前日譚~銀~
ある晴れた日の午後。
空は深い青で、山の木々の葉っぱ一枚一枚が見える位に空気が澄み渡った実に心地良い昼下がりだった。
街並みは石造りの建物が建ち並び道路は石畳みで整備されていている。
古い街並みではあるが田舎という感じでは無く、この世界でどちらかと言えば都会の部類に入るのだろう。
そんな街の外れには川が流れていて、その川を跨ぐ様に吊り橋が掛けられている。
小さな谷を跨ぐ様に架けられたその吊り橋から谷底までは20mはあろうかと言う高さで、その橋の袂からは澄んだ空気によく響く子供達の声が聞こえる。
しかしその声の内容は子供らしく無く、いや、ある意味子供らしいと言えば子供らしい残酷な内容だ。
「おじいちゃーん!頑張って〜!!」
「おじいちゃん、足がプルプルしてんじゃない!?」
「仕方ないよ、おじいちゃんだから!」
「「「あーはっはっは!!」」」
橋の袂からは3人の子供が橋にいるその人物に対し大きな声で卑下する様に笑いながら叫んでいる。
対する橋の中央には1人の少年、と言うには幼すぎる男の子が吊り橋の縄で出来た手摺りに両手でしがみついている。
どうやらおじいちゃんと呼ばれているのはこの男の子の様だ。
「む、む、無理だよ〜」
おじいちゃんと呼ばれているその男の子は今にも泣き出しそうな表情で絞り出す様に声を出す。
「えぇ??何だって??聞こえないよ、おじいちゃん!」
「はっきり言えよ!おじいちゃん!」
「ぎゃーはっはっは!!」
3人のイジメっ子達はお腹を抱え、橋にいる子供を指で指して笑っている。
「も、もう、ゆ、許してよ〜」
笑われている方の子供は橋の下を覗き込んだり笑っている子供達を見たりと流石に落ち着かない。
「おじいちゃんじゃないんだろ!?だったら橋の真ん中で逆立ちしてみろよ!」
「そうだそうだ、おじいちゃんって言われたくなかったら逆立ちしてみろよ〜!!」
「やっぱおじいちゃんだろ!!頭白髪だもんな!!」
許しを請う子供に対していじめっ子達ときたらまったくもって理不尽なキレ方してみたり訳の分からない理由付けをして無理を強要している。
「うぅ………」
おじいちゃんと呼ばれている男の子の髪の毛は正確には白髪では無く銀髪なのだが、どうやら銀髪をからかわれている様だ。
「お前ん家、騎士なんだから勇気無くてどうすんだよ!」
「そんなんで俺達貴族様を守れんのかよ!!」
「もしかしてお前の父ちゃんも弱虫の騎士なんじゃねーの!?」
「「「ぎゃーはっはっは!!」」」
っ!?
銀髪の男の子も自分の父親の事を馬鹿にされて頭にきたのかキッと目の色が変わる。
「な、何だよその目は!?騎士の家のクセに俺たち貴族様にそんな生意気な目ぇしていいのかよ!!」
「もしかしてお前、騎士の家の子じゃなくって拾われた子なんじゃね?だってお前だけ白髪だもんな!」
「だから勇気無いのか!?」
いじめっ子達は銀髪の男の子の目つきに一瞬だけ怯むもすかさず相手のコンプレックスに漬け込むある種いじめっ子特有のひらめきと言うか嫌な切り返しでやり返す。
「ぼ、僕はギャレット家の子だ!!そ、それに父ちゃんは弱虫なんかじゃない!!とっても強くて勇気だってあるんだからな!!」
銀髪の子も家族の事を巻き込まれ少し頭に血が上ったのか言い返すようになってきた。
「だったらお前も勇気見せろよ〜!!」
「ギャレット家は弱虫一家!!」
「よーわむし!よーわむし!よーわむし!よーわむし!」
多勢に無勢、いじめっ子達は畳み掛ける様にいじめの合唱を始める。
「弱虫じゃない!!」
銀髪の子も合唱に負けじと声を張ってみせる。
「じゃあ早く逆立ちしろよ!!」
「無理無理!白髪頭の弱虫じいちゃんは出来っこないね〜!!」
「よっわむしじいちゃん!よっわむしじいちゃん!よっわむしじいちゃん!」
理不尽極まりない屁理屈でいじめっ子達が囃し立てる。
「……う、うるさい…み、見てろ……」
銀髪の男の子も意地になっているのか震えながらも手摺りからゆっくり手を離し逆立ちをしようと両手を挙げ足場の板を見て逆立ちの準備に入る。
「早くしろよ〜!!」
「どうせ出来ないだろ!!」
「怖いんだろ!?おじいちゃん!!」
「「「あーはっはっは!!!」」」
完全に出来っこないと高をくくり高みの見物気取りの自称貴族の子供達。
「………………えいっ!!」
銀髪の男の子は意を決した様に吊り橋の足場へ両手をつき、足で地面を蹴り反動をつけ逆立ちする!
