23.パイロキネシスそのⅢ〈3.5人の母親〉
ホテル・ナンシー内のショッピングモールは増殖していた。最初は2階だったのに、現在は5階層が充てられている。
レストラン街が別にできて、懐石料理や飲茶の店、パンケーキ専門店なんてのもある。エリアごとの案内板がある始末だ。
少しは自粛して欲しいものだった。
「盗賊ギルドだけは解散して貰う、大体公的には認められてもいない組織、何も問題ないだろう……主たる構成員は、あたしの手の者が今狩り出して、その場で始末している、未成年に関しては厚生施設を準備頂きたい」
シルベスタンの各行政府や司法機関、市議会立法府に連なるメンバーを招集して、対策連絡会を組織したばかりだった。
“3人の御使い”に関する回状が対魔族連合軍からアルメリア大陸の各国に発せられていた。
曰く、“逆らっても無駄だから、逆らうな”という内容の回状は、お願いだから、魔王を斃したのは私達だというのは呉々も内密にしてくれという私達の懇願を服む代わりに、連合軍が譲歩したものだった。
ところ変われば品変わるで、連綿と受け継がれた“イフリート拝火教”の系譜は世襲制で拝命するらしく、たまたまトップにそんな輩を戴いた組織、ドロテア教会や魔術師ギルドのシルベスタン支部は運の悪さを呪って、肩身の狭い日々のようだった。
彼等だけに、悪しき古い因習のツケを精算させるのも公平を欠くだろう。
イフリート本体とも決着を付けた後、記録保管を別にして、シルベスタン一帯には魔教に関する禁書令を布告させるつもりだ。
結果オーライだから実害は無かったが、キキに付けたエリスの眷属が知らせてこなければ、一歩間違えれば取り返しの付かない大惨事を招いていたところだ。
会議に臨んで、私達はほぼ認識阻害のベールを取り除いた。私達の掛け値無しの威圧に、彼等はただ従う他なかった。
あまり会議を長引かせてもなるまい。そろそろキキが痺れを切らす頃だ。
子供は本来落ち着きがなくて当たり前、行儀作法を躾けるのはこれから先、ゆっくりやっていこう。
「今日はこれまで、明朝は9時からの再開とする、記録係は決定事項を明記し、私の承認を得たのち関係省庁に1時間以内に配布するものとする」
(そこはね、装備する盾の属性を考えないとダメよ……)
(えぇ? これじゃダメなの?)
隣でピコピコ、ゲーム機を弄るキキと、見守るステラ姉……完全に甘やかし放題の親馬鹿の図だった。
いや、ナンシーが組んだゲームは、自然と単語スペルや算術が学べる工夫がしてあるっていうから、いいんだけどさ……
「以上、閉会とする!」
***************************
野放しにできないので、連れ帰った超能力少女キキ。
残念ながら、彼女の両親は他界していた。
ナンシーの調査では彼女の能力は完全に自然発生的なもので、血統や遺伝子、突然変異などの因果律には起因していない。
超能力には自らの体細胞を活性化させる自己治癒能力も確かにあると思うが、まだ覚醒していないキキの身体は、随分と傷んでいた。
私達の治癒能力も相当なものだが、ここは医学的診療に優れたナンシーに任せようと、ホテル・ナンシーの医務室を訪れたときに、最初に聴いた話だ。
彼女の生まれ、来歴もごく簡単に書類になっていたので、文字の読めない彼女のために語って聴かせた。
彼女の教育は、まず読み書き算盤から始めるとしよう。
医務室の女医は、白衣の胸ポケットに差し込んだ聴診器をキキの肉付きの薄い胸に当てがい、続いて手持ちのルーペのような診断機を身体中に這わせていった。超小型MRIだという。
続いて血液検査や抗体検査のための浸透圧リムーバーが採取するのに連動して、分析値がメディカル・モニターに映し出される。
「今までの食生活のせいか、どうも常人より毒に対する耐性が強いようです」
「寄生虫、風土病共に陰性ですが、念のためカテゴリー8の体内除菌をしました、他に既往症は認められません」
「分かってはいましたが、右手の中指と人差し指の腱が切れたまま癒着して成長してしまっています、今撮ったデータから遡り、正常に成長した状態をモデリングしました」
「今から治療を施しますので、どうぞこちらへ」
女医に誘われて通される近未来的な手術室とも実験室とも見紛う部屋は以前は見受けられなかったものだった。幾つかの透明な液体培養槽さえある。
天井と言わず、壁面、床面からも真っ白い光が注がれる、影を落とさないように設計された部屋だった。
