13.鉄の乙女旅団蜂起事件
巡礼と贖罪の旅をしてますと堂々とあからさまに名乗ったり語るには、少々どころか訳有り過ぎて肩身の狭い我が身だった。
私達は単に、ツーリスト(旅行者)と名乗ることにした。
見て、訊いて、出来ることがあれば全力を尽くす。
女神様への献身に、嘘偽りは無いけれど、謝罪と償いの方法は自分達が決める。
“鉄の乙女旅団”の蜂起まであと三日だった。
それを知ったのは、偶々巡礼マントを買いに訪れた巡拝遍路のシェスタ起点の街でだった。巡礼者の身形を整える聖人崇敬協会公認の店が多く寄り集まっている。
巡礼手帳は必要ないがシンボルの帆立貝は身に着けて措きたかったし、何より旅の装束が欲しかったのだ。
巡礼の旅を始めるに当たって、地元シェスタ王国に於ける女神正教巡礼教会の総本山、南バイエルン州はロージャの街に八百年前から鎮座したセント・ドミノス聖母子教会にやって来ていた。
王国出自の巡礼者であれば、老若男女を問わず誰でもが一回はここで足を清め、禊ぎする、“足洗いの泉”があるからだ。
もともとはパブテスマ派が洗礼の儀式の為に用いた泉水であったが、聖母子教会に近い所為かいつの間にか巡礼者達の禊場になっていた。
私達も足を洗いたくない訳ではないが、素性が知れて排斥される騒ぎになるやも知れず、無用な軋轢を避ける為、初めから足の禊ぎは念頭には無い。
人並みに霊験顕著なる行為に肖りたい信心を別にすれば、特に脂足でもなければ臭いが気になる訳でもない。水虫に効能があると言う話も聞かないし、特に水虫に悩んでいる訳でもない。
参道に並ぶ遍路用品の雑貨屋で、巡礼者用の装束のひとつである真っ白い緞子の風除け用防塵マントを買うのが目的だった。
無論、高度な認識阻害や透明化の魔法を使って、人目を気にせず行動することも出来なくはないが、旅本来の目的である善行を積み、無償で奉仕するには人との会話無くしては成り立たない。
しかし、私達の素の装備は悪目立ちする程の異質なものだ。
ライトアーマーの上にタクティカル・ベストなど、その時々で着装する物は変わるが材質が違う。卓越したテクノロジーの産物だったり、失われた魔法文明の伝説級の逸品だったりする。
特にエリスのビキニ・アーマーなどは露出した肌に蠢く呪装の法印で、ひとつ間違えれば外法を信奉する背教者にも勘違いされかねない。
装備を覆い隠す、フード付きの外套が必要だと思ったのだ。どうせなら巡礼の格好なら自然で怪しまれない。憎んでも憎み切れないトーキョウ・トキオ亡き後に王宮を追い出された惨めな罪人……悪名高きクズ勇者パーティの一党として顔バレの危険は常に付き纏うが致し方ない。騒ぎにならぬよう軽く認識阻害は掛けるが、完全に殻で覆い尽くさぬよう気を付けている。
無駄なと言えば語弊があるが、行く先々での余計な摩擦や確執は避けたい。だが顔を隠して人々と交わるのでは贖罪の意味が無い。
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折角だからと、教会本堂奥に祀られた母子像本尊に祈りを捧げようと、祭壇前の礼拝場までゾロゾロと人の流れに従って進んでいた。
曲りくねった順路の腰高仕切りの手摺りは、香と燭台の煤に燻された鋳造鉄の飾り格子も堅い花梨製の擦り減った勾欄も何も彼も大勢の参礼者の手垢で重く黒光りして、こうした神域の歴史を物語っていた。
「ドロシーっ、お願いだから、人前で鼻糞ほじるのはやめて!」
人一倍、信心深いエリスに注意されて仕舞った。
彼処此処で祈祷書の聖文を唱え、聖印を切るときの聖句、“バハ・スウィーン”が呟かれるのに私達も倣った。
と、人混みを掻き分けるようにして、何処ぞの貴族と教団関係者の一団が傍若無人にも進み出て、一般信者を押し除け祈りの場を独占しようとしていた。
ふと見ると、一団の中心に居るのは見知った顔で、ここら一帯の領主にあたるデントン公爵家の当主と腰巾着の地元教皇だった。
ここ南バイエルン州は王国屈指の穀倉地帯で、国の食料庫を自負している。他にも作物として洋梨や無花果、石榴、桜桃などの果樹の栽培も盛んな地方で、その取れ高は他国へ輸出する程だ。代々ここに君臨する領主は、傘下に大農園を幾つも抱え、財を成すのが得意であった。
おそらく遠い祖先は豪農の出と思われるデントン・シャルマーニュ家は、今や国内で一二を争う農業ギルド系商会と複合企業を形成しつつあるという噂だ。
一方、連れの男は中央の政争に敗れ、野に下ったとされる頭をトンスラ剃髪にした似非教皇で、確か名前をカンタベーラ三世と言ったと思う。
あまり会いたくない男達で、嘗て肉体関係を結んだ者達だ。
閨の相手もしたが、呼ばれた宴の余興で変態染みた真似とか、顔を背けたくなるような普通じゃないことも色々としている。
「これ、そこな女、見たことがある顔ではないか……」
「醜い過去を捨てて、正可に修道女にでもなる気かな? フヒョヒョヒョッ」
祭壇前を占拠した二人共、どうやら斎の場でフードを外していた私達に気が付いたようだ。勇者が死んで従者の加護が失われた私達が王宮を放逐された顛末は、王国中に知れ渡っている。
身バレして仕舞ったのは、どうも女神の膝元で認識阻害を緩めていたのが災いしたと思われる。
「その肉置きと御居処の具合では、ミサ三昧の生活には耐えられまい、儂のところで側女にならんか? んっ、んんんっ」
(下種が! いづれは避けて通れない道と思ってはいたが、こうも早々と遭遇するとは……運が良いのか悪いのか)
瞬間湯沸かし器と能く師匠に揶揄われたが、噴き上がる怒気が漏れ出すのをなんとかして抑えなければと算段するのに一瞬の躊躇いがあった。
一歩早く、ステラ姉が前へと出た。
「ロイド・デントン・シャルマーニュ卿に於かれましては、ご健勝のご様子、大変喜ばしく思います、……我ら3名、例え謀られてとは言え犯した姦淫の罪、決して少なからず、許されぬ穢れを清める為に贖罪の巡礼に出ることにした次第、どうか卿に於かれましても捨て置き下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
うそぉんっ、ステラ姉さん、カッコいいっ!
