30.狂乱の舞踏呪術師、厭世観を語る
キキに稽古を付けると言った手前、カーテシィと高貴な方の手を取り中腰にひざまずく跪拝の試験をした。ギリギリ及第点を付けて、早速考えていた運足と頸力の操作から教えることにした。
まだ七歳のキキに地力の体力作りは早過ぎる。武術の真髄は運身の体捌きにある。
瞬動、縮地、天駆、蝕歩、諸々の足運びの基礎に禹歩がある。避けては通れぬスタンダードなものだが、西ゴートの僻地で舞踏のステップに似たものを見たときは随分と胡乱に思えた。
「当然知ってたよな……」
「……最初からネタばらししたら、感動が薄れるじゃないですか」
それが、この世の事象の有りと有らゆる情報・知識に精通しているナンシーの、“白い猪竜”イコール“九尾の狐”の素性を黙っていたことに対する言い訳だった。それは、私の感覚がズレて居なければ、良識ある人々の間では開き直りと呼ぶ。
大体、ニンリルに関する一切合切について、一番詳しいこいつが知らない訳がない。
知ってて黙ってやがったんだ、こいつは!
だっからああぁっ、特に人生に退屈してるわけじゃないから、話を殊更面白可笑しくしてくれなくてもいいからっ!
今度、同じことをやったらキキの家庭教師役を降ろすぞ、と脅して渋々納得させた。
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「もう二度と男遊びは致しません、性奴隷の誓約紋を入れて頂いても構いません! どうか、それで許してください!」
男達に向かってリンティアとピアッシングが涙ながらに謝罪をするのは、不倫の悪事がばれてから果たしてこれで何度目か……男共だって叩けば埃の出る身、悪所通いのひとつやふたつはあるんだから、女が男遊びをしても相身互いなんだがな……
度々に渡り女達は地面に額を擦り付けるようにして必死で謝ってはいたが、一度失われた信頼を以前と同等に修復するのは、なかなかに難しそうだった。
大量の死骸を残してしまった“クミホのダンジョン”の後始末をし、帰路はゆっくりとキャンプや釣り、狩猟を楽しみながらの旅だった。別に急ぐ必要も無いのだが、どうもクルセイダーズの四人の様子がおかしく、互いに気不味そうにしていた。
大した秘密じゃないと思い違いをした家のうっかり娘が口を滑らして以来、亭主達に内緒の浮気遊びをしていたのが公になって仕舞ったからだ。
仕方がないので最初に与えた前室タープ付きの大型ジオデシックの他に、トンネル型にインナーテントのあるタイプを譲り、男女別々に寝泊りさせた。
炭火ロースターで秋刀魚を焼いたり、ブライン液でマリネードして大型ダッジオーブンで遠赤ローストした七面鳥、グレービーソースとレモンバターで照りを出したものなんかを振る舞ってみたりもしたのだが、一向に軟化する兆しは無かった。
鉄のパンツのエリスなどは貞操観念の薄い者同士の痴話喧嘩のようなものだから放っておけと言うが、人の良い私と原因を作ったキキは見て見ぬ振りも出来ず、何くれとなく取り持とうとするのだが、機嫌取りでもあるまいし、なんで私等がここまで気を遣う必要があるのか良く分からなかった。
無事にシャグランダムールに戻って一旦解散した後、一緒にハバネラの待つ西ゴート帝国ギルド協会へ赴くのに待ち合わせたら、これからのことについて報告があると言う。
結局メンバーは皆、暫くは一緒にいる心算らしい。
リンティア達は二人で相談して、亭主達への償いに下腹に起請彫りというか、亭主命の消えない誓詞彫りをしようと覚悟を示すのに、コナンとソーンダイクに止められたそうだ。
そんな形ばかりのもの有っても無くても、浮気をする安い女は結局浮気をする……というのが男達の理屈だった。
自業自得とはいえ、“安い女”と言われてリンティア達は泣いたんだそうだ。
いや、キキが迂闊にバラしちゃって悪かったって、ご免な………
繋ぎ止められなかったのは満足させられなかった男の甲斐性が足りなかったと、昨晩は男共の鬱屈した悋気な劣情から4人で淫らな無礼講に及んだのだと報告してきた。
いや、そんな報告要らないから……
夫婦和合は良きことかも知れんが、上部だけ反省したような振りをしても所詮は倫理の箍が外れた冒険者風情、お前等の慎みとか克己心とかはそんなものかよ……と思ったりもした。
お前達ってば、私に溜め息ばかり吐かせて楽しいか?
