美少女は見世物じゃないのよ
ディゼノの冒険者ギルドはその日、いつにも増して騒がしかった。理由は、王都で一番有名なS級の冒険者が唐突に現れたからだ。
先日、冒険者ギルドの本部から要請を受け、ギルドマスターであるマリーがヴィルポートへ向けて出立した。その為、副ギルドマスターであるリナリアと、同じくS級の冒険者であるジナが対応に当たっている。
「それでジナの旦那。いつ戻って来るんだ?」
「暫く戻らねえ……と言うか、俺は王都に居着いた訳じゃねえぞ」
黒髪の大男……ジナが、呆れる様に返事をする。
ただの冒険者であれば仰々しい対応をしなくても良いのだが、相手はただの冒険者、という訳ではなかった。
「旦那が居なきゃ張り合いがねえんだ。ダイナも着々と力を付けて行ってるが……まだまだ、だな」
「いやいや、ネオ様の期待水準が高すぎるだけですから。大体ネオ様は王族なんだから、冒険者活動ばかりしてると王様に怒られますよ?」
ネオと呼ばれた男は、誤魔化す様に笑っている。
名をネオ・バード・ストレチア。ストレチア王都が誇るS級冒険者にして、ストレチア王国の第二王子である。
自由奔放な彼は、ストレチア王国軍魔導将帥である『ルビア』と、偶々リールイ森林へ向かおうとしていた『六曜』一行と共にディゼノへと赴いた。
「ったく、急に来やがって。面倒見るこっちの身にもなれってんだ」
「面倒なんていらん。そもそも俺はルビアの護衛で来てるだけだからな」
「なんで王子が護衛やってんだよ……逆だろうが普通はよ……」
がっくりしているジナを見て、ダイナは苦笑いする。元々周りを振り回す嵐の様な人だ。今頃王都でも騒いでいるだろう。
王子の相手はジナに任せ、ダイナはチームメンバーの元へと移動する。
六曜のリーダーであるダイナは、リールイ森林の黒いトレントが出現した地まで行こうとしていた。昨日ディゼノへ着いたばかりでどう向かおうかとチーム総員で相談していたが、誰もかれも場所が分からないと言う。
現在リールイ森林の奥地は立ち入り禁止区域となっている。実際立ち合わせた冒険者に聞いても、正確な位置を覚えていない。道標も無い為、出現地まで向かうのは困難かと思われた。それをジナに相談した所、一人だけその場所へ案内できる人物がいるらしい。
「ケイカさん、リールイ森林へはいつ向かいましょうか」
「出来れば今すぐにでも向かいたいですね。スライムだけしか出ないとはいえ、夜になれば危険ですから」
ダイナに聞かれたケイカはそう答える。
元々リールイ森林の奥地で暮らしていたケイカは、自身が暮らしていた家までの道程を覚えていた。
トレントが発生した場所はその道中にある為、こうして六曜の案内役として雇われた。
六曜の1人である犬の獣人、ガーベラがケイカに聞いた。
「そんなに遠いの?」
「ディゼノから向かうならそこそこ。ルマリから行けば直ぐなので、あちらで一晩過ごしてからの方が良いかもしれません」
「なら、そうしましょう。二人もそれで良いか?」
ダイナの隣にいたオクナ、ガーベラが頷く。今日のうちにルマリへ移動し、明日の朝一番でリールイ森林へ向かう。
「と、いう事で……今日はオフですね!! 折角ですから、ディゼノを見て回りましょう!!」
「ん、賛成」
「待った待った。ネオ様やルビアさんにも聞かないと」
「行くなら私も行きますよ。案内は任せて下サイ!」
六曜の一人、オクナがディゼノの散策を勧める。ガーベラもその考えに追随している。
六曜最後の一人、黒龍のシーラはと言うと難しい話はわからんと他の冒険者達の元にいた。
「――で、オレが狩ろうとした獲物をコイツが掻っ攫ったんだ!」
「ちっがーーう!! 私が相手取ってたでしょ!! シーラが横から取ろうとしたの!!」
ギルドの奥で騒いでいるのはそのシーラと、先日一緒にディゼノへと帰ってきたスノーだ。六曜とスノーは時折一緒に依頼を受けており、その度シーラと些細な喧嘩をしていたようだ。
