俺と同じ転生者である
「ダイナ! 大変な事になったな!」
「シーラ、笑顔で言う事じゃない」
ニコニコ顔で詰め寄るシーラを、ガーベラが諫める様にじっと見ている。
「まだ俺達が何をするとか決まってる訳じゃないんだけどね」
「何? 黒い魔物がいるのに黙って見過ごすのか?」
「もう、相変わらずシーラはせっかちです」
「いや、ディゼノには来たばかりだからね。ギルドの指示も聞かずに勝手に行動するのは――」
既に準備完了と言わんばかりのシーラを、オクナとダイナが落ち着かせていると、後ろに大きな気配を感じた。
ダイナが振り向くと、真後ろに大きな獅子がいた。
「……」
「……え? は?」
何故魔物が? どこから来た? と思考すると同時に体が勝手に飛びのいた。
一瞬慌てたが、周りは特に気にしていない様子。誰かの従魔だろうか。王都でも魔物使いは居た為、ダイナは直ぐその答えにたどり着いた。
「お、こいつか。さっき感じた精霊は」
「精霊?」
「ああ、結構な大物だぞ。本来従属なんて出来ないほどの力なんだがな、首輪なんて付けてやがる。飼い主は誰だ?」
「おいシーラ、危ないぞ」
シーラが獅子に近づいて頭を撫でる。
獅子は特に気にした様子も見せずに、シーラを受け入れていた。喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を細めている。
「……かわいい」
「私も撫でて良いですか!?」
獅子はオクナの言葉に頷くと、その場で座りこんだ。
三人で獅子を撫でていると、シーラがハッとして大声を出す。
「今はこんなことしてる場合じゃないだろ!」
「自分から始めたのに……」
我に返ったシーラはダイナへと目を向ける。
ダイナは何やら考え事をしている。時折ダイナは、どこかを見つめる様に思考する癖があるのだ。とは、オクナの私見である。
「おい、ダイナ」
「……ん? 何?」
「何じゃないだろこんな時に。さっさとルビアの所へ向かうぞ」
「え? なんでそんな話に?」
「今決めた」
ダイナは二人を見ると、呆れたように首を振っている。
シーラはいつも話が飛ぶからめんどい、と普段からガーベラに直接言われているが、当人は直すつもりが毛頭無い。
遠くから副ギルドマスターであるリナリアの声が聞こえる。どうやら降りてきたようだ。やたら騒いでいるのが気になるが。
「お、来たな。じゃあ行くぞ」
「うぇ!? ちょっ!? 急に引っ張らないで下さいよ!!」
隣にいたオクナが犠牲になり、手を引っ張られながらルビアの元へと連れていかれる。
「シーラ、放っておく?」
「そんな訳にもいかないだろうさ。一大事だって話だからね、シーラに言われずとも何か出来る事があればするつもりだよ。ガーベラだって興味あるだろ? 黒い魔物」
「そうだけど。毎日の様に厄介事に首突っ込むから、心配」
「まぁ確かに。今回は大人しく街の防衛に回って――」
そうダイナが言いかけた時、何者かがダイナを後ろからぐいぐいと押した。
見てみれば、先程の精霊がダイナの背中を顔で押し付けている。
「近い……なんか食われそうで怖いぞ」
「この子はそんな事しない」
「……出会ってまだ5分も経ってないよな?」
なんで分かるんだと疑問を口にしつつ、精霊に目を向ける。
最初は大型魔物かと思いびっくりしたが、雄々しくも美しい体躯。シーラの言う通り、精霊と言われればそんな気がしてくる。
その獅子の瞳を見ていると、全てを見透かされた様な気分になる。その獣がのしのしとダイナの前を通り過ぎ、歩いていく。
「……早くルビアさんの所へ行けって言ってるみたいだな」
「じゃあルビアさんが飼い主なの?」
「そんな話聞いた事ないけどなぁ」
獅子は振り返り、尾を振ってダイナを待っている。
どうやら、本当に催促をしているらしい。
「それもルビアさんに聞いてみれば分かるだろ。行こうか」
「うん」
ダイナとガーベラは、獅子の後を追いルビアの元へと向かった。
俺達はリナリアの元へ向かう。ジナも気づいたのか、既に居合わせていた。
俺は端的に情報を伝える。
「ハナ、本当に黒い魔物が来たのか?」
「おう、間違いなくな。すげー数だったぞ。急がんとヤバいかもしれん」
「既に何人かに動いてもらってるよ。こっちにも危険が及びそうだからね、衛兵にも門は閉じて貰うように伝えてある」
「ほー、騒いでた割に仕事が早いな」
ネオが意外そうに言うと、「これでも副ギルドマスターだからね」と、リナリアは不敵に笑っている。