惚れ直すぜ……ついこの間まで、どんよりして焦点の定まらなかった眼付きの悪いアル中で、みっともなく鼻の潰けた垢だらけのオッパイ女だったのに(あっ、あたし達もみっともないのは一緒か)!
貴族や聖職者に対する言葉は丁寧だが、その意味するところは“気軽に声を掛けるんじゃねえ、クソが!”、だ。
慇懃に軽く腰を折るステラ姉の覇気が、後ろから見てもまるでメラメラと立ち昇るようで軽く眩暈を起こしそうだった。
凛とした美貌は魔宮の湯治に浸かった恩恵で、ひずみ無く完全な左右対象で、神秘的な雰囲気は抑えていても必ず人を従えずにはおかない気品あるオーラさえ纏っていた。美の強圧が半端じゃない。
普通ならラフなスタイルに見える結えられたポニーテールも、厳かでさえある。
心も身体も鍛えに鍛えた私達は、最早現世の政財界の重鎮らの胆力をも遥かに凌いで仕舞った結果、地方貴族など威圧しようと思えば何程のことも無い。
侍るようにして王宮で厚化粧を施していた頃の私等と、今お前達の目の前に立つ我等は全くの別人だと悟るがいい。
本来、平民は貴族に対してこのような口を利いてはならない。況してや、市民権を剥奪された今の私達の立場は穢多のようなもの。
上民に対する不敬は磔刑を科せられてもおかしくはなかった。
ステラ姉さんは流石腐っても元“大賢者”、毅然とした態度に一部の隙も無くこの場を収めて仕舞った。スカッとかまして呉れたのには多少溜飲が下がる。
カッコ良くて、ゾクゾクしたぜ。私も見習うよ!
一瞬、いっそ後腐れ無く、人知れず始末して仕舞おうかと言う黒い考えがよぎった私の薄暗い邪心は、それに比べれば下策だった。
贖罪の巡礼者としては清廉実直度、駄々下がりだろう。
「ぶっ、無礼な! 昔の顔見知りでなければ捕り押さえるところだわっ、以前の誼みで見逃してやるのを有難く思え!」
顔面蒼白を通り越し、すっかり怖気付き俯くカンタベーラお抱え教皇に代わりロイド・デントンが前に出た。
だが、目に見えて真っ青になりながらの叱責に領主としての威厳は微塵も感じられず、唯々滑稽なだけの捨て台詞になる。
精一杯に虚勢を張るが、気圧されて心做しか声が震えている。色事に傾倒する輩なんて、一皮剥けばこんなものだ。軈ていずれはと思っていた私達をそんな目で見る男共の洗礼に早速晒された訳だが、ステラ姉の相手の機先を制する機微のお陰でどうやら上手く収めることが出来た。
覚悟の程を示して鬱憤を晴らしつつ、踵を返す。
「ドロシーっ、お願いだから、その中指を立てて挑発する仕草はやめて、誰がどう見てもすっごく下品よ!」
今度はステラ姉に注意されて仕舞った。不作法を見咎められた子供のように、漫画みたいに歯を剥き出して笑って誤魔化した。
立ち去り際、ふと視界に入ったのは、彼等に付き従う教会騎士団の鎧に身を固めた小隊だった。何故か全員女性で構成されている。
彼女等の何処か突き刺さるような視線が気になり、不思議と頭の片隅に引っ掛かるのだった。特に隊長だろうか、額の傷を前髪で隠した女の睨みつける眼力が尋常ではない鋭さだった。
およそ人の世の凡ゆる層に恨みを買っているのは自覚していたから、私達の所為で誰かが不幸になったのなら、出来るるだけのことはしたい。
「使い魔に探らせたところに依ると、どうやらカンタベーラ三世の私設騎士団らしい、自分達と親類縁者の身辺警護の為に創設した組織だとかで、盾持ちの従卒や従者見習いも含め全容で中隊規模はある……噂に依れば、夜のお世話もする伽端女なのは公然の秘密だとか」
エリスの手の者が情報を収集してきた。
額傷の女の睨み付けるような視線がどうしても気になった私は、二人に相談して少し探ってみることにしたのだ。
「教皇一派と司教達が教区を遊説する際も警護に付き従うので二百名にも満たないながら、彼女達は“鉄の乙女旅団”と呼ばれている」
エリスの報告は続けられた。
「いったい何処から集められてきているの? 武技と腕に自信があるのなら、身体を開くのに抵抗は無いのかしら? 例え賎民の出自だって、女ならば普通に貞操は守るのではなくて?」
ステラ姉は憂えるように眉を嚬める。
鉄の乙女などと、一体何の冗談だろうか?
