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10.獣魔の卵を乱獲する


挿絵(By みてみん)




 師、のたまわく……先手必勝、敵は殺せるときに殺せ。殺すべきではないものを殺して仕舞ったときは大いに悔やみ嘆くがいい。

 だが、自分が死んで仕舞えば全ては後の祭り。悔やむことすら出来ない。

 決して死ぬな、生き残れ……そう言う師匠から、私達は生き残る術を学んだ。





挿絵(By みてみん)




 ストレージから野外用の携帯ホワイトガソリンコンロを取り出してプレヒートしていた。師匠から備品として支給されたシングルバーナーは、プランジャーでポンピングする旧式のものだったが、師匠はどうもこう言った古いタイプのツールやギアに固執する性癖がある。

 高山植物と池塘(ちとう)に囲まれた平原で小休止になり、師匠から貰った直火式エスプレッソのポットで、珈琲タイムにするところだ。


 これも師匠から譲られたエスプレッソ用にブレンドした粗挽(あらび)きの粉も向こう10年分ぐらいはストックがあるし、私が愛してやまないキャラメルソースのディスペンサーも何十ダース分もストレージに仕舞ってある。

 一応ミルクの手動泡立て器も一緒に貰ったけど、面倒臭いのでミルクのフォーミングは魔術でやって仕舞う。


 今日は作戦行動用の特殊部隊装備だったが、エリスだけは師匠から譲り受けた正式装備のビキニ・アーマーだ。

 あれ以来、エリスの全身には常に(うごめ)き変転する細密な“真層呪装”がある。

 それには私達でも、あまり長く見詰めると魅入られ引き込まれて仕舞うような超常()みた怪しさがあった。


 世界線を渡り、パラレル・ワールドの異世界にやって来ていた。

 なんでもありの巻き髭師匠に不可能は無い。

 今回は公転周期に狂いが生じたとかで、いきなり宇宙空間に投げ出されたのには魂消(たまげ)た。急減圧と酸欠で死に掛ける前に、前回の次元渡りで散々非道い目に合っていた私達は身体にフィットする防御用の異次元皮膜でシールドしていたお陰で九死に一生を得た。“備えあれば 憂い無し”を自力で学んだ。

 何事も命懸けで学ばねば身に付かない、と言うのが師匠の持論だが、そんなことをしていれば命は幾つ有っても足りない勘定だ。


 ともあれ大気にカットされない有害な紫外線や放射線も防ぐことが出来た。経験から学ぶ学習の賜物(たまもの)かと思う。


 強力な使役獣魔が揺籃(ようらん)するという並行世界にやって来ていた。卵の段階で契約すれば自分の使い魔として永遠に使役出来るという。

 (ただ)、契約には血液を卵に吸わせながら魔力を注がなければならないと言うので、増血作用があるという怪しげな護符を師匠に渡され、これを燃やして鶏の血で飲み下したのはまるで野蛮な土着民の(まじな)い師にでもなったような惨めな気分だった。

 師匠には能く(だま)されるから、この時も半信半疑だった。

 気持ち悪くて、涙目になった。


 獣魔達が産卵する聖域が何箇所かあるとのことだったが、一番卵が蝟集(いしゅう)すると言うマウント・ピンインを目指していた。

 確か、中華系の言語では“花果山”と言う。

 厳重に管理され、この世界の統一獣魔養成機関とも言うべき超党派国家間連盟の行政府により封鎖された区画に忍び込み、一瞬で乱獲するのが目的だ。

 監視網を掻い潜って密猟するのは時間との勝負だった。


 しかし、この世界の結界技術はあまり洗練されていないようで、何重にも張り巡らされている割にはまったくザルだった。

 見張りの門番や衛士、巡回警備班(パトロール)と言った連中もまるでなっていない。

 なんで今まで卵を無事に守り通せたのか不思議な程だった。


 「乱獲しようなんて不心得な(やから)は、この世界では見せしめの為に一族郎党まで粛清されてきたから、今では賊や密猟者が現れる心配をする方がおかしいのさ……お蔭で入れ食い状態だがな」


 「ここでは獣魔という世界共通財産は、一種有限な資源として世界統括機構が管理している、日々確認される新しい卵はナンバリングされ、データ管理されて、月一の総会で分配を決めている……何処の国の、何と言う経済産業部門や治安維持組織の、所轄の誰々に下げ渡されると言うところまで議論され、最後は入札になる」

 「どうしても勝ち取りたい国や、省庁は、プロのプレゼンテーションを生業(なりわい)とするものを(やと)い入れ大々的にキャンペーンを展開したりもする」


 「計画的で堅実だが、浪漫の欠片(かけら)も無いよな……」


 あぁ、師匠の一番嫌いそうな話だな……



 お茶の後、電撃作戦の為に無音走法で並走しながら、ふと横を見るとステラ姉が鍵盤を()く仕草で暗譜しながら走っている。


 「ステラ姉、今は集中して、凡ミスでも命取りになることもあるよっ!」


 「……ごめん、今、どうしても乗り越えられない課題が合って」


 ステラ姉が、音楽魔術を目指すと決めた日から別プログラムが課せられた。




 ***************************




 魔宮の中にあるコンサートホールや練習室がレッスンの場だった。

 歴史を感じさせる重厚な造りだったが、どんな由緒があるのかは謎だった……併設する楽器美術館は、まるで宝物殿のようにして、見たこともない不思議な楽器が展示されている。

 講義は様々な異世界の音楽史や技術論の教養課程のみで、時短圧縮授業だったから一瞬で終わった。後はテキストを渡され、余暇で自習しろと言う。

 それでなくても連日の師匠の苛烈(かれつ)な訓練でヘトヘトなのに、何処に学習する隙間の時間があるというのだろう?


 思い余った私は、ドロシーに泣き付いた。

 ドロシーが師匠から預かっている魔導クロノメーターに、自分達のエリアだけ切り取って他の時間を止め、余分な時間を稼ぐ、時間停止停滞隔絶空間を作り出す機能があることを知っていたからだ。


 ドロシーは、快く協力して呉れた。根が善良なこの娘は決して人を見捨てない。

 弟のソランの嫁として申し分無いと思っていたのに、不憫(ふびん)でならない。(よこしま)な私の思慕が許されぬならせめて叶わぬとは分かっているが、いつかもし私の命と引き換えに、この娘と弟が幸せになれるのなら、そうしようと思う。

 それが運命に受け入れられぬと言うならば、私は命ある限り、ドロシーの(かたわら)に有りて生涯この娘を守り続ける。

 私はこの娘を取り返しの付かないほど傷付けた。許すと言って呉れたこの娘の優しい心根に、私は何としても(むく)いたい。


 ドロシーは、私が音楽史概論や指揮法、作曲法特別講座などのテキストに黙々と取り組んでいる間、あまり大きくはない不思議停滞空間の中で実直に素振りなどをして付き合って呉れた。

 訓練過程で会得した速読記憶術を駆使しながら読み解くテキストは、高度で難解な異世界の理論も多く、こんな独学で本当に大丈夫なのか逆に心配になる。


 私の音感に感じ取れるドロシーの素振りの音が徐々に、だが確実に、そして静かに消えていく。新しく獲得した可聴域は余人が及ぶ筈もなき領域に達していたにも拘らずだ。

 無音の素振り。それは最早(もはや)神域だ。

 この娘の剣へのこだわりは、後天的とは言え剣帝として過ごした来し方から来ているのか定かではないが、最近、師匠から譲って貰った髭剃(ひげそ)りを武器にするようになってから、独自の戦闘スタイルを確立しつつあるように見受けられた。


 ある晩、時間停止空間で膨大なテキストで学習をしていると、ひょっこり師匠が訪れた。矢張り、この人の目は誤魔化(ごまか)せなかったようだ。

 時の流れが違えば、絶対的な隔壁になる筈が、そんなものは物ともせず平気で侵入してくる。


 差し入れに、私とドロシーに塩ラーメンを持ってきて呉れた。

 特別な塩と鶏油(チーユ)がベースになったラーメンは、魚介類と中華系乾物からなる出汁(だし)のスープ、アクセントになる焦がし葱と、竈門(かまど)でじっくり遠火で仕上げられた煮豚ではない本物の叉焼肉(チャーシュー)……相変わらず余計で面白頓珍漢(とんちんかん)蘊蓄(うんちく)(くど)かったが、有り難く、美味しく頂いた。


 「弦楽器などやるようになると、ますますオッパイの大きいのは邪魔になるんじゃないか?」、去り際に余計なひとことを置いていく。


 どうして師匠は、私のオッパイが大きいのをこうも悪し様に言うのだろう?

