お買い上げありっしゃーす
俺とリコリスはまっすぐ家へと向かった。ボタンじゃないが、腹も減ってきたしな。
もうすっかりと見慣れた薬屋の扉を開くと、これまた見慣れたお客さんがいた。
「おや、おかえり。早かったのう」
「ただいま、お爺様。ファイトさんこんにちわ」
「おう、嬢ちゃんか。リコリスの姐さんも元気そうだな」
「その呼び方はやめぬか、お主にそう呼ばれると暴力団の女みたいに聞こえてゾワゾワする」
「ガハハ、それはあんまりだろ姐さん」
スキンヘッドでガタイの良い大男、ファイトが爺さんと話していた。確かに山賊のカシラみたいな見た目だからな、そんなのから姐さん呼ばわりされると一気に任侠物の世界になっちまう。
「買い物ですか?」
「おう、ギルドで大量に薬が必要になったんでな、俺が代表して買いに来てる所だ」
「え? 何か事件でもあったんですか?」
ディゼノにも似たような店はあるだろうに、隣町に買いに来るって事はそれだけじゃ足りないって事だろ? 結構緊急じゃないか?
俺の心配をよそに、ファイトは笑いながら説明してくれた。
「なぁに、事件なんて大袈裟なもんじゃねえよ。ギルドの馬鹿共が朝っぱらから大食い競い始めて腹痛起こしてるだけだ。爺さんとこの消化薬は割安で良く効くからな、散歩がてら買いに来たってとこだ」
「いや本当に馬鹿だな」
「ハハハ! 今度アイツらに言ってやれ!」
なんで昼前からそんな事してんだよ……冒険者って割と暇なのだろうか。
「相変わらず阿呆な事やっとるのう……何か珍しいモンでも取れたかのう?」
「そうだぜ爺さん、ジナの旦那がでっけぇ獲物持ってきてな、男共はこぞって食ってたみたいだぜ」
「本当に成長せんのうアイツは……」
ため息交じりにありったけの消化薬を袋に詰めている。ありったけと言っても粉末なのでコブシ位の大きさまで詰めれば足りるらしい。
「ファイトさんは付き合わなかったんですね」
「ハハ、寝坊しただけだ。居合わせたらここにいなかったろうなぁ」
「たわけ」
行きたくねぇなあ冒険者ギルド。いや悪い人はいなそうだけどとても疲れそうだよ。
実は明日行くことになってんだよな……取り消しとか効かねえかな。
「リコリス」
「ダメじゃ」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「どうせ明日行きたくないとかそういう話じゃろ。早うせんと猫人の小娘が痺れを切らしてこちらへ向かってくるぞ」
「ギルドマスターを小娘扱いとは流石姐さんだな」
だからそのヤバそうなギルドマスターにも会いたくないのよ……ハナちゃん怖い人苦手。
憂鬱だ、めっちゃ憂鬱。美人さんらしいからまだマシだけどどうせなら優しい甘やかしてくれるお姉さんが良い。
俺がリコリス相手にごねていると、後ろから扉が開く音が。
「こんちわ~ッス。おや、皆さんお揃いで」
「えーとマリスさんでしたっけ」
「ハリスですよ。なんで毎回間違えるんスか」
「なんか普通な名前で覚えづらくて」
「相変わらずめちゃくちゃ失礼ッスねこの子は」
ルマリの衛兵であるハリスだった。この人も、トレント騒動以来ちょくちょく話している。というか、店に来る。
衛兵として定期的にポーションを購入しに来るからな。爺さんと専属契約してるらしい。国の専属とか割と安定収入なんだな、爺さん。
「おや、ハリスか。もうポーションが足りなくなったのか? 随分早い消費じゃのう」
「そうじゃないッスよダズ殿。今回は別件ッス。少しばかりサーミリアの粉末を売って頂きたくて」
「ほう、確かに余ってはおるが。何に使うのかな?」
「大した事じゃないッスよ。兵長が使うだけッスね」
「ああ、そういえば戻ってくる頃合いであったか。サーミリアね、今持ってくるぞい」
爺さんは家の奥へと取りに行く。
衛兵長……セントレアの事だな。のんびりした様子だったけど、何か病気にでも罹っているのか?
