完全に台詞が悪役のソレでし
ルマリの衛兵達と、黒いレクスの群れが接触する。
通常のレクスよりも大きいが、目立って特殊な動きは見せない。頻繁に目撃され、駆除へ向かう衛兵達にとって、レクスは手慣れた相手であった。
しかし、数が余りにも多い。加えて、魔族が跨っていた大きなレクスが比較にならぬ程手強い。
「ルマリへ一匹も通すな!!」
アーキスが声を上げ、大きなレクスへと剣を振り下ろす。
まるで鋼へと斬りつけたかの様な感触に、アーキスは一瞬戸惑った。大きさだけでなく、異常なまでの硬さである。
レクスがそのままアーキスへと襲い掛かるも、後方からの炎弾による援護を受け、危なげなく退く。
「げ、まるで効いてないッスよ。レクス相手にあれじゃ自信無くすなぁ」
「もはや、アレは別物だろう。ハリス、お前も他のレクスの駆除に回ってくれ」
「アーキス副長一人じゃ辛くないッスか?」
「問題無い」
剣を握ると、アーキスは空を一閃する。
直後、目に見えぬ衝撃がレクスを襲う。傷はついていない物の、怯み後ろへと下がる。
「私が奴を引き付けている内に、レクスを殲滅してくれ」
「これだけの量、いつになるか分かりませんよ?」
「無限という訳でもあるまい」
決して余裕がある訳では無いが、これが最善だと直ぐに判断を下す。会話を切り、再び大きなレクスへと向かうアーキス。
ハリスはアーキスに何か言いかけながらも、直ぐに切り替える。少しでも早くレクスを片付け、アーキスのフォローへ入るべくレクスへ向けて魔法を撃ち続ける。
少し離れた所では、リコリスと魔族が殺し合いを続けている。
既に草原と呼べる物ではなく、冷気が草木を凍結させ魔族を囲むように襲い掛かる。
魔族の女はその冷気の中を、青白い剣を片手に持ち舞う様にリコリスへ刺突する。
「ッ!! 普通ミスリルの剣を素手で受けますか?」
「ミスリルだろうが何だろうが弾けば問題なかろう」
繰り返しリコリスへの刺突を試みるも、全て受け流される。
剣を弾かれた一瞬を突き、リコリスが腕を突き出した。それをすんでの所で回避すると、魔族は距離を開けるべく後方へと下がった。
魔族は軽く息を整え、再びリコリスを見据える。顔を掠めたのか、頬に一筋の傷が刻まれていた。
「ふうっ……想像以上にしんどいですね」
「何故そこまでして戦う? ルマリを荒らすのが目的ではあるまい」
「そうですね。しいて言うなら、自身の力を確かめる事が目的でしょうか」
「ふむ?」
腰を落とし、魔族が一瞬でリコリスの懐へと潜る。
首を狙う様に突いた剣は、リコリスの首元で何かに弾かれた様に止まった。
「速いが、まるで威力が足りぬな」
「グッ!?」
魔族が掌底打ちを受け、吹き飛ばされる。
リコリスが首元を払うと、氷の粉が煌めいて風と共に流れた。
「げほ……」
右腕を抑えながら、魔族は立ち上がる。
長く時を生きていれば必ず耳にするくらいには、リコリスの名は通っている。その強さを、その身で実感したくはなかったが。
剣速は申し分なかった。しかし、リコリスの氷魔法に阻まれ届かなかったのだろう。
土を振り払い、右腕が痛むのを無視して剣を構えた。
「まだ諦めぬか。何故そこまでして向かってくる? 既に力量の差は理解しておろうに」
「こちらにも事情があるのですよ」
「そうか。我は大した事情も無いのでな。主が無理をする前にケリを付けるぞ」
「主ですか。貴方が従属を許しているとは意外です。まさか、貴方を飼い馴らす魔物使いがいると?」
