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美少女になりてえよなぁ  作者: 釜蔵
麗しき牡丹耽々と試む
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無事でよかった

 ヴェガの魔核が完全に割れ、巨大な体が急速に枯れ始める。

 目の前にいる小さなヴェガもパタリと倒れ、しおしおと体が萎びていく。



(お疲れ様です。ハナ様)

(おう、もう起き上がってこないよな?)

(魔核を破壊したので、問題ない筈です)

(ま、ボタンが近くにいれば大丈夫だろ)



 功労者のボタンを抱きかかえると、その丸い体を撫で、労ってやる。




「間一髪だったな。おい、大丈夫かボタン」

「うん」



 息を整えつつ、その場で座り込む。

 あ、危なかった……まさか魔核ごと突っ込んでくるとは。

 ボタンの変化が無かったら俺の美しい腕が無くなる所だったぞ。やっぱ努力ってものは無駄にならないな。



「おいユーリ。大丈夫か? 死んでねえか?」

「大丈夫だぞ。だんだん動けるようになってきたし。ほっときゃ治るよ」

「無理すんな。もう少し寝とけ」



 後でしっかり診せよう。そういや獣医っているのかな。まぁ、リナリアに聞けばわかるか。



「はなー」

「ん? どした」



 ボタンが倒れたまま動かないヴェガに近づいていく。

 まさかまだ生きてたりして……なんて思っていると、ボタンがガバッとヴェガを体で覆い始める。



「は? マジ? お前それ食うの?」

「うん」

「やめときなさい、腹壊すぞ。腹が無いけど」

「むー」



 ボタンが渋々と言った感じで離れるが、その代わりごそごそとヴェガの体をまさぐっている。

 そして何かを見つけたのか、弄るのを止めて俺の元へ向かってきた。激しい戦いの後だってのに忙しい奴だ。



「ん」

「何か持ってきたのか?」

「めし」



 ボタンが体の中でコロコロと転がしているのは、ヴェガの割れた魔核だった。

 それを飴の様に中で徐々に消化している。

 いや待て、これって食べちゃまずい奴じゃないか? ギルドとかに持っていって詳しく調べる重要なアイテムだと思うんだが。

 って、もう溶けてなくなってるし。……よし、見なかった事にするか。


 諦めて顔を上げると、ダイナがこっちへと近づいてきていた。

 あいつも疲れ切ってるな。体中汚れているし。いや、俺もか。ヤバいな、いくら丈夫とはいえ、こんな調子じゃ新しいのを買わないと服がもたん時が来ている。

 ダイナが、ヴェガを警戒しながらも俺に話しかけてきた。



「お疲れ。凄かったな、ハナ」

「俺は賢くて強くて美しいからな。朝飯前だこんなの」

「初対面の時と随分印象が違うな……こっちが素か」



 苦笑いしつつも、俺の隣へとやってくる。



「あれ、倒したんだよな」

「たぶんな。あんだけやれば流石に動かんだろ。……でも、黒い魔物だしなぁ」

「前にも見たのか?」

「うん、この先にあるリールイ森林って所でな」



 俺達が話していると、リナリア達もこちらへと向かってくる。



「お疲れ。いやあ、なんとかなったねぇ」

「俺のおかげやぞ」

「ああ、わかっているよ。まさか助けるつもりが、助けられるとはね。ありがとう、ハナ」



 リナリアの見る目が変わっている。俺を子供扱いするつもりはないようだ。ハナちゃんは正真正銘10歳の子供なんだが、エルフは見た目じゃ年齢をはかれないからな。勘違いしてしまっているのだろう。



(え? でもハナ様の元の歳は……)

(ごちゃごちゃうるさいよ)

(失礼しました)



 セピアの無粋なツッコミを遮り、リナリアの方へ向かう。

 割とボロボロだ。レクス相手にしながら大魔法ぶっ放してたからこの人も大分無理をしていたのかもしれない。



「にしし、良いって事よ。」

「色々聞きたい事はあるけど……まずはルマリと、ルビア様の安否を確認しなきゃだ。あのへんな騎士にやられるとは思わないけど、仮にもストレチア魔導騎士の筆頭だからね。何かあったら大変だ」