「カンタベーラの系列寺院に孤児から剣闘士を育てる施設が幾つかあるそうだ、彼女等はそこから供給されてくる」
「おそらく閨房術も仕込まれてきている女剣闘士は、容貌で選別され、選ばれなかった者はコロシアムで見世物になるしかない、そもそも男の孤児は剣闘士として売られていくらしい」
問いに答えるように、エリスが補う。
「……気になる、あの睨み付けるような眼が、沈み込むように暗く哀しい恨みの翳に覆われていたのが」
「あいつらの悪行に虐げられている者は多い筈、でも曲りなりにもこの領地の為政者、迂闊においそれと取り除いては徒らに混乱を招くかもね」
戻って行く影の隙間に棲む使い魔を犒うエリスが、立ち上がりながら杞憂を口にする。本気じゃないのは分かる。
私達は皆、“敵を叩くのに容赦はするな”と師匠に叩き込まれている。
「どうする? 見て見ぬ振りも出来るけど、見捨てるとかそんなのは善行とは言わないと思うの、私は私達の出来ることをしたい」
皆、ステラ姉の意見に同意だった。
嘗て私達は自分等の爛れた快楽に溺れ、救える者達を見捨てた罪過まみれの過去を持つ。同じ過ちを繰り返すのは御免だ。
「決まりね、もうちょっと詳しく調べてみましょう」
今夜の野営地に選んだ郊外の杜は春の訪れを待つように空気も温み、沢山の西洋ミモザの木がこれでもかと鮮やかに黄色い花を付け、重みで枝垂れていた。
思い違いでなければ確かこの地域では、ミモザの枝を束にして軒下に掲げ、厄除けにする風習があったかと思う。
途中の池に繁殖した食用蛙を何匹か捕獲して、簡単な晩餐を済ませていた。
唐揚げにした蛙は皆んなで捌いて重曹で滑りを取ったり下拵えをしたが、エリスが“真層呪装”から何本もの粘着性の触手を出して捕らえたものだ。その人外の姿はちょっとだけ気持ち悪かった……そう、ほんのちょっとだけ。
一緒に採った淡水田螺を出汁に、自生した蓴菜で瀞みを付けたスープがこの上もなく絶品だった。食前の感謝の祈りにも心が籠る。
今は焚火を囲んで背を丸め、黙って時が満ちるのを待っている。
師匠から譲って貰った、魔力の籠る懐中天体時計を兼ねたクロノメーターが正しい位置を示すまで、あと少し。
今、気にしているのは月の位置と満ち欠けだ。月光と、それに影響される精霊脈の流れ、地磁気の影響が一番薄くなる、凪の瞬間を待っていた。
ステラ姉は、立ち上がると自分の収納空間から最強の神器を取り出す。
ステラ姉が、ステラ姉の為だけに手に入れた……
もしかしたら、これを生み出す為だけに存在したかもしれないナノマシーン音楽兵器の系譜が産み出した頂点にして、唯一無二の最強最適解の遺産。
それは嘗てニホンで師匠に買って貰い、原型になったユーフォニアムと、竪琴とバグパイプと手風琴を足したような、と言う陳腐な表現では表しきれないような複雑で緻密極まりない構造だったが、決して奇妙奇天烈という訳ではなく、絶妙のバランスで且つその存在自体が神々しかった。
ステラ姉は、この音楽神器を授かったときの刹那に出会い、純愛に殉じた娘を偲んで、これを“ミュージィ”と名付けた。
ひとたび奏でれば、必ず奇跡を起こさずにはおられない、そんなモノだった。
でも、いま必要なのは万能の奇跡じゃない。
ステラ姉は音の神器に付いている調律用の音叉を抜き取った。
それは、また奇妙な形をし四又に分かれた音叉だったが、押し頂くように掲げながら私の目を見て、今がその時なのを確かめると魔力を込めて、カーンッと音叉によるセンス(感応)を打った。
音の速さで何処までも何処までも広がり突き抜けていくセンスは、世界中の凡ゆる情報を拾い、ステラ姉に伝える。
何処までも、何処までも、弱まることなく伝わっていく音叉から放たれた不可思議な魔音は、おそらく大陸の果てまで行くだろう。
今、ステラ姉には膨大な規模の情報が次から次へと流れ込んできている筈だ。
それは、例えば船会社の保険組合での経済史に残る重要な決定事項だったり、あるいは簡素な村の冠婚葬祭での伝統にまつわる揉め事だったり、子供達の間で最近流行り出した遊びが実はさる製菓会社の陰謀だったりとか、街の青年団が内職で避妊具の生産を始めたのに反対派の連中がこっそり穴をあけたりといった比較的どうでもいいような内容から、
今まさに情痴の縺れから自分の夫を刺そうとしている浮気妻、紐情夫に騙され全てを失った末に世を儚んで入水しようとしている町娘、刺客によって闇に葬られる寸前の篤志家、イデオロギーの違いから分裂した国家の親類縁者どころか親子同士が楔を打った分断線を境目に一触即発に血で血を洗う戦渦の火蓋を切らんと睨み合うところなど、知ってもどうしようもない切羽詰まった内容まで様々だった。
「精霊の加護を!」
ステラ姉は反射的に、再び音叉に有りったけの魔力を込めた。
カンッァンッアンアンッ、2音目は幾分、複雑な反響和音が木魂する感じで放たれた。荘厳で、心が洗われるような音だ……何故ならこの2音目は祝福の加護その物だからだ。