「あの、ハリスさん。サーミリアって何ですか?」
「ここで働いてるのに知らないんスか? 二日酔いを抑える薬ッスよ。兵長やダンテさんが愛用してる薬ッスね」
「冒険者の必需品でもあるな。あんまり買い込むなよ? 俺らも使うんだからよ」
「そんな買い占める程買わないッスよ。大体ディゼノにも売ってるじゃないッスか」
「サーミリアはこっちの方が安いんだよ。あの実はリールイにもあるから手に入りやすいしな
二日酔いかよ。心配して損した。あの様子じゃ明日早速使いそうだ。大体国の金でそんな薬買うなよ。
「そんなジットリ見なくても大丈夫ッス。ちゃーんと本人たちの給料から払わせてるッスから」
顔に出ていたようだ。いやでも大丈夫では無いだろ……そもそも私事じゃねーか仕事しろ!
「やれやれ、ここの衛兵は些か緊張感が無いのう。もう少し厳しい規律が必要なのではないか?」
「そんな規律が守れたらこんな田舎いないッスよ」
「そんなって言っちゃったよこの人」
「ハリスよォ、冒険者の方が似合ってんじゃねェか?」
どうやら、真面目に勤めるつもりはさらさらないようだ。まぁ、俺としては安全なら何でも良いんだが。
そもそもセントレアも冒険者向きだよな。なんで自由が利かなそうな衛兵やってんだか。
「そうだ、ついでに鎮静剤みたいなの売って無いッスかね?」
「なんだそりゃ。危険な魔物でも捕まえたのか?」
突然の注文に、ファイトが疑問を口に出す。
「そうじゃないッス。明日、イルヴィラさんが興奮するだろうから予め準備しておこうかと」
「いやなんでだよ」
「ホラ、イルヴィラさんはその、アレじゃないスか」
「アレってなんだアレって」
ファイトが訝しんでいるが、まぁ、アレなんだよな。
「イルヴィラさんは子供が好きッスからね、衛兵長が帰ってくると数日はおかしいままなんスよ」
「おかしいってなんだ……」
「実際被害にあってるハナちゃんの方が詳しいッスよ」
「俺? ん~、まぁ~その、オブラートに包んで言うと少しトチ狂ってるというか」
「オブラートに包んでも棘が突き抜けてくるな」
違うんだ。実力はあるし美人さんだからね、俺もそこまで言うつもりは無いんだが、限度というものがね。
「大体あの衛兵長、俺と同い年だろ」
「ファイトさんと? 今何歳?」
「26だ。だから嬢ちゃん、今後は俺をおっさんって言うんじゃねえぞ?」
は? こいつ俺より3つもし……げふんげふん、違った、16歳ほど年上か。
じゃあセントレアも26歳か。そんな若いのに衛兵長って凄いんだなアイツ。というかファイトはどうやって知ったんだよそれ。
「そうなんスよ。見た目子供で中身大人だから今までほったらかしにしてたんスけど、流石にハナちゃんに手を出すのはまずいッスよねぇ」
「いや他人事かお前なんとかしろよ」
「無理ッスね。ホント綺麗な人なのに勿体ないッス」
「難儀な性癖じゃのう」
即答かよ。まぁ、実際手は出されてないし割とその辺の線引きはしてそうだから良いけど。ただ怖いんだよ、突き抜けた愛が。
「そういう訳なんで、なんか良い薬無いっすかねぇ」
「なんかあったかな……というか、薬で解決する事じゃないだろこれ」
「売り上げに貢献するんだから良いじゃないスか」
「そうだけどな。えーと……アレなんかどうだろう」
俺は思い当たる薬に魔糸を飛ばして、遠くから引っ張ってくる。
やべっ、ちょっと勢いが……おっとと、ナイスキャッチ。一応薬だからな、衛生的な意味でも落としたらアカンだろう。
「相変わらず便利な魔法だなァ、結局なんて魔法なんだよ」
「乙女の秘密ですっ♪」
「……まぁ、そう簡単に教えるもんでもねェけどよ」
そう言っても、ファイトは気になっているようだ。
ファイトとハリスには既にトレントの時に見られてるので、スキルを使う事に躊躇が無くなってきている。
詮索はされるが深くは突っ込んでこないので、好きに使っているのだ。だって便利だし。
俺は薬を確認すると、ハリスへとぶん投げる。
「あぶなっ!? 零れたらどうするんスか!?」
「へーきへーき。それ、煎じて飲むと落ち着くらしいぞ。ビャカの実って言うんだっけか」
「ビャカか。秋にしか生らない果実だな。結構美味いらしいぞ?」
「へぇー! 良いじゃないッスか! いくらッスか?」
「その量だと銀貨1枚と銅貨5枚」
「……割高ッスね」
100gにつき大体日本円で6000円くらい。高けェな。いや、健康促進剤みたいなもんだから妥当か?
