綺麗なお姉さんっ!
俺は下手だけど一応、芝居歴が5年ある。団長から紹介を受けて何故か、エキストラのバイトに来ている。
エキストラはぶっちゃけ、演技経験が無くても誰でもやれる仕事だ。しかもバイトと呼べないくらいの超絶に酷いギャラだ。とてつもなく暇を持て余している人にしか、需要が無いと言っても間違いじゃない。
劇団に入る前に何度かやって、有名な俳優とか女優とかと一緒に出演をした。かと言って、何にもならないバイトだ。エキストラからごくごく稀に、奇跡が起きてそのままデビュー出来ちゃう! そんな人もいないこともないけど、まずあり得ない。
背景や風景の中に紛れ込むだけで、出演することが出来る美味しい仕事ではあるけど、すぐ隣に綺麗な女優さんがいるってだけで何にも美味しくない仕事だ。それを誇りに思う。って隣の年季の入った爺さんが自慢してたけど、本気で芝居したい人にはオススメしない。
と……愚痴をこぼしてしまったが、たまに胸がきゅんとなるくらいに可愛い子がエキストラのバイトに紛れてくることがあって、俺はむしろそれだけが楽しみだった。今回もそんな可愛い子が来ないかななんて、期待しつつ、映画のエキストラに来てみた。
「あの、わたし……初めてなんです」
期待していた可愛い一般人の女の子が、何でか俺に話しかけて来た。これはツイテるぜ!!
「あ、エキストラバイトだよね? 俺はベテランってほどじゃないけど、何でも聞いてね」
「ありがとうございます」
うおお!! 素人なのに滅茶苦茶可愛いぞ! マジか。俺にも春がキタ!!
「えーとですね、とにかく出るよりも待つ時間の方がもの凄く長いので覚悟をしてくださいね。そして、指示を出して来る人に呼ばれたら、返事をしてすぐに向かって下さい」
「そ、そうなんですね。聞いてた話よりもきついんですね~……」
「そうなんですよ」
ん? 聞いてた話? この子は一般の素人じゃないのか。試しに聞いてみるか……?
「あの、キミはどこかの事務所から?」
「そうです。どうして分かったんですか! あ、もしかして同じ方ですか? それなら心強いです」
「え、えーと……一応、役者(嘘は言ってない)です」
「わ、そうなんですねぇ! お互い、頑張りましょうね!」
「そこの人! 出番だからこっち!」
「あ、呼ばれたみたいです。それじゃ」
「うん、いってらっしゃい」
はぁ。よりにもよって事務所経由かよ。ってことは名前も聞けないし恋にも進めないじゃん! はぁぁ……やっぱりエキストラに来るんじゃなかった。ここでそもそも出会い期待してもさ。
手始めに始めたエキストラのバイトでは恋になりそうな出会いは無かった。前途多難のようだ。
「おりゃ~~!! くらえ、必殺の~~!!!」
なんて、今時そんなことを言葉に出してネトゲをしてる奴はいないと思う。俺の場合、一応、役者ということもあって、あえて言葉にして出している。そう言うことにしてる。そうしないとただ部屋で叫んでるおかしな奴だから。
エキストラのバイトを終えて帰って来た俺は、待ち疲れからの疲労が半端なく、可愛い女の子を求めてバイト探す気力がすっかりと消え失せていた。そんな状態でも、長年……それこそネトゲだけは下手をすると役者よりも歴が長く、すっかり中の人は廃人クラスである。
「っふふ……これでレアリングげと! これを売ればマジで中ボス討伐に参加出来そうじゃね?」
「ゆき君はまーた、張り込みなの? また寝落ちすんじゃねーの?」
「それはアレだ! 今はだいじょぶ。伊達にベータ版からやってきてないぜ! 今はきちんと寝るよ」
あろうことか、キャラネームは本名を登録していた。鯖を変えない限り、ネームとキャラを変えられないのは、後々になって物凄く後悔した。それでも、他のフレプレーヤーからは呼びやすいってことで好評を得ていたのが救いだったけど。
「そういうヌルラさんは仕事真面目にしてんの?」
「当然でしょ? ゆきくんのような自由人じゃないんだし」
「前も聞いたかもだけど、何してんの、仕事って」
「リアルを聞いてくるとか、またなの? 付き合いが長いからって、それは未だにタブーなのに」
「そこんとこ、何とか教えて! 俺とヌルラさんとの仲じゃん?」
「監視員」
「カンシイン? なにそれ美味しいの?」
「時給はここの狩りより美味しくないけど、慣れれば楽だから続いてるよ。よかったらゆき君もやる?」
何の監視員だよっ! って、そこまで聞けなかったけど、探せばバイトでも何でもありそうだな。後でググるか。何よりもヌルラさんの中の人が彼女なのかどうかも分からないしな。例え出会ったとしてもだ。
「ヌルラさん~もう一つ、教えて? 中の人は女子?」
「私はヌルラであって、それ以外の何者でもないよ? やだなぁ、ゆき君は」
「で、デスヨネー。すまんかった。じゃ、じゃあ俺はこれで落ちるんで、また一緒に狩ってくだせえ」
「おつー、またのん!」
ふぅ……あぶねえ。リアルジョブは教えてくれたけど、リアル中の性別はさすがにキレられそうだったな。それは駄目だ。マジで長年のフレを失いそうになった。
ずーと、ネトゲしてるけどよくもまぁ、中の人が分からない人らで付き合ったり、結婚出来たりするよな。どうやったらそういう関係にまでなるのか誰か教えてくれっての!
