00.万能神が覚醒する理由は夜に創られる
悲しいと嘆くのは、きっと許されない奢靡なのだろう……謗られるのを覺悟に神の役目に就こうとした。
夜の帳の中で藻掻いている自分がいる、きっとそれは許されない私の罪に何処か別の世界に映し出された投影なのかもしれない。
許して欲しいと、殺して欲しいの気持ちが錯綜するとき、唯一残された人間性が私をこの世に繋ぎ止める。私は“万能のドロシー”、卑しい鬻ぎ女の身でありながら最も神に近付いた者だ。
「エイプリルさん、駄目ですよっ、プレジデンシャル・スィートなんかすぐにキャンセルしてください!」
まったく慈善使節として国連に来てるってのに、リッツ・カールトンの最高級スィートなんかに泊まったりしたら、大問題になっちゃうじゃないですかっ!
大体、国連本部ビルのあるイーストリバー界隈には他に幾らでも宿泊ホテルがあるのに、なんで態々セントラルパークに隣接する最高級立地のリッツ・カールトンなんか選んじゃうかなあ!
手配は任せてと胸を張ったこの人を信用した私が馬鹿でした。
「そもそも資産台帳に自家用ジェットなんか載ってなかったじゃないですか! メディアにバレちゃったら叩かれますよ」
私達、独立NPO法人“ネメシス”は日本代表として、SDGs、“持続可能な開発目標17項目”の分科会、“ジェンダー平等を達成し、全ての女性及び女児の能力強化を行う”の“人身売買や性的、その他の種類の搾取など、全ての女性及び女子に対する、公共・私的空間におけるあらゆる形態の暴力を排除する”為の特別連絡会議に出席する為、ニューヨークにやって来た訳だが、渡米するにあたってはエイプリルさんが内緒にしていた個人所有のジェット機を利用した。
「美由紀、早く支度しなさい、国連総長とメトロポリタン歌劇場でオペラ観劇の後、あちらのプライベートシェフのセッティングで内々の会食を予定してるわ、早くしないとまたオッパイ膨らましの刑にするわよ」
ニューヨーク支部事務所に着いたばかりと言うのに、エイプリルさんは既に夜会のドレスアップを済ませてました。
仕事もそうですけど、この人の早業は本当に不思議です。
いつの間にか眩しく輝くブロンドも、編み込みの綺麗なアップにセットし直されてます。黄み掛かった金色の髪は愁いを含みながらも怖い程にゴージャス……殿方は大抵の方が皆、この妖気とも見紛う美貌と大きな胸に惑わされて来ました。
「やっ、やめてくださいっ、これ以上大きくなったら、美由紀はオッパイお化けになっちゃいます!」
昔、異世界から出向してきたというエイプリルさんが、性病や股関節疲労骨折、薬でボロボロだった内臓で完治不能だって言われてた満身創痍の私を、前以上の高性能ボディに復活させて呉れたのはいいのだが、ついでと言ってオッパイを平均以上に大きくされて仕舞ったのだ。
その後も何かと、例えば美由紀もそろそろお年頃だから……とか、一緒に巨乳デュオを作ろう(エイプリルさんは見事なロケットオッパイです)……とか言って、私のオッパイを少しずつ大きくするのを狙っています。
日本で留守番してるお父さん、お母さん(お母さんはエイプリルさんの工作が功を奏して、無事特例措置で仮釈放が叶いました)、美由紀は五体満足で必ず無事に生きて帰りますからね!
光沢のある、両肩と背中が普通に剥き出しの黒いカクテルドレス姿なんですが、エイプリルさんの場合、刺激的な我が儘ボディがシンプルなそれを纏うと破壊力が半端ありません。
セレブリティやハイネス・レディとは真逆に位置する暴力的な美の化身……ハリウッドの巨乳女優じゃなければ、どこぞのカジノの女経営者か将又ギャング団の女ボス、みたいなぁ設定ですかあ?
国連総長を誑し込むんですか?
はっきり言ってそんな目論見や糞コンセプト要りませんからっ!
まったく、誤解を招く格好を盗み撮りされて、何度私が出版社に圧力を掛けたと思ってるんですか……
結局、事務総長が口を利いたかして宿泊先は合衆国国連大使公邸の有るウォルドルフ・アストリアの特別スィートになってしまった。
あああぁっ、もっと拙いやんけええぇっ!
癒着がっ、癒着疑惑がああああぁっ!
