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美少女になりてえよなぁ  作者: 釜蔵
彼岸花は一期を尊ぶ
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お詫びに尻尾をモフらせろ

 意識が覚醒し始めて最初に感じたのは温かさ。次いで、少しの痛みを感じた。この痛み……腕の火傷もそうだけど、筋肉痛が凄い。半年前を思い出すな。

 姿勢が楽だ。地面に転がっている訳ではなく、ふかふかの柔らかいベッドに横たわっているのだろう。

 どうやら、俺は助かったようだな。流石に天国ではないだろう。


 少し首を動かして、周りを確認する。

 白く柔らかい布団。恐らく先日泊まった、狐福亭に置いてあるベッドだな。という事は、ここは狐福亭……だろうか。

 窓からは、燦々と太陽が輝いているのが見える。太陽の位置からしてお昼前、と言ったところだな。

 ケイカやイルヴィラさんは何処へ行ったんだろう。それに、ジナやリコリス、ボタンは大丈夫だろうか。


 頭の中で色々ごっちゃに考えていると、部屋の外から足音が聞こえる。

 その小さな足音が部屋の前まで近づくと、カラリと音を立てて扉が開く。



「……まぁ。起きていらしたのですね」



 可愛らしくもどこか落ち着いた声で話しかけて来たのは、この狐福亭の主であるラ・カフであった。

 ぽてぽてと音がなりそうな足取りでこちらへと歩いてくる。



「おはようございます、カフさん」

「おはよう、ハナさん。思ったよりも痛みは引いてそうね。良かったわ」

「えっと、ここって狐福亭ですか?」

「ええ、そうよ。ゆっくり眠れたかしら?」

「はい、おかげさまで」



 体を少し起こすと、腹筋やら胸筋やらが悲鳴をあげる。ぐへぇ、これは相当だぞ。

 耐え切れず、そのままベッドへと体重をかけ直す。



「あらあら、無理はいけませんよ」

「あはは、すみません。暫く動けそうにないかも」

「直ぐに皆様をお呼び致しますので、安静にしてて下さいね」


 

 そう言い、カフは再び部屋を後にする。

 随分のんびりしてるし、全員無事なのかもしれない。いや、俺が無事じゃないんだが。

 痛む手首を見ると、蛇が締め付けた様な傷跡が残っていた。



「……治るよな?」



 ぼそりと、思わず声が漏れてしまう。美少女に相応しくない痛々しい傷跡だ。

 クソ、何としてでも完治させてやる……爺さんの所になんかいい薬ないかな。



(ハナ様……)

(おお、セピアか。心配かけてすまんかったな)

(……)

(あーん? どした?)



 話しかけてきたと思ったら、黙りこくってしまった。何なんだ一体。



(よかった……本当に、ご無事で何よりです……ひぐっ……)

(泣くなよ……神様だろ)

(ぐすっ……申し訳……ありません……)



 全く涙脆いんだから。でも、今回は……いや、今回もマジで死ぬかと思ったな。

 最初の敵がスライムだろ? そんで次がトレントでその後が幻獣って……ちょっと難易度が飛びすぎだろ。

 スライムですら死にかけてたのに……今後はどうなってしまうのだろうか。


 どすどすと足音が聞こえてくる。誰かがこの部屋へ一直線に走って来ているのだろう。

 大体こういうのは……



「ハナさん!!!」



 扉を勢いよく開け、ケイカが思い切り俺に飛びついてきた。



「大丈夫ですか!? 死んでないですか!? 体は痛まないですか!?」

「死んでねーよ痛えから離れろ!!」

「もう……!! 本当に貴方はもう……!!」

「もうもう言うな、牛かお前は」

「犀ですヨ!!!」


 

 ケイカが涙目でめっちゃ引っ付いてくる。セピアと一緒でこいつも涙脆い。

 ……目、赤いな。ずっと泣いてたのか?