 仮にもって大分酷い言われようだが、心配はしている様だ。



「リナリアさん、ユーリが毒食らって動けなくなってるんですけど、誰か治せる人いません?」 

「平気なのにー」

「アルラウネの毒か。それなら、ダズさんに頼めばいいと思うけど」

「あ、そっか」



 忘れてた。爺さんに頼めばよかったわ。薬師だったなそういや。

 よし、ユーリが回復したらルマリに戻るか。元凶は断ったしレクスも出てこないから、大丈夫だと思うが一応心配だしな。

 と、方針が固まった所でリナリアがぴくりとして顔を上げる。



「あっちから……ルマリの方から、何か来る。皆、一息ついていた所で悪いけど、一応警戒して」

「わかりました。……ガーベラ、死体を弄ってないで戦闘準備だ」

「むう、言い方が悪い。調査をしてるだけ」



 ルマリの方から何か来るらしい。リコリスか? もしそうなら、ユーリを運べるから丁度良いんだが。

 その期待とは裏腹に、目の前に現れたのは少し大きめのレクスに乗った綺麗な女の人であった。

 う~~ん、中々いい線行ってんな。服もえっちくて好き。



「何が起こっているのかと来てみれば、なるほど、副ギルドマスター直々に来るとは随分と気合を入れて出てきたようですね」

「……誰だい? 君は」

「ピースコール。私の従魔がお世話になったようですね」



 こいつか、アルラウネの主人は。

 味方だったらよかったのに、どう見ても敵だよなぁ。残念だ。お近づきになりたかったのに。

 ……いや待て、悪い子なら捕まえておしおきが出来るのではないか?

 邪な考えを巡らせつつ、リナリアと話しているピースコールとやらを見る。



「お前、一体何者だ? 今回の騒動はお前の仕業なのか?」

「レクスの事であれば、概ね私でしょうね。他の方は何をしているかわかりませんが――」



 と、突然ピースコールが細身の剣を取り出すと、滑らせるように飛んできた矢を弾いた。

 あの矢は、さっきまで俺達を狙っていた奴か。

 矢が飛んできた方向を見ると、仮面を付けた男が弩を構えていた。



「危ないですよ、キュールシャック」

「ピースコールよ。貴様、何をしている? 母体の試験はどうなった?」



 仮面から覗く眼光がギラリと光る。すげえ、あれ俺もやってみたい。仮面から覗く目がピカーって光るのは浪漫だよな。



「まぁ、概ね分かりました。問題ありません」

「いや嘘つけ貴様、思いっきりボコボコにやられて逃げ帰って来ていただろ。某が見ていたぞ」

「行動パターンの統計は取れたので概ね問題ありません」

「貴様の従魔もズダボロではないか」

「それも概ね」

「そればっかりか貴様」



 会話が弾んでいるが、俺達を挟んでやらないで欲しい。

 それを見かねてか、シーラが仮面の……キュールシャックと呼ばれた男に怒鳴りつける。



「おい仮面野郎。あの矢を射ったのはテメェか!?」

「む? ……誰かと思えば、貧弱な黒龍か。あの程度で怯むとは情けない奴」

「誰が貧弱だコラ!! あんなへなちょこに怯んでる訳ねえだろ!!」

「失礼、某が強すぎただけであるな。貴様の様な凡夫にはあの程度でも辛かろう、無理をするな」

「チッ、癪に障る奴だッ!!」



 ズドンと轟音を鳴らし、キュールシャックへ向けて黒炎を放った。

 しかし、その黒炎がピタリと止まったかと思えば、キュールシャックの放った一矢で黒炎が弾け飛んだ。



『無駄に煽るな拙僧よ。魔力と時間の無駄だ』

「フン、分かっている。おいピースコール。さっさと戻るぞ」

「ビーラカウィムはどうしたのです?」

「あのバカは私闘の真っ最中だ。置いて行け」



 そう言ってから、キュールシャックはピースコールの元へと跳ぶ。



「オイてめえ、無視してんじゃねェ!!」

「喧しい、腹の傷に響く」

「怪我をしたのですか?」

「大したことは無い。それよりも、速く転移をしろ」

「ええ、ですがその前に――ヴェガ」



 ピースコールが一言、ヴェガの名前を呼ぶ。

 その直後、あのキンキンとした叫び声がヴェガの死体の下から発せられた。



『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! ラスラあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! あるじさまあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』



