もし俺が美少女じゃなかったら間違いが起きてしまうよ
「でっ、……かすぎだろ」
思わず声が途切れる。あんな図体の骨、どこに隠してやがったんだ。
ミルは既に俺の後ろへと隠れている。お前はもー……なんなんだ。
「うっとおしい、ケツを触るなスケベウサギ」
「いやいやいや、なんで貴方そんな余裕なんですか。あんな大きい化物がいるんですよ!? 早く逃げましょうよ!!」
俺だって逃げたいが……キザ野郎の出方次第だ。背を向けて逃げたとしてあの骨龍から逃げ切れるかどうか。
ジナは既に戦闘する気満々だしな。意地でもアイツ等をとっ捕まえる気らしい。
死霊術師であるならば、当然あの骨龍も自由自在に動かせるだろう。飛んでる以上、ジナの行動が大分絞られてしまう。
こういう時、俺の魔糸が出せればな……今となってはもう足でまといにしかならん。
「その大きな翼……まさか、『ヴィルポート』の主か。忽然と姿を消した、なんて聞いていたが……お前さんがやったのか?」
「……」
キザ野郎は、グッと親指を立てて肯定の意を示す。
どうやら、名のある魔物だったらしい。主っていうくらいだから、めっちゃ強いんだろうな。あれ、俺達めっちゃピンチなのでは。
「……そうか。お前さんをとっちめる理由がまた一つ出来ちまったな。全く、変わり果てた姿になっちまって……」
ジナは、哀愁を帯びた目で『ヴィルポート』の主を見る。骨と化した主は既に表情も感情も削り取られ、その無機質な眼窩には何も映らない。
大剣を握る手に力がこもった。鋒を主の頭、いや、その上に居る死霊術師へと向ける。
もはや言葉を交わす気も無いようだ。そのままジナは骨龍へと突進する。
ジナが突っ込んで行く中で、俺達の後ろから更に気配が。ミルは警戒している様子もない、という事は。
「ハナさん!!」
ケイカとイルヴィラさんが此方へと向かってくる。ケイカに至っては既に泣きそうだ。俺を見てホッとしたのかもしれない。
近づくにつれ、目の前の骨龍を視認すると顔付きを変える。夜に骨が動いている事が既に恐ろしいのに、更にあんなデカい骨龍だからな。
だが、そこは流石に騎士と冒険者。恐れを出さずに、俺の元へと駆け寄ってくる。
「ハナさん、無事で良かった……!」
「無事じゃないんだが。めっちゃひどい目にあったんだが」
会話の途中、前方で派手な破砕音が聞こえてくる。
ジナと骨龍の戦闘が始まったようだ。山が崩れそうなくらいの地響きを感じる。
「早くあっちに加勢してこいよ。あれ倒せなきゃ全員死ぬぞ?」
「でも、ハナさんも酷い傷が」
「これくらいは……」
大丈夫だ。と言う前に、全身が硬直する。ぐしゃりと、溶けた雪の上に倒れこむ。ズキズキと脈を打つような痛みが全身を襲う。
辛うじて、小さく呻き声を上げる事しか出来ない。突然の事に、ケイカは小さい悲鳴をあげる。
「ハナさん!? しっかりして!! ハナさん!!」
イルヴィラさんが声をかけてくれるが、反応できそうにない。全身針で刺されるような痛みが絶えず襲ってくる。
全身から汗が噴き出し、全身が強張る。痛みで意識が飛びそうになるが、更に痛みで現実に持っていかれる地獄のような責め苦だ。
「ぐっ、うううっ、ぐぅぅぅぅぅ……」
(ハナ様!! 気をしっかり持ってください!! ハナ様!!)
