3、中央都市ガラムの大天使聖堂
私はあの後、眠ってしまったらしい。目を開けると、妙な感覚だった。身体がなんだか重いかも。耳も変な感じがする。
そして身体を起こして驚いた。
(空を飛んでる!)
「アニスも目覚めたか」
声のした方へと振り返ると、何人かの姿が目に入った。私のそばには、隣家で、いつも勉強や剣術を教えてくれる幼馴染のアブサンがいた。
「アブ兄、何? 一体どうなってるの?」
「よかった、俺のことは覚えているんだな」
「当たり前だよ。だっていつも……あれ? なんだか頭の中がもやもやする。ここはどこ?」
「そうだな、そろそろ中央都市の魔導障壁を越えるんじゃないかな。と言っても、まだ目的地までは、けっこう時間かかるぜ」
「この身体が重いというか耳も変なのは……」
「この飛行船、すんごいスピードだからな。俺もちょっとキツイ」
私は眠る前のことを思い出した。あれは、教会の中にある学校の先生だったよね。中央都市ガラムへ行けって言ってたっけ。あのときはボーっとしてたから、記憶はあやふやだけど。
「もしかして、中央都市ガラムに向かってるの?」
「そうだよ。アニス、成人の洗礼で大天使様の光を浴びただろ? あれで転生者がわかるんだって」
「えっ? 覚えてない」
「15歳の洗礼は、大天使様の使徒が来られるんだ。隠された記憶があると、大天使様の光で意識が飛んでしまうらしいよ」
「隠された記憶? もしかして、この飛行船に乗っているのって……」
「うん、俺達の町からは今年は3人だね」
「アブ兄も転生者?」
「あはは、俺は違うよ。転生者を中央都市ガラムへ送り届け、そして秘められた能力を見極める監視係かな」
「えーっ!?」
「転生者ひとりにつき一人だけ、監視係をつけることになってる。みんな中央都市に行きたいから、選ばれるの大変だったんだぜ」
そう言うと、アブサンは軽くウインクをした。私は、彼のこういうチャラいところが嫌い。
(でも……好き)
ふぅんと適当にごまかして、私は視線を逸らした。
「着いたら起こしてやるから、ツライなら寝ておけよ」
私が外に視線を移したから、気分が悪いと思ったのかな。アブサンは、私の頭を自分の肩に乗せさせた。そして、ぽんぽんと一定のリズムで、優しく私の背中を叩いている。
(ずるい……)
小さい頃からアブサンは、私を寝かしつけるときには、いつもこうする。条件反射のように、私はスゥーっと眠りに落ちていった。
◇◇◇
ゴーン、ゴーン
大きな低い鐘の音に驚いて、私は目を覚ました。
(ええ〜っ?)
私は浮かんでいた。いや、違う。お姫様抱っこをされていた。
「ちょっと、アブ兄〜」
「やっと起きたか。おまえは赤ん坊の頃から、背中をぽんぽんすると、すぐ爆睡するよな。あはは」
なんだかたくさんの視線が突き刺さる。ここは、どこ? 古い建物ね。教会のような、いや、それにしては大きすぎるような気がする。
「もうっ、アブ兄、見られてるよー」
「ん? 降りるか?」
「当たり前だよ。こんな物々しい雰囲気でお姫様抱っこは、さすがに場違いだよ」
「アニスが起きなかったから仕方ないだろ、くくっ」
アブサンは、私を床に降ろした。
「ここは、どこ?」
「ここが目的地、中央都市ガラムの中心にある大天使聖堂だよ。各地から転生者が集まる場所なんだって。ここで、アニスがどっちなのかがわかる」
「どっちかって?」
「普通か、普通じゃないかだ。アニスが普通の転生者なら、俺は自由になるから、ちょっと観光したら町に帰るよ。そして、アニスの軟禁期間が終わったら、また迎えにくる」
「普通じゃなかったら?」
「たいてい普通だぜ? まぁ、普通じゃなかったら、ここでアニスのお世話係だな。と言ってもずっと一緒にいるわけじゃない。この街の騎士学校に通わされることになるんだっけ?」
「どうして騎士学校? お世話係って、監視係なんでしょ? 離れてもいいの?」
「うーん、あんまりよく知らねー。まぁ、数日は居られるから、一緒に街の観光しようぜ。ふっ、寂しがるなよ」
アブサンは、私が普通の転生者だと思い込んでる。でも、私は確か……あれは、夢じゃない、現実よね。私は、月旅行の途中で殺されて、運命のくじ引きが三回とも白いハズレ玉で……。
私がそこまで思い出すと、手に何かが触れた。花瓶? あっ! これはくじ引きのときの器だ。
「花瓶? やっぱり普通の転生者か。剣や盾ならよかったのに、ちょっと残念」
(ん? 転生者は何か持ってるの?)
まわりを見回すと、何かを持っている人が多い。
「何が残念なのよー」
「だって、せっかく中央都市ガラムに来たのに、数日で帰らなきゃならねーなんて」
「帰りたくないの?」
「うーん、できればここに住みたいじゃん。この星で一番デカイ街なんだぜ。絶対に毎日楽しいだろ」
アブサンは、そう言って親指を立てた。チャラい。こんなことしなければ、カッコいいのに。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン
また、大きな低い鐘の音が響き渡った。すると、シーンと静まり返った。
(うわっ)
上から、翼のある人が降りてきた。天使だ。いや、違う。この姿は、大天使様だ。見ているのが辛いほど眩しく輝いている。
「皆さん、大天使聖堂へようこそ。私がこの聖堂の主。皆さんには一定期間、この巨大な都市ガラムに滞在していただきます」
集まった人達の多くは、うっとりした表情を浮かべている。なんだか、操られているように見えるんだけど。
「皆さんは、運命のくじ引きのときに様々なことを教わりましたね。これより導きの光を与えます。転生時の教えを思い出し、これからの街での過ごし方の指針となるでしょう」
そう言うと、大天使様から強い光が放たれた。目が痛いじゃないの。思わず目をつぶり、そして目を開けて驚いた。
(光ってる!)
この場にいた多くの人が、色とりどりに光っていた。光の種類は5色ある。あの扉の数と同じだ。これは、あのくじ引きの玉が光っているのかもしれない。
そして、ふらふらとこの場所から出て行った。監視係の人達が、慌ててその後を追いかけていった。
「さて、残りは……今回は厄介な人達が多いのですね」
大天使様の表情が変わった。さっきの優しい自愛に満ちた笑顔は消え、近寄りがたい冷たさを感じさせる。
「皆さんは魔族かしら。勇者へ転じる者が多く現れることを祈ります。あなた達の同行者は、私の騎士学校へ入学してもらいます。いわゆる、人質です」
(えっ? 人質?)