2、転生、そして目覚め
白い扉を開けると、そこは真っ暗だった。いや、違う。わずかな灯が見える。明るい部屋から暗い部屋へと、私は恐る恐る足を踏み入れた。
一歩入ると、白い扉はパタンと閉まった。そして扉は、まるで消えたかのように見えなくなった。
(う、嘘。ちょっと、これ、何?)
「アナタ、すっごい強運ね」
どこからか声が聞こえた。でも、真っ暗な部屋にまだ目が慣れていない。私には、声の主がどこにいるのかもわからなかった。
「強運? あの、部屋が暗くて見えなくて……なぜこんなに真っ暗なんですか?」
「ふふっ、私の部屋と直接繋がるなんてね、驚いたわ」
とても上品そうな若い女性の声がする。でも、微妙に会話がかみ合っていないような気がするけど。
「えっと、真っ暗で……」
「当たり前よ。アナタが引き当てた運命は、私の下僕ですもの」
「えっ? 下僕? 奴隷ですかっ? 運命って、あの……」
灯がついた。アンティーク調のスタンド式の灯だ。古い喫茶店にあるような感じで素敵ね。
声の主の姿が見えた。私と同じくらいかな。いや、もう少し年上かも。
彼女は、透明感のある肌に金髪の巻き髪が可愛いが、とても冷たい印象を受けた。感情のない人形のようにも見える。服装もゴシック時代のようなドレス。きっと、アンティークが好きなのね。
「奴隷? まぁ、そうかもしれないわね」
「でも、私は月旅行に来ているだけで……」
「あら、それはもう過去の話よ。アナタは死んだわ。生まれ変わる運命のくじを引いたでしょ。もう忘れたのかしら」
「えっ!? 死んだの?」
「ええ、殺されたとも言うわね」
私は一瞬言葉を失った。あの赤い光? でも、痛いとも苦しいとも感じなかった。これってドッキリかな?
「誰に殺されたんですか」
「知りたい?」
「は、はい」
「ふふっ、教えない」
「困ります。私、引っ越したばかりだし、派遣の仕事も、旅行から帰ったら新しいところに行くことになっていて……というか、これって何の演出ですか?」
「もう過去の話よ。まさか、元の世界に戻りたいの?」
「は、はい」
「ふふっ、どうしようかしら」
彼女は、楽しそうな顔でジッと私を見ている。
「お芝居ですか? こんなイベントのことは聞いてないですけど」
「しつこいわね、月旅行は過去の話だと言ってるでしょ」
彼女は小さなため息をつき、そして壁に向かって手をかざした。すると、壁に映像が映し出された。
青い地球から飛び立った宇宙船が映っている。あれは、私が乗ったものと同じタイプね。
そして、突然現れた赤いレーザーのようなものが宇宙船を包み、宇宙船は溶けるように消滅した。
「えっ? これって」
「アナタ達の最期ね」
「なぜこんな映像があるんですか?」
「信じない人がいるから、映像は残すようにしているのよ」
「本物?」
「ええ。アナタは、仕組まれた事故で死んだわ。これでもまだ、元の世界に戻りたいって言うのかしら」
「戻りたいに決まってます」
「あらそう。じゃあ、そうねぇ……キチンと仕事ができたら、あの事故の前に戻してあげるわ」
「そんなことができるのですか」
「ふふ、私は神だもの。まぁ、一応アナタもだけど」
(神様ごっこ? ファンタジーなシナリオね)
「何をすればいいのですか」
「そうね、その器を満タンにするだけでいいわ」
「器って、この玉入れの器?」
「そうよ。そこに私が必要とするものを集めればいいわ」
「何を集めるのですか」
「ふふ、闇に決まっているじゃない」
そう言うと、彼女は、私が持っていた器に手をかざした。すると、中に入っていた白い玉がスゥ〜と浮き上がり、私の身体に吸い込まれた。
(なっ? あれ? えっ?)
「普通は、ひとつなのよ。アナタは三つあるから、単純に言えば、いろいろなことが三倍、じゃなかった数百倍だったかしら」
「このくじ引きの玉って一体……」
「生命よ。アナタの場合は、心臓がたくさんあると言えばわかりやすいのかしら。一つならただの住人、二つなら勇者や魔族などの特殊な者、そして三つなら魔王か神ね」
「えっ……」
「最後に引いた色に染まるわ。アナタの場合、三つ目が白以外だったら、その属性の魔王になったのにね」
「魔王? あの、白は?」
「白は、引き当てた神の色に染まるわ。つまり繋がった部屋の神の下僕ということよ。どの部屋と繋がるかはランダムになっているわ。でも、感性の合う部屋に繋がりやすい。アナタ、心に闇を抱えていたのね」
「いえ……あの、貴女は闇の神なんですか?」
「私は暗黒超神と呼ばれている闇使いよ。この星はねぇ、闇のエネルギーが少ないのよ。でも、やっと下僕を手に入れたわ」
「暗黒超神?」
「そうよ。でも、全く信じていないみたいね。アナタの記憶はいったん封じるわ。時期が来れば、その器と共に記憶が戻るはずよ。それまでに、配下にいろいろと用意させておくわ」
そう言うと、彼女は微笑んだ。凍りつくような冷たい笑みだった。
◇◇◇
「アニスの様子はどう? 大丈夫?」
私は、長い夢を見ていた。えーっと、いったいどうしたんだっけ? 私は、ゆっくりと目を開けた。ここはどこ?
「あっ! 先生、アニスちゃんが目を覚ましたよ」
私は周りを見回した。いくつもベッドがある。病院かな? ん? 病院? 治療院よね。えっと、私は誰だっけ。
しばらくすると、年配の男性がやってきた。聖職者のような服装ね。誰? 見たことあるような気もするけど。
「目が覚めたかね? 記憶は混乱していないか?」
「あの、長い夢を見ていて……わからないです」
「夢の中では、くじを引いたな? 何回引いた?」
「ガラガラ抽選会? えーっと」
思い出そうすると、私は頭が痛くなった。ん〜。
「数は覚えていないか。だが、転生者で違いないようじゃな。アニスには、しばらくの間、中央都市ガラムに行ってもらわねばならん」
「転生者? 中央都市ガラム?」
「うむ、この世界の決まりじゃ。ガラムには多くの転生者が集まっている。集めているという方が適切だな。どんな能力が隠されているかわからぬ者を、各地に置いておくのは危険だからな」
「私は危険なの?」
「わからぬ。それがわかるまで、転生者はガラムにて軟禁する。もし、アニスがこの町に害をもたらす能力を秘めているなら、ここには戻れない。まぁ、今は眠るがよい」
そう言うと、男は私の頭に手をかざした。