また美少女の出来る事が増えてしまったな
夜、話をするべくレイの部屋へと向かう。
風呂へ入る前にひと悶着あったせいか、少し疲れた様子だ。
「酷いよハナちゃん、なんで言ってくれなかったのさ」
「レイが俺から逃げるからだろ。人の話はちゃんと聞きなさい」
「どうせハナが凄い形相で睨んだから逃げたんだろ……いだだだっ! ヒゲはアカン!!」
「お前も逐一驚かせるんじゃないよ」
あの後、レイにユーリの事を説明した。最初は緊張した面持ちだったが、今ではすっかり安心している。そりゃこんなのがいきなりいたらビビるわな。
一方ジナはユーリを猫の様に可愛がっていた。リコリスが一人で抑えきれないユーリを仰向けにして揉みくちゃにする辺りアイツは人間じゃない。
「あのおっさんヤベェって。抑えられた腕がピクリとも動かねえんだもん。あの腕で首絞められたらもげるぜきっと」
「間違っても餌を横取りするなよユーリ。次の日にはお前が餌になってるぞ」
「ヒエ……」
もはや魔物の様な扱いにレイが苦笑いをする。だが、それも理解できるので否定の声は上げない。
「お? 呼んだか?」
「いや呼んでないッスけど。子供同士の会話に大人が入らないでくれます?」
「冷たい奴だな。そう邪険にすんなって」
どかっと部屋の真ん中に座るジナ。こうなると梃子でも動かんな。
「ハナ、明日の件だがこの精霊……ユーリだっけか。こいつも連れてくぞ」
「おお!! マジか!!」
「はい? 大丈夫なの?」
「俺が一緒なら平気だろ。後、お前が魔物使いだって事も公開するけど良いよな?」
「秘匿してる訳じゃないしそれくらいなら全然良いですけど……」
ライオンを連れまわる子供なんて危なっかしいにも程がある。俺が他人なら間違いなく通報する。
前の世界と常識が違うとはいえ、今日の皆の反応を見てると……やっぱり不安だなぁ。
「俺が責任もつさ。それに、これからいつもユーリだけ留守番なんて寂しいだろ?」
「ほんまそれ!! いやあ分かってるなおっさん!!」
そんな美少女の葛藤はつゆ知らず、ユーリは乗り気である。こいつめ……人が折角心配しているというに。
「そう心配すんなハナ。お前さんだって身を守る術は増やしたいだろ? こいつ、飄々としてるがかなりやるぞ」
「なんでわかるんですか。あのステータス見れる石でも使ったんですか?」
「いいや、精霊や魔物に状態石は使えないんだ。でもな、さっき組み合ったとき感じたが力は十分ある。それに精霊だしな、なんかしら使える魔法持ってる筈だ」
「最後が雑過ぎるでしょ……なんかしら使える魔法ってなんスか」
「ハハハ! まぁ勘だよ勘。長年冒険者やってきた俺の勘だぞ? 信用しろって」
「バカじゃねえの」
「口が悪い!!」
頬を引っ張られる。何故みんな俺の頬を引っ張るのか。特にジナはごつごつの指で掴まれると肌が痛むからやめて欲しい。
というか、精霊や魔物は状態石でステータス見れないのな。初めて知ったわ。
横を見るとレイがユーリと戯れている。俺は無視かこいつら。
「凄いねこの蔦。全部自由に動かせるの?」
「モチのロンだぜ。何だったらこうしてこうして……こうすれば――」
ユーリは蔦を背中の辺りで器用に曲げ、何かの形を模っていく。何かの作業工程を倍速で見せられてるかの様だ。
あっという間にそれは完成する。ユーリの背中に、蔦で作られた鞍が出来上がっていた。
「完成だ! ユーリ特性乗り心地抜群のサドルだぞ。乗ってみるか坊ちゃん」
「うん!」
レイは二つ返事でユーリの背中へと乗る。ちゃんと乗りやすい様に足を掛ける部分があり、首を固定できる背もたれまで作ってある。こいつどっからこんな知識を……。
「ほお~、旨いもんだな。今度俺も乗せてくれよユーリ」
「男はヤダ」
「いや、レイも男だろ」