総てを解決することは多分無理だが、幾つかの不幸は確実に避けられる、真に力ある精霊の加護が音に乗っていた。
死ぬべきではない善人は生き残り、そうでない者は報いを受ける。様々な争い事は深刻化する前に和解し、鎮静化する。
神音……神気の音叉の加護はそれぞれの地に留まり、地霊となって不幸を斥ける未来永劫の福音となる。それ故、打ち過ぎることは出来ない。
「大変です、一刻の猶予も無い、“鉄の乙女旅団”は、今まさに革命を起こそうとしています、何とかしなければ大勢の無関係な人々が巻き込まれる」
「ここから東へ10里近く行ったところに、人里離れた“トレヴァーンの木蔭”と言う渓谷があるそうです、丁度一年程前にカンタベーラ達がそこで未踏査の遺跡を見つけ、何でも聖遺物らしき物を掘り起こしたらしいのです」
ところが、この大きな銅鐸のような形をした遺物然とした謎の出土品は、実際はある魔神を封じた結界の封印器。調査隊の随員だった“鉄の乙女旅団”の娘兵士が運よくと言うか鑑定スキルの持ち主で、これの正体を看破した。
一計を案じた娘は、自分らの主人ではなく、信頼に値する団の纏め役である旅団長の女に封印器の事実を報告する。
かねてから自分達の、女とも、武士ともつかぬ生き方に遣る瀬無い憤りを燻らせ続けていた旅団長は暗躍を開始する。
自分達の鬱憤と立場を解放する騒動の火種に何か利用する手立ては無いか、勘案と計画を模索仕出したのだ。
「公爵家の古文献から秘密裏に封印解呪の方法を探り出した、この旅団長、名をシベールと言いますが、呼び出した魔神を主家であるシャルマーニュ家も住まうこの地の領都に攻め込ませ、混乱に乗じて、行政府、総督府、領事館、王国騎士団駐屯地などの重要拠点を自団の決起部隊にて占拠する積もりです」
「占拠して、どうするの!?」
私達は、すぐさま行動を起こすべく、一度張った天幕の撤去作業を始めていた。
「その先の展開を考えていないのが彼女達の甘さなのですが……まず一番に為政者を粛清するでしょう」
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“向疵のシベール”は、公爵家敷地内に隣接する自分達の宿舎、屈辱的な通称である“乙女達の褥”の自室で安物の葡萄酒を空けていた。
「何の嫌味か、乙女などと、公娼も同然の我らの身が……」、酔うほどに自虐的になるのが、ここ最近のシベールの一人酒だった。
「……それも、これも後少しで、全て終わらせる」
油断している訳ではないが、無用心な独り言も防音設備を遣り直した団長室なら少しは許されるだろう。
二つ名の謂れとなった額の傷痕に触れてみる。ここに刻まれた傷痕はシベールの屈辱の思い出、この傷有る限り、彼女の誇りは地にまみれ続ける。
しかし、同時にこの傷が女としての擦り切れた矜恃を僅かに繋ぎ止めているのも確かなことだった。
先程、各々の中隊を率いる4人の忠実な副官に作戦の最終指令を言い渡したところだ。この計画に半年以上の準備をしてきた。例え命と引き換えにしても、絶対に失敗は許されない。
市街図も、各隊の行動予定も、全て復唱出来る迄に徹底的に暗記させ、文書記録の類いは全てその場で燃やして証拠を隠滅した。目立たぬように行動するよう、隊全体に言い含めてある。作戦に反故があってはならない……明日には非番の斥候部隊全てが秘密裏に占拠予定の各ポイントの最終確認に出る。
しかし、昼間の3人の女達、あちらこちらで股を開いた恥ずべき女共の口上が腹立たしく思い出され、つい深酒に溺れそうになる。南バイエルン州の海岸線に接するトラップ島はこの地方では最も魔族領に近かった。2年前の魔族側侵攻の海戦と上陸作戦で多くの軍属と住民が亡くなった。
親を失くした戦災孤児も多く、引き取り手の無い子らが行き場を失った。
余り良い思い出は無いが、シベールが嘗て暮らした出身施設だったカンタベーラ司教区肝煎りの剣闘士養成校のひとつ、ベティ・クロケット教主会義援校にも大挙して孤児達が流れ込んで来ていた。
充分に賄える物資も食料も無いままの、これらの施設は悲惨を極めた。
見るに見兼ねて、個人の運用資産で休暇中に慰問に行くこともあるが、焼け石に水だった。孤児達は不潔な毛氈の貫頭衣を着せられ、栄養失調のまま剣や、斧、大槌などを振らされた。分かってはいたが、運営サイドの職員達は皆がみな、人の心を失った冷酷で悪逆非道の奴等ばかりだった。
「不仕鱈な彼奴等が戦線に加わってさえいれば、こうまで被害は大きくならなかった、あぁっ……ならなかった筈だ!」
王家直属の勇者チームはいわば遊軍、独立不羈の権限が与えられていた。
それを良いことに奴等は、自分達の参戦する戦場を選んでいた。
あぁ、選んでいた……そればかりか、奴等はあろうことか真っ昼間っから尻も乳房も剥き出しに真っ裸で交合を楽しんだ。
王都の週刊誌にすっぱ抜かれても平気の平左だったあいつ等が心底憎い。人が抵抗する術も無くバタバタと死んでいく戦場を蔑ろに色に狂い、まるでケダモノみたいに淫気を剥き出しにして、貪るように楽しんだんだ。クソがっ!