「詳しい話は分かったよ。まずはルマリに行って安否を知りたいね」
「俺が行くぞ」
「はいはい、ジナだけじゃ何するか分からないからね、ストッパーを何人か連れて行く事。そうだな……ヨルア、頼める?」
「何となくそんな気はしましたよ。何人か若いのに声かけて来ます」
苦労人のヨルアが、ルマリに向かう面子を揃えに向かう。ヨルアのおっさん、いつもそんな役だな……誰か労わってやれよ。
その話を聞いていたアルスが口を開く。
「俺達はどうする?」
「勿論ルマリへ向かう。ヨルアさんに言って融通して貰おう」
リアムはヨルアの元へ向かう。
「おいおい、大丈夫かあいつ」
「平気なのよ。兄さんと違ってリアムくんは冷静沈着だから」
「お前が一番大丈夫じゃねえな?」
「兄さんに言われたくないのよ」
「なんだと?」
「くだらない事で兄妹喧嘩しないでよ。ほら、リアム先輩を追いましょう」
意外な事に、スノーが二人を宥めてリアムの後を追った。
隣にいるケイカは、ぐむぐむと唸って何かを考えている。
「どうしたケイカ。お前も行かんのか?」
「いえ、実は他の依頼を受けてまして。依頼者がギルドに来てるんですけど」
「流石に後回しで良いだろ」
「勿論そのつもりですけど、一言入れようと思っていたんですが見当たらなくて。さっきまで一緒にいたんですけど」
ケイカがキョロキョロと辺りを見回す。
この間来た時よりも混雑してるな。人がどんどん増えている気がする。
「暫くリナリアさんの所に居れば良いんじゃね? 副ギルドマスターなんだし、そっちに人が集まるんじゃないか? 最悪言伝を残せば良いだろ」
「うーん……そうですね。ハナさんはどうするんですか?」
「そうだな、出来ればルマリに帰りたいけど……危険だしなぁ」
どうしようかと悩んでいる間も、リナリアとジナが冒険者達へ向けて指示を飛ばしている。本来の依頼とは異なる、緊急依頼だ。
今回、冒険者の大半は街の防衛に回される。次いで、ギルドから指名されたランクの高い冒険者及び騎士が出現地まで赴き『黒い魔物』の討伐。最後に、隣町のルマリへ向かい安否の確認。
討伐組はディゼノの冒険者達が請け負う……と思われたが。
「私が行く」
「待て待て、魔導元帥様が冒険者に交じって魔物討伐なんてやらせられる訳ねえだろ」
「黒い魔物であれば特別だ。王都の時も痛い目をみたからな。ジナ、お前でも舐めて掛かったら死ぬぞ?」
「だからこそ俺が行くって言ってんだろ。ルマリだってどうなってるか分からないんだ」
「お前はそのままルマリに残れ。指揮する奴が一人は欲しいからな」
「そんなもんヨルア達だけで十分だ。リナリアもそう思うだろ?」
話を振られると、リナリアはジナの言葉に頷く。
「うん、セントレア衛兵長もいるしね。ルマリが安全だってわかればジナに全部お任せが一番さ。私もディゼノの防衛を――」
「リナリアは討伐組だ。雑魚を殲滅するのはお前の得意分野だろ。これ確定な」
「なんで~~???」
ルビアに厳命され、リナリアは項垂れる。
魔導将帥は国軍の最高階級だ。冒険者ギルドでの権限は無いが、ストレチア王国にいる限り、余程の事でも無いと命令に背く事は出来ない。
「流石に副ギルドマスターが抜けるのはまずいよ。一応責任者だし」
「ったく、勝手な奴だな」
「こっちの台詞だよ!! 大体ルビア様には王子がいるでしょ!!」
「ネオはディゼノの防衛だな。お前そういうの得意だろ。頼むぜ、S級冒険者様」
「王子を防衛に使うって正気かお前……」
ジナが苦い顔をしているが、そんな事はお構いなしにあれだこれだと話を進めている。
リナリアとジナは冒険者たちに方針を伝えるべく、ギルドの中央へと向かって行った。
残ったネオとルビアは、話を続ける。
「俺は構わないが……ダイナ達はどうするんだ?」
「アイツらは討伐組で良いだろ。と言うか、黒龍が抑えつけられん」
「だろうなぁ」
話がぽんぽんと進んでいるな。俺は完全に置物になっている。流石に緊急事態なだけあって普段ののほほんとした空気じゃない。
俺はどうすれば良いんだろう。出来ればルマリに戻って家に引っ込んでいたいんだが。
その場でじっとしていると、ルビアと呼ばれていたチビ玉ちゃんが俺に話しかけてきた。
「そこの……えーと、小っちゃ――」
「ハナだよチビ」
「チビじゃない、私はルビアだ。ハナ、一緒にルマリへ来てくれないか?」
ルビアが、ルマリまで一緒に来てくれと言う。願ったりではあるが、俺が一緒にいる意味あるのか?