 土の下から勢いよく発射された、種の様に小さいヴェガがピースコールの手のひらへと乗っかる。



「は? アイツ生きてやがったのか? 魔核割ったよな?」

「種を残して生きながらえるアルラウネもいるとは聞いていたけど、それでも成長が早すぎるね。流石に、さっきほどの魔力は無いけど」

「しぶといヤツだ」



 ヴェガは泣きながらその上にいる、もう一匹のアルラウネと抱き合っている。



『失敗したべさぁぁぁぁ!! おらはやぢゃがねアルラウネだべさぁぁぁぁ!!』

『姉さまぁぁぁぁ!! おらも狐の化物にぼこぼこにされたべにゃあぁぁぁ!!』

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』



 うるっさっ!! 二匹のアルラウネが共鳴し合ってとんでもなく耳が痛い。

 隣にいるキュールシャックが顔を顰めていた。



「大丈夫ですよ、ヴェガ、ラスラ。貴方達が生きていただけでも十分です。良くやってくれましたね」

『あ゛る゛じさ゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』

「ぐっ、鼓膜が破れる。早くそれを黙らせろ」



 と、話し込んでる二人の周りを、土が囲むように盛り上がっていく。

 隣を見れば、リナリアが魔法を使っている様だ。話の途中で容赦ねえ。



「逃がさないよ。君たちは重要参考人だからね。ルマリを襲撃してタダで済むと思うなよ?」

「ほお、貴様がディゼノの『塵芥』か」

「転移まで少し時間がかかります。任せましたよ、キュールシャック」

『然り、拙僧に任せ――』



 言い終える前に、岩石の様に硬くなった土が二人を挟み込む。

 更に、その上から幾つもの岩が覆いかぶさる。



「あの女の人、転移って言ってた?」

「言ってましたね」

「女の方は意識を奪わないとダメだね。閉じ込めても逃げられる」

「あれじゃ既に意識ないんじゃ……」

「いいや、そうでもなさそうだ」



 ぴしりと岩が割れ、中から無傷の二人が出てくる。

 この世界の人間頑丈すぎんか? さっきからまるで魔法が効いてないやん。



「フン、この程度の魔法なぞ」

『後方』

「チッ!!」



 キュールシャックが、岩で視界が隠れている内に、裏へ回っていたガーベラの攻撃を弩で受け止める。

 攻撃が防がれた後、ガーベラは直ぐに離脱して後ろへと下がる。



「っ! 早い」

「小賢しい野良犬が。おい、早くしろピースコール。鬱陶しくてかなわぬ」

「さすがの貴方でも辛いのですね」

「はあ? 世迷言を。この程度大したことは」

『上だ、拙僧よッ!!』

「ぐっ!?」



 いきなり辺りが寒くなったと思ったら、突然上からリコリスが降ってきた。

 あいつ、いつの間に来てたのか。あんな高い所から何する気だ?



「油断大敵じゃな、魔族共」

「貴方ですか。しつこい女は嫌われますよ?」

「昔はしつこいくらいが良かったのじゃ」



 リコリスの手から、氷の槍が生み出される。アウレアの時に見た、あの大きな槍だ。



「言うてる場合か! 某よ、ありったけの魔力を――」

「させないよ」

「ぐ、おのれッ!!」



 リナリアが、土魔法で岩石を操り、キュールシャックを牽制する。

 黒炎の時みたく土魔法で動いている岩が停止する物の、リコリスの方まで手が回らない様だ。



「悪事はそう上手くいかぬものよのう」

「黙れ、善か悪かなど貴様が決める事では無い」

「善でも悪でも、あるじに手を上げた時点でぬしらに容赦はせぬよ」



 リコリスの氷槍が放たれる。

 貫く、と言うよりは質量で圧し潰す様に二人の真上から真っ逆さまに氷槍が落下する。



「仕方あるまい、こうなればアレを――」

「お困りか? キュールシャック殿」

「その声は……」



 声が聞こえた瞬間、氷の槍が両断される。

 ズシンと大きな音を立てて、氷塊となった氷の槍が崩れ落ちる様に落下する。



「随分と寒々しいな。ここは」

「ビーラカウィム、貴様――」

「まぁ、そう急くなキュールシャック殿。話は戻ってから聞こうでは無いか。ここでは落ち着いて話も聞けぬ」

「……フン」



 あの赤い騎士が、リコリスの氷槍を真っ二つに斬り落とした。

 どんどん集まって来るな。というかルビアはどうした。まさかやられたのか?