「あんたの額傷、カンタベーラ三世の爺いが自身の錫杖で付けたそうね……」
「だっ、誰だ!」
いつの間にか、昼間会った女達が部屋の中に居た。
「どうやって中に入った? 衛兵は何をしていた? 当番兵っ、当番兵!」
咄嗟にシベールは椅子を蹴り、帯刀を鞘走らせていた。
「無駄よ、この部屋は強力な遮音結界を張ってある、針が落ちても隔絶された空間から気配が外に漏れることは無いし、例え誰かが訪ねてきても、見張りに立てた忘却と曖昧の精霊が追い返して仕舞う」
取り澄ました女の視線が、何故か痛い程に冷めていた。
「昼間は挨拶出来なかったけど、改めてよろしくね、“鉄の乙女旅団”とやらの団長さん、確かにあんたの視線が一番痛かった……あたしが馬鹿女のドロシーよ」
「私達の犯した罪は誰にも許して貰えない烙印、地獄まで私達が抱えていく覚悟をしている……私はエリス、堕ちたエルフ」
誇り高いと聞いているエルフ族にしては随分と卑屈な態度だったが、その尖った美しい耳も、海泡石のように白い髪も、エメラルド色の神秘的な瞳も、何も彼もが高貴で近寄り難くさえあった。
「ステラです、夜分、無礼にも何の案内も請わずに突然お邪魔して仕舞って、大変申し訳ありません」
フードを外した3人の女は、こうやって改めて見ると実に堂々として巡礼に身を窶した大罪人とも思えない覇気と情念に溢れていた。
それに何故だろう、昼間垣間見たときよりも、その美貌に引き付けられる。
完璧な造形美とでも言えばいいのか、毛で突いたほどの瑕疵も歪みも無い。
およそ世の中の美人と言われている範疇でも何らかのひずみがあるものだが、それが無い。神々しくさえあるその顔、その存在感に、何故昼間は気が付かなかったのか……何らかの認識阻害が働いていたのは明白だった。
この神々しい迄に美しい女達が、本当にあのクズ勇者ファミリーの破廉恥極まりない一行なのだろうか?
少しばかり蓮っ葉な感じだが、鼻梁の綺麗な女が腰に手を当てて前に立つと、こちらに人差し指を突きつけて、何故か自らを弾劾し出した。
最初にドロシーと名乗ったプラチナブロンドの娘だ。
「川原乞食同然の身分まで堕とされ、石を投げられ、小便まで掛けられた、ときには痰壺の中身を頭から注がれて、このまま朽ちるんだと思っていた、それだけの罪を犯したんだからね、でもあたしはっ、あたし達はね、馬鹿なあたし達のせいで不幸になった人達には全力で謝ることに決めたの、土下座でも何でもしてね……蔑まれてもいい、唾を吐かれてもいい、でも、死んで詫びるのだけはやめた」
「叩かれても小突かれてもいい……死んで楽になるのは違うと思った、あたし達の所為で亡くなった方達の菩提を弔って、どんなに非難されようが、どんなに排斥されようが、贖罪の旅に謝り続けて報いを受ける……前を向くことにしたから」
「えぇ、貴方が私達を恨む理由も分かりましたが、私達は私達なりの責任の取り方をする積もりです、俯くのをやめて顔を上げ、前を向くことにしましたから」
「んっ、前を向いた」
背の高い引っ詰め髪にした礼儀正しい娘と、エルフも続いた。週刊誌のグラビアで見た容貌とは似ても似つかない、精錬潔白さがそこにはあった。
「それで、ご相談に上がったのは、今計画している首都占拠の謀反を是非思いとどまって頂きたいと思いまして……」
「なっ、何故、それを知っている……!?」
シベールの頭をよぎったこのまま生かしては返せないと言う思いが、そのまま顔に出る。最早これ迄とサーベルのグリップを必殺の構えに握り直す。
「顔に出易いって言われない? あんたを理屈で思いとどまらせるのは無理って分かってたよ、あたしに似て腕っ節で押し通るタイプだからね」
「まぁ、黙って潰すのも失礼なんで、一応お知らせしておこうと思ってね」
プラチナブロンドに所々亜麻色が刺すように混ざる独特の髪質をした娘が、意地悪そうに口の端を吊り上げた。
「斬ってごらんよ、動けない筈だから、固縛の魔術で縛ってある、ごく初歩的な術だけど、あたしはこれを領都民全員に、勿論、あんたの決行部隊だけ選択して掛けることも出来る……何を意味するか、分かるよね?」
シベールは額と言わず、全身を脂汗で滲ませていた。宣言された通り、幾ら渾身の膂力で力んでみても身体が微動だにしなかったからだ。何だっ、この者達の実力は? 魔力反発のスキルは自分も持っている筈なのに、無駄なことはやめろと言わんばかりにまるで意味を為さない。
「魔神“厄災のガレオン”の封印器の解呪には、生娘の生き血を捧げるとか、デントン・シャルマーニュ卿の孫娘、セーラと言う子を勾引す算段を阻止する為、明朝より影警護に着きます」、ステラというスタッフを突いた賢者が宣言した。こいつら、何処まで知っている?
「何故、邪魔をする!?」
「何故と申されましても、貴方はこのような暴挙で本当に政権が奪取出来るとお考えですか……クーデター上等と?」
「多くの罪無き者達の命を奪って、それで道は開かれると?」
「むっ、無論だ!」
言われる迄もなく、こちらだって決死の覚悟だ。
「では、お訊きしますが、王都軍が討伐隊を派遣したら、篭城戦を勝ち抜く自信がおありですか?」
「そっ、それは……」
「人が容易く死ぬこの時代、ましてや魔族との確執もあると言うのに、人間同士で無駄な血を流して欲しくはないのですよ」
「さて、そろそろお暇するけれど、けじめはけじめ、あんたはあたし達を許せないだろうけど一応謝っておくよ」、一番野性味を滲ませて一番生意気そうなドロシーという娘が暇を告げた次の瞬間、
驚いたことに、3人が3人共、何の躊躇いもなく膝を屈していた。
平伏し、頭を床に着けていた。
「「「我等の罪は到底許し難きものなれど、今一度生き様を見て欲しい、巡礼に生涯を捧げる覚悟を見て欲しい、誠心誠意心の底から詫びている、親の仇と本気で罵倒して呉れていい、殴って呉れて構わない、すみませんでした」」」、地を這うように響く謝罪の唱和が腹の底から絞り出されたようで、正直、鳥肌が立った。
「「「赦されたいとは思っていない、されど通り一遍等の、口先だけの謝罪ではないと示したい、平身低頭平謝りする姿に何を今更と罵声を浴びることこそ我等が本望と知って欲しい!」」」
それは然ながら血を吐くような、神への告解と聴こえた。
シベールは知らなかったが、叩き上げ、練り上げた心を持つ3人が心の底から叫ぶとき、無意識に言霊が乗って仕舞うのだった。
煙のように現れた3人の女は、這い蹲る姿のまま、煙のように消えていた。
一刻の猶予もならない。セーラ様の警護は明日の朝から始めると言っていた。
ならば今晩中に身柄を確保して仕舞えばいい。だが、あの得体の知れない女達の目からセーラ様を隠しおおせるだろうか?