「いつの間にこんな設備を作ったんだ?」
「ニンリルは母系家族、コマンド・オフィサーが接触した時点で、この子を拾う可能性は99.8パーセント確定していましたので、急遽ここの医務施設を拡張しました」
「お前……ナンシーだな?」
要塞戦艦の中央コントロールユニットが、女医を介して直接プラグイン・コンタクトしてきている。
「という訳で、キキさんが私のことをナンシー母さん、と呼んで頂くことは吝かではありません」
キキに向かって、ニッコリ笑い掛ける女医が居た……何が、という訳でだ。ここにも親馬鹿が居る。
「あぁ、安心して、この人はナンシー……本体は遥か遠い所にあるけれど、この世のあらゆるところに偏在することができる」
「どういう存在かは追々分かるから、今はこの人もお母さんと思ってあげて」
連れ帰って一緒に引き回すには、私達の旅はあまりにも危険かと思ったが、こんな能力を持っているからには平凡な生涯を望むのは無理かもしれない。
であれば、敢えて鍛えて危険や障害から自分の身を守れるまでに強くして仕舞えば良い。
かくして私ドロシー、ステラ姉、エリス、そしてナンシーか……おまけを入れて3.5人の教育ママの軍団に、キキは囲まれてしまったのだった。
「サイコキネシスの訓練カリキュラムを準備しました、いつでもお好きなときに本艦にお越しください」
治療を終えたナンシーは、最後にそう言い残した。
***************************
ホテル・ナンシーはここ数日は貸し切りだったので、地下のスパに4人で来ていた。子供一人に母親が3人だ。
うちの子にするって言ったら、ステラ姉もエリスも手放しで猫っ可愛がりする気満々、早速自分達を“ステラ母さん”“エリス母さん”と呼ばせていた。
「直して貰った指の調子は、どう?」
ステラ姉がキキの頭を洗ってやりながら、尋ねる。
「はっ、はい、ステラ母さん、とっても良いです!」
「ふふっ、堅くならずにね、いきなり家族と言われても戸惑うんでしょうけど、徐々に馴染んでいきましょう」
「ナンシーの施療のお陰かな? 髪に艶が戻ってきたみたいねぇ、アッシュブロンド……どちらかというとドロシーの髪に近いかしら」
ドレス・ルームでドライヤーを掛けてあげながら、エリスがブラッシングする。皆んな、構いたくて仕方ないんだろう。
全身隈無く彫り物の有るがため、洗い場や浴槽では少し離れていたエリスが、今は厚手のパイル地バスローブをきっちり着込み、引っ付いていた。
「もうちょっと長くしたほうが女の子らしいぞ、そしたらトリートメントもしてあげる、エリスお母さんのエステの腕前はちょっとしたもんなんだよ」
「長くなったら、可愛いリボンやコサージュも着けれるし、絶対そのほうが良いからっ、髪伸ばそう……お母さんのお願い」
何故かエリスがハイテンションだった。
「エリス、お人形じゃないんだから、本人の好きにさせてあげて」
一応釘を刺すが、実は私も髪の長いキキを少し見てみたかった。
***************************
最初に連れ帰ったときのこと、離れようとしない女の子のために、その晩はゆっくり寝かせようと、郊外の放置された前文明の遺構の上に、ホテル・ナンシーを呼び出した。
私にしがみ付いて泣き濡れ、そして泣き疲れたように寝入った少女は、結局翌日の昼近くまで熟睡した。
起き出したキキをインペリアル・スウィートの大きな風呂で洗ってあげる。
悲しくなるほど、痩せ細っていた。
バスローブを着せ、ルームサービスで頼んだコンチネンタル・ブレックファーストを与えた。温かい卵料理や焼き立てベーコン、フルーツサラダも添えてある。
「もっとゆっくり食べなさい、あまり一辺に咀嚼すると胃が吃驚するから」
小さな子が咽喉を詰まらせながら、がっつく様が少々心配になり、思わず注意する。
「むっふぅ、あ、有難うごじゃいます、こ、こんないい匂いの美味しいご飯、あ、あたい生まれて初めてで……」
ぼろぼろ溢す女の子の様子が、可笑しいやら、哀れやらで、汚れた口許を拭ってあげると、さすがに浅ましいと思ったのか恐縮して、お礼を噛んでいた。
すぐには服を用意できなかったので、客室サービスに頼んで子供用の下着、パジャマにガウンを持って来させ、スリッパ履きで、またもやアーケードを拡張したグランバザールを漫ろ歩いた。
マナー的にはアウトだが、今日は他に宿泊客も居ないし、オッケーだろう。
来る度に拡張され多様化される下層階の商業施設は、最早巨大ショッピング・モールだった。
