ヤバいかもねぇ
「……こんなに違うものなのですね」
「流石は領主の従者だな。紅茶なんてポットに草いれてお湯いれてかき混ぜるだけだと思ってたぜ」
「いえ、流石にその認識はどうかと……」
ピースコールはモルセラが淹れ直した紅茶を口に含むと、思わず感嘆の言葉を漏らす。
「モルセラを拾った時は、まず紅茶の淹れ方。そして僕の菓子の趣味だけは徹底して覚えさせたからねぇ」
「いや、まず家事とかじゃねえのかよ」
リブラコアのツッコミを無視して、カルミアはカップに口を付ける。
カルミアが落ち着いたのを見て、モルセラは一息ついた。まさか出先で紅茶を淹れる事になるとは思わなかったが、これで主人が大人しくなるなら安い物だ。
「では、他の方々の分を――」
「私がやりますよ。モルセラさんはカルミアさんの護衛に戻って下さい」
モルセラが持っていた人数分のカップを、ピースコールが受け取るとそのまま配給し始める。
「何? 他の奴の分まで淹れたの? 君、そんな律儀だったかい?」
「いえ、ピースコール様に頼まれたので」
「へぇ、コミュ障の君が僕無しで話なんて出来たのかい?」
孤児院で拾われてから、ほとんど貴方としか話してないから仕方ないじゃない!! と、言える筈も無く、モルセラは無表情で頷いた。
「はは、そうしょげるなよ。きっと君にもイイ人が出来るさ。……ああでも、そこのチャラいのは勘弁しておくれよ?」
「イチイチ人を馬鹿にしないと気が済まねえのかテメェは」
リブラコアを揶揄いつつご機嫌に笑うカルミア。
かたやエルフ領の領主、かたや各国幅広く布教されている『アルタ教会』の重鎮。どちらもそうは思えないほど軽薄で、まるで喫茶店で会話するかの如く会話を楽しんでいた。
しかしその和やかな雰囲気が、唐突に切り替わる。
ガシャンと、ガラスが割れる音が聞こえると同時に、数本の矢が室内へと入り込む。
「ああん?」
「――モルセラ」
リブラコアがその矢を素手で受け止め、それと同時にモルセラもナイフで弾く。
それを皮切りに、各々が迎撃を始める。
「なんだい? この手荒い歓迎は。もしかしてハメられたって奴かい?」
「だとしたら……燃えるな!!」
リブラコアはもう片方の手で、更に撃ち込まれた矢を掴む。
「君ってさ、もしかして相当頭悪い?」
呆れながらも、紅茶を一口飲みこむ。
自分でああは言ったが、あの領主が裏切る事は無いだろうと確信がある。だからこそ、この襲撃は何だろうとカルミアはいまいち図りかねていた。
思考を巡らさせていると、先程割れたガラス窓の向こうから、黒いローブ姿の人物が転がり込んで来た。
「おっと、下手人の登場か?」
「いや、それはあっちだろうねぇ」
「おお? 外にもいるのかぁ?」
飛んできた矢が、正確にローブの人物へと定め飛来する。
その矢を、ローブの人物は当たる直前で仰向けに避けながら真上へと弾いた。
「ヒュウ、アクロバティックだねぇ。モルセラ、君もあれやってよ」
「嫌です」
「……一応出来るんだねぇ」
モルセラが淡々と矢を弾く横で、リブラコアが立ち上がると、掴んだ矢を握りしめる。
「返す――ぜェッ!!」
乱暴に投げ捨てられた矢が、一直線に元あった場所へと帰還する。
その直後、投げた先から岩が爆ぜた様な音が屋敷を襲った。
「馬鹿力だねぇ。一応この会合、極秘なんだけど? あんまり大きな音出さないでくれるかな?」
「こんな不遜な輩を屋敷にアゲてるのが悪ィだろ」
「違いないねぇ。ピーコ、これどうなってるの?」
ピースコールに事情を聞こうとするが、当人はと言うと、やってしまったというような、青い顔で俯いている。
その後、ぺこぺことこちらへ向けて頭を下げている。
「はああ、その。すみません。これは色々手違いがございまして――」
「ピースコールよ!! その不法侵入者をさっさと拘束するのだッ!!」
『然り』
外から現れたのは、顔の半分を仮面で隠した青年だった。
そして、不法侵入者と呼ばれたローブの人物は、手を軽く上げて呆れた様に首を振っている。
青年の手には弩が握られている。それを見て、部屋内にいた一人の男が斬りかかる。
「グッ!! 何だ貴様!!」
「不法侵入者は貴方だろう。折角のティータイムが台無しだ」
剣を握り、弩手へと斬りかかった男はそう言うと、そのまま続けて弩手へと剣を振り下ろす。
その剣をピースコールが弾くと、制止する様に声を上げて話し出す。
「ちょっと待って下さい! その者は――」
「ええい小癪な。矢の錆にしてくれるわ!!」
「キュールシャック。少し黙っててもらえますか?」
『……然り』
弩手――キュールシャックは弩を下げ、対面の男も剣を納める。
