ハナちゃんはドン引きであった
大黒狼の攻撃は単調ではあったが、その巨躯から繰り出される攻撃の一つ一つが重い。
ダイナは攻撃を回避しつつ敵のスキを伺っているが、単調であるにも関わらず、速度が速く中々手が出せない。
「だぁーっ!! クソ、デケェ癖になんでこんな小回りが利くんだよ!」
「シーラも似たようなもんだろ」
「こんなのと一緒にすんな!!」
シーラは空中から仕掛けようと試みるが、全て受け流されてしまう。
強靭な体毛もそうだが、シーラの攻撃を沿うように避け攻撃に転じているので中々大きなスキが作れないでいた。
リコリスもそうだが、どうやってあんなぴょんぴょん動けるんだ。兎かおめーは。
「あそこまで行くとAランク並みの魔物に匹敵するねぇ。これは急いで正解だったかな」
「リナリアさんっ!!」
隣にいたオクナが叫ぶ。
どこから現れたのか、黒いレクスの群れが後ろからリナリア達へ牙を剝く。
「いきなりっ!? どこにいたんだ!!」
「くっ……【ルーア】」
オクナが咄嗟に魔法を使う。突如現れた水の盾が、レクス達を阻む様に立ちはだかる。
火、風、土と見てきたが、水は初めてだな。本当に水がいきなり現れるとは。分かってはいたが驚きである。
しかし、その水の盾もレクスの数が多く全てを防ぎきれない。俺とユーリもフォローに回ろうかと思った矢先、ガーベラが来てくれた。
「任せて」
オクナへと飛び掛かったレクスを、ガーベラが一太刀で斬り捨てた。
おお……ガーベラの持ってる剣が禍々しい。呪われてるのではと思うほどごつい短剣だ。
「まだこんなに伏せていたとはねぇ。流石に手が回らないかな」
「リナリアさんは魔力を温存して。私とオクナで何とかする。ハナとユーリもリナリアさんの近くに」
「わかった。ヤバそうなら言ってね。私もフォローするから」
「この程度なら、平気」
その手に握られた、先の湾曲している短剣で襲い掛かってくるレクスを斬り伏せる。
オクナも態勢を立て直し、魔法を行使する。
「オクナも、魔力は極力温存して。私が守るから」
「はい、任せて下さい!」
オクナが向かってくるレクスを魔法で攻撃し、近距離まで詰めてきたレクスをガーベラが撃退する。
リナリアは、大黒狼のスキを伺っている。
なんだかんだパーティとして上手く機能しているが――このレクス共、マジで数が尽きない。無尽蔵に生み出されてるんじゃねえかってくらいいるな。
(おいセピア。レクスって実は分裂するのか?)
(する訳ありません。しかし、以前確認されたスライムを生むトレントを見る限り、絶対とは言えないかと)
冗談で言ったのを真面目に返されてしまった。マジかよ……これはルビアの言う通り、大元の原因を潰さないとダメかもしれないな。
見た所、大黒狼が生んでる様には見えないが……さて、どこに手品のタネがあるか。
(ユーリ、俺達もやるぞ)
(え? ハナからやる気出すなんて珍しい)
(こんな状況でやる気も何もあるか。やらなきゃ死んじゃうんだぞ)
とはいっても、俺が所持してるのはナイフ数本だけ。リコリスめ、こういう事があるから魔断の剣を貸せと言ったのに。
ないものねだりしても仕方が無い。ユーリに頑張ってもらう他あるまい。まず、このレクス共の他に何か他の生物がいないか探してみるか。
(ユーリ。レクスの他に何かいないか分からんか?)
(植物達は特に反応してないけどなぁ。ハナも聞く?)
(そうだな、【同調】してくれ)
(おっけ)
ユーリが【同調】を使った途端、草木が騒いでいるのが耳に入ってくる。そこまでうるさくも無いが、大事な話を聞き逃しそうで怖いな。
その植物が騒がしい中に交じって、誰かの話し声が聞こえた。
(ダイナ、そこよそこっ! あーもう! ちゃきちゃき倒しなさいちゃきちゃき!)