迷ってる暇は無い。公家に対する復讐の念からセーラ様を生贄に捧げる積もりだったが、邪魔が入る前に他の未通女を使うのも視野に入れなければならない。シベールは寛げた武装を再び整えると、即座に部屋を飛び出していた。
「誰かある!」
緊急で編成した拉致部隊を率いて、孫娘セーラ様の御座す離宮を包囲していた。団には一般警備の他、公爵家の密命で人知れず要人の抹殺などを請け負う裏の顔もあった。そんな際の闇に紛れる特殊装備で急編成した部隊は無音のまま、ハンドサインで突入を開始する。
離宮を警護するセーラ様の私兵は、難なく無力化された。
突入隊はファイブマンセルで、シベールが直々指揮している。
最上階の確保対象が眠る居室の前に散開していた。特殊任務の際に使う、刃渡りの短い両刃剣を抜身のまま引っ提げていた。
「部屋は特殊結界に包まれています、もし無理に入ろうとしても弾かれて仕舞いますよ」、背の高かった黒髪の賢者の声が、何の前触れもなく語り掛けてきた。
姿、形は見えない。
「“明朝”からと伝えたのは貴方達の反応速度を測る為、中々優秀な対応でしたが私達は訓練されているので一週間は不眠不休で行動出来ます」
「やはり蜂起は思いとどまっては頂けませんか? 大勢の無関係な民が犠牲になるのですよ? 義憤だけで世の中を変革出来ると本気でお思いですか?」
ステラと言ったか、どうやって話し掛けているのか皆目見当もつかない方法で声だけ送り届けているようだった。
どうしたらいい? 八方手塞がりか? ここ迄ことが露見して悉皆く防がれては最早破れかぶれだ、予定を早めて、今この場から作戦を実行に移すしかない。
私達の聖戦っ、
今はどうあれ、次から次に抱かれて溺れ捲る為に簡単に男達に媚びるような女共だ……そんな奴儕に邪魔されてなるものか!
第2章突入です
投稿活動、なかなか大変です
内緒ですが、昼間に会社で書いたりしてます
巡礼手帳=スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路は1000年以上の歴史を持つ聖地への道であり今も年間およそ10万人がフランスからピレネー山脈を越えてゆく/スペインに入ると、巡礼の拠点の街が見えてくるがそこには巡礼事務所があり、名前を登録し、巡礼者の証明となる手帳を受け取る/巡礼者の数が増えると共に道沿いには無料の宿泊所が整備されてきた/11世紀の礼拝堂を修復した宿泊所などもあり、こちらの宿では中世さながらの「洗足の儀式」が行われる/巡礼者の足を水で清め、旅の無事を祈る/食事も用意されるがこれらは巡礼を支える人々の無償の奉仕で成り立っている/徒歩によるスペイン横断はイベリア半島内でもおよそ800kmの道程で、長い巡礼を続けることは人々にとって信仰と向き合う貴重な時間となる
聖ヤコブのシンボルであるヨーロッパホタテガイは巡礼のシンボルともなっていて巡礼者は巡礼の証としてヨーロッパホタテガイをぶら下げて歩く
緞子=〈どんす〉とは、繻子織地に繻子織の裏組織で模様を織り出した織物で多くの場合、経糸と緯糸にそれぞれ色の違う練り糸を使って五枚繻子で地と模様を織り出すもので、厚地で光沢がありどっしりとした高級感がある/金箔や金糸を用いて模様を織り出す金襴と並んで高級織物の代名詞とされる/礼装用の帯地のほか表装具や寺院の調度品などに使われる/繻子織の発祥の地はシリアのダマスカス地方と考えられていて現在でも緞子を英訳すると「ダマスク」となる/中国では、通説では宋代には繻子組織が考案されたと考えられており元の時代に書かれた「大元聖政国朝典章」には、江南地方で緞子が織られていたという記述がある/明の時代になると緞子はより広く織られるようになり、技術も向上して当時の中国の主要な輸出品のひとつとなっている
日本では当時流行していた能楽の衣装や茶道に使う古袱紗や仕覆に用いるために、南北朝時代末期から室町時代に掛けて盛んに緞子が輸入されるようになる/ただしこれらの名物裂の中には「珠光緞子」「遠州緞子」など平織や綾織のものを緞子と呼んだ例も多く、経糸と緯糸の色が違う高級織物の総称として、当時の高級織物である「緞子」の名を使っていた可能性もある/天正年間に堺に招聘された明の織工から技術が渡来する/当時は主に男性向けとして織られ、元禄年間になって女性の帯などにも利用されるようになる
ビキニ・アーマー=フィクション作品に登場する女性キャラクターが装備するビキニタイプの鎧で、日本では「ビキニ鎧」「水着鎧」、英語圏ではメタルビキニなどとも呼ばれる/定義に関しては曖昧な所が在るが、ビキニに似た形状のトップとボトムで胸部と下半身を覆い胸当て部分は水着のビキニと同じくブラジャーのカップと同様の2つの乳房だけを覆う形状になっているが、水着のビキニと異なり肩当てが付いている物が多い/肩当てと胸当てが一体化している物もあり材質は革や金属などの硬い物が多い/「アーマー(鎧)」とはいうものの体を覆う範囲は肩当て部分を除きビキニの水着とあまり変わらないため、体を守る鎧本来の機能を捨て完全にねた・洒落と割り切ってデザインされた防具である
