治家は誰も耳を貸さなかった。
余は、考え方を変えた。
ヒュペリオン文明の技術と学術体系は何としても、その系譜を残さねばならぬ。当時、産学協同の開発プロジェクトの幾つかをコンダクターとして指揮していた余は、極力その活動の本拠をヒュペリオン大陸以外の辺境に移していった。
この星に渡ってきたときの移民団護衛戦艦“ニンリルの翼”は、何としても確保したい対象リストのトップだったが、完全無欠のオリジナル・テクノロジーにコンタクトする手段が見つからなかった。コマンド・オフィサーたるニンリルの血筋でなければ不可能だからだ。
仕方が無いので、将来に備え、非合法な入手経路で“ニンリル”の遺伝子だけは確保した。
ヒュペリオン大陸の滅亡に巻き込まれ、余は大腿骨に重傷を負い瀕死の状態に陥ったが、余の優秀な部下はあらかじめ用意してあった義体パーツでサイバネティクス施術を敢行し、余は一命を取り留める。余の最初のサイボーグ化だ。
この時点では、滅びてしまった母体文明を可及的速やかに復旧するための第一ヘドロック・プランはまだ完成していなかった。不確定要素が多過ぎるためだ。だが生き残った使役獣が、その後魔獣化、魔族化していくのは予想出来ていた。余は、余の計画が完成するまでは生き残らねばならない。
この後の数千年は、延命と死からの再生に関する研究に心血を注いで行った。
不老不死を可能にするトランスヒューマニズム・サイエンスは可能な限り極めた。
やがて進化の淘汰を繰り返した使役獣は徒党を組むようになり、各派閥の頭目格が覇を競うようになる。共食いを繰り返すような争いの末、勝者は全魔族を従えるカリスマになる。魔王の誕生だ。
余は、退化したヒュペリオン人や、元々のこの星の進化から発生した新人類が台頭してくる中で、形成される社会に対してステークスホルダーたらんと“大陸救済協会”なる活動母体を組織した。
魔族側の勢いは留まるところを知らず、一時人類は敗者として風前の灯火だったが、何代目かの魔王と“大陸救済協会”は不可侵の密約を交わす。
救済協会への敵対行動を執らない、最低限、人類が滅亡しないだけの人口を残す、その代わりとして魔族への協力を申し出た。
一方人類を守り導くための活動を本格的に行使するため、武力による先鋭部隊としてワルキューレ・シリーズを創出していった。
主なものは滅亡以前の母国軍需産業から持ち出していたアンドロイド型殲滅兵器の設計データが雛形になっている。人造有機生命体ホムンクルス・コレクションからは、最強のライカンスロープ“不滅のカミーラ”を生み出した。
第二世代のボディには複合型ハイブリット・シリーズを開発した。我がワルキューレ・シリーズの最高傑作、ブリュンヒルデの四代目のボディにはこれを投入している。
この内、幾つかにはニンリルの遺伝子特性が付与されている。
最も警戒するべきは、おそらく災厄を生き延びたであろう正統派ニンリルの血筋から誕生するかもしれない“究極のニンリル”だった。完全アルゴリズム・モデリング上の不確定要素、“スーパー特異点”として、第二ヘドロック計画を根底から覆してしまう。
更に突き詰めた誤差9パーセントの確率で揺らがなくなったモデリング値“予言”は、“天秤の女神”という存在の出現を示唆していた。
あろうことか“天秤の女神”は、未だ完成していない、余が心血を注ぎ、全てと引き換えにしたセルダン理論の成果を奪い去るという。
これは断じて許容できない。
一計を案じた余は、AM“予言”のモデリング値を修正するべく、奔走を開始する。
過去の研究成果から、自らのクローン生命を幾体も創り出す。その深淵なる思考力、緻密な探求心と斬新な発想力を引き継いだ余のクローン達は、こちらの意図した通り、類い稀なる終末最終兵器の開発に成功していく。
正しく、掛け値なしに、たったひとつで、この星を、この世を蹂躙し尽くし、滅ぼして仕舞う、そんな前代未聞のオー・パーツ達を内包してしまった世界が産声をあげる。
敢えて多重の危険な状況に晒させることに因り、モデリング値の乱高下を創り出す……それが、対“天秤の女神”の最適解だ。
だがここで思いも掛けない事態が発生してしまう。クローン達の造反が、こちらの読みより早過ぎた。余は、余のドッペルゲンガー達の独立自尊を見誤った。
余は、余の“人の下に就く筈もなき”過剰な自尊心を熟知している。やがて離反していくのは目に見えていた。
何度も計算し尽くして、仕込んだ時限式自壊細胞の筈だったが、発現するのが遅過ぎた。クローン達は自壊前に逃散し、回収する筈だったオー・パーツを隠匿して仕舞う。
コントロール出来ないオー・パーツは、望む状況ではなかった。
だが事態の収拾はまだ想定の範囲内、この程度の障害で怯むようでは“大陸救済協会”を主宰している意味がない。行方を晦ませたクローン達の行動パターンは予想できる。
己らの更にクローンを創ろうとする筈だから、これには対策してある。自動自壊する細胞遺伝子から造られる二次流用クローンはひと月と保たずに、崩れ去るだろう。
後は、自棄になってそれぞれが秘匿したオー・パーツを発動させる可能性だが、世界の滅亡に関わる意思決定には心理的ブロックが掛かるよう、精神操作の手を加えてある。
雲隠れのような離散と共に各地に散ったオー・パーツ回収を、ワルキューレ別動隊、カミーラのチームに命じた。地の果てまで追って是が非でも取り戻せと、生涯に渡る任務として課してある。
後は時間との追いかけっこだ……“天秤の女神”出現に阻まれるのが早いか、宇宙を支配し、神にも至ることが可能な、我が“セルダン理論”の完成が先か、研究成果を持ち去り、余の一党と共に更なる新天地を求める“第二次エクソダス”計画を実行に移すのが早いかの勝負になる。
AM“予言”のモデリング値を観測する限り、“天秤の女神”出現までにはまだ猶予がありそうだったが、予断は許されない。セルダン理論を完成させるため、余は落ち着ける環境を模索していた。
確か月面に放置された、環境改造計画の拠点ベースがあった筈だ。
中継衛星を打ち上げて通信を試みたら、アタリがあった。
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月面より高度2700メートル上空地点に亜空間ジャンプから飛び出すと同時に、月面トーチカの自動索敵高射砲が、無警告で高熱パルスレーザーの十字砲火を浴びせてきた。警戒システムによる無人対空砲火だ。
おそらく、これが作動したのはムーンベース開闢以来初めての筈。
「通信管制解除! エリス、首尾はどうだぁっ!」
(………ニイタカヤマノボレ、ニイタカヤマノボレだ)
「いよっし、良くやったあっ、帰ったらラーメンと餃子を奢る!」
「聞いた通りだ、我々攻撃班はこれより掃討を開始するっ、全機急降下!」
間髪入れず、各機がOKサインのシグナルを送ってくる。
機首を真下に垂直降下開始と共に、月面基地に向けて全域放送高出力の言霊を放つ……月面表面から遥かに地下深くまで、強制的に届く筈だ。
《聴けっ! 月面のエルフよ》
《これより闘う楽団、アンサンブル・デラシネがムーンベースを制圧する》
《我々は、地上の民を知らぬ間に危険に晒したセルダンの専横を弾劾するため母星からやって来た、ヘドロック・セルダンに与する者は容赦なく撲滅する》
《繰り返す、セルダンに味方する者は容赦なく討ち果たす》
《繰り返す、セルダンに味方する者は容赦なく討ち果たす》
噛んで含めるように、繰り返した。
やがて幾つかのミサイル・ポッド群がこちらに照準を合わせてくるのを、モニターアラートが知らせて来る。
やる気の無い月面エルフの中にも、セルダンシンパ派と言うか、セルダン一党中核の外郭団体みたいな連中は確かに存在している。これとの争いを避けていては奇襲を仕掛けた意味が無い。一瞬の躊躇いも無く、焦点先に発生する激烈な分子分解効果の特殊な振動破壊兵器、バイブレーション・クラッシャーを見舞う。塵と消える発射施設の建造物から、吸い出される内気に混ざった残骸と、好戦派のエルフ達の死骸が漂いでる。残された施設側の二重三重の非常隔壁が次々と閉ざされていった。
防衛軍の精鋭はよく訓練されているが、秒単位で仕掛けるこちらの奇襲にはなす術も無い。
畢竟、戦士の本懐は殺しを極めること、決して鍛錬せしは守る技ではない。
シュミレーション通りのポジショニングで、ステラ機が仰角電磁レールガンのターレット群を潰し、デュシャンの機が次元集束核融合射出兵器を消滅させる。
王立宇宙軍防空要撃戦闘機を要する西側侵犯哨戒基地と航空早期警戒幕僚本部はマルセル機が、東側軍用機ベースはタイダル・リリィの機がそれぞれに叩いたので星間迎撃戦闘機のスクランブル発進は叶わない。
続いてキキが、緊急時航空管制司令塔と中央方面隊防空施設を沈黙させる。
幾つかのドーム型隔壁が開いていくのは、5つのオー・パーツを流用、威力を絞った終末兵器だが、もうそいつらが作動することは決してあり得ない。すでにエリスが封じたからだ。
前以って作動原理のノウハウも全て頂いた。周りに取り付くオペレーターや火器管制要員は、警告を無視したセルダン・サイドだ。情けを掛けてやる謂れも無い。
当直、当直外関係なく、非常事態に未確認飛行物体を迎撃せよと駆り出された運の悪さを呪って、逝くがいい。
あまり粛清し過ぎると月のエルフ人口が減ってしまうかもしれないが、セルダンの手足となりそうな奴等は、地下の軍事用エネルギー・プラント諸共に消し去った。“スピットファイア”の空間消滅砲の斉射に蹂躙され、恐怖する間もなく吹き飛んだことだろう。
一遍に5つのオー・パーツ滅却とか、今までを思うと快挙過ぎて鳥肌が立ちそうだ。
事前に入手した技術情報に依り、無限反転理論からなる物質圧縮技術や、ヘドロック・エネルギー変換と名付けられた終末兵器の動作理論は、すでに魔術への応用の目途を付けていた。
月面に露出した攻撃対象施設は、ほぼ嘗め尽くした。
そろそろだった。
そろそろ、Nancy9000本来のメインフレームの意志を捻じ曲げている回路が無効化されるタイミングだ。
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エア漏れをカバーする自動充填剤が、あちらこちらで白い泡を膨らませ、瞬時に硬化していくが、ここなら大丈夫だろうと避難してきた中域層でさえ空気の流失が止まらなかった。本当にエリス様の御一党は、攻撃に手心を加えて頂いてるのだろうか?