(リオンっ! 無茶っ! 言うなっ! これっ! きつっ!)
(こんな奴、あのデカくてキモかったブラックモンスターより弱いでしょ! そこの黒龍と一緒に攻め落としちゃいなさい)
(無理だって!! 【ノトロクロウ】で傷一つ入らないんだからさ!)
(技はそれだけじゃないでしょ? 【古生物学者】を持つあんたならイケるわよ。そうねぇ、ラッシュなんちゃらってヤツ、使いなさいよ)
(【ラッシュトリケ】!! 後、あんな技スキが多くて使えるかっ!!)
ダイナとなんか可愛い女の子の声が喧嘩じみた会話している。どうやら、ユーリが言っていたダイナと会話している補助神らしき声だろう。
【古生物学者】ねぇ……たぶんスキルの事なんだろうが、あんまり戦闘向きじゃなさそうだ。というか、そんなのまであるんか。すげーなスキル。
それにこのリオンって子、セピアと違って精神論全開で疲れそうだ。戦闘しながら良くあんな念話出来るなアイツ。
(ハナ、盗み聞きしてる場合じゃないぞ。このままじゃジリ貧だ)
(分かってる。しかし、マジで騒いでるだけだなこの雑草共)
(でもよう、そのお陰であのデカい奴が観測出来たんだぜ?)
(まぁそうなんだけど)
耳を澄ましても、黒いだのデカいだの踏むなだの、以前聞いたような中身の無い言葉が飛び交っているだけである。
(仕方ない。今はあのデカブツをやる事に専念しよう。アイツ倒せば周りのレクスも消えるかもしれないし)
(その根拠は?)
(ボスを倒したら雑魚沸きは止まる。あっしの経験則でし)
(信頼度が低すぎる)
しかし、下手に近づいても邪魔になりそうだな……俺の射程でも一瞬で近づかれるしな。かといって、ナイフを投擲した所で俺の腕力じゃへなへなナイフしか飛ばせないし。そもそも、あの毛皮に邪魔されて刃が入らないか。
ああいうのはぶっ叩いた方が効果的なんだよな。何か重い物ぶつけてやれればいいんだが。何かないか、手頃な投擲物。
……ふむ。
(ユーリ。俺達もレクスを駆除するぞ)
(え? あのデカいのは?)
(レクスを駆除してデカいのも駆除する)
(え? え?)
いまいちわかってないユーリだが、先程ここでユーリがやっていた事をまたやるだけだ。ちょっと難易度上がるけど。
「ガーベラさん、オクナさん。私達も手伝います」
「ダメですよ! 危険です!」
「うん。いくらその精霊がいても、危険」
「あーん? そんなのへーきへーき……じゃなかった、大丈夫です。さっきだって、ユーリと一緒にレクス達を撃退したんですから!」
全部オイラがやったんだけどな、と念話で呟いてきたのをスルーしてレクスの方へと向く。
まだまだいるな。スプラッター映画みたいだ。
(ユーリ。さっきここでやってた、蔦でレクスをぶん投げるのできるか?)
(え? それくらいなら出来るけど)
(じゃあ、あのデカブツにぶん投げる事も出来るな?)
(……マジ?)
当たるとは思ってないが、牽制くらいにはなるだろう。
(でも、邪魔にならないか? レクスをあっちに送っちまう訳だし)
(そこはお前がきっちり再起不能にしておくんだよ)
(無理無茶無策!)