「良いじゃないですか。衛兵だから国から一杯お金貰ってるんでしょう?」
「末端の兵士がそんな持ってるわけ無いッスよ!! そりゃ、一般の方と比べれば貰ってるかもしれないッスけど」
「じゃ、買いで。お買い上げありっしゃーす」
「仕方ないッスね。普段から世話になってるから文句は無いッスよ」
気が変わらないうちにお金を出させる。
リコリスが微妙な顔してる。そんなジト目で見るなよ。多少の強引さも商売には必要なんだ。
「サーミリアの分はお爺様が帰ってきてからで良いですか?」
「そーッスね。数がわからないし」
「――お待たせ。持ってきたぞい」
タイミング良く爺さんが帰ってきた。何本かの瓶が入った籠を持っている。液体だったのか。てっきりこれも粉末かと。
「リコリス婆さんのおかげで液状でも長持ちするからのう。助かっておるよ」
「ほほ、これくらいはどうって事無い。頼みがあれば遠慮なく申せ、爺や」
「心強いのう」
いつの間にこんな仲良くなったんだこの二人。老人同士で通じるものがあるのか。片方どう見てもねーちゃんだけど。
遠慮なく申せとか言ってるけど俺が遠慮なく言うとたわけって怒られるのが理不尽である。
爺さんが籠をハリスに渡すと、直ぐにハリスも銭貨を出す。おお、銀貨2枚も。
「お爺様、さっきビャカの薬をハリスさんに売ったんですけど大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないぞい。ビャカはまだ在庫があるからのう」
「良かった。じゃ、売れた分は私のお小遣いにしますね」
「こやつ、流れる様にピンハネしたぞ」
「衛兵の前で良い度胸ッスね」
まだ金貨が残っているとはいえ、金はあるに越したことはないからな。
もう一着くらいおしゃれなのが欲しいよ。確かに美少女に無地ワンピースは正義なところがあるけど……スカートがサムいんだよ冬は。
「あ、そうだ。長い靴下買うのも良いな。オーバーニーとか。足細いから綺麗に見えるだろうな~。あーやば、欲しくなってきた」
「たわけ、人の話を聞かぬか」
「まぁまぁ、そんなキリキリすんなよ。リコリスも似たような服着てないで少しはお洒落すりゃええねん」
「むっ、似たようなとはなんじゃ。我の装いはな、昔旦那がくれた大切な――」
リコリスが昔話を始めようとしたところで、家の中から女性の叫び声が聞こえる。
うるさっ、何事だよ。ジナのいびきくらいうるさいぞ。
「たたた、大変です!! 大変ですよハナさん!!」
家の中から出てきたのは血相を変えて叫ぶケイカであった。いたのかこいつ。騒々しいのはいつもの事なので、別段驚きはしないが何かあったのだろうか。
「どしたん。腹でも減ったか?」
「違います!! 確かにもうお昼過ぎちゃうな~って思ってましたけど……そうじゃなくってっ!! 庭が、庭が光ってます!!」
「……庭?」
中にいた全員が首を傾げる。
「意味わからん。もうちょっと具体的に――」
「とにかく光ってるんです!! ほら、行きますよハナさん!! リコリス様も!!」
「え、ちょ、待て待て引っ張るな!」
「む、我もか」
慌ただしい奴め。大体庭が光るってなんだ……爆発物でも置いてるんじゃないだろうな。そんな所に美少女を連れて行くなよ。
そんな事を考えつつ、俺たちは強引に家の奥へと引っ張られていった。




