ひん剥いて店に飾ってやる
思わず素が出てしまった。まさかそんな罠があるとは……見抜けなかったこのハナちゃんの目を持ってしても。
狼狽えていた俺の頭に、リナリアはポンと手を置いた。
「今は戦いに集中しようか。……大丈夫、君が困る様な事にはならないし、させないよ」
「え? あ、ああ、ハイ」
リナリアは笑いながらそう言い、再び風の鞭を振るう。
そうだな。まずは目の前の敵を何とかしないといかん。
「エルフ? でも、耳が尖がってませんよ?」
「違う。彼女は恐らく――」
「ほらほら、話は後で! 今はあの魔物を倒す事を考えるよ!」
オクナとガーベラは一瞬気を取られるも、再びレクスを倒す事に集中する。
シーラもこちらをチラッと見ていたが、直ぐに黒いアルラウネへと意識を向けた。
ダイナが十分に距離を取った事を確認すると、シーラは黒い炎弾をアルラウネへと放つ。
大黒狼は沈黙している。あのデカブツは兎も角、アルラウネの方は当たればひとたまりも無いだろう。
アルラウネは地まで下げ背中を空へと向ける。諦めたのかと一瞬思ったが――
『単細胞の龍が、また性懲りもなく餌をよこしたべ』
アルラウネの美しい肢体から、口の付いた黒い植物が勢いよく生え出した。
その植物が大きく口を開き、黒い炎弾を一飲みにしてしまう。
「なっ、んだあれ!! いきなり生え出したぞ!!」
「炎を……いや、魔法を食べているの?」
「アルラウネがそういう芸当を出来るとは聞いた事ないけど……あれが本体だろうね。随分と恐ろしい姿だ」
食事感覚で炎を咀嚼しそのまま飲み込むと、黒い植物が縮み、再び女の子が動き出す。
『けっふぅ……はいごっそさん。美味かったべ。もっとおくれおくれ』
「こいつ――俺の炎が効かねえのか?」
『んだなぁ』
「チッ、この野郎」
言葉は分からずとも先程の魔法を催促しているのが分かり、シーラは憤慨している。
さっき魔法が効かなかったのもこいつの所為か? 狼に寄生してたら口が開けないと思うんだが。
『もう終いだや? じゃ、ちゃっちゃどおっちぬべ』
黒い少女の腕が、異形へと変わる。植物が幾重にも重なり、まるで砲塔の様に形どられる。
その発射口から、刺々しい種子が放たれた。
「は、こんなモンでっ!!」
「待てシーラ!! 素手で触ったら――!」
ダイナが咄嗟に叫ぶが、シーラはそのまま思い切り種子を叩き落とす。
その手が触れた直後、種子が勢いよく破裂し、シーラの腕に無数の棘が突き刺さる。
「ぐっ!! がぁぁっ!!」
「シーラ!!」
地に落ち、苦悶の表情で腕を抑えるシーラ。
腕が棘だらけでグロすぎる……絶対痛いだろアレ……
(絶対痛いとかそんなレベルじゃ無いだろ……)
(お前あれが来たら死ぬ気で避けろよ。最悪蔦を盾にしろ)
(ええ……あれ毒入ってそうで嫌だなぁ。大体、なんだよあのアルラウネ? って魔物。龍より強いのか?)
(いいえ、龍は幻獣……リコリスさんと同等の力を持っています。シーラさんの様子だと、何故か全力を出せてない様ですが……それでも、通常種のアルラウネが敵う相手ではないはずです)
(じゃ、通常種のアルラウネじゃないって事だろ)
黒いトレントもヤバかったしな。通常のトレントを知らないけど、絶対あんなじゃないってのは分かる。
こいつもあのトレントと同等か……いいや、前回よりも何倍も強い。何より、こいつは知性がある。
『くっふ……! おらが……こんおらが、こんが魔物に寄生せんでも、龍を圧倒しているべ。もはや旧種の龍なぞ目じゃねぇべさ!! このまま全部養分にしちまうべ!!』
思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い奇声を上げ、アルラウネは体の至る所から砲口を出し、先程の種子を全方位へ飛ばす。
後ろにいた大黒狼を巻き込み、他のレクスも巻き添えにし、大量の種子がこの場を支配する。
「【ルーア】!!」
オクナが水の盾を目一杯に広げる。
水に触れた瞬間、種子が爆発するものの、貫通するまでには至らない。しかし、量が量だ。いつ終わるかも分からないし、ずっとはもたないか。
「ダイナっ!!」
「グッ……オオォォォォッッ!!!」
シーラの前に立ち、種子をひたすら【ノトロクロウ】で弾いている。
まずい、あんな動きずっと続くわけ無い。急いであのアルラウネを止めないとタイヤくんが棘で破裂してしまう。
「厄介だね……魔法は効かないし、攻撃を当てようにも近づけない」
「私が――」
「ダメだよ、ガーベラちゃんじゃ決め手に欠ける。近づけた所で止められないだろう?」
「でも、このままじゃダイナ達が!!」
なんとか、あのアルラウネを止めれないか。
考えていると、服の中からもぞもぞとボタンが主張してくる。
「ボタン、今は――」
「んー!」
「む? うおっ!! ちょっ!?」
「ん」
ぽよんと俺の服から出ると、ぐにぐにと伸び縮みしている。
まるで準備体操――ってまさかこいつ!