美少女の辞書に三無など存在しないのだ。という訳で、レクスをタマにして投擲開始である。
後ろで二人が止めようとしてくるが、既にレクスはこちらへと向かってきている。
「よし、やっちまえユーリ」
「だーもう! わかったよ!」
近づいたレクスを蔦で掴み上げる。
そのままぶん投げる……と思いきや、ユーリは蔦を下に叩きつけレクスを攻撃した。
「これで気絶させて――そいやっ!!」
ゴツい蔦から放り投げられたレクスが、一直線に大黒狼へと飛んでいく。
一匹、二匹と次々レクスがぶっ飛んでいく中々シュールな絵面になっている。
オクナもガーベラも、次々ぶっ飛ばされていくレクスを見て驚いている。
「め、滅茶苦茶ですね」
「というか、ユーリ、喋れたんだ」
バレてるぞユーリ。まぁそう長く隠してはいられないだろうけど。
……おっと、軌道上にダイナがいるな。
「タイヤくん!! 離れて!!」
「え? は? うおおおっ!!?」
後ろからレクスが飛んできたのを、ダイナは飛んで躱す。危ない危ない、逆にダイナを追い詰める所だった。
奥にいた大黒狼も流石に予想外だったのか、反応が遅れた。大黒狼は受け止めると言う選択肢を捨て、上へと高く飛びレクスを避ける。マジか、どんだけ高く飛べるねん。
しかし咄嗟に空中へ逃げたのは悪手であった。そのスキを、シーラは見逃さなかった。
「だりゃあァァァァァァ!!」
「グフィィっ!!?」
大黒狼が飛んで回避した所を、シーラが拳でどついた。
肝臓部へのボディーブロー。龍なのに、不良の喧嘩みたいなスタイルで大黒狼を空中から叩き落とした。
「アッハァ!! ざまぁーみろ!! ナイスだ精霊!!」
「よし、今だね。シーラ、下がって」
リナリアは大黒狼へ手を向ける。
さっきみたいにド派手な魔法が来るに違いないと、俺はぎゅっとユーリの蔦を掴んで身構えた。
「斬撃よりも打撃かな」
そう呟くと、周囲の土が盛り上がり幾つもの岩となって大黒狼を取り囲む。
数にして何十……いや、下手すると何百単位だろう。広範囲に散りばめられた岩が、リナリアの手によって作られていた。
「余計な小細工はいらないね。全力で叩き潰す」
一斉に、大黒狼へ向けて岩が放たれる。
姿が確認できないほどの高密度攻撃にハナちゃんはドン引きであった。これ最初からやれや。
「これほどの魔法、動きを制限しないと避けられる。リナリアさんの魔力もこれでほとんど尽きるから、確実に当てられる状況を作る必要があった」
と、顔に出ていたのかガーベラが補足してくれた。
「オクナちゃん」
「――【ジウスディーラ】!!」
オクナが祈りを捧げる様に目を閉じ、魔法の名を唱えた。
無数の岩が次々に襲い掛かり、山となっていた場所から巨大な水の柱が空へと突き出る。
岩の中にいた大黒狼が、まともに【ジウスディーラ】をくらう。その圧倒的な水量と水圧に負け、空へと突き上げられる。
「おお。流石オクナ。また威力上がった?」
「あれだけの水量だ。制御が難しいだろうな。暴走する前にやめた方が良いぞ」
シーラが言い終える前に、噴き出ていた水が収まっていた。
オクナを見れば、びっしょり汗をかいて座っている。リナリアも、疲れた様子で膝をついていた。
「魔力、全部込めちゃいました……ごめんなさい」
「私も、ちょっとやり過ぎたかも。だけど、流石にここまでやれば――」
い、いかん。それは「やったか?」と同じくらいダメな旗だ。
空に舞い上がった水が、雨の様に降り注ぐ。
「おいダイナ」
「……ああ」
苦虫を噛み潰したような顔で空を見るダイナとシーラ。
「アイツ、まだピンピンしてんぞ」
「……マジかい?」
ズドンと大きな着地音をさせ、大黒狼が空から戻ってきた。
ずぶぬれ、泥まみれであるが――その体には、傷一つ付いていなかった。