「レイは友達だから」
そう言うと、ユーリはレイを乗せて部屋を出る。ご丁寧にちゃんと蔦で扉を開けていた。人の生活に慣れるのが早すぎる。
「あいつ、見かけによらず頭良いな」
「天才美少女の精霊だからな、秀才なのは当然だ」
「……きゅう」
服からもぞもぞと這い出て、ぺちっと頭を叩くボタン。ツッコミ役がいなくなったのでどうやら自分の出番だと思ったらしい。今のはボケたつもりないんだけどな。
「はな」
「どした。めしはやらんぞ」
「んー!」
先に台詞を取られたのが癪だったのか、ポムポムと頭をたたいてくる。我が儘な従魔だな。少しお仕置きが必要だ。
ボタンを膝の上に置き、全身を撫でまわしてやる。すると、ボタンは叩くのをやめ膝の上でフルフルと震え始めた。
「にしし、ご主人様に抗うからだ」
「……ボタンが喋った」
「あ、そういやジナさんに言ってなかった」
何回説明すりゃええねん。この後、ジナに説明した後帰ってきたレイにもう一度説明し、流石に口が疲れたので部屋に戻って寝ることにした。ちなみに、昼間はともかく夜の寒空の下へ放っておくのは可哀想だったのでユーリは俺の部屋で寝る事となった。
翌日、俺はディゼノへと向かう。馬車で行きたかったが、流石に行く度に借りるのもどうかと思うので、今回は早めに家を出て歩きで行く。
「婆さん、化け狐に戻って背中に乗せてくれよ。そしたら一気にぴゅーって行けるだろ」
「背中に乗せても我のスピードで走ったら振り落とされるじゃろう……あと化け狐いうな、蔑称じゃぞそれ」
「でも幻獣って呼ばれたくないんだろ? 何て呼ばれたいんだ? お狐さま?」
「それもやめい。その場合は普通に幻獣形態とでも呼べばよい」
リコリスと話しながらディゼノへの道を歩いている。その後ろをジナ、ケイカ、ユーリが着いて来ている。
レイはお店番だ。ファイトが消化薬買い占めたから急遽在庫を増やさないといけなくなったらしく、爺さんが店を見れない為どうしても店番が一人必要らしい。順番的に次はレイだし爺さんを無下には出来ないので、しぶしぶ店番をやってくれている。お土産買ってやるか。
後ろからユーリが、俺の名前を呼びながら顔を擦り付けてきた。急にやられるとビビるわ……。
「じゃあオイラに乗れよ。快適だぞ~?」
「なんか言い方がムカつくけど疲れたからそうする」
「素直じゃないなぁ」
ユーリは昨日作った蔦の鞍を速攻で組み上げる。
「跨るのは美少女的にはしたないけど……仕方ない、乗ってやる」
「めちゃくちゃ偉そうだな……」
「お前のご主人様だからな、偉いのだ」
「落ちると危ないからな、前の蔦をしっかり握っててくれよ?」
……おお、思ったより乗り心地良いぞ。まさかライオンに乗るなんてな。今まで考えた事も無かったわ。
そのまま、ユーリは俺を乗せて前進する。うん、振動も少ないな。乗馬って最初やたら股関節の筋肉に力入れ過ぎて次の日エラいことになるんだが……これなら大丈夫そうだ。
後ろからそれを見ていたケイカが、前に出て話しかけてくる。
「ユーリさんは他に何が出来るんですか?」
「他に? うーんと……わかんない」
「なんか魔法とか使えないのかよ。ライオンだから威圧スキルとか持ってんだろ」
「ハナさん好きですね威圧スキル……」
出来るだろ絶対。目をカッッッッ!! とさせてさ。ユーリならイケると思うんだけどなぁ。
(ハナ様ならステータスが確認出来ますよ)
(アレ? でも魔物とか精霊はダメなんじゃ)
(それは状態石の話です。そもそもハナ様、以前にボタンさんのステータス見れたじゃないですか)
(……忘れてた)
ユーリが何出来るかくらいは知っておかんとな。俺はユーリの蔦に触れ、ステータスを見てみる。
名前:ユーリ
情報:深碧精霊
体力:A