姉ステラと、父マーラー・アンダーソンと共にボンレフ村に来たのが14年前。
家族で開拓民として移住し、農業特区の助成金を元手に農地を開墾した。幼い頃から丈夫で頑健だったので、魔動耕運機の扱いも、製粉用の水車の建造でも家族を手伝った。“酪農”と“木樵”のツイン・ジョブ持ちで、農民としての人生に何の疑いも持っていなかった……糞なあいつらが色々と遣らかして呉れるまでは。
姉のブラコンにはちょっと辟易していたが、異世界からの召喚勇者が見い出した3人、同い年の幼馴染み2人と姉を、世の為人の為と見送った。
無事を祈った御人好しの自分は嘸かし道化役の様に見えたことだろう。
手紙の返事が無いのは少し寂しかったが、きっと忙しく活躍してるのだと思い、訝しむ気持ちを封じ込めて、良質のシダー材を産する村の里山で、苗木を植え、手入れをし、間伐にと植林に勤しんでいた。
2年前に立ち寄った勇者一行の狼藉……嘗ての恋人や姉までもが目の前で痴態を見せ付け、罵詈雑言を浴びせるのに、流石に温厚な俺も信じられない色呆け振りを見せられ、ここまで手酷く裏切られてはキレない筈も無く、裏切者にいつか復讐することを固く誓って血涙を流した。
その日の内にドロシー、姉、エリスとの思い出の品を何ひとつ残さず、何から何まで全てを燃やした。
裏切りは、人を強情にさせる。
以来、俺は生涯を復讐に生きると誓ってる。
俺に取り憑いた復讐の女神ネメシスとやらは、スキル・バイトと言う能力を俺に授けた。こいつは他人のスキルをパクることが出来る。
ネメシスの助言のまま一度近くの町に出て、何人かのスキル持ちからスキルを奪った……身体能力向上、鑑定眼、上級回復術、加速、盾型結界術、魔術反射、状態異常破棄、魔力吸収、エレメンタル召喚など幾つかのスキルを入手したが、こんなものでは勇者の足許にも及ばねえ。
俺は強くならなければならない。奴等を殺せる程に、奴等を完膚無きまでに叩きのめせる程に、奴等が俺を裏切って足蹴にしたことを涙を流して心の底から赦しを請う程に圧倒的に強くならなければならないんだ……それだけが、俺の生きている唯一の意味と目的だから。
俺は、俺の人生を捧げ尽くしても必ず奴等を討つと決めた!
それが正しいことなのか、当然の報いを受けるべきだとか、正義の鉄槌とか神罰とか心底どうでもいい。殺したいから殺す……ただそれだけだ。
俺は更に強力なスキルを手に入れる為に、やり場の無い憎しみにまず自分自身が強くならねばならないと、冒険者ギルドを頼ることにした。木樵としての鍛えられた筋力と体力もあればこそ、冒険者として修業するには遅過ぎる年齢だったが、血を吐く思いで頑張った。
どうしても強くなりたい執念で寝る間も惜しんで研鑽した結果、四元素を取り込む呼吸法の初伝に開眼した。これが出来れば、瞬歩、縮地の歩法が楽になる。
(あぁ、悪い、寝る間も惜しんでってのにはちっと語弊があるかもな……実際にはネメシスへの契約の対価で眠りを奪われた俺は、あの日から一晩たりとも眠っちゃいなかったんだ)
針樅と科の木が茂る草原の中の然程大きくもない木陰に身を寄せていた。木漏れ日は、とても魔族領とは思えないほどに穏やかで、その上幻想的でさえあったが、今の俺には過去の思い出と同等なぐらい無意味で、どうでもいいことだった。今日のフィールド実習は群を為す四足魔獣の対応だったが、余り金になる獲物じゃなかったので早々に切り上げた。
俺はもう、何かに感動するという感受性を失った。
だから教官が行き成り野外でのセックスの仕方を教えると言って、恥ずかし気もなく下を脱ぎ出しても特に驚きはしなかった。
表向きは29歳と偽ってる、窓口で受付嬢をしてる時とは雰囲気も口の利き方もまるで違うスザンナ・ビヨンド指導教官は、冒険者の心得から斥候や罠の掛け方、地形の読み方、智略、ダンジョン内でのマッピングと、実際の魔物達の弱点や特徴など、必要なことを次から次に叩き込んで呉れた。
