きっと俺の美しさが上がる毎に力が増幅しているに違いない
ノイモントでの騒動から2週間程が経った。相も変わらず寒い、いやむしろこれから冬本番と言った所だ。ノイモントの様に雪が降る訳ではないけど、やっぱ寒いのは苦手だ。
そしてハナちゃんは今傷心の身だ。何故かと言えば、アウレアの火魔法でついた傷が全く治らない。呪術書を見てみたり、ケイカにも聞いたのだがさすがに呪いと言っても区分が違うようだ。
回復術師に頼もうとしても王都へと向かわなければならないらしい。しかもくっそ金取られる。直ぐにどうこう出来る問題じゃないのだ。
こんな可愛い美少女なんだから火傷の痕をいつまでも晒しておく訳にはいかんのだが。はー、誰か世界で一番可愛い美少女に無条件で貢いでくれねえかな。
「ふわあ、ふわわわああ~~」
「大きなあくびじゃなぁ。全く緊張感の無い。少しはケイカを見習ってはどうじゃ」
「アイツの方がよっぽど緊張感ねーよ」
現在リールイ森林の泉(最初に俺とレイが鉢合わせた所)で、まったり休憩中である。
俺がおおあくびをすると、狐の幻獣であるリコリスがお小言を入れてくる。
ノイモントの守護獣。お狐さまと呼ばれモント山に引きこもっていたのだが、リコリスの娘、アウレアと死闘を繰り広げ死にかけてた所を俺が救ってやった。現在は俺の従魔である。
最初に見た幻獣モードには中々ならない。人の姿が好きなんだそうな。まぁ俺としてはあんな化け物よりこっちの方が良いけど。この状態でも尾が3本あって触り心地が良い。なによりおっぱいがデカい。
「いだっ!? 何すんだよいきなり」
「顔が緩んでおるぞ。どうせ良からぬ事を考えていたのであろう」
「んなわけないだろ、大体なんでそんな偉そうなんだよ。もっと俺をたてろや、死にかけてた所を救ってやったんだから」
「たわけ、お主とて満身創痍であったろうに。アウレアに勝てたのは運が良かっただけじゃ」
「そんな事ないし。俺が本気出したら楽勝よ楽勝」
俺が笑いながら答えると、リコリスはぐいぐいと頭をもんでくる。イタ気持ち良い。
そりゃ実際楽勝とは思ってないけど。むしろ瞬殺されるかな。俺の人形遣いは初見殺しみたいな所あるから。
そういや、緊急だったとはいえアウレアにスキルをばらしちまったよ。あいつが言いふらさねえかちょっと心配だ。……でもあいつ、友達いなそうだし大丈夫か。死霊術師のキザキザ黒ローブに伝わって無ければいいがな。
「フム、お主のことじゃ、口でそういっても頭ではきっちり己の力量は理解しているだろう。迂闊な事はしないであろうさ」
「俺の評価高いんだか低いんだかわかんねーな」
「いざという時の芯の強さは評価しておるよ。戦闘面は全く信用できんがな」
「そっすか。確かにもう少し自衛くらい出来るようになりたいけど……あんまり戦うのは好きじゃないからな。お前が俺を守れ」
「全く……これだけスキルに恵まれておるのだからもっと励んで欲しいのじゃがな」
「俺は美少女に磨きをかけるのに忙しいんだ」
そうだ。確かにリコリスの言う通りもっと鍛えるのも必要であろうが、最初からずっと俺の第一優先は変わらない。
美少女になりたいんだ。その上で、強くなっていきたい。
「見てくれに関してはもう十分すぎる程の美しさだとは思うがの」
「ダメダメ、中身も美少女じゃないと」
「じゃあ駄目じゃな。中身を入れたらマイナス振り切るからの。前から言いたかったのじゃが、その下品な物言いは何とかならぬのか?」
「ご主人様をボロクソ言うのやめろ」
下品じゃねーよ少し育ちが悪いだけなんだよ。因みに、身内と話す時以外はちゃんと美少女っぽく振舞ってます。
体が女の子だから意識も女の子になっちゃう~みたいな展開になるのかと思いきや全然ならねえのな。どうなってんのよセピア。
(私に言われましても……ハナ様の努力次第としか言えませんよ)
(努力してるのに全然実を結ばないな)
(……)
なんか言えよ。俺が努力してないみたいになってるじゃないか。
