『我がダンジョンに冒険者が侵入し好き勝手していきます。助けてください』
私はダンジョンコンサルター。ダンジョン経営に悩む人の為に知恵を絞り成功に導く、まあ、そこそこ素晴らしい仕事だ。
中でも私は優秀なコンサルターだ。今まで手直したダンジョンは数知れず、こんな辺鄙な場所で働くのが勿体ないくらいだと自覚している。
さて、今日送られてきた依頼なのだが、ベテランの私でさえ面食らった。というより呆けてしまった。
『我がダンジョンに冒険者が侵入し好き勝手していきます。助けてください』
ダンジョンとは得てしてそういうモノである。迷宮を作り、宝を用意し、人間を招いてはその人間から金品を巻き上げ更にダンジョンを広める。
そのうえで宝を奪われたり迷宮を壊されたりというのは仕方の無い事なのだが。
「この人はアホなんですか?」
「口を慎みたまえ! 依頼主はデーベッド家のご子息だぞ!」
これは失礼。つい口を滑らせて上司にどやされてしまった。
デーベッド家といえば有名な竜人族ではないか。現当主のダンジョンは金で彩られた歴史ある巨大迷宮だ。率直に言うと悪趣味でお下劣で成金趣味の時代遅れ、というのが私の評価だが。
「今回の仕事が上手くいけば例の件、本社に口添えしよう」
「マジすか」
例の件、つまり本社への転勤だ。遂に私にチャンスが回って来た。そうとなれば今回の仕事は失敗は許されない、まあ一度もしたことないが。
私は小さな翼を羽ばたかせ、ちょっとだけ意気揚々と依頼主の下へ向かった。
・ ・ ・
「待ってくれ! それまだ熟していない! ああ、畝を踏まないでくれ!」
「ッッるせーぞ! しけたダンジョンしやがって!」
「こんなもんいくら食ったって財布の足しにならねえぜ!」
上空をパタパタと飛びながらダンジョンを見ていると、ちょうど冒険者らしい人間と……それに縋りつく竜人がいた。
人間は唾を吐き捨てながら立ち去り、見えなくなった所で泣いているダンジョンの主らしき竜人の下へ降りた。
「ううぅ……せっかく実ったのに、またやり直しだ……」
「泣いているところ申し訳ありません。ドルテラ・デーベッド氏で間違いないでしょうか」
「……あ、ああそうだ、僕がドルテラだが」
「依頼を受けてはせ参じました、ダンジョンコンサルターの――――」
「おお! 来てくれたか、良かった! ささ、立ち話もなんだ、ダンジョンの中へ入ってくれ!」
と、まあ自己紹介のままならないままダンジョンに迎え入れられた訳だが、なんというか。
「随分個性的なダンジョンですね」
「そ、そうかい? そう言われたのは初めてだな。ははは」
「皮肉ですよ」
「……あ、そうなの」
しかし本当に個性的なダンジョンだ。色鮮やかな花や甘い香りのする果実。ゴーレムや虫型モンスターがせっせと畑の手入れをしている。
流石名家のご子息、あのような雑魚モンスターでさえ並々ならぬ魔力を感じる。しかし、さっき冒険者は怪我一つなかった。そもそも――
「あの虫、毒針の無いモノですよね?」
「ああ、危ないからね」
「ゴーレムは戦闘用ですよね?」
「いや、あれは畑の手入れを任せているんだ」
「では侵入者の迎撃はどうされているのですか? まさかダンジョンの主が直々に相手をする訳ではないですよね?」
「そんな事しないよ、僕は争いが苦手なんだ」
「左様ですか。では戦闘要員は何処に?」
「そんなのいないよ。言ったじゃないか、争いは苦手なんだ」
はて、この人は何を言っているのでしょうか。このタイプのダンジョンは戦力を整え金品を奪い蓄えるモノだ。そのうえで戦いを否定するのはダンジョンそのものの存在の否定だ。
こんな家庭菜園の真似事のようなダンジョンはせいぜい趣味の範囲ですれば良い。わざわざ私を呼びつけるような事するまでもなかろう。となれば……
「何か理由があるのですね?」
「……そうなんだ。シューマ家の息女、サリエさんと縁談が持ち上がって……」
「惚れている、と?」
「う、うん……幼馴染なんだ……」
ダンジョンの出来は主の実力が如実に表れる。武力、知力、性格、生き方までがハッキリと。
故にダンジョンの出来によって婚姻を結ぶということは良くあった。カビの生えたデーベッド家当主らしい。
「ではダンジョンの方向性を決めましょう。貴方様であればスタンダードな迎撃型、竜人であれば街を襲撃して財宝を奪う略奪型があります。戦闘を望まぬのであれば侵入者から魔力を奪う吸収型、こちらは死霊族でもなければ無意味ですが」
「待ってくれ、その、できれば今のダンジョンを維持したいんだ。無理なお願いだろうけど……。ダメだろうか」
「はあ? トチ狂ってんですか?」
ダンジョン内部に手を加えず菜園を嗜むならば、これを活かしてカフェでも開けば良いのでは。しかしそれをメインとするのは弱すぎる、成算が立たない。
ならば入場料を取るという形はどうだろうか、「時間内に制覇すればお宝が貰える」「入場料は掛かるけどそれに見合った財宝がある」とか。数年前に局地的ブームが起きたものだが……、この方向性にしてみようか。
あとは侵入者の迎撃だ。戦いを好まない主の為に頭を捻る必要がある。パターンとしては迷路を作ったり、謎解きを仕掛けたり、といったところか。
「と、まあ、あとは侵入者を怖がらせるトラップを仕掛けたり、ですかね。参考としてドルテラ様は何か苦手な物はございますか?」