一番品揃いの幅広い女物のセレクトショップの一角に、子供服の大きめなコーナーがある。
フォーマルから、部屋着まで一揃い購入した。支払いはオーナー特権でサインだ。
「他に欲しいものは無いかい? 今までお洒落したくてもできなかったんだから、欲しいものがあったら言いなさい」
「い、いえ、あたい、あ、あたしはこんなに色々必要ないです!」
ショップ店員に慣れないお直しの採寸をされながら、キキがドギマギしていた。
「君を一人に放ってはおけないので、あたし達の行く先々、付いて来て貰う、その場に相応しい服装というのは必要なんだ」
「まだ礼儀とかは徐々にやっていくが、身嗜みとかは自分でできるように化粧ポーチとヘアブラシ、手鏡、リップクリーム、爪磨きなど必要最低限のコスメ用品をこれから買いに行く……生理用品はまだ、必要ないかい?」
「ねぇねぇ、これが可愛いよ、キキちゃん、良くない?」、エリスがマゼンタっぽいピンク色のワンピースとジャケットのコーディネイトを手に取っていた。
「だ、か、ら、着せ替え人形じゃないんだから、自分の趣味を押し付けないの……君も好き嫌いははっきり言わないと駄目だよ、欲しいものは幾らでも買ってあげるからね」
結局、本人が動きやすい服を選び、カーキ色のパラシュートパンツとレザーのボマー・ジャケット風ブルゾン、インナーは薄手の赤いカシミアセーター、足元は履きやすいソフトレザーのハーフ・ブーツにした。
中々似合っている。はっきり言ってカッコ可愛い。
こういうときは褒めないと……と思っていたら先を越されて、エリスが褒めちぎっていた。
途中で、キキの気晴らしにトイ・ショップに寄る。
あまりあれこれ言っても息が詰まるだけかと思い、子供の興味を引きそうなものを買ってあげようと思ったのだ。
これがいけなかった。
高性能に改造したポータブル・ゲーム機が何種類も、ナンシーの手により供給されていた。
すっかり夢中になったキキは、他の玩具に見向きもせず離れそうもないので、販売されていた種類一揃いを買い与えた。
中には小型版タブレットのような、副次のWebコンテンツを持たせたものもあり、ゲーム・コンテンツもダウンロードしてくる便利タイプで、インター・ネットのような機能もある。
特殊回線で直結してるのはナンシーの用意した多機能超巨大サーバー、“オンリー”だったが……これ持ち歩くの、流石に拙くないかな?
まぁ、良いや、師匠に怒られたら謝ろう。
武器店に行く前に、アフタヌーンティーのパーラーに寄る。
中庭に面した寛げるラウンジで、スコーン、プチケーキ、プチサンドウィッチの乗ったプレーンなトレイ・スタンドを貰う。
茶葉は、店のお勧めでアールグレイのロイヤル・ブレンドを煎れて貰った。
「ん? どうした、冷める前に飲みなさい」
「ぎっ、銀です……」
「あぁ、ティーポットは保温性を考えると陶磁器製の方が良いんだが、品格を優先して最高級の銀器を採用したんだ、そんなこと言うんだったら、君のティーカップの方がこのポットより遥かに高い」
それを聞いたキキは、口に含んだ紅茶を吹き出しこそしなかったが目を白黒させていた。
「ケーキ取ってあげる、洋梨のタルトとかどう?」
エリスが、また世話を焼きたがる。
「はっ、はい……あの、よく分かんなくて」
「うん、うん、いいんだよ、沢山食べて、これから美味しいもの一杯覚えよう!」
エリスに勧められるまま、タルトを口に含むと、目を剥いて暫く固まった。
「ウッ、ウェェ、あ、あたい、あたいは、こんな、こんなに旨いもん、ヒッグ、今まで食ったこと無いです!」
「なっ、泣かなくてもいいから、落ち着いて食べな、甘いものが好きだったら、毎日でも出してあげるから」
貧困生活では、贅沢品に当たる甘いものを口にする機会は無かったのかもしれない。
「そうそう、今晩は何にする? キキちゃんの歓迎会だから、中華で満漢全席とかどう? それともステーキ?」、他にも色々と勧めながら、エリスが今晩の夕食の話をし出す。
気が早いだろう。
「エリス、この子にはまだ良く分からないよ……それに、さっき来て貰った医務室スタッフには急に食事量を増やさない方がいいって言われてるし」
「明日には、館内の医務室で診療して貰うつもりだけど」
「えっ、でもいい食べっぷりだよ」
結局、健啖振りを示したキキは、ほぼトレイを平らげた。本人は、食い溜めができるという。いや、それ胃拡張心配した方がいいんじゃないか?