必死に声を出そうとするが、口が締まってまともに喋れない。思考もままならなくなってきた。
近くにいたミルが慌てている。いきなり俺がぶっ倒れたから流石に焦っているようだ。
セピアも大分騒いでいるな。いつも心配かけてすまないと思っているが、今回は反応すら出来そうにない。
「わ、わ、わ、凄い熱ですよ!! 早く手当しないと!!」
「ケイカ、腕の傷には触れないように抱き起こして。そこのライズは先に山を降りてギルドに連絡を」
「は、はい!」
ケイカとラ・ミルが慌てふためく中、イルヴィラが冷静に、且つ迅速に指示を出す。
ミルは指示通り、直ぐにこの場から離れ山を下りる。道中、魔物が闊歩しているがライズなら問題ないだろうという判断だ。
ハナを早急に安全な場所に連れて行かねばならない。しかし、あの巨大な魔物をジナ一人に任せていいのかという葛藤が決断を鈍らせた。
「イルヴィラ、こっちは俺一人で良い!! お前がハナを背負ってノイモントまで連れて行け!! ケイカ、お前はイルヴィラを守ってやれ!!」
「……承知しました、ご武運を」
ジナの方から提案する。見たところまだ余裕はあるようだ。下手に残っても気が散ってしまうかもしれない。
イルヴィラは直ぐにハナを背負う。激痛に見舞われているので慎重にハナを抱き起こした。
「痛むかもしれないけど、少し我慢してね」
「……」
ハナは激痛に見舞われながらも、辛うじて頷く。ラ・ミルが言っていた通り、体に触れただけで高熱を感じた。
腕と足の火傷も酷い。早く戻らなければ、取り返しの付かない事になる。
「ケイカ、道中の魔物はよろしくお願いね」
「……お二人には指一本触れさせません」
ケイカは、いつになく真剣な声色で返事をする。さっきのような興奮状態より、今のように落ち着いてくれた方が良い。何を思っているかはなんとなく分かるが、今は下山が最優先だ。
ここは既に雪が溶けているが、下に降りればさらさらとした雪が浅く積もっている。足を取られないよう細心の注意を払い、出来うる限りの速さを出さねばならない。
「じゃあ行くわよ。先行して」
「はい、お任せ下サイ!!」
二人はハナをつれて、今来た道を引き返して行った。
「……むう」
またこの白い空間か。何度目だ。えーと、三度目だ。
いつも突然なんだよな。流石に慣れたわ。
「じゃあ、おやすみ」
なんだか体が怠い。女神様もいないようなので、このまま二度寝を……
「相変わらずですね、ハナさん」
「……むにぃ」
頬に指を押し付けられる。柔らかい指だ。
目を開くと、目の前には青髪の女神、カラー様が屈んで俺を見ていた。
「お久しぶり……いや、半年前くらいにあったばかりっすよね? 今回で最後って言ってたのにもう出張ってきたの?」
「私もこんな早く出張ってこないといけないとは思いませんでしたよ。もう、あんな無茶をして」
「無茶?」
言われてみれば、段々と今までの事をもわもわ~と思い出してきた。
おっぱい大きい狐に襲われて、おっぱい大きい狐に誘拐されて、おっぱい大きい狐と戦って……
「えーと、おっぱいがいっぱい?」
「あのような悲惨な目にあって、よくそんな冗談が言えますね……」
「冗談は言ってないぞ。本当大きかったからな、カラー様くらい」
「セクハラですよ」
おっと、また頬を抓られてはたまらん。俺は直ぐにカラー様から距離を取る。
それにしても……えーと、なんで俺、ここにいるんだ? そのへんの記憶が曖昧だ。
「貴方は今、瀕死の状態なのですよ? 独断ですが、ハナさんの精神を一時隔離しました」
「瀕死? あ、ああー……なんとなく、思い出してきた」
アウレアとの熾烈な戦いの途中で、瞬治の呪いを掛けたんだ。
まぁ、華麗に勝利(←ここ最重要)した訳だが、キザ野郎が乱入して、死にかけたところをジナ達が助けに入って、それから――
「そうだ、体に激痛が……って、あれ?」
気付いたと同時に、体に力が入らなくなった。
そのまま下にぶっ倒れるかと思ったら、ふわっと優しく抱くように受け止められる。
「はい、現在も貴方の体は生死の狭間を彷徨っています。当然、ここにある魂も不安定な状態です」
「え? あ? ああ、ハイ……」
まさか女神様に介抱されるとは。体は相当怠いが、これも悪くない。