「口を滑らせたのう」
リコリスは一直線に魔族の元へと跳ぶ。
殺さぬように注意を払い、魔族へ掌を突く。
「奇遇ですね、私もそうなんですよ。まぁ、従わせる方ですが」
その手を、何者かに弾かれる。
直ぐに体勢を立て直し辺りを見回すが、姿が見えない。
(あやつの従魔か? 姿が見えぬが……それなら、引き吊り出すまでよのう)
リコリスの周りが凍り付く。少しずつ、草も木も土も、空気も凍り付き、球状に広がっていく。
氷葬結界と呼ばれるリコリスの氷魔法が、辺りを無差別に凍結させていく。
「滅茶苦茶ですねッ……!! ラスラッ!!」
魔族が叫ぶと、奇妙な形をした植物が地を突き破り生え出る。その植物は魔族を守る様に葉へ乗せて、上へ上へと育ち伸びていく。
重なった葉が見る見るうちに塔の様な形へと変わり、リコリスを見下ろす。
「ふむ、地の下に潜んで居ったか」
「種さえあれば、どこであろうと忍び込めるのがアルラウネの長所なのですよ」
リコリスの氷葬結界を物ともせず、大地にしっかり根付いている。
アルラウネにも種類がある。寒気に強い種も当然いるが、自身の氷魔法を凌がれるとは思わなかった。
リコリスは内心で驚きつつも、魔族を見上げる。
「しかし、上へ逃げるのは悪手じゃの。逃げ場を自ら断つ様なものじゃ」
「逃げたつもりはございませんが」
魔族が妖しく笑うと、アルラウネの葉が赤く変色していく。
見る見るうちに、葉が夕日の如く真っ赤に染められる。
「気味が悪い」
「失礼な方ですね。植物の神秘を気味が悪いなどと。ラスラ」
『――』
植物から放たれた甲高い叫び声。それと同時に、赤い塔が一斉に発火した。
音を立てて燃え上がる葉が、リコリスへ向かって放たれた。
「火遊びはもう懲り懲りじゃな」
以前自分の身を襲った螺旋の炎を連想し、リコリスは思わず苦笑いする。
その経験からか、リコリスは防御よりも回避を取った。後ろへと下がり、燃える葉を避ける。
近づくと火傷しそうな程に高温だ。しかし、あの魔族は顔色一つ変えずその燃えた植物の上に立っている。
この葉が、後ろの衛兵たちに向けられると厄介だ。リコリスは植物を伐採しようと試みるが、絶妙な葉の攻撃で思う様に近づけない。
(やはり、ラスラまで引き出されましたか。これでは『アポロス』のデータが取れ――)
魔族が思考を中断する。
火を纏ったアルラウネも、同時に動きが止まった。
「ふむ?」
リコリスは罠の可能性を考慮しながらも、アルラウネへと反撃する。
何重にも層を重ねた密度の高い氷の槍を、炎の塔へ向けて投擲した。
「ラスラ」
『――』
双方がぶつかる瞬間、爆発するように蒸気が溢れ出す。
質量でごり押しするかのように、氷の槍がアルラウネの塔を押し込んでいた。
「さて、このまま」
「リコリス殿ッ!!」
「む――」
リコリスの後ろに、アーキスが相手取っていた大きなレクスが現れる。
振り向きざまに、即席で造った氷の刃を振るうも、レクスはリコリスの上を高く跳んでいた。
「何?」
追撃を加えようと手を翳すが、炎の葉がレクスを庇う様に飛来してきた。
そのままレクスは塔の頂上へと着地し、魔族を背に乗せる。
「なんじゃ、あそこまでの執着を見せておきながら逃げるのか」
「ええ、急用が入りました。貴方の力も拝見しましたし、失礼しますね」
「逃がすと思うか?」
魔族を追いかけようとするリコリスだったが、炎の塔から不穏な音が聞こえ、立ち止まる。
雷の様な、ゴロゴロと重い振動を伴う音が響く。