ヌルラさんの言葉を聞いて、気になった俺はカンシインのバイトについてググった。そして、面接へ行くことが決まった。さて、次のバイトでは出会えるのか、不明だ。
ネトゲの中のフレさんに言われたことが気になって、俺はカンシインの求人を探してみた。で、監視員と言えば美術館に突っ立ってたり、椅子に座ってる人のことらしい。
俺はすぐに行動を起こして、バイト面接に行った。運がいいのか人が足りなかったのか、俺は受かってしまった。いや、いいことだけど。
普段来たことのない場所、着たことのないキッチリした服に身を纏って、研修を受けることになった。俺と似たことを考えてた人が多いのか、男も結構来ていた。それでも、圧倒的に女性が多かったけど。これなら恋仲になれる率も低くないんじゃ?
「これからよろしくお願いします~」
隣に座ってた人たちに挨拶を済ませて、館内の案内がてら展示室も入ることになった。室内ではすでにベテランと呼ばれる人たちが仕事についてて、静かに業務をしていた。
おっ! なかなかに美形なお姉様がいるな。是非ともお近づきになりたい。そしてあわよくば仲良しになってゆくゆくは。なんて、ウキウキ気分で適当に絵画を見ながら歩いていると、何故かそのお姉様からお叱りを受けてしまう。
「静かにしてもらえませんか? ここは展示室です。遊び気分でやる所じゃないんです」
「は、はい。スミマセン……」
「ふん……」
おおおお……背筋に冷たい風が吹き荒れたぞ。こ、これがクールな対応なのか? な、何て美しい……こんな人とマジで付き合ってみたいな。たぶんどう見ても年上だろうし、プライベートでもあんな感じで言われたら萌えるぞ。
「気になる子でもいた?」
「クールビューティーな人がいた。マジ美形! って、あなたは林田さんでしたっけ?」
「ああ、うん。てか、キミの方が年上だろ? 同じバイトなんだしタメ口でいいよ。ハヤシダでよろしく」
「だ、だよねぇ。俺のこともユキって呼んでくれ」
「ユキ? へぇ、女の子っぽい名前だな。略してんの?」
「まあね。でも誰かから呼ばれる時はこっちの方が慣れてるしいいなと」
「そか。なら、そう呼ぶ」
ハヤシダという男はどう見ても年下だったけど、親しくなる前にタメで話すのはよくないだろうし丁寧に話してみた。数少ない男の話せる奴が出来て安心を覚えるとともに、ハヤシダとそういう話をしてみるのもアリなのかもしれない。
「で、気になる子は……ベテランっぽい人で展示室にすでに座ってた人」
「うは。アレか。アレは厳しいんじゃね? 年上かもっつってもユキと大して変わらないだろうし。難易度高い所に行かなくても……」
「いや、マジ惚れ! アレしかいないだろ。何としてもバイト期間中に会話が出来るようになりたいぜ」
「あえてそっちを行くやつなのな。面白い奴だね。応援する」
「おぉ! 頼むわ。とりま、仕事真面目にすれば印象残るよね?」
「ああ、そうだね。てか、それしか出来ないだろ。休憩時間に話しかけることが出来るのはベテランだけだろうし。いきなりユキが話しかけたら訴えられるかもしれない……マジで怖い」
「だ、だな。さんくす!」
すでにいるベテランのクールビューティーな女性に惚れた俺。ここから俺の恋が始まるかもしれない。