さて、いよいよ最後にウエポン・ショップだ。
訓練で鍛えあげ、彼女が一人でも大丈夫だろうと見極め納得できるまでは、装備による安全を担保する必要がある。
「いらっしゃいませオーナー、お待ちしておりました」
顔見知りのマネージャーが出迎えてくれた。
「奥の商談スペースに何点か、ご用意しております」
「医務スタッフから転送して貰ったデータで、すでにサイズ調節は済ませておりますし、お嬢様の装備として、これ以上のものは無いかと自負しております」
「お、お嬢様……」、最初、キキは自分のことだと気がつかなかった。
「ん、キキはエリス達の子供、ドロシーはこのホテルのオーナーだから、その娘はお嬢様だよ」
商談室は、普段冒険者達を相手にしているにしては豪奢な作りで、些か華美なのではないかと思えるほど商談相手を威圧するような意匠に溢れていた。
「コンセプトは分かるんだがな、もう少しこう、何とかならないのか? 店の品位が落ちる」
「善処します……」
「お前、この間も同じような受け答えをしただろう?」
「善処します!」、マネージャーは直立不動で真っ直ぐこちらを見てくる。
「はぁ~っ、もういい……それより、昨日の今日で悪いがこれの説明をしてくれ」
暖簾に腕押しと諦めて、テーブルに並べられたキキ用に急遽開発して貰った護身用特別装備の機能の解説を求める。
私はこの店のオーナーの筈なんだがな?
「まず、こちらの少し長めなリストバンドですが、利き腕に装備して頂きます……常時、装着者のバイタルをモニタリングし、身の危険が迫りますと瞬時に極薄でシームレスなアーマード・マッスルスーツに換装するとともに、“ニンリルの翼”号と同等の強力な防御壁を展開します」
「その間約10マイクロ秒、第一形態はフレキシブル・スーツなので、お召し物の下に装着することが可能です」
「表面にプリントされた2次元マッスルは、骨格強度をサポートすると共に本来の筋力を任意に、100から1000倍に自動ブーストします」
「さらに、外部からのバックアップとしましてスーツとリンクして連動する迎撃戦闘兵器、この星の成層圏に浮かび、地上をミリ単位で射抜く攻撃衛星をすでに10基ほど打ち上げました、ナンシーの技術を総動員しましたので、永久メンテナンスフリーです、リストバンドを追尾して移動します」
「はあぁ~っ、費用対効果度外視ここに極まれりだな」
だって私がキキを連れ返ったのって昨日だよ……単日の兵器開発で従来品のカスタマイズがいいとこかと思っていたのに、自重しないナンシーの常識外れっぷりはよく知っているけれど、打ち上げ花火みたいにスポンスポン、10個もの衛星を連続で打ち上げちゃうなんて、幾ら何でもやり過ぎでしょ?
