芯は曲げない美少女でいたいのだ
もはや、寒暖の感覚も無し。一周回って不安に思えるくらいだ。魔断の剣はがっしりとアウレアに掴まれ、動かせない。
とうのアウレアも傷が治りきらないのか、血反吐を吐きながらこちらを睨みつけている。
夥しい量の血。普通の人間なら出血多量でくたばってる所だ。
「ぐっ……げほっ……」
「一応聞くが。このまま一時休戦するつもり無い? また今度穏便にお話でも――」
言い終える前に、アウレアは剣を俺に投げつけてきた。
「ぐおっ!?」
間一髪、俺の目の前て停止させる。危ね……魔糸繋げたままで良かった。
「あぶねーだろバカ!! 美少女のツラがヒラキになる所だったぞ!!」
アウレアは俺の言葉に反応せず、只管に俺を睨みつけている。俺を殺す事しか頭にないのだろう。こうなると会話なんてとても出来ない。
(ハナ様、速やかにアウレアを倒すべきです。また傷が塞がってしまいます)
(わかってるけど俺ももう限界なんだよ。魔力が……)
魔糸の魔力消費量が少ないとは言え、さっきから何回も繋いだり切ったり、5本同時にぶんぶん回したり。そりゃ無くなりますよね。
しかし、今しかチャンスがないのも事実。もう近づいてぶった切るしかないのだが。俺は懐からミスリルナイフを取り出す。
魔物の核か。胸のあたりにないとすればどの辺だろうか。腹とか?
(恐らくは頭かと。大体の魔物は胸部、または頭部に魔核が存在します)
(そうか、じゃあ核狙うのは無しで)
(なぜですか!!?)
(女の美しい顔を傷つけたくないから)
出来れば、全身傷つけたくないのだが。相手が相手なのでそうも言ってられない。
こうなりゃ腹でもなんでも斬ってぶっ倒れるのを祈るしかない。セピアの抗議をスルーして、俺は走り出す。
痛覚がないとはいえ、疲労が溜まっている。走るというよりは、小走りに近い。
「悪いが、痛みなく……とはいかんぞ」
一言告げると、不格好ながらもナイフを構える。アウレアは避ける動作も見せない。
ぜいぜいと息遣いが荒くなる。疲れから……だけではない。普段からおちゃらけてる俺だって、躊躇や恐怖はある。
だが、やると決めた以上は、やる。芯は曲げない美少女でいたいのだ。
アウレアの目の前まで来た。相変わらず、顰めっ面でこっちを睨んでいる。完全に憎悪を宿した、歪んだ瞳だ。
感情を随時爆発させているような怖い女であったが、そんな憎悪の瞳が美しく見えてしまう。いかん、流石にそれは狂人の域だ。
変な衝動を抑えつつも、俺はミスリルナイフを振るった。
肉を裂く感触は無く、何かに止められた感触を即座に理解する。
いまのアウレアにそれを止められる力は出せない。リコリスも未だ地に伏している。で在るなら、誰だ。
「……」
「――チッ」
そいつは、突如目の前に現れた。
漆黒のローブを身に纏い、顔はおろか性別や体格もわからない。そのローブから伸びた剣が、俺の短剣を受け止めていた。
俺は自分でも驚く程、すぐに後方へと飛ぶ。完全に戦闘モードなので、反射的にやばいと体が感じたのだろう。
いきなりすぎんだろ。どこから湧いて出やがった。封印してた舌打ちが思わず出ちまったぞ。時間がないってのにここで救援かよ。流石にハードが過ぎるぞ。
「おい、ローブ野郎。いきなり出てきて邪魔しやがって。なにもんだ?」
「……」
「なんか言えや!」
黒ローブは剣をしまうと、やれやれと大振りで手を広げ、首を横に振った。寡黙なのか陽気なのかわからん。
更には、戯る様にチッチッチと人差し指を振ってみせる。ウザッ。なんてキザったらしい奴だ。やってて恥ずかしくないの???
