蝸牛転生
「どうか、魔王を倒して世界を救ってください。」
病気で死んだ僕は、奇麗な女神様にお願いされて、異世界に生まれ変わることになった。
異世界転生というヤツだ。
そのはずだ。
そのはずだよね?
僕は前世の記憶を持ったまま転生した。それは確かなことだ。
ただし、人間として生まれたわけではなかった。人外転生というヤツだ。
確かに人間の赤ん坊に生まれたら、戦えるようになりるまで数十年かかる。だから、なるべく早く魔王を倒せるように人外に転生したんだ。
そうですよね、女神様?
………………。
…………。
……。
何度問いかけても女神様は答えてくれない。
そろそろ現実を直視しよう。
僕は、カタツムリに転生していた。
普通、人外転生といえば、モンスターに転生するよね?
それで進化を繰り返して人型に近付いたり、魔法やスキルで人間に変身できるようになるよね?
この世界のカタツムリって、モンスターなんだろうか?
うーん、ステータスも見えないし、鑑定スキルも持っていないみたいでよく分からないよ。
そもそも、ここは本当に異世界なのだろうか?
カタツムリの行動範囲は狭いし、視力もあんまりよくないから判断できないなぁ。
まあ、考えても分からないのだから仕方がない。とりあえず移動しよう。
おっと、その前に腹ごしらえだ。この葉っぱ、食べられるかな?
むしゃむしゃむしゃ。おお、結構いける! むしゃむしゃむしゃむしゃ……。
よし、いっぱい食べたし、寝よう……じゃなくて、移動しよう。
よいせ、よいせ。さすがはカタツムリ、垂直の茎もすいすい進むよ。
カタツムリの体の動かし方なんか知らないけど、そこは本能さんがよろしくやってくれている。
腹足の使い方を一から学習しろとか言われても困るもんね~。
あっ、意識したらわからなくなった! あ、あ、あっ、落~ち~る~
――ポテ
ふう、下が柔らかい土で助かった。これからは慎重に行かないと。
でもこんな調子で魔王の所まで辿り着けるかな?
カタツムリの寿命ってどれくらいだっけ?
そもそも、どっちへ行けばいいんだろう?
人に訪ねることもできないし。
カタツムリに会ったら聞いてみようか、「魔王ってどこにいますか?」って。
カタツムリが知っているかなぁ、魔王の居所。
「ああっ、カタツムリさんだ!!」
――ひょい!
わっ、わっ、捕まっちゃったよ。まずい、これは子供だ!
小さな虫にとって、時に子供は悪魔になるんだよ~。
僕も子供の頃は色々やった覚えがあるよ~。
貝殻から引っ張り出そうとするのだけは勘弁して~。
「はい、カタツムリさん。葉っぱだよ。」
この子は天使でした。
むしゃむしゃむしゃ。さっき食べたばかりだけど、ついつい食べてしまう。本能さんが囁くんだよ、食べろって。この葉っぱも美味いなぁ。
おや、よく見ると葉っぱのついている枝をこの子が握っているなぁ。
えっ、もしかして僕まだ捕まったままなの?
――テトテトテトテト
ちょっと! 僕をどこへ連れて行くの~~
「パパ~、カタツムリさんだよ!」
ああ、親に見せに行ったのね。あのおっさんがこの子の父親かぁ。
ん? んん? ああっ、このおっさん魔王だ!
何故だか見ただけでわかった。そういえば、女神様が魔王を倒す力をくれると言っていたけど、そのせいかな?
するとここは魔王城なのかな?
ずいぶん大きな家だと思ったけど、僕が小さなカタツムリになったからそう見えていただけじゃなかったのか。
ということは、僕って魔王城の庭先で生まれたの?
ラスボス直前スタートって、ちょっと無茶過ぎませんか、女神様ぁ~。
「おお、可愛いカタツムリさんだね。よしよし。」
どうしよう、ただの子煩悩なおっさんにしか見えないよ、魔王。
何の警戒もなく木の枝ごと僕を受け取って、反対の手で子供の頭をなでているよ。
子供は天使だったし、こんな善良そうなおっさんを、ただ魔王だからと言って殺せないよ。
そもそもちっぽけなカタツムリに魔王を倒すなんて無理だよ。
僕じゃ、子供にだって一捻りで返り討ちにされちゃうよ。
よし、ここは戦略的撤退だ!
とりあえず、おいしそうな葉っぱがいっぱいあった庭まで戻ろう。
よいせ、よいせ。カタツムリにこの距離は大冒険だよ。よいせ、よいせ。
あー、手の甲を僕が這っているのに、子供と一緒に優しそうな目で見ているよ。
ほんとに善い人だなぁ。魔王を倒す力があったとしても、戦いたくないよ。
よいせ、よいせ。
「うっ、ゴホッ、ゴホッ。ぐっ。」
あれ? どうしたんだ、魔王のおっさん急に苦しみだしたぞ。
あ、この症状見覚えがある。
前世での僕の死因だ。
アナフィラキシー。
でも、急にどうして?
ああっ! 僕の通った跡に蕁麻疹ができている!
まさか、カタツムリアレルギー? そんなのあるの?
ひょっとして、これが女神様の言っていた魔王を倒す力?
そんな、酷過ぎますよ女神様!
あわわ、どうしよう。
医者だ、医者を呼ばなくちゃ!
あああっ、僕では医者を呼ぶことができない!
「パパ、パパ、どうしたの?」
しっかりしろ、魔王! お前が死んだらこの子はどうなるんだ!
神様どうか、この善良なおっさんを助けてくださ……って、その女神様が殺そうとしているんだった!
ああ、僕はなんて無力なんだ。神に祈ることもできないのか。
まずい! おっさんの顔色がどんどん悪くなって行く!
がんばれ、魔王! こんなところで死んでどうする!
死ぬな、死んだら駄目だ―!!
ほんの思い付きで書いたのですが、予想以上に救いのない話になってしまいました。