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09.ステラ姉が、音曲魔術を目指す


挿絵(By みてみん)




 師、のたまわく……汝、姦淫するなかれ。英雄、色を好むなど以ての外。敵に隙を見せてどうする?

 およそ戦士たるもの、ストイックなまでの克己心を持つべきというのが、永遠に近い悠久の彼女いない歴を誇る師の持論だった。




挿絵(By みてみん)




 “アレックスの壺”の世界から帰還して暫く後、エリスの為だけの正式装備が師匠から譲られた。肩当、胸当、直垂(ひたたれ)、手甲、脛当(すねあて)、イヤーガードからなる、皮膚の大部分を露出した、所謂(いわゆる)ビキニ・アーマーだ。

 格好はいいが、見た目少しばかりエッチだったりする。

 オーダーメイドでもあるまいに、まるで(あつら)えたようにエリスにぴったりのサイズなのは不思議だった……助平師匠のことだから、もしかしなくても目視だけで採寸出来るのかもしれないが。

 実のところ今日を見越して、随分前から(こしら)え始めていたのではないかと私には思えたのだ(内緒のサプライズかよ?)。

 戦闘衣の下でも“真層呪装”の権能は有効なので、なら何故ビキニ・アーマーって疑問は残るが、矢張り真価を発揮するには肌を晒す必要があるらしい……そんな説明もあったが、半分以上はムッツリ師匠の趣味と(にら)んでいる。

 まっ、貰った本人が殊勝そうに含羞(はにか)んでいたので、それ以上突っ込めなかった。


 各種のパーツを部分的な異空間に縮小して持つ特殊カスタムの軍需装甲は、幾つかの形態を持ち、モードによっては大型の多脚戦車や異形のモビル・アーマー、高音速機動戦闘機にすら変形する。

 これらを換装したエリスは、最早(もはや)それだけでワンマン・アーミーだった。


 「私は、多分、弱い自分を変えたかったんだと思う」……後にエリスは、言葉少なくそう語っている。


 進化を最初からやり直し始めた“アレックスの世界”のことも気掛かりだった。

 エリスが万能の“魔法印真層呪装”を、その肌に焼き付けるのと引き換えに、全ての変身紋を失った世界は、長い長い悠久の闘いの歴史を全て無駄にして仕舞った、とも言える。


 師匠は時々は様子を見にくると言い残したが、一人取り残されたミーシャさんは寂しくは無いのだろうか?

 現実に存在する神様のワンオペなんて、聞いたことも無い。

 まだ、先のことは分からないが、いつか私達も自分の力でミーシャさんに会いに行けるようになれるだろうか? 

 自分と同じ魂を持つ獣人の女の子と融合することで、永遠の守護神として生まれ変わり、生命進化を見守り続けることを自らに()した宿命の人……

 いや、宿命の神か……


 “アレックスの壺”の淘汰(とうた)が終わりを告げて、合体した獣人の女の子の人格がどうなったのかと言うと、ミーシャの人格と溶け合って永遠を生きることになって仕舞ったのだが、宿命とは言え、一連の劇的な終末事変の中であの子の名前を訊くことも無かったのが少し()やまれた。

 名前があったのかどうかも分からないが、(あま)り話す機会も無いままだったからもう少し親切にしてあげたかったと、今は思う。



 ……今の私達のキャンプは、ナンシーの甲板の上だ。

 甲板の上にテントを張っている。


 ニンリルの血筋を引いた私がコマンド・オフィサーとして認定されたが為に、オーナーになって仕舞った超弩級空中要塞は、既存の魔物達が到達出来ない高度を保って、巡航していた。

 ナンシーは気候を操り、雲海や団塊となった乱気流を(まと)って、自らの船体を各種の防御フィールドで隔絶しながら遥かな高空に滞空している。

 卓越したテクノロジーの重力遮断と位相転移の謎の推進装置で、都市の如き巨体ながら通常の内燃機関さえ無しで空に浮かぶ。

 舳先には、恥ずかしながら私と瓜二つの巨大な船首像が大空を睥睨(へいげい)していた。


 8箇所にある永久動力機関は、何の補充も必要としなかったし、基礎構造材と装甲板ともいえる外装骨格の大部分は、今はヒュペリオンでも失われてしまったテクノロジーの産物、錬成された硬度無限大のプラチナ同位元素で出来ていた。

