名前が長いなぁ
カルミアが領主の屋敷へと向かうと、外にはぎっしり、と言う言葉がふさわしい程の兵士が屋敷を囲む様に警備しているのが見えた。
「随分厳重なのですね」
「普段よりも暑苦しいねぇ。騒ぎに乗じて不届き者が来るとも限らないからねぇ」
「あの兵士達、額から角が出ていますね」
「昨今、獣人の兵士も珍しくないだろう?」
遠くからそんな兵士たちを眺めつつ、屋敷へと近づいていく。
さて、また止められると面倒だなとカルミアが思案していた時、門から二人の男が出てきた。
1人は警備している兵士とは違い、着飾った服でどこか堂々としており、『貴公子』と言うに相応しい物腰だ。
もう1人は、頑強な筋肉を見せつけながらもどこか紳士的な歩き方をしており、ここにいる兵士たちと似たような服装をしている。
その男も、他の兵士同様に額から角が出ている。
その二人の男は、まっすぐにカルミアの元へと向かう。
「ようこそヴィルポートへ。お待ちしておりました」
その男はそう言ってから、カルミアへ一礼をする。
後ろについていた大男もそれに続く。
「領主自ら来るとはねぇ。暇なのかい?」
「いいえ、何事も優先事項がありますので。かのカルミア伯にお越し頂いたのですから、私自ら出向くのは当然でしょう」
カルミアの皮肉を躱しつつ、笑みを浮かべながらも、ヴィルポート伯は毅然とした態度でカルミアへと返答する。
「爺共にいびられて参ってるかと思ってたのにそうでもないねぇ」
「ええ、表に出していないだけで大層参っていますよ。何せ、あの火竜を失ったのですからね。鬼の首を取ったように突っつかれていますとも」
「そりゃウケるね」
そう言いつつも、まるで意に介していないかの様な態度でヴィルポート伯は語る。
「積もる話もございますが、ここでは何ですので屋敷に参りましょうか」
「そうだねぇ、糖分が切れちゃったよ。ヴィルポート名物の甘味を所望するぜ」
「はは、カルミア伯の口に合うかどうか。お嬢さんも、どうぞこちらへ」
「失礼します」
カルミアとモルセラは、大きな屋敷の中へと案内された。
外の息苦しさと違い、屋敷の中は閑散としている。しかし、どこか重い空気が張りつめていた。
カルミアはヴィルポート伯へ着いていく途中で、口を開く。
「で? そこのガタイが良いのは?」
「彼はインカ。外にいる傭兵達の長ですね」
「失礼しやした。余り言葉遣いがなってねぇもんで。こう言った場ではあんまり口は挟まねえんですよ」
「なるほどねぇ。その辺の冒険者よりずっとマシだと思うけどね」
「そりゃどうも」
インカは一礼すると、再びヴィルポート伯の傍へと寄る。
仕事熱心だねぇと口を挟みながらも、カルミアは尋ねた。
「で、外のは全部傭兵なのかい?」
「ええ、かの有名な鬼人の傭兵団です」
「あー、あれ鬼人だったんだねぇ。通りで魔力が乏しい訳だよ」
外にいた兵士たちは皆、屈強でありながらも内に纏う魔力が少なかった。
鬼人と言う種族は、個人差はあるものの生まれながらに魔力量が少ない傾向にある。
「なんでまた傭兵なんて囲ってるんだい?」
「王都に兵士を持っていかれてましてね。単純に不足している……と言うのもあります」
「なんか含みのある言い方だねぇ」
「失礼しました。領主というのは迂闊な事を言えませんからね、どうしても会話にワンテンポ置く必要がありまして」
「僕も領主なんだが~?」
失礼しましたとヴィルポート伯は謝罪を入れつつ、話を続ける。
「まぁ、そんな建前もありましたもので、スムーズにこの場を設ける事が出来まして」
「ふーん、じゃあ彼らも?」
「ええ、ルコ殿に呼ばれた同士達です」