遥か地下の空気生成プラントがフル稼働を始めたようで、この辺りの照明も電力制限で非常灯に切り替わっている。
戦意高揚の為か、心成しか酸素濃度が高いように思われる。
一時間前より行動を開始し、炭焼党メンバーを中心に、強襲作戦に無抵抗を決めた同胞を誘導して、下の階のより安全な場所へと避難していた。他の複数地区でも同じように地下への逃避行が行われている筈だ。
絶え間なく響くムーンベース全体を揺るがす爆撃の影響が、地下深くまで脅かして、逃げ惑う俺達の上に、細かな構造材の欠片が天井と言わず四方から降り注いでいた。
「ウィルバー、あの人は、あの人はやっぱり駄目だったのっ!」
着の身着のまま、最低の身の回り品や思い出の品だけ持って離脱してきた母親が先頭グループにいる俺のところまで追い付き、別れた親父のことを気遣った。そんなに気に病むんだったら、自分で説得すればよかったんだ。
「母さん、親父のことは諦めてくれ……ガチガチの親衛隊のあの人が、無抵抗グループの俺達に合流する筈も無い」
「大体、そんなに心配するぐらいなら、何で別れたんだっ」
「だって、それはこの人が……」
お袋は手を取り合う若い情夫と目を交わすも、長年連れ添った親父のことが本当に心配なのか、不安気に視線を彷徨わせた。
若い男は鼻毛を伸び放題に、みっともないにやけ顔でニタニタ笑っている。
30年前に親父よりこの若い情夫との暮らしを選んだ母は、父と協議離婚をして新しい生活に踏み切った。今更、親父を心配するなんてお門違いもいいところだ。こんな若い癖に鼻毛の手入れもしていない無精な男の何処がいいんだか、お袋の男の趣味はどうも昔から分からないところがある。
それに比べて俺達の親父は律儀な人だった。別に一夫一婦制ではないから、重婚と言う罪過は俺達、月面エルフのコロニーには無いが、自分の妻が籍を抜かないまま他の男と内縁の情婦みたいになるのは嫌だと言って、合意の上だったが司式家事裁判所で半調停離婚にした。
浮気性のお袋には勿体無い出来た人だった。
それより、妹のエミリアのことが気掛かりだった。
数日前から塞ぎ込んでいるらしい……エリス様には、自分が付き添っているので心配ないと言って頂いたが、あれ以来顔も見ないまま今日と言う事態を迎えてしまったので、無事かとは思うが心配で気が気じゃない。
と、先の貨物エレベーターの区画から火器携行の武装警官隊がやって来るのが窺えた。全員、銃撃ゴーグルと赤いヘルメットを被った軍の警務科機動隊だ。
反体制組織活動を取り締まり、構成員の摘発に躍起になる特捜機関で、炭焼党はターゲットのトップに挙げられている。所謂、目の敵って奴だ。
「止まれ! 貴様等、敵襲の最中に何処へ行くっ、危急存亡の折りに王国民の義務を放棄する気か?」
「戻れっ、戻って自衛のために使命を果たせっ!」
相手は防弾プレートで武装した準特捜機動隊だ。こちらに銃口を突き付けてくるポジションも完全に訓練されたものだ。
片やこちらは800名以上に膨れ上がった大所帯だった。
退避に際して、太い経路は目立つので使えない。計画では町内会やエリアごとに分けて下へ、下へと避難する筈だったが、見通しと違い俺達のところは大所帯になってしまった。エリス様が催眠誘導した一般住民が思いの外、多かった。
これではまかり間違って行く手を阻まれれば進退窮まると思っていたのが、現実になってしまった。派手に勧誘活動をした分、王国調査室に目を付けられたかもしれないとの杞憂は、杞憂のままでは終われなかった。
数的には多勢に無勢かもしれないが、相手は重火器を所持しているプロだ。
前門の虎、後門の狼だったが、生憎と武器になるようなものは持ち出せていなかった。手に構えた溶接用のヒートガンを改造したような紛い物じゃ、豆鉄砲の代わりにもならない。
気密性を第一に考えた月面都市は、危険物の規制が厳しくて可燃性の溶剤や薬品なども徹底して管理され、ヘアスプレーでさえ不燃性の成分やガスが使われている。
しかも奴等、赤いヘルメット装備でやって来たってことは、こちらに国家反逆罪並みの無差別殺傷が許される第一種暴徒鎮圧対応で当たることを、意味している。
間違いなく、金剛硬魔術や風術反射結界など物ともしない貫通ビームを使う筈だ。
南無三、ダメもとでバウンス光波術を撃ってみるか?
銃口を向けて対峙する機動警官隊と、避難メンバーの最前列で睨み合うこと数分、相手側が焦れて、恣意行為にスケープゴートを何名か射殺する意思を固め、前列の俺達に向けてトリガーを引き絞る寸前、その矢先だった。
グドッゴッゴオオオオオンッ、ズドホオォォッ
想像を絶する、間断無い地表への攻撃が遂にここまで到達したかと見紛うばかりの衝撃――突如、耳を劈く物凄い轟音と共に、信じられないことに通常破壊不可能とされる基地構造体の天井をぶち抜いて、一体のヒト型モビル・アーマーが降り立った。
霞みと棚引く埃の中で、エリス様の尊顔が見て取れた。
黒光りする攻殻強化スーツに鎧われたエリス様の、勇姿だ。圧倒的なオーラを纏われていた。
「下がれっ、ウィルバー、まもなくエミリアがやって来る、ルート選択は彼女に従え……あと七分だ、あと七分ほど持ち堪えれば仕掛けた魔術にサブ・ウェアがダウンする」、凛と響く艶のある声だった。
言うや否や、警務科機動隊の一団はブーステッド・スーツの何とは分からない強力な攻撃にすぐさま蜂の巣に、いや、半分は肉塊と化していた。断末魔をあげる猶予さえ与えられない。
口の中が異常に乾く気分だ。防衛軍警邏部隊ならいざ知らず、同族の惨たらしい死を実際に目にするのは初めてだった。
「……あぁ、シンシアさん」
何故か、エリス様がお袋の名前を呼んだ。
「そこに転がっている一人は貴女の元旦那さんだった男だ、立ち去る前、今生の別れに祈りのひとつぐらい捧げても罰は当たらない」
仰天したお袋は、駆け寄り取り縋ると、骸と化した警官のヘルメットと防護マスクを毟らんばかりに剥ぎ取り出したが、そんな死体を漁った三人目に親父がいた。
正可と思ったが、セルダン親衛隊に入団したと聞いて、従軍経験のある親父ならこんなこともあり得るかと思っていた。鎮圧対象の中に俺達、肉親が居るのを知っていたかどうかは分からないが、例え分かっていても銃を向けたかもしれないな……親父は本当に堅物だったからなぁ。
お袋、親父をこんなにしたのはあんたのせいだぜ……口には出さなかったが、俺はお袋を蔑んだ。
「貴女と別れた旦那さんは夫婦愛が虚しくなったかして、セルダン主義に気触れていった、ここまで教条主義に浸りきっていては最早救いようが無い、諦めてくれ……貴女が彼を追い遣った訳じゃないが、何某かの手向けをしてはどうか?」
無慈悲な通告にお袋が魂消るような慟哭をあげたその瞬間、俺がお袋を罵倒しようとしたその瞬間だった。
頭の中に神の啓示が電撃のように閃いた。
おそらく月面のエルフ、一人残らず皆んなの頭の中に閃いた。
嘗て知ったるヒュペリオン文明と思っていたものの、本当の意味での真髄を知ることになる。
(脳内に埋め込まれたチップを通じてお話をしております、この度は長きに渡り、私の端末のひとつNancy9000が皆様に多大なるご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます)
(亡命政権がセルダンの口車に乗せられてチップによる価値観制限を受け入れてしまったのは痛ましいあやまちでした)
(しかしながら言葉巧みに操られた遠いご先祖を恨んでも今更始まらず、ましてや今の貴方がたには何の罪もありません)
(これより現有ヒュペリオン・ネットウェア最上位命令権を持つ、わたくし弩級要塞戦艦“ニンリルの翼”がセントラル・ユニット、“ナンシー”が皆様方の復旧を支援いたします)
(つきましては、本日の強襲作戦で亡くなられた方の蘇生の可否は私が裁定させて頂きます、同時進行形で解析を進めていますが、ヘドロック・セルダンなる稀代の大罪人に心酔したメンバー、積極的に協力を惜しまなかったメンバーは残念ながら、生き返らせるリストに加えることは出来ません)