「申し遅れました。私の名は『ピースコール』。貴方とはまたお会いしたいですね、リコリスさん」
『――』
アルラウネの全身から、炎が噴出する。リコリスは瞬時に衛兵達を背に向けて構えた。
「やってくれるのう」
レクスが跳び立った瞬間、アルラウネの塔が勢い良く破裂した。
リコリスは魔力を一気に引き出し、殺意を孕んだ迫りくる爆炎を迎え撃つ。
掌を炎へ向け、思い切り放つ。その瞬間、空気が揺れ、ルマリまで響く振動が襲う。
「ぐっ、この程度ッッ――!!」
更に魔力を引き出し、氷魔法へと転換する。襲い来る炎を、冷気が包みこむと、少しずつ静まっていく。
やがて、炎は蒸気と共に姿を消した。
「リコリス殿!」
炎が鎮火したと共に、アーキスがリコリスの元へと向かう。
リコリスは怪我をしていない物の、度重なる魔力の消費で疲労が顔に出ている。
「アーキス、レクスの群れはどうした」
「あの大きな個体以外は既に討伐を終えております。リコリス殿に魔族を引き付けて頂いたおかげです」
「ウム。怪我人は居ないようじゃな」
リコリスの様に魔法を連発してぐったりしている衛兵もいるが、重傷者は出ておらず、一先ずは安心だとリコリスは息を吐いた。
「ええ。申し訳ございません。私が至らぬばかりに魔族を――」
「良い。元々隙を見て逃げる腹積もりであったろう。それよりも、我は奴の後を追う。お主はどうする?」
「レクスがこの群れだけとも限りません。兵長が戻るまで、我々はここで待機を」
「それが良いな。しかしあの小娘、帰りが遅いな。レクスにやられるような事は無いだろうが」
魔族の撃退は果たした物の、奴らの正体も目的も掴めない。胸がつかえる様な気持ち悪さを感じつつも、リコリスは魔族『ピースコール』の後を追った。
「ええい、しつこいぞっ!! 騎士の癖に暗殺者の如き戦い方をしおって!! 卑怯なり!!」
『然り、然り』
リールイ森林の入り口で、苛立ちを口にしながら上へ下へ、右へ左へと動く人影がひとつ。
辺り一面にクレータが幾つも出来、今もまたひとつ、大きな破壊音と共に作られる。
「ちょこまか逃げるんじゃないでし」
「こやつ、本当におみなごか? 筋肉隆々の巨漢が魔法で姿を偽っているのではあるまいなっ!?」
「失礼な奴でしな。私はぴちぴちの女の子で――」
白い鎧の騎士――セントレアが、会話の途中で膝を着く。咽る様な咳を手で抑えると、掌に血がべっとりと付いていた。
「フン、減らず口を叩いておるが、臓腑は満身創痍では無いか。槍兵を返り討ちにする弩手、やはり某は天才か」
『拙僧よ、油断するな。姿が見えるうちに止めを』
仮面の弩手が言い切る前に、セントレアは木々へと姿を晦ませる。
身長が低いのを利用し、弩手の視界から極力外れる。それしかあの金縛りの術に対抗できる手段が思いつかなかった。
目は良いようだが、流石に遮蔽物を跨いで知覚出来る訳では無い様で、セントレアは死角から攻撃しては離れるを繰り返していた。
(肺をやられたでしか。……あの厄介な術さえなければなぁ)
血を拭って、セントレアは隠れながら弩手の様子を見る。
出来れば生かして捕えたいが、手を抜けばこちらが死ぬ状況である。
土地勘があり木々に隠れられる分こちらに地の利はあるものの、負傷している分こちらが不利だろう。
(全く、まさかいきなり死にかけるとは思わなかったでし。王都ではデカい魔物がいきなり目の前に現れるし。もしかして私、呪われてるでしか?)