にこりと笑い、ヴィルポート伯はインカを見た。
インカは頷いて、肯定の意を示す。
「よくまぁあのインテリ野郎の話に乗ったねぇ。言ってる事理解出来たの?」
「頭がいい奴ァ、話も上手なモンで。俺にもよく理解出来ましたよ」
「そうかい? 僕は偶に分からなくなるけど」
そう話している内に、目的の部屋へと辿り着く。
ヴィルポート伯が部屋の扉を開けると、そこには既に数名が並ぶように座っていた。
その中の1人がヴィルポート伯へと声を掛けた。
「おい、兄ちゃん! まだルコは来ねえのか?」
「もうじきいらっしゃいますので、暫しお待ち下さい」
ヴィルポート伯が宥める様に言うと、声を上げた――華美な服装の若い男は、ため息交じりに言葉を返す。
「ったく。この時間、誤魔化すの結構大変なんだぜ?」
「ええ、存じ上げています。教会の重鎮である貴方を長時間拘束するのは、こちらとしてもデメリットですから」
「わかってんなら早くしろよなー」
「ええ、お時間を取らせて申し訳ございません」
そう言うと、ヴィルポート伯はインカを連れて部屋を出る。
男は意匠を凝らしたネックレスを指でくるくると回しながら、まるで我が家の様に姿勢を崩している。
その他にも、領主が来たにも関わらず顎を上げて寝ている者や、ひたすらに食事をしている者など、無礼千万の行いが目立つ面々である。
「随分個性的なメンツだねぇ」
「カルミア様の知り合いはこの中に居られるのですか?」
「う~~ん、僕は美しい物以外あまり覚えてられないからなぁ」
賓客用として作られた豪華な椅子へ、カルミアが遠慮なしにどかっと座る。
個性的なのは貴方もだろうとモルセラは心の中で思いながら、隣へと立つ。
先程の若い男が、そんなモルセラを見て声を掛けた。
「ねーちゃん、座らねえのか?」
「私ですか?」
「そーだよ。椅子ならいっぱいあるんだから使っちまえよ」
「……カルミア様をお守りするのが私の役目ですので」
流石にカルミアの横からは離れられないので、促されつつもやんわりと断るモルセラ。
「おいおい、僕の目の前で身内をナンパするとは良い度胸だねぇ」
「ああん? 俺が誰と話そうと関係ねえだろ」
「随分自分勝手な子だねぇ、美しさに欠ける」
「美しさァ? 何言ってんだこのガキは」
「やれやれ、教会の人材不足が伺えるねぇ。カルミア・シリルに楯突くなんてどういう教育をしてるんだか」
「てめぇこそ、このリブラコアに喧嘩売るとはな。ここは世間知らずのガキが遊びに来るところじゃねえんだよ」
座るなり正面の男と喧嘩を始めるカルミア。相手の方から声を掛けてきたとはいえ、何故ゆえにここまでトラブルを起こすのか。モルセラは非常に嫌厭としていた。
心の中で面倒臭いを連呼していると、端の方に座っていた女性が立ち上がり、こちらへと向かってくるのが見えた。
「おやめください。彼女が困っているでは無いですか」
柔和な表情でそう言った彼女に対し、二人は暫しその女性を見ていた。
カルミアは特に、その女性の異常さを感知していた。この部屋に入った時から、やたら魔力が充満していると。
「そうはいっても、モルセラは僕の従者だからねぇ」
「折角こうして集まったのですから、もう少し穏やかに行きましょう? うちの子達も怯えています」
女性は自身の肩を指すと、小さな女の子……アルラウネが二匹、部屋に置いてあったクッキーをがつがつと食べていた。
「……どう見てもリラックスしてるじゃねえか」
「いいえ、これは誤魔化してるだけです」
『しゃがますい男だべ。飯が不味くなるからちょっどすでろ』
『んだなぁ』
アルラウネ達は人間には理解出来ぬ言語で罵りながら、菓子を頬張っている。
