196、迷路の10階層に先回りしちゃおう
「サクラ、その真似っこスライムって、ダンジョンの中でも大丈夫? 暗いところは嫌いとか」
「うん? よんでみる〜」
「呼んでも話せないじゃ……ってか、もう連れてきちゃったの?」
「うんっ」
サクラのまわりに、たくさんの色とりどりのスライムが現れた。みんなサクラのことが好きみたい。サクラの足元に近寄ろうとして、ぷよんぷよんと跳ねている。
ふふっ、なんだか、お餅みたいで美味しそう。あ、別に私は、スライムは食べないけどね。
「いろいろな色の子がいるんだね。ってか、どこから来たの? 転移してきた?」
「したのかいからきたの。しゃべれないひとをかくすの」
「下の階層? 何階層?」
「うん?」
サクラは、手の指を折っていたけどわからないみたい。首を傾げている。しゃべれない人って何だろう?
急にスライムが現れたことで、近くにいた冒険者が、剣を抜いた。すると、スライムは姿を消しちゃった。あれ? 消えたわけじゃなくて、姿を変えたみたい。
サクラのまわりに突然、たくさんの石ころが現れている。なるほど、これが真似っこってことなのね。
シトラスさんの知識によると、おそらく、擬態スライムという種類ね。へぇ、硬質化もできるんだ。近くの石ころを蹴ってみた。ほんとだ、普通の石ころみたい。
冒険者が近くにいるから、サクラにあまりしゃべらせない方がいいかしら。このスライム達は、人を隠しているみたいだもんね。
「サクラ、階層がよくわかんないから、ちょっと頭の中を覗くよ」
「はーい」
うーん、相変わらず、あちこちのスライムから情報がめちゃくちゃ入ってきてる。うるさくないのかしら。
えっと、このダンジョンの情報は……うん? 10階層は狭いと思っていたら、そういうことなのね。
10階層は、冒険者の目をごまかすために、迷路のようになっているみたい。壁の奥には、たくさんのゾンビ……アンデッド達のすみかがあるのね。
その壁や迷路を作っているのが、真似っこスライムなんだ。ふぅん、そっか。スライムで壁を作っているから、壁の奥のゾンビ達は、自由に出入りができるのね。彼らが通るときには、壁を動かしているみたい。
そっか。10階層は、迷路の中にいくつか宝箱があるだけなのに、冒険者は、迷路階層だと思って通り過ぎていくのね。
うふっ、三号店は、10階層に決まりだわ。
でも、なぜ、10階層にこんなにたくさんの真似っこスライムがいるのかしら? あ、違う。他にもスライムがいるみたい。
あっ、そういえば、アウグストさんは、サクラの部屋を作るとか言っていたっけ。でも、サクラは、場所がなくなったって言っていた。そっか、ゾンビに場所を取られちゃったんだ。
「アニスさん、みんな二階層に進んでいますけど」
騎士学校の学生さんが声をかけてくれた。そういえば、アブサンはどこにいるのかな。
「あー、はい、お気になさらず。集合場所にいなかった学生さんは、帰ったんですか?」
「いえ、腕の立つ人達は、ダンジョンを潜っています。何階層まであるか調査するようです」
「えっ? めちゃくちゃ深いんじゃないですか?」
「ダンジョンの情報を入手することが、一番の目的で……あ、えっと、何でもありません」
あらら、言ってはいけない話までしちゃったのね。私には別に、どうでもいいことだけど。
アブサンのことだから、嬉しがってどんどん進んでいるんじゃないかしら。アウグストさんの家だから、アブサンに何かあったら、何とかしてくれるとは思うけど。
でも〜、うーん、深くなればなるほど、魔物は強くなるだろうから、ちょっと心配。だけど、いちいち調査しなくても、サーチ魔法で片付くんじゃないの?
「調査のために、わざわざ足を運ばなくても、サーチ魔法を使えばわかるんじゃないですか?」
「あ、はい。ただ、サーチ魔法では見えない部分の方が圧倒的に多いみたいです。暗黒竜神のテリトリーですから、結界が張り巡らされているみたいで……」
「そうなんですか?」
「えっ、違うんですか!?」
暗黒竜神のテリトリーってか、アウグストさんの家なんだけどな。でも、そんなに結界なんて張ってない。
そっか、真似っこスライム以外にも、アウグストさんを助けているスライムがいるのかも。
シトラスさんが昔、キングスライムを魔王化させたみたいだけど、確かにスライムって、進化しやすいのかも。それに、太陽神がやっていたようにスライムを電池に改造したり……。良くも悪くも、いじりやすい種族なのかな。
「あの……アニスさん、大丈夫ですか?」
「えっ、あ、はい、大丈夫です。えっと、うん、私はあまり結界に気づかないみたいで……」
「何階層までありますか?」
あらら、私がバラすとでも思っているのかしら?
「30階層くらいまで進んでる人がいるみたいです」
「えっ、30階層もあるんですか!?」
「うーん、あまりちゃんと数えていないけど、もっとあるんじゃないかと思いますよ」
「大変だ! 知らせなきゃ。失礼します」
私を気にかけてくれていた騎士学校の学生さんが、慌てて二階層へと降りていった。取り残されちゃったわね。ふふっ、ちょうどいいかも。チャンス到来ね。
「サクラ、10階層に行こっか。三号店を作るよ」
「うん?」
「ひまわり食堂の三号店、先回りして、みんなが到達する前に作っちゃおう。サクラも手伝って」
「うんっ」
石ころに擬態していたスライムは、元の色とりどりの姿に戻って、ぷよんぷよんと飛び跳ねている。この子達は、転移できるのかしら? あっ、サクラが触手を伸ばして捕まえている。
「じゃあ、移動するよ」
サクラの小さな手を握り、私は10階層へと転移した。
うーん、迷路ね。だけど、イメージしていた迷路とは違っていた。なんだか、溶岩のようなゴツゴツした岩肌ばかりで、狭くて暗い。
あー、なるほど。
この階層は、迷路の左側だけじゃなく、上にもアンデッド達の住居があるみたい。だよね。この階層だけ異常に天井も低いし。
迷路から、壁の奥へ出ると、広い空間があった。そっか、擬態スライムが隠しているのは、アンデッド達のことなのね。
思いっきりゾンビだから、確かにしゃべれないみたい。アーとかウーとか唸っているけど、喉の声帯とかが腐っているのかも。
そして、大量のスライムがぴょんぴょん飛び跳ねている。なんだか、すんごい景色ね……。陰と陽が同居しているような空間。
さて、良さそうなスライムを着ぐるみに改造しちゃおうかな。ふふっ。
しかし……めちゃくちゃくっさ〜い!