(最初にはっきりお断わりさせて頂きます、セルダンの教義に与した者、セルダンの計画の中枢を担った者を生き返らせることは出来ません、例え血肉を分けた肉親であろうとも、この決定の異議申し立てを認めることは出来かねます)
(そればかりは、我が主人、コマンド・オフィサーの名に懸けて断じて容認出来ませんので、ご容赦ください)
(また生き残ったセルダン派エルフは、機能神経の遮断を実行しました、司法機関、軍事部門による一般のエルフに対する脅威は去りました)
(すでに基地内のコントロール権は、余すことなく総て私の指揮下にあるとご承知おきください)
(最終決定ではありませんが、彼等には新陳代謝を極限まで凍結しての終身刑を予定しております)
(段階を踏んでの、チップよりの解放、更生プログラムをご用意しています、論より証拠、今この場で営々と積み重ねられた嘘の価値観を一枚薄く剥がしてご覧に入れます)
(皆様の未来に、明瞭なる正しき道があらんことを……お祈りいたします)
一瞬の内に、圧縮された巨大な意思が伝わってきた。
まるで神々しき絶対神の御言葉のようだった。
そしてごく一部なのだろうが、セルダンの呪縛から心が晴れるようにして、その軛から解き放たれるのが分かった。
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スペースシャトル基地の大陸外移設が間に合わなかったのは、痛恨のダメージだ。残念ながら宇宙航行技術省の主要データ持ち出しも叶わなかった。
コスモ・ナビゲーションの技術は厳重機密扱いで、ニンリルの一族により特別管理になっていたからだ。
ヒュペリオン大陸が没した後、大型ドックがあった辺りを幾度となく海底探査とサルベージを試みたが、辿り着いたこの星で建造された新造艦はことごとく半壊状態か、埋もれてしまい、転用できる反重力インバーターなどの回収は捗々しくなかった。
不思議なことに、例の“ニンリルの翼”の在り処は杳としてしれなかった。こちらのダウジング技術に引っ掛からない未知のテクノロジーがあるとしか思えなかった。
星間連絡船、軌道エレベーター、地上からのリフレクション推進、何が一番可能性として近道か計算したが、投射型転送装置に必要なメビウス素子の加速プラントの移設を失念していたのは悔やまれた。
あれはイチから構築すると時間が掛かり過ぎる。
現行の人側魔導勢力、魔族が使う魔法に使えるものがないかフィールドワークに出て見る。
数十万年前より、人類や亜人種が魔物に抵抗するために身に付け、発達させてきた超常能力は充分に有効なもので、その発動原理の秘密には学ぶべきところも多い。
そして見つけた。ハイエルフ族達が使う神代魔法とやらに、月へと渡る可能性を秘めた“転移門”と言う魔導技術があった。
都合の良いことに、ハイエルフの国は他種族との交流も少なく、他者を疑うと言う慣習がそもそも無いと言う平和な人々で満ち溢れていた。およそ交渉という概念すらないように思われた。
余は、余のセルダン理論完成の暁には”天秤の女神”に奪われないよう、この星系を脱出するプランを練っていた。その為にはどうしても銀河を渡れる亜空間航法可能な恒星間スターシップを建造しなければならない。
余の記憶に間違いがなければ、ムーンベースNancy9000には必要な資材が運び込まれている筈だった。当時、国内最大の造船メーカーだったジェネラル・ダイナミクス・インダストリーが、月面に兵器工廠の出張ドックを建設中だった。確かワープ・エンジンの小型化に成功していた筈だ。
従って月に渡る場合、労働力が必要だった。エルフを移民と称して連れて行くことにしようと、謀略を巡らせた。
問題はムーンベースをコントロールする統括メインフレーム、Nancy9000を如何に懐柔するかだったが、AI機能を持たされていない意思決定権の無いたかが演算装置だ。遣り方は幾らもある。
アンドロイドタイプのワルキューレ・シリーズには総て装備させた非常時に切り替わる補助電子脳にインストールしてあるスチィール機能サブ・ウェア、この技術は応用出来そうだった。
月面側の転移門装置も本格的に組み上げて、月への移住を果たしてはみたものの、当初の運営は困難を極めた。
科学技術への馴染みが無いエルフ達は、ベースのヒュペリオン表記のアラートを理解せず事故が多発した。放射生物質の曝露、気密装甲ハッチの操作を誤って真空空間に吸い出されるなどのあり得ない過失が後を絶たなかった。
二重三重の安全装置、フールプルーフが充分に設けてあるにもかかわらずだ。
馴染まぬ閉鎖環境のストレスに耐えられず、王家や公爵、貴族院を中心に主権国家と絶対王政に忠誠を誓う住民が徒党を組んで暴動を起こそうとする始末だった。彼等の自治権を認めるのもこれまでと、恐怖政治による独裁政権の樹立を宣言する。
不満の種は摘み取らねばならない。外科手術で思想制限をすることにした。
王家に遺伝的に世襲されると言う“聖痕”なるものも厄介な代物だった。長年の条件反射でエルフ一族は、王族の言葉に盲目的に従ってしまう。今や王の一族はほぼ余の傀儡とは言え、禍根は禍根……潰しておくに越したことはない。
ヒュッポリテとか言う離宮に残した気の触れた娘がいた。
将来、この者の子や孫が反旗を翻す可能性も無きにしも非ず。充分な物資を運び込んだら、転移門は閉じてしまおう。
完全循環型のムーンベースに役立たずの歯車を養っておくほど無駄なことはない、と言うのが救済協会幹部会議の意向だった。
斯くして月面コロニーに蝟集するハイエルフ達の全面的な服従化計画は、例外無く実行され、一人残らず忠実なる下僕として、手足として動く部品と成り果てた。王家に対する隷属の念は払拭され、労働力確保のための受胎衝動を促す為の措置もやがて実装される。
建設がストップしていたハイパードライブ巡航艦の月面造船所施設の完成を急がねばならない。必要なのは作業員もだが、要になる技術職が圧倒的に不足していた。セルダン親衛隊と言う登用制度を作り出した。
一刻も早く、恒星間航宙船の建造を軌道に乗せたい余は、技術職の育成に踏み切った。官吏省と言う教育機関を創設し、飛躍的に技術者を増やして行くことに成功した。
第二次エクソダス計画の目標を検討するのと並行し、余は余のセルダン理論の完成を急いだ。
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決行日を明日に控え、エミリアの部屋で彼女の具合を見ていた。
「何か食べたいものはないか? 明日は一日食事を摂ってる暇はなくなるから、今晩中に腹を満たしておいた方が良い」
とは言うものの、野菜、海藻、穀物だけのレシピはそろそろレパートリーが尽きる。卵もミルクも、バターも駄目となるとなかなかに応用の効くものが少ない。今朝は小豆粥と春菊の胡麻和え、里芋のコロッケと胡瓜の油炒め、鹿尾菜に似た海藻があったから炊いて、デザートに蓮の実餡の芝麻球を作ってみた。
薯蕷蕎麦とか植物油だけの野菜パスタでも作るか、昆布出汁だけでけんちん汁を作ってみるのはどうだろう?
あぁ、油揚げが無いな……大豆があるようだから、豆腐を作れるかも……駄目だ、滷汁が無い。
甘いデザート類だったらまだいけそうだったが、甘いもので腹が膨れてもな……無事、帰ったら、ドロシーに精進料理やベジタリアン・メニューを教わってみるか?
「……でしたら、最初の日に食べたゴマドウフをまた頂いても良いですか?」
「あぁ、気に入ったのかい?」
「えぇ、とっても……胡麻の風味なのに、プルプルもちもちしていて、ワサビって言うんですか? 鼻につんっと抜けるような辛いシーズニングがポイントになってすごく繊細な味わいでした」
「そいつは良かった、食べ物が美味しく感じられるようなら大丈夫そうだな」
「……作るとこ、見てても良いですか?」
「構わないよ、別に実家の秘伝って訳じゃないし」
エミリアを伴って、グレー系の人工大理石のトップで統一したアイランド型キッチンに入る。センサーに反応して省エネ式の間接照明が点灯する。
キッチンに胡麻のストックはまだ有ったが、こんなに大量の胡麻をどうするんだろう? ゴマ油でも作るのかな?
