あっ、今の無し
大きな植物の異形と化したヴェガが、体全体を動かし手当たり次第に攻撃を仕掛ける。
ダイナが近くの葉を全て弾いてくれるので、俺は俺で対処がしやすい。
「ダイナ、白いくねくねした触手っぽいのに気を付けろ。それに触れたらユーリが動けなくなった」
「ああ、あれか」
今まさに、その白い触手が近づいてきた。葉の先から何本も生えててキショイ。なんなのよあれ。
(セピア、あれ何かわかるか?)
(アルラウネには神経毒を扱う物がいます。恐らくその系統かと思われます)
(神経毒?)
(蜂やサソリの毒と一緒です。ユーリさんの様子を見る限り致死性は無さそうですが、時間は掛けない方が良いですね)
(じゃあナイフでぶっちぎれば問題なさそうだな)
とは言っても鋭利な葉を弾くので精いっぱいである。それになんかあれ切りたくない。キモいし。
「任せろ」
「任せた」
乗り気だったので速攻でダイナに押し付ける。迫りくる白い触手を、なんと一振りで切断してみせた。結構脆いのかもしれない。
ダイナもピンピンしてるし、直接触れなきゃ問題ないようだ。
「ハナ、君は遠隔でナイフを操作できるのか?」
「おう、4本しか動かせないけどな」
「それでアイツの魔核を割れないのか?」
「さっき掠ったらしいんだけど、あんな化け物みたいになっちまったらどこにあるかわかんねーよ」
人型ならともかくあんな化け物じゃあなぁ。頭でっかちでどうやって支えてるんだか。
……ん? よく見ると、地にしっかりと根付いている。いつの間に根を張ったんだ。
「魔核の場所が分かればいけるんだな?」
「え? まぁ多分」
ダイナが意味深な事を言った後、手をヴェガへ向けて何かを呟いている。
「頭だな。あの顔っぽい所の額部分に魔核がある」
「え? もうわかったんか」
「俺のスキルでね。ちょっと特殊なんだが、対象の魔核や組織が瞬時に分かるんだ。本当は植物相手に使うもんじゃないんだけどな」
「あー、あの古生物学者って奴か」
「え?」
「あっ、今の無し」
「はあ!?」
うっかり口に出してしまった。ダイナが驚いてこちらを見ているが、それどころじゃないだろ!
「とはいえ、頭まで届かねえよ。射程は大体10メートルくらいだからな」
「……どうにかして上まで跳ぶか、頭を下げさせる必要があるな。ちなみに、後で詳しく話を聞かせてもらうぞ」
「こんな幼い女の子をナンパするなんて、隅に置けない奴だな」
「ちげーよ!!」
と、叫んだところで葉が振り下ろされる。おふざけしている場合では無いのだ。
ボタンの【シャドウエッジ】で弾くと、ヴェガの頭へと意識を移す。
いやデケェわ。どうやってあそこまで跳ぶねん。無理だろ。
ぶっ倒して頭を下げさせた方が良いな。
「よしダイナ、あの根っこをぶった切れ! 援護してやる!」
「一人で大丈夫か?」
「ボタンがもたせる」
「きゅう」
さっさとケリ付けなきゃボタンの魔力が無くなるしな。ここぞとばかりに沢山の【シャドウエッジ】を展開する。
「大分太い根だからな。一発限りの大技で仕留めるぞ」
「ほお、そんなんあるのか」
「魔力の消費が凄いから使いたくないけどな。でも、ここで倒せなきゃまずいだろ。逃げる訳にもいかないしな」
ダイナはそう言ってから、直ぐに駆け出した。冷静に、しかし豪快に前進してヴェガへと近づく。
四方八方から来る攻撃を俺が頑張って弾く。目が回りそう。死ぬる。
しかし、びしばしと闇魔法で葉を弾いているボタンはもっときつそうだ。ボタンがガス欠した瞬間、本当に死んでしまうぞ。
「ボタン、これが終わったらご馳走を用意してやる」
「……んふ」
ボタンのやる気を上げつつ、ダイナへと視線を移す。
……よし、なんとかたどり着けそうだな。
『あーもう!! 無理におがると動き辛えべさ!!』
「おっ、なんだ言い訳か? そのアポロスとかいうのも大したことねーな」
『しゃがましい!!!』
どうやら体が大きくなっても頭が付いて行かないようだ。ドーピングとか急な成長の弊害って奴だな。
そのお陰でギリギリ凌げているわけなのだが。
「ダイナ!! まだかよ!!」
「もう少しだッ!!」
ダイナが剣を握り、ヴェガの根へと一直線に向かう。近づくほどに激しくなる攻撃を、必死に捌いていく。
アカン、そろそろ限界だ!! 早くしろダイナ!!
