俺はただ美少女として生きていたいだけなのに
「カフさん、お世話になりました。予定よりも長い滞在になってしまったが」
「いいえ、部屋も空いていましたしお気になさらず。ハナさんが無事で良かったわ」
あれから数日経ち、傷(主に筋肉痛)が治り動けるようになった。体を自由に動かせるっていいね。
天候も良好で雲一つない。馬車での移動も問題ないと判断し、雪が降らないうちにノイモントを発とうとジナが提案した。
本当ならもっとゆっくりノイモントを見て回りたかったが、アウレアの件もある。ジナとしては、早めにギルドへ報告したいだろうしな。
俺も当事者だからついてきて欲しいらしいが……数日はおいてくれるとの事。俺としてはそのまま有耶無耶にして欲しい。あんまり身辺を探られたくないしな。
「ハナさん、ありがとうございます! 家宝にしますね、これ」
「いや使えよ……俺が使う分全部渡してやったんだから」
ラ・ミルは俺が作った香水の瓶を両手で大事そうに持っている。
俺の使う分を全てくれてやった。と言ってもポーション入れる瓶一つ分だけどな。
ライズの場合、鼻が良いから少量でも長持ちするだろう。俺の実感だと数滴で1日保つしな。
「イルヴィラさん、荷物詰め終わりましたよ」
「ありがとうハナさん、体に異常はないかしら?」
「全然。もう十分動けますよ」
「ちゅう」
リハビリがてら、イルヴィラさんと一緒に馬車へ荷物を乗せていた。ボタンも調子が良いようで、すいすいと荷物を運んでいた。
体に問題はないのだが、手首が偶にヒリヒリする。アウレアの螺旋炎とやらで出来た傷だ。
リコリスに見せた所、こいつは呪いの類だそうだ。じゃあ解呪でいけるかと思ったらそうもいかないらしい。
これほどの傷となると回復術師が必要になるそうだ。因みに、全身火傷していたリコリスはというと。
「ジナ、早うせぬか。置いて行くぞ」
「何でお前さんが仕切っとるんだ……今カフさんと話してるんだから待ってくれ」
「粗方はもう話がついておるじゃろう。ほれ、早う早う」
やたらテンションが高い。というかついてくるの前提らしい。
数十年山で籠ってた割にえらくフットワークが軽いな。
「おいリコリス。本当にいいのか?」
「ム? 何がじゃ」
「いや、もう隠居して山に籠ってたんじゃないのか? アウレアの件もあるだろうし、ジッとしてた方が」
「それはならぬ」
先ほどのお茶目な雰囲気とは打って変わって厳かに俺を見返すリコリス。
「この山に居座っていては麓の住民に迷惑がかかるかもしれぬからの。それに――」
「それに?」
「我よりもお主の方が危険じゃからの」
俺の事心配してるのか。容易く情に絆されたら苦労するんじゃなかったのか。全く優しい婆さんだ。
まぁ、ジナの言う通りなら俺も狙われてそうだしな。それでなくてもアウレアは俺にお熱になった筈だ。
「でもよ、守護獣が遊び歩いていいのか?」
「遊び歩くとは人聞きの悪い。お主の下で世話になるだけじゃろ」
「は? うち来んの?」
「何じゃ、聞いておらんかったのか」
「いや初耳だわ」
聞けば、ジナからも提案されたらしい。確かに危険はあるが、俺とリコリスは一ヵ所に纏めておいた方が良いと言う判断だ。
それが正しいか誤ってるかは分からんが、俺としては頼もしい。目の保養にもなるしな。
「我が来るのが不服か?」
「いや? 意外だっただけ。じゃあこれから暫くは一緒だな」
「そういう事になるのう」
家に戻ったらいっぱい仕事押し付けてやろう。見てくれが美人でスタイルも良いから店番が捗るな。だが傲慢不遜な態度で客に無礼を働かないだろうか。……いや、主な客が冒険者でそういった作法は元々いらんかったな。
それに一人で暮らしてたんだから飯くらい作れるだろ。まさかずっと苺食べてた訳でもあるまい……まさかな。
少し思考にふけっていると、リコリスが口を開く。
「ジナももう少し時間が掛かりそうじゃからの、今のうちに済ませるか」
「うん? 何をだ?」
「お主、魔物使いであろう? であれば、我と契約しておくのも悪くあるまい。枠は余っておるか?」
「お、おう」
そっか、忘れてたけどリコリスも一応魔物の類だったな。
枠って言うと魔物を使役できる総数だよな? 確か最初見たときは二体まで大丈夫ってセピアが言ってたから……
(問題ありません。寧ろ、率先してリコリスさんを捕獲すべきです)
(捕獲って言い方するとなんか犯罪的だな)
問題無いそうなので、馬車の中に移動する。魔物使いは隠してないから堂々と出来るぜ。
さっきの話が聞こえたのか、レイやケイカが一緒に馬車の中に入ってきた。
「さぁ、始めてくだサイ」
「なんでいきなり仕切ってんの? つーかなんで来たんだよ」
「そりゃあ気になるからに決まってますよ! 魔物使いが魔物と契約する瞬間なんてそう見られませんからね!」
「捕獲な」
「契約じゃ」