「ぷふっ」
「カルミア様? どうなされたのです?」
「ふふ、いや、何でもないよ」
アルラウネの主を除いて、唯一言葉を理解できるカルミアは、つい吹き出してしまった。
「そうだねぇ、そのアルラウネに免じてここは引いてあげるよ」
「ああ? テメェ何様だ?」
「ほらほら、今からカッカしてたらルコの時に力尽きてしまうよ。彼も大概なんだから」
「……はぁ、もういいや」
思い当たるフシがあるのか、男は足を組み直して、カルミアから視線を外す。
一方カルミアはからからと笑いながら、クッキーに手を伸ばす。
「うん、まぁまぁだね。茶が欲しくなるなぁ。給仕はいないのかい?」
「なら、私が呼んできましょう。この屋敷の勝手は知っているので」
女性はアルラウネをそっと机の上に置くと、扉を開けて外へと出ていく。
モルセラはそれを横目で見送ると、再びカルミアの方へと向いた。
「ありゃ魔族だね」
「魔族……」
「ルコの奴、また面倒な奴を囲ったねぇ。魔族なんて使い辛い事この上ないのに」
モルセラは魔族の事を話でしか聞いた事が無かったが、その強さは身近で見ただけで伝わった。剣を所持していたが、あれは魔法、そして魔物の使役が領分だろう。
「あの女が自分の意思で襲ってくる事は無いだろうけど、魔族なら意思とは関係なく……なんて事もあるからねぇ。油断はするなよ?」
魔族は、魔王が出現した時点で、その生を魔王に捧げると聞いている。
どういう理屈か分からないが、強制力が働き魔王には絶対に逆らえないだとか。子供の頃に読んだ昔話でもそんな記述があったと、モルセラはカルミアの言葉を聞き思い出した。
「承知しました」
「ま、心配はしてないさ。君、自己評価は低いけど、僕と同じで天才だからねぇ」
「実感がありませんね」
「少しはは自覚しておいた方がいいよ? 自分の力量くらいさぁ」
そうは言っても、比較する相手が少ないからわからないとモルセラは思いつつも、その言葉に頷く。
暫くすると、先程の女性が戻ってきた。
「はい、淹れてきましたよ」
「え? 君が淹れたのかい?」
「今日は使用人も含め、人払いしている様でしたので」
「おいおい、逆にそれ怪しくないかい?」
「ヴィルポート伯が、突発的に良く分からない事をするのはいつもの事ですので」
「不名誉な信頼だねぇ」
そう言うと、目の前に置かれた紅茶を軽く冷ましながら、口へと運ぶ。
直後、カルミアが動きを止めた。
「……」
「どうしました?」
「ちょっ……と甘くないかい? いや、甘すぎないかい?」
「そうでしょうか?」
「モルセラ、飲んでみる? 僕のカップで良いよ」
「失礼します」
モルセラは先程カルミアが飲んでいた物を少し口に含む。
「……そうですね、普段淹れている物より、5倍は甘いかと」
「そっかぁ、5倍かぁ」
カルミアは遠い目をして、ティーカップを見る。
「そ、そんな甘かったでしょうか……」
「いや、個人の趣向の範囲内じゃないかな……ギリギリ」
「ったく、淹れて貰っておいて文句言ってんじゃねえよ」
若い男――リブラコアは、受け取ったカップをグイっと上げて飲んだ。
「……」
「どうだい? 中々のお点前だろう?」
「……まぁ、イマドキの女にはこれくらいが良いんじゃねェか?」
それはかなり苦しいねぇと、カルミアはモルセラへ目配せをする。
「君、えーと」
「ピースコールと申します」
「名前が長いなぁ。ピーコ、モルセラに淹れさせるから、案内してやってくれるかい?」
「そんな長くねえだろ」
「ピーコ……」
微妙な顔をしながら、ピースコールはモルセラを連れて再び部屋を出て行った。