 まるで、世の中の男共と真逆(まぎゃく)な価値観ではないか? そんなに微乳がいいのか? 弟のソランだって、私の大きな胸をチラチラ盗み見していたのに……いけない、いけない、弟をそんな不埒(ふらち)な性の対象にしちゃ駄目だ。

 私だって、清く正しく生きるって決めたのだから。



 実技指導は、水銀髑髏のファントム・カルテットが担当だ。口数が少ないのが玉に(きず)だが、実演して見せて呉れるので、その方が分かり易い。

 言葉にするのは、もっと強くとか、もっと緩やかに、など必要最低限の注意だけで、後は見て、聴いて覚えろということらしい。


 兎に角、平行で沢山の楽器をやらされた。

 ピアノやチェンバロ、パイプオルガンの鍵盤楽器類、フルート、クラリネット、オーボエの木管楽器、トロンボーン、ホルン、チューバの金管楽器、シロフォン、チューブラベル他の打楽器、勿論ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、マンドリン、リュートなどの弦楽器もだ。

 普通はひとつの楽器を突き詰めた方が、才能は開花し易いと思うのだが、こと音楽魔術の英才教育となると話は別らしい。

 何でも一通り演奏出来て当たり前。実際、カルテットのヴァイオリンの人は何を()かせても超一流どころか、正しく神業(かみわざ)だった。

 凄い凄いと思っていたが、隠され秘匿(ひとく)された才能はミューズ神も瞠目する超絶テクニックと深淵の深みを持った完成度だ。


 一通りオーケストラの器楽をやったら、今度は民族楽器だ。

 スチールドラムから始まり、バグパイプ、アコーディオン、シタール、琵琶(びわ)、琴、月琴(げっきん)、二胡、笙、篠笛(しのぶえ)、ケーナ、バラライカ、ブズーキ、チター、兎に角何から何まで何でもだ。楽器の気持ちになれと言われた。

 どんな風に弾いて欲しいと願い、思っているのか、この世に楽器として生まれ落ちたその日から如何なる使命を持っているのか楽器の気持ちと魂を知れと。

 私にしてみれば、知識はあれど初めてみる異世界の楽器ばかり、ハローと話掛けて挨拶が返ってくる訳もなく、どだい無茶な話だ。


 ハープの音が好きだった。

 6オクターブを弾き分けるペダル操作に夢中になった。

 カルテットのビオラの人がハープの名手で、足元が(かす)むようなペダル操作で見事な変則奏法を見せてくれるのを食い入るようにして盗もうとするのだが、どんなに負荷を掛け、多重掛けした加速モードを多用しても追いつけなかった。

 本来ならこんな出鱈目(でたらめ)なハープの演奏法は有り得ないのだが、ハープがハープの音色を超えていた……そうとしか言えない。



 やがて、音に魔力を乗せる研鑽(けんさん)に入ると、私の世界が変わっていくのが分かった。見る世界、聞く世界、何も彼もが全く今迄と違う。




挿絵(By みてみん)




 ナンバリングされた卵の蝟集(いしゅう)する場所が、鶏卵を生産する養鶏場みたいだったらどうしようかと思っていたが、そんなことはなくてホッとした。

 ちゃんと自然(じねん)のままに、岩場に累々と積み重なったり、横たわったり、不規則に放置されている。大まかにセンサリングして強力そうな獣魔の卵が寄り集まってそうな場所を探して、卵を見渡せるようにホバリングする。


 夕暮れ時だったが、視認をカモフラージュする結界と遮音結界で周辺を包んである。(はる)か上空の軌道上を周回する監視衛星からも、私達の行動は観測出来ない。


 卵は大小、形も様々で、方解石や何かの結晶がびっしり生えたような見た目のもの、磨き上げた真球だがおどろおどろしい文様が浮かぶもの、など色々だ。

 大型獣魔の卵はそれなりに大きいが、大体みんなフルフェイスのグレート・ヘルム、大兜(おおかぶと)ほどだと思う。



 ステラ姉もエリスも、同じように自分達の目指す卵達を見つけたようだ。

 手首の橈骨(とうこつ)動脈を切り裂いて、血潮を魔術で霧状に散布する。

 広範囲の卵の殻が赤く染まり、我ながらグロテスクな所業だ。


 続いて、魔力が均一に降り注ぐよう念を込める。修行の甲斐あってか魔力だけは売る程あるので、暴走して魔道士ギルドの構成員や一般の野良の魔術師、魔法使い狩りの対ウィザード・ハンター他色々な方々に見咎(みとが)められないよう、却って気を(つか)う。今では拡散しないよう絞るコントロール法もばっちりだ。


 やがて、魔力に反応した卵達が孵化して獣魔達が、()き出てくる。中には厚い殻を割った途端、弾丸のように飛び出し、一見鈍重そうな大きな体躯で鼠花火(ねずみはなび)みたいに飛び回る奴もいて、こうして一遍に(かえ)したら大変な騒ぎだ。

 やんわり、静かにするよう、私の従魔として仕えるよう主従・眷属の契約をした(およ)そ70匹ほどに声を掛ける。


 「騒ぐな! (うるさ)い子は置いてくよっ! ビシバシ(しつ)けるから、その積もりでついてきなさい、逆らう子はお仕置きだからっ!」

 同時に私のオーラを発気したら、途端に大人しくなった。騒がしい咆哮(ほうこう)(たちま)ちぴったりと止む。


 主従関係は最初が肝心、初めにガツンと言ってやらなきゃ……心做(こころな)しか、私と契約し配下になったモノ達が怯えて見えるのは、“血も涙も無い”感、出し過ぎたかなと思ったが、単純に私のオーラに気圧(けお)されていたようだ。


 微細振動させる身体で、追突した対象を分解する破砕龍ソニックハンマー、ウォータージェットの高水圧カッターで敵を切断する蜥蜴(とかげ)幻獣グラス・ケルピーなど強力でレアな獣魔も居るようだ。

 白い高温の炎を常に身に(まと)う大柄な火喰いの魔鳥、インフェルノ・ガルーダっていうのが20頭以上いるみたいだった。この世界では火属性の強力な成獣が火力発電所や鉄鋼業の溶鉱炉に使われたりもしている、超高温属性の種だ。


 使い勝手が良さそうなのは、さっき弾丸のように飛び跳ねていた蜘蛛とも蜂とも見分けが付かない多足昆虫系の獣魔で、人が騎乗して、短距離では加速瞬動、強化縮地でまるで跳弾のように飛び回り、遠距離にあっては韋駄天(いだてん)の如く駆け抜ける、そのパワフルさは他に類を見ない。

 乗りこなせるかは、使役者の力量が必要になる。

 名をジャンピング・スパイダー、“フリィ”と言う。“フリィ”とは(のみ)のことだ。


 70匹からの獣魔を私の影に収蔵した。

 獣魔は使役者の影に()む。

 私の大きくはない影に大勢の獣魔が吸い込まれるように入っていく様子は、圧巻だった。気の所為(せい)ではなく、自分の影が大きく(ふく)れ、濃くなったように思える。これは何か擬態の方法を考えないと、不自然かもしれない。


 ステラ姉は、治癒や加護系、人体に取り()いて強化や守護を底上げするものを中心に従えていた。

 一方、エリスの方は以前の盗賊系のスキルを()かす積もりか、索敵系や探査系の獣魔を多く従えていた。


 こうして、獣魔の揺籃(ようらん)する異世界での電撃乱獲作戦は何事も無く終了し、手応えが無さ過ぎて肩透(かたす)かしをくった感が(いな)めないが、(かす)め取った獣魔達を引き連れて、私達の世界に帰還したのだった。




 ***************************




 人は容易(たやす)く死ぬ。飢饉で食糧難から死に、疫病で死に、(いくさ)で死ぬ。火事で死に、天災で死に、その他の不幸な事故で死に、魔物に喰われて死ぬ。


 理不尽に死にゆく人々、死んで仕舞った者達に比べれば、私達の身に起こった不幸などは何程(なにほど)のこともないのかもしれない。

 しかし、男の都合で(だま)される女が居るのなら、私は女達の味方をする。


 私達のように故郷を捨てざるを得なくなった女達が泣いているのなら、何としても救いたい。嘗て私達の不徳の所為(せい)で身を滅ぼさるを得なかった悲しい女達への罪滅ぼし……供養(くよう)になるとも思えないが、本能的に手を差し伸べないのは駄目だと私の中の何かが警鐘(けいしょう)する。

 屹度(きっと)それが、女神様がお与えになった私とエリス、ドロシーの過去に対する果ての無い贖罪(しょくざい)の道なのだと思う。何処迄も続く荊棘(いばら)の道こそ、私達に相応(ふさわ)しい。



 音に魔力を乗せる訓練を始めてから分かったのだが、攻撃的な旋律が無い訳ではないが、それらは初等魔術に分類されていた。

 音の魔術の本筋は、広範囲に奇跡を起こすこと……これに尽きる。



 音の魔術とは、言い換えるならば、“人を救う為の”魔術だった。


 何としても私はこれをものにする。身に着ける。

 衆生を救うとか、御大層な目的がある訳ではない。ただ私は、言われのない運命に(もてあそ)ばれて不幸に沈む者達が居るのならば、私にも何か出来ることがあるのではないか……そう、思うのだ。


