28、冒険者ギルドのダメダメなお兄さん
「まだ登録してないですよ」
アブサンがそう言うと、カウンターのお兄さんはとても嬉しそうに目を輝かせた。
「いま、登録していただきますと、魔法袋を差し上げています。この機会にいかがですか」
「魔法袋、欲しい!」
私は思わず食いついた。でも、カウンターのお兄さんは、私には興味がないらしい。私のことはチラ見してスルーし、じっとアブサンの返事を待っている。
「この子が魔法袋が欲しいと言ってますが、俺だけに登録を勧めているんですか」
「もちろんお嬢さんも、ついでに手続きをしてもらっても構いません。いかがですか」
するとアブサンは、凍えるような冷たい目をした。出た! この目〜。このお兄さん、絶対叱られる。
私は子供の頃は、この目が怖かった。突然この目になると、アブサンはしばらく無言になる。この状態のときは話しかけちゃいけない。めちゃくちゃ叱られるんだから。
こういうときは、そっと離れ、2〜3日会わないようにすれば忘れるみたい。めちゃくちゃ叱られると、二週間は口をきいてくれなくなるんだもの。
「ついでなんですか、この子は」
「あ、いえ。そういうわけではないですが……。冒険者登録は、子供でも可能ですが、ギルドへの依頼は、15歳以上でなければ受注できないようなことが多いものですから」
「コイツは15歳ですけど」
「あー、あの、年齢というよりは、能力といいますか……。貴方のように戦闘力の高い剣士タイプが欲しいんですよ。今回、厄介な転生者が街に来ましてね……。魔物が活発化してしまっているので、討伐の依頼が、昨日から一気に増えてしまいまして」
アブサンは、そこまで聞いて黙り込んだ。
厄介な転生者って、属性のない転生者のことかな? 食堂に来たギルと呼ばれてた人は魔王だから、あの人が魔物を活性化させたのかな?
そういえば、アブサンは、騎士学校の入学式に二人来てないって言ってたっけ。殺された噂がとか言ってだけど、ギルドのミッションが楽しくて、帰れなくなってるんじゃないのかな。魔物狩りで好き放題暴れられるなら、絶対楽しいもの。
「昨日、この街に来たばかりの騎士学校に入学する男二人がいなくなったみたいなんですけど、関係ありますか」
「おぉ、騎士学校の新入生は、昨日はたくさん登録に来ていただいて、何人かは即日でミッションを受注してくださいましたよ」
「今朝までに戻る予定で、まだ報告に来ていない人はいますか」
「いや、それはお教えできません」
ふぅん、言えないのは知らないってことみたい。アブサンが、お兄さんを叱らないのは意外だった。それ以上に、居なくなった人が心配だからなのね。
私は、誰が知ってるのかと、周りを見回した。あっ、あの人なら、知ってるみたい。ちょっと遠いな。話せる距離まで近寄らないと、頭の中がよく見えないよ。
「あのー、そこの緑色の服の人と話したいの」
私がそう言うと、カウンターのお兄さんは焦った顔をした。どうして? あー、偉い人なんだ。ここのギルドのマスター? 所長みたいな人なのかな。
「お嬢さん、あの、それはちょっと……」
「アニス、どうしたんだ?」
「だって、この人、何も知らないから言えないって言ってるだけだもん。あのおじさんなら知ってるかもしれない」
私が指差したからかな? 緑の服のおじさんはこちらを見た。よし、今がチャンスね。
「緑色の服のおじさん! ちょっと話があるのー」
声が大きすぎた? 一斉に何人もの視線が集まってしまった。やーね、悪目立ちしちゃいけない。私を怖がって食堂にお客さんが来なくなるとマズイもの。
私は慌てて、営業スマイルを浮かべた。ニコリと笑って、少し首を傾げてみた。
すると、視線の雰囲気が変わった。警戒するような視線は、少し安堵したような雰囲気になった。これなら大丈夫よね。
アブサンは、ニヤニヤと笑っていた。何よ、もうみんな警戒してないんだからー。私、失敗してないよ?
「ふふ、可愛いお嬢さんに指名されてしまったね。何かありましたか?」
緑色の服のおじさんは、カウンターに近寄ってきた。カウンターにいたお兄さんは焦った顔をしている。
「俺達、バイト募集の依頼に来たんですけど、この人に冒険者登録の話を聞いてたんですよ」
「依頼は受付完了ですか」
緑色の服のおじさんが、カウンターのお兄さんにそう確認すると、彼は何度もコクコクと頷いた。怖がってるみたい。
「ご依頼ありがとう。それで、私に何のご用かな」
「昨日、騎士学校の新入生が登録に来たと聞いています。その中で、即日ミッションを受注して、まだ完了報告ができていない人がいませんか」
「貴方は、騎士学校の学生かな」
「はい、俺も昨日からこの街に来たんです。同じ寮の人が二人居なくなってて、殺されたんじゃないかと噂になってまして」
「なるほど、それは心配ですね。少しお待ちを」
緑色の服のおじさんは、奥へと引っ込んだ。カウンターのお兄さんは、冷や汗をかいている。
なーんだ、調べるのが面倒だったのね。アブサンには叱られなかったけど、あのおじさんに叱られそうね。ふふっ。あっ……ふぅん、試用期間なんだ。あと1回のクレームで、クビになっちゃうのか。
「アブ兄、このお兄さん、叱られるね。ちょっとかわいそう」
「何でだ? 調べようともしてくれなかったじゃねーか」
「でも、クビになるんじゃない? お兄さん、めちゃくちゃ冷や汗だもん」
頭の中が見えちゃうことは秘密にしとこう。食堂のお客さんが気持ち悪いと思うかもしれないもんね。
「すみません、俺、あと1回クレームを受けるとクビになってしまうんです。勧誘成績も悪くて……」
あー、ウジウジするタイプだ。上客だわ、うふっ。
「お兄さん、ウチは食堂がメインなの。近くに来たらご飯食べに来てくれる?」
「えっ? あの、どういう……」
アブサンは、私の意図がわかったみたい。大きなため息をついて、口を開いた。
「コイツは、客を大事にするからな。食べに来るならうまくごまかしてやる、ってことだと思うぜ」
「行きます! 絶対、行きます! あ、友達も連れていきますから」
私は営業スマイルを浮かべた。
「ふふ、ありがとう。お待ちしてますね」
緑色の服のおじさんではなく、神経質そうな年配の男が近づいてきた。そして、お兄さんを見て舌打ちをした。
「彼がどのようなご迷惑をおかけしましたでしょうか」




