戦える健気な美少女が最近のトレンドだからな
アルラウネはまたも体を変異させ、黒炎を吸収した時の様な黒い植物へと姿を変える。
ボタンをそのまま食らおうとするが、危なげなくボタンは避け続けている。
『ちょこまかちょこまか……ちょっどすでろ!!』
がちがちと歯を鳴らし、辺りを破壊しながらボタンへと迫っている。ボタンが跳ねるのを止めると、ぶるりと震えて魔法を行使する。
アルラウネの影から大きな腕が現れ、顔と思われる部分を思い切り殴りつけた。
『あぐうっ!?』
突然現れた腕に対応しきれず、そのまま勢いを付けて地に倒れこむ。しかし、直ぐに立て直すと黒い腕に向かい大きく口を開いた。
『――う、ぐう。効いたべさ。でも、にっさのソレも魔法だべ。へずげだなもの……!!』
拳を握っている手をそのまま食らいつく様に大きく口を開き、咬み付いた。
そのまま飲み込む様に、黒い植物は口を動かし食らっている。
「……んー?」
魔力を吸われている感触を感じ取り、ボタンは直ぐに魔法を解除する。
崩れる様に腕が無くなり、ボタンは再び跳ねつつ距離を取る。
「きゅ、ちゅう」
『ん、闇魔法だにゃぁ。流石に普通のスライムとは違うべ』
「んふ」
満足気に声を出すと、次なる魔法を使用するべく、ボタンが身を震わせる。
しかし、その前に後ろから伸びてきた蔦に掴まり、そのまま引っ張られる。
「んふ、じゃないが」
「うぎゅ」
「ったく、勝手に動くんじゃないよ。心配するじゃろがい」
「んー」
俺は、ボタンをユーリの蔦から受け取りポンポンと撫でる。
いつ食われるかも分からん状況で、後ろから見ててヒヤヒヤしたぞ。
『む、今度は獅子にめんごいへなごだべ』
「ただの可愛い美少女じゃないぞ。この世界で一番可愛く美しい美少女のハナちゃんだ。覚えとけ、ど黒雑草」
『おらの言葉が分かるべさ? エルフにしては少し……って、誰がど黒雑草だべ。口汚いへなごだにゃあ』
アルラウネが腕を組んでむすっとしている。
話している間に逃げ出したい所だが、ボタンが今にも飛び出しそうだ。何がそうお前を駆り立てると言うのか。
あれか? 黒い魔物のマスコットキャラが被るから優劣を付けておこうという魂胆か? 安心しろボタン、お前とアレじゃ可愛いのベクトルが違う。いだだ、頬を叩くのはやめなさい。
「ほのぼのしてる場合じゃないぞハナ」
「わかってるわかってる。ユーリ、お前にハナちゃんのシリアスマジモードを見せてやる」
ごほんとひとつ咳をして、アルラウネへと話しかける。
「そこのアラルウネ。ちょっと落ち着いて話でもしようぜ」
『アルラウネだべ』
「まぁどっちでも良いだろ。それとも名前とかあるのか?」
『……ヴェガ』
ヴェガちゃんね。話は聞いてくれるようだ。アウレアの奴よりはやりやすいな。
「なんでこんな事するんだ? ご主人様って言ってたけど、誰かに命令されてるのか?」
『な、何故それを……』
「コイツ、耳が良いんだ。一人でべちゃくちゃ言ってるのを聞き取っただけだぞ」
「イエース」
『ぐぐぐ……盗み聞きなんて卑怯だべ!』
素直な子だな。嘘を付くのは苦手そうだ。良く見ると結構可愛いし、暴れなきゃ俺が欲しいくらいだったのに。もったいねーなー。
ジロジロとヴェガを見つつも、シリアスモードなので余計な話は控え、話を続ける。
「ダメだぞ、人様に迷惑かけちゃ。早く犬っころを引っ込めておうちに帰りなさい」
『おらはわらすじゃねえ! おらはあるじ様に言われてディゼノへ行くだけだべさ。邪魔しねえでけろ』
なるほど、あっちに行くつもりだったのか。良かった、あのデカブツが街に来たら人はともかく、物損が酷い事になりそうだ。
コイツを止めるより、そのあるじ様とやらの話を聞いた方が良いんじゃないか?