それにしても、生死の狭間を彷徨ってるのか俺。そろそろ普通に美少女として異世界物語を築きたいんだけどな。
「調停者ってそんなにハードなの? 他の人も皆こんな感じ?」
「多少の危険はありますし、実際今、他に転生してる方もトラブルに巻き込まれたりはしてますが……貴方が一番危険ですよ」
「待って最後のニュアンスおかしくない?」
デンジャラスな美少女ってなんだよ。
「間違えました。貴方が一番危険な目にあっていますよ。見ていてハラハラします」
「ごめんねごめんねぇ」
「その不遜な態度も含めて、です」
今にもため息つきそうな顔でカラー様はそう仰った。
色々心配をかけているようだ。でも、そういう性分だから仕方ない。
「でも、今はあそこまでの激痛は感じないな。思い出してきたらかなりヤバい痛みだった……箪笥に足の小指ぶつけるレベルじゃなかった」
「そんなどうでもいいモノではありません」
「どうでもいいって……俺の激痛ランキング第2位にくい込むのに……」
「貴方のランキングはわかりませんが少なくとも、あのままでは体は耐えられても精神は……んー……いやまぁ……貴方なら耐えられたかもしれませんが」
「どっちやねーん」
ともあれ、俺を助けてくれたのは確かだし、実際あの苦痛が今は感じられない。また、女神様に面倒をかけてしまったようだ。
「……ごめんなさい」
「何故いきなり謝るのです?」
「だって、お仕事はもう終わってたんでしょ? だから、無理してないかな~って」
「これくらいの干渉なら、まだ問題ありません」
「まだ?」
まだ、という事は当然いつかは出来なくなるのだろう。
「時間が経つにつれ、私が出てこれる時間も少なくなってきます。元々仕事が終えているので、本当なら出る必要も無いのですが」
「お節介さんなんだな」
「ええ、此度の調停者はやんちゃな子が多いので」
「……ご迷惑をおかけしてゴメンナサイ」
……いい笑顔だ。俺は再度謝ると、カラー様はクスリと笑う。
他の奴も変な事してるのか……いや、俺は変なことしてるつもりはないが。まぁ、この世界の常識から逸脱した事をやっているのかもしれない。
「とはいえ、貴方は十分この世界へ貢献していますよ。今回の件もそうです」
「ん? 狐の親子喧嘩を仲裁しただけなんだがな。別に世界規模の寄与はしとらんぞ」
「いいえ。今リコリスさんが死ねば、世界は大きく傾くでしょうね」
世界が傾くって……そこまで大袈裟に言われるとピンと来ないな。確かに何百年も生きてるし、ただものではないとは思っていたが。
それにしてもあいつ、神様に名前知られてるほど有名人だったのか。サインとか貰って転売すれば高く売れるかな。
「ハナさん、今は真面目に聞いてください」
「ハナちゃんはいつでも大真面目です」
「貴方の真面目は世間一般の真面目じゃないのです。いつもの何倍も真面目になって聞いてください」
まるで先生みたいだ……どうせならこんな美人な先生で青春したかった。おっと、変なこと考えるとまた何か言われてしまう。
えーと、なんだっけ、リコリスが死んだら世界がやばくなるんだっけ?
「彼女は昔から、あの世界の秩序を保ってきてくれました。ここ最近、隠居したようで雪山に姿を隠していましたが」
「カラー様が頼んだの?」
「いいえ、基本私含めこの世界の神は、この世界の人々に干渉しません。というより、出来ないんですよ」
「なんで?」
前から気になってたんだよね。俺の体作ったり能力貰ったり、なんでも出来る割に遠回りな事してるなって。
要は世界がおかしな事になりそうなら自分でなんとかすりゃイイじゃん。って、俺じゃなくても思うぞ。
「そこまでは言えません。話す時間もありませんし」
「勿体付けよって」
「ともかく。彼女を救った貴方は、調停者としての役割を果たしていますよ。感謝しています」
「巻き込まれただけなんだけどね俺」
「それでも、です」
偶然だが、カラー様の役に立てたなら良かったな。死にかけだけど。
これでむこう100年くらいは働かなくても許されるだろう。
「これからも期待していますね?」
「う、うっす……」
「フフ、先程から少女らしさが欠片もありませんよ?」
スパルタだ。俺今瀕死なんだよ? 確かに第二の人生をくれた文字通り命の恩人だけどさぁ。
こんなボロボロの美少女を見て何も感じないのか!