 この量のプラチナが流出すれば、確実に全世界の経済破壊を招くだろう。

 斯くして、古代ヒュペリオン人の先祖は、高度に発達した技術は錬金術をも(しの)ぐことを証明してみせた。


 船の一番大きなセントラルキッチンは第15層と80層、140層にあるので、付随する食糧庫に何か残っていないか物色しに行ったら、殆どのフード・ストレージでスッカラカンだった。

 ナンシーに訊くと、ストックしてあった食材は開拓時代に大部分が放出済みだったが、残された保存食の幾つかを運んできた。

 ナンシーが異次元から食材生産工場のユニットを展開させてフル稼働を始めたので、間もなく食材保管庫は満たされるだろう。

 巡礼の旅を始めたら、飢饉で疲弊した地方には何某(なにがし)かの炊き出しをしたいと思っているので有り難く使わせて貰おうと思う。


 ナンシーとは、(ちな)みにこの空中大要塞を統括している中央コントロールユニットのことだ。何かの頭文字をとった略称なのだが、詳しくは忘れた。



 今、エリスやステラ姉と相談しているのは、ナンシーの甲板に小さな家を建てる計画だった。冒険者には幾つかスタイルがあるが、為政者や有力者お抱えの実力組を別格にすれば、旅から旅への放浪スタイルと活動基盤を持ち一定の地域に滞在するスティ・スタイルがある。

 後者の生活基盤になるのが、所謂(いわゆる)“ホーム”だ。




挿絵(By みてみん)




 「ステラが唄うことが好きだったのは、秘めた想いが歌によって伝わればいいと言う、自分でも気が付いていない深層意識での願望があるからだ」

 「無意識のメッセージを歌に託した」


 またまた、師匠のカウンセリングが始まり、2番手の餌食(えじき)(いや被験者、被験者なのか?)はステラ姉だった。


 「お前が、実の弟が好きで好きで(たま)らないのは明白だ、文化や倫理観などの事情が違っていれば姉弟で婚姻も可能だったかもしれないが、お前達の世界の道徳では認められていないし、世間的にも乗り越えられない壁だ」

 「大体、ステラ自体が臆して、実の弟に忌避(きひ)されるぐらいならと他の男に抱かれることを、自ら望んだ」


 「さすれば、勇者の魅了にも容易(たやす)くハマるというものだ……」


 うっわあぁっ、何処かで聞いた台詞(せりふ)だなぁ。


 「お前は、声が治ってからも、前ほど唄うのが好きではなくなったようだ……何故だ? 神に(ささ)げる聖歌以外でお前が唄ったのを見たことがない」

 「お前は、この世界でのディーバに成り得る才能と可能性さえ秘めていた、勇者との怠惰な生活や酒に溺れて精進を忘れ、安易な快楽に流され続けなければ良い魔導シンガーにも成れた筈だ」


 私達の世界の歌姫ディーバとは、単なる歌い手ではない。

 歌詞に言霊(ことだま)を乗せて、強力な超常現象を発現する特殊な魔術師のことだ。極めて存在は少なく、貴重な音階詠唱魔法の使い手だった。

 そして大抵のディーバの操る魔術は、破格な程の威力があった。


 「ステラ、俺の眼を見ろ、答えられないのなら、答えられるようにするのが俺のカウンセリングだ、(うつむ)いたままでは前に進めないぞ?」


 顔を上げるステラ姉は、今にも泣きだしそうな悲愴な表情で唇をわななかせて、違う、違う、と言わんばかりに、頭を振り続けるばかりだった。


 「これ以上、弟に嫌われ憎まれるのがイヤで、唄うのをやめたんだろう?」


 分からないでもなかった。嘗てあんなに仲の良かった弟の目の前で、勇者と激しく愛し合い、自分は勇者のものだと声高(こわだか)(あえ)いで見せた実の姉の姿はソランの記憶から消せはしないし、あまつさえ容赦無い暴行を加え散々嘲笑(あざわら)いさえした。