効率第一優先、その代わり性格は雑だ。
「ほら、ソランも早く脱ぎなさい!」
俺を促しながら、スザンナ教官は早くも尻を丸出しにしていた。
「恥ずかしがってても始まらない、冒険者も人間なら普通に性欲が溜まる」
「オフに娼館で発散出来る間は問題ないが、長いクエストとかに出れば、そう言う訳にもいかぬ」
「この身はハーフエルフだから、本来あんた達ヒト種ほど盛らなくても済むんだけど……ま、なんの因果かこの身は人一倍精力旺盛なんで生理前とかはどうしてもムラムラする、だから手っ取り早く手近の相手で性欲を解消する……そうしておかないと去来と言うときに集中力を欠いてしまう」
「その代わり時間を掛けずに手っ取り早く済ませる」
「冒険者ともなれば屋外ですることも多い、そうした場合、防具を外さずに下半身だけ露出するのが常道」
俺には冒険者のセックスの仕方なんてどうでも良かったので、そう言ったが、スザンナ教官は止める気配が無かった。
大体、常日頃から先輩風を吹かせたがるこの女は、興味がねえって言ってるのに冒険者の裏の実態を微に入り細に入り吹き込みたがる。
こいつに言わせると、冒険者なんて脛に疵持つ連中は高潔な使命に燃えてるのは本の一握り、大概は酒に煙草にセックスに薬にギャンブル、飲む打つ買うの三拍子で男も女も助平な脳味噌に下半身が直結してる碌でなし共だそうだ。
斯く言うこの身も最たるものだと笑い飛ばす教官も立派な屑だが、それもこれも俺にとっちゃどうでもいい。
「うっつぅ――ほら、女性はこうやって自分で濡らしておけば早く挿れられるでしょ……実はね、大っぴらになってないけど若い冒険者カップルが野外で防具も武具も取り去って、全裸で愛し合ってる、なんて油断の最中に命を落とすケースが後を絶たないの」
「ギルドやクランの職員は口を酸っぱくして新人連中に注意してる筈なんだが、例年不心得な奴等は居るんだな、これが」
「ギルドは可哀想だからと、亡くなった者のみっともない本当の死因を公表しようとはしない……この身はどうかと思うんだがな」
農業開発特区のボンレフ村界隈に正規の冒険者ギルドなんかは無かったが、隣村の出先機関の小規模でうらぶれた出張所に居たのは、嘗て魔物狩りの鬼とまで噂された人物だった。
俺にとっちゃ幸運なことに、一昔前のクラン県西部地方の奥地、つまり隣接する魔族領最前線でその人ありと畏れられ、崇拝された剣神にして、“疾風迅雷のエイブラハム”の二つ名を持った英雄がギルマス代理として隠遁していた……実のところ俺は今まで興味も無かったから、全然知らなかったんだが。
フィールドで実際の魔物、魔獣を相手にしてみないと斬り方の上達は無いと、何かと助言を呉れるギルマス代理に諭されて、その気になった。
頭を垂れて教えを請うた。
冒険者登録をして、現生の報奨金を稼げるようになったのも有難かった。
手っ取り早く、他人のスキルを回収するのに冒険者として活動することを決めた俺は、この隣村、セルジュ村のギルド出張所の門を叩いて、達人エイブラハムに教えを請うた。そのときに俺の冒険者登録をして呉れたのが、この窓口担当を兼務するスザンナ・ビヨンド教官という訳だ。
田舎の小さな出張所は人手不足で、事務方もこなすスレンダーな彼女は、ロングソードからダガー、暗器術、弓、槍、ボウガン、三節棍、手裏剣術、古流柔術、武芸百般に何でも御座れの猛者だった。どっちが主業務か分からないが、新人の教育係も担っている。
実力は超一流、だが時折垣間見る貞操観念は、もしかしなくてもド底辺そのものかもしれねえ……思うんだが、歳相応の分別って奴があるとしたら、756歳の女の分別ってのはどんなもんなんだろう?