 指導して呉れるファントム・カルテットが、一度だけ自分達のルールを曲げて旋律に魔力を練り込むエキジビションを披露して呉れた。

 ナンシーの光り輝く艦橋甲板で(つむ)ぎ出された彼らの魔装された四重奏は、初めて見る幻想的な魅惑が押し寄せてくる波のように、世界を満たして行った。


 素晴らしかった。一音一音に乗せられた絶大なる魔力は、不可視の(いや)しと(あたた)かな福音となって地表へと降り注ぐ。

 師匠の魔装交響楽団ビッグ・バンドに勝るとも劣らない名演奏だ。


 真に力ある音は、摂理さえ捻じ曲げて、奇跡を起こす。

 地表では長い間、旱魃(かんばつ)に苦しむ地方が雨の恵みで潤ったばかりか、あり得ない植物の繁茂(はんも)と、果実などの豊作に見舞われていた。

 ヘドロと生活排水で死にかけていた干潟(ひがた)が復活し、外来種ですっかり(おか)されてしまった湖に食用の鮒やタナゴ、鯉などの従来種が戻ってきた。

 嵐で寸断された幹道が整備され、崖崩れや地割れが修復された。水害で水没し、陸の孤島と化した村々に救援物資が与えられ、流されてしまった家財・家屋、果ては草木の一本まで、徐々に引いていく水の中から復元された。




挿絵(By みてみん)




 見て、聴いて、学んだ。

 しかし、私が実際に、ほんの僅かでも音に魔力を乗せられるコツを掴むまでには、1ヶ月の努力と工夫を要した。



 本当にいいのかそれで、と言う気持ちは当然未だある。

 思い出したくもない、人としての尊厳を犯し続けた淫猥な乱交の日々……悪夢のような鮮明さで焼き付いた、暴力的な迄に汚らしく過激を極め尽くした法悦(ほうえつ)に、これでもかと身を(ゆだ)ね続けた悔恨の過去がある。自ら望んで堕ちたとされる快楽地獄に前後の股間が輪姦精液で(あふ)れ、ドロドロに弛緩仕切っても更に求め続けた畜生の行いは悔やんでも悔やみ切れない最低の記憶だ。

 もう、そこに良識的な性愛など欠片(かけら)も無い。

 クレイジーなアブノーマルを極め尽くした記憶だ。

 唾を飛ばすのもお構い無しに、その中で私達は下品な痴語を精一杯(わめ)き散らしながら、(いや)しい動物のように下劣な交尾行為を無我夢中に繰り返していた。ハーレムの女達が皆同じくそうであったように、私達自身も等しく白目を剥いたまま逝き過ぎて粗相をし、遂には失神する(おぞ)ましい馬鹿セックスだ。

 未だに()いていた催淫剤入りのインセンスや、他人の濃厚な体液や汗、男と女の肉の匂い、精液の匂いが染み付いているトラウマがある。

 忘れたくても、溺れて、拘泥(こうでい)した悪夢がこびり付いて消えない、無くならない。そんな思わず嘔吐(えず)いて仕舞う愚劣な記憶が何時迄も責め(さいな)む。悪夢の中で、私達は際限なく興奮して異常な性愛に溺れ狂っていた。

 私達の、いや私の心の奥底に虫唾(むしず)が走る願望があるって信じたくはなかった。

 自分の中にある淫乱の()を認めたくなかった。

 しっかりしてる積もりだったが、私もエリスもドロシーも結局、普通以上に色欲の強い、緩股(ゆるまた)のアバズレだったと言うことなのか……世の為、人の為、世界の安寧(あんねい)の為に勇者に付き従った筈なのに、そんな高邁(こうまい)な初志は綺麗さっぱり捨て去って、うつつを抜かしたのは如何(いかが)わしくも賤劣卑俗(せんれつひぞく)を極めたくだらない変態セックスだった。最も酷い羞恥と更なる激甚な絶頂を求めて日々エスカレートする変態乱交を繰り返し、低劣な快楽の沼に(はま)って、堕ちて、抜け出せなくなった。

 変な薬で酩酊するトリップ状態に似て、自分のインモラルな行為になんの疑問も持たない程の延べつ幕無しの痴呆のようなハイテンションがずっと続いて、遂には戻れなくなった。実際にセックスドラッグや媚香、塗る興奮剤も乱用していたが、頭が(とろ)けておかしくなる程の肌色パラダイスに埋め尽くされた凌辱天国は、醒めてみればそのまま地獄のドン底だった。

 幾ら指名従者とは言え、閉鎖的な村の為来(しきた)りに育った敬虔(けいけん)な女神教徒の癖に婚前交渉も許容出来る程度には、庶民は庶民だった……“魅了・催淫”の犠牲になった発情ハーレム要員には、良識を何より重んじ純潔や貞節を大切にする潔癖症で高貴な家柄の娘達、女達も少なからず居た。例外なく彼女らは自分達の罪深さと、背徳行為を嬉々として受け入れた(みじ)めさ、淫乱な変態プレイに興奮し続けた後ろめたさに耐え切れず心と魂の均衡(きんこう)完膚(かんぷ)なき迄に壊し、今尚気が触れたままだ。それに比べれば、正気を保てている私達は彼女らより遥かに罪深いのかもしれない。

 人とは間違いを犯すものかもしれないが、屹度(きっと)私達みたいに取り返しの付かない大きな間違いをして仕舞った女は他に居ない。

 けれど、エリス、ドロシーと共に前へ進むと決めた。

 絶望して立ち止まっていても、何も始まらない。


 屹度(きっと)私達の犯した破廉恥な愚行は、稀代(きたい)の雌豚色魔の痴戯(ちぎ)として永遠に語り継がれ、歴史の汚点になる。多くの生臭い性風俗、性奴隷達の酒池肉林の史実の中でも抜きん出た蛮行として伝えられるだろう。売春婦とか尻軽の毒婦とか、そんな上等な者ですらない……(むし)ろ、その程度の生易(なまやさ)しい堕落であったなら、遣り直せる機会は幾らでもあった筈だ。

 あの頃の私等(わたしら)、肉奴隷には何処をどう見て取り(つくろ)っても誠実さや純真さの欠片(かけら)も無かった……怒りと侮蔑を以って(そし)る人々の記憶に残り、未来永劫決して許されることのない大罪は、おそらく消えて無くなることはない。


 謝罪の機会を得られるのかすら皆目(かいもく)見当も付かず、(ゆる)しを請うなどと言う限界は疾っくに超えている……それでも、尚なのだ。


 心は乾いて仕舞うのか分からない、涙は枯れ果てて仕舞うのかもしれない。

 私達が見捨てて見殺しにした人達の血縁、家族に責め立てられボロボロになって仕舞うのかもしれない。

 例え見放された祝福が再び微笑(ほほえ)むことが無かったとしても、(ゆる)されるべきではない咎人(とがびと)には相応(ふさわ)しい末路だと十二分に理解してもいる。

 ………それでも尚、前へ進むと決めたのだから。




挿絵(By みてみん)






なかなか盛り上げる話を工夫するのは難しいです

特に修行時代は、登場人物が少なく、お話が広がりません……早く破天荒に活躍して欲しいのですが、まだまだ地味なお話が続くと思うと、書いていてもストレスが溜まります

いい加減端折って、次の展開に行っちゃおうか悩んでいます


プレヒート=液体燃料を使う携帯ストーブではバーナー部や燃料タンクをなんらかの方法で熱して燃料の気化を助ける必要があり、プレヒートの方法としては燃料をバーナー部に少量かけて着火したり固形メタノールを使ったりする

鶏油=チーユもしくはチキンオイルは鶏肉の食肉加工やレンダリングを経て得られる脂肪〈鶏脂〉を加熱して得られる油/融点は30℃前後で99.8%が脂質で構成され、そのうち約30%を飽和脂肪酸が占める/またω-6脂肪酸の一種のリノール酸を17.9%ないし22.8%と多く含むことで知られ、四訂日本食品脂溶性成分表によると若鶏の腿肉の体脂肪にはオレイン酸42.4%、パルミチン酸22.9%、リノール酸15.4%、パルミトレイン酸7.1%が含まれている/ラーメンスープの風味づけや中国料理および中華料理に使用される

チェンバロ=弦をプレクトラムで弾いて発音する鍵盤楽器で英語ではハープシコード、フランス語ではクラヴサンという/ルネサンス音楽やバロック音楽で広く使用されたが18世紀後半からピアノの興隆と共に徐々に音楽演奏の場から姿を消した/しかし20世紀には古楽の歴史考証的な演奏のために復興され、現代音楽やポピュラー音楽でも用いられている/撥弦鍵盤楽器の大きさや外形は多様であるが発音機構の基本は共通していて鍵を押し下げると、鍵の他端に立てられているジャックと呼ばれる板状の棒が持ち上がり、ジャックの側面に装着されたプレクトラムが弦を下から上に弾いて音を出す/鍵から手を放すとジャックが下がり、このときプレクトラムは回転するタングに取り付けられているため弦を回り込んで下に戻る/ジャックが元の位置に戻るとジャック上部のダンパーによって弦の振動が止められる/弦の素材には真鍮、鉄、丹銅などが使われ、一般にスケールの短いタイプの楽器では全域で真鍮弦が用いられるが、長いスケールの楽器では高音域に鉄弦を用い、低音域に真鍮弦、さらに最低音域では丹銅弦が用いられる/チェンバロの音量は打鍵の強弱には殆ど依存しない/しかしチェンバロは音量、音色を段階的に切り替える仕組みを備えているものが多く、音色の選択機構および音色単位そのものをオルガンの用語と同様に、レジスターもしくはストップと呼ぶ