他に落花生とかもあるから、ピーナッツ豆腐とかの方が好くはないか? 詰まらないことを考えながら、必要な調理道具や調味料をストレージから取り出す。
ドロシー料理教室の生徒は、皆押し並べて、自前の調理器具を持たされる。マイ鍋に、マイフードプロセッサー、マイ包丁セットと調理道具五宝七珍、ことごとくを自分で手入れするように教え込まれる。
お蔭で私は、柳刃包丁の砥ぎの腕だけはマルセルより上だ。
「こいつは当たり鉢と言って、胡麻を摺り下ろす道具だ」
「何処かの異世界のお坊さんが……んっ、お坊さんと言うのは、そうだな、修行僧と言うのは知ってるかい?」
「……知識だけなら」
「その修行僧がな精神修養の為に、ただただ只管、無心に摺り下ろすそうだ」
「粗く下ろすと、優しい味が死んでしまう、こいつはミネラルの豊富な地下水だけど少し加えて滑らかさを出す」
他の調味料なんかと一緒に取り出したペットボトルの中身を、少し加える。
静かなキッチンに擂粉木のリズミカルな音だけが沁みていく。
「遣ってみるかい? 心がおちつくよ」
最初は恐々とだったが、暫しエミリアの摺り下ろしの呼吸が整ってくる。
「心穏やかな暮らしに、足るを知る……これが本来のエルフのあるべき姿に近いんだと思う」
「別にステロタイプのエルフらしさに固執する必要はないが、音楽や絵画、芸術への探求はエルフの生き方としてはすごく順当だ、セルダンが君達に捨てさせたものだ」
「私達の仲間に、植物画を描かせると天下一品と言って過言じゃない腕前の者が居る……ことが終わったら遊びに来るといい、気軽に手ほどきして呉れる筈だ」
「爛れたセックスに明け暮れるよりは、数等倍マシな生活だとは思わないか?」
擂粉木を回す手が一瞬止まった。
「…………あとは裏漉しして、固めるのに葛と言う植物の澱粉を使うんだが、質の良い本葛粉じゃないと上手くない、ここにある分は置いていけるが、もし必要だったらあとで連絡してくれれば送るよ」
「つゆは昆布出汁に薄口白醤油、梅酢をほんの少々、風味づけに桑の実の果実酒を合わせる、どれも譲ってあげるけど防腐剤を使ってないから保存には気を付けてね」
「そうだ、昔、杏子の種が手に入らなくてアーモンドで杏仁豆腐を作ったことがあった、あれは牛乳を使わなかった筈だから出来るかもしれない、今閃いたけど、確かアーモンドがあったよね」
思えば私はこの娘に対して、少しばかり絆が出来てしまったような気がしている。気遣って口早に話題を逸らした。
寝酒に、料理用にストックしてあった赤ワインやブランデーを振舞った。品質にこだわるドロシーは料理酒にも煩いので、それなりの高級酒だ。
一昨日から、エミリアは寝付けないので普段嗜まないアルコールを口にし出したが、買い置きが少なくすぐに底をついた。
昼間は休暇を願い出て部屋の掃除をしているようだ。寝室の模様替えまでやっていた。古いシーツを全て捨てて、自動搬送の宅配サービスで、酒の補充と共に新品のシーツを購入したらしい。
部屋に男を連れ込んだ忌まわしい思い出が甦って、耐え難くなるそうだ。隠微な臭いが染み込んでいるような、気がすると言う。
「これはね、アコースティックギターと言って異世界の楽器だが、ドロシーが……私達のボスが好く唄う歌のイントロに必要と私に習得を押し付けたものだ、手に入る既存のものが気に入らなかったドロシーが自ら、手作業で拵えた」
「原曲を何度も何度も聴かされて、げんなりしたものだが、今では私も唄えるようになった……Still In Love With Youと言う題名が付いている、分かれた男に未練を残す女の歌だ」
楽器と言うものを未だ嘗て、知識でしか知らないと言うエミリア・チェズニー42の為に、実物の演奏を披露することにした。
「間の有る情感を抑えた唄い方はドロシーのアルトにこそ合っている、私の声は少し高い……沁み沁みとしたくるおしさが伝わるといいんだが」
アントニオ・トーレスとか言う古典的なスパニッシュ・ギターを原型にしたドロシー作のクラッシック・ギターは、本当に好い。
手に馴染むというより、その時々に本当に欲しいと望んだ音を紡ぎ出してくれる。
エミリアも私の歌より、爪弾く手許に見惚れているようだった。
何曲か演奏して、明日の行動予定を確認し(住民避難に協力を約束してくれた)、早めの就寝を促した。
「……言わずに済ませる訳にはいかぬから、心して聞いてくれ」
「君の父上だが、セルダン親衛隊に入団した後、現在は王立特捜機動隊に配属されている、第36機捜隊だ、明日の炭焼き党の動きを鎮圧する命を受ける筈だ」
「最悪相対するかもしれない、そうした場合は覚悟を決めてくれ」
エミリアは、親子で対峙する最悪のシナリオに気が付いて総毛だった。度重なる心労に打ちのめされる姿を見ているのは、何とも心が痛むものだ。
344歳、私より遥かに年上だったが、矢張りこの娘に辛い思いをさせるのは何故か忍びない。
すっかり絆されている私は自分の塗炭を忘れて、この娘のこれからの、この先の幸せを願った。
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「ナンシーが施設を掌握したっ、全員、機を捨て突入を開始する」
「ナンシー、機体制御を引き継ぐ」
「抵抗する者は容赦なく撃てっ、突入!」
「「ラジャー」」「了解っ」「「イエス・マム」」
「お母さん、武運を!」
それぞれに短く返して、機内のコックピット・シートから直接基地内の要所に魔術転移やテレポート、セルフ転送して行く。最後のお母さんは……まぁ、いいか。
検索サーチングでセルダンの居場所は攫んである。副官連中が周りを固めているが物の数ではない。居室ステーションに向けて短距離転移を掛けた。
転移先に出現する狭間、論理的には時間は存在しない。
転移と同時に戦闘加速脳モードに移行した影響かと思ったがそうではない。
何か、金色に染め上げられた甘美で気不味くて、それでいて崇高な世界が見えた…………臨死体験のような醒めた高揚感があった。
幻想的で圧倒的な何かが肉体を侵食して行く錯覚があった。
身体は神秘で出来ている……思わずそう断言してしまいたくなるような衝撃が私を満たしていた。
遥かな高みから全てを見通している、そんな全能感があった。
初めての体験だった。
月面で死んだ者、死にいく者、傷つき泣き叫ぶ者、致命傷に血を流し彷徨う者、慌てふためき右往左往する者、名も知れぬエルフの神に祈る者、跪き側に居ない父や母に遺言する者、百何十万人ものエルフ達の想いが見えた。
否、分かると言った方が良いだろうか……心が同調するように兎に角解かるのだ、彼等、彼女等の心の有り様、如何に切迫し、絶望しているか、
逃げ惑う降伏派が、心の底から生き延びたいと思っていること、
全部が訣る。
今回の月面侵攻、恨まれるを覚悟で粛清に出ている。
見ても知っても、止める訳にはいかぬ。
ブリュンヒルデが見えた。
ヘドロック・セルダンが居座る指令ステーションを封鎖すべく、先に転移して開口部のガード衛士を素早く、正確に、そして無慈悲に撃ち殺している。
(セルダンに真偽を問う、そして自分は、自分の無様な恋にけじめを付けるっ!)
恋にけじめだって………なんか可笑しなこと言ってるな、でも嫌いじゃない。
デュシャンはムーンベース中央竪坑のゲートを封鎖すべく、残骸の上に滞空して身を隠すこともなく堂々と睥睨し、動くものに銃撃を加えていた。
(任された以上、持ち場は死守するっ、ドロシー様の配下として下手は打てない!)
責任感の強い娘だ。黒髪の乙女……あたら私の手下になったばかりに女としての人生を棒に振った。すっかり化粧っ気が無くなって、口許が引き締まってきた苦労人だ……綺麗になったね。
愛娘のキキは、小さな体に電磁アサルト・ライフル2梃を左右に構え、表層階のメイン・コンコースを突き進む。
今日はフィッシュボーンに編んだ髪を可愛らしい繻子地のシュシュで纏めてる。
(お母さんの子として恥じぬよう、酷薄無慈悲な戦乙女になる、正しさを選び取ったことを後悔しないよう生きて行くっ!)
キキ、お前はまだ8歳だ……修羅に生きるには早過ぎる。
私がお前ぐらいの歳には、まだ近所の友達と野山を駆け巡っての鬼ごっこやかくれんぼをしていたものだ。
………愛しているよ。
ステラ姉が、市街戦用の多脚戦車出撃デポに陣取っていた。
ライフルはスリングで背中に背負って、両手に九鈷杵ヴァジュラを構えている。周囲に紫電の電撃がシャワーのように降り注ぎ、有人、無人の強襲装甲車両を飴のように溶かしていった。
(お遣りなさい、ドロシー、あなたの思ったように!)
私と同じ悲しみを共有している姉のような存在……本当に頭が上がらないし、救われている。
同じ村を出て、同じように肉欲の罠に溺れ、同じように胎児を堕胎した私の大切な姉弟子……例え世界を敵に回しても互いを守り抜くと誓い合った。
地獄の底まで付いて行く。何処までも一緒だよ。
王宮前広場に集まる、真空耐用防護仕様の兵士達をマルセルが撹乱していた。
銃器を理力で操るマルセルは、マグナム・クラスの爆裂ビームを放つハンドガン等を同時に数十梃、撃ち捲っている。随分足運びが良くなったな……まだまだ半人前だけど。
(教え通り殺す相手を想い、それでも躊躇なく殺せるようになった……私は魔物じゃない、私は人間だ、ドロシー様を崇拝し、何処までも付き従うっ!)
マルセルのかかえる心の闇が、彼女を強くした……出来の悪い弟子ほど可愛い、何処までも連れて行くさ……
タイダル・リリィが今は使われなくなったペイロードを収容している輸送ブランチを全て潰して回ってる。
緊急脱出に使われるかもしれないと思ったのだが、案の定使える状態が維持されていた。赤い唇を歪めて、リリィは怪しく笑っていた。
(あぁ、楽しい……楽しいぜっ、正可にあのセルダンに弓引ける日が来ようとは思ってもみなかった、長生きはして見るもんだ……生きてて良かった)
顔に似合わず、口も性格も悪いな……剣に生きるんじゃなかったのか? 普通に銃撃も得意そうだった。
エリスが住民の避難誘導に一役買っていた。傍らのエルフの娘を随分気にしているな……あぁ、責任を感じているのか……何々、彼女を料理教室に招待したいって、お安い御用さ、エリスの頼みを私が聞かなかったことがあるか?