「はい?」
「あぁ……いや、気にせず続けてくれ」
「はい、勿論この衛星には監視機能も備わっていますので、悪意ある危険が接近するのを事前に察知した場合、装着者に警告と対策情報を送ります」
「リストバンドは非稼働5分で自動待機モードに移行した際は、透明化しますので装着している違和感は軽減されます、他にモビル・アーマー化を初め、特殊形態が何点かございますが、状況に応じて付随AIが脳内に直接、音声案内をします」
「それで、こちらがご要望のありました杖術用の棍です、門外不出の特殊合金製で非常に軽く堅固です、伸縮自在ですが取り回しを考えて10メーターまでにリミッターを設けています、同様にして軸先から射出する衝撃波は本来無制限なら威力は無限大まで上がりますが、リミッター設定時では10分の1まで抑えてあります」
「リミッター解除は音声パスワードによります」
……以降、延々と各種のガジェットの何たるかを聞かされる羽目になった。
「これらの装備はすべて、リストバンドの副次機能、異空間格納に収まる設計になっています」
全部貰うことにして、後で部屋に届けてくれるよう頼んだ。
「ん? このパッケージは……そうか、マクダネル君の納品サンプルなんだな?」
席を立とうとして、テーブルの端に置かれたエリクサー軟膏の缶にふと気が付いた。
気が利くマネージャーに礼を言い、中身を指で掬って品質を鑑定してみる。
「うん、良くできている、マネージャー、買取額に少し上乗せしてあげて」
マネージャーの返答では、すでに以前の1.2掛けで支払っているとのことだった……頑張ってる彼に何かご褒美を上げたかった私は、暫し思い悩んだ。
「ドロシー、確か、あの子の誕生日が近い筈よ」
「あぁ、そうだった、有り難うステラ姉……プレゼントは何が良いかな?」
「……販売ラインナップに載せるか検討した試作品に、万能ゴーグルがあったろう、あれのプロト・タイプBをプレゼント用にラッピングしてくれ、メッセージカードは後で届けさせる」
それは、戦闘用としては敵の場所と情報、鉱物や植物の採取時には詳細な図鑑情報を映し出す冒険者用ヘッドアップ・ディスプレイの最上位機種……必ずや、マクダネル君の役に立ってくれる筈だった。
***************************
「さて、少し早いけど晩ご飯にしようか?」
彼女を旅に連れていくなら必要かなと思った細々とした日用品を、ドラッグ・ストアなどで買い終えた。まだしばらくは逗留するので、忘れているものがあれば買い足せばいいだろう。
「賛成! 中華、イタリアン、懐石割烹、シュラスコ料理、それとも鰻、何にする?」
「そうだな、今日は天婦羅にしないか? ここのは良い油を使ってるから胃に凭れない」
「ちょっとずつ供されるから、この子も食べ過ぎないだろう」
拡張されていくレストラン街は、宿泊客のために、次第に珍しい料理の選択肢を増やしつつある。
「やったぁ、天婦羅、天婦羅、締めの天茶も美味しいよっ!」
キキの両肩を後ろから押して、先に行こうとするエリス、どちらが子供だか分からない。
店主の揚げ場前のカウンターに陣取り、お絞りを貰う。
店主のお任せでスタートするのに、飲み物の突き出しが先付けで並ぶ。
「あたし達は青島の小瓶、この子にはそうだな……ジンジャエールを貰おうか」
「君、炭酸飲料といって、泡が清涼感を醸す飲み物なんだが、いっぺんに飲むとゲップが苦しい、加減して飲むんだよ」
「店主、揚がったのはこの子に最初に出してあげて、海のものと、あと鶏天があれば多めに、それと箸が使えないだろうからフォークをお願い」、山育ちのこの子には海の幸は珍しいに違いない。
「さて、食べながらで良いから聞きなさい、あたし達と暮らすにあたっては幾つか約束事を守って貰う、約束事は追々増やしていくつもりだ」
「まず、あたし達の許可無く、あたし達や、あたし達の親しい人の心を覗こうとしてはいけない、今はあたし達のプロテクトの方が強いから覗こうとしても無理だけど、君の力はもっと成長していく筈だからね」
「もうひとつは、あたし達は危険な旅をしてるから戦さ場に出ることもあるけれど、決して自分の身を顧みず、あたし達を助けようとしてはいけない」
「自分の身の安全を第一に考えるんだ、約束できるかい?」