フルート=木管楽器の一種でリードを使わないエアリード〈無簧〉式の横笛/今日一般にフルートというと銀色または金色の金属製の筒に複雑なキー装置を備えた横笛、つまりコンサート・フルートを指すが、古くは広く笛一般を指していた/ルネサンス音楽からバロック音楽の時代にあっては単にフルートというと、現在一般にリコーダーと呼ばれる縦笛を指し、現在のフルートの直接の前身楽器である横笛は「トラヴェルソ〈横向きの〉」という修飾語を付けて「フラウト・トラヴェルソ」と呼ばれていた/17世紀後半のフランス宮廷でジャック=マルタン・オトテールとその一族が改良した横笛フルートが高い人気を博し、その後ドイツやイタリアにも広まったため、表現力に劣る縦笛は次第に廃れてしまいフルートといえば横笛を指すようになったのである/かつてはもっぱら木で作られていたにもかかわらず現在は金属製が主流となっているが、フルートは唇の振動を用いないエアリード式の楽器なので金属でできていても木管楽器に分類される/一般的なコンサート・フルートは管体が頭部管・胴部管・足部管の3分割構造になっており、保存・携帯時は分解し、演奏時に組立てる/頭部管を胴部管に挿入する深さを変化させることにより全体の音高が変わるため、他の楽器とピッチを合わせることができる/同じベーム式フルートでもフランスを起源とする流派と、ドイツ・オーストリアの伝統とでキー配列、キー構造に違いがあり、フランス流ではキー配置が「インライン」、キーは「リングキー」、足部管は「H足部管」、ドイツ・オーストリア流ではキー配置が「オフセット」、キーは「カヴァードキー」、足部管は「C足部管」と分かれている/日本ではプロの演奏家や音大生は前者のフランス流を、アマチュア奏者は後者を用いる傾向にある

クラリネット=管楽器の一種で1枚の簧〈リード〉を振動源として音を出す単簧〈シングル・リード〉の木管楽器/ドイツ・ニュールンベルクのヨハン・クリストフ・デンナーが1700年頃にシャリュモーを改造して製作したのが始まりとされる/シャリュモーはフランスの古楽器であってシングルリードの円筒形木管楽器であり、18世紀の後半頃までオーケストラに使用されていたといわれている/しかし現存する楽器は作者不詳のものが多く、関連資料もわずかしか残っていないので製作年代はよく分かっていない/パンフルートと同様に閉管構造の楽器であって、全長のほとんどを占める管体の太さはほぼ一定〈円筒形〉である/閉管なので同じ長さの開管楽器よりも最低音が1オクターヴ低い/偶数倍音がほとんど発生しないので音波の波形は矩形に近く、独特の音色をもっている/本体は大きく4つに分割することができ、吹口の側からマウスピース、バレル〈俵管〉、管体、ベルと呼ぶ/マウスピースにはリードがリガチャーによって固定されている/単にクラリネットと言った場合はソプラノ・クラリネットを指し、変ロ調〈B♭〉管とイ調〈A〉管が一般的で、両者は吹口の部分が共通なので、この部分だけを差し替えることもできる/B♭管の場合、全長670mm、内径15mm程度である/ソプラノ・クラリネット以上の大きさのものでは管体をさらに上部管〈上管〉と下部管〈下管〉に分割できるものが多い

オーボエ=吹奏楽器の一種でダブルリードで発音する円錐管の楽器〈複簧管楽器〉/古代ギリシアの伝説においてマルシュアスが吹いたとされる縦笛アウロスがダブルリードの楽器であったと考えられているが、オーボエの直接の前身は軍隊などが戸外で使用していたショームであり、これが木管楽器製作者のオトテール一族によって室内音楽用に改良され、17世紀頃オーボエとして誕生したと言われている/かつては弦楽器だけだったオーケストラに初めて入った管楽器であるが、バロック期のオーボエはキーが2個から3個で、音域は中央ハから2オクターヴ上のニまでの約2オクターヴであった/当初は国ごと、地方ごとに独特のキーシステムが用いられていたが、現代のオーボエではコンセルヴァトワール式と呼ばれるものが一般的で、これは19世紀を通じてシステムの機械化を図ったトリエベール一族の貢献によるもので、現在のコンセルヴァトワール式はトリエベールの6型、現在でもイギリスを中心に用いられるサムプレート〈親指板〉式はトリエベール第5型を基準としている/オクターヴキーの機構によってセミオートマチックとフルオートマチックがあり、セミオートマチックは第1オクターヴキーと第2オクターヴキーの切り替えの時点で第1オクターヴキーが自動的に閉じる機構になっている/フルオートマチックはこれに加えて第2オクターヴキーが自動的に開き、奏者による操作を必要としない/キーにはオープン式とカバー式とがあり、現在はカバー式〈カバードキー〉が多いがオーボエの場合カバードキーといってもキーの中央に穴が開いている/フルートではリングキーと呼ばれる部類に入るがオーボエではこれをカバードキーと呼んで、オープン式の場合は現代のクラリネットのようにリングのみのキーを用いている/発音体であるリードは消耗品で楽器店で購入するか、奏者自ら製作する/リードの設計によって全音域での音程バランス、第1、第2オクターヴの音程バランス、ピッチ、高音の発音の容易さ、音色の変化の幅、アーティキュレーションの容易さ、その変化の幅、アンブシュアへの負担などに大きな影響があるためリードにも国柄、使用している楽器のメーカー、またそのモデルによるスタイルの違いが見られる/アメリカではロングスクレープと呼ばれるリードの5分の4から3分の2程度が削られているものが主流である/ヨーロッパではショートスクレープというリード半分以下の部分が削られているものが主流であるが、イギリスにはやや異なった形でのロング・スクレープの伝統があり、独特な楽器で知られるウィーンのスクレープも長めである

トロンボーン=金管楽器の一種で語源はラッパを意味するイタリア語 tromba に「大きい」を意味する接尾語 〈-one〉を付けたものであり「大きなラッパ」という意味/通常、「トロンボーン」と呼称する場合はテナートロンボーンのことを指し、標準的には変ロ調〈B♭〉の調性を持ちスライドと呼ばれる伸縮管を操作して音階を得る。スライドの他に1個ないしは2個のバルブと迂回管を持つもの〈B管アタッチメント付きアルトトロンボーン、F管アタッチメント付きテナートロンボーン、バストロンボーン〉もあり、今日ではこちらの方が主流である/追加のバルブと迂回管を持つことによりスライドを伸ばすのが譜面上困難な場合、迂回管を使ったポジション〈いわゆる変えポジション〉を用いたり〈奏者界では7ポジションが限界だという〉、管長が足りず構造上出すことのできない低音域を拡張することが出来る/いずれも迂回管を使う際はロータリー式レバーを操作して切り替える/また替えポジションによる効率的なスライドワークや、トリル奏法、ハーフバルブ奏法などにも利用され、バルブを持たないものは前後の重量の均衡を取るための「バランサー」と呼ばれるおもりを後方のU字管付近の支柱に取り付ける場合がある/スライドは内管と外管を重ね合わせた構造なので、内外のスライドが重なっている長さが、近いポジションでは長く、遠いポジションでは短くなる。このため1900年代初頭までの楽器には、近いポジションの時には摩擦抵抗が大きいため微調整が難しく、遠いポジションでは抵抗が小さいため微調整時にずれやすいという問題があった。また、重なりが短くなる遠いポジションの時ほど息もれが激しくなるという問題もあった。これらは後に、内管の先端を微妙に太くした「ストッキング」という部分で外管内面と接するよう改良したことによっていずれも解決され、楽器としての性能が向上した/ギターのフレットに当たるような特別な目印はないため、奏者は自分の感覚でポジションを定めて音程を得る/そのため初心者にとっては正しい音程での演奏は難しいが、熟練すればスライドの微調整によって正確なハーモニーを得ることが出来る/またスライドはグリッサンド奏法の演奏を容易にしている/非常に古い歴史を持つ楽器であり、起源はトランペットと共通である/ドイツのハンス・ノイシェルが現在の形に完成させ、それから約500年以上もの間、基本的な構造が変わっていない古い種類の楽器である/地域によっては古くはサックバットと呼ばれ、15世紀頃にスライド・トランペットの一種から発生したと考えられており、基本的な構造は昔の姿をそのまま留めている/ただし細部のデザインは異なり、奏法も現代のトロンボーン奏法とはかなり異なる/トロンボーンの音域は成人男性の声域に近く、またスライドによって音程をスムーズに調整できる事から得られるハーモニーの美しさなどから「神の楽器」といわれ、教会音楽に重用された/古くからカソリックのミサにおける聖歌の合唱等の伴奏楽器に使われ、オラトリオ〈ハイドンの天地創造など〉やレクイエム等にも多用されているが、世俗的な音楽においては使用を自重する風潮があり、さらにプロテスタント圏のドイツ地域では使用されない傾向があった