 盛った犬の様に遮二無二(しゃにむに)しがみ付き、無節操に腰を振り続ける心底情けなく浅ましい姿に、面倒見が良くて曲がったことが大嫌いだった……そしてどんな時も毅然とした態度を崩さなかった姉としての面影は何処に行ったのか、もう微塵(みじん)も残ってはいなかった。

 そんな薄汚れた悦楽に容易(たやす)く染まる豚売女(ぶたばいた)の、理性をかなぐり捨てたさもしい痴態は、二目(ふため)と見られぬほど酷く醜かった筈だ。

 そんなステラ姉が、弟を想って唄う資格など無いのだと、思い詰めていても不思議では無かった。


 (まど)わされてさえいなければ、強い家族愛から間違いなく村に残してきた父と弟を思わない筈はなかったが、実際には何の連絡も取らなかったばかりか、無情にも届いた手紙も読まずに捨て、梨の(つぶて)にしていた。

 私とエリスも同罪だが、そんな不義理は悔やんでも悔やみ切れない裏切りのほんの些細なひとつに過ぎない。

 極め付けは勇者の悪辣(あくらつ)気紛(きまぐ)れで立ち寄ったボンレフ村の弟の目の前で、許嫁(いいなづけ)の私が勇者と交わるのに、自分も服を脱いで弟に見せつけるように破廉恥なポーズで愛し合って見せたこと。調教開発された身体で誰彼構わず、背徳の限りに乱交輪姦して見せたこと。群がる男達にもっと無責任種付け汁で子宮を一杯にしてと、もっと色んな皆んなのザーメンを沢山、穴と言う穴に(こぼ)れるほど撃ち込んでと、声を限りに弟の前で鳴き叫んだこと。

 狂った行為に慣れ親しんで仕舞えば、自虐的で冒涜的(ぼうとくてき)なセックスにこそ快感を感じて仕舞うし、エスカレートしていく。そうして人を捨てる。

 全身を貫かれる、(しび)れるような衝撃に逆らえない。

 姉なのに、姉だった筈なのに……弟が血の涙を流しているのさえ目に入らず、ステラ姉は……狂ったように、勇者や他の種付け馬達に睦言(むつごと)を囁き続けていた。

 師匠に拾われるまで3人で落ち延びる旅路を始めてからこっち、毎晩悪夢に(うな)されて髪を掻き乱し、両頬を掻き(むし)る自傷行為と共に飛び起きる。

 「お父さん、馬鹿な娘でゴメンなさいっ、ソランッ、どうしようもなく駄目なお姉ちゃんでゴメンね、ゴメンね……」、と泣いて謝り続ける夜は永遠に明けることが無いようにさえ思え、いっときの酩酊に罪を忘れたいと禁断症状に震える手指でひったくるその場凌ぎの質の悪い安酒は、私達が身体を売った有乎無乎(なけなし)の小銭で(あがな)った(まが)いものだった。


 裏切った自分が、再び擦り寄るなど、あってはならないと……

 私にも同じような気持ちがあるので、良く分かる。  


 「唄いたくないのなら唄わなくてもいいさ、だがお前の音感は捨て(がた)い」

 「今から、音の魔術の可能性を見せてやる、然すれば気が変わることもあるだろうさ……俺が言うのもなんだが、眼から(うろこ)の筈だ」


 アウトドア用のフォールディングチェアから立ち上がると、ナンシーの際限無く広い第1甲板に向かって、師匠は手指で、見たことの無い一連の儀式印を組むとおもむろに空中へと放った。

 打てば響くように出現する極大魔法陣、遣る気の無い不真面目な勇者チームに居た頃は、この大きさの魔法陣には決してお目に掛かったことも無かったし、魔族中級クラス迄しか相手にしなかったヘタレの私達では本当なら永遠に目にすることも無かった筈だ。