リコリスや偶にセピアと話していたら腰が痛くなってきた。実は、朝からずっとリコリスに扱かれてたんだよね。しかも超スパルタ。基礎が大事とか言ってめっちゃ走らされた。レイも一緒だったけどまだまだ元気で、いつものように門の前で素振りをしている。
「リコリス」
「む?」
「膝」
「やれやれ」
と言いつつも、リコリスは腿に頭を乗せられるよう座り直してくれる。
俺はもぞもぞと動き、リコリスに膝枕をして貰う。
「んー、快適。おほほ、乳で顔が見えませんね」
「たわけ、頭を振り落とすぞ」
「そんな酷い事しないでよ、折角水浴びした後なんだから」
「だったら寝っ転がるでない。服が汚れるぞ」
「この辺は草が多いからへーきへーき。こんなこじゃれた服でも割と強い素材だって分かったからな、多少強めに洗っても傷まないとは素晴らしい」
アウレアとの戦闘で俺の服はボロボロのドロドロ……だったはずなのだが、割と無事だった。
元々古着屋の店主であるツバキおばさんの妹さんが作った物なのだがやたら気合を入れて作っていたようでかなり良質な素材を使っていたらしい。
それこそ、金貨1枚なんかじゃ収まらないものだったのだが……当人は満足らしいのでそのままの金額で通してくれたそうだ。儲けもんだな、にしし。
「さーてこのままお昼寝――」
「きゅう」
「ん? どうしたボタン」
俺の従魔である黒いスライム、ボタンがきゅうきゅう鳴き出した。
うーん? 何かやりたい事でもあるのか?
「きゅうう」
「おいおい、具合でも悪いのか?」
「そうではない。まぁ、そのまま見ておれ」
「?」
リコリスにはボタンが何をしたいか分かるみたいだ。こういう時、ボタンの言いたい事がわかれば良いのになと思う。
ボタンはフルフル震えながら、声を上げ続けている。
「ゅ……あ……」
「……へ?」
「あ……な……」
「え、え、ええええええ!?」
「に゛っっ!?」
驚いてがばっと起き上がり、頭でリコリスの乳を思い切りはたいてしまった。
まぁそんな事は良い。ボタンが……ボタンが喋った!!?
「おい、どうしたんだボタン!? 何か変なもんでも食ったのか!?」
「お、落ち着け。まず我から離れよ」
「い、いやでもよ、あのボタンが喋ったんだぞ!?」
「はな」
「!!」
赤ちゃんが初めて喋る感動というのはこんな感じかもしれん。
なんでいきなり喋りだしたんだ。褒めるべきか? どうしていいかわからない。どうしていいかわからんが……俺の名を呼んでいるなら、返事をしてあげるのが良いだろう。
「そうだ、俺はハナだぞ。お前の名前はボタンだ。言えるか?」
「んー」
「難しいみたいじゃな。しかし、昨日の今日でここまで早く発声出来るとは……」
「昨日の今日? ボタンに何かしたのか?」
少し落ち着いたので、再びぽすっと頭を落とす。
ボタンがこちらへと寄ってきたので、ついでに抱き上げる。
「ウム、変化についてボタンから聞かれたのでな。少し手解きをしておったのだが」
「ボタンから? 何言ってるかわかるのか?」
「何となくは分かる。ボタンは他のスライムと違って感情の起伏が激しいからのう」
それは何となくわかる。こいつ、スライムの癖に我が儘だからな。喋れないだけで、喜怒哀楽の感情はきっちりこいつの中に存在してるはずだ。
一体どうやって声出してんだろうな。確か喉……声帯を振動させて声を出してるんだっけ。それを単純に変化で同じような器官を作って……うん、体の造りなんて細かいことはわからん。
要はこれも変化のスキルとして出来る事なんだろう。あんまり難しく考えないようにする。
しかし昨日から妙にきゅうきゅう言ってたから何かと思えば、そう言う事だったのね。
「よし、もっかい俺の名前呼んでみて」
「はな」
「うわ、かっわ……これは反則だわ。ケイカがいたら卒倒してるな。じゃあリコリスは言えるか?」
「……んー」
「んー、ってなんだんーって。あざとすぎるのも考え物だぞ」
「恐らく発声出来ない言葉は全てそれで返しておるんじゃろ」
まだまだ練習中という事か。今のところ俺の名前しか言えないのかもしれないな。
このまま意思疎通が出来る様になれば今後融通が利く。何がしたいかも直ぐにわかるし、危険も早く察知できる。好きな事や嫌な事、楽しい事や悲しい事も全部分かる。うん、やっぱ言葉って大事だな。