「僕かい? 僕はゴーストが怖くてね」
「子供ですか」
「あとワイバーンに乗るのが怖いんだ。上空から垂直に急降下するのは今になっても背筋が凍るなぁ」
「失礼ですがあなた竜人ですよね」
何はともあれ参考程度にしておこう。
迎撃に関しては追々進めていくとして、次はダンジョンの目玉だ。豪華な財宝を吊り下げればそれだけで冒険者は釣れる。
「ドルテラ様は何か好きな物はございますか?」
「僕かい? 僕は小さい頃から勇者が好きでね」
「は?」
「人間たちが読んでるだろ? 魔王を倒す勇者の冒険譚とか絵物語さ! あれは良い物だ、夢と希望が詰まっている!」
「はあ、そですか」
依頼主の意見を尊重するのも私の仕事だが、これは聞き流しておこう。
改装作業は私の今までの経験と伝手とコネを使えばあっという間に終わるだろう。
あとは宣伝か。どんな立派なダンジョンを作ろうと知名度が低くては話にならない。手っ取り早いのはダンジョン情報誌に載せたりチラシを撒いたり、古い手だと口コミだが。
そういえばこの近くには大きな街があった、それを利用しよう。
・ ・ ・
「ぐわっはっはっは! 人間よ恐れおののくが良い!」
「あーれー」
「我はあの山の麓に住まうドラゴンだ!」
「おーたーすーけー」
「この娘は我が預かった! 救いたければ我がダンジョンに挑む事だな!」
「いーやー」
「まあ、今は改装中なので実際に来るのはあと一ヵ月程待ってからにして欲しい」
「たーべーらーれーるー」
「それではさらばだ、愚かな人間共よ! ふははははっ!」
「あー」
・ ・ ・
「いやあ、久々に竜に変身すると疲れるなぁ」
「しかしこれで宣伝はバッチリかと」
「ううん……、そうかなぁ、あの演技はちょっと酷くないか?」
「ドルテラ様は素人なのですから、そこはお気になさらなくてよろしいかと」
「……キミの演技力のことだよ」
・ ・ ・
『遂に完成! ドラゴンランド開園!
襲い来る九つのアトラクションをキミは制覇する事ができるか!?
目玉は勿論! 高度100mからの爆速垂直降下! ワイバーンジェットコースター!
園長のお勧め …… ブレイブ・オブ・ドラゴン
あの有名童話が遂に体験型アトラクションに!
さらわれた姫を救う為に立ち上がれ勇者! 衣装貸し出し有・持ち込み可
園内で食べる絶品スイーツ特集!
今日のおすすめ。季節の果物をふんだんに使った特製タルト』
・ ・ ・
『どうも、先日ダンジョンコンサルでお世話になったドルテラ・デーベッドです。改めてお礼をいうべくお手紙させていただきました。
あれからというものドラゴンランドは好調です。来客数も右肩上がりに増えています。なんとお礼を言えばよいのか。とにかくありがとうございました。
シューマ家との縁談はこの手紙を書いている今はまだですが。届くころにはまた進展があると思います。
その時はまたお手紙をさせていただきたいと思います。
重ね重ね、本当にありがとうございました。』
私は手紙を懐に仕舞った。経営は順調なようだ。
ダンジョンコンサルの仕事は時流を読むのが重要だ。冒険者が何を求めているのか敏感に感じ取り手早くそれを取り入れなくてはならない。
最近の傾向ではハードな戦い、頭が痛くなる謎解き、疲れるだけの迷宮探索、というのは敬遠されがちだ。
だからといって冒険者は「完全な癒し」を求めない。緊張感、恐怖、驚き、ドキドキやワクワクといった刺激を常に欲している。
なのでこうやって『癒し』と『刺激』を一緒くたに詰め込んだダンジョンを作ったのである。
それに、あれなら冒険者以外の一般人でも十分楽しめる。あとは周囲の森を切り開いて道を作り、宿なんかを用意すればもっと良くなるだろう。
さて、今回の仕事も成功だ。非の打ち所がないと言っても良い。これからは本社勤務、遂に私はエリート街道に乗ったのだ。
「キミはクビだ」
「は?」
・ ・ ・
「すまない……、父が、その、このダンジョンは気に入らなかったようで……圧力を掛けてしまった……」
「お気になさらずに、古い御仁であればこういった物を受け入れられないという事は予想すべきでした」
結局エリートどころか職無しにまで堕ちてしまった。なんとまあ腹立たしい物だが、受け入れるしかないでしょう。
「ところで、縁談の方はどうされましたか」
「ああ、それなら上手く行ったよ! 彼女もこのダンジョンを気に入ってくれて、まあ、やっぱり向こうの父君には不評だったけど……」
「左様でございますか、縁談が上手く行ったのであれば私も嬉しい限りでございます。しかし、不評という事は」
「駆け落ち、ってところかな」
「左様ですか」
とりあえず今日の所はダンジョンの様子と顔を見せに来ただけ、手直しをする事も無い。
私は一礼をして踵を返して立ち去ろうとして、呼び止められた。
「ま、待ってくれ! キミは父上のせいで職を失ったのだろう? 良ければここで働かないかい? キミがいると心強いんだが……」
「お気持ちだけで十分でございます。幸い、次の職も決まっておりますので」
「そ、そうか、それは良かった。なんの仕事をするんだい? キミならなんでも務まりそうだが……」
「冒険者でございます。幸いダンジョン攻略には長けておりますので。手始めに悪趣味でお下劣で成金趣味の時代遅れでカビ臭いドラゴンの迷宮を叩き潰そうかと思いますです」