「ケイカ、大丈夫、大丈夫だから。少し落ち着いて」

「でも、でも凄い苦しそうで、うなされてて……」

「え? そんなうなされてたのか」



 実感が無かったので他人事の様に言ってしまった。

 確かに少し辛かったけど。女神様といちゃついてたなんて言えない。



「ごめんなサイ……私がしっかりハナさんを見ていれば」

「そんな気にするなよ。こうして無事ならそれでイイじゃん」

「ハナさん……」



 優しく包むように抱いてくる。筋肉痛なんやで……もう少し加減してくれ。

 と言いたいところだが、心配させてしまった手前そんな事は言えなかった。


 少しして、レイとジナ、イルヴィラが部屋へと入ってくる。



「おう、調子はどうだ」

「最悪だわ、全身痛えよ。それだけムキムキなら少し筋肉分けてくれや」

「ハハ、軽口が叩けるなら大丈夫そうだな」



 ジナはそう言いながら笑っているが、表情は安堵の色が濃い。

 そんな中、後ろの方でフルフル震えながらイルヴィラさんが俯いている。



「申し訳ありませんでした。護衛として付いてきたにも関わらず、ハナさんをこのような目に……ここは私の命を以て」

「なんでいきなり命を差し出すの!? 待って待ってその剣をしまいなさい」

「落ち着けイルヴィラ。お前の所為ではないとあれ程言っただろう。迅速にあの雪山から無事ハナをここまで連れてきたのはお前だ。寧ろよくやったと言いたいくらいだぞ?」

「しかし……」



 体がしんどいんだから驚かせないでくれ……ジナが宥めると、イルヴィラは剣を収める。



「ハナちゃん、無事でよかった」

「無事に決まってるだろ。俺がこんなところで死ぬか」



 まぁ、痛みでノビちまうほど死にかけてたけど。

 いつもの調子で返すが、レイもイルヴィラさんと同じく、辛気臭い顔をしている。



「レイ、まーたごちゃごちゃ余計な事考えてるだろ」

「余計な事じゃないよ。僕、結局何も出来なくて……」

「いーんだよ。まだ子供なんだから出来ることなんざほとんどねーよ」

「だからハナちゃんも――」



 子供だろ、と言う前に頭をわしゃわしゃと撫でてやった。

 他の奴でも対応しきれないのにガキが何をするというのだ。



「い、いきなりなにするんだよ」

「にしし、こうやって撫でてやるくらいには動けるんだよ。過ぎた事だし気にすんな。後悔してる暇があったらもっと剣の練習しろよ。せめて剣が手からすっぽ抜けないようにな」



 レイは何か言いたそうな素振りだったが、強引に話を進める。こいつは意外と頑固だからな、これくらいがちょうどいいんだ。



「強がるのもいいが、今はちゃんと寝とけ。一時期は重篤な状態だったんだ」

「へいへい、わかってるって」

「ちったぁ可愛げのある反応はできないもんかね」



 俺はケイカをそっと離し、ベッドへ体重をかける。

 うん、ふかふか。おうちに持って帰りたい。



「全く、人が心配してるってのにほっこりと笑いやがって。ま、お前さんに暗い表情かおってのも似合わないがな」

「少女相手に口説かないで下サイ」

「いや口説いてねえよ」

「駄目ですよジナ殿。私が先に目を付けたのですから」

「駄目なのはお前の頭だイルヴィラやっぱり自刃しろ」



 物騒な冗談が出てくるくらいには場の雰囲気はよくなったようだ。

 こういう時、経験豊富なジナは強いな。いつでも平静を保っている感じだ。



「ジナさん、ありがとう」

「お? なんだ突然」

「いや、助けてもらった礼。あんなヤバい骨龍まで相手取って助けてくれたし」

「んなもん大したことじゃない。遅れてすまなかったな」



 そんな意外そうな顔するなジナよ。俺だって助けてもらったら礼ぐらい言う。



「そういえば、アウレアとキザキザローブは?」

「キザキザローブ……ああ、死霊術師か。あいつ等は逃げたよ。あの後すぐな」

「ほお」



 逃げ帰ったか、あのキザ野郎め。威勢の割にバックれるのが早かったな。

 俺が目的だったのか? そんな狙われるような事はしてな……いや、思いっきりディゼノで狙われたわ。でも、その時とは毛色が違う。端的に言うと、もっとヤバい奴だ。



「さてはあの野郎ロリコンで……」

「お前さんが思ってる様な理由ではないだろうが……確かに奴の攻撃には執着を感じられたな」

「うえー、勘弁してくれ」

「こんな美少女を付け狙うなんて最低ですね」



 イルヴィラは一度口を閉じた方が良い……一番最初の凛々しいお姉さんはどこへ行ったんですか。いやまぁセリフ自体はまともだけども。



(しかし獣に死霊術師とやらに絡まれるとはどうなってんだ。展開についていけないぞセピア)

(ぶしゅう……私も、ハナ様の巻き込まれ体質には驚きを隠せません。ぶしゅっ)

(なんで俺の所為みたいになってんだ。あとどうでもいいけど鼻をかみすぎだろ)

(す、すみません)



 情報が足りなすぎる。ただでさえ知らん事が多いのにな。急ピッチでこの世界の常識、知識を埋めないといけない。

 なりふり構っていられんな。今度ジナから色々聞くか。いや、これだけの騒動があったから先に根掘り葉掘り聞かれそうではあるが。

 それと、リコリスにも話を聞く必要が……って、そういやリコリスはどこ行った? まさかくたばって無いだろうな?