だが興奮が覚めて仕舞えば、とリンティアは言った。
「なんだかギクシャクしてしまいました、夫のために、この男達のために、果たして私は自分の命を掛けられるのだろうかって考え始めたら、全然楽しめなくなって……、この人の子供が欲しいと思える時が将来あるのだろうかって思い悩み始めました」
それでもやることはやったらしい。欲望に正直で羨ましいよ。
「一緒に過ごした絆が安いかどうか、よく考えてみることだ」
「……はい、そうします」
彼等と一緒にギルド協会西ゴート主席のハバネラに報告を済ませた後、4人の気持ちに変わりは無いか、一緒に遣って行けるのか確かめてみたが、当面はやはり一緒に活動すると言う答えだった。
女達には、だったらもっと自分を大切にしてくれと諭すのに2人揃って神妙に頷く。
それでも、リーダーはもっと己れを見つめ直したい、鍛え直したいという気持ちが強くなったらしいし、モンク僧のティモシーは真剣に山籠りを考えているんだとか言っていた。
残るピアッシングは、もう恋などしないとか訳の分からないことを言い出す始末で(男遊びの間違いだろ)、パーティの行く末が思い遣られたが、まぁ人生色々だ。
温かい家庭を築くも、孤独に流離うも自由にしてくれたらいい。
別れ際、キキが一人一人にロザリオをプレゼントしていた。こっそりステラ姉が祝福の加護を付与していたものだ。皆んなもっと信心深くなれよ。
祈りが通じたらきっと良いことがある……コナンの指も全治するだろうし、ピアスの失われてしまった元の顔もきっと戻ってくる。リンティア、お前の身体と顔の傷もきっと消える。ステラ姉の加護には、それだけの神力があるんだから。
「私もキキちゃんみたいな娘なら、産んでみたいかも」
去り際に、キキにハグしていたピアッシングの言葉だ。
だが、彼女に子供を産むと言うこと、子供の親になると言うことの覚悟がどれほどのものか、分かっているのかは甚だ疑問だった。
「消えないのだろう? 君とリンティアさんは不特定多数に乱暴に扱われた過去を持っている、肉体に刻まれた刺激と快楽がふとした瞬間に麻薬のように、トラウマとなって甦ってくる筈だ、あたし達にも経験があるから良く分かる」
「忘れたくても忘れられない、人間の尊厳とは真逆の、駄目なモノに堕ちていく背徳的法悦、痺れるような被虐的絶頂感……だが、同時に心は乾いていく」
「男には分からない女だけのキズ、そのキズを克服しない限り、良い妻、良い母親になるのは難しい」
徹頭徹尾、情状酌量の余地無く、薄汚いドブドロに堕ちた先達の体験談だからか、4人とも神妙に聴いてくれているようだった。
「自分の犯した罪と真正面から向き合って見なさい、誤魔化さずに……誰のせいでもない、他ならぬ自分の犯した罪なのだから」
“金獅子クルセイダーズ”との最後の別れ際、私の助言を真剣に考えてくれたのだろう魔法士の娘、リンティアは己が覚悟を示した。
「幼馴染み殺しの罪を生涯、背負っていこうと思います」
古い切り傷を今は隠さなくなったリンティアが、額と頬を覆う面頬を外して何もかもを振り切った笑顔と共に語るのを、少しばかり逞ましくなったのかと、好ましい思いで聴いていた。罪を犯した娘を勘当した父母と、殺めた幼馴染み達の両親に刻まれた無数の傷痕は痛々しい罪の象徴だ。
だが、彼女はそれを隠すのをやめた。
幼馴染みに裏切られ、動顛したその気持ちにつけ込まれた挙句に、冷静だったら殺すことはなかっただろう恋人と、その浮気相手を切り刻んだ。どちらも同郷の親しい幼馴染みだったと聞いた。
「私が殺さなかったら、二人共もっと自分達の大切な人生を続けて行けた筈でした」
自分が奪った二人の人生、償える罪とも思えなかったが、その分誰かの命を救えるよう、これからは努力していきたいと話すリンティアのキュートな頬骨の盛り上がる美人顔は、今までよりも気持ち大人びて見えた。
「いいんじゃないか、君は君の都合を優先すればいい……」
「きっと、見栄と啖呵から始まる遣り直しもあるさ……いつかまた、何処かで会えるといいな、今よりも立派になった君と」
「はいっ、いつか必ず……」
元気で、と言うステラ姉、エリス、キキの別れの挨拶を最後に4人は去って行った。
高潔な魂も、全身全霊を賭けた成長も、普通に生きる分には必要無い。だが、唾棄すべき過去を変えたいと思う者、特に女がその先を目指すというのなら、話は別だ。
“九尾の狐”の顛末を報告に行ったときのこと、西ゴート冒険者ギルド協会の執務室では、幾分会った当初より血色の良くなったハバネラ・バーンスタインが、ニコニコと机の上に何枚もの新品のズロースを並べていた。
何でも、念願叶ってようやっと局内の購買で下着の販売が開始された、とのことだった。
女性ギルド長の下着を見て、同席したコナンやティモシーらは目のやり場に困っていたものだ。
後半の人生に前向きになったのか、トパーズのような淡褐色の瞳には力があり、色も以前より濃くなった印象だ。全体的に色素が抜けたようなコントラストの薄い容貌が、今と比べると何処か儚げだったのが良く分かる。
「随分色気のない下着じゃないか、ホテル・ナンシーのランジェリーショップから向こう一年間分、セクシーなのを上下見繕って送らせるよ、栗羊羹のお礼だ」
