僕は何をしても美しいのさ
王都ストレチアの前に突如現れた黒く巨大な魔物。形容し難き姿をした悍ましい化け物は、王都を守る騎士団、そして冒険者達の手によって討伐された。
端的に述べるならそれで終いだが、その魔物による被害は看過出来る物ではなくストレチアの王は頭を抱えている。
幸い、王都への直接的な被害は避けられた。しかし、人的被害は免れず多くの負傷者、死亡者が出ていた。
それでも王都内は、重苦しい空気を払拭する為、魔物の討伐祝いという形で祝勝祭が行われていた。
「いやぁ、暢気なもんだねぇ。ただの実験動物一匹狩ったくらいで。まぐまぐ、うわこれうっま!!」
「カルミア様、この様な場所で迂闊な事は言わないで下さい」
「別に誰も聞いてやしないよ。君も食うかい?」
「いりません」
串焼きから肉を齧り取り、口いっぱいに頬張って歩く美少年のエルフ。そして、それに付き従う女性。
日が出て間もないと言うのに、既に宴の様な喧騒の王都を歩きながら呆れた表情で語る。
「大体すっとろいんだよなあの魔物。タフになって魔力が上がるだけじゃただのドーピング剤じゃないか。後は色が変わるだけ。もうちょっと何とかならなかったのかな」
「あの小さな丸薬で多大な魔力増加を見込めるのは偉業と言って良い物ですよ」
「そうかい? ルコの夢を聞く限りだとあの程度じゃ全然駄目だと思うねぇ。何より美しくない」
巨大な黒い魔物は、見ただけで言えば肥大化した獣。熊とも、豚とも、獅子とも言い難い醜い姿であった。
その姿を遠目に見たカルミアは、『半端な上に低劣』と評した。
「美しくない、ですか」
「ああ、そうだ。僕がも最もプライオリティを置いている事だよ。モルセラ、君にいつも言っているだろう?」
「ええ、そうですが。貴方の言う美しいは定義が難しいのですよ」
美しい物はなんであれ敬意と礼賛を。カルミアという男は、『美』という観点で物事を図る事が多い。
此度の騒動も、すべてその一点で評している。
「君もまだまだ勉強不足だね。僕の在り方をちゃんと理解してほしいものだ、じゅるるる」
「串を舐めまわすのは美しくないのでは?」
「僕は何をしても美しいのさ」
一通り満足すると串を女性――モルセラへ手渡し、満足げに腹を擦る。さて次は何を食べようか、折角の祭りだからとことん行くぜと出店を見て回る。
ずいずいと王都の中央道を進んでいくうちに、とある4人組が目に留まった。
今騒動のMVP。見たことも無い派手な魔法で、真正面からあの怪物を切り捨てた怪物。というのは冒険者ギルド内での評価だ。
「やぁやぁ、『六曜』の諸君。ごきげんよう!」
迷う事無く声をかける。モルセラがため息を吐くのは面倒事になると理解しているからだ。
「――ああ、カルミアさん。こんにちわ」
「カルミア様、先日はどうも」
リーダーと思わしき赤い髪の男が、続いて隣のお淑やかさが印象的な女性が挨拶を返す。
そして4人組の1人――ひと際異彩を放つ黒髪の女性が、じろりとカルミアを見る。
「……カルミア・シリル。貴様、何の用だ?」
「ンン~~? なんだいその『面倒臭えのが来た』みたいな返答は」
「すまない、カルミアさん。その、彼女も悪気があるわけでは」
「悪気が無い方がタチ悪くない?」
あーその、すまないとばつが悪そうに頬を掻くのはチーム六曜のリーダーであるダイナ。
名前も顔も凡庸。イマイチぱっとせず風格も無い。一見して平凡、普通なつまらない男であるが、あの黒い魔物を切り裂いた張本人である。
「まぁ君は良いさダイナくん。僕はそこの黒トカゲに言ってんだよねぇ」
「今なんて言った? 性悪なだけなら未だしも、喧嘩売る相手を間違えるほど愚昧に成り下がったか?」
「愚かなのはどっちだか。挨拶も碌に出来ない白痴に敬意は必要ないよねぇ。ダイナくん、チームメイトはもっと慎重に選ぶべきだと僕は思うなぁ」
「貴様――」
「そうカリカリすんなよ。何も喧嘩しに来た訳じゃないんだから。ああ、仲直りの印にこれ食べる? 君と同類の肉で悪いけど」
言い終えた直後、カルミアの目の前で黒髪の女とモルセラが対峙する。
片方は極限までに黒く凶暴な爪を、片方は冷えた輝きを放つ白銀のナイフを構える。
「年甲斐もなく血気盛んだねぇ。……う~ん、いつ見ても美しい爪だ。君には勿体無いねぇ」