「ジナさん」

「ん? どうした?」

「リコリスは何処に行った?」

「リコリス……ああ、あの狐のねーちゃんか? あいつなら――」

「ここにるぞ」



 ジナが言い終える前に声が被せられる。腕や顔に包帯を巻いた、痛々しい姿の女性が後ろに立っている。

 見た目の割に、しっかりとした足取りでリコリスはこちらへと歩み寄る。



「お、無事だったか乳狐ママ」

「死にかけてもその不遜さは治らぬな、小娘」

「残念だがこの性格は死んでも治らん。リコリスも地に突っ伏してた割に無事そうだな?」

「あの程度では死なぬさ」

「何を仰るのですか、運び込まれた時は瀕死だったのに。まだ傷が癒えてないのですから大人しく座っていて下さい、リコリス様」

「ぬ? まてカフ、そう押すな。傷に響く」

「貴方は昔から頑固が過ぎるんですよ、全く」



 後ろに控えていたラ・カフが、強引にリコリスを座らせる。

 知り合いだとは聞いていたけど大分仲良さそうだな。


 しぶしぶリコリスが椅子へと腰掛けると、ケイカがささっと避ける。そんな避けなくても。

 あれか、出会いが出会いだから警戒してるのか。



「……」

「なんじゃ、犀人の娘。そう睨むでない」

「……犀人をご存じなんですか?」

「ああ。前に、少し世話になってな。他種族よりも魔力が多く多才、しかしそれに驕らず魔法の高みを目指す誇り高き者達であったよ」

「ハナさん!! この人良い人です!!」



 しゅばっとリコリスの隣へ座りなおすケイカ。良いのかそんなんで。仲が悪いよりは良いけども今後騙されないか俺は心配だよ。



「あらかた事情は共有しておる。すまなかったな、ハナ」

「おう、お詫びに尻尾をモフらせろ」

「嫌じゃ……これ、犀人の娘。許可も無く触れるでない」

「私の名前はケイカです」

「ずるいぞ、俺も俺も」

「ぬうう、お主らには敬意や遠慮というものが無いのか!!」



 尻尾で誘拐された時も感じてたがめっちゃ肌触りが良い。この尻尾を枕にして寝たい。ちょっと体勢つらいけど。



「じゃ、おやすみ」

「おう寝とけ寝とけ。後でたっぷり話は聞くからな」

「えーやだよ面倒くさい」

「待て、何勝手に話を進めておる。ええい、尻尾を引っ張るな!!」

「人気だな、お狐さまとやらは」

「言うとらんではよう助けい。怪我人じゃぞ我は」

「いや獣じゃねえか?」



 三人でいちゃついているのを、ジナとカフは生暖かい目で見ていた。

 そんな中で、どたどたと後ろから足音が聞こえる。



「うおおおお!! 待って!! いきなりどこへ向かうんですか!!」



 この間が抜けた声は……ラ・ミルだ。まっすぐこっちへと向かってくる。

 何かを追いかけているようだが。いちいち騒がしい奴。

 その音がこの部屋まで到達したかと思うと、黒い物体が俺の前へと降ってくる。



「……ちゅう」

「ボタン、お前も無事だったか」

「……」



 相変わらず無言で俺になすりついてくる。

 魔力を使い果たした後はべちゃべちゃになっていたが、今は元のぼてっとした感触に戻っている。どうやら無事に魔力回復したようだ。

 良かった、さすがにあのままだとボタンから別の名前に改名しなければならなかったからな。



「こらこら、そんな強く引っ付くな。腹が割れる」

「寂しかったんだよきっと。昨日はずっとハナちゃんの傍を離れなかったし」 

「昨日って……レイ、俺どれくらい寝てたんだ?」

「昨日ハナちゃんがここに連れられてきて丸一日は経ってるよ」



 おおう、一日中寝てたのか。そりゃ心配にもなるな。

 ボタンをポンポンと撫でてやると、落ち着いたようで腹の上でじっとしてる。

 あの時ボタンがいなければ死んでたな。それゆえに、大分無理をさせてしまった。



「お! おおお! ハナさん、起きてたんですね!!」

「大声を出してはいけませんよミル。ハナさんはまだ本調子ではないのですから」

「ご、ごめんなさい!」



 いつもこんな感じで叱られているのだろう。カフさんも苦労が絶えないな。

 でも、ミルも俺を心配して言ってくれるのだから悪い気はしない。



「でも、良かったです。これであの香水は確約されましたね。死んじゃったら貰えないですから」

「俺の命より香水かよ」



 とんでもなく失礼な奴だ。これだけ図太いのはある意味大物か?

 近くにいたのでガスガスと蹴りを入れておいた。



「いたっ! いたたっ! 乱暴は良くないですよ!」

「ミル、お客様に失礼のないようにして下さいね」

「逆に現在進行形でおいたされていますがッ! ああっ! 毛を引っ張らないで!!」



 右手で尻尾を満喫しつつ、足でミルの毛を堪能しながらまったりと布団の温かさを味わう。

 温かさもあり、眠気を誘う気持ちよさだ。このまま二度寝に突入しようかとしたその時、腹から大きな音が鳴る。



「……1日寝てたらそりゃ腹も減るわな」

「ふふ、では昼食にしましょう。刺激の少ない物を用意しますね」

「苺はあるかの?」

「ありますが、昨日から食べすぎですよ。今日はお預けです」

「なんと!!」



 なんと! じゃないよ。人がうなされてる時にこのババアは何を寛いどるんだ。ミルと言いリコリスと言いマイペースが過ぎるな。

 この後カフさんが持ってきたお昼のスープは温かかったが、少ししょっぱく感じるハナちゃんでした。

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