「良かった、間に合いましたね」

「すまぬピースコール殿。魔導元帥との戦いが楽しくてなぁ、長引いてしまった」

「とどめは刺したのだろうな?」

「いや、途中で切り上げて――」

「死ね!! 赤狂い!!」



 話の途中で、無数の光弾が降り注ぐ。

 後ろを見れば、浮遊球に乗ったルビアが怒り心頭に魔法を行使していた。



「おいおい、落ち着けよルビア」

「ああ? ああ、ハナか。無事だったんだな」

「なんでそんなキレてんの?」

「あいつめ、事ある毎に魔法のセンスが無いだとか色が悪いだとか好き勝手言った挙句、いざ本気で撃ち合おうとしたら逃げ帰りやがって!」

「そう怒るな『光輝』よ。貴様は立派な『赤』になれる。今はまだその時ではない、という事だ」

「んなもんこねーよ! 一生な!」



 ルビアがばっと手を広げると、光暖かな大剣が頭上に顕れた。

 その剣を、容赦なく赤い騎士へと叩き込む。しかし、赤い騎士はそれを自前の剣で難なく受け止めた。



「ビーラカウィム、貴様面倒な輩を連れてきおって」

「何、もうすぐ帰れるのだろう? 細かい事を気にするな。ハゲるぞ」

「ハゲっ……」



 言葉に詰まるキュールシャックをよそに、赤い騎士が剣を押し上げ光の大剣を両断する。



「準備が整いました」

「そうか。では、名残惜しいが退くとしよう」

「逃がさぬ」



 リコリスが、冷気を纏いビーラカウィムへと突進する。

 掌を突き出し、そのまま体を貫く勢いで迫るも、その動きがピタリと止まる。



「む、動きが」

『貴様も沈め』



 キュールシャックが、リコリスへ向けて矢を放った。

 その矢が、リコリスに直撃する。



「リコリス!!」

「おいおい、あれヤバいんじゃねえか!?」

「落ち着け主!! この程度は問題ない、それよりもこやつらを逃がすなッ!!」



 俺とユーリは動揺するも、傷一つ無いリコリスを見て安堵する。

 リコリスの言葉を聞き、ダイナとガーベラが、攻撃を仕掛ける。



「ビーラカウィム。下がってください。転移します」

「ハハハハハ!! 楽しかった!! また来るぞ!!」

「純白の騎士に伝えておけ、次は必ず潰すと」



 ピースコールの周りを渦巻く様に、大きな風が発生する。

 以前見た、ケイカが使っていた転移魔法だ。あれ、転移した瞬間突風が起きるんだよな。



「逃がすかッ!! 【ノトロクロウ】!!」

「ダブルでいくぜ!」

「ふっ!!」

「くたばれッ!!」




 ダイナが飛ぶ剣撃を放ち、リナリアは風と土の魔法で動きを阻害し、オクナが水魔法で拘束を試み、ルビアが光弾で殲滅をはかる。

 あまりの質量、あまりに激しい攻撃に、辺り一帯に土煙が上がり視界が遮られる。



「ぐおっ、滅茶苦茶がすぎるぞ! げほっげほっ、くそっ、美少女の喉が痛む!」

「うへぇ、オイラ動けないのに……うわっ目に砂が入った!」



 剣戟の音、風の音、土砂の音、水の音、色々な破壊音が耳を埋めつくす。

 やがてその音が消え、土煙が次第に晴れていく。



「ど、どうなったんだ?」

「……ダメだねぇ」

「え?」



 リナリアが落胆したように言った。つまり、逃げられた……って事か?



「逃げられたな。姿が見えねえし、魔力も感じねえ」

「あんまりの魔法攻撃に蒸発したんじゃなくて?」

「少なくとも、あのイカれた騎士は消し炭に出来ねえと思うがな」

「……確かに」



 シーラの言葉を聞き、ようやく戦いが終わったという実感が沸く。

 こちらの魔法よりも先に、転移の方が早かったという事だ。全員が顔を下に向け、してやられた、と言う顔をしている。

 でも……俺としては不謹慎ながら、逃げられて悔しいという気持ちよりも無事でよかったという安堵の方が強かった。

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