「おいまさか」
「ちゅう」
「なっ!! ボタン!!」
今まで見た事がないスピードで、ボタンが前へと突出する。
「待てっ! ボタン! 戻って来い!」
「ぎゃー!! 毛を引っ張るなって!!」
「ユーリ!! 前に出ろ! ボタンがヤバい!!」
「オイラもヤバい!!」
「ッ! ボタン!!」
勢いよく飛び出たボタンが、アルラウネの種子に接触する。
その後、種子が勢いよく破裂……する事なく、ボタンの中へそのまま入り込んだ。
「コラー!! ボタン!! そんなもの食べたら腹壊すぞ!! 吐き出しなさい!!」
「そういう問題か?」
「……んー」
ボタンは咀嚼するように体内で転がしている。
その様子を見て、アルラウネは首を傾げている。
『……? なんだべ、このよわっちそうな魔物は』
「まず」
『!?』
そう言って、ボタンは種子をぺっと吐き捨てる。どうやら、ボタンにあの種子は効かないらしい。
その様子を見たアルラウネが、わなわなと震えている。
『おらの種を雑になげるなんて上等だべさ。見た所、にっさもおらと同じ【あぽろす】の新種だにゃぁ。しめてあるじ殿の手土産にするべ』
「するべ、するべ」
『んだなぁ。余裕ぶっていられるのも今のうちだべさ。新種と言えど元はスライム。大したことねえべ。折角新種になれたのに、むつっこいにゃぁ』
「んだんだ」
『……あんまりバカにしてっどごしゃぐよ?』
喧嘩売ってるつもりじゃないんだろうが、アルラウネの癪に障ったようで戦闘態勢に入っている。
結果的に種子の乱射は止まったが、今度はボタンが危険だ。
「ガーベラちゃん、今のうちに、シーラのフォローへ回ってくれるかい?」
「わかった」
ガーベラは直ぐに移動を始める。
ダイナは限界だったのか、座り込んで息を整えていた。突拍子無い行動だったが、なんとか繋いだな。
あの種子のおかげでレクスがほとんどいなくなったのは良いが、その分あのアルラウネが危険すぎるんだよな。
「あの魔物、ボタンをマークしたみたいだね。私でフォローしてみるよ。オクナちゃんはハナちゃんを――」
「いや、俺がやる」
「……え?」
俺のペットが危険だってのに、見てるだけなんてあり得ないだろう。
リナリアの言葉を遮って、ナイフを取り出す。
「大丈夫。ユーリがいる。ボタンもいる。俺だってそこそこやれる。あんな雑草如き直ぐに除草してやるよ」
ナイフを放り投げ、そのまま宙へと浮かせる。俺だって超が付くほどのレアスキル、【人形遣い】がある。未だ人形を扱えてないけど……それでも、着実に扱えるようになってきているんだ。
リコリスに、危機感が無いからあんまり戦うなって言われたけど……ボタンが危険なら仕方ないよな?
「よーし、行くぞユーリ! あの雑草女、ひん剥いて店に飾ってやる」
「あんなの店にいたら爺さんの店潰れんぞ……」
突っ込みつつも、のっしのっしと前へ進むユーリ。さっきまで頑なに前に出たがらなかったのだが。何だかんだで、こいつもボタンの事は心配らしい。
リナリアの制止を振り切り、俺はボタンの元へと向かった。