ホルン=トランペット、トロンボーン、チューバなどともに近代西洋の金管楽器の主要な楽器のひとつであり、漏斗型のマウスピース、円錐を主体とした長い丸められた管、直径約30cmに達するベル〈朝顔〉を持ち他の金管楽器よりも多くの倍音を出すことができる/広義のホルン〈角笛〉はかつて動物の角、ほら貝、金属などで作られた/トランペットとの違いは通常トランペットの管が円筒を主体にするのに対しホルンが円錐を主にすることにあると言われるが、現代のトランペットは円錐部分が増え、もはやこの区別は成り立たなくなっている/ホルンはカタツムリのような形状に巻かれた円錐状の管と3つから5つの、通常はロータリー式のバルブ〈弁〉を持つ/ヘ調と変ロ調の調性を持った楽器があり、それぞれF管、B♭管と呼ばれるが、一般的にはそれらを一つに組み合わせ「切換バルブ」と呼ばれる特殊なバルブで切り換えられるものが多用される/単一の調性の楽器をシングル・ホルン、2つの調性を持つものをダブル・ホルンと言って区別するが、ダブル・ホルンに一般的なヘ調より1オクターヴ高い「ハイF」などを追加したトリプル・ホルンと呼ばれるものも存在する

チューバ=大型の低音金管楽器で金管楽器の中では最も大きく、最も低い音域を担う/唇の振動によって生じた音を管体で共鳴させ朝顔〈ベル〉から放出するという基本構造は他の金管楽器と同様であるが、フレンチ・ホルン以上の全長を持つ管は長円状に幾重にも巻かれ、大型の朝顔は上部に開く/金属〈主に真鍮〉製の管は迂回管や抜差し部分を除き朝顔に向かって緩やかに広がる「円錐管」となっており、唄口を接続する「マウスパイプ」と呼ばれる部分は楽器の中程の高さに取り付けられる/音程を変えるためのバルブを持つが、これにはピストン式とロータリー式とがあり、その数は3つから7つまでと様々である/ロータリー式の弁を備えた楽器は全て前面操作となり、また基本構造は前面操作のピストン式であっても1つないしは2つの追加のロータリー式の弁を備えるものもある/迂回管部やマウスピース直後の下向きにU字状になった部分には結露水がたまりやすいため水抜き用のバルブ機構や抜差し管を使い排出を行う/チューバの名称は元々はラテン語で「管」の意味でありローマ時代に用いられていた楽器の名称で、旧約聖書にも表れるこの呼称はいわゆる「ラッパ」を指すもので、管楽器の名称としてしばしば使われていたため19世紀に入って登場した低音金管楽器の名称としても使われるようになった

シロフォン=木製の音板をもつ鍵盤打楽器で木琴の一種/譜面上の略記はXylo. などが用いられる/日本でシロフォンと言った場合は一般にコンサート用シロフォンのことを指し、木製の音板をピアノの鍵盤と同様の順番に並べた打楽器であり体鳴楽器に分類され、同じ木琴であるマリンバよりも高く硬い音がする/音板の材質にはローズウッド、紫檀、カリンのような堅い木材が用いられ、音板の下にマリンバ同様の共鳴管が取り付けられている/近年では繊維強化プラスチック〈FRP〉を使用した音板の製品も作られている/マレット〈枹・ばち〉で叩いて演奏するが、打部の材質によって音色の変化が得られる/打部には木、ゴム、プラスチックが用いられ、時にマリンバやヴィブラフォンに用いるような毛糸巻きのものも使われる/通常はグロッケンシュピールと同様にマレット2本〈片手に1本ずつ〉を用いて演奏するが、マリンバやヴィブラフォンのようにマレットを4本から6本用いて演奏することも可能である

チューブラベル=体鳴楽器に分類される金属製打楽器/キリスト教の教会などで見られるような鐘をコンサートの舞台で演奏しやすいようにひとつひとつの鐘を管状〈チューブラー〉にして、ピアノの鍵盤の順番と同様に並べて吊るした楽器で1867年に発明された/単に「チャイムズ」や「コンサート・チャイムズ」あるいは「シンフォニック・チャイムズ」「カンパネラ」などとも呼ばれる/日本では複数形をカットして、「チャイム」「コンサート・チャイム」「シンフォニック・チャイム」と呼称される/音域は中央ハから上へ1オクターブ半ほどで、管は長いもので150cmを超え、楽器としてスタンドにセットされた状態では180cm前後の高さになる/管の太さは音程に関わらず同一のものが使用さ、このような楽器の形状のため座っての演奏ではなく立った状態で演奏〈立奏〉し、管の上部を専用のハンマー〈木製・皮製・プラスチック製など〉を1本ないし2本用いて打鍵する/専用スタンドの下部にはペダル式のダンパーがあり、これを操作することで余韻を調節することができる

ヴァイオリン=ヴァイオリン属の高音楽器で、ヴァイオリン属に属する4つの楽器の中で最も小さく、最も高音域を出す楽器/完全五度に調弦された弦を弓で擦って音を出し基本的には4弦であるが、低音域に弦を足した5弦、6弦以上の楽器も存在する擦弦楽器である/全長は約60cm、胴部の長さはおよそ35cm、重量は楽器にもよるが300~600gほどで表板にはスプルースが使用され、中でもドイツトウヒが用いられることが多い/裏板や側板・ネックにはメイプルが一般に用いられ、表板・裏板とも2枚の板を木目が揃うように接着して使用する/指板には黒檀がよく使われ裏板・側板は通常柾目材を用い、「杢」が出ている材を使用することも多い/胴部はf字孔を開口部とするヘルムホルツ共鳴器を構成しており、表板の裏面にある力木〈バスバー〉は表板を補強するとともに低音の響きを強め安定させる役割を果たす/胴体内には魂柱〈サウンドポスト〉と呼ばれる円柱が立てられており、駒を通って表板に達した振動を裏板に伝える/指板の先には弦の張力を調整する糸巻き〈ペグ〉がついていて、先端の渦巻き〈スクロール〉は装飾であり一般には音に影響しないとされているが、音響のためあえて対称性を崩して加工されている楽器も多いという/スクロールは美観の観点から裏板や側板と同一の素材が良いとされるため、メイプルが望ましいとされる/駒・魂柱・ペグ・エンドピン以外の部品は膠によって接着され、膠で接着された木材は蒸気を当てると剥離することができるので、ヴァイオリンは分解修理や部材の交換が可能である/塗装にはニスが用いられ、スピリット〈アルコール〉系とオイル系の二種類がある/塗装の目的は湿気対策と音響特性の改善であるとされるが、ニスに音響特性を改善する効果は無いとする説もある/ヴァイオリンの起源は中東を中心にイスラム圏で広く使用された擦弦楽器であるラバーブにあると考えられている/ラバーブは中世中期にヨーロッパに伝えられ、レベックと呼ばれるようになったが、やがてレベックは立てて弾くタイプのものと抱えて弾くタイプのものに分かれ、立てて弾くタイプのものはヴィオラ・ダ・ガンバからヴィオラ・ダ・ガンバ属に、抱えて弾くタイプのものはヴァイオリン属へと進化していった

チェロ=西洋のクラシック音楽における重要な楽器のひとつで、オーケストラによる合奏や弦楽四重奏、弦楽五重奏、ピアノ三重奏といった重奏の中では低音部を受け持ち、また独奏弦楽器としてはヴァイオリンと並んで重要であり、多くのチェロ協奏曲やチェロソナタが書かれている/チェロは同じくヴァイオリン属の楽器であるヴァイオリンやヴィオラとほぼ同じ構造で、ただし低い音を出すために形全体が大きく、特に厚みが増している/また、チェロはその大きさと重さゆえにヴァイオリンやヴィオラのように顎で挟んで保持することが困難なので、エンドピンを床に立てて演奏する/本体の大きさに比べると指板はヴァイオリンなどより若干細めでヴァイオリン属では低音楽器になるほど胴体と弦の角度が大きいためヴァイオリンに比べると駒が高く丈夫に作られている/弓もヴァイオリンなどより太いが長さは逆に短い/受け持つ音域からすると本来チェロはもっと大型化すべき楽器ではあるが、演奏が困難になるため現在のサイズとなっている/弦の長さもこれ以上長くできないので巻線を使用するなどして低い音を出すようにしているが、正しく調弦した状態で4本の弦にかかる張力は弦の銘柄によって多少は異なるがおおむね同じであり、最も太いC弦も最も細いA弦もほぼ同じ9~13kg程度の張力で、楽器全体では40~50kgの張力となる/コントラバスやギターのようなウォームギアによる巻き上げ機構は一般的に備えておらず、ヴァイオリンやヴィオラと同じように木製のペグの摩擦だけで弦の張力を支えているため、ペグの調整が不完全な状態であると調弦が極めて困難である/基本的に表板はスプルースなどの木材で製作され、それ以外はメイプルが使用されることが多く、指板には通常黒檀が使用されるが真っ黒な黒檀が枯渇して希少となっているので茶色の黒檀を塗装して使用したり、廉価な楽器では塗装されたメイプルが使用される/エンドピンには亜鉛の合金が使用されることが多いが最近ではカーボンやチタン、タングステンなども使用されている/チェロは最低音のC2から、指板を押さえる通常の方法のみによって4オクターブを越える広い音域を持つ。駒寄りの弦を押さえることにより5オクターブまで発音することは出来るが、それで曲を演奏することは技術を要する/一方ハーモニクスという手法を用いてさらに数オクターブまで高い音を出すことも可能で、これはチェロが縦に構えられて演奏され駒近くの弦を押さえるのがヴァイオリンなどと比較して容易なことに起因する/運指は低ポジション〈指板の上の方を用いる〉では人差し指・中指・薬指・小指を用い、各指で押さえる音程の間隔は半音を基本とする〈人差し指と中指の間は全音とすることもあり「拡張」と呼ばれる〉/この関係上、音階などの運指においてヴァイオリンよりも頻繁に開放弦が用いられる傾向にある/またヴァイオリンと比べて頻繁なポジション移動が必要になり概ね第7ポジションを境として以降の高ポジション〈指板の下部を用いる〉では親指も指板上に乗せて弦を押さえる〈親指のポジション〉