「お褒めの言葉を賜り光栄だ。悪たれ口が止まらないその口腔に今すぐ捻じ込んでやろう」
「カルミア様、これ以上挑発を為さらないで下さい。黒龍の相手は私でも手に余ります」
さすがに王都内で揉め事はヤバいかな? と頭では分かっているのだ。しかし、ついつい口が滑る。揶揄ってしまう。カルミアの悪い癖であった。
しかも相手は勇者と死闘を繰り広げ、あの狐の幻獣とも喧嘩して人々を恐怖させた、噂に名高い『黒龍』である。これでは興が乗るのも仕方が無いと、カルミアは自制を出来ずにいた。
「止めろシーラ。ここだと被害が出る」
「……しかし」
「カルミアさんも止してくれ。シーラを悪く言うのは貴方であっても看過出来ない」
「そうかい、まぁダイナくんが言うなら仕方ないなぁ。少し言い過ぎたようだ。そこの黒龍が頭下げるなら許してやってもいいかなぁ」
「何故俺が? まさか貴様、俺に何をしたか忘れた訳ではあるまい」
「? なんかしたっけ?」
「……」
無言で距離を詰める黒龍のシーラにモルセラが立ちはだかる。正確にカルミアの首を捉えた爪を、短剣を滑らせて弾いた。
「そんな顔するなよモルセラ。今のは挑発じゃなくて素だから」
「お願いですからもう喋らないで頂きたいですね」
「ハハ、こんな切羽詰まったモルセラ中々見られないぜ。良い物を見たなぁ」
カルミアを諫めたい所だが、鬼の形相を見せるシーラから目が離せない。祭り見て回るだけが、なぜこの様な命懸けの護衛になってしまったのか。モルセラは覚悟を決め、黒龍に手を掛けようとした。
「人が往来する中央道で一体何をしてるでしか」
そう言いながら、対峙する二人の間に平然と割って入る人物が一人。
背丈はカルミア程の、幼い子供かと思える身長。しかしその外見は、透き通るような白さを持つ厚い鎧に覆われている。
「おやおや、セントレア士爵じゃないか。ごきげんよう」
「ごきげんよう、カルミア伯。貴方が外にいるとは珍しいでしな」
「はっはっは、偶には日光を浴びないとカビるからね。散歩だよ、散歩。いやぁ、純白の騎士様が直々に巡回してくれるならこんな安心な事はないよねぇ」
わざとらしく手を広げてカルミアは対応する。同時にモルセラが一礼し、後ろへと下がった。
セントレアと呼ばれた女騎士は、カルミアがいた事に驚きを見せるも直ぐに前へ向き直る。
「してダイナ殿、これは一体なんの騒ぎでし?」
「あー、まぁその。シーラとカルミアさんが喧嘩し始めちゃってさ」
「俺はそいつが喧嘩売ってきたから買ってやっただけだ」
「はぁ。いくらカルミア伯が一方的に煽ってきたとはいえ、それは頂けないでし。シーラ殿が暴れればどうなるか少し考えれば分かる筈でしが」
「そうですよ。シーラはもう少し自分の力を自覚すべきです」
少し落ち着いたのか、シーラは大人しく仲間たちから説教を受けている。
その間にセントレアは、カルミアの元へ向かい事情聴取を始めた。
「ははは、既に僕が悪いのは確定してるんだねぇ」
「いつも騒動を起こしておいて何を言ってるでしか。爵位が無ければとっくにお尋ね者でしよ」
「申し訳無いとは思ってるよ? でもねぇ~今回は本当にアイツが悪いし」
「普段の行いが悪いせいでし。ここでシーラ殿を焚き付けたところでカルミア伯には得なんてない筈でしが?」
「まぁ、100%ただの戯れだからねぇ」
「私は今100%虚無しか感じてないでしよ」
頭を抑えるセントレアを、カルミアはけらけらと笑っている。彼にとってはこのやり取りも道楽としか思ってないようだ。
「だいたい君、ルマリに帰ったんじゃなかったっけ? なんでまだ王都に残ってるんだい?」
「あんな化け物が出て来て、じゃあさよならバイバイまた来年と気楽に帰れると思えましか?」
「僕なら帰らないね。面白そうだから」
「私も帰らないでしな。別の意味で面が白くなったでしが」
馬車に乗ろうとした矢先に現れた黒く巨大な魔物。当然帰れる訳もなく。仕方なく戻ってみれば何故か討伐隊に組み込まれる始末。今年は厄年でしと項垂れるセントレア。
「まぁそういう訳でしから、これ以上騒ぎを起こさないで欲しいでし」
「どういう訳か全然分かんないんだけど」
「やっと魔物騒動の後始末が終わって、後は帰るだけ。もう私の前で面倒事はやめてほしいでしな。ディゼノ行きの馬車が発ったら好きなだけ暴れて欲しいでし」