俺はそう思い、ヴェガへと問う。
「そのあるじ様とやらは何処にいるんだ?」
『今はルマリっちゅう村へ行ってるべさ』
「ポンポンしゃべるなこいつ」
『っ!?』
「……おばか」
「あ、わりぃ」
ばかユーリ。言わせておけば良いのに。ユーリを頭をこつんとしながら、今言った事を聞き返す。
「ルマリにお前の主がいるんだな?」
『い、言わねえだよ。もう話は終いだべ!』
「だべだべ」
『このあがっすけなスライムめぇ……!!』
そう言って距離を取り、砲口をこちらへと向けてきた。
俺は横目でダイナ達の様子を見る。シーラを引き摺っているが、全然動いてない。流石にドラゴンは無理だろ……。
(いつもの事ながら、余計な事を考えず目の前に集中してください!)
(へいへい。……おいユーリ、さっきの失態はここで巻き返せよ)
(アイアイサー)
ルマリが心配だけど……リコリスがいるから問題無いだろ。ジナも向かってるしな。
「そのタネマ〇ンガンは効かんぞ、ボタンが全て受け止めてくれるからな」
『そいつは後でじっくり食すべさ。まずはにっさからだべ』
またも、ヴェガの体が変異していく。
先程の食虫植物の様な姿とはまた違う。肉厚な葉が花弁の様に広がり、先端は黒く鋭利に尖っている。
『へなごも獅子も、切り刻んで肥料にしてやるべさ』
下の葉を回転刃の様に回しながら、ヴェガが飛んだ。植物なんだから飛ぶなっちゅーの!
「任せな。同じ植物同士、負けないぜ!!」
蔦を何本も結い、巨大な槍の形状が出来上がる。
そのまま、ヴェガへ向けて突き刺す様に蔦を伸ばした。
『そんなへなへな、効かんべさ』
棘に変質したヴェガの腕が、蔦の槍を真っ向から斬る。
ぶちりとキレる音が聞こえ、蔦が二つに分断された。そのまま、ヴェガが勢いを付けて迫る。
「ユーリ!!」
「平気だ、このくらい!!」
分断された蔦が、そのまま回転刃へ絡みつく。
何本もの蔦が切断されるも、力任せに葉に絡みつき、無理矢理に動きを止める。
「おお、やるな」
「そのまま引きちぎったる」
ギリギリと音をたてて、ヴェガを締め付ける。
回転刃が食い込むも、勢いの無い刃はユーリの蔦を切断するに至らず、拉げていく。
しかし、そのまま引き千切られるのを待っているヴェガでは無く、腕に着いた二つの黒い針が蠢き出す。
ドリルの様な形状に変わり、そこから幾つもの棘が生え出し、回転を始める。瞬く間に蔦を削り、再び自由になる。
『旧植生魔物種の攻撃なんざ効かねえべさ』
「魔物じゃないぞー」
『どっちでもいいべ』
回転している二本の腕をこちらに向けたと思ったら、そこから沢山の棘が射出される。その恐ろしい程鋭利な棘の一本一本が、当たった時点で俺の体に致命傷を負わせるであろう。
「チッ、ユーリ! ボタン!」
「んー」
クソ、回転してるせいで変な動きをしやがる。
ユーリが蔦を、ボタンが【シャドウエッジ】を、俺がナイフを取り出し、一つ一つ捌く。
『ほう、へなごも戦えるべさ』
「おうよ。戦える健気な美少女が最近のトレンドだからな」
迎撃でわちゃわちゃしているどさくさに紛れ、魔糸を繋いだ一本をヴェガへ向けて放つ。
そのナイフを、ヴェガは足の葉で蹴り飛ばした。
『つまらん攻撃だにゃぁ』
「せやな」
『――ッ!?』
吹き飛ばされたナイフが勢いをそのままに軌道を変え、ヴェガの背中へと突き刺さる。THE・初見殺しの味を堪能して欲しい。
『ガッ……このっ』
突き刺したナイフが引っぺがされる。
魔糸で動かそうとするも、びくともしない。流石に力負けするか。
『うぐっ、三対一は卑怯だべ……』