「行くぞ化物」
勢いをそのままに、走りながら剣を構える。
剣を握っているダイナの右腕が赤黒く変色している。腕の付け根から伸びていくその赤黒い何かが、腕から掌へ、掌から剣へと浸食していく。
『根が動かせないなんて言ってないべさッ!! このまましめておだってやるにゃぁ』
目前まで迫った枝分かれした大きな根が、ダイナへ絡みつく様に動き始めた。
「ダイナッ!!」
「いや、問題ない」
目と鼻の先まで迫っている根を前に、ダイナは剣を振るった。
「ブチ抜けッッ!! ――【テュランノス】!!」
赤黒い閃光が周囲を覆う。音を立てながら、ヴェガの根が千切れていく。
剣撃が支柱の様に立っている大きな太根にまで達し、少しずつ太根を削り取っていく。
『アアアアッッ!! こんの……虫けらがァァ!!』
ヴェガの体が傾いていく。よし、このままぶっ倒れた直後を狙ってナイフを魔核へとぶっ刺してやるぜ。
俺が構えた直後、ヴェガの茎の節からにょろにょろと根が生え始めた。
「はああ!? なんじゃそりゃ!!」
『ハッ! 植物を舐めるんじゃねえべさッ!! この程度、いくらでも立て直せるべ』
細根が次々に地面へと降り、主根を支える様に根付いていく。
クソ、千切っても千切っても生えてきやがる!!
「ダイナァ!! 今のもう一発やれ!!」
「無理だっつの!! ぐっ、この!!」
まずいな、俺とダイナで必死に根を捌いていくが削りきれねえ。あと一歩、あと一歩なんだが……!
『もう終いだべ。さっさと終わらせて――』
「【ディーラ】」
「何?」
頭上からヴェガ目掛けて、勢いよく水が放水される。
身動きが取れないほどの勢いで、ヴェガを抑えつけている。
「ダイナさん!! 今のうちに早く離れて!!」
「っ!! 分かった!」
オクナが叫ぶと、ダイナは直ぐに離脱する。
ヴェガは動きが取れない物の、余裕の表情を浮かべてダイナを見ていた。
「水なんて効かねえべさ。むしろ、丁度喉が渇いてきた所だったべにゃぁ」
「そうかい。じゃあ、全身で吸い上げると良い」
「何を――」
ヴェガが言い終える前に、リナリアが魔法を放った。
「【スラップ】」
リナリアが地に手を置き、魔法を行使する。
ヴェガを中心に、地面が音を立てて揺れ動く。
『馬鹿がッ!! こんがもんでおらがもっかえるわけが……!?』
ヴェガが大きく傾く。地に深く張った筈の根が、ヴェガ自身の力に負け徐々に傾いていく。
『地が……地面が、水で――!!』
「そうさ。いくら根を生やした所で、泥濘じゃあそんな大きな体、主根無しに支えるのは難しいだろう?」
『小賢しいエルフがァァァ!!』
暴れれば暴れる程、ヴェガが傾いていく。
必死に根を出してはいるが、土が柔らかくなっているせいで支えの役割が完全に死んでいる。
「よし、このまま」
「まてハナ! 様子がおかしい」
ダイナの言う通り、ヴェガの動きが変わった。
ヴェガが根を出すのを止めたと思いきや、今度は体を捻り全身をこちらへと倒す。
『こうなれば圧し潰してやるべさ。せめてあがすけなへなごだけでも……!』
「させねえよ」
『ガァッ!?』
シーラの黒炎がヴェガを襲う。