「良い性格してるよ」
「貴方にだけは言われたくないでし~~」
セントレアが来て良かったと、モルセラは心の底から思っていた。
彼女は他のどの騎士よりも温和だ。冗談を冗談で済ませられる。黒龍を挑発して王都に被害が及べば大問題であり、例え未遂で済んだとしても他の騎士なら問答無用で連行されていただろう。
騎士としてみれば怠慢かもしれないが、黒龍と戦わされそうであったモルセラにとっては救われた気分であった。
「うんうん、折角のお祭りだからね。僕だって興を削ぐ様な真似はしたくない。悪かったよ」
「こちらこそすみませんでした。ほら、シーラも」
「ぐ……すまない」
セントレアが仲裁し間が空いたお蔭か、幾分落ち着いた様子で事態は収束した。
セントレアや六曜のチームと別れ、踵を返し屋敷へと戻るカルミア。その顔はひとしきり遊んで満足げに微笑む子供の様だ。
「まさかあの黒龍が人とつるむとはねぇ~。狐ババアの娘も友人のペットに成り下がったし、時代が進んでるって実感するよねぇ」
「……」
「そう怒るなよモルセラ。そもそも君は自分を過小評価しすぎだよ? 君であれば変化状態尚且つ油断してるアイツなら一瞬で首を刎ねられるだろ?」
「仮に刎ねたとしてその後どうなるか理解しておりますか?」
「最悪王都にはいられなくなるかもねぇ。まぁそれも一興さ。ルコはめっちゃ怒るかもしれないね! ……あーそれはそれで見てみたいわ。やっぱやっちまえば良かったかな? わっはっはっは!!!」
「……はぁ」
今日で何度目か分からないため息を付くモルセラ。
先日アウレアが屋敷にやってきていたと聞くが、それ以来音沙汰は無い。主の呪術を解呪したと言う人物を特定出来ていない。それどころか、部下から連絡すら来ない。ルーファという少女も行方不明。
ここ最近でかなりストレスが溜まっている。以前ディゼノへ行った後は王都から一歩も出ていない為、趣味で発散する事も出来ない。。
新しい趣味を見つけるべきかしら、と主人の馬鹿笑いを聞き流しながら一人嘆息するモルセラであった。
「本当にすみません、セントレアさん!!」
「気にする必要はないでし。こういった事も衛兵さんの仕事でしよ」
カルミアがいなくなった後、ダイナはセントレアへ再度謝罪をした。
本来ならリーダーである自分が収めるべきだと責任を感じての事だ。どうにも自分は身内に甘い部分がある、とダイナは自身の考えを省みる。
確かにカルミアが悪かった所もあるが、発端はシーラの態度だ。今後も似たような事が無いとも限らない。カルミアが享楽主義だから良かった物の、他の貴族ではこうもいかない。
「……シーラは喧嘩っ早すぎる。あれじゃカルミア様が気分を害されるのも仕方が無い」
「でもアイツは以前俺を――」
「それでも、ダメ」
先ほどは一言も喋らなかった4人組の1人、犬の獣人であるガーベラがシーラを咎めている。
「まぁまぁ、それくらいにするでし。折角の祭りなのでしから、楽しまなければ損でしよ」
「セントレア様の言う通りですよ、カルミア様も許して下さったんですから、次から気を付ければ良いんです!」
ほらほら、早く出店を見て回りましょうと二人の背中を押すのは美しいブロンドの長髪が特徴的な女性、オクナ。
ダイナ、シーラ、ガーベラ、オクナ。この4人で構成されたチーム『六曜』は、今王都の冒険者ギルドで話題になっている期待の新人達だ。
当時は一人であったダイナという男は半年前に突如この王都に現れ、次々に依頼をこなして行き瞬く間に成長し、気が付けば災厄とも呼ばれた黒龍を引き連れ、一躍話題の人となる。
ストレチア王の住む城を、ぐるりと囲むように出来た大通り。その大通りを歩きながら、ダイナは尋ねる。
「そういえば、セントレアさんはどうしてここへ?」
「王都にいるのも今日で最後でしからね。準備もあるでしから、無理矢……特別に、早めのお暇を頂いたでしな」
「そうだったんだな。いつもは訓練所にいるから珍しいと思ったんだ」
「まぁ、見回りも兼ねての事でしが、案の定と言った所でし」
じっと半目でダイナを見るセントレア。カルミアもそうだが、ダイナもよく騒動の中心となる。巻き込まれる、と言った方が正しいが。
「俺は大人しくしてるつもりなんだけどなぁ」
「あはは、冗談でしよ。明日の朝には発つつもりでしから、挨拶しに来ただけでし」