「よしよし、ちゃんと励めよボタン。まずは美少女っぽい発声練習からだ」
「またお主はそんな事を」
そりゃそうだ。最終目標はスライム美少女だからな。これを目指さずして何が異世界なのか。
まぁ今聞いた感じだと結構可愛い声だし、そのまま維持出来れば声はクリアだ。いやあ、楽しみだなぁ。
「はな」
「ん? どうしたボタン」
「めし」
「……」
赤ちゃんが初めて喋る感動の場面から、冷めた夫婦間の会話みたいになってしまった。
まぁそうだよな、飯ばっか食ってるお前だから納得だよ。三大欲求の一つだし必要な事だからな。でも、それを踏まえてもハナちゃんちょっぴり悲しい。
「めし」
「ええい、さっき食ったばかりだろが! 我慢しなさい」
「んー」
「そんな可愛い声出してもダメ」
「ほほほ、たった一言。言葉が言えるだけで会話が成立したではないか。良かったのう、ボタン」
良かったかもしれんが、これから事あるごとにめしめし言われそうだ。……頭はたかれるよりマシか。
ボタンを宥めつつまったりと過ごしていると、リコリスがぽんぽんと頭を撫でながら聞いてくる。
「そういえばお主、魔糸は何本出せるのじゃ?」
「ん? あーっと……どうだろうな。出すだけならもう両手の指全部から行けるが。物を操るのは6つが限界じゃねーかな」
「フム……一度、限界を知っておいた方が良いぞ。どれ、今からやってみると良い」
「えーだるい……そんな睨むなよ。やりますやります。仕方ねーなー」
よっこいせと立ち上がり、腕に魔力を巡らせる。俺もこの世界に慣れてきたな……と、魔法を行使する度に実感する。
両手に魔力が行き渡るのを感じる。最初セピアから教わった時に比べて大分スムーズになったなぁ。
じゃあ限界まで魔糸を……ん?
「……」
「どうした?」
「魔糸が8本しか出ない」
何故だか集中できない。別に練習をサボってた訳じゃないんだが。試しにその辺にあった小枝に魔糸を繋げてみる。
「ぐぐ……マジか、4つしか動かん」
「どうせ見栄を張って盛ってたんじゃろ」
「ちゃうわ! 実際アウレアとやりあった時は6つ動いてたんだからな!」
「であれば、その時と今とでは状況が違うのであろう。何か心当たりはないかのう?」
「状況? う~~ん……なんだろ」
切羽詰まって能力の覚醒……いやいや、もっと前から動くのは確認してたし。
アウレアの呪いの所為か? うーん、あんまり実感わかないし、痛み以外の影響は感じられんな。リコリスやケイカに聞いてもわからないみたいだし。となると分からんな。ただ調子悪かっただけか?
あれこれ考えていると、ボタンが俺の懐をまさぐってきた。
「ちゅう」
「ちょっ、やめろボタン。にししし、くすぐったいっ!!」
「これこれ、暴れるでない」
「んー」
ボタンがひょいっとキラキラした物を掲げる。
以前ボタンが拾ったスイセンの髪飾りだ。そういえば、さっき水浴びした時にポッケにいれたままだったな。
「すっかり忘れてたぜ。すまんなボタン」
これ、なんかしっくり来るんだよな。付けやすいし。
ボタンから髪飾りを受け取ると、水面で確認しながらささっと付ける。うんうん、今日も俺可愛いな。
「フム……主よ、もう一度魔糸を出してみるが良い」
「なんで?」
「良いから早うせい」
「別に良いけど」
こんな小さい髪飾り程度で変わらないと思うけど……と、軽い気持ちで魔糸を出してみた結果、きっちり全ての指から魔糸が出てきた。
「やはり、その髪飾りがお主の力を底上げしていた様じゃなぁ」
「いや髪飾り云々よりも、きっと俺の美しさが上がる毎に力が増幅しているに違いない。多分神様が俺にそういう能力つけたんやろなぁ」
「なんじゃその頓珍漢な理屈は」
「ちん」
「うわ、スケベババアの所為でボタンが卑猥な言葉を覚えた。ボタン、間違ってもその言葉を二回繰り返すなよ」
「お主の思考が影響しておるようにしか思えんがのう」
何はともあれ、能力が弱体化してなくて良かった。まともに戦えるスキルこれだけだからな。呪術師ももうちょっと戦いに使えるのがあればいいんだけど。




