表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美少女になりてえよなぁ  作者: 釜蔵
我が道進む百合水仙
97/181

魔王

 しんとした屋敷の廊。普段は使用人が足音が忙しなく聞こえるその廊も、今は時が止まっているかの様な静寂が支配している。

 その静寂を破り、二人の人影が廊を進む。

 重く森閑とした空気とは裏腹に、一人は軽快に歩み、一人はその後を続いていく。


 二人は一言も発さずに、扉の前へと辿り着く。

 扉に手を掛けると、そのまま勢いよく開いた。

 


「……」

「……アレ?」



 その扉の向こうには自身の志に共感し、この屋敷に集った同士達が――いなかった。

 部屋内は、誰かに荒らされた様な痕跡が残っている。壁に大きな穴が空き、窓ガラスが床へ散り、空き巣が入ったかの如く荒れ放題であった。



「これはアレか、ドッキリって奴か? アウレア」

「知らないわよ。あのチクチク眉毛が、この部屋だって言ってたの」

「おかしい……きっとハメられたんだ。カルミア辺りが一枚かんでいるに違いない」

「あの陰湿なクズでも流石に無いでしょ……アンタが呼んだんだから」



 後ろで呆れた表情をするアウレアに、目の前で一人悔しがっている男……ルコは、部屋に入ると上へ手を翳す。



「……ああ、一つ上の階に集まってるみたいだ。アウレア、魔力を機敏に感じ取れる君なら分かっていたんだろう? ちゃんと案内してくれよ」

「私の所為じゃないわ。叩くわよ?」

「もう叩いてるじゃないか」



 がすっと頭を叩かれつつも、アウレアの方を向く。



「叩いたところで痛くなんかないでしょ。そんな体じゃ――」

「心が痛むんだ」

「バカが」

「せめてもうちょっと嫌悪感を抑えてくれないかな?」



 冷たい視線を受け流し、その荒れた部屋から上の階へと向かう。



「アウレア、部屋を間違えた事は言わないでくれよ? 恥ずかしいから」

「子供か。と言うか、間違えて無いわ。恐らく誰か暴れて部屋が使い物にならなくなっただけでしょ」

「リブラコアくん辺りがやったのかなぁ。修理費を出すのは私になるんだから、もうちょっと抑えて欲しいな」



 隣の従魔を見ながらそう愚痴ると、アウレアはさっと目を逸らす。



「仕方ないわ。この屋敷が脆いのが悪いのよ」

「そんなキュールシャックみたいな事言って」

「あんな痛い仮面野郎と一緒にしないで」



 心底嫌そうな表情をして、アウレアはぱきぱきと指を鳴らしている。

 その喧嘩っ早い所をなんとかして欲しいと言ったのに。と、ルコは口に出さず心に仕舞い話を続ける。



「さて、急ごうか。遅れてしまったからね、誰か痺れを切らして帰ってしまうかもしれない」

「アンタがギリギリまで実験してたからでしょうが」

「行けるところまで行きたくなってしまうんだ。せめて、キリが良い所までやらないと気になって仕方ないじゃないか」

「これだから学究肌は」



 ルコは急ごうと口で言いつつも、ゆったりと上の階へと向かって行く。

 そんなルコの後を、アウレアは急かす様に後ろからどついて進むのだった。


















 部屋を移ったカルミアは、椅子に座るなりヴィルポート伯へと尋ねる。



「で、まだなの? 僕こう見えても忙しいんだけど」

「所用が済んだとの事で、直ぐにこちらへ来ますよ」

「所用て。私事わたくしごとの自己満足な研究だろう?」

「まぁ、有り体に言えばそうなるでしょうか」

「やれやれ」



 モルセラに紅茶のおかわりを注いでもらおうとしたその時、部屋の扉が開かれた。

 その瞬間、全ての――いや、数名を除いて、部屋にいた者は警戒態勢に入る。

 その扉を開けた男。白衣に身を包んでおり、全身が青白く、至る所に刺青の様な模様が施されている。カルミアが感じたのはその異常な外見だけでなく、ピースコール以上の魔力を扉を開いた途端に感じた。