「レクス沢山引き連れて来たお前にだけは言われたくないが」
『あんなの、種子で洗脳した木偶の坊だべ。戦力にへれて無いべさ』
こいつ、サラッととんでもない事言いやがるな。洗脳まで出来るのか。危険すぎる。
「やっぱナイフじゃ倒せんか」
「でもよ、結構効いてるみたいだぞ」
『別にィー? 少し魔核に掠っただけでぜーんぜん効いてないべさ!! いくれてんげな事言うんじゃねえべ!』
「分かり易すぎる……」
「んだんだ」
魔核……魔物でいう所の心臓部に掠った様で、ヴェガが弱っている。
普通心臓掠ったら死ぬと思うんですが……そこは元の世界とは違う理の生き物って事だな。
『油断したべ……にっさが一番の強者だったべや』
「にしし、いやぁ偶々っすよ偶々」
『絶対あるじ様の邪魔になるべ。おらの命に代えても、ここで確実に殺すべ』
「……え?」
ヴェガの体が変質していく。根を張り、ぐんぐんと伸びていく。ヴェガの周りが干ばつし、周りの植物が枯れ始めた。
ああ、これはアレだ、アウレアの時と一緒だ。俺を『敵』だと認識し、本気で俺を殺しに来る。
以前はズタボロで、生きる事だけに必死だったけど……今は仲間がいる。大丈夫だ。返り討ちにしてやるぜ。
「にしし、俺は死なんぞ。なんでも来やがれ」
「いやぁ、何でもは勘弁して……」
「にしし」
ヴェガの可愛らしかった姿は無く、巨大な植物の化物がそこにはいた。
多肉植物って見た目グロいのが多かったよな……まさにそれをレベルアップさせたような姿だ。
そのトゲトゲとしたウェガの葉が、俺達へ向けて襲い掛かる。
「結局やってる事は同じだろ! ユーリ!!」
再び、ユーリが蔦を仕向ける。
そのまま棘へ絡みつこうとした時、ヴェガの葉から白い糸が無数に生え出した。
白い糸が蔦へと触れた瞬間、ユーリに異変が起こる。
「ぐっ!?」
「おいどうし――ッ!?」
ガクリと体が崩れる。完全に倒れている訳では無いが、足に力が入らないのか、しゃがみながら体を震わせている。
「体が、動かん」
「なんだ? 何しやがったッ!!」
そのまま蔦をはねのけ、俺へ襲い掛かる。
まずいな、俺はともかくユーリがヤバい。避けるのは無しだ。ならば――
「ボタン!!」
叫んだ瞬間、目の前に影の腕が現れる。
しかし、葉の数が多すぎる。大半は薙ぎ払えるが、それでも幾つかの葉を取りこぼす。
「だァァーッ! この野郎がッ!!」
もって来ていたナイフを総動員して、鋭利な葉を根本から斬り落とす。
クソ、数が多すぎるわ!! 頭がパンクする!!
『そのまま串刺しになるべさッ!!』
「なるかボケッ!! おい、しっかりしろユーリ!!」
「む、ぐ、ぐぅ……」
あの白いのが原因か。ダメだ、余計な事が考えられん!!
ついに、捌ききれず目の前に葉が迫ってくる。
「ぐっ、この――」
「やらせるかッ!!」
「んなっ!?」
その葉が、目の前で弾かれる。
目の前には、赤い髪の冒険者が剣を構えていた。ダイナだ。こいつめ、美少女がピンチな所に颯爽と現れるとは……粋な事しやがる。
「ふいー、危なかったなぁ」
「シーラは大丈夫なのか?」
「ああ、何とか人に変化して貰ってな。今はオクナに手当てをしてもらっている。というか、君、本当にハナか? なんか雰囲気が――」
「あー、まぁそれは後で話す。まずはあのバケモンをぶっ倒す」
「……そうだな」
俺はユーリから降りる。こいつも後ろで休ませてやりたいが、時間が無い。少しだけここで休んで貰おう。
巨大になったヴェガを前に、俺とダイナで立ち向かうのだった。