「いいえ、感じたからこそこうして精神を隔離したのです。出血大サービスですよ?」
「さっきから思考読んで会話するのやめてもらえます? セクハラですよ?」
「なら、先ほどのセクハラでおあいこですね」
「ずるい!」
「ずるくない!」
そうこう言い合っているうちに、段々と眠くなってくる。今寝てる……いや、気絶してる状態なのにな。
たぶん、意識が現実に戻るのだろう。
「やはり、そう長くは居られませんでしたね。ハナさんが変なことばかり言うから、実のある話が出来ませんでした」
「俺のせいかよ!?」
「実際そうでしょう……でも、私にとっては充実したひと時でした。貴方が大怪我をしている状態で言うのも不謹慎かと思いますが」
「いや、そんな事はないぞ。俺もこんな美人さんとくっついてラッキーだと思ってたから」
こうして話をしているだけでも気が紛れるというもの。実際、今もかなり体が重いしな。
戻ったらどうなるんだろうか。あの激しい激痛がまた襲って来るのだろうか。……マジで死ぬのでは?
「その点は問題ありません。貴方が自分で呪った『瞬癒』の副作用は、痛覚を無くした時間に比例しています。完全に痛みが無くなる、という訳ではありませんが、耐えられない事はないはずです」
「良かったぁ……」
女神様々である。誓ってもう二度と使わん。でも、これからあの性格悪い狐に追い掛け回されそうだな……変な暴漢にも遭遇するし前途多難である。
人形遣いも呪術師も教えてもらえる人がいないし……強くなろうにもどうしたものかな。
「……力になれず、申し訳ありません。神、と言っても万能では無いのです」
「いやいや、元はといえば俺が最初に適当なスキルでって言ったからだし。カラー様から貰った魔物使いがあればなんとかなるよ」
そうだな、俺には魔物使いもあるのだ。であれば、リコリスをとっ捕まえるか。どうせ隠居してて暇だろ。力を持つ者は責任が伴うとかなんとかそれっぽいこと言って誘導して、我が第二の従魔にしてやるぜ、にしし。
それにボタンも順調に育ってるしな……ううむ、ボタン、無事かな。俺にへばりついてたのは覚えているのだが。
あいつ、俺がボコられて相当怒ってたんだろうな……無理しないように言い聞かせなければ。スライムの癖に喜怒哀楽が激しすぎるんだよな。
「……良いパートナーに恵まれた様ですね」
「うん、セピアもそうだけど俺には勿体無いくらいだな」
「ご本人の前でもそのくらい素直になれれば良いのですけどね」
「美少女はそう簡単に靡いたりしないのだ」
眠気が強くなる。そろそろ、戻る頃合か。
早く起きなきゃケイカ達が心配するからな。セピアも。
俺は意識が無くなる前に、カラー様に一言お礼を言う。
「ありがとうございました。カラー様」
「此方こそ。これからもこのような危険が伴うかもしれませんが、無茶は為さらない様にして下さいね? 今後は、見守る事しか出来ませんから……」
「とかなんとか言ってぇ、またここに呼ぶんでしょ?」
「全く、貴方は……」
カラー様は困ったような顔をすると、更に顔を近づけてきた。
近い。近いよ。もし俺が美少女じゃなかったら間違いが起きてしまうよカラー様。
「では、またお会いしましょう。ハナさん」
カラー様は俺の前髪を手で上げて、軽くキスしてきた。まるで母親が子をあやす様な、温かさがあった。
……ああ、いかん。あの女神さまは心をずんずんと刺激してくる。
そんな温かさに包まれ、俺は意識を手放した。