キキは神妙に頷いて、納得してくれたようだった。
「よし、良い子だ……たんと、おあがり」
***************************
部屋に戻って、テレビを見せていた。
ナンシーがこの子のために節を曲げ、今まで頑なに拒否してきたジャンル、漫画アニメーションを制作していた。いつもながら仕事が早い。
異世界の古い寓話、グリム童話を脚色した番組を始め、子供のための名作劇場みたいな感じだ。私達の持ち帰ったデータから、ここまで再現するとはナンシーのデータ解析の力は底無しだった。
キキはじっと魅入っていた。
「色々引き廻して、悪かったね……明日からも忙しくなる、こういった生活には慣れて貰わなくちゃならない」
「おいで、ガサツなあたしで悪いけど、人の温もりが欲しい時はいつでも胸を貸してあげる、遠慮はしなくていいんだ」
オズオズと縋ってくる子を、黙って抱き締める。
母親になるって、こういうことなのかって思う。
自由奔放なつもりはないが、この子の母親として恥ずかしくないような節度ある行動を心掛けよう……そう、思った。
「ズルい、ドロシーだけ、エリスお母さんのところにも来て!」
押し売りの母親が、3人もいる。
この子はもう、寂しい思いをしなくてもいい。
エリスが、頬擦りをしながら涙ぐんでいる。
可哀そうなこの子の今までを思うと、やはり辛いのだろう。
そんな様子をステラ姉は静かに見守っていたが、やっぱり我慢できなくて、キキを促すと両腕を広げて迎え入れた。
耳掻き、歯磨き、爪切り、教えることは一杯ありそうだ。でも、今はこれで良い。
***************************
邪教徒達の集いで、綻びてしまった魔神イフリートの封印を繕い直そうと、キキを救い出した際に、有無を言わせず崩落させてしまったカルト集団の夜宴の跡に来ていた。
あの日、エリスの眷属から連絡が入り、危険な状況だと分かって、最速で駆け付けた。力任せに押し返したが、封印には亀裂が入ったままだ。
放っておけば、封印は圧に負けて決壊してしまうだろう。
初めてシルベスタン・ジルベールを訪れた際に見た要石、あれは丁度この真上に有ったが、最早効力が擦り切れ、用を為さず役立たずのようだった。
念の為、ステラ姉には最大防御に特化した太陽神盟約の錫杖、“スタッフ・オブ・ミトラ”を携えて貰っている。
「最初に黄泉比良坂御霊寄せの儀を言祝ぐ……」
「敬えよ、ジン、畏れたまえ、傅きたまえ、魔道の縛徒」
昨夜、エリスが聖別してくれた、真に力ある聖水を振り撒いて、忌み詞を唱える。
こうして、イフリートの意識だけを呼び寄せるのだ。
やがて膨れ上がる巨大な気配、それは憎悪に染まって吹き荒れているようだった。怨嗟の嵐が渦巻いて、ウワンウワンと木魂している。
「文献も少なく、謎に包まれた古代ゴート文明、2万年程前彼の地は、魔神達が治めていたと聞いた、ここが炎帝の終焉の地とは思わなかったが……」
「刻を経ても一向に収まらない怨嗟の念、余程積年の恨みがあるようだな?」
「……………我を呼び覚ますは、何ぞ、魔王の眷属ならば決して許すまじっ」
それは長の年月、封印され忘却されていた存在とも思えぬ確固たる意志があった。暴力的で、触れるもの全てを焼き尽くさんとする、明確な殺意に溢れてさえいる。
「まだ意味ある個の魂をここまで保てているとは、その怨念、思った以上に凄まじいな……」
「我が国津神の一族郎党を蹂躙し、塁砦を滅した悪しき魔王っ」
「我が迦具土の褥から、妻を奪いしは何のためぞ!」
「あな憎しやな、あな悲しやな、憎しやな、悲しやな、憎しやな、悲しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやな、憎しやなっ」
炎帝の意識の昂ぶりで霊脈が蠕動し、マントルの滞留が動くような気さえした。現に地鳴りが響き渡る。
「寝取られたのか……」
戦で女が戦利品になるのは、よく聞く話だが、2万年の間、燃え続けた恩讐の基が、今の私達には憂鬱な事案だった。
「お前を永遠に封印し、怨嗟の念は浄化する」
「くはっっ、魔王でさえ我れを滅し去ることは叶わなかった、復活の日を夢見、恨みの蛇を我が心に育てたっ!」
「我が悲願、魔王滅せるべきかな、魔王滅せるべき、魔王滅せるべき、滅せるべ……」
