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恋してます!


「後3分以内に隣へ行きなさい!」


「へ?」


「聞こえなかった? 後2分ですけど……」


 隣に行け? 何のことだろう……そう思っていたけど、舌打ちをしながら彼女は無言で、顎をあちらへ動かしていた。あっ! 隣のポジションに行けと仰っている!


 クールビューティー様が俺に与えた残りのカウントダウンが、10秒しか残っていなかったけど、何とかローテンション通りポストに付くことが出来た。


 この流れで、何とか次の休憩時間まで乗り切ることが出来た。仕事の出来ない俺をあの御方は救ってくれた。そう思った俺は奇跡を信じて話しかけてみた。


「あなた、向いてない。やめるべき! キミはゲームの中と、売れない劇団に戻った方がいいよ。ね、ゆき君」


 おぉ!? 美声のお叱りが……え? クビ宣告? いや、いま何て?


「もしかしなくても、ヌルラさん? や、やっぱりそうだったんだ。クールビューティーだったとは、恐れ入りました。わたくしめはクールビューティー様のご命令に従わせて頂きます!」


「や、クールビューティーって何さ? あと、ハンドネームはここではやめて! 私にはきちんと、温田瑞姫ぬくたみずきって名前があるんだから。だからさ、ゲームの中で長い関係なんだし……キミさえよければ、ゲームの中から始めてみない?」


「そ、それは、あの……そういう意味でよろしいのでございますか?」


「キモイ言い方やめなさい! そ、そういうことです。元々、監視員勧めたのも来たらいいなって思ってたから。まさか本当に来るとは思わなかったけどね。それでどう? ゆき君」


「よ、よろしくお願いしますです! うおおおおおお!」


「しっ! 静かにしなさい!」


 急転直下。予感はしていたけど、同じネトゲ仲間の人が現実にいて、そこで出会うことになるとは少しだけ期待していた。それも、出会いはゲームできっかけは現実。そして付き合いはゲームの中だなんて、これも俺らしいのだろうか。でもこれで、俺は綺麗なお姉さんとお付き合いすることが決まった。まずは、現実世界でも認められるように、仕事も芝居も頑張って行こうと思う。


そして俺は、クールビューティー改め、彼女(仮)の瑞姫さんと付き合うことになった。しかし、果たしてそれは現実で認められたのだろうか? あくまでもゲームの中から始めよう。そういうことなんじゃなかろうか。それはひとまず先送りをして、俺は現実世界における劇団へ足を運んだ。


「お? お帰り! で、どうよ? 彼女は出来たのか?」


「はぁ、まぁ。一応出来たことは出来ましたけど、まだリアルでは認められていないと言いますか」


「は? リアル? 前から思ってたけど、まず主語から話してくれないと理解出来んぞ? ゆきは仮にも役者だろ。だから要点を話さないと、普通は理解されないと思う」


 団長の言う通りだった。ネット用語で話しても、一般人は言葉の意味をすんなりと受け入れないよな。


「すんません。えーと、かいつまんでお話しますと、バイト先で出会ったクールビューティーな人とは、ネット上の世界でずっと友達だったんですよ。俺が同じバイト先に来てくれればいいと思って、リアル情報を教えてくれていたんですよ。それでいざその場所に行くと、彼女がいたわけです」


 まさかあの三文字でそこにいるとは思いもよらなかったわけだが。


「おぉ! じゃあ、相手の思惑にハマったわけか。良かったじゃないか! 彼女が出来て」


「いえ、そうではないんですよ。俺が求めていた恋とはどうも毛色が違うと言いますか、彼女は俺と付き合うのは、まずはゲームから始めようって言ってるんです」


「んー? よく分からんが、バーチャル上のゆきの方が好きで、リアルではまだそれほどでもないと。そういうことか?」


「た、たぶんそうです。なので、確かにネット上ではいい関係……いや、そもそもネット歴が長いので、お互いに勝手知ったる仲と言いますか、そこから恋の関係とか始めるっていう意味が分からないんですよ」


「まぁ、確かにな。バイト先ではそうじゃないと?」


「ですね。表面上はやはり認めてなくて、早くバイトをやめなさい。って言われてます。同じ所でバイトしたくないんですかね? 俺には分からなくて、恋愛難しいですよ、本当に」