が、勢い余って前転する恰好で仰向けに倒れ天を仰ぐ。
「「「ぎゃーはっはっは!!!」」」
「超ウケる!!!あーはっはっは!!」
「おじいちゃーん!!そんなトコで昼寝しないで〜!邪魔だから!!」
「やっぱおじいちゃんには無理だったな!!あーはっはっは!!」
いじめっ子達は絵に書いた様な抱腹絶倒という感じで笑い転げている。
「……………………」
銀髪の男の子は高さからくる恐怖と馬鹿にされている悔しさとで複雑な感情になり体は小刻みに震えている。
「出来ないんだったら『僕はおじいちゃんです。だから許して下さい』って言ってみろよ〜!!」
「その代わりお前はこれから自分の事、おじいちゃんは、って言うんだぞ!!」
「それから街中にギャレット家は弱虫騎士っていい振り回してやるからな!!」
「「「ぎゃーはっはっは」」」
もはや、いじめている側の要求に筋は通っていない、と言うかもともと理不尽なのだが……。
「も、もう1回やるから、み、見てろ…!!」
銀髪の男の子は意を決した様に立ち上がり先程と同じ様に両手を挙げ足場を見つめ再度逆立ちを試みる。
「「「っ!?」」」
笑い転げていたいじめっ子達が目を見張り言葉を失う。
「で、出来た…!!」
銀髪の男の子はフラフラしながらも逆立ちに成功した!
「う、うそだろ!?」
「俺達、普通の地面でも逆立ち出来ないのに…?」
「俺のお兄ちゃんだって8歳でも逆立ちなんか出来ないのに何で俺達と同じ5歳なのに逆立ち出来んだよ?あいつ…」
先程まで笑い転げていたいじめっ子達も驚き唖然としている。
「ど、どうだ!!見たか!!」
銀髪の男の子は逆立ちして下を見たまま誇らしげに叫ぶ。
「………ぐぅ」
いじめっ子のリーダーらしき子供が苦虫を噛み潰した様な表情をする。
「お、おい。お前ら橋を揺らせ」
「「え!?」」
いじめっ子のリーダー格の言葉に手下2人が戸惑う。
「聞こえただろ、2人で橋の両側を揺さぶるんだよ」
「そ、それはあ、危ないよ」
「うるさい、このままじゃあ貴族の俺らが騎士のあいつになめられるぞ」
逆立ちし続けている銀髪の子を指差し、もう一方の手を握り締め地団駄を踏むいじめっ子主犯格。
「で、でも………」
「いいからさっさとやれよ!やらなきゃ次はお前らに橋で逆立ちさせるぞ」
主犯格が睨みを効かせ手下に凄む。
いじめっ子の2人は顔を見合わせる。
「わ、分かったよ…」
2人は恐る恐ると言った感じで橋の左右につき、意を決した様に揺さぶる。
「わ!?ちょ、ちょっと…!!」
銀髪の男の子も流石に溜まったもんじゃない…!
