私達の力、兵長さんに見せてあげよう!
「たのも~~でし~~!!!」
冒険者ギルドへ向かった後、結局俺は飯を食べた後すぐに寝てしまった。
異世界に来たから時間を無駄にせず、空いた時間で修行を……なんてことは無い、人間はそう簡単に変われないのだ。むしろ詰めすぎてキャパシティオーバーになる方が良くないと思うんだよ。
「た~~のも~~でし~~!!!!!」
あれから一週間くらい経った。リコリスに今日はゆっくり休めと軽くジョギングしただけで解放された。従魔の癖に師匠気取りしやがって。どっちが立場が上か分からせてやる必要があるな。
冒険者ギルドに行った時は大人しかったボタンも、今日はやたら元気で朝から伸び縮みして変化の練習? をしている。所々形がくっきり見える様になってきて、練習の成果が出ている。
先程なんと人間の指を形どる事に成功していた。これは思っていたよりも早く美少女が生まれるかもしれない。
「た~~~の~~~も――」
「うるっっっせェなッッ!! なんだ一体ッ!!」
窓をガラッと開け、先程から家の外で大声をあげてる奴を怒鳴りつける。
下を見れば、チビ衛兵長のセントレアがニコニコと俺を見ている。
「あ、やっと来た。遅いでし」
「喧しい。朝から大声出すな。近所迷惑だろ」
「大丈夫、このくらいじゃこの村の人達は怒らないでし。というか、もうお昼でし」
ぐっ、揚げ足とりやがって。大体なんでいきなりウチに来たんだ。暇なのか? こいつ衛兵長だろ?
後よ……隣で跪いているイルヴィラはなんなんだ。妙にすっきりした表情だしよ……。
「で、何の用だ?」
「ちょっくら精霊を見に来たでし。精霊呼んで下に来てほしいでし」
「嫌だ帰れ」
「もうアーキスが中に入ってるでし。さっさと降りてくるでしよ」
なんで外から呼ぶんだ。後、既に入ってるのに「たのもう」はおかしいだろ。アーキスも来てるってこいつら衛兵長と副衛兵長だよな? 大した用事もなく二人同時にこんな所来ていいのか?
余りにもやりたい放題な衛兵に疑問を持ちつつも、ユーリへと声をかける。
「おいユーリ。聞こえてたろ。下に降りるぞ」
「んおー? 今の誰?」
「この村の衛兵長だ。チビだけど年齢26才だぞ」
「そうなんだ」
「ほら、26歳へ挨拶しに行くぞ」
「何故26歳推し?」
ユーリを連れて、下に降りる。やれやれ、折角ぐだぐだのんびりと過ごしていたのに。
店まで向かうと、爺さんとアーキスが楽しそうに話をしている。なんか半年前を思い出して懐かしく感じるな。
「おはようございます、お爺様、アーキスさん」
「オイーッス」
「おや、ハナちゃんにユーリくんか。おはようございますと言うには少し遅いがのう」
「おはよう、ユーリ殿は初めましてかな。ハナも結構久しぶりじゃないかな?」
「ありゃ、そんなに会ってませんでしたっけ」
「なんだかんだ2週間くらいは。この所忙しかったからね。おかげで日課の見回りが滞っていたよ。ハハハ」
そういえばそうだったな。日時の感覚狂ってんな。
で、見回りは日課なのね。大丈夫かこの衛兵。
「たのもう!」
「いやうるせえわ」
「アッハッハ! 改めておはようでし、ハナ殿」
「兵長、営業妨害になりますので大声は控えて下さい。ハナさん、ごきげんよう」
外からセントレアとイルヴィラが入ってくる。
イルヴィラが嗜める様にセントレアへと言うが、当人は特に気にしていない様子だ。
「っていうか、アーキスはハナ殿の事呼び捨てでしか? そんな仲が良いのでしか? 何様でしか?」
「そりゃ歳も親と子程離れてますし、お互い特に気にしてませんので……」
「まぁ、そうですね」
「じゃあ私もそうするでしよ。ハナも私やアーキスは呼び捨てで結構でし」
「セントレアはともかくアーキスさんは無理ッスわ」
「何故でし」
何故って、立場とか色々あるだろ……まぁそれ言ったらセントレアが一番偉いんだけど。そもそもなんでこいつはこんなグイグイ来るんだ。俺はコミュ障って訳ではないが少し戸惑うぞ。
後ろで温かい目をしているイルヴィラを目で捉えたがスルーし、ユーリを前へ引っぱり出す。
「オラ、こいつがユーリだぞ。何処からどう見ても可愛いペットだ」
「どうも、オイラ可愛いペットのユーリです。基本おさわりOKだけど鬣は逆撫でしないでね。後、ヒゲはおさわりNGよ」
「でっか! イルヴィラ、でっかいでしよ!」
「はい、大きいですね」
「こんな大きい猫、数年前災害指定の魔物をボコボコにして食べた時以来でし~~」
「いきなりげんなりする発言やめてくれる?」
嫌そうな顔するユーリを興奮した様子でペタペタ触るセントレア。