コントラバス=オーケストラなどで最低声部を受け持つ弦楽器でクラシック音楽では主に弓を使って演奏するが、ポピュラー音楽では一般的に指を使って演奏する〈ピッツィカート奏法〉/類似する低音弦楽器であるチェロがヴァイオリン属の楽器であるのに対して、コントラバスに見られるなで肩の形状、平らな裏板、4度調弦、弓の持ち方〈ジャーマン式〉といった特徴はヴィオラ・ダ・ガンバ属に由来する/現代のコントラバスはヴァイオリン属とヴィオラ・ダ・ガンバ属の中間に位置する楽器となっており、共鳴胴は瓢箪型で棹が付いている/形によって「ガンバ型」「バイオリン型」「ブゼット型」などのバリエーションがあり、中央のくびれは古い擦弦楽器において弓を使うのに邪魔にならないような形状にした名残でヴァイオリン属にもヴィオラ・ダ・ガンバ属にも共通するものである/ヴァイオリン同様表板と裏板は独立しており表板は湾曲している/ただし湾曲した裏板を持つラウンドバック、平面の裏板を持つフラットバックと呼ばれるふたつの構造が存在する/フラットバック裏板内側面にはラウンドバックには無い力木〈ブレイス〉が接着されている/ヴァイオリンやヴィオラ、チェロと違いなで肩であるが、これはヴィオラ・ダ・ガンバ属のなごりであり、これによってハイポジションでの演奏が容易になっている/駒は弓で特定の弦をこするのに適すよう弦の当たる位置が湾曲しているが形の比率は他のヴァイオリン属に比べて背が高い

マンドリン=イタリア発祥の撥弦楽器で現在、最も一般的に見られるのは17世紀中頃に登場したナポリ型マンドリンから発展したもので弦はスチール製の8弦4コース、調弦はヴァイオリンと同じく低い方からG-D-A-E/ただしヴァイオリンと違って指板にはフレットがあり、弓ではなくピックを使って演奏する/撥弦楽器であるマンドリンはギターと同じく持続音が出せない楽器で高音においてギターより大きな問題となり、その結果、持続音を模したトレモロ奏法が使われる/その他の奏法には、アルペジオ、ピッツィカート、ハーモニクスなどがある/マンドリンにはイチジクの縦割りに例えられるボールバックのナポリ型や、フラットバックのポルトガル型、バンジョーの半分のサイズのバンジョー型等があり、また南米には10弦〈ペルー〉・12弦〈ボリビア〉などのマンドリンも存在する/ナポリ型マンドリンは糸巻軸の金属棒が外に飛び出ているタイプのマンドリンを指し、ローマ型マンドリンはギターと同じ方式の糸巻軸をしているものを指す/マンドリンの直接の起源はリュートから派生した楽器「マンドーラ」といわれているが、初期のマンドリンは6コースのガット弦を持つ、所謂バロックマンドリン〈マンドリーノ〉で、アントニオ・ヴィヴァルディが書いたとされるマンドリン協奏曲はこの型のためのものである

リュート=ネックと深く丸いような背面で中空の空洞の筐体を持つ弦楽器で、通常はボディにサウンドホールや開口部がある/中世からバロック後期までの様々な器楽に用いられ、ルネサンス期には世俗音楽の最も重要な楽器となった/バロック音楽の時代にはリュートは通奏低音の伴奏部分を演奏する楽器のひとつとして用いられ、声楽作品の伴奏楽器としても使われている/伴奏はコントラバスパートをベースに和音で即興的に演奏するか譜面に書かれた伴奏を演奏する/今日リュートと呼ばれる楽器の構造上の特徴はルネサンス期に作られたいわゆるルネサンスリュートで代表することができ、それ以後のリュート族の楽器はルネサンスリュートを改良と改造をしたものであるのでルネサンスリュートと多くの特徴を共有している/ボディは「洋梨を半分に切ったような」形状と表現されることが多く、背面が丸く湾曲しているのが特徴で前面の表面板はクラシックギターのそれ〈2.5mm前後〉よりかなり薄い〈1.5mm前後〉ものが多い/表面板にはギターのサウンドホールに相当する穴があるがこれはギターのようにただぽっかりと空いているのではなく、通常唐草模様や幾何学模様などの図案が表面板に透かし彫りされており、これをローズ〈「バラ」の意〉あるいはロゼッタと呼ぶ/中世からルネサンス初期のものにはローズが表面板とは別にはめ込まれているものもあり、大型の楽器では複数のローズをもつこともある/背面はリブ〈「肋骨」の意〉と呼ばれる両端が細くなった形の湾曲させた薄い木片を並べて組み立てられており、これにより深く丸まった独特の形を形成している/リブはバナナの皮をむいたときのような形でもあり、リブの組み立ては地球儀をつくるときの原理と似ている/ササーン朝ペルシアにおいて原型となる楽器が用いられていたが滴型の本体と後ろに折れたヘッドを特徴とし、基本的にリュートと同じ形をしている/四弦で小さな撥を用いていたとされており、「バルバット」と呼称されていたらしく、これが西伝してリュートになったといわれる/一方、東伝したものは後漢の頃中国に入り、最初「胡琴」と呼ばれたがウイグル語からの音訳で琵琶となったらしい/奈良時代に日本にもたらされた

リュートがヨーロッパに最初に現れたのは中世で、十字軍によって中東からもたらされたとする説やスペインのイスラム教徒とキリスト教徒の分裂を横断して運ばれたという説などがある/当時のリュートは4コースまたは5コースで撥で弾いていた/15世紀頃までのリュートは博物館等に残存しているものが少なく、その後のものに比べて楽器の形状や奏法、レパートリーなどについてはわからない点も多い

ミューズ=詩と音楽の女神でギリシア語でムーサMusa、一般的にはヘシオドスに従ってゼウスとムネモシネ〈記憶の女神〉の娘で9人姉妹とされる

古くはテッサリアのピエリア地方、そしてボイオティアのヘリコン山に崇拝の中心地をもっていた

彼女たちは詩人や楽人に霊感を与えた反面、おごれる歌人を罰することも多く、トラキアの楽人タミリスがミューズたちにも負けないと高言したとき彼女たちは怒ってタミリスの視力を奪い、さらに歌と竪琴の技をも失わせた、またマケドニアのペッラの王ピエロスの娘で歌自慢の九姉妹が彼女たちに挑戦したとき女神たちは九姉妹を負かしたうえ罰として彼女らをお喋りな鵲に変身させた

スチールドラム=もしくはスティールパンはドラム缶から作られた独特の倍音の響きを持った音色が特徴の音階のある打楽器で、カリブ海最南端の島国であるトリニダード・トバゴ共和国で発明された/擂り鉢状に成形されたドラム缶の底面に音盤が配置されており、この音盤を先端にゴムを巻いたバチ〈マレット〉で叩くことにより音盤及び胴体部を振動させて音が発生する/トリニダード・トバゴでは19世紀半ばに当時占有していたイギリス政府によりドラムの使用を禁止された黒人達が色々な長さにした竹の棒を地面に打ち付けたりバチで叩いて音を出すタンブー・バンブーを代用していたが、1937年、このタンブー・バンブーの使用も禁じられた人々は身近にあったビスケットなどのカン類などを楽器として使用し始めた/そうした中、1939年にウインストン・スプリー・サイモンがぼろぼろになったドラム缶を直そうとしていた際、叩く場所によって音が違っていることに偶然気付いてスティールパンの元となるものを作り出したと言われている/当時はピンポンと呼ばれていた/工業的に量産することが難しく、2020年現在でも職人による手作業で製作される

