117、カフェバーお客さん体験
「いいことって?」
「ウチに来れば、わかるよ。今はカフェバーの営業時間なの」
呟きの神リンは、首を傾げている。あー、でも、この騒ぎの後始末をしなきゃいけないから、出かけられないかな?
倒れていた人達も、みな回復してる。オルガくんが、何人かに囲まれているわね。お礼を言われて、ちょっとオロオロしているみたい。
「アニスちゃん、オルガくんにたくさんポーションを使わせてしまったみたいなんだけど……」
「そっか、うん、みんなが回復してよかったよ」
オルガくんは、自分の名前が出たことに気づくと、パッとこっちを向いた。その顔は、囲まれている輪から救出してほしいのね。
あっ、まだ呼んでないのに、主君が呼んでいますからと言って、自力で脱出してきた。嘘つきねー、ふふ。
「オルガくん、ポーションの代金なんですけど……」
「リン様、それは不要です。ぼくの生まれた集落は、ポーションの生産地なので」
「そう……でも……」
「リンちゃん、オルガくんがそう言ってるから大丈夫だよ」
私がそう言うと、彼女は、小さく頷いた。あまり納得はしていないみたいだけど。こういうところ、律儀だよね。商売人だからかな。
「リンちゃん、よく考えたら、ここの後片付けがあるよね。さっきの話は、また後日で大丈夫だよ」
「店のことは大丈夫。キャンドル付きのクッキーの話もあるから、お邪魔じゃなければ、今から伺うよ」
あ、すっかり忘れてた。スーパーで置きたいって言ってたっけ。やっぱ、彼女は商売人なのね。こんな怖いことがあっても、ちゃんと覚えてる。
「それなら、私も同行させてもらいます」
彼女の娘が、笑顔でこちらに近づいてきた。さっきは倒れてたけど、もうどこも痛くないのかな。
リンは、私の顔を見た。私が頷くと、ふふふと低い声で笑った。リンちゃん、それ、やっぱ不気味だよ。
「じゃあ、オルガくん、帰ろっか。リンちゃんと、お姉さんも一緒に転移できる?」
「はい、大丈夫です。お任せください」
オルガくんは、胸を張って力強く頷いた。ふふっ、張り切っちゃって〜。かわいい。
食堂に戻ると、カフェバーは満席だった。
「アニスさん、おかえりなさい。おや、リンさんもご一緒でしたか。こんばんは、いつもお世話になってます」
オットーさんは彼女に、にこやかに声をかけていた。ふぅん、いつもと違う顔ね。オットーさんは、たぶん彼女のことが少し苦手なんだ。
「ただいま。リンちゃんのスーパーに、ウチのクッキーを置きたいんだって」
「店長さん、こんばんは。今夜は、商談を兼ねてお邪魔させていただきました。それと、先程、息子さんにたくさんポーションを使って助けていただきました。ありがとうございます」
「おや、また、外から荒っぽい人達が来たのですね。大事にならなかったですか」
オットーさんは、私をチラッと見て、そんなことを言ってる。オットーさんは、私が店を壊したんじゃないかと心配してるみたい。そんなことしないんだからねっ。
「アニスちゃんが助けてくれたので大丈夫です」
彼女は、オットーさんが何を心配しているのか、わかってない。まぁ、普通に考えたら、そうなんだけど。
オットーさんは、笑顔で彼女の言葉に頷いている。チラッと、また意味ありげに私の顔を見るから、反論しそうになったけど、ここは我慢ね。変なことを言うと、彼女達を怖がらせてしまうもの。
「カフェバーは、満席ね。食堂の方にしよっか」
私は、カフェバーに近い食堂の席に、二人を案内した。私、そういえば、カフェのお客さん体験したことないわ。
私が席に座ると、オットーさんは意外そうな顔で見ている。ふふ、何よ、その変な顔〜。
「アニスさん、お食事ですか? 何かご用意しましょうか」
「違うわよ。私は、お客さん体験をするの。カフェバーが満席だから、こっちにしたけど、席が空いたら向こうに移るよ」
「そうでしたか。それなら、そのままで構いません。カフェが満席のときは、カフェ寄りの席は、カフェのお客さんに使ってもらってますから」
「そうなんだ。あ、そういえば、そうかも」
オットーさんは、微笑みながら、テーブルクロスをかけてくれた。そっか、テーブルクロスで区別しようって、いつか言った気がする。
自分で言ったことを忘れてるなんて、笑うしかない。でも、半月寝てたから、いろいろ忘れちゃったのよね〜。
私は自分で自分に言い訳しつつ、テーブルのセット変更を見ていた。オットーさんがテーブルクロスをかけると、その後は、カフェ店員が小物セットにきた。
「あれ? オーナー、お客さんごっこですか?」
「ごっこじゃなくて、お客さん体験だよ」
彼はカフェ店員なのに、バータイムもいるのね。彼女達には、にこやかに接客している。いつも、厨房では私の行動を白い目で見る人だけど、接客の態度はとても柔らかな笑顔ね。
「アニスちゃん、オーナーって呼ばれてるのね」
「うん、そうだよ。名前を呼ぶのはお客さんだから、まぁ、それでいいんだよ。オーナーって言われたら店員さんの声だとわかるし」
「ふふふ、変な理由〜」
なぜか、リンは笑った。面白い話なんて何もしてないのにな。あ、違うわね。照れ隠し? 店員をチラッと見て、ドギマギしてる。
「ご注文は、いかがいたしましょう? この時間は、お酒もありますよ」
キャンドルかごを持ってきた別の店員がそう案内した。キャンドルは、リンの娘が選んでいる。説明を聞いて、目を輝かせた。うん? キャンドル付きクッキー、持っていったのに?
「アニスさん、何種類あるの?」
「ふふ、お姉さん、興味津々ですね。実はわかんないのです。適当に創造魔法を使ったので、わりとありますよ」
「へぇ、じゃあ、キャンドル付きクッキーは、キャンドルを集めたい人には楽しみね」
「お嬢様、色付きは12色あります。香り付きは定かではありませんが10種類程度だと思いますよ。使われなかった方は、お持ち帰りください」
リンの娘は、色付きを選んだみたいで、黄緑色のキャンドルに火がつけられてる。へぇ、水に浮かべているからか、火がつくとすごく綺麗。水にも色がついているみたいに見える。
私は注文を待ってる店員が気になった。待たせてると悪いかな。二人の頭の中を覗いてみよう。
「やみつきパフェ、スクリュードライバー、ポテトチップス、あと紅茶を3つお願いします」
私がそう注文すると、二人は驚いた顔をした。あはっ、覗いたのがバレたかな。
「かしこまりました。少しお待ちくださいませ」