 直径40メートル程の、丸く輝きながら回る魔法陣が甲板上に出現していた。


 召喚され魔法陣から浮き上がったのは、総勢100体以上と思われる水銀髑髏達で構成された室内交響楽団、前列には2台のグランドピアノ、背にはハープやパイプオルガンまで配した変則編成ながら、皆押し並べて揃いの黒い燕尾服で一糸の乱れも無い……まるで、軍楽隊のような規律が感じられた。


 「これが俺の手勢の中で、今一番()()()神の領域魔道楽団オーケストラ、名を“ビッグ・バンド”という」


 (そのまんまかよ!)


 「常任指揮者は居ない、その代わり監修は特別にファントム・カルテットが請け負っている……」


 「ファントム・カルテットって?」


 「お前らがいつも“韃靼人(だったんじん)の踊り”をリクエストしてる、あの四重奏団だよっ!」


 (えっ、名前あったんだ! 初めて知った……)


 「ファントム達は自分らの矜恃(きょうじ)から、決して音に魔力を乗せようとしない、半端じゃ無い魔力量にもかかわらずだ、その代わりと言ってはなんだが、この楽団の指導に文字通り死力を尽くして貰っている……ステラ、聴くがいい、これが音の魔術の真に卓越した可能性だ」

 オーボエの「A」の音とチューニングしていたコンサートマスターの第一ヴァイオリンが、おもむろに音を(つむ)ぎ出す。


 あっ、と思った……音が散らない。普通、室内楽団の楽器は野外では音が拡散して仕舞いがちだが、それが無い。ちゃんと届く。


 やがて何千メートルも下の地表に同じように奇跡の調べが霧散したりもせず届いたのを、不思議にも感じ取れた。

 下界に音が降り注ぐ。

 それは今まで耳にしたことが無い優しい調べだった。

 人を(ねた)むのはやめなさい。今は(つら)くても、屹度(きっと)良いことがある。清く正しく生きることを決して馬鹿にしてはいけない。

 だから(だま)されたと思っても、(くじ)けたり、今まで正しく生きてきたことを()やんではいけない……そう教え(さと)すような、心が洗われる旋律だった。

 奇跡が起こっていた。幾ら開墾しても草木一本育たなかった荒れた土地に小麦が実った。ひもじさと不潔さにまみれた鶏舎に健康な雌鶏(めんどり)が復活した。死に掛けていた年寄りが息を吹き返した。喧嘩別れした夫婦が元の鞘に収まった。差別が横行していた街の自警団が正規の警察の介入で解散させられた。鉱山で瀕死の重傷を負った親子が奇跡的に救出された。

 真っ正直に生きた人が報われ、そうじゃない人は落とされる。人間様の都合じゃない、神による信賞必罰(しんしょうひつばつ)が為されていく。


 ビジョンが見えていた。全ての人々に祝福が(もたら)されるビジョンだ。師匠のビッグ・バンドの演奏が(もたら)す祝福が全世界に()み渡っていく。


 これを見て、聴いたステラ姉は音の魔術を目指すようになるのだった。




挿絵(By みてみん)




 まだ当分先の話だったが、巡礼の旅を始めた当初、嘗て勇者ハーレムの居館で寝起きを共にしていたメイドや女官達のその後の生活というか、身の振り方が気になっていて訪ね歩いたことがある。

 騙されてとは言え、私達は被害者であると同時に加害者だ。将来ある彼女達の人生を、変態勇者の(しとね)(はべ)り、閨事(ねやごと)に奉仕する肉布団性奴隷に仕立て上げることで無残にも塗り潰した。中には爵位の家系の息女達も居た筈だが、私達同様の恥知らずなインモラル・セックスに興奮する牝犬に堕ちていった。このままもう死ぬんじゃないかと思える、暴力的で刹那的な、散華(さんげ)のような、末期(まつご)のような真っ黒く(はじ)ける肉欲絶頂を知ると誰もが皆んな戻って来れなくなった。