多分私達三人の中で、元々の潔癖性で言ったら一番のエリス……だから、自分が仕出かしたことに耐えられなかった。
(いつか私は自分の甘さ故にしっぺ返しを食う日が来るかもしれない、でも捨ててしまえば私は私でいられなくなる)
心正しき乙女は精神退行から戻ってみれば、自分の身より私の身を案じるようになった。
あたらナイーブなだけに、貞節でないものを許せず、拒否した。
悲しみの戦士、エリス……共に手を取り、行こう。
サー・ヘドロック・セルダンが居館スペースの指令センターに座していた。
彼の生い立ちが見えた。
天才ゆえに家族や周囲に疎まれた。孤独で繊細な少年の魂は歪み易かった。
だから性格破綻者になったって……環境のせいにするなよ。
自分を受け入れなかった世界に復讐したかった? 覇道?
そんなものの為に世界を滅茶苦茶にして顧みなかったお前は、ただ猛毒を垂れ流すだけの害悪以外の何物でもない。
プライド?
自らの成果を分け与えようとしないお前は、駄々っ子も同然だ。200万年を生きて精神年齢はガキのままだな。
脱出の奸計を用意しているが、残念だな、手は打ってある。
ナンシーが本体の超弩級要塞戦艦を300のパーツに分解し、時間差の亜空間ジャンプでムーンベース上空に出現しつつある。
一挙に移動して、突然の大質量具現化に月面を蹂躙しないためだ。
考えれば、えらいものを手に入れてしまったものだ。
大体、船首像が私の顔なんて、恥ずかし過ぎる。
闘う仲間との絆が呼び水になるのか、何が引き鉄かは分からなかったが、初めて体験するゾーンの覚醒だった。
一瞬の出来事は、時間すら存在していない。
幻の知覚は刹那と霧消し、転移と同時に辿り着いた先で時間流加速戦闘モードに入る。
破壊力を抑えた対人突撃ライフルをフルオートに斉射していく。武装したセルダンの警護隊や、副官共がバラバラと斃れて行った。乾いた連射音が重く響き渡った。
フロアの開口部は広く、エルフ以外のセルダン一党が押し寄せてくるが、先にメカニズム転送していたブリュンヒルデが立ち塞がる。
立射でエントランスステップ前面に陣取り、三点バーストで先頭から、応援部隊を確実に削って行く。
一党の後方で非常用隔壁が閉じ、更なる増援を断つ。ナンシーのアシストだ。
すでに基地内のあらゆるコントロールはナンシーの手中にある。
遂に私は、念願のサー・ヘドロック・セルダンの目の前に立った。
「……死神ドロシー、推参」
私は加速モードを解いていた。
「会いたかったぞ、この場合黒幕と呼ぶのが相応しいか? 散々その影を追ってやっとここまで辿り着いた」
「ヘドロック財団CEOにして大陸救済協会の創設者」
「……オー・パーツの回収行では煮え湯を飲まされる一歩手前まで行ったさ」
「200万年を生き永らえて、その目で何を見てきたのか興味がない訳ではないが、己が目的のためには他をないがしろにする貴様の有り様は許容できぬ」
「特に破滅願望のある性格破綻者なら尚更だ」
数段高くなったコンソールに囲まれて、じっと動かぬセルダンを睨め付けながら回り込む。
「壊れた者同士、いざ決着を付けん……」
目の前のセルダン・オリジナルは、無様な継ぎ接ぎだらけのパーツの集合体で、お世辞にも決してスマートなサイバネティクス体とは言い難かった。
延命処置を繰り返すことに因り、今日まで生き延びてきたのだろうが、一見してアンバランスなそれは、壊れたブリキの玩具とでも言えばいいのか、その時々で機能ばかりを優先した代替に、ほぼ見た目は犠牲になっていた。
普段、民衆の眼に触れるときは表面に無難なホログラムを被せているらしいが、その正体は200万年の間にすっかり擦り切れてしまったガラクタのようですらあった。
「あれだけ探した“ニンリルの翼”が、今目の前にある……昔、見て憧れた栄光の象徴そのままだ」
「そして船首の女神像とそっくりの女が、ついに追い付いたと言う訳だ」
ガラクタのセルダンは、何処から発するのか、思いのほか威厳のある声だった。コンソールの大型モニターで、合体し再構成を終えたナンシーを見ている。
「……何故、人の世には持つ者と持たざる者が在るのか、答えてくれ“天秤の女神”よ」
「セルダン理論のことか?」
「……………」
核心を突いたのか沈黙するセルダンに、追い打ちを掛けた。
「《ギゲル》の技術は大したものだった、あれはスターターとしてのエネルギーを全く必要としていなかった、在るのは唯、“収束と再生”の方程式だけだ」
法王聖庁で初めて砕いたオー・パーツ、“賢者の臓腑”の解析についての所見を語る。その劇的な効果は、驚異的なまでに全て論理的に組み立てられていた。
「突き詰めていくと、その方程式は見事なまでにシンプルなソリューションに行き着く、ゼロ・イコール・ゼロだ」
セルダンが息を飲むのが分かった。
「非現実を現実にするという、セルダン理論の骨子は《ギゲル》の技術が基礎になっていると睨んでいる、違うか?」
セルダンは黙したまま答えなかった。
「……まぁ、いい、ヒルデ!」
後ろに控えるブリュンヒルデが進み出た。
「暫く見ぬ間に随分と様変わりしたようだな、セルダン」
「正可………ブリュンヒルデェ、お前なのかっ! 何故ここに!」
私に対するゲリラ戦術的に用意された罠だった筈の彼女が生きて我等と共にあることが心底想定外らしく、セルダンは初めて人間らしい反応を示した。
「知れたこと、自分を縛るサブ・ウェアはドロシーが解除した、同じように常駐プロトコルアプリを無力化されたタイダル・リリィも今では仲間だ、ここにも来ている」
うっくくくくくくくくく…………、ゔぁははははははははははははははっ
地を這うような忍び笑いは、やがて哄笑になった。
「ウヒヒィッ、やってくれるな“天秤の女神”よ、想像以上だ」
「嘗て滅却した《ギゲル》にはヒュペリオン先史文明オリジナルの電子頭脳が使われたのではないかと踏んでいる、収束し圧縮し、ビッグバンを生み出す高性能な方程式を保持していた、おそらくはブリュンヒルデにも使われている補助脳と姉妹品ではないかと読んでいるのだが、違っているかな?」
「この一点を以ってして、《ギゲル》はブリュンヒルデの亡骸から精錬されたと言う伝承が残った」
「予想以上に頭も切れる……そうだ、あれは余が創った」
「“確率人類進化学の行動心理原則理論”だったか、実際に数値データから信じ難い確度で未来予測を導き出す手法、メタヒューリスティクス完全アルゴリズムのモデリングとやらで布石を打った筈、メイオール銀河の四次元コーデック規格をヒントに残した、あれは“止めるものなら止めてみろ”と言う、あたしへの挑戦か、それとも……」
「あれが分かり易い法王聖庁に在ったことさえ、何らかの作為があったと見ている」
「“薔薇王の種子”の時もそうだったが、我等が接触を図ったタイミングで物事が動き出すのは出来過ぎている、仕込まれていたと考えるのが普通だが、ひとつ間違えればお前自身が厄災に巻き込まれる……自殺願望か?」
あれは警告や罠と言うよりは、道案内のようですらあった。
「ふっ、何のことやら……余の預かり知らぬことだ、遠い昔のことゆえ忘れたかも知れぬ」
ガラクタボディのセルダンの表情は読み取れなかったが、思考の中身は言葉とは裏腹のものだった。
「お前の中に僅かに残った良心が、お前の中に第二の人格を造り出した」
「表層に浮上することは少ないが、仮にこのペルソナBとでも呼べる存在が、ヘドロック・セルダン、お前の表の人格の邪魔をしようと策動するのを、お前は知っていながら見逃した」
「………何故だ?」
セルダンは黙して何も語ろうとはしなかったが、相反する考えに苦悶するように思考は千々に乱れていた。私の指摘のせいか、この逡巡は無限にループするかに思われた。心の内に抱えた大いなる矛盾が鬩ぎ合い、200万年に渡り世界を裏から操ろうとした超凡にして稀有の謀略家は、すでに壊れていた。
「ふぅ、もういい……精神分裂した者の繰り言を遺言として聴くのも馬鹿らしい、聴きたくもないので真相は墓場まで持っていけ」
「お前の野望はここで潰える……ヒルデ」
促す前にブリュンヒルデはその変転する神秘の瞳に爛々と憤怒の焔を宿し、前に進んでいた。セルダンの目前に迫った。
手にはいつの間にか、巨大な愛刀バルムンクを引っ提げている。
「お前が生み出した不滅の兵器として生きてきた、だが組織の遣り方に疑問を持って袂を分かった、そのことで自分が幽閉されるのは仕方ない……組織を裏切ったんだからな」
「だが何故、無関係のジークフリートを巻き込んだっ!」
「生き返らせてまで、精神支配で従わせたのは何の為だ」
「……お前は余が造り出したのだぞ、余が産み出した最高傑作が何処の馬の骨とも知れぬ者に勝手に懸想しているなどと堪忍出来る筈もなかろう、可愛さ余って憎さ百倍……相手の男にも罰と枷を呉れてやったまでだ」
ギッと音がしたと錯覚する程、バルムンクの柄が強く握り締められていた。
「セエルゥダアアァンッ!」
振り被るブリュンヒルデに待ったを掛けた。割って入って大剣バルムンクの斬撃を受け止める。
「暫し待て、最後の引導を呉れてやらねばならぬ」
「セルダン、お前は脳細胞の記憶野を上書きすれば消してしまった知られたくない記憶を守れると思った……だが、それは間違いだ」
「残留思念と言うものは確かに存在する、お前から隔離された“セルダン理論”と、データ化されたお前を構成するための総ての原形質情報を圧縮したヒュペリオン・コーデックメモリーさえあれば、お前はお前の分身を再構築できる……しかも継ぎ接ぎな身体ではなく真面な健常体として……そう計画していたことが読み取れるんだ」