「ブラジャーってのは見たことないだろうけど、乳房の形を整えるのには最適だ、うちは健全な店なんで乳首に穴が空いてるやつは売ってないけどな」
「3Dデータは読み取った、トップ88のアンダー64、ヒップ90ってところか、意外と尻がでかいな……婚活するんだったら、ちゃんと見せられる悩殺下着を身に付けなきゃダメだぜ」
冒険者ギルド憲章には、新たに“寝取り・寝取られ”、仲間内の肉体関係の規律とペナルティの章が追加されることになった。
悲劇を未然に防げるのなら、それに越したことはない。
愛用のハイレゾ・ポータブルプレイヤーで異世界の女性ボーカリストを色々聴いていた。
ディーバ、ハバネラの奇跡の美声に触発されて、改めて女性の歌声に魅せられたせいだ。
異世界のカナダ出身のシンガーソング・ライターが唄う、“カムイン・フロム・ザ・コールド”って曲が耳について、つい繰り返し聴いてしまう。
キキが望んだので、西ゴート帝国の地方に点在する密教孤児院や少年期の出家僧が集まる寺院に何某かの喜捨をするため、施しの行脚をしていた。
冬に備えて食料、暖房器具、衣類、入浴施設などを直接配って、設置して回る。他に必要なものを望まれれば、遣り過ぎない程度に出来るだけのことはした。
途中の魔族や魔物の蝟集する地域は、見掛ける度に殲滅していく。
情け容赦の無い蹂躙の場を偶然目撃した人々は(主に冒険者や野盗の類だったが)、赤裸々なまでに剥き出しの、私達の無慈悲さ加減、顔を背けたくなるような滅却振りに裸足で逃げ出し、新たな伝説を生んでいるようだった。
曰く“阿修羅の進軍”と、呼ばれるようになる。
その先頭に立つのは、文字通り疾り抜けた後に草木の一本も残さぬ天災級の環境破壊染みた様相から、狂戦士“一心不乱の阿修羅”とやらいうらしいのだが、どうやら私のことだ。
その姿を目撃する者は極めて少ないが、瞬きひとつせず、躊躇いなく魔を討ち滅ぼす様は、その他の感情を全て捨て去った憤怒神……狂気に憑りつかれた人あらざるもの、と映るようだった。
少しばかり後のことになるが、津々浦々の冒険者ギルド世界連盟所属の各支部や分室、関係機関にひとつの回状が行き渡る。似たような話が前にもあったように思うが、今回のはおそらくハバネラの仕業だった。余計なお世話とは思うが、良かれと思ってしてくれたのだろうから文句も言い辛い。
中身を簡便に要約すると、――死にたくなければ、決して“阿修羅の進軍”の前に立ち塞がるな! というものだったが、
これにより私達は“3人の御使い”から、無事“阿修羅の進軍”にランクアップすることになる。
いや、ランクダウンだろうか?
しかしまあ、感謝するべきハバネラには悪いが喜んでいいのかどうかは、微妙だった。
僧伽と呼ばれる少年の出家僧を預かる寺院と、比丘と呼ばれる少女僧を預かる寺院が分かれているのが、ここタハマットモンクット領の慣例のようであったが、58番目に訪れたサンカラ・ラサール郡の教会は少し趣きを異にしていた。
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「右肩出しの袈裟姿にロザリオというのも、あたし達にはあまり馴染みの無い恰好なんだが、ここいらでは踊りながら祈祷するのが習わしなのか?」
目の前の古びた寺院広場には、具足戒前の少年沙門達が団子状態になって奇妙な踊りに興じていた。
ウネウネと奇妙な動作で、なかばトランス状態になりながら彼等の女神教聖典の一節を唱えている。
婆羅門寺院を兼ねた、孤児達を預かるサンカラ・ラサール僧団教会は、出家僧の多いここ西ゴートの比丘雲水思想を色濃く受け継いでいるようだ。
それでも高位の者はダルマティカという上着と首帯のストラや肩衣のマントを身に付けている。
少年僧の修行を導き、孤児院としての集団生活を運営する指導僧侶達の管主というか、纏め役、ここでは最高齢ながら赤鼻に脂の滲む、門跡の位にあるギディオン和尚に問い掛けていた。
和尚だけ白い毛織物のパリウム帯を首から下げている。
市井に紛れ込むのに必要なのでもう慣れたが、彼等と対等に話が出来るよう、常時認識阻害の術式を発動している。
「いやいや、ここ数年のことでありますよ、奇特な流浪の舞踏家がおりましてな、この者、ちと異様な風体ながら、その心根は清貧にして托鉢僧に通じるものがありもうす……」
「この者の創始した“踊りミサ”は、時として秘跡を現す場合がありますのじゃ」
(どう思う? 何か足のステップが、陰陽術の禹歩に似ているようにも思える……何故とは言えないが、怪しくないか?)
(ドロシーのいう通り、私も良くない気を感じるわ)
(ステラ姉の見立ても同じなら、間違いなさそうだ……キキ、ポストコグニション、過去知の訓練をしていた筈だな、実戦でちょっと視てみなさい)
(分かった……………)
(顔に入墨のある人、舞踏魔術、タハマットモンクットの山岳民族に伝わる民間魔術……人を獣人化する効果があるらしい)
(待って、これはっ……、獣人化した対象が生命力を燃やし尽くすまで暴走して周囲を巻き込む大規模魔術、戦時下の後方支援撹乱の戦略魔術だって!)