筋力:A
敏捷:A
魔力:C
知力:B
魅力:B
幸運:A
スキル:【土魔法】
【促進】
【同調】
【呪術耐性】
特殊スキル:【侵入者】
強くねぇ!? 全体的に高水準なんですけど。今まで見たステータスの中で一番高い。リコリスのステータス見てないけど、これ見れば力負けするのも頷ける。どうでもいいけど深碧精霊ってやたら格好良い種族名だな。
スキルもやたら多いな……【土魔法】は分かるけど、【促進】? 【同調】? 【侵入者】ってなんだ……名前だけじゃわからない事だらけだ。
こういう時こそセピアの出番だ。頼むぞ。
(【促進】は植物の成長を早めるスキルですね。蔦を自由に伸ばせるのは恐らくこのスキルを使っているのでしょう)
(そんな限定的なスキルあるんか。植物の生長早めるってチートすぎね? ハナちゃん生産チート始めちゃおうかな)
(本来は植物に使うと直ぐに枯れてしまうような扱い辛いスキルなのですが、ユーリさんは老いる事は無いので実質ノーリスクのスキルになっていますね)
そんなうまい話は無かったようだ。ユーリも多分他の植物に使えるのだろうが、一瞬で枯れちゃうのはなぁ。
(【同調】は自分が感じた五感を相手に映すスキルです)
(え? ヤバくね? ユーリが生肉食ったら相手にその味が伝わるって事じゃん)
(何故生肉……ユーリさんはそんな事しませんよ。例えば、ユーリさんが見たものや、聞いたものを自分が感じた様な状態に出来るのです)
(めっちゃ便利じゃん。今度スパイさせようスパイ)
(ユーリさんでは難しいと思いますが……)
ユーリの癖に便利能力持ちやがって。俺のより大分使いやすそうだぞ。
後は【土魔法】、【呪術耐性】……何故こいつが【呪術耐性】を持っている。
(ハナ様の魔力を受け続けていた所為かと。呪術と同等の魔力を長期間受け付けていた為じゅちゅ……【呪術耐性】を会得したのだと思われます)
(噛んだな今)
(そこはスルーして頂きたいです)
可愛いヤツめ。確かに言いづらいけどな。呪術師って十回言えないと思う。今度ケイカに言わせてみよう。
それよりも……ここまでは良いのだ。問題は名前からして危なそうなユニークスキルだ。
(で、問題の【侵入者】だが)
(すみません、『良くわかるスキル大全』で探しているので少々お待ちください)
(良くわかるスキル大全)
どうせカラー様が作った本だろう。なんでこう現代的ありふれたタイトルにするのか。
(あ、ありました! 【侵入者】とは、念話、またはそれに準ずる思念を盗み取る能力。と、書かれています)
(……そういえば俺とセピアの念話に加わって来たのが最初のコンタクトだったな)
念話傍受。限定的だが、状況が状況ならかなりヤバいスキルかもな。俺が悪人なら間違いなく悪用されているだろう。
ユーリにも言っておかなくては……って、このスキル持ってるって言う事は。
(この会話もユーリに聞こえてるんじゃね?)
(……バレた?)
(バレた? じゃ、ねーよ!!)
俺はユーリの鬣を思い切り引っ張る。
「いだだだだ!! ストップ!! ストップハナ!! 悪かったって!!」
「どうしたんです? 急に大人しくなったと思ったらそんな暴れて」
「気にするな、スキンシップだ」
「一方的なスキンシップじゃな」
人の会話を盗み聞く変態野郎にはこれで十分なのだ。
しかし、ユーリが割って入って来なければ聞かれてる事も気づかないとはな。プライバシー筒抜けじゃないか。
(ヤバいスキルだな、【侵入者】。俺も欲しい)
(そんな簡単に手に入るものではないですよ……第一、念話を聞き取ったり割り込んだりするだけなので、まともな運用は出来ませんよ)
(楽しそうじゃん、女の子同士で念話してるの盗み聞くの)
(ロクデナシの思考ですよ?)