まぁ、女自体を信じるのをやめた俺にはどうでも良い話なんだが。
最初の内は、女に歳なんか訊くもんじゃないとか言っていたが、一緒に居る内に三十路手前の人間を装ってはいるが、その実756年を生きたハーフエルフが正体だって知った。
何故か劣性遺伝で耳は長くないから、ちょっと性格がアレでモテないが、人並外れた綺麗な美貌でも化けの皮が露見する要素はない。
詳しくは教えて貰ってないが、嘗てある国で強化体魔法士として改造を受けている魔導兵器だった過去があるらしい。
「やめてくれよ、教官」
「俺にはまったくその気はないから、教官がムラムラだかしたときはセンズリでもなんでもして我慢してくれ」
下半身無防備なまま隠しもせず、教官は憐れむような目で俺をじっと見詰める。別に俺も敬虔な女神教徒って訳じゃないが、こいつ、冒瀆的エロ快楽が服を着て歩いてるようなところがある。
「……無理も無いが、もしかしてインポになったのか?」
俺の幼馴染み達の仕打ちは、この界隈じゃあ可成り知れ渡っている。
言い返すのも虚しくなって、俺は“一昨日来やがれ、ファック・ユー!”の中指サインを突き出した。
180cmと極めて上背があり(俺よりほんの少し高い)、手足も長いヒョロリとした姿態だが、見た目に反して強靭な膂力を備えている教官は、訳知り顔に目を逸らし、その黙っていれば魅力的な瓜実顔で寂し気に笑った。
お前、絶対演技だろっ……そう思ったが口に出すことはなかった。
下半身マッパの間抜けな格好の癖に、傷心のドブネズミを慰めようなんてポーズを気取る……巫山戯るのも大概にしろよっ。
こいつのこう言うところが、癇に障るというか、正直イライラさせられる。
「前回のマネジメントレビューで遣ったろう?」
「M+3Cで、マクロと敵側陣営、自陣、人類の未来を分析して、決定したじゃないか、当面、戦闘品質方針に変更はない!」
「アウトプット、指示事項は議事録で配布した筈だ!」
「えっ、あれってそんなに重要だったんですか?」
書記だから自分で議事録を取っておきながら、何気なしに電脳ノートのデータ、デリートしちゃったんですよね。
プリントは酸辣湯の汁、零しちゃったんで捨てちゃいました。
「先週、歌姫ハバネラ・バーンスタインを通じて、冒険者ギルド協会の憲章冒頭に、同プランを入れるよう依頼したやつだ……」
あぁ、そう言えばそんなこともありましたね……草稿を直して、歌姫さんに直々持ってったのは私なんだけど、後で写しを読み直してるとき、船内の飲茶コーナーで中華おこわの糯米鶏に夢中だったので、ついスープ零しちゃいました。
すんごく美味しいんだけど、大蒜たっぷりの唐辛子油は後で臭うんですよね、だから……ポイしちゃいました。
「マルセルゥ、貴様と言う奴はっ―――!」
「非常招集だあっ、今から臨時の眷属者連絡会議を実施する!」
「あるえぇ? もしかしてまたお仕置きですかぁ……嬉しっ♡♡」
エミリア・チェズニー42は、月面のハイエルフ自治国家を主導していくべきかどうか迷っていた。
嘗てのピクシム王国バレンタイン王朝の係累は今現在も連綿と継承されてはいるが、170万の民衆を率いるには、どうにも信念が足りない。
“3人の御使い”様方は、――あまり真剣に悩むな、エルフは気長に構えてる方が性に合ってる筈だ、急いてばかりでは足許が疎かになるぞ――そう言って諫められました。
解体されたヘドロック・セルダンの親衛隊組織メンバーは、時間凍結ポッドに入れられて宇宙空間に流刑になった……流刑とは言え、一人用の棺桶に眠らされ、スペース・デブリのように漂えば、小惑星帯に追突する可能性もある訳で、命を保証するものではありません。
同じ民族が、価値観から袂を分かつ結果になって忸怩たるものがありますが、致し方なきことなのかもしれません。
ステラ様の音楽教室は、楽しめる学び舎がモットーの筈でしたが、段々と指導に熱が入るようになりました。最近では、ステラ様自らが月面にお出でになって希望者に手ほどきをされるようになりました。
エルフらしい楽器が好かろうと最初の内は竪琴を修練していたのですが、形にこだわらない、がモットーのステラ様の指導でドラムセットやシンセサイザーと言った異世界の、ちょっと趣きの変わった楽器もレッスンが始まっています。
独裁者セルダンの意向で、芸術や文学、舞踊と言うものを一切奪われた私達には初めての感動でした。
一方、ドロシー様の度を越したスパルタ料理教室は益々混迷を極め、先週の限界突破の桂剥きや領域干渉のメレンゲ術に引き続き、今週は中華鍋を振るう訓練で、中華鍋養成ギブスを装着しての三日三晩ぶっ通しの荒行がありました。