「住持、すまないが暫く逗留したい、一部屋借り受けたいのだが、いいかな?」
剃り上げた坊主頭に白い泥鰌髭のギディオン和尚に、“踊りミサ”の話を聞いてから投宿を請うまで、圧縮念話と時間流操作を以って数秒と要してはいなかった。
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サンカラ・ラサール僧団教会は裕福でこそなかったが、それなりに由緒ある孤児院らしかった。厨房には立派な石窯があり、デザートに紅玉のアップルパイを人数分焼き上げるのも容易かった。
宿泊の返礼にと、食材も含め寺院関係者全員に朝昼晩の三度の食事を振舞った。
丁度、中食というか早めの午餐で、冬場は形ばかりの沐浴場に隣接する、石畳に更紗のラグを敷いて直接座る食堂は、お行儀はいいのだが、それでも静謐と言う訳にはいかず沢山の少年僧達でごった返していた。どうやら食事中はお喋り厳禁という訳でもないらしい。
メインディッシュは異世界のレシピで、山盛りのガーリックトーストを添えたカンヌ風魚介スープに鱸の香草炒め焼き、付け合わせは海藻サラダに様々なピクルス、茴香のフランベだ。
子供達も蜂蜜酒を嗜むというので、梅酒を出してみたが、結構好評だった。
食事の戒律に関してはそれほど五月蝿くなくて、要するに食べられるときに食べるというスタイルだ。
節制と清貧を重んじる宗派になると、正餐午餐の一日二食、食事中は私語禁止、肉とアルコールの摂取は精進日以外と厳しかったりするのだが、押し並べて孤児院を併設する教会、修道院は、その辺は緩かったりする。
幾ら天国へ召されるために積む善行が動機の弱者救済、施療院活動や奉仕活動でも、育ち盛りの男の子達に食事制限をする教条主義の聖職者は少数派だった。
少年僧達と楽しそうに食事をするキキを見守っているときに、その復讐に身を焦がす舞踏呪術師は訪れた。
「……これはもう、救いようが無いな」
「早く粛清してあげるのが、本人のためでしょう……」
気取られぬよう、更に気配を薄くして件の男を観察していた。
土俗の呪い師の仕来たりにしてはあまりにもあまりなその面相は、黒い縞模様で顔一面が覆われていた。
墨刑というには、その入墨は顔一面に広がり過ぎていた。
それは、まるで臉譜という中華劇の隈取りのように、元々の素顔がどのようであったかさえ分からない迄に顔中を覆っている。
何処の習俗かは知らぬが、おそらくは罪人に対する厳罰以外あり得ないと思い、氏素性から探っていくと惨過ぎるこの舞踏呪術の使い手の正体が分かった。
色々偽名を使っているが、生まれ落ちたときの名前はリチャード・バクスター、ここより東の大陸、海を隔てたロロタビア地方の滅びてしまった宿場町の出身だ。見た目に反して、まだ25歳と若かった。
故郷を滅ぼしたのは、リチャードの婚約者だった女と、その姉、そしてリチャードの実の妹だった。
「あり得るのかしら? 魅了スキルや催眠魔術も薬、呪具や魔道具も無しで、人の心を操る技術なんて?」
呆れるような無法の所業に、ステラ姉が思わず反駁を口にした。
「あるんだろうな……、異世界の技術で人心操作のテクニックを突き詰めたメンタリストと呼ばれる心理学の上位版がある、同じ系譜に連なるものかもしれない」
「ナノマシンって線は無いから、細菌兵器とか?」
「突拍子もないが、一応エリスの意見も可能性としてはありかもしれない、大昔の外法魔導士が知性のあるウィルスの開発に成功してたとか?」
呪術師の記憶を辿って行くと、諸悪の根源はロロタビアより更に東に位置する砂漠の中のオアシス都市、ミミニギ大聖堂を擁するスコラ派ブールボワィアン大聖教の総本山にして、シテと呼ばれる全長7000mに及び85もの尖塔や外堡を含む二重城砦に守られた稀代の宗教都市、その名もヘヘブンズ・シャングリラ……って、なんか頭の悪そうな名前だな?