 その男は、部屋へ一歩踏み入れると、部屋にいた者を一人ずつ見回し始める。

 数名のうちの一人。ピースコールは、その者が入るやいなやその場で跪いた。



「……君、もしかして、ルコかい?」



 嫌な緊張を全身に感じながら、それを顔に出さない様に、カルミアはその男に聞いた。

 その様子を、モルセラは目を丸くして見ている。このような主人の反応は初めて見たからだ。顔には出ていない物の、普段から主人の姿を見ていたモルセラなら、カルミアがいつもの調子ではない事を理解できた。



「……ああ、カルミア。久しぶり。相変わらず小さいままなんだね」



 その刺青の男――ルコは、にこやかにカルミアへと返事をする。



「君は……随分変わったねぇ。まるで――」

「まるで、別人みたい?」

「……ああ。今も疑ってるよ。この部屋にいる皆もそうだろうさ」



 カルミアが知るルコとは、姿も違えば魔力の量も違った。

 しかし、後ろから見知った狐耳の女性が現れると、次第に警戒を解いていく。



「フン、どいつもこいつも嫌疑な目ね。ルコ、アンタやっぱナメられてんのよ」

「君は直ぐそうやってマイナス方向に考えて……そりゃ知らない人が入ってきたら警戒するだろうさ」



 笑いながら、狐の耳と尾が特徴的な女性――アウレアを引き連れ、ルコはヴィルポート伯の元へと向かう。



「シヴァ。君がさっき言ってた部屋が半壊してるんだけど?」

「これは失礼致しました。勘違いから、死霊術師殿とキュールシャック殿が少し揉めましてね。部屋が滅茶苦茶になってしまったので、移動をしたのですよ」



 ルコは、ローブの人物――死霊術師に目を移す。死霊術師は肩を竦め、反応を示した。



「ですが、アウレア様がいらっしゃれば問題ないかと思いまして」

「勝手に余計な仕事増やすんじゃねえよ、クソ眉毛野郎が」



 アウレアがガンを飛ばすと、ヴィルポート伯は重ね重ね申し訳ありませんでしたと、頭を下げる。



「まあまあ、良いじゃないか。遅れたのは私の所為だからね」

「つきましては、後ほど修理代の請求をさせ」

「みんな! よく来てくれた! 直接会った事ない人もいるし、そもそも姿形が以前と違うから、軽く自己紹介しようか。……ピースコール。君も楽にしていいよ」

「はい、承知しました」



 ヴィルポート伯の言葉を遮り、ルコは辺りを見回す。

 声を掛けた者が全員集まっている事を確認しつつ、紹介を始める。



「初めましての人は初めまして。他は、久しぶりだね。僕がルコだ。正式な名前は――いいか、興味も無いだろうし。まずは、そうだな。この姿を説明しなきゃいけないね」



 さっぱりとした紹介から始まり、ルコは話を続ける。



「端的に言うと、これはね。魔王の体を頂いたんだ」

「……何?」



 リブラコアが、鋭い視線をルコへと向けた。他の者も、一様にルコへの懐疑心を強めた。

 その様子に、アウレアが顔を顰めた。



「リブラコアくんが警戒するのも無理はない。君は教会の人間だからね。魔王とは最も敵対してる勢力だろう?」

「まぁな。魔王が発生したら、率先して対処に当たるのが教会だ。第一、魔王ってのは人類の敵だ。教会所属であろうが無かろうが、俺なら必ずぶっ殺しに行く。それが、例えお前でもな」

「はあ? テメェなんかがルコに勝てる訳無いだろうが」



 アウレアが、リブラコアへと啖呵を切る。

 一方のリブラコアは、先程カルミアと喧嘩した時とは裏腹に、冷静にアウレアを見ている。



「アウレア。話してるのは私だ。挑発するのはやめてくれ」

「……チッ」



 アウレアを宥めると、ルコは再びリブラコアの方へと向く。



「安心して欲しい。と言って、はい安心しましたとはならないだろうけど。まぁ、少なくとも人類の敵にはならない……いや、違うな。元々今の人類に敵対するべくここにいるんじゃないかな? 君もそうだろう? リブラコア・フラッタ」