スノーはついに借金を返すだけの金が用意できたので、ディゼノへと帰還したのである。
「あ、相変わらずうるさいワ……シーラさんと合わせて更にどぎついのよ……」
「なあスノー。あっちの方が稼ぎが良いんだろ? そのまま王都で稼ごうと思わなかったのか?」
聞いたのは鬼人のアルスである。妹のロメリアはぶ厚いヘルメットの中から騒いでいる二人を見て呆れている。
「ふふん、私のホームはディゼノだからね。それに、ライバルとの決着がまだついてないからね」
「ライバル?」
「兄さん、ハナちゃんの事なのよ……」
「例の子供か。ロメリアは会ったんだろ?」
「ええ。スノーちゃんやケイカちゃんが騒ぐ理由がわかるのよ……ストレチア王国……いや、全世界の中でも指折りの美しさだワ」
「そんなにかよ。盛り過ぎじゃね?」
アルスとロメリアは傭兵の子である。幼い頃から親に連れられ、国内、国外問わず色々な場所を出歩いた。
貴族から異民族まで相手をする大きな傭兵団であり、色々な人々と出会ったロメリアから見ても、その美しさは本物であったという。
「それは置いといてよ。シーラ、良いのかよお前あっちで話聞かなくて」
「細かい事は全て任せてる。考えるのは苦手だ」
「細かいって言うほど難解な話じゃないだろ……」
「良いんだよ。全く人間は繊細だな」
「種族以前の問題なのよ……」
黒龍である事は隠していない。当然龍は畏怖されし魔物であるし、友好的な者は少ない。
だが、魔物にも知性がある者、使役されている者もいる。ライズの様に種族丸ごと住民として認められるケースは少ないが、他の魔物でもギルド、国から認められれば街へ入る事も許可される。
シーラ自身は認められようがられまいがやりたい事をやる。と言っているが、ダイナには逆らわない為、何とか例にもれず冒険者として活動できている。
「……ん?」
「どうしたの?」
そんなシーラが、何かを感じ取った様に窓へと目を向ける。
「精霊の気配を感じる。結構大物だな」
「え? それって」
「お、たった今、誰かが魔法ぶっ放したな。喧嘩か?」
少し高揚した様子で話すシーラ。その様子から、好戦的な性格なのが見て取れる。
「マジなら早く止めに行こうぜ。精霊が暴れてるんだろ?」
「フッフッフ……私の成長した姿を見せるチャンスね」
「待って兄さん、スノーちゃん。精霊ってもしかしてハナさんの――」
「なんだ? こっちへ向かってくるぞ」
訝しみながら、シーラはギルドの入口へと目を向ける。
少し間を挟み、入口から玉に乗った女の子が入ってきた。
「なんだ、ルビアの奴か」
魔法はルビアが撃った魔法である事は間違いない。後はあの大きな精霊の気配。
凶暴な奴だったら戦えたのになぁ。と、シーラはがっかりしていた。撃退せず戻ってきたのを見るとそうではないらしい。
しかし、ルビアの様子を見ると、何やら面白い事が始まりそうだと直感する。
「お前らー!! 黒い魔物が現れたぞ!!」
ほうら、予想通りの展開だ。まったく、ダイナと一緒だと飽きないな。
冒険者たちはルビアの元へと集まっていく。王都でも以前こんな事があった。黒い魔物か。前みたいな臭いだけの木偶の坊でなければ良いのだが。と、シーラはダイナの元へと戻るのだった。
チビ玉ちゃん(ハナちゃん命名)の後を追って冒険者ギルドの前までやって来る。
中から黒い魔物が出たぞー! と大声をあげてるチビ玉ちゃん。そんな大声で言っていいのか。いきなり言われたら混乱するだろ。
しかし、その後も静かな所をみると、意外と冷静なのかもしれない。トレントの時も落ち着いてたしな。
(ハナ様、早く中へ入りましょう。ルマリが心配です)
(そうだな、行くぞユーリ)
(はいよ)
ユーリから降りて、ギルドの扉を開く。
中に入ると、皆がこちらを見ていた。いやん、美少女は見世物じゃないのよ。
その直後、ユーリがぴくっと震えた。
(どうしたユーリ。何かあったか?)
(……ん? うーん……いや何でもない)
(何だ今の間)
(なんでもないの!)