有り体に言って、頭が悪くなければ、こんな外道の教団を連綿と引き継いでいけそうもない。
表の顔、スコラ神秘派ブールボワィアン大聖教は世間体を偽る隠れ蓑に過ぎない……その実態は歴史の影に暗躍してきた職業的暗殺者集団シナゴーグ・アサシン。
各国の為政者や聖堂参議会などの宗教権力、ツンフトと呼ばれる商業組合の経済有力者などに金銭やその他の対価で雇われ、依頼主にとっての邪魔な存在、取り除くべき障害とされる者達を“神のご意志”と称して、人知れず消してきた。
リチャード・バクスターは組織を抜け、自らの死を偽装して追手を振り切った、駒のひとつだった。
数々の暗器や無手の活殺術を極め、武技と気功術を操り、門外不出の高性能狙撃銃フラガラッハMk.15を駆使すれば右に出る者が居ないとまで言われた優秀なエージェントだったようだ。
本人は、決して望んでいなかったようだが……
その特異な面相のせいか、チェニック状の擦り切れた頭巾付き修道服を短く切り詰めた姿は、剥き出しの脛が蟹股ぽかったことも相まって、何処か河原乞食のようだった。
この時代、河原乞食は吟遊詩人よりも下の歌舞音曲を売るを生業とする者だ。
窶れてはいるが、その動作、足運び、筋肉の収縮具合を見る限り、嘗て一線級で仕事をしていた暗殺術は今も健在のようだ。
だが、リチャードはもう壊れてしまっていた。
「裏庭に引っ張ってこよう、尋問するぞ」
照準された人体を任意に転移させるのは、アポーツの応用技だ。
裏庭には人払いの結界を張る。
「ひざまずけ!」
言霊の上位互換、ボイスのスキルに耐えるのは、どんなに鉄壁の信念を持っていても普通の人間には無理だ。
これに抗うには第十魔階以上のディスペル・マジックが必須だ。
拉致された事実に気が付く間もなく、音を立てて舞踏呪術の使い手は、その場に跪いた。
「訊こう……何ゆえ、舞踏で人心を撹乱するのか?」
「復讐のためだ、虚仮の一念岩をも通す、例えこの身が引き裂かれようとも必ず遣り遂げると誓った!」
ボイスの強制力に囚われた元アサシンは、好むと好まずとに関わらず知ってることは残らず自白せざるを得ない。
「目的のためには、多くの無関係な衆生を犠牲にしても良いと?」
「もっと死霊が要る、もっと、もっと沢山の死霊がっ!」
「それらを贄に、俺は、俺の願いを叶えてくれる最狂の大悪魔を召喚する……他のことなど知ったことか」
「その手前勝手な振る舞いは何処から来る?」
「人の心を捨てた暗殺者にとって、他人の命など毛ほどの価値も無いと言うのか?」
「お前達に俺の何が分かる! 故郷の街が焼き討ちされたのは総本山の闇司祭の指示だったが、血も涙も無い悪魔の仕業に、実際に手を下したのはハンナ、アリシア、フロイライン達だ! 知らぬ間に畜生道に堕ちた俺の肉親と許婚だった女共だ!」
「ハンナの使い魔だった人狼に、俺のお袋は犯されながら死んでいった! なんで、なんでなんだよっ! 何であいつらは、あんな非道いことができるんだよっ! 駐留した巡回騎士団が来たのは街が燃え落ちた三日後だった、俺と3人の外道女以外は生まれ故郷の街の人間は全て死に絶えた……」
「何処の司法組織だろうと、深く政府と関わったシナゴーグ夜宴教に手出しはできない、世の中はクソとクソと、クソで出来ている!」
「お前達が何者か知らないが、シナゴーグの手の者でないならば邪魔するな! 俺は何がなんでも復讐を完遂する!」
世の中の全てに対して怨嗟する、生きることの真っ当な意味を失ったこの元暗殺者にとっての救いの道は、開ければその身ごと業火に灼き尽くされる、さながら“地獄の門”のようなものだった。
この男……、復讐に血肉の一片一滴に至るまで、魂の全てを賭けている。己れの命を引き換えにしても目的を遂げる心算だ。
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同情に値する痛ましい過去だった。
ロロタビア街道の宿場町、ババダインの雑貨屋の長男として育ったリチャード・バクスターは実家が散髪屋も兼ねていたので、理髪師の徒弟組合に属したのが、パレルモ・ゾゾズーマ教皇国は地方領国の伝統的教育機関グラマースクールを終えた年だった。
四つ離れた妹、フロイライン・バクスターはとても愛らしい見た目と、小さな頃に荷車式の乳母車からよく脱走していた活発さをそのままに大きくなった。
ブラウンの髪をミディアムストレートにした団栗型の小顔と、淡褐色、所謂ヘーゼル色の瞳が魅力的な娘に育った。
よく、兄い、兄いと金魚の糞のように纏わり付いていたらしい。
成人として認められたので、理髪師の親方株を得るために遍歴職人として修行の旅に出ることになる。
旅といっても姉妹都市の系列店に住込み見習いに行くだけだ。父親のマイスター株を引き継げば営業は続けていけるから、わざわざ遠方に出向く必要もないのだが、若いうちに技術を磨いて昇進試験に挑む経験を積む意味合いがあり、無尽講組織の職人結社と同業者組合の通過儀礼だった。
旅立つ日の朝、身体にぴったりしたチェニック、本繻子地で肘から吊り下がるハンギングスリーブ袖のコタルディの上に、貂の毛皮をあしらったシェルコトゥベールを重ね着した姉妹達と、長年一緒に育った最愛の妹が見送った。