 一度覚えて仕舞った無限の愉悦と多幸感は、加速度的に抜け出せなくなる……重度のセックス依存症患者の出来上がりだ。


 罪悪感が無い筈はなかったが、あの頃の私らは肉の狂宴に興じるのに夢中で、確かに彼女達を魅了したのは貪欲勇者だったが、退廃的なエクスタシーを得んが為に絶倫の床上手に調教したのは同じ境遇の私らだった……(しぼ)り尽くすようなハーレムの乱行の所為(せい)で離宮はいつも腐った果物のような()えた交尾臭と背徳的な嬌声に満ち溢れていたが、覚めてみれば(おぞ)ましさが快感になるような倒錯した悪夢の桃源郷は、そのまま裏返しの地獄に真っ逆さまだった。

 ……正気に還った時に自らの命を絶った女達も少なくなかったが、同じように発狂した私達は責任を負えるような状態ではなかった。

 取り返しの付かない真実を知ったあの日、全ての犠牲者は皆等しく破滅衝動に(とら)われていた筈だ。

 最悪なのは結婚して家庭もあったのに魅了され、ハーレムに出仕して仕舞った女達だ……彼女達には子供も居たのに、肉法悦の(とりこ)になり家族をないがしろにしたばかりか他人の子を(はら)み、堕胎した。取り残された子供と夫を思えば顔向け出来ないような悪逆非道振りだったが、それ(ゆえ)精神の均衡を本格的に崩すのを首の皮一枚で思い(とど)まった。狂気の絶望の淵で、(かろ)うじて踏み(とど)まった。

 一生許されなくても、一生逢えなくなっても構わない……もう決して元には戻れないと知りながら、妻として母として裏切って仕舞った夫と子に(つぐな)いをしなければならないと、切実に思い定めていたからだ。


 私達が片棒を(かつ)いだ積もりは更々(さらさら)無いのだが、多分彼女達は私達を恨んでいるんだと思う。中には将来を誓い合ったスティディな関係にあった彼氏持ちや、宮殿に上がる前は内縁関係に暮らしていた者、家と家との政略だが貴族同士で婚約していた者達、そして最悪のケース……(とつ)いで子を()していた主婦さえも居たが、皆押し並べてクズ勇者の毒牙に掛かり、それぞれの相手を裏切った。

 勿論、責められるべきは煩悩(ぼんのう)垂れ流しの勇者と、それを野放しにしたシェスタ王朝と右へ(なら)えで迎合し、無差別に女を召し上げる横暴への反発を封じ込めた行政(ぎょうせい)中枢の重鎮(じゅうちん)達だが、無自覚であったとは言え実際に胎児殺しの大罪に手を染め、ハーレムを色情狂の(むらが)りへと導いた私達は、屹度(きっと)彼等以上に罪にまみれていた。

 同じ境遇の女として、心も身体も駄目にして仕舞った彼女らが、今後どうやって生きていったらいいのか気掛かりだった。


 それぞれの消息を知る為に王都へ忍んで行った時のことだ。


 趣意ではなく(つい)でだったが、放逐されて、大手を振って都下を歩ける身分でもないものだから、最近の情勢を知る為に隠れて情報収集を行った。

 王都の出版事情なのだが意外にも王立新聞局を初め、各方面が運営する出版社が林立する活字文化の盛んな地方だ。

 従って、王都民の識字率も極めて高い。


 印刷自体は活版印刷主体だったが、出版局の(やと)う念写専門の報道魔導士達が転写するエッチングで、グラフィック面もかなり充実している。

 魔術で活字を拾ってくる植字工の職人は結構良い給料が支払われるらしい。


 繁華街のキオスクでは様々な雑誌も購入出来るようになっていて、比較的安価に各種のサブカルチャーの情報も入手可能だった。

 王政が弱体化すると共に、言論統制の規範(きはん)も緩み、反封建主義勢力の台頭に拍車が掛かるのにも一役買っていた。

 そのお陰か、反王政派の活動家達の手に掛かってクズ勇者が命を落とすことになったのは、二十三代目シェスタ王朝のちょっとした珍事(ちんじ)だった。


 訪都した折のトピックスと言うか、王都民たちの耳目(じもく)を集めていたのは、南バイエルン州の公爵領首都オールド・シャルマーニュで勃発(ぼっぱつ)した“鉄の乙女旅団蜂起(ほうき)事件”の顛末だった。

