す、好きですっ!
高校を卒業後、大学へ行くことも無く将来を特にどうすることもないまま、フリーター生活を続けていた。もちろん、彼女はいない。
彼女が欲しいと思っていても、俺は「好き」と言うたった二文字を口に出せないほど、シャイな性格だ。同年代の男友達は彼女がいたり、結婚をしていたり、そもそも恋愛に興味が無いなど実に様々だった。
でも俺は女性を好きになりたいし、付き合いたい想いをずっと胸に秘めたまま生活を送っている。フリーター生活10年目、俺は小6以来の恋を再開する。
これから出会う女性達と俺は、恋をしたい。そして、素直に「好きです」と声に出して言ってみたい。これから働く色んな場所で、恋をして好きになって灰色から輝く色に自分を変えていきたいのだから――
「はぁ、彼女欲しい……恋がしたい」
俺は小さな劇団に所属している。超端役な役者をしながら、ずっとフリーター生活を送っているけど、それまで好きになった人はいないのかと問われれば答えはいない! 日々の生活と生きていくのに必死だったから。
なんてのは真っ赤な嘘で、役者しながらフリーターかつ、ネットゲームにハマっていたからである。俺は廃人と呼ばれるほど、稽古をする時間とバイト以外は、ネトゲ三昧な日々を今まで過ごしてきた。
そんな奴にリアルで好きな人がいると答えられるわけがない。要は、リアルな生活と現実から目を背けていたというのが大筋な所で合っている。
ではなぜ今になって恋人、いや、好きな人が欲しくなったかと言うと、ネトゲの時にもカップルや夫婦は存在していて、チャット上で会話を聞いて羨ましい気持ちがふつふつと浮かんできていたからだ。
俺はゲーム上のキャラでしかその人たちのことを知らないけど、彼らはリアルでも知っているし、付き合ってたり結婚してたりする。そんなのを何年もネット上で見てたら、何だか途端に現実に戻りたくなった。
あー俺のネトゲ生活約10年は何だったのだろう。なんてことを思いながら、今は役者の稽古とバイトの二つだけになった。そして年齢は27にもなってしまった。
俺の所属する劇団はとても小さい。人数は団長含めて8人くらい。団長曰く、「今は弱小だけど、定期的に舞台をしてゆくゆくはプロダクションにしたいんだ」なんてことをほざいてる。
いやいや、それはあんた夢見過ぎだし、団員の俺らにも夢を見させすぎでしょ? 当然だが、チケットを売るノルマがあって、それが全てハケたことは一度も無く、当然のごとく自腹である。
そして、今日の話し合いで急に「新しい団員を募集するぞ。すでにサイトに出しといた」なんて言い出した。
「なんて大それたことを! それでノルマを倍にするとかってことじゃあないですよねぇ? 嫌ッスよ、チケ代上げるの」
「何を言ってんの? チケ代は上げないよ。劇団維持の為にはニューフェイスが必要不可欠なんだ。それも女の子を! 雪利も分かるだろ? 彼女欲しいって呟くくらいなんだし」
「それはそうですけど。それで、人は集まったんですか?」
「それがさ、なんと! 女の子が二人も入るんだ。すごいだろ!」
「おー!! すごいじゃないですか! いつ来るんです?」
「もうすぐ約束の時間のはずなんだが……」
「おはようございまーーーす!!」
聞き慣れない元気すぎる女子の声が、入口辺りから響いてきた。俺も皆も目を輝かせながら、その方向に注目した。
「お、噂をすればだな。キミたち、こっち来て」
おお? ど、どっちも可愛いぞ。やばい、もう好きになりかけてる! って、どんだけ飢えてるんだ俺。
「初めまして、里桜です。お芝居歴5年、21歳です。どうぞよろしくお願いします」
「おはよございますー! 自分、藍生でーす。よろしくでーす」
な、何だか両極端だな。ホントに劇団に入ってくれるのだろうか。
「うん、よろしくふたりとも。それじゃ、君たちはここにいる先輩たちからウチのルールとかを聞いてね。
特に、この雪利に聞くといいよ。じゃあ、あとよろしく、ゆき」
「了解です!」
そう言うと団長は一服しに外へ出て行った。基本的なことは団長が教えるべきなのに、大抵は俺に押し付けて来るから困る。けど、今回は喜ばしい。
「えーと、俺は雪利って言います。歴は5年くらいです。二人ともよろしくお願いしますね」
「あ、同じですね。5年って、役をやられてるんですか?」
「そ、そうですね……」
