美しく気高い良い精霊
「光っておるな」
「光ってんな」
ケイカに連れられて庭へ来た俺たちが最初に感じた事である。確かに光ってるんだ。
なんというか、発光と言うよりはダイアモンドダストみたいにキラキラしてるというか。
「でしょう? お風呂掃除してたら急に光りだしてびっくりしましたよ」
「何処から来てんだこの光」
「花壇の方ではないかの」
リコリスが花壇の方を見ている。確かにひと際輝いているな。
というかユーリはどうしたんだユーリは。昨日まで庭に入った途端食い気味に絡んできたのに。
(おーいユーリ! 生きてるか? 返事しろー)
(どうやらあの光、ユーリさんから発してるようですね)
(マジかよ)
ついにトレントみたいになっちまうのか? ユーリは返事しないし、どうしようか。
俺は近づいて、ユーリを確認する。光ってる以外に特に変わった様子はなさそうだ。
「ハナさん、不用意に近づいたら危ないですよ。離れて下サイ」
「別に平気だろ。たかが植物なんだから」
「この気配――精霊と同じ物を感じるのう。主よ、何か心当たりはあるか?」
「あーん? 確か……ノイモントへ出る前にジナさんが言ってたな。精霊化がどうのこうのって」
あっちで大変な目に合ってたからすっかり忘れてたぜ。どうしよう、精霊になっちゃうのかこれ。Bボタンで止められないだろうか。
「リコリス、どうすればいいんだこれ」
「フム……精霊化するには相応の魔力が必要と聞くからのう。直接、与えてみてはどうじゃ」
「直接? どうやって?」
「魔糸を飛ばすのと同じように、手からこの花へ魔力を渡せばよい」
やってみるか。俺はユーリに近づいて茎の部分に触れる。相変わらず硬いな。
そのまま、手から魔力を渡す様に流してみる。……おお、手がムズムズする。虫が這ってるみたいであんましいい気分じゃない。
「おーい、お前ら大丈夫か?」
「うわ、本当に光ってるッスね」
ファイトとハリスも来たようだ。ハリスはともかく、ファイトはギルドに戻らなくて大丈夫なのだろうか。
「何スかこの光。危険じゃないッスか?」
「問題ない。この植物が精霊化するだけじゃ。そこで見ておれ」
「おお! 精霊化なんて滅多にお目にかかれねェぞ。こりゃツイてるぜ」
割と珍しいらしい。まだこの世界来て半年くらいだからあまり実感わかないが。
俺もハーフエルフだから一応半分精霊って所なんだろうけど……ユーリはどうなるのかな。
「精霊化と言うと、エルフとかドワーフとかになるんですか?」
「いや、あれらは人とも取れる独立した存在だからのう。この植物が精霊になるのであれば……どちらかと言えば魔物に近い精霊化であろうな」
「ワクワクですね! ハナさん、頑張って下サイ!」
ユーリの性格知ってるとあんましワクワクしないんだよなぁ。こいつどちらかと言えば男寄りだし。すけべだし。ゴブリンとかになったりしてな。そしたら討伐してやるか。
(また縁起でもない事を……流石にゴブリンにはなりませんよ。ハナ様が以前いた世界の知識から近い物に例えると……風の精霊とか、水の精霊のような、人間とも魔物とも属さない様な姿になるでしょうね)
(あいつがそんな精霊になるかねぇ。まぁ出来れば可愛い姿だと良いな……いやでもユーリだからなぁ……)
どんな姿が良いかなと妄想しつつも、順調に魔力を注ぐ。
数分くらい経っただろうか、そろそろ腕が疲れてきたなというタイミングで、光が急激に強まった。
「お? これはまさか」
「ウム、そろそろじゃな」
「大丈夫ッスか!? 爆発とかしないッスよね!?
「その時はハリスさんが身を挺して守って下サイ!!」
「いやいやいや!!? 危ないなら早く離れましょうよ!!」
「こういう時、衛兵が活躍しないでどうするんですか!!」
やかましい二人をよそに、光はどんどんと強まっていく。
余りに眩しいので思わず手を放してしまった。しかし、その勢いは止まらない。
「おいおい、本当に大丈夫かリコリス!」
「ああ、以前立ち会った事があるからの。問題ない……多分」
「そこで多分かよ!」
リコリスと漫才をやっているうちに、鬱陶しい光が収まってきた。よかった、爆発はしなかったようだ。
光の中に、大きな影が見える。いよいよご対面か。さて、鬼が出るか蛇が出るか。
庭を覆うような強い光が収まる。花壇の前に、この場に似つかわしくない生物が佇んでいる。
美しい毛並みに大きな体躯。逞しい四つの足で大地を踏みしめ、見せつけるように主張する鬣は、より一層煌びやかで雄々しい印象を見る者に植え付ける。
間違いない、あれは……獅子だ。見慣れたものではないが……普通の獅子よりも、大きく威圧的な印象を受ける。
鬣から、植物の様な蔦を全身に巡らせ、所々にあの華美で大きな花を咲かせている。なんてこった、あのユーリが……こんな格好良くなるなんて。しかし……本当にユーリか? というか大丈夫かこれ、食われない?