街外れにある大きな粉挽きのための共用水車小屋が別れの場所として、ランドマークになっていた。
妹は襟刳の大きく開いた黒天鵞絨でハイウエストのウプランドに、脇を絞める、蝋纈染飾りのある染色鞣し革のコルセで着飾っていた。
3人とも、ロロタビアの伝統で未婚の娘達が好んだ薄桃色で肩下まであるターバン状のシャプロン頭巾を被っている。
姉妹は、森の向こうの領主の館で代々世襲の執事を身分とする家系の娘達だった。
藍色の生地に微細な花模様のレースで縁取ったワンピースの娘が、ハンナというリチャードの許嫁らしい。
黒い瞳に細面の年頃の娘は、ウールのケープからはみ出す長いナチュラルなアッシュグレーの髪が風に靡くと、まるで妖精のような雰囲気を醸し出す……少なくとも、リチャードはそう感じていたようだ。
深い緋色と黄土色のツートンに蔦模様の縫い取りのコタルディを着た娘がハンナの五つ上の姉、領主の跡取りのガヴァネス……家庭教師役兼コンパニオンからそのまま年上の愛妾になったアリシア・タルボットで、ハンナによく似た容姿ながら、気持ち濃い目の髪を編み込みにしヘアネットで纏めた髪型は、コルネットで結びつけたシャプロンにほとんど包まれている。
正式に婚姻は出来ない日陰者の身とはいえ、歳若い次期領主の寵愛を一手に受けているようだ。
リチャードの父親が領主館専属の理髪師だったことで、この綺麗で性格も好ましい姉妹と顔見知りになる。魔物の少なかった領主館の森は少年少女達の格好の遊び場だったようだ
やがて歳の近い下の娘のハンナと憎からず思う仲になった。
「無事に帰ってきてね、リチャード……愛しているわ」
中流階級の庶民が信仰する様々な正統派女神教は、ほぼ重婚と婚前交渉をタブーとしている。
だが実際は、将来を誓い合った男女が早々と肉体関係になるのは暗黙の了解だった。この時すでに、リチャードとハンナは周囲も認めた割り無い関係だった。
「兄さん、あまりハンナさんを待たせたら駄目だよ?」
妹のフロイラインが、旅立つ者への選別に持たせる毛斯綸の腰布を奉書紙で包んで渡す。ロロタビア辺りの風習で、旅人の安全祈願に異性から新品の下着を贈る習わしがあるようだった。
「リチャード、旅先でいかがわしい遊女屋通いなどして妹を裏切らないでね、お願いよ?」
ハンナの姉のアリシアも、奉書紙でくるんだ腰布を差し出す。茶目っ気を出してウインクなどしながら……
「貴方の旅の安全と、職人としての学びに加護がありますように、バハ・スウィーン」
恋人の旅の安全を祈願するハンナが、下着の包みを渡すと口付けをせがんで来たので、暫し互いを抱擁し合った。
黒い瞳が涙に潤み、所在なげに揺れていた。
しかし、リチャードにとって、これが正気のハンナ達を見た最後になった。
〜 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
隣国、ミミミンスク・リトアニア連合王国での3年の徒弟修業を終え、帰郷したときには、もう見知った彼女達は何処にも居なかった。
丁度、リチャードがババダインの街に戻った頃、スコラ派ブールボワィアン大聖教の司教猊下一行が布教活動の遊説に立ち寄ったが、その中に一年前に入信したハンナ達が居た。
黒い修道女の衣服に、頭髪から顎を覆う薄サフラン色のウィンプルで顔をくるんでいたのは、如何にも敬虔な信徒の姿だったが、その濃く挽かれた眉墨と唇の紅は見る者に違和感を与えた。
ハンナ、アリシア、フロイライン、三人が三人共に同じような妖艶に媚びる化粧を刷いていた。
声を掛けると嬉しそうに彼女等は再開を喜んでくれたが、リチャードには何処かちぐはぐな印象が拭えなかった。
再開の夜に虐殺が始まった。
ブールボワィアン大聖教の正体は、驚くべきことに世にも稀な邪教徒の群れ、悪魔信仰の悍ましい職能暗殺者集団シナゴーグ・アサシンを擁する闇の異端門徒だった。
ババダインの地に大規模な供物を捧げよ、という託宣に従って街は焼かれた。ハンナ達が召喚した悪魔染みた魔物達が、街の住人を蹂躙し、殺戮して回った。
家屋には火が付けられ、女達は一人の例外も無く犯され、男達は首を斬られ、子供達も例外なく血祭りに上げられた。
「何故だああああっ、何故こんな非道いことをするううううっ!」
街の中心地で指揮を執るハンナ達は、恍惚と薄ら笑いを浮かべながら、託宣に従い、偽神アルコーンへの供犠、献饌を行うとリチャードに嘯いた。
領主の館も襲撃を受けて、ハンナ、アリシア達の両親も犠牲になった。リチャードの実家を襲った魔物を指揮していたのは妹のフロイラインだった。
目の前で実の父親の首が断ち落とされるのに、フロイラインはニヤニヤと笑っていた。
自分の母親が魔獣に裸に剝かれ、犯されながら縊られるのを見て、耐えられる限界を超えたリチャードは、絶叫と共に気を失った。
気が付いたときは一行の牽く罪人用の護送檻に捕らわれていた。
寝ているのか覚めているのか、悪夢の続きを見ているような気分だったが、父親と母親の最期を思い出し、噦いて鉄格子越しに吐いた。
ヘヘブンズ・シャングリラでは、アサシン養成の秘密施設、“山の老人”に放り込まれ、薬を盛られ経絡に鍼を打ち込まれ、徹底的に暗殺のテクニックと、飴と鞭に依る忍従を仕込まれる。