「この者は私達の同士です。ルコ様から見張りを仰せつかっている筈だったのですが――」
「ああ、その通りだ。で、そこのローブが勝手に入ってきたのを撃退しようとしただけである」
『然り』
「その『然り』ってのなんなの? キャラ付けなのかい?」
『……』
カルミアの横やりを無視し、キュールシャックはローブの人物を睨み付ける。
「ったく、穏やかじゃねえなぁ。普通、領主の屋敷に向かって矢を乱れ撃ちするか??」
「乱れ撃ちではない。正確に的を射ている」
「お前やっぱ襲撃者だろ」
ミシリと音を立てて、リブラコアが鉄製の矢を握り潰す。
「キュールシャック。皆様に謝罪を」
「はぁ? 何故某が――」
「……」
「ぐお……なんだそのいつになくドギツイ視線は……」
暫く睨みつけられたキュールシャックは遂に根負けする。
「その、なんだ。この程度で騒ぐとは思っていなかった。すまぬ」
「いやひでぇ謝罪だなオイ」
「俺は悪くねぇ感が前面に出てるねぇ」
『こいつ大馬鹿だべ』
『んだなぁ』
謝罪らしからぬ謝罪に、リブラコアは気が抜けたのか椅子へと座る。先程斬りかかった男も、警戒を解きキュールシャックに背を向ける。
モルセラは、この空気どうするんだろう…と思っていた時、タイミングが良いのか悪いのか、ヴィルポート伯が戻ってくる。
「大変お待たせしました皆様方。……おや」
眼前に広がるのは矢で穴だらけになり、ガラスが散乱としている部屋であった。
ヴィルポート伯の後ろにいた、幼さを残した少女が驚いている。
「はへぇ、めっちゃ荒れてますね~」
「戦闘の後だな。やったのはヤツだろう」
インカが、キュールシャックを指し示す。
キュールシャックは全く動じず、領主へと頭を下げた。
「すまぬな領主。この不届き者のせいで部屋が荒れた。許せ」
部屋を荒らされ、極めつけは責任を擦り付けた無礼な謝罪である。
流石に怒るんじゃないかとカルミアはワクワクしながら、モルセラは面倒な気持ちで成り行きを見守る。
「流石にそれはないでしょう……申し訳ありません、ヴィルポート伯。後でこの者にはきつく言い聞かせておきますので」
「ハァ? 何故貴様がそんな偉そうなのだ」
「こっちの台詞ですよ!!!」
ヴィルポート伯はそんなやり取りを見ながら、にこやかに口を開く。
「何、キュールシャック殿は自身の仕事を全うしただけ。お気になさらずに」
「しかし――」
「ピースコール殿、貴方は魔族の代表なのです。もう少し胸を張って、堂々と、強かな振る舞いをするのがよろしいかと」
『なんだべこのチクチク眉毛。偉そうな事あるじ様に言うんじゃ――むぐぐ』
「ええ、心に留めておきます」
アルラウネのヴェガの暴言を止め、口を抑えながら頭を下げるピースコール。
心からそう思っているのか、何一つ嫌味なく言い切るヴィルポート伯をつまらなそうにカルミアは見ていた。
「まぁ、君はそう言うよねぇ。はーつまんな」
「そう仰らずに。皆さん、流石にここでは落ち着いて話も出来ませんので、場を改めましょうか」
「あっさり流すよな。変わった領主だぜ」
「はは、良く言われます。インカ、案内をお願いできますか?」
「ああ、分かった」
リブラコアが再び立ち上がると、部屋の外へといち早く出る。
「貴方も付いて来て下さいますか? 死霊術師殿」
「――」
「ええ、ええ。分かっておりますとも」
黒いローブ……死霊術師と呼ばれたその人物は肯定のジェスチャーを掲げると、ヴィルポート伯の横を通り過ぎ、インカへと付いていく。
「では、某は見張りへと戻るぞ」
「キュールシャック殿。出来れば次からは穏便にお願いしますね?」
「善処しよう」
『然り』
キュールシャックは窓から飛び出し、再び所定の位置へと戻っていった。
「善処する気ないよねぇ、あれ」
「再び荒らすようなら、次は有無を言わさず斬り捨てましょう」
「君も大分穏やかじゃないねぇ。ええと?」
「サントリナ。一応、ストレチア王国の騎士ですよ。カルミア伯」
「ああ、いたねぇそんなの。君だったんだ」
サントリナと名乗った銀髪の男は、カルミアへ軽く会釈するとリブラコアへ続いて外へと出る。
「カルミア様、今のは……」
「サントリナ・コットン。汪騎士と呼ばれ、王都を守る騎士長の一人……だったかな。あまり政治や軍事に興味ないものでね、うろ覚えだよ」
「騎士まで来ているのですか」
先日出会った、かのセントレアと並び五指に入る実力を持つ、汪騎士。
そんな国へ忠義を誓った騎士が、国を傾ける企てに参加している。
「教会に、伯爵に、魔族に、騎士。それに傭兵や冒険者も加わって。これはいよいよもってこの国――ヤバいかもねぇ」