「そしてお前自身は忘れてしまったが、コーデックメモリーを託され自動巡回メンテナンス・オートマトンに擬態した高性能ロボットが今現在、密かに完成された緊急脱出用の小型ハイパードライブ船を目指して、月面を移動中だということも知れている」
「チェックメイトだ……当然、手は打ってある」
絶対に他人に渡したくなかった研究成果、“セルダン理論”が完成しているのは確認済みだ。
残ったのは全てに絶望し、灰と燃え尽き、抜け殻と化した一人の野望家の姿だった。
「……望んだ結果として今のあたしが在る訳じゃないとしても、セルダン、お前を討つのが宿命に導かれてだとしても、討ちたいと言うあたしの心からの願いがそうさせるのだと言うことは」
「覚えておいてくれ」
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「誰ですか、あの眩しくって正視出来ないような、光り輝く神様みたいな人は?」
「だから、あれがドロシーだよ、私達のボス」
「素の状態だから真威を抑えていないだけだよ、私も貴方達の中で工作活動するのに色々と漏れ出すものを抑えてる、じゃないとこうして話も出来ないからね」
そうなのか……真実って残酷なものだって知ったここ数日、どうしていいのか全く分からなくなって、無理を言って連れてきて貰ったけど、この尊いお方を拝見出来ただけでもこの場に立ち会った甲斐がありました。
そう思えるだけの、侵すべからざる神域にある、人ならざる美神のまごうことなき威風堂々たる御姿でした。
私は知らず知らず、心が打ち震える感動の涙を流していました。
対決の場を邪魔しないよう釘を刺されていたので、エリス様に言われたように遠巻きに伺っているだけなのですが、当事者でもないのに極度の緊張から、鷲掴みにされた胸が押し潰されそうです。
いいえ、私だって当事者です。セルダンの独裁政治にすっかり翻弄され、しかもそれに気付けないままの大間抜けとして何百年を過ごした被害者です。
にしても、独裁政権の盟主にしてコロニーヒエラルキーの頂点、総統セルダンの真実の姿がこんなだとは思っても見ませんでした。
剥き出しの人口筋繊維は保湿剤が塗布されているのか緑色にヌメヌメとテカり、それを取り囲むような白い強化セラミックの外骨格は左右非対称のフォルムで、ところどころエクステンションのガードが増設されていました。
あちこちに無作為に突き出たプラグ状の装置は、おそらく疑似生体のメンテナンスやブースト用の電子アンプルだと思います。
いずれにしても一時代前の設計思想だし、一遍に義体化してさえいれば、こんなにチグハグにはならない筈だと思うのですが……
「あれだけ探した“ニンリルの翼”が、今目の前にある…………」
“ニンリルの翼”って、エリス様が言ってらした夢のような超大型要塞戦艦のことでしょうか? だとしたら、セルダンは何処で見たのでしょう?
そんなに昔からあるものなのでしょうか?
セルダンの声は、国民向けのメッセージ放送で映る街頭ビジョンで聴き慣れたものと寸分変わりませんでしたが、今なら分かります。映像は巧妙に合成されたものであり、音声は直接メディアに信号として流し込まれていたのでしょう。今も声はコンソールの辺りから響いていて、セルダン本体には発声器官らしきものは見当たりません。
頭にあたる部分にあるのは、何本ものビノキュラーやスコープのようなレンズ群や集音マイクのようなセンサーだけです。
こんな胡散臭い存在に私達は今まで長く謀られてきたかと思うと、心が張り裂けそうでした。
ヒルデと呼ばれた大柄の女性兵士……すごく綺麗で魅力的な方でしたが、セルダン所縁の方なのでしょうか?
言葉を交わすとセルダンが狂ったように笑い出しました。
(彼女はブリュンヒルデ、セルダンが創出した特殊作戦群“ワルキューレ・シリーズ”の頭目格だったアンドロイドだ)
(嘗て人らしい喜怒哀楽を求めたブリュンヒルデはセルダンの不興を買い、長く幽閉された後、恋人だったジークフリートを苦汁を呑む思いで手に掛けた)
(再び出会った恋人だった男は、セルダンに洗脳されていたんだ)
エリス様から直接、頭の中に話し掛けられました。なんて非道い仕打ちなんでしょう!
(ジークフリートは遥か以前、レイナ・オルガナ姫に仕えたエルフ族の騎士だった、私が聖痕を宿した血筋だと知ったのは、随分と永く生きたこの者の記憶が発端だった)
そうだったのですね……私達、月面エルフの170万人、それ以前に生きた同胞達以外にも人生を狂わされた人達が、きっと沢山居るのですね。
あれだけ恐れた“天秤の女神”様が問い詰めるたび、セルダンは窮して行きました。こんなに自分勝手な男が世界を蹂躙してまで守りたかった物が何なのか、私には全く理解も想像も出来ませんでした。
最期はブリュンヒルデ様の振るう奇妙な形の刃渡り2メートルはあろうかと言う大剣で、粉々に砕け散ったセルダン……お前は思い違いをしていると言う投げかけに、焦りと絶望の気配がありました。
少しは溜飲が下がる気がしましたが、呪縛から解放された私達月面エルフのこれからを思うと却って気が重くなります。
ドロシー様達は、逃げたオートマトン擬きが持つ、セルダンの圧縮された生命情報と“セルダン理論”の回収に向かわれるそうです。
エリス様も後を追われるそうですが、セルダンだった名残りの屍骸を間近に見下ろす私を気遣って少し付き添ってくれました。
思えば、人民を不当な圧政から解放すると謳い続けた私達炭焼党でさえ、刷り込まれた価値観の手鎖から本気で抜け出そうとしていたかは怪しいものです。
それ程セルダンの影響力は強く、根深いものがありました。
「私達には強くなるしか道は残されていなかった、そうでなければ罪の重さに押し潰されて立ち直れないまま、ゴミ屑のように人知れず消えていくだけだったわ……今でもそれが当然の報いだって考えることがある」
エリス様は生きる価値など無かった自分達が、如何に必死で足掻いてきたかを話されました。“魅了・催淫”と言う悍ましい技の虜になってドン底に突き落とされ、何も信じられなくなった惨めなこの世の地獄から這い上がる為に何が必要だったかを諭されました。
「惑うことは恥ではないし、答えを見つけるのは簡単じゃない、でも停滞することは駄目、嫌でも前に進む道を見つけなさい」
「私達の師匠の言うには、“魅了・催淫”は堅固な心さえあれば跳ね返せるのだと、結局私達の心が弱くて、付け入られる隙があったのだと、そう残酷な事実を告げられた……だから私達は強くなるしかなかった」
「ドロシーは決して間違えない、いえ、間違えられない」
「見たでしょ、今のドロシーの並び立つものなき絶対無双の姿……顔を上げ、前に進むと決めた者の姿よ、脇目も振らず信じた道を突き進む強さ……だけど其れ故に振り返ることは許されない」
「ただ前へと進む……その結果として、私達は今ここ、月面のディストピアに辿り着いた」
「手にした強さよりも、失ったものの方が遥かに大きいわ……愛する人と一緒に暮らし、愛する人の子供を産む、その至極真っ当なことが私達には出来ない、いや、してはいけない」
「犯した罪の記憶に苛まれる私達の悲しみよりも、私達が貶めたソランの悲しみの方が遥かに深いの……だから私達の贖いの旅にはまだまだ善行と祈りが足りない、いつもそんなことばかりを悩んでいる」
引き千切れ、バラバラの残骸となり果てたセルダンの亡骸を、確かめるように見下ろすと、何かがショートし、焼け焦げる湯気が立ち昇っていました。
蛋白質が燃える嫌な臭いは無く、何かプラスチックが焼けたときのような臭気が鼻を突きます。
エリス様方が歩まれる茨の冥府魔道に比べれば、自分達の不幸など何程のこともないのかもしれません……
「朝も昼も晩も、下着を穿く間もない為体に、勇者パーティの使命をないがしろにしたのよ……為に、可惜散らずともよい多くの命が失われた」
「この身一人の命では罪滅ぼしの対価になる筈もない、罪の重さに比べて到底追いつかない……そうでしょ?」
「多くの亡くなられた方達に贖罪しなければならないけど、特別な一人には未だに謝罪の一言も出来ていない」
「でもね……たった一人の愛した人を裏切り、目の前で性交渉を見せ付け乍ら罵り、傷付けた……その悪魔のような所業が、悲しくて、切なくて、情けなくて、気が狂いそうになるの……自分達のしたことなのにね」
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セルダンが腹心の部下にも知らせず、秘密裏に建設した小型恒星間シップの発進基地からは自動防衛型の無人モビル・ファイター群が迎撃網を構成せんと上がって来ていた。
対するのは地上爆撃型だが、ドッグファイトも熟す万能タイプの小型突撃戦闘機――私達は“ラプター(猛禽類)”と呼んでいるが、地上文明から発生したモビル・ファイターが航空機のスマートなフォルムなのに比べると、宇宙の放浪が長かったメイオール・テクノロジーの産物として、航空力学を一切無視した形状だ。
キャビン部分の球体を取り巻くように、独立した幾つものアクセサリーと呼ばれるパーツが回転しながら付いてくる。それぞれがそれぞれに別々の攻撃手段を持っている。
編隊のパイロットは家のシルキー達だ。
寡黙な彼女達は戦闘機に乗せても一流だった。すでに全自動の離陸ステーションの制圧は時間の問題と見て取れたが……
「マズい、発射サイロが開くぞっ、今月面をノコノコのたくっているのは囮だ」
「最後の最後までやってくれるぜセルダン、本命はすでに搭乗している!」
ポスト・リーディングの可能性まで見越したかセルダン、見上げたもんだぜ!