バグパイプ=簧〈リード〉が取り付けられた数本の音管〈パイプ〉を留気袋〈バッグ〉につなぎ、溜めた空気を押し出してリードを振動させ音を出す/バグパイプの発音原理は有簧木管楽器と同じであり、一種の気鳴楽器ではあるが必ずしも一般的な意味での「吹奏楽器」ではない/送気方式として人の呼気を用いるものと、鞴〈ふいご〉を使うものとがある/いずれも留気袋の押圧で音管に送る空気の量を調節し、区切りなく音を出し続けることができる/旋律を演奏する主唱管〈チャンター〉の他に、1本から数本の通奏管〈ドローン 〉が付き、同時に鳴奏される/エジプトのアールグール、イラクのマトブチなど、西アジアから北アフリカに見られるドローンとチャンターを兼ねた複管を備え循環呼吸で演奏される笛がバグパイプの原型と考えられている/これが少し発展し、ひょうたんやココナッツで作られたリード室をもつものがインドの蛇使いの使う蛇笛プーンギなどで、その後に現れた循環呼吸奏法をしやすくするためにリード室を布や皮の袋にしたものが初期のバグパイプといえる/中にはドローンの数を増やした発展形もあり、ツァンボウナ、トルン、ドゥーダといった東ヨーロッパ・バルカン半島近辺のバグパイプの仲間がこれにあたる/次の世代としてチャンターにダブルリードを採用して音に張りをもたせたものと、革袋をふいご形にしたものとの2系統がある/前者の代表例がスコットランドのバグパイプであり、後者の代表にはチェコのドーディなどがある/フランスのミュゼットは2系統の技術を併せもち、その音楽はフレンチ・アコーディオンへと発展した/またアイルランドのイリアン・パイプスは巨大な補助ふいごとレギュレーターをもち、革袋を必要としなくなっている

アコーディオン=蛇腹のふいごと鍵盤の操作によって演奏する可搬式のフリーリードによる気鳴楽器で、コンサーティーナやバンドネオンは近縁の楽器だが広義にはアコーディオンに含められることがある/これらはあわせて蛇腹楽器と総称され、日本語では手風琴と称される/全てのキーに対して独立した発振器〈リード〉が備わっているため理論上全てのキーを同時に押した場合に割り当てられた全ての音が出る/そのため同時に複数の音を鳴らすのが容易であり、一台で主旋律と和音伴奏を同時にこなすこともできる/蛇腹楽器〈アコーディオン族〉は伸縮自在の蛇腹の左右にそれぞれ筐体がついている/左右の筐体の形は異なっていて演奏者は通常、右手側の筐体をバンドやベルトなどで胴体に固着させ蛇腹の伸縮動作は左手側の筐体を動かして行う/右手側の筐体は主に主旋律を担当し、ピアノと同様の「ピアノ式鍵盤」もしくは「ボタン式鍵盤」が並んでいる/一般的な「独奏用アコーディオン」の場合、右手側が8~50鍵ほど、左手側が18~120個ほどのボタンがあり、筐体の内部構造はボタンと空気弁を繋げるためにシャフトが張り巡らされ大変に複雑である/筐体上の鍵盤やボタンを押すとシャフトでつながった対応する空気弁が開くようになっていて、蛇腹を伸縮することで送られた空気が開かれた弁を通り、リードを通り抜けるときにこれを振動させて音を鳴らす/リードはフリーリードと呼ばれるもので薄い金属の板であり、共鳴管によらずリード自身の長さや厚さで音高が決定される/1枚のリードは一方からの通気でしか発音しないため、通常アコーディオンの場合は蛇腹を押した時にも引いた時にも発音するようにひとつのリード枠に表裏2枚のリードがセットされている/当初、アコーディオンの鍵盤は他の蛇腹楽器と同様、狭いスペースにたくさんの鍵〈キー〉を並べることができるボタン式鍵盤が標準であった/1850年ごろ、ウィーンのフランツ・ワルターは3列のボタン鍵盤を並べた押引同音式のクロマティック・アコーディオンを開発した〈現在「B配列」と呼ばれるタイプ〉/押引同音式のアコーディオンの出現によりピアノ式鍵盤を装備する可能性が開かれた/初期のピアノ・アコーディオンはウィーンのマテウス・バウアーによって開発されたが、これとは別個に1880年代のイタリアでも開発された/ピアノ式鍵盤の特長は汎用性である、ピアノやオルガンなど他の鍵盤楽器と共通なので入門者もすんなりと弾け、また上級の演奏者も他の鍵盤楽器が長い歴史の中でつちかってきた演奏テクニックを活用することができる/その一方、ピアノ式鍵盤の欠点は鍵が細長い板状であるためボタン式より広いスペースを必要とすること、ボタン式と違い鍵どうしが密接しているため高速のパッセージを弾くとミスタッチが起きやすいこと、などがある/ダイアトニック・アコーディオン……日本でアコーディオンと言えばピアノ・アコーディオンを指すことが多いが、外国ではむしろボタン・アコーディオン〈ダイアトニック・アコーディオンおよびクロマティック・アコーディオン〉のほうが普及している

シタール=北インド発祥の弦楽器で民族楽器のひとつ/伝統的なシタールは19弦で、棹は長さが約90cmで約20個の金属製のフレットが結びつけられている/フレットの上には約7本の金属製の演奏弦が張られており、左手の指で弦を押さえミンドという奏法〈チョーキング〉により1フレットにつき4〜5度音をだす/右手指先に付ける金属製の爪のミズラブ〈ミズラーブとも呼ばれる〉で弦をはじいて演奏する撥弦楽器/フレットの下には約12〜16本の共鳴弦が張られている/共鳴胴は通常ヒョウタン、もしくはユウガオの実を乾燥させたもので作られる〈カボチャや木製、まれに真鍮製のものも同〉/また胴体とは別に、棹の上部にも同サイズかやや小振りの共鳴器が付くが、これなども他の多くの撥弦楽器〈リュート、ウード、ギターなど〉とは異なる特徴と言える

琵琶=東アジアの有棹弦楽器のひとつで弓を使わず、もっぱら弦をはじいて音を出す撥弦楽器である/古代においては四弦系〈曲頚琵琶〉と五弦系〈直頚琵琶〉があり、後者は伝承が廃絶し使われなくなったが、前者は後に中国及び日本においていくつもの種類が生じて発展し、多くは現代も演奏されている/ベトナムにはおそらく明代に伝播した四弦十数柱のものが伝承され、ダン・ティ・バと呼ばれる/なお広義には阮咸〈げんかん〉や月琴などのリュート属弦楽器も琵琶に含めることもある/四弦系〈曲頚〉琵琶は西アジアのウード、ヨーロッパのリュートと共通の起源を持ち、形もよく似ている/すなわち卵を縦に半分に割ったような形の共鳴胴に棹を付け、糸倉〈ヘッド〉がほぼ直角に後ろに曲がった特徴的な形である/五弦系〈直頚〉琵琶はインド起源とされ、糸倉は曲がらず真っすぐに伸びている/正倉院に唯一の現物である「螺鈿紫檀五弦の琵琶」が保存されている/中国大陸においては「琵琶」という言葉は後漢の応劭「風俗通」声音篇に見え、また「釈名」釈楽器によれば胡の楽器で馬上で演奏するものであるとする/琵琶がいつ中国大陸に伝わったかは明らかでないが、西晋の傅玄「琵琶賦」〈「初学記」および「通典」が引く〉の伝える伝説によると、秦のときに万里の長城を築く労働者が演奏したとも、前漢の烏孫公主が馬上で演奏できるように作ったともいう/北魏時代の敦煌莫高窟壁画に5弦の琵琶が描かれており、現在につながる琵琶はこのころ中国大陸に伝わったもののようである/唐時代の琵琶は現在の日本の楽琵琶とほぼ同じ形をしており、音楽理論が整備される中で調弦法も多数定められ、様々な合奏にも用いられ記譜法も確立し、宮廷音楽から民間音楽まで合奏、独奏、歌唱の伴奏と広く愛好された/白居易の詩「琵琶行」は有名であり、楊貴妃もよく琵琶を演奏したと言われる/清代に使用された琵琶は唐代までのものとは異なり日本の盲僧琵琶にやや近い形をしており、弦数は変わらないがフレットはずっと増えて14個を備えていた/撥ではなくへら状の義甲〈ピック〉で弾奏する/江戸時代の文政頃、月琴や胡琴等と共に日本に伝来、明治初年頃まで明清楽として流行した/現在も長崎に伝承され、「唐琵琶」と呼ばれている

琴=日本の伝統楽器/日本で「こと」と呼ばれる楽器は①琴、②箏〈そう〉、③和琴〈わごん〉、④一絃琴〈須磨琴〉、⑤二絃琴〈八雲琴〉がある/琴と箏は混同されることがあるが両者の違いは、琴は弦を押さえる場所で音程を決めるが〈和琴は柱を使う〉、箏は柱〈じ〉と呼ばれる可動式の支柱で弦の音程を調節することである/一絃琴……モノコード系のシンプルな楽器であり、板琴、須磨琴などの別名がある/日本には江戸時代初期に中国大陸より伝来し、河内国の僧覚峰律師により世に広まった/幕末に土佐藩士のあいだで流行し、初期の一絃琴は一枚板に弦を張った構造だったが最近のものは箱状になっている/一絃琴のために作曲された曲を「本曲」といい、全体に緩やかな音楽が特徴である/二絃琴……1820年に中山琴主が出雲大社への献納用楽器として考案したことから当初は出雲琴と呼ばれたが、代表曲「八雲曲」にちなんで八雲琴と呼称するようになった/初期は竹で作られたが、のちに杉や桐製となった/2本の弦は同律に調弦されることから、一絃琴から進化させたものと考えられ出雲、伊予、京阪地方で盛んになったが現在は衰微している/明治初期に二絃琴を発展改良させた東流二絃琴が開発され、東京で流行した端唄や俗謡の伴奏楽器として明治中期まで盛んに用いられた