花梨=マメ科シタン属の広葉樹で別名インドシタン、インドカリン/庭木として知られるバラ科のカリンとは全くの別種でタイ、ミャンマーなどの東南アジアからフィリピン、ニューギニアの熱帯雨林に自生する/古くから唐木細工に使用される銘木で心材は黄色がかった紅褐色から桃色がかった暗褐色/木材にはバラの香りがあり赤色染料が取れる/木材を削り試験管に入れて水を注ぎ、これを太陽にかざすと美しい蛍光を出す
家具、仏壇、床柱、床框、装飾、楽器、ブラシの柄などに使われ、シタンに似ており代用材としても使われる
洋梨=セイヨウナシ〈西洋梨〉は、ヨーロッパ原産のバラ科ナシ属の植物およびその果実であり、洋なしともいう/ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリアの他、日本国内を含めて世界各地で広く食用に栽培されている/形状は、和なしがほぼ球形であるのに対して、洋なしはやや縦に長く、いびつで独特な形〈びん型〉をしていて品種によっては和なしほどではないが比較的球形に近いもの、逆に、縦に長いものなどがある/果皮は赤や黄色、緑など様々だが、日本において栽培されている品種の多くは緑色で追熟させると黄色になる/また果皮には「さび」と呼ばれる傷のような褐色の斑が多数ある/熟した果実の味は酒のように芳醇で甘く、食感はまろやかであり和なし独特のしゃりしゃりとした食感はなく、香りと甘みに優れている/ただし収穫直後は硬く甘みは少ないので、追熟させるために一定期間置くと熟し、果皮は黄色になり、果肉も軟らかくなって強い芳香を発するようになる/また追熟によって生じるエチレンの作用により果実に含まれるデンプンが分解されて果糖、ブドウ糖などの糖となるとともに、ペクチンのゲル化により甘みと滑らかさが増加し、おいしく食べることができる/なお冷蔵庫などで10℃程度に冷却することにより追熟を遅延することができる
日本では、バートレットなどの早生種は8月下旬から9月初めに収穫され、9月中には食べ頃となるがラ・フランスなど多くの品種は10月から11月初めにかけて収穫され、食べ頃となるのは11月 から12月である
無花果=クワ科イチジク属の落葉高木、またはその果実のこと/西アジア原産で果樹として世界中で広く栽培されている/小さな花が多数入った花嚢をつけ、雌雄異株で雌株の花嚢が果嚢になる/これがいわゆるイチジクの果実とよばれており、古くから食用にされている/「南蛮柿」などの別名もある
「無花果」の字は、花を咲かせずに実をつけるように見えることに由来する中国で名付けられた漢語で、日本語ではこれに「イチジク」という熟字訓を与えている/中国では「映日果」を、無花果に対する別名とされた/「映日果」〈インリークオ〉はイチジクが13世紀頃にイラン〈ペルシア〉、インド地方から中国に伝わったときに中世ペルシア語「アンジール」を当時の中国語で音写した「映日」に「果」を補足したもの/通説として日本語名「イチジク」は17世紀初めに日本に渡来したとき、映日果を唐音読みで「エイジツカ」とし、それが転訛したものとされている/中国の古語では他に「阿駔」「阿驛」などとも音写され、「底珍樹」「天仙果」などの別名もある/伝来当時の日本では、はじめ「唐柿」、ほかに「蓬莱柿」「南蛮柿」「唐枇杷」などと呼ばれた/いずれも“異国の果物”といった含みを当時の言葉で表現したものである
石榴=ミソハギ科ザクロ属の一種の落葉小高木、またその果実のこと/庭木などの観賞用に栽培され、最も古くから栽培された果樹のひとつで果実は食用になる/果実は花托の発達したもので球状を呈する/果実の色はさまざまで、桃色がかった黄色から光沢のあるバラ色や葡萄色、茶色まである/大きさは直径6から10センチメートル、重さは100 から300グラムほどある/果皮は厚く、秋に熟すと赤く硬い外皮が不規則に裂け、スポンジ状の薄膜の中に赤く透明な多汁性の果肉の粒が数百個現れる
ザクロには多くの品種や変種があり、一般的な赤身ザクロのほか白い水晶ザクロや果肉が黒いザクロなどがあり、アメリカ合衆国ではワンダフル、ルビーレッドなど中国では水晶石榴、剛石榴、大紅石榴などの品種が多く栽培されている/日本に輸入されて店頭にしばしば並ぶのはイラン産やカリフォルニア州産が多く、輸入品は日本産の果実より大きい
トンスラ=カソリック系教会の修道士などの髪型として知られ、鉢巻をしたようなドーナツ形に頭髪を残してそれ以外の頭頂部や側頭部、後頭部を剃髪する/この髪型の由来は定かではないが、13世紀のイタリア大司教ヤコブス・デ・ウォラギネは著書「黄金伝説」のなかで、トンスラの始まりはペテロがアンティオケイアで説教中にキリストの聖名を侮辱する人々に頭頂部の髪を切り落とされた故事に由来する、という説を述べている/また磔刑となったイエス・キリストが十字架上で頭にかぶせられていたとされる、いばらの冠を模しているともいわれる/長髪が男性の象徴とされていた中世初期にトンスラは俗世と決別した聖職者のアイデンティティの一部として普及していたが6世紀の聖職者ベーダ・ヴェネラビリスは「教会史」のなかでトンスラの意味について、トンスラにすることが俗人身分から聖職者身分への移行の象徴であり、聖俗を明確に分けるしるしであると述べている