何故半ギレ……隠し事下手くそマンかお前。
まぁ良い。大した事でも無いだろ。それよりも、俺はさっきの少女を探す。
「来たか。こっちこっち」
向こうの方から声を掛けてくれた。チビ玉ちゃんが手招きしている。隣にはさわやかとワイルドを足して2で割ったような男と、ご存じ『怪奇!筋肉魔物男!』ことジナがいた。
ジナはまたお前かみたいな目で俺を見ている。違う、俺は何もやってねえ。
「ハナ、なんでお前さんが」
「仕方ないだろ、セントレアに草原まで連行されてたんだよ」
「随分可愛いお嬢さんだな。なんだ、旦那の知り合いだったのか?」
隣にいたお兄さんが聞くと、ジナは事情を説明する。
「へえ、居候なのか。てっきり隠し子かと」
「ないない、アイツの子にしたってお転婆が過ぎる」
「ああん? 馬鹿にしてんの?」
ぐにーっとジナの腕をつねるが、まるで効いていない。皮まで筋肉で出来てんじゃないだろうな。
それを見て苦笑いをしていた男が、やれやれと口を開く。
「ゆるーいお喋りはまた今度だな。ルビア、さっきの話だが」
「その前にリナリアを呼ぼう。おーい、受付のおねーさん!」
「ルビアだけじゃ話がこじれるぞ。ネオ、お前さんも行ってこい。俺は他の奴らを纏める」
「ああ」
3人は各々移動する。ジナは少しここで待ってろと言って、向こうへ行ってしまった。
入れ替わりに、奥からケイカがやってきた。
「ハナさん! 大丈夫ですか!?」
「え? 大丈夫だけど……いきなり何よ」
「だってまた何か巻き込まれたかと思って」
確かに巻き込まれてはいるんだけど。
「大丈夫だよ。俺よりもルマリの方が危険だ」
「何?」
俺の言葉に反応したのはリアムだ。いつの間にいたんだこの人。
「ルマリは大丈夫なのか!?」
「落ち着けって。黒い魔物が草原に現れたってだけだ。ルマリを襲ったって訳じゃないし、衛兵にも伝えてるから大丈夫だよ。リコリスも向かわせたし」
「リアムさん、リコリス様がいれば大丈夫ですよ。落ち着いて下サイ」
「す、すまない」
リアムは妹のミスミが心配なのだろう。いつもクールな奴だが、明らかに動揺している。いても立ってもいられない、と言った表情だ。
「おいリアム。間違っても一人で突っ走んなよ? このガキンチョの言う通り衛兵がいるんだから問題ねーよ」
「……わかっている」
見知らぬ青年冒険者がリアムを説得する。おい、誰がガキンチョじゃ。
……おや、頭から角が出ている。ロメリアと同じ鬼人か?
「リアムくんがかわいそうなのよ……早くルマリに行かなくちゃ」
「お前まで慌ててどうすんだよ……いや待てってオイ!」
「止めないで兄さん、事態は一刻を争うワ」
そのロメリアが、鬼人の兄ちゃんを引きずる様にして外へ向かう。成程、ロメリアの兄か。確かに髪の色とか同じだな。性格は全然似て無いが。
「ロメリア、俺は大丈夫だ。行くなら万全を期して行こう」
「わかったワ」
「ぐおわっ!? いきなり止まるなっ!?」
ロメリアの兄がバランスを崩して倒れる。コントやってんのか。
その後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「全く、何遊んでるのよ。黒い魔物なんてぱぱーっとやっつけてあげるわ……って、ハナじゃない!」
「うわでた」
「何が『うわでた』よ!!」
あからさまに嫌そうな顔をしたのがよろしくなかったのか、久しぶりに出会ったスノーはいきなり俺の頬を弄ってくる。
現れたなトラブル製造機め。出会い頭に頬を引っ張るな。
「てっきり借金返せなくて奴隷落ちしたのかと思った」
「何て事いうんだこのガキは」
「いつもの事よ。これくらい荒んでた方が付き合いやすいわ」
「荒んでるとか言うな。後ガキじゃない、俺はハナだ」
スノーとロメリアの兄、アルス(名前を教えてもらった)に絡まれている間、ケイカ、リアム、ロメリアで話を纏めている。
さっさとリナリア呼んで話を進めたいんだがな。と思っていた所に、丁度リナリアが二階から降りてきた。
「もおおおおおおお!! 王子は来るし黒い魔物は来るしでなんなのさああああああ!!」
「駄々ごねてる場合じゃないだろう副ギルドマスター。ほら、早く早く」
「俺と黒い魔物の扱い同列かよ……」
リナリアはご機嫌斜めなようだ。王子って言ってたがあのお兄さん偉い人なのだろうか。
と、俺も行かないと。俺とケイカ達は、リナリアの元へと向かう。
……あれ、そういえばユーリは何処へ行った? あいつめ、勝手に動きやがって。