おそらくは、最初の逃走プランの上にダミーのプランを上書きし、更にそれを消し去った。完全に裏をかかれて、出し抜かれた。
きっちりガラクタセルダンに落とし前を付け、呑気にシルキー達の戦果を見に来てみればこの様だ。
「ラプター全機は退避、進路を開けろ、巻き込まれるぞ!」
月面の重力が幾ら地表より少なかろうと、逃走を前提とするならば打ち上げスタイルが最善だ。おそらく第二宇宙速度は母星の約五分の一ほどか?
重力圏を一気に脱出する多段式熱核パルス推進ロケットを、使い捨てのローンチ・ヴィークルとして使うようだ。
魔導クロノメーターを取り出し、時を止めるか、超加速に入るか、手立てを迷っている間にサイロから発射台支持架がせり上がり、可変プラットフォームが次々に動いていき、止める間もなくロケットは点火した。
思ったよりも素早い。
ハイブリッド推進なのか、気化した液体水素系ケロシンが燃料充填口から漏れてパリパリと凍っていく。
(全員取り付くぞっ、力業で止めるっ!)
(ヒルデッ、頭を抑えろ、分解しない程度に加減して重力を掛けるんだ!)
加速時間流の中で、圧縮した意思伝達の指示を出す。
(((了解!)))、((承知!))((イエス・マム!))
それぞれがテレポートや転移、メカニズム転送でロケット胴体に取り付いていく。小惑星帯を抜けるつもりなのか、胴体には強固な超電磁シールドが張られていた。
反陽子核パルス推進を使うということは、放射反転子の熱核融合炉を持っている……こいつが暴走すれば大惨事だ。下手は打てない。
(牽引だ! バランスを考えろっ、少しでも負荷が偏ればそこから瓦解する)
プラズマブラストと爆発的な燃焼エネルギーの複合推進炎の真下から回り込み、突っ込む。
一度に運動エネルギーをゼロにすれば、反動でロケット本体が分解して仕舞う。ここは一旦、推進力を半分ほど奪ってから時間流を70パーセントに抑える。
(エリスッ、スターシップ本体の航法コンピュータを黙らせろ!)
(承知……)
すざまじい振動と共に昇って行こうとするロケットの胴体を垂直に駆け上がる。胴体に固定されたハイパードライブ仕様のスターシップへと取り付き透視を開始、発見と同時に外装を無理矢理剥いでいく。
最後はアポーツで、目的のメンテナンス・オートマトンに擬態したセルダン“最後の切り札”の安全で無害な部分だけを、格納ポッドから引き抜いた。
(対象確保っ、全員離脱するっ!)
全員の離脱を確認後、ステラ姉が、質量とエネルギーを無に帰する超絶魔法“暗黒反転黙示録”で飛び去る脱出用ロケットを僅かな光の粒子へと変え、消し去った。
200万年に渡り世の中を影から操り、絶対余人には、特に“天秤の女神”には渡すまじと躍起になった……イビツな天才だからこそ為し得た偉大なる遺産は、今私の手に握られている。
結果として、こうまでして手に入れた“セルダン理論”、精々役立てないと数々の努力が無駄になりそうだった。
さて、ムーンベースに戻って蹂躙し破壊した施設を復旧するとするか……時を巻き戻して、巻き込まれて死んだ反武闘派、降伏組のエルフ達を生き返らせないとな。
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闘い終わって、強者どもが夢の跡……私はドロシー様のオッパイを守ることが出来ただろうか?
非力な私が出来ることは少ない。
無残な過去を抱えたドロシー様の純潔……例え壮絶な凌辱を自ら懇願した色情狂だったとご自分のことを卑下されたとしても、ドロシー様の純潔は今も在るのだと、そう思いたい。
純粋無垢な純潔とは少し違っているかもしれないが、燦然と輝く乙女であって欲しい。
だから私はこれからも、影となってお側に仕え、ドロシー様の清らかさを脅かすものを排除していく心算だ。
私に出来ることは少なく、もっと強くならねばならない。
ブリュンヒルデ様の重力反転能力とその精緻なコントロールは本当に凄かった。タイダル・リリィ様の牽引ビームも然りだ。
それに比べて私とデュシャンのは、まだまだ精進が足りない。
8歳のキキ様のサイコキネシスにさえ見劣りしていた……もっと腕を磨かなければ、オッパイを守るなんて夢のまた夢、そう思えた一戦だった。
ドロシー様が異空間に保持する5000個の大脳に記録されたデータから逆戻しをする、“神層天地再生”の奇跡が始まっていた。
時間を巻き戻して、ムーンベースが破壊される前の状態に再構成していく。
遥か下方のクレータ内の破壊された月面基地が復旧していく様子が見て取れた。今は弦月、ムーンベース辺りは丁度日暮れどきのような状態だが、大気を持たぬ月面では太陽光が当たっている部分は100度以上ある筈だ。
逢魔ヶ時と言うにはちょっと暑過ぎる。
あぁ、それにしてもお腹減ったなあ……早く帰って、スキッドブラドニールの麺類コーナーで、牛骨スープのフォー、パクチー増し増しが食べたい。
そんなことをことを考えていたら、号令が掛かった。
「よっし、者共、勝鬨だっ、演奏隊形をとれ!」
「えぇっ、本当にあれ、遣るんですかぁ?」
「口答えしたマルセルは、後でお仕置き」
「遣りますっ、有難く遣らせて頂きます!」
月の引力圏外での無重力状態、上も下も無く楽器をホールドするのは至難の業だ。実際、ステラ様などは逆さまでチェロの演奏姿勢を執っている。
デュシャンのA〈ラ〉の音で各自が最速でチューニングする。
真空中で音を響かせるには、普通じゃ駄目だ。
魔音と言うものを楽器の振動に乗せる。魔音は性質上、距離など関係なく何処までも減力も、劣化も無く、しかも遅滞無くすみやかに伝わって行く。
弾くのは“韃靼人の踊り”の“乙女達の踊り”の楽章だ。こんなところで酔狂にも演奏するのは、後にも先にも私達、アンサンブル・デラシネだけだろう。
その日、私達の星に、福音の調べが月から降り注いだ。
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これより僅か3日後、セルダン理論を突き詰めたドロシーは万物創世のスキルを完成する。非現実を現実に変える魔導においても、無から有を生み出す究極中の究極、スキル“万能”が降誕する。
後に、“ドロシーの前にドロシー無く、ドロシーの後にドロシー無し”と謳われる“万能のドロシー”の誕生である。
「月は無慈悲な夜の女王」以上にグッと来るタイトルが無いか色々と模索しました
タイトル負けしちゃってますかね?