可変抵抗式の超電磁負圧ハーネスは私には最弱に設定されていたのですが、阿修羅神チームいちのお笑い担当、ボケとツッコミの一人二役をこなすマルセル嬢には100万トンの負荷が掛かっておりました。
懸命に振るう鍋に入れたお米がビシバシ溢れるたびに、精神注入だとけつバットされてましたが、あんっ、とか、うぅんっとか微妙に恍惚感を出していたのが地味に気色悪く、鳥肌が立ちました。
こうして、解放された私達は緩やかではありましたが、本来あるべきエルフの姿と言うものを取り戻していく、長い長い道程の第一歩を踏み出したのです。
公国正教青少年グループホームでの臨時セミナーで、最初は週一回の製菓教室の講師役が、今は週四日になっていた。グループホームの運営スタッフは皆さん、ドロシー様の配下の方々なのでとても良くしてくださる。
アルコックを説得出来なかった詫びだと言って、ドロシー様はここではない異世界のオレンジ・リキュール、コアントローとグランマルニエを未だに無償で供給し続けて呉れている。
合成だが本物と寸分違わないとおっしゃっていたが、私達の世界のキュラソーに比べれば雲泥の差だった。
お陰様で私の焼く“リンダのドルチェ”のミルフィーユは、いつでも最高の品質を維持出来ている。
ドロシー様のお心遣いがある限り、私は贖罪の人生を歩んでいこうと思う。
私が幼馴染みとの大切な思い出よりも肉体の快楽を選んでしまったが為に私を殺したアルコック……「例え生まれ変わることがあったとしても、もう二度と巡り合いたくはない」と言わしめる迄の、激しい拒絶だけが残った。
朝、目覚めるときにご免なさいと謝り、夜、褥に臥すときに再びご免なさいと謝る……もう戻らない彼に届く筈もないのに、そうせずには居られない、そんな日々を生きています。
私の命が続く限り、この責めを負い続けるのが、私に出来るたったひとつの贖罪だから。
結局、ピューリンゲン・ノローナに戻ってグレゴリーと一緒になった私は、腐れ縁の亭主と冒険者相手の情報屋を細々と続けている。
「グレゴリーッ、あんた、また黙って洗濯カゴから私の洗ってないズロース持ってったでしょおおおおおっ!」
ご近所の手前、私だってあまり大声で叫ぶのはどうかと思うのだが、変態亭主は結婚してなお、私の下着をくすねていく。
下着愛好家の意地なのかどうなのか、私のコークスクリュー・パンチは増々磨きが掛かってきた。
そろそろ妊活と思っているのに馬鹿亭主の性癖が矯正されない限り、明るい家族計画は当面先延ばしになりそうだ。
ヤクシャス・シティで知り合ったデザートチェーン店のオーナー・パティシエ、リンダ・ドルリーレーンとは今でも手紙の遣り取りをしている。
私のようにアルコックの呪縛から逃れられなければ、リンダさんのとりとめのない人生は、きっとこの先も続くのだろう。同じ男に抱かれた誼だろうか……何か力になってあげたい。
もう不倫はしないし、オープン・マリッジは解消した。
今でもドロシー様方との触れ合いは、はっきりと覚えている。
帝都シャグランダムールの“守護獅子神殿”で初めて見た輝ける闘神としての君臨するお姿……あのとき見て感じた、神聖で圧倒的な闘気は正しく神々のものだった。
西ゴートギルド協会長ハバネラ・バーンスタイン様との奇跡の舞台対決で見て聴いた、4人になったドロシー様の異世界の楽器を使ったステージは、後で“独りカルテット”とおっしゃっていたが……あのお姿と、私の胸に焼き付けられた感動は、生涯忘れない。
後に“一心不乱の狂戦士”と呼ばれるようになるドロシー様の討伐行に同道させて頂いたとき、荒ぶる阿修羅神の姿がそこにあった……非情で、情け容赦も無く、そして信じられない程に美しかった。
このクエストの最中に、私とピアスはキキ様に亭主達に内緒だった浮気のアバンチュールをバラされてしまう(キキ様に決して悪意はなかったのだが)。
冒険者の女の貞操なんて、どうせ二束三文と高を括っていた。
でもドロシー様の前では、胸を張れなかった。
自分の来し方を見詰め直せと、おっしゃった。
別れるときにキキ様に頂いたロザリオ……後で知ったが、ステラ様が祈りを籠めた幸運の加護が宿っていた。
ロザリオに手を遣るときに、心の中で唱える聖句、“バハ・スウィーン”の意味を噛み締める。
夜明けの祈りで静かに傅く朝日に、同じようにドロシー様達が何処かで祈っているのだと思えば、私は遠く離れていてもいつ迄も繋がっていける……そう思うようにしている。
私はティア・イスライール……今は“死んでしまったティア”を意味するリンティアを名乗っているが、人生を遣り直している最中だ。