その獅子が、ゆっくりと目を開く。周りを見渡す様に首を揺らすと、口を大きく開けた。
「グウ……ふわぁぁぁぁぁ」
……喉を鳴らすような唸り声でも出すのかと思いきや、暢気に大あくびをかましやがった。
流石に予想外だったのか、リコリスは警戒して俺の前へとポジションを変えている。迅速な対応、流石ですね。
「ふわぁ、良く寝たぁ。これが寝るって事なんだなぁ。ポカポカして気持ち良くて、最高じゃないか」
「しゃ、喋ったッスよ!?」
「精霊じゃからな。当然知能もあるじゃろうて。しかし、これは些か……」
リコリスが気難しい顔をして獅子を見ている。何か気になる事でも……いや、俺は気になる事だらけなんだけど。
なので、俺から獅子にコンタクトをとってみる事にした。
「おい、お前――」
「ん? お、おおお!! ハナ!! 待ってたぜ!!」
俺の話を遮って突っ込んできた所を、リコリスが体全部を使ってなんとか抑える。ハナって言ってたから記憶はある、と。
「おい姉ちゃん邪魔すんなよ! 俺はハナに用があんだよ!」
「落ち着かぬかたわけ! お主の体でのしかかられたら潰れて死んでしまうわ! ぐうっ……ええい、なんという力じゃ!! ファイト、手を貸さぬか!!」
「俺かよ!? 前に出たら食われねえかコレッ!?」
ファイトが加わり、二人で押さえつける様にしてユーリの動きを封じる。
ユーリの奴、出た瞬間から迷惑かけやがって。
「このバカユーリ。これ以上暴れると今日の魔力水お預けにするぞ」
「ええっ!! それは困る!!」
「じゃあお行儀よくしろ。色々聞きたい事があるからな。ほれ、お座りだ、お座り」
ユーリは、言われた通りに大人しくその場に座った。リコリスがいなかったらヤバかったかもな。ファイトも……いや、すげー汗だなオイ。
「それで、主よ」
「おう、どした」
「何か言う事はないかのう?」
「え? なんの話――」
「惚けるでない。この獣、精霊化する前から意識があったのであろう。お主ら、以前から知り合いなのだろう?」
まぁ、バレますよね。この野郎初っ端から俺の名前思いっきり叫びやがって。俺も名前出しちゃったけど……ユーリを止めるには仕方なかったからな。
観念して、俺はこれまでの経緯を話した。魔力水を与えたら自我が芽生えた事や、念話で会話してた事。後、名前を付けた事もだな。
勿論セピアの事とか、俺がハーフエルフだってバレない様に色々隠しながら、だけど。
「お主、何故黙っていた」
「いやだって、言った所で混乱するだけだろ。まさか植物が精霊化するなんて思わないじゃん。それにお前なら分かるだろ、察しろよ」
「しかしのう……それにしてもこの獣は――」
「おい狐のねーちゃん。オイラはユーリって言うハナがくれた最高の名前があるんだぞ。ちゃんと名前で呼んでくれよな!」
ユーリはぐいぐいと顔を近づけて話しかけてくる。こいつめ、獣だからってリコリスにすり寄りやがって。
「オラ、獣風情が俺の女に手を出すな」
「イダダダダ! 毛を引っ張るな毛を! ったく、相変わらず乱暴だなハナは」
「お主の女になった覚えはないがの」
ライオンの鬣って硬いイメージあったけど良い感じにもっさりしてんな。ユーリだからなのかはわからんが、寝る時近くにあったら気持ちよさそうだ。
俺がユーリの毛触りを堪能していると、横からめっちゃ羨ましそうな目で見てくる奴が一人。
「ゆ、ユーリさん!! 私もその頭のモサモサを触らせて下サイ!!」
「角のねーちゃんか。名前は確か……っておい! 」
「はぁぁぁぁぁ、ふわふわで気持ちいいですぅ」
「ぐわああああ!! なんだこの子!!?」
出会って数分で打ち解けるとは流石ケイカだ。ライズの時もそうだったが相手への配慮が微塵も感じられない。でも、ユーリには丁度良いくらいか。
「で、なんなんだよこの姿。なにこれ蔦? 元が植物だからか? 格好つけやがって」