悪いが悲願は果たせそうも無いな……残念ながらお前の仇の魔王はもう居ない。
敵対したのは原初の魔王か、その頃の直系の血統だろうが、今代魔王は私達が屠った。
幾らその血が劣化してるとはいえ、我等が斃したは正真正銘の輪廻転生の魔王、それが私の“地獄の門”に呑まれれば、二度と再び、この世に生まれてくることは無い。
つまり正統な魔王の血筋は絶えたのだ。
「これが、何かわかるか?」
キャンプに使う“守護のペグ”を生み出す過程で偶然発見した術式を高め、凝縮して造り出した、オリハルコン色に輝く一本の“封印のペグ”を突き出して見せた。
「この、“封印のペグ”は、あたし達の知る限り、世の中で最も堅牢な封印力を持っている」
「不可逆の呪を孕み、時を巻き戻すことさえ叶わない……つまり、これを撃ち込めば、これから先、お前の復活は絶対にあり得ない」
「……それはなんぞ、その神力! ま、待ていっ、き、さ、まらああぁぁぁっ!! 」
神殿の残骸を吹き飛ばし、剥き出しになった岩盤にペグを突き立てると、戦闘用イベントリから“黄金の天誅”を取り出す。
「待ていぃっ、我が炎帝の真力が欲しくやあらん? 今、我が身を封ずれば必ずや後悔せんっ!」
「後ろの小さき娘、貴様には火産霊の霊力を感じる、我れの力が欲しくば幾らでも分けてくれるわ! じゃから、じゃからあああああっ」
「往生際の悪い奴だな……どうやら君の炎に愛される体質を見抜いたらしい、答えてあげなさい、昨日約束したのは?」
初陣というか、キキを伴ってきていた。私達と旅をする、一緒にいるということがどういうことなのか、身を以て知って貰わなければならないからだ。
展開したマッスルスーツの上に、汎用のコンバットスーツを身に付けさせている。遥か宇宙空間に近い上空で、都市を焼き尽くせる剣呑な地上攻撃型衛星達がスクランブル臨戦態勢を終えていた。
「……邪悪に与してはいけない」、まだ一緒に暮らし始めて二週間にも満たないが、すでに躾けに煩い母親との約束は32条に及んでいた。
七つの属性のひとつ、聖属性の“諸行昇天”を発動した黄金の戦闘槌を振りかぶる。
「天っ槌いいぃっ!!!!!!!」
師匠直伝の戦槌術、インパクトの瞬間に浸透頸を撃ち込む、“摺り身”という技だ。発動された聖属性がイフリートの怨念を余すこと無く浄化する。
“封印のペグ”は地中深く撃ち込まれた。これでイフリートは二度と地上に現れること無く、永遠に物語の中に留まることになるだろう。
シルベスタン・ジルベール周囲の霊脈は安定し、怨嗟の呪縛から解放された巨大なエネルギーの恩恵を失わずに済んだことで、衰退からも免れた。
「よくできました」
子供は褒めてあげなくてはならない。帰ったら、何か特別に美味しいおやつだ。
前話が貧しいストリートギャングから拾い上げられる、私の中でのテンプレ
今回が、行き過ぎたチヤホヤに面食らう、私の中の厨二病妄想シンデレラストーリーです
満漢全席=清朝の乾隆帝の時代から始まった満州族の料理と漢族の料理のうち、山東料理の中から選りすぐったメニューを取りそろえて宴席に出す宴会様式/後に広東料理など漢族の他の地方料理も加えるようになり、また満漢全席には山・陸・海などから珍味を8品ずつ集めて「四八珍」と定義したものがある
燕窩〈ツバメの巣〉・魚翅〈鱶鰭〉・烏参〈乾燥黒ナマコ〉・鮑魚〈アワビ〉・鵪鶉〈ウズラ〉・斑鳩〈キジバト〉・銀耳〈白キクラゲ〉・駝峰〈ラクダの瘤〉・豹胎〈ヒョウの胎盤〉・犀尾〈サイの陰茎〉など
スコーン=小麦粉、大麦粉、あるいはオートミールにベーキングパウダーを加え牛乳でまとめてから軽く捏ね、成形して焼き上げる/粉にバターを練り込んだり、レーズンやデーツなどのドライフルーツを混ぜて焼き上げられることも多い
アールグレイ=ベルガモットで柑橘系の香りをつけた紅茶でフレーバーティーの一種/原料は中国茶のキーマン茶〈祁門茶〉が使われることが多いが、茶葉のブレンドは特に規定がないためセイロン茶や、中国茶とセイロン茶のブレンド、稀にダージリンなども用いられる
応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします
感想や批判もお待ちしております





