そんな姿じゃ美少女が台無しだぞ
少し強引だったけど、ハナとユーリくんの実力を測る為、ルマリから少し離れた草原へとやってきた。
話を聞く限り、ユーリくんは既にAランクパーティの冒険者とやり合えるくらいの実力を持っている。
ハナも以前のトレント騒動で活躍。物を遠隔操作出来るスキルを所持。それとは別に【魔物使い】まで持っている。
冒険者より口が悪いが、文句を言いながらもきちんと準備して相手をしてくれる彼女は優しい。なんだかんだ相手を思いやる、根は良い子なのだろう。
そんな彼女が、ユーリくんに跨ってこちらを見ている。妙に厭らしい笑みなのは気のせいだろうか。
「先手は譲るでし。カモカモでしな」
「ほおお~~? 余裕ぶっこいて瞬殺されんなよチビ」
「誰がチビでしか誰が」
……本当に口が悪い子だ。ディゼノは未だしも、他の街へ出た時が心配でし。
ハナはユーリくんの蔦を掴む。同時に、ユーリくんが私に向かって一直線に向かってきた。
「ユーリッ!!」
「おうよ!!」
そのまま、蔦を大きく展開し、私に向かって伸びてくる。成程、思ったより自由自在でしな。
しかし、この程度なら切り落とし……あれ、これ切断しても大丈夫でしか? 二度と生えなかったら取り返しつかないでしよ?
取り合えず向かってくる蔦を後方に下がって避けつつ、ユーリくんへ聞いてみる。
「ユーリくん、これって切っても大丈夫でしか?」
「再生できるから平気よ。まあ、切れるもんならな!」
相当に自信があるようで、突進を続けたまま、蔦を広げる。
では、試してみるでし。蔦の一本を体を躱して避け、頭上に降ってきた蔦を槍で突く。
「ハアアッ!!」
ズグッ! と削れる音が響く。硬!!? 気合を入れて突いたが、切断しきれずに弾いてしまう。本当に植物でしか? 訓練用とはいえ、これ鉄なんでしが。
蔦を振るう速度も中々速い。あの硬さで引っ叩かれたらノビてしまうでしな。
まぁでも――
「これくらいじゃ……準備運動にもならんでし!!」
3本の蔦を同時に捌き、ユーリくんの懐へ向かう。
このまま頭をゴツンとやってやるでし。獣なんて大体が額を殴りつければ大人しくなるでしな。
しかし、そう簡単にはいかない。近づく前に、左右からナイフが飛んできた。
遠隔操作のスキル持ちだったので予想はしていた。しゃがんで回避し事なきを得る。が、結構エグい速度だったので驚いてしまった。
「あっぶ!?」
結構な勢いだったでし……マジで殺す気でしかあの子!? 鎧を身に付けているとはいえ、あれは無いでしよ……。
顔を見れば、ちょっと残念そうな顔をしていた。お、思ってたより危険な子供でし……。
「なんで避けんだよ」
「当たり前でし!! あれは流石に死ぬでしよ!!」
「鎧なんだから死にはしないだろ。ほな、もう一回」
ハナは指をくいっと上げると、再びナイフが飛んでくる。
厄介極まる。強靭な体を持つ魔物はともかく、人間相手はこの戦法だけでも十分通用するだろう。どんなスキルを使っているのか興味が出てきた。
私は両側から飛んでくるナイフを思い切り槍で弾く。が、また戻ってくる。これは、ナイフ自体を相手にするとキリが無い。それに、ハナの周りでぷかぷか浮いてるナイフもある。まだ余力があるでしな?
直ぐにユーリくんへと近づく。こういうのは本体を叩くのが定石でし。
……思っていたよりもずっと強い。私は少し気合を入れ直した。
「アッハハ、良いでしね。もっと手の内を見せるでし」
「は、調子に乗んなや。おい、ユーリ!!」
ハナが声をあげると、ユーリくんが私から離れる。荒れた口調の割に意外と冷静でし。ハナもユーリくんもこの距離間が射程でしかね。これ以上の距離で仕掛けられても困るでし。今でも十分すぎるくらい強いでしから。
「よーし、このまま取り囲んで身動き取れなくしてやるぜ」
「ハナ、そういうのって言っちゃダメなんじゃね」
と、ハナが周りで浮かせていたナイフをこちらへと差し向ける。さっきのと合わせて4本……辛いでしな、流石に。私は、片手を地につける。
(――【アースバインド】)
心の中で魔法の名前を唱える。その直後、ナイフが一斉に私へと向かってきた。いや、容赦ないでしなホント。
槍を構え、一つ一つ打ち落としていく。……これ、部下の訓練に良いのでは?