 シェスタ王家に属しながら、事実上の不可侵を勝ち取った騒動の謎が伝えられていたのだが、問題は幾世代も前の攻城兵器だったガレオンと、私の眷属ケルベロス・ドラゴンのプリが対峙している場面を念写報道されて仕舞ったことだ。


 巡礼の旅を始める前に、遍路の旅装束を整えようと立ち寄ったセント・ドミノス聖母子教会の参道で、フード付きの防塵マントを買った際に関わって仕舞ったのが運の尽きだったが、これには私達の過去の過ちも深く関与していたので介入しない訳にはいかなかったのだ。


 私達は作戦行動中も認識阻害を発動し続けることが可能だが、プリはそこまで気を使えないというか、使わない。

 伝説のケルベロス・ドラゴンが、衆目に(さら)されて仕舞うと、もう話題はそちらに殺到して仕舞ったようだった。

 公共、私設新聞各社は言うに及ばず、三文ゴシップ記事やエロ本、果ては漫画雑誌に至るまで、その題材と言うかエポックメーキングで持ち切りだった。

 街中は、キャンペーンのようなアイキャッチで(あふ)れてさえいた。

 今後は同じ(てつ)を踏まないよう気を付けないといけない、と深く反省せざるを得ない出来事だった。


 それと王宮に居たときは世事に(うと)かったので、余談と言えるかどうか……あまり深く説明したくはないのだが、この津々浦々(つつうらうら)まで行き渡った情報網と言うか、口さがないゴシップ好きの王都民の少し前の関心は、勇者一行のご乱行だった。

 その扇情的な見出しは“闇剣帝ドロシー、ついに2本ペニスのオークと交わる”だとか、“勇者チーム、ステラとエリスの(ただ)れたレズ関係”というセンセーショナルなもので、もしこれらの大衆誌が辺境のボンレフ村にも流通してたらと思うといずれは覚悟を決めて訪れなければならないソランとの邂逅が、より一層憂鬱(ゆううつ)なものになるのだった。

 名にし負う、悪名高き勇者ハーレムの悪行は王都を追われた今では千里を(はし)っている。だが残酷に裏切り、有り得ない侮蔑で絶縁宣言をして仕舞ったソランには、今は未だ会わせる顔が無い……何を置いても謝罪だけはしなくてはならない、例え打ち首になろうとも、謝罪だけはと分かってはいるのだが勇気が出ない。

 許される筈もない、あの故郷での暴挙が有る限り何を今更の恥の上塗りかもしれないが、真面(まとも)に還った私らには悲しいほどの羞恥心が逆流してくる。現に厚顔無恥に成り切れないが(ゆえ)に、ソランに逢いに行く踏ん切りが付かない。

 いずれにせよ、ソランへの詫びは自分の口から伝えねばならない。それはソランの知らない私達の、私の女としての罪を告解(こっかい)することから始まるだろう。

 おそらくソランにとっては耳を(ふさ)ぎたくなる内容だ。いや、それ以前に私の顔なぞは見たくはないかも知れなかったが……

 幾ら私達が天地無双の英傑になったとしても、私達の過去は消せない、無くならない。結局、私達の(みそぎ)の旅は、ソランに「御免なさい」と伝える為の果ての無い旅なのかも知れなかった。