フィダーイ戦士……“自己犠牲を厭わぬ者”の誕生だ。
シナゴーグ夜宴教の洗脳方法には二通りある。実行部隊の手駒たる暗殺者は、主に肉体に働きかけて、条件反射のように迷わず人を殺せるように高めていく。
一方、工作活動を立案する十二使徒と呼ばれる修道女達、教会の運営に携わる下位の偽聖職者達は、近隣から拘引され、また騙されて勧誘され独特の高度な洗脳術で心を捻じ曲げられる。
スキルでもギフトの力でもない、また魔薬や魅了の魔道具を使う訳でもない洗脳方法は、ある意味正気のまま別人を仕立て上げる。
今の教主は二十四代目……今日まで連綿と培われた、徹底的な行動心理学の性格分類の研究は、資質要因、獲得要因を分析し、あらゆるパターンの対処法が事細かく記されている。
こういった家族構成で、こういった教育を受け、過去にどういった心的要因のキズを持ち……そういった人間は権力志向に走りがちになるとか、細かな分析を基に、時間を掛けて心を操作していく。
こうして出来上がったメンバーはセルと呼ばれ、シナゴーグ夜宴教の教義のためには悪逆非道を極めても、自分の正気を疑わず、何の良心の呵責も感じることは無かった。
リチャードが初めての密命を帯びて任務に出向く前夜、“ハサン”の暗号名を与えられてサバトに参加した。
催淫の香が焚き込められる中、香油を塗りたくった裸の男女が“秘密の花園”と呼ばれる神殿地下の最奥で無作為に交わっていた。
その中にはハンナの姉のアリシア、実の妹のフロイラインも居り、何人かの相手をしながら、何の躊躇いも無くリチャードを自らの身体の中に迎え入れた。嘗ての婚約者の姉と血の繋がった妹の二人を一緒に抱いて、胎の中に精を迸らせた。
嘗ての婚約者だったハンナは、教皇位にある序列一位の者を初め、教団の高位役職者の数名と絡んでいた。
だが、目の前で繰り広げられる恋人だと信じていた女のあられもない姿に、自分の母親の最期の姿が重なり、リチャードはほんの少しだけ自我を取り戻す。
これを機会にリチャードは、徐々に失われた本来の自我に目覚めていくのだが、表面上は疑われないよう教団からの任務はきっちりと熟した。
幸か不幸か才能が有ったのか、リチャードは望んでもいないのに組織の中で頭角を現していく。
故郷を滅ぼし、全てを奪ったシナゴーグ夜宴教に一矢を報いんと中核に探りを入れる中、教団の全容が掴めてきたときに油断があった。
嘗ての恋仲のハンナに、夜宴教への背信行為を暴かれてしまう。
捕縛され、投獄されて、“黥面の刑”という顔一面に入れ墨を施される拷問のような刑罰が待っていた。
牢獄の中で瀕死の状態になったリチャードは一計を案じ、以前に訓練で体得した仮死化の法を試してみた。
幸運なことに牢番の修道士は、暗殺部隊のテクニックには詳しくなかった。
死んだものと判断されたリチャードは遺棄され、腐乱死体を投げ入れる不浄の奈落に投棄される。
九死に一生を拾う逃避行でからくも脱出したリチャードは、海を渡り、任務で来たことがあるアルメリア大陸を目指した。
生涯を掛けて、シナゴーグ夜宴教とハンナ、アリシア、フロイラインへの復讐を誓っていた。
その後、西ゴート帝国で一人の年老いた河原乞食と知り合う。
世捨て人のその老人は、昔々の戦役で民間の遊軍として参戦し、後方撹乱部隊の指揮を執ったことがある人物で、失われ行く舞踏呪術の最後の伝承者だった。
老人から引き継がれた呪術は、彼の者が息を引き取るときに、“認可を呉れてやる”と笑った出来栄えで、最初で最後の先生と呼ぶに値する恩情に、初めて人としての感謝の念を覚えた。
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復讐に取りつかれたハサンでもなければ、リチャード・バクスターでもないこの俺は、河原乞食を生業とし、各地を転々としながら舞踏魔術の禁じ手、市井の大量殺戮を人知れず敢行した。
奥義の禁忌術、大悪魔の召喚と使役を成さんが為だった。
悪魔の暴威を借りて、悪魔信仰の教団に戦いを挑まんとする自分が滑稽でもあり、哀れでならなかった。
「救いの手を差し伸べるには、少し遅過ぎた」
「その点に関してはお前には謝罪しなければならないないが、お前はすでに何の罪も無い人達を手に掛けてしまった」
そういう女の、いや、女神の顔は痛ましそうに曇っていた。
気が付かなかった方がどうかしているが、後光の射すこの姿、生き神以外あり得なかった。
憐憫など要らぬと叫びたいが、苦悶に薄れ行く意識の中で、俺はすでに逃れられぬ死を悟っていた。
先程、全てを告白させられた後に、苦し紛れに一指し舞いを披露したいと願って、意外にも許諾されたのを僥倖とその場で相手を呪い殺す舞踏を踏んだ。
女神達には最初から分かっていた。
見事に呪詛返しを喰らった。
「我等が誅せぬはせめてもの情けと知れ、お前自身が放った呪詛は鏡返しの法でお前自身に返っている、お前を殺すのはお前自身の呪いだ、己の罪を悔いて潔く散るがいい」
「例え悪魔に魂を売ろうとも咎めはせぬさ……ただ、お前は自分の私怨のために無関係な大勢の人々を苦しめ、尊い命を犠牲にした、これは許容できぬ……死を以って償って貰う意外に道は無い」