「……」



 その一言だけで、リブラコアは言葉を詰まらせる。

 ルコはリブラコアだけでなく、ここにいる全ての者に、優しく語り掛ける。



「元々ね。今の世界が気に入らない、必要無いと。傷嘆しょうたん慨嘆がいたん愁嘆しゅうたん悲嘆ひたん。失望し絶望した者が集っているんだ。今更、魔王が云々なんて些細な事だ」



 演説するかの如く言葉をまくし立てるルコ。



「そう思わないか? 『三眠』のクーヤマーヤ。人の限界を感じたのだろう? 『汪騎士』サントリナ・コットン。この呪われた世界を必ず変えて見せると言ったじゃないか。『占術師』ブローディア」



 まるで意思の確認をする様に、一人一人語り掛ける。



「シヴァ・ディーゴ・ヴィルポート。君はクールなスマイルの似合う素敵な貴公子であり、堅実に領を治める才もある有能な領主だが――その心の奥底で煮えたぎる怒りは、出会ってからもずっと絶やさずにいるね」

「……ルコ様」



 ヴィルポート伯は信奉した様な表情でルコを見ている。



「インカ。後悔し続けるのは疲れただろう? 今こそ、その悔恨を打ち破る時ではないのか?」

「ああ。既に覚悟は決まっている」

「君は単純明快で気持ちが良いね。いや、誉め言葉だよこれは」


 

 インカは視線を少し逸らすも、そのギラギラとした眼でルコを見定める。



「ああ。まさか君が来てくれるとは」

「――」

「そうだね。この状況を一番に渇望したのは君だ。『死霊術師』――」



 そこまで言うと、死霊術師はルコの会話を遮るように手を前に出し、首を振る。



「そうかい。まだ、決心がつかないんだね。大丈夫だ、時間はたっぷり……とは言えないが、君が考える時間くらいはあるだろう」

「――」

「それと。アウレアを助けてくれてありがとう」

「……フン」



 そう言って、ルコは死霊術師に頭を下げる。

 アウレア当人はと言うと、鼻を鳴らしてそっぽを向いている。



「はは、ははは!」



 突如笑い出したのは、その様子を見ていたカルミアであった。



「どうしたんだい? カルミア」

「いやいや、相変わらず扇動が上手だねぇ」

「扇動ではないさ。皆、自分の意思でここにいるんだ」

「そうなる様に煽るのが扇動だろう? ま、彼らはそれを理解してここにいるんだろうけど」



 挑発する様にカルミアは喋くる。

 また始まった……! と、モルセラは諦めの表情でカルミアの話を聞いている。



「カルミア・シリル。君は――」

「やめとけよ。僕と君は対等だろ? 僕には消したい物も無ければ、為したい事も無い」

「そうだね。君は、既に自分で全て消したい物は消して、為すべき事は為したからね」

「はは、そゆこと。僕はただの傍観者さ」



 肘をつき支えていた顔を上げ、不敵な笑みを見せる。



「では、親友よ。私の為す事を見届けてくれ」

「いちいち仰々しいんだよね、君。素直に世界征服しまーすって言えば良いのに」



 揶揄う様に、悪戯な言葉をルコへとぶつける。

 ルコはくつくつと笑いながら、カルミアへと返答した。



「征服とはちょっと違うかな。私はね、この世界を一新させたいんだ。余りに未熟で、不甲斐ないこの世界をね。だから、まず始めにその第一歩として。世界のシステムを弄ってみた」



 息をふっと吐いて、ルコは天を仰ぐ。



「定期的に出現する魔王――その魔王の因果プログラムを断ち切り。強制的に現界させる。その結果が、今の私だよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