「ルマリ……でしたっけ。元々はルマリに住んでたんですか?」
「セントレア子爵はルマリの衛兵長さん」
オクナの疑問に対し、セントレアの代わりにガーベラが答えた。
訓練兵の臨時教官として1年前にルマリからやってきたセントレア。本来であれば半年の予定であったが、黒い魔物より齎される相次ぐ被害により人手不足に陥り、こうして時期が延びてしまった。
にしても、何故今なのかとガーベラは疑問を口にする。
「今回の件でさらに動ける騎士は減った。なのに何故今帰還命令が?」
「その疑問も最もでしが。冒険者と違って騎士はそこまで柔軟じゃないでしよ。先日の様な緊急事態なら兎も角、既に辞令が下った以上は一度戻らねばならないでし」
「でも、そんな事したら今いる騎士達だけじゃ回らなくなる」
「そうでしなぁ、ランタナ連合国側に滞在している騎士達に要請をかけていると聞くでし。幸い物的被害は無いでしから、酷い話減った人員さえ確保できればどうにでもなるでし。それでも暫くはデスマーチでしな。ご愁傷さまでし」
「むー、相変わらず融通が利かない」
「伝言ゲームが上手くいってない証拠でしなぁ」
そう他人事の様に皮肉りつつ、心配しないでも大丈夫でし、とガーベラを宥める。
「最悪六曜の皆さんが何とかしてくれるでし」
「勘弁してくれ……普通の依頼ならともかく、もうあの魔物はもうコリゴリだよ。臭いしグロいしうま味もない」
「でも、報酬はたんまり貰った」
「それでも割に合わんがな」
眉に皺を寄せ、鼻を鳴らすシーラ。
ダイナは至近距離で戦っていた為か、鼻がひん曲がりそうだったと青い顔をしている。
「気の滅入るような話はやめにして……ルマリってどんな所なんだ?」
「田舎の小さい村でしよ。冒険者ギルドもディゼノまで行かないと無いでし。でも、あの地にはリールイ森林があるでしから、騎士の人数もディゼノと同程度の割り振りをしてるでし」
「リールイ森林?」
「ほら、以前ジナ様から聞いた黒いトレントが出た所ですよ。俺の息子が巻き込まれたって言って」
「あ、ああー! 言ってた言ってた! よく覚えてるなオクナ」
「スライムしか出現せず、沢山出るって聞いてたので一度行ってみたかったんですよ!」
「……なんで?」
どうやら知っていたようで、興奮気味に語るオクナ。
オクナの言う通り、リールイ森林はスライムしか出ない事で有名だ。しかし、半年ほど前に黒いトレントが出現した事で、警戒が強まっている。
「知ってたでしか。黒いトレントは既に討伐されていましが、私としては少し不安もあるでし」
「地元だから尚更ですよね……」
アーキス達が上手くやってくれたと聞いて安心はしたが、また異変が起こらないとも限らない。
本来なら半年前には帰れたのに……と、内心文句を吐きながらセントレアは話を続ける。
「ダイナ殿程の実力があれば問題無い筈でしから、興味があるなら来てみるのも悪くないでし。ジナ殿も今はディゼノで活動してるみたいでしから」
「そうだな……ある程度落ち着いたら行ってみようかと思うんだけど、みん――」
「行きましょう!!!」
「食い気味だな……そんなに行きたいのか?」
「はい!」
オクナは目をキラキラさせながら答えた。ダイナも黒い魔物の件には深く関わっている為、フィールドワークは大事だよなと近いうちにルマリへ向かう方針のようだ。
「私も賛成。確か黒い魔物が最初に出現した場所がリールイ森林。実際に行って見てみたい」
「お前が行くならどこでもいい」
どうやら、全員が賛成の様だ。ディゼノの冒険者ギルドで調査依頼が出ている筈だから、彼らに頼めば期待出来そうだとセントレアは思っていた。
誘導したつもりは無かったが、この事態が早く収束するならそれに越したことは無い。
「楽しみに待ってるでし。ルマリに行けば村をぶらぶらしてるおっさん衛兵がいるからそれに案内でもさせると良いでしな」
「いや、仕事は?」
「見回りと称してサボってるだけだから構わないでし。それぐらい負担にならないでしよ」
「ゆるゆるですね……」
「大丈夫かストレチア騎士……」
いや、一部を除いて真面目でしよ? とセントレアはフォローを入れるも、4人からなんとも言えない微妙な視線を送られてしまう。
少しは取り繕った方が良いのだろうか……と、内心焦るセントレアだった。