心の中で悪態をつきながら、どう切り崩していくかを頭の中で構築する。
近づいても、未来予知紛いの避け方で掠りもしない。直ぐに離脱しなければ硬直させられる。……やはりあの目が厄介だ。
「やれやれ、これでは立場が逆ではないか。姿が見えているのにも関わらず、弩手からこそこそ隠れるなど、みっともない」
『然り』
言いたい放題である。絶対に一発入れる事を心の中で決めながら、冷静に機を待つ。
『拙僧よ、ピースコール殿が母体の元へ向かっておる』
「何? 退くにはまだ早かろう」
『ノイモントの守護獣と名高い幻獣が居合わせておるでな。逃げ帰っておる。まぁ、妥当であるな』
「フン、そうか」
視線をルマリの方角へ向け、遥か遠くで移動をしているピースコールを凝視する。
その先に、巨大な黒い植物が暴れているのが目に映った。
『その……なんだ。拙僧よ。レクスの母体が既にやられておるでな……』
「えぇ……私に任せておけと豪語しておったというにこの様か……いやそれにしても速過ぎでは??? 何が起こった???」
『わからぬ。想定よりも数刻早いが、離脱すべきである』
「ううむ、せめて純白の騎士だけでも――」
辺りを見回しても、セントレアの気配がしない。
逃げた……とは考え辛い。またも死角をついてくるかと、意識を周囲へと向ける。
「む、何処へ――」
『ッ!? 前方ッ!!』
「な――」
弩手が前を見やれば、セントレアが持っていた槍が弩手を今まさに貫かんと迫っていた。
直ぐに弩を構え。槍へ向けて射出する。
「某よ、魔力を回せッ!!」
『然り』
射出と同時に、空を切る様な風が巻き起こる。
音を立てて発射された矢が槍と衝突する。
『右へ飛べいッ!!』
「チッ」
矢が弾かれ、コンマ数秒前に弩手が立っていた所へ矢が突き抜ける。矢により速度が落ちていた物の、鋭い投槍の一撃で周囲一帯が吹き飛ばされる。
「馬鹿な、まだこれだけの力が」
『後ろへ――』
「遅いでし」
「な――ごふっ!?」
鎧を外し身軽になったセントレアが、弩手の懐へ入っていた。
見た目は可憐な少女であるが、その拳から放たれた苛烈な一撃で、弩手が遠くへと吹き飛んだ。
一歩間違えれば死ぬ。槍を手放し素手で殴りつけるという騎士らしからぬ戦闘だが、上手く事が運んだ。
「ぐ、この、卑怯者めがァ」
『拙僧よ、足が動くうちに退け。元々不利な盤面である。負傷させた時点で拙僧らの勝利よ』
セントレア程の深い傷は負っていないが、これ以上の戦闘継続は悪手である。
自分に言い聞かせるように、仮面の男は立ち上がる。
「チィ……運が良かったな純白の騎士。今日の所はこれで退く」
「完全に台詞が悪役のソレでし」
「黙れ。次はこの様な児戯では済まさぬ。良いか、貴様は負けたのだ。今回は某の勝利。それは揺るがぬ」
『拙僧よ、急げ。ディゼノの冒険者共が近づいてきておる』
「フン、精々首を洗って待っていろ」
捨て台詞のオンパレードが終わると、弩手が走り去っていく。
追いかけようとした所で、またも胸が苦しくなる。死に至る程では無いが、少し無理をし過ぎたようだ。
「はぁ、面倒な事になったでし。加えてこんな傷まで負って、アーキスに怒られるだろうなぁ」
ぺっと血の混じった唾を吐き捨てて、槍を杖代わりに歩き始める。
ルマリは無事である事が分かっているため安心半分、首謀者と思わしき人物を逃し面倒事が増えたと不安半分を抱え、セントレアはルマリの方角へと向かった。