意外にも、それとは対照的にイルヴィラは落ち着いた様子でユーリを……いや違うわ、鼻抑えてセントレア見てるだけだったわ。
「その、兵長が申し訳ありません」
「ほほ、賑やかで良いではないか。儂は堅苦しいのよりよっぽど良いと思うがの」
「もう少し威厳を持って頂きたいのですがね」
「サボりオヤジが何いってるでしか。私じゃなかったらとっくにクビでしよクビ」
口を尖らせながら言い返すも、ユーリを撫でる手を止めない。ユーリのヤツ、女の子にやたら人気だな。どの世界も猫ちゃんは女心をガシッと掴むものなのかもしれない。まぁこいつ猫じゃなくてライオンだけど。
「ふう、十分堪能した所でハナに提案でし」
「あー? なんだよ」
「私と一緒に、少し村の外へ散策しに行くでしよ」
いきなりお出かけのお誘いが来た。散策てあんた仕事中だろう。
それに今日の俺はオフ!! 家でぐーたらしながら適当に呪術の本でも見てようかと思ってた所なのだ。アウレアの時は呪術に救われたからな、本格的に有用な呪術を知っておかないといけないのだ。
という訳で、お断りのお気持ちを表明する。
「だるいからパス。ユーリ触って満足したら帰って仕事しろ」
「言い方!! 仮にも衛兵長でしよ!!」
「自分で気安くしろって言ったんだろ……大体、村の外出て何すんだよ」
「そんな変な事はしないでし。ハナとユーリくんの力を見たいだけでしな」
「あー……パス」
「取り付く島も無いでし!?」
何故、誰もかれも力だの魔力だの戦闘力だのって話になるんだろうな。そんな非生産的な事してる暇があるなら美少女としての俺を磨きたいんだが。
セントレアはガーンという音が聞こえるくらいの反応だったが、食い下がってくる。
「面倒かもしれないでしが、この村の騎士として精霊の力は見ておかないといけないでし。冒険者ギルドからも言われてるとは思いましが、ユーリくんはそれほどの力を持っているでしから」
「俺は?」
「私が個人的に気になってるだけでし」
「ばーか」
「直球過ぎる!」
ユーリはともかくなんで俺まで……華奢な美少女を戦闘に駆り出すなと言っておろうに。
「兵長、いきなり連れ出すのも何ですから、また日を改めれば良いのでは?」
「明日からはマジで目を通さなきゃいけない案件が多いでし。出来れば今日が良いでしな」
「マジでってお前……」
「ほほ、相変わらずマイペースじゃな」
マイペースにも程があるだろ。前世界の俺でもここまでじゃなかったぞ……確か。
そんなセントレアに呆れていると、家の奥からリコリスが出てきた。
「良いではないか、自分の力を省みるいい機会じゃろ」
「あん? いきなり出てきて何言ってやがる」
「お主は全くと言っていい程、戦闘経験が無い。現状を考えれば、出来うる限りで備えておいた方が良いぞ」
確かにそうだが……自分から戦いに行く程じゃ無いんだよな。ほら、戦闘狂みたいでガサツに見られるじゃん?
そんな緩い考えが見えたのか、リコリスはため息をついている。
「リコリス殿、良かったら貴方にもお付き合い頂きたいでしな」
「ほう、我も付き合えと」
「ええ。あの後、部下から聞いたでしよ。薄々気づいてはいたでしが、本当にノイモントの守護獣だったとは驚きでし。ぜひ一度組み合って貰えないでしか?」
「……お主とか?」
大きく頷いて肯定を示すセントレア。
リコリスは少し考えるような仕草をして、直ぐに返答する。
「……そうじゃな、良いぞ。ただし、我が主と一戦するのが条件じゃ」
「は?」
これだからバトル脳は……と、他人事の様に思っていた俺にキラーパスが入る。
もうね、こいつが現れた瞬間から嫌な予感してたのよ。案の定こういう流れになるじゃん? 俺は必死に抵抗を試みる。
「ババアお前マジか。マジで言ってんのか」
「当たり前じゃろ」
「毎度ながら言うが俺美少女よ? 10歳のか弱い超絶美少女よ? で、相手は26歳の衛兵長だぞ? 勝つ負ける以前に勝負にすらなる訳ねえだろ!!」
「ちょっと待ってなんで私の歳知ってるの!? と言うか女性の年齢をそんな簡単にばらまかないで欲しいでし!!」
いつもの調子で言葉を返すリコリスとは対照的に、あわあわと顔を赤くしながら言い返すセントレア。あんたの身内とそんなの気にしない老人しかいないんだから歳なんて別に良いだろうよ。
「ともかく、一度お主はきっちりと自分の出来る事を把握するべきじゃ。頼むぞ、ハーフドワーフの小娘」
「はあ、私は別に構わないでしが。後、セントレアと呼ぶでし。その呼び方は好きじゃ無いでし」
まずいぞ、話が勝手に進んでいく。婆さん、今日はゆっくり休めって言ってたじゃない!