御居処=お尻のことです
ミモザ=フサアカシア、ギンヨウアカシアなどのマメ科アカシア属の植物の俗称でイギリスで南フランスから輸入されるフサアカシアの切花を"mimosa"と呼んだことから、アカシア属の葉は刺激を与えても動かないが葉や花の様態はオジギソウ属とよく似ることから誤用された/ヨーロッパで春の訪れを告げる「幸せの花」とされており、愛と幸せを呼び込むと言われていて魔除けや厄除けの効果があるとされるヒイラギなどの植物と一緒にスワッグとして使われる/ミモザには「感謝」「友情」「秘密の恋」などの縁起の良い花言葉があり、また風水では「幸運を運ぶ」とされ、金運や仕事運アップに繋がると考えられている
食用蛙=食用とされる様々なカエルの総称で主に筋肉の発達した脚の部分が利用され、フランス語では「グルヌイユ」という/フランス料理などの食材に使われるカエルはヨーロッパ原産のヨーロッパトノサマガエルで、オスの体長は6cmから11cmでメスは5cmから9cmである/このカエルはヨーロッパコガタガエルとワライガエルの種間雑種である/氷期にこの2つの種の原種の生息域が分断され、それ以後別に進化を遂げたが交配できなくなるほどには分化しなかった/そのため両種が生息している地域にはヨーロッパトノサマガエルもまた生息している/しかしヨーロッパトノサマガエル同士の交配では胚が正常に発生しないのでヨーロッパトノサマガエルのメスは元となった種と交配し子孫を残す/なおヨーロッパトノサマガエルという和名だが、日本のトノサマガエルととりたてて近縁というわけではない
田螺=腹足綱 原始紐舌目 タニシ科 Viviparidae に分類される巻貝の総称
アジアには特に種類が多く、タニシと人とを近づける稲作文化と相俟って食用を主とした人との関わりが生まれ、日本でも「ツブ」や「田つぶ」、あるいは「田んぼのサザエ」という呼び方で食用にされる
蓴菜=スイレン〈スイレン科〉 などと同様に水底に根を張り水面に葉を浮かべる浮葉植物であり、水上に花をつける
若い茎や葉は粘液質を分泌し、これで覆われた若芽を吸い物や酢の物の食材とするが、水温が一定のきれいな池沼に生育し栽培されている場合もある
ユーフォニアム=日本、イギリス、アメリカなどで用いられているピストン・バルブを備えた中低音域を担うB♭管の楽器/各国各地のバリトン音域の金管楽器が融合して20世紀前半のイギリスで現在の形状に落ち着いた/3バルブタイプ、B♭/Fコンペンセイティング・システムつき4バルブタイプと、4バルブタイプの3種が現在も存続している
ゾンマーのゾンメロフォンが登場する以前はセルパンやバスホルン、オフィクレイドなどが金管低音の役割を担ってきた/1835年にプロイセンの軍楽隊長だったW.ヴィープレヒトの要請を受けてC.モリッツによってF管のアップライトベル、フロントピストン式バスチューバが作られた/続いて1838年にはそれよりも小型のB♭管のアップライトベル、フロントピストン式テノールチューバが作られた/こうして金管の低音域をバスとテナーという別々の楽器で演奏するようになり、前者がバス、そしてコントラバスチューバへと発展し、後者がユーフォニアムへと発展していった
1843年にゾンマーはモリッツのテノールチューバや、その後各地で作られた同じような楽器を元にゾンメロフォンという楽器を発案する/これはゾンマー自身がソロを演奏するために発案したもので1851年のロンドン万国博覧会にてアルバート公をはじめとするイギリス王族の御前で、オルガンを伴奏に、ゾンマーがこのゾンメロフォンを用いてソロ・リサイタルを開催した記録が残っている/そのリサイタルのスケッチ〈ゾンマーがゾンメロフォンを演奏している〉はヴィクトリア&アルバート博物館にて見ることができる/この楽器はC.モリッツの製作したテノールチューバと同じような細いチューバ型であった……〈ただし、バルブはロータリー式〉
ゾンメロフォンが完成した翌年の1844年、ウィーンのフランツ・ボックとフェルディナント・ヘルがそれぞれゾンメロフォンを改良させた楽器を作り、ボックは4月1日に、ヘルは4月5日にウィーンにて発明特権を取得した/特にボックが作ったオイフォニオンはバルブこそロータリー式であるが、現在のユーフォニアムに近い太い楽器であり、「金管楽器特有の荒い音を排し、広い音域を持ち、音色は柔らかく、美しく優しい響きで、あたかも吹奏楽器におけるチェロのようだ」と、ボック自身が発明特権出願の際に記している/この楽器はのちにチェルヴェニー社などからも「オイフォニオン」として一般向けに製造販売されるに至った/19世紀中頃に登場した「オイフォニオン」が実際に楽曲に使われた例としては、ブルックナーの「行進曲 変ホ長調」〈1865年作曲〉が挙げられる
手風琴=蛇腹のふいごと鍵盤の操作によって演奏する可搬式のフリーリードによる気鳴楽器、コンサーティーナやバンドネオンは近縁の楽器であり、これらはあわせて蛇腹楽器と総称される
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://ncode.syosetu.com/n9580he/