「お主、獅子であろう? もう少し威厳を持てぬのか」
「大体よォ、喋ってるって時点で俺ァ驚きだぜ。無駄にテンション高ェし」
「言いたい放題かお前ら!! オイラだって良くわからんわ!!」
そんな蔦をブンブンするな。というかこれ自由に可動するのかよ。動かなくても遠くの物とれて便利じゃん。いやまて、俺も出来るわそれ。
リコリスも良く分からないみたいだし、他に精霊に詳しい人いないかな。エルフとかドワーフとかなら何か知ってるかもしれん。今度セントレアにでも聞いてみるか。
「落ち着けユーリ。精霊化しちまったからにはしょうがない、俺の家に住まわしてやる」
「よくもまぁ我が物顔で俺の家などと言えるのう……」
「私の部屋でお布団になって下サイ」
「俺よりもこのねーちゃんの方を落ち着かせてくれ!」
よくまぁあんな風に抱きつけるな。怖くないのだろうか。ライオンだぞライオン。意思疎通が出来るとはいえ普通女の子ならたじろいでしまいそうなもんだが。冒険者やってると図太くなるのだろうか。
「取り合えず、ジナ殿には言っといた方が良いッスよ……こっちも一応、兵長に言っておかないと」
「精霊が出たくらいでそんな騒ぐ事なの?」
「普通の精霊なら未だしも、こんなデカいの放っておける訳が無いッスよ。見た所危害を加えるような事はしないと思うッスけど」
「危害なんて加えないよ。オイラ美しく気高い良い精霊だから」
「調子の良い精霊じゃな」
蔦でハートマークを作っている。これは良い精霊アピールなのだろうか……無駄に器用な事しやがって。
(それでハナ。セピアの事は言わんほうが良い系?)
(……念話も出来るんだな)
(アタリキシャリキよ)
どこで知ったんだそんな言葉……こいつが口開く度にツッコミ入れてる気がする。
(ユーリさん。私の件は絶対喋ってはダメですよ。それから、ハナ様の種族の件もです)
(へいへい、折角精霊になったんだ。ハナに嫌われるような事はしねーよ)
(口滑らせんなよ?)
平気平気と、また口を大きく開けて欠伸しながら答えるユーリ。声に出てんだよお前。
ユーリはぐるぐると喉を鳴らした後、盛大に腹の音も鳴らせる。
「オイラ腹減った」
「もう昼すぎちゃったしな。飯食おうぜ飯」
「今日は鶏肉ですよ。ローフットって魔物で、昨日私がとってきたやつです」
「お、いいね。鶏肉はヘルスィ~だからな。美少女にぴったりの食材だ」
俺の腹からも、くぅ~っと可愛い音が。朝運動したからな、エネルギー補給しなければ。
「ユーリよ。お主、元は植物だったのだろう? 肉は食べられるのか?」
「どうだろ。オイラ、ハナの魔力水しか貰ってないから分からないな。でも、食べてみたい!」
「俺の分が減るからダメだ」
「意地悪言っちゃ駄目ですよ。ユーリさん、私の分を上げますから今日は一緒に寝ましょうね~」
「え? じゃあいい……」
「何でですか!!」
ケイカは早くも苦手意識を持たれてしまったようだ。今後もケイカはペット飼えそうにないな。
昼飯という事で、ハリスとファイトは各々の場所へと戻っていった。ファイトは消化薬片手に走ってディゼノまで戻るらしい。……結構距離あるよな確か。
俺たちは、庭から家の中へと戻る。ユーリもそのまま付いてきた。原付バイクくらいデカいのだが、この家も一回り大きいので問題無い。以前、ジナ自身が大きくて不便だった為、広めに家を改装したらしい。
「のっしのっしと歩いてますね。喋らなければ格好良いです」
「一言余計じゃん? 後いつまで触ってるのキミ」
「今日一日……ですかね?」
「ハナ!! 何とかしてくれ!!」
ただでさえ騒がしかったのに、更に騒がしくなってしまった。明日冒険者ギルドに行くってのに、更に問題が出来ちまったな。今日の夜はジナが帰って来るし要相談だな。
隣でケイカとユーリがじたばたやってるのを見ながら、明日の事やユーリの事を考えるのだった。