完全に体のバランスが崩れ、茎が反れ、あらぬ方向へと倒れていく。
「くそ、この傷がなきゃ俺が頭に一発入れてやるのに」
「無茶しちゃダメ。後はダイナとハナに任せる」
「わかってんよ」
前に出ようとしたシーラが、ガーベラに窘められる。
魔力も残り少ない上に、傷のせいで手も握れない。自身の不甲斐なさに苛立ちながら、シーラはじっと倒れていくヴェガを見ている。
耳鳴りの様な大きな雄叫びを上げて、遂にヴェガが倒れた。
さて、後は俺の仕事だ。
「倒れても頭の位置がたけーな……じゃあ、行くぞ」
最後のナイフに魔糸を繋げて、投擲する。ふふ、コントロールはばっちりだ。リコリスとタッグ練習したからな。あの野球ゲームに例えたらコントロールAだぞきっと。
ビッと勢いよくヴェガの頭へと向かって行く。このまま、額を一突きすれば……!
そう思った直後、ヴェガの頭にヒビが入る。
『まだ……まだ、終われねぇべ』
ヒビが広がり、魔核が姿を現した。黒真珠の様な美しい輝きを発している。
その黒い魔核が、強烈に光り出す。
「ぐあっ!? まぶしっ!?」
一瞬光っただけで、何も起こらない。
直ぐに目を開くと……魔核が消えていた。
「は? 一体何が――」
「ハナ!! 上だ!!」
直ぐに上を見上げると、枯れかけの小さなヴェガが俺に向かって突進してきている。
玉砕覚悟かよ!? くそ、なんでトレントと言いこいつと言いこんなに執念深いんだッ!!
「上等だ!! 来いやど黒雑草!!」
『うああああああ!!!』
血走った目で俺を見るヴェガ。何故ここまで必死なのかわからんが……俺もこんな所で死ぬ訳にはいかねえんだよ。俺はミスリルの短剣を構え迎え撃つ。、
小さいヴェガの胸元に、魔核が見えている。そこを破壊できれば――!!
「そんなちっこい体じゃ何も出来ねえだろ!! これで終わりだ!!」
突き出す様に、短剣をヴェガへ向ける。
『ハッ!! 不用心にも程があるべ!! 所詮へなごだべにゃあ!!!』
チィッ!! 体を捻って回避しやがった!!
そのまま、ヴェガは鋭利な葉の腕を思い切り横に振る。
『油断してるからこうなるべさ!!』
その腕が、短剣を持っている俺の右手を刎ねる。
「ぐうっ!!? ああああああああ!!!!」
『ハハッ、ざまぁねえべ』
右腕を失い痛がる俺を、ヴェガが嘲笑う。
そのまま間髪入れずに、ヴェガが俺の首を掻っ切るように腕を横に振る。
『泣き叫んでる暇はねえべ!! そのまま死ぬべさッ!!』
「あああああ――なんちって」
『は?』
一瞬キョトンとしたヴェガの腕を、刎ねた筈の右手で握った、ミスリルのナイフで受け止める。
『なっ!? 今、おらが斬り落とした筈なのにっ!!?』
「すまん、ちょっと痛いぞ」
『な――』
ピシリと、ガラスにヒビが入った様な音がした。
ヴェガが自分の胸元を見ると、黒い影の剣が魔核を貫いていた。
『え……あ……な、にが』
「ちゅう」
ヴェガが、割れた魔核を抑え声のした方へと向いた。
『まさ、か、へなごの、腕、に、化け、て――』
「んー、きゅう」
俺の右腕に変化していたボタンが、ヴェガの魔核を貫いた。
信じられないという目で俺を見ているヴェガを、俺は目を逸らさずに受け止めた。