愚者の生き様
私は、賢者か、愚者か、と問われたら、
間違いなく、
「愚か者だ。」と答える。
私が愚か者だから、
自分とは違う考えを持つ人々に出会うたび、
自分の勉強不足を、知らない事がたくさんあるのだと思い知る。
私が愚か者だから、
自分がどう生きれば、誰かを傷つけることなく、
自分も傷つけることなく生きることが出来るのか、わからなかった。
毎日、誰かを傷つけて、
自分の心も傷つけて、
塞がらないうちに増えていく無数の傷に、
誰かを傷つけながら生きていく虚しさに、
私が発した一言に、誰かが涙を流す姿を想い、涙を流した。
私が愚か者だから、
自分の思いが伝わらない日々に、
自分の思いを誰かに伝えるということを、
誰かが、自分が伝えることを諦めて、
納得できるのなら、
幸せになれるのなら、
諦めてしまってもいいのではないかと、悩みながら、
それでは、自分の気持ちが何一つ、
伝わらないだろうという確信に対する、虚しさや寂しさを抱き、生きてきた。
私が愚か者だから、
嘘を重ねて、見えなくなってしまった暗闇の中にこそ、
本当の真実が隠されているのだと感じる。
誰かの嘘を、嘘だからというだけで、
『いけない』という言葉で、
正直ならば、『何を言ってもいい』という一言で、片づけたくはないと思う。
私が愚か者だから、
愚か者だからという理由で、
賢い人の話に耳を傾けなくてもいいなんて理由が、
賢い人だからという理由で、
愚か者なのだから、話が通じないのは当然だと決めつけてしまうことを、
絶対に良いことだとは思わないし、
絶対にそこで終わらせていい問題だとも思わない。
私が愚か者だから、
他人と自分をいつも比較して、
自分にないものを持っている人を見て羨ましがり、
本当の自分を、
本当の自分自身が抱く気持ちを見失って、
何かを取りこぼしながら生きてきた。
私は今、誰の目から見ても、正真正銘の愚か者だろう。
なんせみっともなく、生きてきたのだから。
でも、だからこそ、絶対に書かねばならないだろう。
それがわたしなのだから。
だから、だからこそ、
わたしは愚か者だと思うからこそ、
自分とは違う考えを持つ人々は、
本当に素晴らしいと思える。
『わからない』と一人で悩むより、
『教えてください』と誰かに尋ねる、
その勇気が、どれほど尊いものであるかを感じる。
違うことが、
違いを知ることが、
違いを認めることが出来るということが、
例え何千何万と生まれ変わり、
同じような人生を歩いたとしても、
決して前と全く同じものを出会うことは出来ないのだと、
他人の気持ちを、
他人の言葉を聴くことの出来る自分の気持ちを、
認めようと頑張る、あなたの為に贈りたい。
わたしは愚か者だと思うからこそ、
誰よりも、何よりも、
誰かを傷つけ、自分も心も傷つけ、
涙を流したと思うからこそ、
悲しみを味わったからこそ、
疲れて休んでいる誰かを絶対に足蹴にし、意味のないものだと言いたくない。
むやみに誰かを傷つけたいと思わない。
その休みこそが、あなたのこれからの為になると、
前がどこにあるのか、
見失ってしまって動くことが出来ず、
涙を流すあなたに、
どんなときも汗を流して頑張ってきたあなたに、
あなたの涙は、汗は、美しい雨なのだと、
雨が止んで、
目の前に広がる曇り空に、
前を目指そうと一歩踏み出す、
あなたの輝く瞳は、
正しく全てに光を当てる、太陽そのものなのだと、伝えたい。
わたしは愚か者だと思うからこそ、
あなたの思いは、どんなものだろうと、
あなたが伝えないことを諦めない限り、
絶対に誰かの心に届くと、
今まで共に生きてきた虚しさや寂しさこそ、
いつか、大切な誰かを気遣うことのできる、
素晴らしい気持ちの核なのだと、
私は、自分の伝えたいことを諦めきれなくて、悩んでいるあなたに伝えたい。
わたしは愚か者だと思うからこそ、
そこから真実を見出すことが出来る限り、
嘘の全てを否定してはいけないと、
嘘をついた人が、嘘がいけないのではなく、
嘘の意味を、遣い方を、真実を見つけ出そうとする者が、
間違えた認識のまま、誰かに教えてはならないのだと、
例え純粋な正直だとしても、
誰かの涙を踏みつけて、嘲笑するような、そんな正直を、
正直と言ってはいけないのだと、
私は、正直こそが賢さであると信じている、あなたに言わなければならない。
わたしは愚か者だと思うからこそ、
愚か者も、賢い人も、
あなた自身が、
愚かさも、賢さも、全ての可能性を持っていると、
私は、ここまで自分の気持ちを大切にして、生きてきた全ての人に謳いたい。
わたしは愚か者だと思うからこそ、
本当に大切なものだけは、絶対に他人と比較しない。
自分にないものをただ周りに流されて求めるより、
自分が今、持っているものを道標にして、
自分だけの途を、進み続ける。
私は他人とではなく、過去の自分と比較し続ける。
愚か者の私には、
賢く上手に生きるような生き方は、似合わない。
愚か者のわたしには、
例え歪んでしまっても、
馬鹿な生き方と言われても、
誰からも美しいと言われることがなくとも、
わたしの胸で、
くすんだとしても確かに輝く、
自分らしい、私なりの意味を持つ。
『愚か者』
その生き方がよく似合う。