右へ左へとバランスを必死に取る。
「わははははは!!許して欲しかったら俺達に謝れ!!」
謝れとはこれまた理不尽極まりないが所詮は子供。
とは言えここまで来たら、いじめと言ったレベルで無く殺人未遂と言っても良いだろう。
「な、何で僕が、あ、謝らなくっちゃ…ならないのさ…!」
銀髪の男の子は激しく橋を揺さぶられながらもまだ逆立ちしている。
「あ、あいつ、何てバランス感覚なんだよ…」
「ホントすげーな…」
実行犯の2人は銀髪の子の身体能力に驚き、揺らす手を休め感心している。
「バカ!感心してどうすんだよ!もっともっと揺するんだよ!!」
「う、うん!」
「それ!!」
主犯格に発破を掛けられ手下のいじめっ子2人はこれでもかと橋を揺さぶる。
「っ!?」
より激しく揺すられ必死にバランスを取る銀髪の男の子。
が、流石にバランスを取りきれず銀髪の男の子の体は大きく右側に傾く。
「「「っ!?」」」
今更事の重大さに気付いたのか、その光景に目を見張るいじめっ子達!!
「っ!?」
大きく傾いた銀髪の子の小さな体は手摺りの縄と足場板を結んでいる柵代わりのロープとロープの間に吸い込まれる様に入りそのまま橋から落下した!!
当然、重力に逆らう事も出来るはず無く、重力と言う自然の摂理は容赦なく男の子の体を加速させ谷底へと一気に落ちていく!
「うわあぁぁぁぁ………!!!」
銀髪の男の子の叫び声が小さな谷に響く。
っ!?
…………鈍い嫌な音がした。
いじめっ子3人は慌てて下を覗き込む。
そこには谷底でうつ伏せに倒れる銀髪の男の子の姿があった。
男の子はピクリともしない。
「ど、ど、ど、どどどどうしよ!?」
「ガ、ガ、ガスランが揺さぶれって言ったから…」
「な、何だよ!!俺のせいだって言うのかよ!揺さぶったのはお前らだろ!!」
完全に動揺しているいじめっ子達。
「揺さぶらなかったら次はお前らだって言ったから僕たちだってイヤイヤやったんじゃん!!」
「どうしよ!?俺達刑務所で一生暮らすのかな?」
「バ、バ、バカ!!俺達は貴族なんだぞ!?き、貴族が刑務所なんかに行ってたまるか!」
ここに来てまで責任のなすり付けと自分達の保身を優先するいじめっ子達。
「うわーん!!ヤダよぉ!!」
「お、俺だってヤダよぉ!!ガスランがやれって言ったんだからガスランだけ刑務所行けよなー!!」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんなよ!!お前らより俺の方が高貴な貴族なんだからお前らのどっちかが代表して刑務所行ってこい!」
いくら子供とは言え見苦し過ぎる。
「そ、そんなの関係ないだろ!!」
「パ、パパやママに何て言おう…」
「い、いいな、お前らが勝手にやったんだからな!?」
いじめっ子達が醜い責任の擦りつけを続けているが銀髪の男の子はピクリともしない。
ピクリともしないどころかうつぶせに倒れているからはっきりは分からないが恐らく額辺りからであろうか、血がじわじわと流れ出してきた。
「マ、マジでどうする…?」
「このまま放っておく…?」
「いや、放っておいてもいずれ見つかるよ…」
いじめっ子達があたふたしているその時……
ーーーーーーーっ!?!?!?
谷底から金色の眩い光が光り、その光は文字通り光速で谷底から天を届く!!
「な、何だ…!?」
醜い言い争いをしていたいじめっ子達も谷底を覗き込む。
金色の閃光が収まり谷底を確認すると、そこには変わらずうつ伏せのまま血を流し倒れている男の子がいるだけだったが大きく違う事がある。
男の子の髪色が銀から金色に変わっていた!!
「あ、あ、あいつの髪の毛見て!!」
「白髪じゃなくなってる!!」
「な、何だ?!ど、どういう事だよ…??」
いじめっ子らは驚きと畏怖との感情が入り混じった何とも言えない表情で金髪になった男の子の様子を伺っている。
………………
何秒間、何十秒?誰もが言葉を失っていたその時…!
「「「っ!?」」」
ピクリと銀髪、もとい、金髪になった男の子の指先が動いた。