(最低だな~ハナは)
最初から盗み聞きしてるお前にだけは言われたくないんだよなぁ。……うん? 盗み聞き?
頭を経由してるのか耳を経由してるのか知らんが聞いてるって事は――
(おいユーリ、俺らの会話どこから聞いてた?)
(ん? 最初からだぞ)
(なら話は早い。お前、自分のスキル把握してんだろ。【同調】を俺に使えよ)
そう、【同調】で聴力を移せば、念話も聞けるんじゃないかと言う考えだ。
つまり、俺も【侵入者】と同じ能力を得られるのだ。また美少女の出来る事が増えてしまったな。
(使い方わかんねーよ)
(そんなもんフィーリングで何とかしろよ。こう、なんだ、聴力移れ~~みたいに念じるとか)
(そんなんで出来んのかよ……やってみるけどさぁ)
ユーリがグムムと唸りながら、【同調】を試している。
蔦がうにょうにょ動いているが、特に変わった様子もない。流石に最初からうまくはいかんか。
と思っていたら、辺りから囁くような声がたくさん聞こえてきた。くすくすと笑っていたり、訝しむ様な声を出したり、様々である。
(なんか変な声がたくさん聞こえてきたんだけど。魔物か?)
(うんにゃ、多分オイラの聞こえてる声がハナにも聞こえてるんだと思うよ)
(え?)
辺りを見回しても、さっき言った面子しかいない。ジナが後ろを確認しつつ、リコリスがデカい乳揺らしながら前を歩いている。
だというのに、囁き声がそこらから聞こえてくる。不気味だ。
(ハナは植物だったオイラの声が聞こえたよな?)
(俺は意思を持った植物の声は聞こえるらしいからな)
(そ、それよ。周りの植物の声。オイラは耳が良いから、その辺の草木の声が良く聞こえるの。それがハナにも聞こえてるんだろうな)
マジかよ……こんなの常時聞こえてたらノイローゼになるぞ。ユーリは前からこんな感じで気にならないって言ってるけど。
よくよく聞いてみると、一言二言何かしら言ってるのな。
『見て、あの桃色の人』
『角折れてるね』
『折れてる』
『なんでだろうね』
『ファッションかな』
何故かケイカが一番人気だった。角とか植物が気にしてもしょうがないだろ。
『あの後ろにいる男の人』
『デカいね』
『デカい』
『僕と同じくらいデカいね』
『魔物かな?』
思わず吹き出してしまった。ジナは植物にすら魔物扱いされているのか。
びっくりしたようにリコリスが振り向いた。
「どうした主。何かあったか?」
「いや、すまん何でもない」
「やれやれ。この辺は魔物が少ないとはいえ、気を緩めすぎじゃぞ」
軽く説教を頂いてしまう。確かに少し気を抜いていたかもな。
ともあれ、【同調】は成功。ユーリの【侵入者】が対象になるか分からんが、これでいつでも傍受可能だ。
別に盗み聞きしたい訳じゃない。調停者として必要な能力なのだ。だから仕方ないね。
『あの精霊に乗ってる子』
『悪い子だね』
『悪い』
『顔からして悪人だよね』
『人を呪い殺してそう』
ああ? もしかしてこいつら俺の事言ってるのか? 聞こえてないからって好き放題言いやがって……。
(植物は正直だからなぁ。オイラも嘘は苦手だし)
(いやそれにしても失礼だろなんだ人を呪い殺してそうって)
(まぁまぁ、ハナ様落ち着いて。植物の言う事ですから……)
一瞬文句言ってやろうかと思ったが変人だと思われるので留まる。雑草に文句言ってもしょうがないからな。
この後も、ちょこちょこと聞こえてくる声を無視してディゼノへと向かうのだった。