「然るに、手酷い裏切りに身を焼き尽くすほど苦悶した貴様の遺恨と貴様の悲願、代わって我等が復讐を成し遂げようと思う」
「安心して逝くがいい、貴様の無念は我等が晴らす」
僧伽=正確には男性の出家修行者である「比丘」と女性の出家修行者である「比丘尼」の集団のことで在家信者を含めた教団をサンガとは呼ばず、出家者が四人以上集まったとき僧となり、男性の出家修行者の集団を比丘僧といい、女性の場合は比丘尼僧という、衆あるいは和合衆と訳される
仏教に限らず婆羅門以外の出家者・遊行者のことを一般に「沙門」と呼び、特に仏教において具足戒をうけた出家修行者を指す/比丘の原義は「乞食」を意味しており、出家者として全く生産に従事しない比丘・比丘尼は他者から布施されるものによって生活を維持していて衣は糞掃衣を着し、食は「托鉢」によって得たものを食し、住は森林や園林に生活した
具足戒=波羅提木叉〈はらだいもくしゃ、梵:prātimokṣa:プラーティモークシャ〉は僧伽における規則となる戒律条項を記した典籍〈戒本〉のことで、戒本、別々解脱と意訳する
正式に僧伽の一員となった出家僧にとっては、この波羅提木叉も戒に含まれることになり、戒律とひとまとめに呼ばれるのもそのため/比丘向けと比丘尼向け、男女別にそれぞれ分かれており、一方で在家信者や沙弥〈見習い僧〉が必ず守るべき戒〈梵:śīla巴:sīla:シーラ〉は、三帰依を前提とした上で、基本的に五戒、八斎戒、あるいは沙弥の十戒止まりである/パーリ語仏典〈パーリ律〉内の波羅提木叉では、比丘向けが227戒、比丘尼向けが311戒となっている
布薩〈月に2回、満月・新月の日にある僧伽内の集会〉の度ごとに読み上げられ、抵触していないか確認される
ダルマティカ=ゆるやかな広袖のチュニックの一種で初期キリスト教徒に好んで着られ、後にローマ帝国の公服となり、法服となった
4世紀の前半に在位した第33代教皇である聖シルウェステル1世はダルマティカを助祭の制服として定めて、これは現代まで慣例として残っている/前後の見ごろには肩から裾にかけて2本の筋飾りが入っていて、これをクラヴィといい筋状に裁った別布を縫いつけたものであった、また袖口にも同じ筋飾りが縫いつけてあり、色は一般的には白でクラヴィは赤など/シャルル5世の遺品である14世紀のダルマティカについて意匠の記録が残っているが、藍色のサテンに赤いサテンを裏地に付けて作られ、真珠の縁飾りをつけて金色のユリの紋章が刺繍されたものという/同じく14世紀の遺品には「鷲のダルマティカ」という南ドイツのダマスクス織ダルマティカがあり、中国産の赤い絹に鷲の紋章をアップリケして金糸刺繍と皇帝や王の半身像の刺繍で飾った縁飾りを付けたものである
パリウム=カトリック教会で教皇自身が身に着けている、および管区大司教に教皇から親授される祭服の一種で、司牧の権威と使命の象徴/子羊からとった白い羊毛地に黒で十字の縫い取りをした帯状の肩被いで、黒い小さな十字架の文様が三つ付いている
墨刑=罪を犯した者に対して顔や腕などに入れ墨を施す行為は古代から中国に存在した五刑のひとつである墨〈ぼく〉・黥〈げい〉と呼ばれた刑罰にまで遡るとされる/墨刑は額に文字を刻んで墨をすり込むもので、五刑の中では最も軽いものだった……前漢の将軍・英布〈黥布〉は若い頃に顔に罰として入れ墨を施されたことから逆に自ら黥を名乗ったと伝えられている
臉譜=京劇における隈取のこと、もと仮面劇に由来するもので色には赤、白、黒、黄色、緑などがあり、豪傑役や道化役あるいは動物役が顔に施す/豪傑〈関羽・項羽など〉や動物〈孫悟空など〉はほぼ顔の前面を覆うもの、道化は顔の真ん中のみに臉譜を施す
コタルディ=14世紀になってイタリアから伝わってきたコット(緩いチェニック)の変型、体型を完全に隠してしまうコットに比べて身体にフィットしてシルエットを強調する/襟ぐりが広く開いて、肘の辺りにひらひらした垂れ布を付けるハンギングスリーブという袖口が多く用いられる/また縦割りに線が入って左右の縫い取り模様が非対称というのも特徴的
シュルコ・トゥベール=開いたシュルコという意味の極端に袖ぐりを削って脇が無くなった上掛け、つまり中に着るコタルディの模様や飾りベルトを見せるためのもの/シュルコトゥベール自体にも希石飾りや貂の毛皮をあしらって豪華にした
ウプランド=14世紀後半から15世紀半ばまでの欧州で男女を問わず用いられたゆるやかな外套の一種、初めは踝丈だったが後に腿丈程度の長さのものが一般的になった/高い衿と漏斗型の袖が特徴で、ダッギングという切りこみ装飾が流行った頃は袖口と裾に鋏で波型、城壁型、帆立型などの切れ込みを入れた
ウィンプル=女性の修道士である修道女は頭巾の中に髪を入れてしまうのが基本、ショートまたは、髪をアップにするなどしている
頭巾はウィンプルと呼ばれて寝る時など以外はずっと被らなければいけなかった
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
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