「ゆきさんでしたっけ? 覚えてますか、わたしのこと」


 誰だっけ? と言う程、俺はひどい奴では無い。確か俺が抜ける前に入って来た、新人の里桜さんだったはず。そう言えばもう一人いたような気がするけどやめたのか。


「里桜さんだよね」


「そうです。さっきから恋愛話で悩んでいるのを聞こえてきたので、アドバイスしようかなと思いまして。発言してもいいですか?」


 確かに団長に相談してもどうにもならないけど、女性に聞けば的確なアドバイスをくれるかもしれない。


「ど、どうぞ」


「彼女さんは、まだ気持ちが追いついてないんだと思うんです。だから、言う通りにした方が上手く行くんじゃないかなぁと。これだけしか言えないですけど、理解出来ました?」


 ん? 追いついていない? 言う通りにする……そ、そうか。やはりそうなのか。


「わ、分かりました。俺、家に帰って彼女に会いに行ってきます。報告はその後します。そしたら、また芝居に打ち込めると思うので、それからでもいいですか?」


「まぁ、ゆきは超端役だから。気にすんな! いつでも戻ってくればいいよ。まっ、頑張れ」


「はい! じゃ、じゃあお先です!」


 話を最後まで聞いてくれた団長と、途中で割り込みながら、的確なアドバイスをくれた里桜さんに感謝しながら、俺は自分の部屋に戻った。


「こん~」


「お、おひさ! ゆきくん」


「ど、ども」


「劇団忙しかった? 最近こっち来てなかったからどうしていたのかなって、気になってたよ」


「うん、まぁ。あ、あのさ、ヌルラさんは俺のことどう思ってるの?」


「好きだけど?」


「それはここだけの話? それとも中の人も含めてなのかな?」


「うん。中の人も含めて。でもさ、急には変われないっていうかね、ゆきくんも知ってると思うけど職場の私はあの通りのキャラなわけ。あの私は私じゃないんだ。だから、んーと……こっちの世界の私から慣れて行って欲しいなと。そしたら、徐々にリアルの私もゆきくんの気持ちに応えて行けるようになるんだ」


「つまりギャップがあって、ヌルラさんも自分に追いついていないってこと?」


「ん、だね。私も何だかんだで、ネット上で過ごしてるのが長いからさ、リアルの方に気持ちが追いついてないんだ。それ、ゆきくんにも分かるかな? 分かって欲しいな」


「ど、どういう?」


「現在進行形でキミに恋してるってこと! じゃ、そういうことで落ちるから。じゃあまた職場でね~」


「ええっ!? そこまで言っといて放置? マジすか」


 彼女の気持ちは分かったけど、俺から言う前に落ちるとか。どうすればいいのか。いや、追いついてない気持ちかもしれないけど、腹は括った。リアルで同じセリフを彼女に放つだけだ!

 翌日、バイト先に行くとヌルラさんこと、瑞姫さんは挨拶も余所余所しくなってて、俺の心は大いに揺れた。結果に怖がることなく、突き進むことを決めた俺はリンダ君に何故か褒められた。


「おっ? しばらく見ない間に顔つきが変わったな! 覚悟を決めたか? 玉砕覚悟を!」


「ふっ、まぁな。次の休憩時間に俺は行くぜ!」


「骨は拾ってやろう。あのクールビューティーさんはそういう御方だから、目に見えるけど後でなんか奢るよ。頑張れ、ゆき」


「ういっす!」


 フラれることが前提らしいけど、俺は休憩時間に彼女の元へ近付いた。


「瑞姫さん」


「あ、はい。何ですか?」


「俺、キミに恋してます! だから、こっちでもよろしくお願いします!」


 まるで一昔前にテレビでやっていたお願いしますの一言と同時に、彼女に手を差し出した。


「こ、こちらこそ」


 そう言うと、彼女は俺の手……もとい、指に触れていた。


「……分かりきってること言わないでよ。恥ずかしい」


「え、じゃ、じゃあ」


「うん、よろしく。こっちでも、ゆきくんと付き合うってこと」


「おおお! よ、よろしくお願いします」


 互いに好きとか一言も言ってないけど、今はこれが正解だったのかもしれない。昔、好きだった女子に叩かれたのは、気持ちを理解していなかったんだ。今はそれが何となく分かって来た。だからというわけでもないけど、バーチャルでもリアルでも会える彼女が出来たのだから、これから少しずつ気持ちを追いつかせていければいいや。


                       了

4話構成完結です。


お読みいただきありがとうございました。

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