「待って、今日ちょっと体の調子が……あっ、いたたた、アウレアにやられた腕の呪いがっ!!」
「……いい加減諦めい」
「はい……」
「ワハハハ、頑張れよハナ」
ユーリ、他人事みたいに言ってるけどおめーも行くんだぞ。
必死の抵抗も空しく、俺はセントレアとリコリスに連行されるのだった。
ルマリからディゼノへと向かう途中、広い草原を抜ける。偶に魔物が出るそうだが、そこまでの危険はないそうで、衛兵の訓練の場所としても利用されているらしい。
俺、リコリス、ユーリ。セントレアにイルヴィラの4人と1匹でその場所へと向かう。
吹き抜ける風が草木を揺らしている。こういった見渡す限りの草原を散策するのも悪くないな。これからやる事考えると憂鬱だけど。
「くふわぁぁぁぁぁぁ……良い天気だな。こんなフカフカな草の上でお昼寝出来たら幸せだろうなぁ」
「終わったら好きなだけ寝っ転がるといいでしよ」
「お、そうか! じゃあ早く始めようぜ!」
やる気満々だなユーリ。その上で白目向いている俺に元気を分けて欲しい。
「呆けている場合ではないぞ。痛い目を見たくなければ今からどう立ち回るか考えておけ」
「人を巻き込んでおきながら投げっぱなしかお前! 少しはアドバイスしろや!」
「お主、アウレア相手にきちんと戦えておったではないか。そも、お主のスキルは唯一無二の物であろう。我の助言など役に立つものか。あの小娘の戦闘も見た事が無いしの」
「ぐぐぐ……使えん従魔だ」
ぷりぷり怒りつつも、用意してきたナイフを準備する。
アウレアからパクってきた、やたら切れ味の良いナイフ。6本程拝借し、1本ひしゃげてたが、残り5本は普通に使える。軽いし、腰に携えておけるから重宝する。流石にお箸は卒業です。
ミスリルのナイフが一本。ジナから貰った物で、俺が直接握っても問題無く使用できる唯一の武器だ。
魔断の剣は家に置きっぱなしだ。俺じゃ持てないから動かせないし。あれ実は、リコリスの旦那さんの形見らしい。
寄越せって言ったら頭を叩かれた。俺が有意義に使ってやるのに。使い手がいないんじゃあんな素晴らしい剣も錆びちまうよ。勿体無い。
「さーて、始めるでしよ。――イルヴィラ」
セントレアが自身の得物をイルヴィラに渡す。それと入れ替える様に、イルヴィラから槍を受け取っている。
「流石にアレは使えないでし。訓練用の槍でしから、よほど強く突かない限りは貫けないので安心して欲しいでし」
「でも痛いだろ」
「当たり前でし。訓練だからと言って気を抜かれても困るでしな」
ヒュンヒュンと音が鳴り、まるで体の一部みたいに槍を動かしている。素人目に見ても達人の域だと分かるな。
こんなのと戦えるの? リコリスの奴、マジで覚えてろ……。
「ハナさん、あまり無理をしないでね? 腕の傷も完治していないのでしょう?」
「ありがとうイルヴィラさん。大丈夫です、数秒で降参しますんで」
「それはダメでし!!」
イルヴィラさんは本当に優しいな。普段はヤバい人だけどいざとなったら頼れる優しいお姉さんだ。
俺は軽ーく伸びをすると、ユーリに跨りつつセントレアと向き合う。
「アレ、ユーリくんと一緒なのでしか?」
「当たり前じゃん? 俺、魔物使いよ? 魔物いないと戦えないっしょ。でも、流石に魔物は一体しか使わないから心配しないでいいぞ」
「オイラ精霊なんだけど」
「似たようなもんだろ。で、問題ないよな?」
「良いでしよ。腕がなるでし」
にっこり笑ったかと思ったら、キッと表情を改め、槍を構える。おお、流石に衛兵長なだけはあるな。小っちゃい癖に迫力がある。
「お主、アウレアの時もそうじゃったが余裕があるのう。今回は模擬戦ではあるが……恐怖心は無いのか?」
「え? なんで? アウレアもセントレアもかわい子ちゃんだしそんなんあるわけ無いだろ」
「……」
「呆れてるべきか照れるべきか判断に悩む所でしな」
ポリポリと頭を掻いて言うセントレア。そういう仕草は可愛いんだよな。俺も可愛い仕草ってもんを学ばなければ。
「よーし、それじゃあ行くよ、ユーリ! 私達の力、兵長さんに見せてあげよう!」
「……誰のマネ?」
頭に?を浮かべつつも、ユーリは蔦を展開する。
自由に動かせる蔦はそれだけで武器になる。今もうねうね動いており、俺の人形遣いの射程と同じ程の距離まで伸ばせる。
セントレアめ。蔦で雁字搦めにしてR-15描写ギリギリの状態にしてやる。にしししぃ、覚悟しとけや。