 ある日のこと、例によって素性がバレないように雑貨屋を兼ねた新聞・雑誌の販売スタンドを訪れた私達は、嘗てステラ姉の手腕に因り南バイエルン州が王朝の領土内に在りながら治外法権を勝ち取るに至った、その時の裏の事情に迫る取材内容が無いか一通り(あさ)ってみたのだが、偶然目にしたバックナンバーのポルノ雑誌に、バチが当たって崩壊して仕舞った勇者一行の乱行振りをすっぱ抜いたパパラッチ特集が全ページ打ち抜きで載っていた……破廉恥な行為の数々が写っていた。

 風俗記事専門の、過去を写し撮る念写師達の仕業(しわざ)に依るものだ。

 当時、クズハーレムの関係者は、そこまで秘密を保とうとはしていなかったこともあり、漏洩(ろうえい)したものらしかった。

 公国正教の教義には反するが、王都の都民条例では、出版や娯楽演劇の上演で別に局部を見せてはいけないという法的規制は無い。

 エッチングに依るモノクロ印刷だったが、男女の交合がモロ見えだった。

 そこに写っていたのは、快楽に顔を歪めた私達の痴態だった。

 これは王都民が石を投げたくなるのも理解出来る。

 一目見たエリスが凍りついて(あお)ざめ、ステラ姉は(こら)え切れず嗚咽していた。

 

 その晩は、心が千々(ちぢ)に乱れて寝付けなかった。

 自分達の馬鹿さ加減が泣ける程に情け無かった、悔しかった。

 関係した念写師と編集者達を探し出し、粛清(しゅくせい)した。




挿絵(By みてみん)




 結局、エロ勇者の魅了に踊らされてとは言え、私達は(なび)くべきして(なび)いた。

 堕ちるべくして堕ちたのだ。

 (そし)られるべきなのも、責めを負うべきなのも最低の淫売豚だった私達自身だと、誰よりも私達本人が承知していた。







書きかけのパーツを集めたら、まとまりのないものになって仕舞いました

予告編程度に読んでください


ストイック=自分を厳しく律するという禁欲的で求道的な姿勢や生き方を指す意味で用いられる表現/そもそもは古代ギリシア哲学における「ストア派」という学派の思想のことで、つまり元々は「ストア派の~」という意味の形容詞である/ストア派の哲学・思想とはおおまかに言えば「自律・自制によって道徳的・倫理的な幸福を求めようとする考え方」であるといえる/幸福を追求するにしても、その幸福は欲望・情動に囚われない冷静さの獲得によってこそ実現される、とした/ドロシー達が身体の疼きに負けて、セルフ・プレジャーして仕舞う克己心と我慢の無さを戒めた言葉

モビル・アーマー=モビルアーマー〈"MOBILE All Range Maneuverability Offence Utility Reinforcement" 、全領域汎用支援火器〉という言葉は、作品中では「機動戦士ガンダム」の第26話でレビルが言及するのが初であるが、この時点では「ジオン軍がそういう新兵器を開発中」という情報のみで、実際に機体が登場したのは次々回の第28話でグラブロが登場した時/設定上の原点は、ジオン公国軍が配備したビグロの原型機「MIP-X1」にさかのぼる/MIP社が開発したMIP-X1はジオニック社が開発したモビルスーツの原点であるクラブマン〈ZI-XA3、MS-01〉に敗れ、主力兵器としての地位を獲得できなかったが、MIP-X1はAMBACは宇宙空間での性能は極めて高かったことからAMBACシステムを用いた強力な機動兵器MAとして開発される運びとなった/MSは汎用兵器としてはその性能を発揮したものの、それ故に局地戦に対応しきれない事態も発生していた/MAはその解決策となる攻撃力を重視した移動支援火器として機能し、一年戦争時において通常のMSに搭載できるほど小型ではなかったサイコミュを実機投入する事も可能だった……実にモビル・アーマーと言う言葉は、「ガンダム」シリーズから生まれている/ガンダムの前にガンダム無く、ガンダムの後にガンダム無しと言った逸話だろう

ワンオペ=ワン・オペレーションのこと、某牛丼屋さんの深夜業務形態から出来た言葉らしい?