や、やばい……話しかけられてしまったぞ。確かに説明を兼ねて自己紹介したけど、相手から話を振られるのは正直厳しい。話しかけられただけで緊張って純情すぎるよな。
「ゆきとしさんは偉い人なんですか~? 自分、命令されるの嫌いなんですけど~」
「え、えーと……」
別の子からも声がかかるとは。正直、俺のキャパシティーを越えている。
「すみません、私からこの人に聞いてるんですけど? 待っていただけませんか?」
「は? 関係なくない? ふたりしかいないんだし、ってか、うざ」
うわうわうわ。何で急に口喧嘩が始まるんだ? ど、どうすればいいんだ。で、でもふたりとも見た目がいいだけに俺から注意はおろか、話しかけるのはおこがましいよな。
ここはいきなり告白をして驚かせてしまうのはどうだろうか。これも芝居の一環だと思ってくれれば喧嘩もおさまる様な気がしないでもないし、や、やってみるか。俺は新団員ふたりに声をかけた。
入って来たばかりでどうして喧嘩を始めてしまうんだろうか。これは団長の代わりに俺が止めないと。こ、ここは芝居でどうにかしてみるか。
「あのっ! 里桜さんと、藍生さんっ……好きですっ!!」
これなら意表を突いたと同時に芝居を始めてくれるはずだ。喧嘩している人間には、あり得ないことを言うのが一番効くだろう。
「はい? あの、それって何ですか? 本気ですか? 冗談ですか?」
「はぁぁ!? あり得ないんですけど? 来て早々、そんなこと普通言わないでしょ? バカなの?」
周りの団員に助けを求めて見るも、見て見ぬふりをされてしまった。し、しまった……これって、通じないことなのか? 芝居する人間なら咄嗟に返してくれそうだと思って仕掛けた嘘なのに!
「いや、これは……そうじゃなくて」
「あ。あぁ、そういう意味ですか。それならそうと、初めに言ってくれないと素人は分かりませんよ? えーと、ゆきさん。そして返事ですが、ごめんなさい。タイプじゃないです」
芝居経験者の里桜さんはすぐに察して返事をしてくれた。でも、芝居のはずなのにフラれてしまった。
「あんた、偉そうな奴じゃないのに何なのいきなり告るとか、バカでしょ?」
あー、この子には冗談も効かないタイプだ。芝居やりたいなら、少しはそういうシチュエーションにも反応して欲しいな。って思ってるけど、今更ながらあり得ない告白だよな。
「いや、さっきの告白はお芝居の一環だったんだよね。一応、ここの劇団のお約束みたいなものでさ。相手が女の子だったから、誤解させちゃったけど挨拶みたいなものなんだよ。ごめんなさい」
「そうなの? って言うかさ、そんなお約束してるようじゃ、劇団としてどうかと思うけど?」
藍生って子は、はっきり言う子だ。でもその通りなんだけど。その方針は団長に文句言って欲しい。
「ゆきさんでしたっけ、芝居5年もやっててアレですか?」
「えと、それは……面目ないと言うか。駄目出しすみません」
里桜さんは真面目に芝居して来たんだな。俺は5年在籍してるだけで、超端役だし正直長いだけで上手くないからなぁ。そもそも芝居以外で本当に「好きです」なんて言ったことのない俺に、相手に通じるような好きを言えるわけも無いよな。
「ふぅーースッキリした。ゆき、ふたりに紹介終わった?」
「いや、何て言うか失敗です。俺には告白の芝居なんて出来ないっす」
「あー……それはそうだよなぁ。お前、恋愛したことないもんな。よし、分かった! ゆき、お前しばらく劇団来なくていい。恋愛スキル磨いて来い! バイトしてるんでしょ? そこで磨けるだろ」
「ええええ? 俺がやるはずだった役はどうするんです?」
「だってお前、超端役だろ? いなくても問題ない」
「恋愛スキル磨くって、そんな無茶な。純粋に好きな子見つけて、告白して付き合いたいですよ。別に芝居の為に、そんなことはしたくありませんよ」
「いーや、この際芝居関係なくして、バイト頑張れ。で、仕事しながら恋愛してくればいい。劇団の活動なんていつでも出来ることだしな。2人入って来たことだし、ゆきがいなくても大丈夫だ」
「そ、そんなぁ……」
まさかの告白芝居に駄目だしされ、そこからまさかの追い出されをされるとは思わなかった。ネトゲにハマり、半端な役者をやり……もう俺にはバイトしかないのか。
それなら俺はバイトで本物の好きな人を見つけてやる! そして小6の時のトラウマを克服して、今度こそ好きな人……彼女を作ってみせるぜ。
三話構成ですのですぐ完結しますがお読み頂けたら嬉しいです。