リコリスとしても捕獲って言葉は好きじゃないらしい。まあそうか。
「ハナちゃん、捕獲……契約ってどうやってやるの?」
レイはボタンを捕獲した時も隣にいた筈だが。まぁ俺が念じるだけだから理屈は知らんか。
「ん? そんな面白いもんでもないぞ。俺が念じれば勝手に完了する」
「なんだ、それだと見ただけではわからないじゃないですか」
「そうだけど、俺とリコリスは何となく分かるんだよ」
感覚というのだろうか。その辺に頼ってる事が多いよな魔法って。説明しろって言われても困るけど。
ケイカに急かされているので早速始める。
「じゃあ服を脱いで」
「……何故じゃ、先ほど念じるだけと言っておったであろう」
「いや、スムーズな契約に必要だから」
「嘘をつけ!!」
「チッ、駄目か」
迂闊に言わなきゃよかった。仕方が無いのでリコリスとの契約を強く念じる。
無事従魔になって家に戻ったら、あんな事やこんな事してもらうんだ……にし、にししし。
ボタンの時と同じように強く俺の意思をリコリスへ向けると、魔力を強く感じる事が出来る様になった。
「よし、終わったぞ」
「確かにお主との繋がりを感じるが、邪な気を感じるのう」
「そんな事ないですよ。これからよろしくお願いしますね、お婆さま♪」
「前から思っておったが、その気色悪い声色を出すのはやめぬか?」
「あ?」
「この気色悪い声色もハナさんの個性ですよリコリス様」
「ああ?」
聞き捨てならねえ。どうやったら美少女っぽい声を出せるか日々研鑽しているというのに気色悪いなどと。帰ったらみっちり教育してやる。
暫くして、ジナが話を終えたのかカフと共に馬車へとやって来る。
「待たせたな。ケイカ、ちょいと詰めてくれ」
「リコリス様が大きいから狭いです」
「大きいとは何じゃ大きいとは」
「乳の事だろ。もっと詰めろよ」
「たわけ」
ぎゅうぎゅう詰めというわけではないが、リコリスが加わった事により馬車が狭い。主に尻尾が面積を取る。
「きゅう」
「うわわ、そんな押さないでよボタン」
「おい狭いぞ、尻尾抜けよ」
「無茶を言うな! 大体お主らもっと余裕のある馬車は借りれなかったのか?」
「ギルドから借りた馬車だからな。流石にそこまで大きなのは持っていけねえさ」
「借りたって言ってもほとんど強引に持ってきたんですよね?」
「いやいや、ちゃんと許可得たから」
ああだこうだ言いつつもどうにかして馬車に乗り込むと、外にいたカフが声をかけてくる。
「またいらしてくださいね。リコリス様も、偶には顔を見せて下さい」
「ありがとうカフさん、お世話になりました」
「ウム、苺を用意しておくのじゃぞ」
リコリスの要望に苦笑いで答えるカフ。本当にブレない婆さんだな。
他のメンツにも挨拶が終わり、扉が閉められる。ゴリリと車輪が動く音が聞こえ、次第に外の景色が動き始める。
ここから、また三日かけてルマリへと戻る訳だ。帰ったらこの手首の傷を癒す方法を調べなければ。回復術師が必要と言っていたが、呪術でどうにかなるかも試さんとな。
「さて、帰ったら忙しくなるな。まずはディゼノのギルドに一報入れねえと……」
「冒険者も大変じゃのう」
「お前さんにも来てもらうぞ? 当事者が話した方が早いからな」
「それは我の主人次第じゃな」
そう言うと、リコリスが俺の頭をポンポンと撫でてくる。
「……まさか」
「ウム、我は既にこの娘の従魔じゃ」
「……はぁ、話をややこしくしやがって」
「そう言うな、寧ろ我とハナが近くにいた方が分かりやすいであろう?」
ジナは面倒だと頭を抱え、リコリスは外の景色を見ながら楽しそうにしている。
そうか、俺の従魔と言う事は面倒事は全て押し付けられるという事。
「よしリコリス、俺の代わりに」
「嫌じゃ」
「まだ何も言ってないだろ!! 大体、命令に逆らうなよ俺は主人だぞ」
「お主が我に命令なぞ100年早いわ」
「うぎゅっ!?」
そう言って、俺の頬をぎゅうっと掴んでくる。どいつもこいつも俺の頬で遊びやがって。
「ともかく、リコリスには一旦ギルドへ来てもらうぞ。それでいいな、ハナ」
「ふぁい」
「むう、こやつ、中々の触り心地じゃな」
「そうでしょうそうでしょう、ハナさんの頬はマシュマロみたいで気持ちいいんですよ」
「へゃめ、へゃめれ……」
こうして、モント山の守護獣と呼ばれた幻獣リコリスが加わり、レイの母ちゃんであるヘレナの墓参りを終えたのだった。
ディゼノで絡まれた暴漢と言い、アウレアと言い、キザローブと言い……これからの事が憂鬱だよ。俺はただ美少女として生きていたいだけなのに。
(ハナ様、今まで以上に頑張りましょうね! 私もこの間の事を省みて、次こそハナ様のサポートを――)
(セピア)
(はい!)
(今回も良い所無かったな)
(……しくしく)
……せめて、セピアの前向きな姿勢だけは見習おうかな。
二章終了です。
今後もまったりと続けていきたいと思います。