そうしてまたも自身へと向き直るナイフ。それを見計らうかの様に、地面から土が隆起する。
「んなっ!?」
「ナイフの癖に、妖精みたいにはしゃがないで欲しいでし。少し落ち着くと良いでしな」
そのままナイフを包む様に土が覆われ、蜂の様に飛び交っていたナイフが土の小山へと埋もれる。
「うぐぐ……流石に衛兵長なだけはあるな」
「……土から抜け出す力は無いみたいでしな」
「なーに、土をぶっ壊しちまえばいいんだろ!!」
と言った所で、ユーリくんが蔦で土塊を破壊しに来る。
しかし、それは迂闊だ。この距離を詰めるのは造作もない。そのまま私は、ユーリくんの前に躍り出る。
「うおっ!? ユーリ!! 頭突きかましてやれ!!」
「よっしゃッ!!」
ユーリくんが勢いよく突っ込んでくる。思い切りが良いでしが、私から見れば遅い。
手のひらを思い切り地に付けて、、魔法を使う。
(【アースプロテテクション】……からの、【スラップ】)
自身を身体強化、その後、思い切り手のひらを地面に押す。すると、自身を中心に半径10M程の地が崩れた。
地響きが鳴り、地面がひび割れてユーリくんはバランスを崩す。
「おわっ!!? なんっ――」
「戸惑っている場合でしか」
「へっ!? うぎゅうっ!!?」
目の前でうろたえていたユーリくんの頭を踏みつけ、そのまま乗りあがる。心の中で謝りつつも、ハナへ槍の切っ先を向ける。
苦い顔をして、ハナはミスリルの短剣を構えている。しかし、この距離まで詰めれば私の方が早い。
「まだ何か残ってるでしか?」
「いや、流石にこれ以上は何も出来ない」
「じゃ、これで終わ――」
「わきゃねーだろ!!」
言い終える前に、ハナの懐から何かが飛び出してきた。
流石に驚いたが、何とか槍でその物体を防ぐ。
「なっ、何事でしか!?」
「ボタン!! セントレアの懐に入っちまえ!!」
「ちゅう」
「――スライムかッ!!」
報告に上がっていたハナの従魔。黒いスライムがとびかかってくる。
咄嗟に下がるが、ユーリくんがそのまま跳躍して私を振り落とす。
「うあっ!?」
投げ出されながらも、しっかりと着地をして距離を取る。
ぐぐぐ……魔物は一匹って言ったのに。大方、ユーリくんは精霊だからと言い訳するに決まっているでしな。まぁ、油断した私が悪かったでし。
ハナもユーリくんも追撃はしてこない……が、スライムは何処へ消えたでしか?
「にししし、やっちまえボタン」
「……何?」
これ以上ないほどの笑みを浮かべて、ハナが宣告する。
直後、体に違和感を感じる。ま、まさか。
「に゛っ゛!!? にゃあ!!?」
ぐっ、何という事!! よ、鎧の中にスライムが侵入している!!
なんて事をしやがったんでしかこの子!? 血も涙もな――
「ニャハハハハハハ!! や、やめっ、やめるでし!! や、あんっ、にひっにひひひっ!」
「んー」
手で鎧を抑えるも、上へ下へと移動するスライムを止められる訳もなく。 文字通り体を蹂躙されていた。スライムは可愛い声を上げつつ、ぐにぐにと遠慮無しに私の体を弄ってくる。
辛うじて前を見れば、ハナが爆笑している。こ、この子……鬼でしか。
「うへー……えげつねーなハナ」
「にししし、おいセントレア。降参しても良いぞー」
「だ、誰が……あひっ!? うひひひひぃ!!!」
こ、このままではイカンでし。力を測るなんて言った手前こんな体たらくで負けたら恥ずかしいにも程があるでしな!!
精神統一でし。こんなもの、あの地獄の下積み時代を思い出せば何て事は無い!!
「おお、おおお、おおおおおわっしゃァァァァァァァ!!!」
私は気合で鎧を脱ぎ捨てる。そのまま思い切り体に引っ付いていたスライム引っぺがしてぶん投げた。
うぎゅっと悲鳴を上げ、スライムはポテンと地に落ちる。
「ぜいぜい……ここからが本番でしな……覚悟するでしよ……」
「まてまて、そんなムキになるなって。力を見たいだけだろ。ほら、そんな姿じゃ美少女が台無しだぞ」
「まだそのスライムの力を見てないでし……」
ムキになってる訳じゃない。言った通り、黒いスライムが何を出来るのか興味がある。ついでに、擽ってきたお礼をするだけだ。
見た所、核が無い。……え? 核が無い? 弱点無し? 流石に従魔だしそこまではしないでしが、どうやって倒すんでしか???
取り合えず、近づいて槍で攻撃を試みる。
「んー?」
スライムは訝しむ様にその攻撃を難なく躱す。
速い。スライムにこの速度は反応できない。数倍の速度及び瞬発力があるでしな。
速度を上げ、ブレて見えるくらいのスピードで突くも、全てをひらりひらりと躱す。……マジでしか。割と本気で入れてるのでしが。
私の槍を避け切ったスライムが、魔法を行使する動きを見せる。
下から、大きな柱が現れる。いや――あれは指、でしか? 闇魔法だと思うが……結構な魔力量でし。
禍々しい腕が、ずるずると地から這い出てくる。
って、これ流石にこの槍じゃ対処出来ないでしよ!? 恥を忍んでイルヴィラからいつもの得物を、と思い至った所でハナが口を開く。
「ボタン、それはやめとけ」
「えー」
「えーじゃない。それは人に使ったらアカン奴だ」
「……ちゅう」
ハナに諫められ、スライムは魔法を取り下げる。
……今、このスライムが喋った様に聞こえたでし。この子達、予想以上に驚かせてくれるでしな。このびっくり箱め。
呆れつつも、私は今の大魔法ですっかり頭が冷えてしまった。