今夜も何処か他の異世界に、無意識に滲み出し紡ぎ出された私の魂の残像が身悶えし、慟哭している。何処までも果てしなく続く悲しみと耐え難い自己嫌悪が、私を際限無く削っていく。
生まれいずるのが宿命じゃなかったとしても、今の私は確かに苦しむ為に生きている……“万能のドロシー”の名に付き纏うのは、きっとそう言った理不尽な債務なのかもしれない。
それは愚直なまでに残酷だった。
どうも読者が増えないのは文章量が多過ぎて馴染めないのかと思い、ダイジェスト版みたいなものを冒頭イントロ部分として挿入しました
物語り全体の雰囲気を感じて頂けたら幸いです
情景の切り取りとも言えぬ、ぶつ切り情報の羅列になってしまいましたが、作品の背景になるゴッタ煮感を少しでも好んで頂けたら読み進んでください
[INDEXもどき]
冒頭の工藤美由紀が気になる方は:
[挿話04].生きる権利があろうとなかろうと、陽はまた昇る……を参照ください
エミリア・チェズニー42が気になる方は:
44.月面奇譚:月は、逢魔ヶ時に死神に遭う……を
アルコックを裏切ったリンダ・ドルリーレーンが気になる方は:
37.護法夜叉神は眠りたい〈side:A〉と38.〈side:B〉……を
今はグレゴリーの奥さんになったイングリット・カッシーナが最初に登場するのは:
36.辿りしは、ブリュンヒルデの影……です
同じくリンティアが最初に登場するのは:
25.ありふれた冒険者達の赤裸々な事情……になります
SDGs=持続可能な開発目標〈Sustainable Development Goals、略称:エスディージーズ〉は、17の世界的目標、169の達成基準、232の指標からなる持続可能な開発のための国際的な開発目標
必要不可欠な、向こう15年間の新たな行動計画として「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が2015年9月25日の国連総会で採択された
メトロポリタン歌劇場=マンハッタン区のリンカーン・センター内にある世界最大級、アメリカ随一のオペラハウス/建物は白いトラバーチン大理石で覆われ、東のファサードは5つのアーチで飾られ、ロビーにはシャガールに委嘱した二つの壁画が展示される
収容人数は約3800席、緞帳は特注で織られた金糸入りのダマスク〈緞子〉で世界最大のタブカーテン〈舞台正面の引割りカーテン〉である
ウォルドルフ・アストリア=ヒルトンホテル・ファミリーにおける最上級ホテルブランドで、マンハッタン区ミッドタウン49丁目と50丁目の間のパーク・アベニュー301号に所在する/ニューヨークのみならずアメリカを代表する高級ホテルとして内外に知られ、ニューヨーク市を訪れる国王などの元首クラスの賓客が数多く宿泊してきたホテルとしても知られている
かつてはマリリン・モンローなど著名人も自邸としていたことがあるが、残念ながら現実世界では中国企業が買収したので防諜の為に米国政府は使用を取り止めた
マネジメントレビュー=企業のマネジメント体制を振り返り、成果や問題点などを分析して見直す経営管理活動のこと/製品・サービスの品質管理、情報セキュリティ、環境管理など幅広い分野が対象となる
顧客満足度や指摘、現在の品質管理状況などを把握することでプロセスの見直しや適切な対策を講じることが出来、結果として企業の対外的な信頼も向上する
M+3C=Makuro:マクロ環境、Customer:顧客、Competitor:競合、Company:自社
酸辣湯=サンラータンは、四川料理・湖南料理のスープで酢の酸味と唐辛子や胡椒の辛味と香味を利かせた、酸味豊かな辛みのあるスープ/豆腐、鶏肉、椎茸、木耳、筍、長葱、トマトなどの具材を使ったスープを、食塩、醤油、生姜汁で調味し、たっぷりの酢と唐辛子あるいは胡椒を加え片栗粉でとろみをつけた後、溶き卵を流し込んで仕上げる
糯米鶏=ローマイガイは飲茶の際に提供される定番の点心で、中華ちまき/餅米の中に鶏肉や椎茸、中華ソーセージ、葱、時には干し蝦や塩漬け卵などを入れ、乾燥した蓮の葉で包んで蒸す
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感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
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