5、封じられていた能力の解放
「ぼくからは、余計な話はするなと、父ちゃんが言っていたので……。とりあえず、アニス様の家にご案内します」
「そう、わかったわ。あー、そんな、様呼びはしないで」
「は、はいっ」
暗黒神オルガと名乗ったちびっ子は、ペコリと頭を下げた。会ったときは、ちゃん呼びだったのに、あまりにも態度が違う。変な子。
大天使聖堂から外に出ると、活気のある街並みが見えた。すっごく都会。
「移動には、転移魔法を使います。アニス様……じゃなくて、えっと、ご主人様の家は、1204番地にあります。では」
オルガくんはそう言うと、さっと手をあげた。すると足元に魔法陣が浮かび上がった。
「うわっ、チビのくせにすげーな」
彼は、アブサンの声は無視している。でもアブサンは特に気にしてないみたい。
私達は不思議な光に包まれて、ふわっと浮かんだ感覚のあと、景色が変わった。住宅街っぽい場所に移動していた。
「こちらです」
彼が案内したのは、食堂の看板のある店だった。なんだか、暗い雰囲気の店だけど、古いのかな?
「食堂?」
「はい、開店したのは15年前です。父ちゃんがあの方に命じられて店長をしています。どうぞ」
カランコロン
「父ちゃん、お迎え行ってきたー」
オルガくんは、私に、食堂の扉を開けていてくれた。店に一歩入って驚いた。すごく広い。私が生まれ育った町にある食堂の数倍の広さだった。
でも、お客さんはほとんどいない。昼ごはん時が終わってるもんね。そういえば、お腹空いたかも。
奥の厨房から、中年の男性が出てきた。
「アニスさん、お迎えに行けなくてすみません。この店を任されているオットーです。今日からは、貴女がここのオーナーです。ご自由にお使いください」
「オットーさん、はい。えーっと……」
「ちょっと、アナタ、忘れたの? こっちに来なさいよ」
声のした方を見ると、ゴシック調のドレスに金髪巻き髪の冷たい雰囲気の女性がいた。あっ、あの時の暗黒超神だ。
「はい」
私は、チラッとアブサンの方を見た。ちょっと! 何を見惚れてるのよ。でれっと鼻の下をのばして、すっごいマヌケ顔じゃない。
「その子はいらないわ。餌でも与えておきなさい」
私は、オットーさんにどうぞと言われ、彼女と同じテーブル席に座った。アブサンは、少し離れた席に案内されていた。
「失礼します」
私が座ると、彼女が立ち上がった。えっと?
「アナタは、そのまま座っていなさい。私は、仕事を終えたらすぐに帰るわ」
そう言うと、彼女は私が持っていた花瓶のような器をチラッと見た。
「それは邪魔だから、テーブルに置きなさい」
「あ、はい」
私は指示に従った。すると、彼女は意地悪な笑みを浮かべた。
「今の謙虚な態度を忘れないことね」
「あの?」
何のことを言われてるか、全然わからない。私は、何かしたっけ?
『目覚めよ、妾が与えしチカラよ。おまえは、妾の直属の下僕だ。妾の命を奪えば、おまえにも滅びを与える』
(な、何? 意味わかんない。でも、えっ?)
私は何も見えなくなった。手足の感覚もない。真っ暗な状態。何? ブラックホール? えっ? 私がブラックホール? なんだかわからないものが、どんどん入ってくる。怖い、やだ、怖い。何が起こって……。
「あっ……」
突然、目が見えるようになった。私は宇宙空間に行ってたの? でも、椅子から動いてないよね?
「ふぅん、やっぱりね。呪いをかけておいて正解だったわ。アナタ、変なものを吸収しつくしたわね。ボーっとしてるからよ」
(あれ? なんだか感覚が違う)
「アナタが自分で言ったことなんだから、約束は守りなさいよ。この器に闇をいっぱいにして、私に献上するのよ。わかったわね」
(どうしよう……ムカつく)
「あの! そんな言い方はないんじゃないの? 暗黒超神だか何だか知らないけど、人としてどうかと思うよっ」
私が言い返すと、オットーさんの表情が凍りついた。すっごい怯えてる?
「あら、アナタこそ、どうかと思うわよ。人じゃなくて私は神よ。頭悪いんじゃないの?」
「私の上位神なら、もっとそれらしく優雅に振る舞えばいいでしょ。いちいち言葉の揚げ足を取るなんて、性格悪いわよ」
(あれ? なぜ、私、こんなに怒ってるの?)
「あらあら、闇の制御もできないお嬢ちゃんが、偉そうに。その口、きけないようにしてあげようかしら」
「何を……。ってか、なんでこんなにイライラするのかな。なんだか、怒りの感情しかないみたいな……」
オットーさんが、彼女に話しかけた。
「あの、シトラス様。アニスさんは、どれになったんですか」
(彼女の名は、シトラス?)
「一番、最悪ね。制御できるようになる前に、この星を破壊しかねないわ。彼女が勝手に選び取ったのよ。私は、しーらない」
「はわわわ、で、では、これを」
オットーさんが、私に何かを手渡した。チョーカーかな? 透明な石が付いている。ダイヤモンドのようにキレイ。
「オットーさん、これはチョーカーですか?」
「首輪よ。制御できないなら首輪をしておきなさい」
(やっぱり、ムカつく……)
「アニスさん、魔導チョーカーです。本来なら自分の魔力を知られないようにするための魔道具なのですが、余分な魔力を吸収して体内に戻す効果があります。不安定な能力が暴走しないようにと使う人も多いのです」
「私がつけてあげるわ」
(あれ? 妙な邪気?)
彼女から、ゆらりと変な影が見えた。私は、彼女に取られる前に、チョーカーを受け取った。
「なんか、変な影を背負ってますね」
すると、彼女はチッと舌打ちをした。
「ほとんど互角ね。まぁ、でも、これで不安定な分、アナタの方が圧倒的に危険だわ。ふふっ」
「この影って、邪気?」
「さぁね。自分で考えなさーい。私は忙しいの。じゃあね」
そう言うと、彼女はスッと消えた。
「あの方が、こんなにも楽しそうな顔をされるのは、初めて見ましたよ」
彼はとても嬉しそうな顔をしている。
「オットーさん、彼女の名前はシトラスさん?」
「はい、そうです。あの、チョーカーをつけていただけると……」
「つけたら外れないなんてことはない?」
「大丈夫です。つけた人にしか外せないですが」
「それで、彼女はつけてあげると言ったのね。あっ、私が危険だと言ってたのは、何のこと?」
私が、チョーカーをつけると、他の店員さんもホッとした顔をした。何か感じ方が変わるのかな。
「言葉どおりですよ。貴女はとても危険な方です」