ディーバ=成功した女性歌手、特にオペラ界で卓越した存在となっている者を指す表現で、広くは演劇、映画、ポピュラー音楽などの分野にも拡張して用いられ、ディーバの概念はプリマドンナと密接に結びついている/元々はイタリア語の名詞で「女神」を意味する「diva」に由来する/1992年、歌手アニー・レノックスはユーリズミックス解散後初のアルバム「Diva」をリリースした/同年、アン・ヴォーグがアルバム「Funky Divas」をリリースした

グランドピアノ=ボディ〈胴体〉は弦を保持するフレーム〈鉄骨〉と響板から構成され、3本の脚の上に水平に置かれている/これらを合わせると全高は約1メートルに達し、グランドピアノの形状はチェンバロが規範となっている/曲線状のボディ形状が鳥の翼に似ているため、ドイツ語では翼を意味する「Flügel〈フリューゲル〉」と呼ばれフランス語では「piano à queue」〈しっぽのあるピアノ〉と呼ばれる/英語のGrandは「壮大な、豪華な」という意味である/ボディの端から鍵盤、アクション、ピン板があり側板の上部は開閉できる大屋根で覆われており、大屋根を開けることで音を上方にうまく逃がすことができる/グランドピアノの下側は18世紀のかなり初期の楽器を例外として、通常は開放されている/ペダルが取り付けられている構造体は「リラ lyre」と呼ばれる〈同名の古代ギリシアの竪琴と形状が似ているため〉/アップライトピアノが空間や費用面での理由から主に家庭や学校で使われる場面が多いのに対して、音の持続性があり一般的に違いを付けた演奏ができるグランドピアノは熱心に取り組むアマチュア奏者やプロの演奏家のための楽器である/コンサートホールには複数のメーカーのグランドピアノが常設されていることが多く、学校でも音楽室・講堂・ホールや、音響的には難があるものの全校の学生が集まって式典等を行う場を兼ねる体育館のステージ上などにおいてはグランドピアノが設置してあるケースは多い

ボディは支柱とともにグランドピアノの全ての構成要素を支える/外側の輪郭、いわゆる「リム〈外枠〉」は今日はほぼ例外なく長い硬材の層をのりで貼り合わせ、プレス加工により作られる/高級な楽器ではカエデの合板が好まれ、この製造法は1878年のC・F・セオドア・スタインウェイの発明に遡る/グランドピアノのボディが個々の部品から組み立てられる前は湾曲したS字形の厚板の製造に最も苦心した/ベーゼンドルファーの大型グランドピアノは今日でも合板ではなく無垢材で内リムが作られている

ハープ=現代の西洋音楽の独奏やオーケストラ、室内楽、吹奏楽などで広く用いられているコンサートハープはダブル・アクション・ペダル・ハープである/これは主に47本の弦を変ハ長調の全音階で張り、7本のペダルを備える

エッチング=銅版による版画・印刷技法として発展してきたが化学薬品などの腐食作用を利用した塑形ないし表面加工の技法で使用する素材表面の必要部分にのみ〈防錆〉レジスト処理を施し、腐食剤によって不要部分を溶解侵食・食刻する/1500年頃にアウクスブルクのダニエル・ホッファーが鉄版による版画を制作したのが始まりと言われる

植字工=活版印刷は凸版印刷の一種で活字を並べて文章にした活版、組版を作りそれに塗料を塗って印刷する

組版に用いる道具「ステッキ」と呼ばれる枠に金属活字を並べていく、行長に合わせておき文選箱から移した文字を整形しインテルなどを挟み込んで組み込む作業をした/欧州初の活版印刷書籍は聖書であったと伝わっているが、アルファベットは26文字しかないため漢字文化圏に比べて活字の種類数も少なくて済むという利点があった


応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします

感想や批判もお待ちしております

私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします

別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください

短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です

https://ncode.syosetu.com/n9580he/


運営様ご指摘により改稿中です 2021.01.10

全編改稿作業で修正 2024.09.24


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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拙作「ソランへの手紙」にお越し頂き有り難う御座います
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