月琴=中国発祥の伝統楽器で満月のような円形の共鳴胴に短い首〈琴杵〉を持つリュート属の撥弦楽器/弦数は時代や国によって違うが大抵2〜4弦で、4弦なら複弦を2コースずつ張る/弦は昔は絹糸であったのだが後には針金を張ったものも多く、現在はナイロン鋼糸弦が主流/調律についても時代や国によりまちまちであり10品から24品の品に弦を親指以外の指先で押さえつけて弾片〈ピック〉で弦を弾いて音を出し、共鳴孔は無い/起源は阮咸琵琶や阮と呼ばれるものであるとされているが、よくわかっていない/少数民族の彝族が持つ胴が六角形の六角胴月琴や首の長い長棹型月琴もある/月琴は日本の明清楽でも使われるが、明楽の「月琴」が棹の長い「阮咸」であるのに対して、清楽の「月琴」は胴の丸い円形胴月琴であり両者は全く別の楽器である

二胡=中国の伝統的な擦弦楽器の一種で2本の弦を間に挟んだ弓で弾き、琴筒はニシキヘビの皮で覆われている/原型楽器は唐代に北方の異民族によって用いられた奚琴という楽器であるとされ、この頃は現在のように演奏するときに楽器を立てずに横に寝かせた状態で棒を用いて弦を擦り音を出した、宋代に入り演奏時に立てて弾く形式が広まり、この頃には嵆琴と字を変えて呼ばれるようになった

笙=雅楽の管楽器のひとつで自由簧に属する/匏〈ほう〉と呼ばれる部分の上に17本の細い竹管を円形に配置し竹管に空けられた指穴を押さえ、匏の横側に空けられた吹口に息を吸ったり吐いたりして、17本のうち原則15本の竹管の下部に付けられた金属製の簧〈した:リード〉を振動させて音を出す/構造上、楽器の内部が呼気によって結露しやすく楽器が冷えたまま息を吹き込んだり、そのまま演奏し続けた場合、簧に水滴が付いて音高が狂いやがて音そのものが出なくなる/そのため演奏前や間に火鉢やコンロなどに楽器をかざして、楽器及び内部の空気を暖める〈「笙を焙じる」〉ことが必要不可欠である/音程は簧の固有振動数によって決定し、竹管で共鳴させて発音する/竹管には屏上〈びょうじょう〉と呼ばれる長方形の穴があり、共鳴管としての管長は全長ではなくこの穴で決まり、そのため見かけの竹管の長さと音程の並びは一致しない/屏上は表の場合と裏の場合があるが、表の場合は装飾が施されている/指穴を押さえていない管で音が出ないのは共鳴しない位置に指穴が開けられているためである/吸っても吹いても同じ音が出せるので他の吹奏楽器のような息継ぎが不要であり、同じ音をずっと鳴らし続けることもできる〈呼吸を替える時に瞬間的に音量が低下するのみ〉/押さえる穴の組み合わせを変えることで基本的なものだけで11種類の合竹〈あいたけ〉と呼ばれる和音を出すことができる/通常の唐楽では基本の合竹による奏法が中心であるが催馬楽、朗詠では一竹〈いっちく:一本吹きともいう〉と称して単音で旋律を奏する/また音取や調子では合竹と一竹の両者を併用し、その際特殊な合竹も用いる/高麗楽では用いられない

篠笛=日本の木管楽器のひとつ/篠竹〈雌竹〉に歌口と指孔〈手孔〉を開け、漆ないしは合成樹脂を管の内面に塗った簡素な構造の横笛で伝統芸能では略して「笛」や「竹笛」と呼ばれることも多い/尺八やフルートと同じく「エアリード楽器」に分類される/音域はフルートの3オクターブに対し、篠笛は2オクターブ半ほどである/竹の割れ止めに藤を巻いて漆を塗る以外ほとんど装飾することなく、竹そのものといった簡素な姿をしている/これは「篠笛」が庶民階級の間で愛好されてきたことが大きな理由であろう/貴族や武家など上流階級が用いた「龍笛」「能管」では、巻き・塗りなど手間のかかる装飾が施されていることが「篠笛」との大きな違いである/日本で一般的に「お祭の笛」といえば「篠笛」を意味することが多い/和太鼓や鉦などの打楽器と共に用いられ、「祭囃子」「神楽」「獅子舞」の主旋律を担当する/旋律といっても祭囃子用の篠笛は演奏と作成の容易さを優先して指孔が等間隔に開けられているものが多く、邦楽の音階にも洋楽の音階にも当てはまらない/歌舞伎・文楽・日本舞踊等、江戸時代に盛んになった伝統芸能、特に庶民階級を対象にして劇場や屋外の舞台で演じられたものには「浄瑠璃」のような「語り」あるいは「唄」と三味線によって、旋律と緩急がはっきりした大衆的な音楽をつけることが一般的であった/本格的な劇場・舞台では、それに「笛」「小鼓」「大鼓」「締太鼓」を加えることが多く、この4種を「お囃子」〈邦楽囃子、長唄囃子〉と呼ぶ/民謡と同じく、語り手・歌い手の声域にあわせて三味線の調弦を変えるのが一般的である/従って篠笛は長さが異なるものを何種類も用意しておき、転調の際には曲の途中で持ち替えることもある/篠笛の伝統的奏法を他国の横笛と比較するにおいて最も特徴的なのはタンギングを行わないことである/そのかわり同音連続の際は極短時間指孔を開閉操作して「音を打つ」/例:「螢の光」で「ほたるの」の「五」の音の連続等……これは「打ち指」と呼ばれる伝統的演奏技法であり、祭囃子・神楽・獅子舞等の祭礼音楽において特に多用される/祭り笛の音は俗に「ぴーひゃらら」と擬音で表現されるが、「ひゃらら」の部分が「打ち指」技法の特色をよく表している

ケーナ=南米ペルー、ボリビアなどが発祥の縦笛〈気鳴管楽器〉/リードがなく、上部にあるU字またはV字型の切り込みによって歌口を形成する単純な構造の縦笛であり日本の尺八、中国の洞簫と同じエアーリード式の木管楽器に分類される/表側に数個と裏側に1個の指孔を有し、それらを直接指で塞ぐことにより演奏する/表側の指孔は古くは3~4孔だったが、現在は西洋音階に対応するため6孔が標準となっている/管尻は内径を細くした絞り構造となっており、同じ音域のストレート構造の笛に比べて短い/材料としてはもともとはカーニャと呼ばれる葦が用いられていた他、遺跡からの出土品には動物の骨を使ったものも発見されている/現在は楽器としてある程度以上の水準のものは葦よりも格段に硬い材質の竹〈バンブー材〉または木で作られることが多い/吹き込む息によって湿気を帯びること、また材料の木で口がかぶれることもあるため、吹き口の部分だけ骨を使う場合もある/竹製のものはいかにもケーナらしい哀愁を帯びた掠れた音色を奏でる特徴があるが竹材による寸法のバラツキがあるため正確に調律するのが難しい/フォルクローレを演奏するときサンポーニャとともに主旋律を受け持つことが多い/大太鼓のボンボや弦楽器のチャランゴ、ギターなどと合わせての演奏が一般的で、楽器の構造が単純であるため音色や表現は奏者の息づかいの表現力に強く依存する

バラライカ=ロシアの代表的な弦楽器のひとつでギターと違い、共鳴胴が三角錘形をしているのが特徴/現在の形は19世紀の末にロシアの音楽家ワシーリー・アンドレーエフらにより改良・完成されたものである/バラライカにはいくつかの種類があり、音の高いほうからピッコロ・プリマ・セクンダ・アルト・バス・コントラバスなどがある/これらは独奏をはじめ合奏やバラライカ・オーケストラに用いられ、このうち最もよく演奏される物はプリマである

ブズーキ=現代のギリシャ音楽で中心となる楽器のひとつであり、またセルビアやボスニア・ヘルツェゴビナといったバルカン半島の民族音楽でも使用され、更にアイルランド音楽でも使用される/洋梨を半分に割った形のボディと長いネックを備えた弦楽器でリュート属、マンドリンに似ておりピックで演奏され、鋭い金属的な音が特徴的

チター=主にドイツ南部、オーストリア、スイスなどでよく使用される弦楽器〈弦鳴楽器〉で、日本の琴に似た形状をしているが長さは短く、約30本の伴奏用弦と5、6本の旋律用のフレット付き弦が張られていて、これを親指につけたプレクトラムと呼ばれる爪を使って弾く

映画「第三の男」のテーマソングをアントーン・カラスが弾いた楽器としても知られている


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別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください

短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です

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全編改稿作業で修正 2024.10.26


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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拙作「ソランへの手紙」にお越し頂き有り難う御座います
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別口で“寝取られ”を考察するエッセイをアップしてあります
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