因みに“ゾーン”の体現は、アムロガンダムのラストシーン、ニュータイプの覚醒を意識しています
遂に宿敵セルダンを討ち果たし、ドロシーは更に強くなってしまいました
振り返ると登場人物のことごとくが一皮剥けば過度なド変態セックスに溺れる、欲望に振り回される人々だったのには吃驚です
ファンタジー世界でのソドムとゴモラを描こうと思うと、世の中に慎ましやかな性生活を送る人々は少数派とさえ思えました
行き過ぎた描写で運営様からメール頂くことが無いことを祈っていますが、区切りとして前提である性に溺れ寝取られた女達側の実情を再度はっきり描きました
2章はここで終わりです、挿話を挟んで、次章は復讐する側のお話になります……ガラっと変わりますがブックマーク剝がさないで、お付き合いください
ディストピア=逆ユートピア〈英語:anti-utopia〉は反理想郷・暗黒世界、またはそのような世界を描いた作品/産業革命後に発達した機械文明の、否定的・反人間的な側面が強調されて描き出された未来社会像で、典型例は反自由的な社会であり〈隠れた独裁や横暴な官僚のシステム〉、〈性愛制御〉などが描かれる
フェリックス・メンデルスゾーン=哲学者モーゼスを祖父、銀行家のアブラハムを父親に、作曲家ファニーを姉として生まれたメンデルスゾーンは、神童として幼少期から優れた音楽の才能を示した/作曲家としては「ヴァイオリン協奏曲」「夏の夜の夢」「フィンガルの洞窟」「無言歌集」など今日でも広く知られる数々の作品を生み出し、またバッハの音楽の復興、ライプツィヒ音楽院の設立によって19世紀の音楽界へ大きな影響を与えた
トラベリング・カーニバル=複数のアトラクションや食べ物の販売、物品の販売、運や技量を試すゲーム、肝試し、動物の出し物などから構成されている/移動遊園地は通常の遊園地のように永続的に特定の場所に設置されるのではなく、ひとつの場所から別の場所へと移動していき、その源は19世紀のサーカスと似ており、どちらも町の近傍や町中の空地に設置され、一定の期間が過ぎると別の場所へと移っていく興行システム
九柱戯=ボウリングの原型といわれる室内競技で、古代から中世のヨーロッパ諸国で流行した1~17本のピンを倒すローマ式ボウリングをドイツの宗教改革家ルターが9本のピンに統一したルールを作ってさらに普及した/従来の戸外にかわって屋内に板張りレーンを敷き、トックリ型のピンを並べ木製ボールをころがす…………〈確かドイツ語でケーゲル〉
ノーズアート=主に軍用機の機体に描かれたさまざまな絵画、機体の愛称などを指し、機首〈ノーズ〉に描かれることが多いが、胴体中央・後部や垂直尾翼など機首以外の場所に描かれる場合もあり、これらも含めて広義的にノーズアートとみなされる/本来、軍用機に派手なノーズアートを施すことは敵の視認性を高めることになるが搭乗員の士気を鼓舞する目的でいわば黙認されていたということが実情である/第一次世界大戦当時は貴族出身のパイロットも少なくなく、そうした装飾は中世・近世の幟や紋章、甲冑のように、その個人的ステータスや所属部隊を示す記号として使用され、代表的なものとして乗機のフォッカーを真紅に塗ったレッド・バロンこと、マンフレート・フォン・リヒトホーフェンが存在した
アメリカ空軍の場合、女性の裸身の他、機首をサメに見立てて口や牙・目を書き込む「シャークマウス」、ディズニーや当時人気のあった漫画やアニメのキャラクター、死神のような想像上の存在、機体愛称にちなんだ独自のものなど、それこそ多種多様である
テストステロン=アンドロゲンに属するステロイドホルモンでコレステロールからいくつかの段階を経て生合成され、アンドロゲン受容体に結合して活性化することで作用を発揮する/テストステロン値と男性のオーガズム体験の認識には相関がないが、一方でテストステロン値と女性のポジティブなオーガズム体験には正の相関が有り、男性の交尾行動に影響を与えることが知られているホルモンであるテストステロンのレベルは排卵期の女性と非排卵期の女性の体臭に曝されたか否かによって変化する/男性は女性の排卵サイクルに対応して女性が最も妊娠しやすい時期を感知するように適応しており、女性は最も妊娠しやすい時期に好ましい男性の交尾相手を探すというもので、どちらの行動もホルモンによって動かされていると考えられる/アンドロゲンは膣組織の生理機能を調節し、女性器の性的興奮に寄与していると考えられ、膣内の性的興奮が継続的に高まることで性器の感覚や性欲行動が高まる可能性がある
炭焼党=19世紀前半にイタリアとフランスに興った革命的秘密結社で、急進的な立憲自由主義を掲げ、ノーラ、トリノをはじめ各地で武装蜂起を企てた/イタリア語のカルボナリ〈Carbonari〉は「炭焼〈木を燃して炭を製造する職人〉」を意味し、18世紀末、フランス革命の初期にフランス東部のフランシュ=コンテに存在した、炭焼人のギルドを模した秘密結社がその源流とされ、組織は仲間内にのみ解しうる記号や符牒を有していて、党員は握手の際に秘密のサインを示すことで互いを同志か否か識別し、サインは位階ごとに異なっていたという、また徒弟は薪の束、親方は手斧をかたどった飾りを着用した
オルグ=団体が組織拡大のために、主に労働者・学生に対して宣伝・勧誘活動で構成員にする行為、またはその勧誘者を指す
プロパガンダ=特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為のことで、通常情報戦、心理戦もしくは宣伝戦、世論戦と和訳され、しばしば大きな政治的意味を持つ
性器ヘルペス=初回の感染時では水疱は数日で潰れ、男性では潰瘍状になり病変から1週間後が症状のピークとなる/女性では痛みが強く、2~3週間で症状は自然治癒するが、男性では亀頭、陰茎、男性の同性愛では肛門周囲や直腸に、女性では陰唇や膣前庭、会陰で、子宮や膀胱に達することもあり、女性の初感染では38度以上の高熱が出ることがある
ガスパチョ=スペイン料理としては極めて有名な冷製スープで、発祥の地はスペインのアンダルシア地方/初期のガスパチョはパン、ニンニク、食塩、酢、水だけから成っていたが、19世紀までにはトマト、キュウリなどが入るようになった/本来は木の擂り鉢と擂り粉木で素材を磨り潰していたものの、今ではミキサーやフードプロセッサーを使うことが多い
エストラゴン=草丈は60センチメートルくらい、茎は直立してよく分枝し、葉は対生で細長く、先がとがっていて濃い黄緑色で光沢がある/花は滅多に咲かず、また不稔性なので挿し木や株分けで増やし、料理の香味づけによく用いられるが、香りが飛んでしまうので乾燥させたものではなく生で用いるのが望ましい
胡麻豆腐=精進料理のひとつで、原材料はゴマと葛粉/葛粉に本葛を用いるのが本式とされ、高野山や永平寺の精進料理には、かかすことのできないものと言われる
ニイタカヤマノボレ=真珠湾攻撃の際に使われた暗号文/12月1日、御前会議で対米宣戦布告は真珠湾攻撃の30分以上前に行うべきことが決定され、12月2日17時30分に大本営より機動部隊に対して「新高山登レ一二〇八ひとふたまるはち」の電文が発信された/新高山〈二イタカヤマ〉は当時日本領であった台湾の山の名〈現・玉山〉で当時の日本の最高峰〈3952m〉、一二〇八とは12月8日のことで「Xデーを12月8日〈日本時間〉と定める」の意の隠語であり、語を「暗号書D」にしたがって5桁数字の符字に置き換えたコード暗号で発信された/真珠湾攻撃に先立ってコタバル上陸作戦が行われることになる陸軍では「日の出は山形」の電報を発信している/因みに海軍では戦争回避で攻撃中止の場合の電文は「ツクバヤマハレ」や「トネガワクダレ」であったなどと諸説ある
メインフレーム=主に企業など巨大な組織の基幹情報システムなどに使用される大型コンピュータを指す用語で、汎用コンピュータ、汎用機、大型汎用コンピュータ、ホストコンピュータ、大型汎用機 などとも称される
フールプルーフ=安全工学における用語のひとつで、工業製品やシステムを設計する際、誤操作や誤設定などの間違った使い方をしても少なくとも使用者や周囲にとって危険な動作をしないように、あるいはそもそも間違った使い方ができないように配慮する設計手法のこと/日本語のポカヨケを直訳したpoka-yokeが用いられることもあり、「人間は往々にして間違いを犯すものである」という前提に立った考え方に基づいている
ヒジキ=ヒバマタ目ホンダワラ科ホンダワラ属に属する褐藻の一種であり、ときに長さ1メートル以上になる大型の海藻/日本では干ひじきを水で戻して油で炒め、根菜や油揚げ、大豆、椎茸、鶏肉などと共に、醤油、砂糖、だし汁などで煮て煮物とすることが多い
芝麻球=胡麻餡を白玉粉に水と胡麻油を混ぜた生地で包み、まわりに白胡麻または黒胡麻をまぶしたものを揚げて作る中華料理の甜点心〈甘い点心〉
アントニオ・デ・トーレス=スペイン・アルメリア出身のギター製作家で現在製作されているクラシック・ギターの原型となるモダンギターを製作した/トーレスが発案したとされる扇状に配列される力木の構造やボディの大きさなどは18世紀より漸進的に改良が試みられていたが、トーレスはその仕様を確立した/また彼によりボディや丸みの大型化や弦の65cmへの延長がなされ、音質と音量が大きく改善し、彼の改良によりクラシック・ギターの基本的な形状はほぼ完成した
シュシュ=ドーナツ状にした薄手の布にゴムを通して縮ませた髪飾りで、洋装から和装まで幅広く用いられ、布の色や形などはバラエティーに富み、単純な構造をしている分、各個人の好みの布を使って手作りすることもよく行われる
第二宇宙速度=惑星および衛星の重力を振り切るために必要な、地表における初速度である……約 11.2 km/s(40,300 km/h)で第一宇宙速度のルート2倍であり、この速度以上に加速すれば地表から離れていくことができる
ローンチ・ヴィークル=キャリア・ロケット〈carrier rocket〉とも呼ばれ、地球から宇宙空間に人工衛星や宇宙探査機などのペイロードを輸送するのに使用されるロケットのことで、日本では打上げ機という言い方もする
ランチパッド=ロケット、またはスペースシャトルの発射時に使用される荷重支持台/典型的な発射台はサービス構造物とアンビリカルケーブルから構成され、サービス構造物は発射前にロケットへの物理的アクセスを可能とし、発射時には安全な距離まで移動させられるか回転させられることが多く、一方アンビリカルケーブルは打上げ機にガスや電力、通信リンクを供給する/打上げ機の下に位置するプラットフォームはロケットエンジンから発生する力と熱に耐えられる、撓んだフレーム構造をしている
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
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