ルビアの隣にいるネオと呼ばれた男が、心配そうに尋ねてくる。
「おいおい、この子は冒険者じゃ無いだろ。わざわざそんな危ない場所に連れてく必要あるのか? ここで待っていた方が良いと思うが」
「いんや、少なくともこの子は自衛が出来る筈だ。さっきの獅子はどうしたんだ?」
聞かれた直後、後ろから長身の女が俺の隣を通り過ぎた。
おお、中々のファッションセンス。他の冒険者と比べると大分今風……もとい、元の世界寄りな服装である。友達になれそうだ。
その女性が、来るなりルビアに声を掛ける。
「おいルビア。黒い魔物が出たんだろ? 俺も協力してやる」
「なんだこいつ偉そうに」
「なんだと?」
「おいおい、じゃれてる暇はねーだろ。シーラ、揉め事はやめてくれよ、今後俺の自由が制限されちまう」
「知らんわ……むしろ制限された方が国の為だろ」
そう言いながら、女性はバチバチルビアとやりあっている。
喧嘩っ早い人だなあ。友達になれそうにないな。
「もう、二人ともやめて下さい。みっともないですよ。冒険者じゃない子でも落ち着いているのに」
シーラの後ろにいた綺麗な女の人がそういうと、二人はばつが悪そうに引き下がる。
貴族のお嬢様みたいな人だな。この人も冒険者か? そんな風には見えないが。
「……まぁいい。シーラ……いや、六曜も討伐組についてきて貰う」
「元より、そのつもりだったがな」
「ネオ、余計な事は言わんでいい。シーラ、取り合えずダイナを呼んで来い」
「もう来てるぞ」
シーラが手で指し示す先を見ると、赤髪の男がこちらへ向かってきていた。
いや、赤髪はどうでもいい。問題は後ろをついて歩く犬耳の女の子だ。
(犬の獣人かな? めっさ可愛いわ。シーラやそこのお嬢様も中々だけど、個人的にはこの子が一番タイプだな)
(ハナ様、今は大事な話の最中ですので……)
(俺にとってはこっちの方が大事だ)
セピアにお小言を言われつつ、犬耳の美少女を見ていると隣からぐりぐりと何かがすり寄ってきた。
(何してんだハナ)
(……俺の台詞だよ。どこ行ってたんだお前)
(この兄ちゃん達の所)
すり寄ってきたユーリは、蔦でちょいちょいと赤髪を指し示す。
なんで見知らぬ男についていったのか。男なんか見ても面白くないだろ。どうせなら後ろの可愛い犬耳ちゃんをだな……と思っていたが、ユーリからいきなり爆弾発言が出る。
(この兄ちゃん、ハナと一緒だよ)
(一緒? 何が?)
(いや、なんというべきか……この兄ちゃんの中に、セピアと一緒の存在がいる)
(……マジか)
俺と一緒で、セピアと同じ存在がいる。たぶん、ユーリが俺とセピアの会話を聞けたように、ユーリにはこの男から似たような会話を感じ取ったのだろう。
つまり、この赤髪は……俺と同じ転生者である。