「お前が愉快な奴なのはわかったが。このままお開きに……なんて事は無いだろ?」
「……」
キザ野郎(ローブ野郎からランクアップ)は顎に指を当て思案するような素振りを見せる。クソ、時間がないのに時間がかかる事しよって。
少しして、そのまま奴は手を降ろす。何か仕掛けてくるかと思いきや、満身創痍のアウレアを強引に担いだ。
「がっ……ごほっ……」
明らかに拒絶の意を見せるアウレアであったが、今の状態で抵抗出来る訳もなくそのまま肩に担がれた。
そうそう、そのままアウレア背負ってトンズラしてくれるとありがたいんだが。
俺がそう思った矢先に、キザ野郎が左手を前に掲げる。その薬指には、浅葱色の宝石をあしらった精巧な指輪が光を帯びていた。
その光が段々と強くなる。やばい、何かの魔法か? 俺が思ったのも束の間、直ぐに状況が一変する。
「おっ? おおおっ?」
地震……というよりは、下で何かが動いているような地鳴りが響く。
その重低音は次第に大きくなり、上へ……此方へ近づいているのがわかる。
(お、おい、これまさか)
(ハナ様、直ぐに下がってください!!)
突如、至る所で地が裂ける。
最初は、雪で空目したかと思ったが。裂けた地面から、得体の知れない白い物が生えてきたのだ。
「あれは……骨か?」
「……」
キザ野郎は、パチンと指を鳴らして肯定する。大正解! という声が聞こえるかのようだ。
その間にも、ボコボコと至る所で白骨が現れる。
(ダークアピア……生物の死体が魔力を帯びる事で、新たに生まれ変わった魔物です)
(幽霊といい骨といい、どうしてそっち系の魔物ばかり出てくるんだよ……)
なんだダークアピアって。スケルトンで良いだろ。骨の癖に格好つけやがって。と、悪態をついてる暇もない。
何故いきなりホラーチックな展開になったのだ。あのキザ野郎が何かやりやがったな?
(あの指輪は、魔力を貯蔵する魔石でしょう。あの光は、その魔力を行使した時に発する光です。ケイカさんの角と同じですね)
(魔力貯蔵? それでなんで骨が出てくる?)
(先ほどお伝えした通り、あれは生物の死体が何年もの時間をかけ、魔力を帯びて生まれ来る魔物です。あの指輪で魔力を放出し、人造的にダークアピアを生み出したのでしょう)
そういえば前に言ってたな。人間に魔糸は通せなくて、死体も暫くは魔力が残ってるって。それが骨だけになってスッカラカンになった所に、改めて魔力が注入されるって事か。
確かに、人型の魔物はいない。全て犬……いや、あれはレクスだな。狼型の骨が這い出てくる。さしずめ、ダークアピア・レクスってところか。
面倒くせえ事しやがるな……普通のレクスすらやり合ったことないのに。
(大体、なんでそんなまどろっこしい事するんだ? 魔物なら、アイツ等にも危害が及ぶんじゃないか?)
(確かにそうですが、もしかしたら――)
這い出てきたダークアピア・レクスが、キザ野郎の元へと向かう。
そのまま襲われるのかと思いきや、まるで飼い馴らされた犬の様に足元へと擦り寄っている。
おいおい……なんで懐かれてんだよアイツ。
(あの者は死霊術師……で、間違い無さそうですね)
(ぐぐぐ……なんでこう、やばそうな奴が次から次へと出てくるのだ!!!)
俺が出会いたくないスキルランキングトップ3に入っていた死霊術師。まさかこんなに早く出会ってしまうとは……。
どうにかなる相手……じゃないよなぁ。もう、打つ手が無い。
リコリスを叩き起こすのも、些と無理がある。意識があったとして、殆ど動けないだろう。
死に物狂いで戦って、自分に呪いまでかけて、従魔を瀕死にさせてまで酷使して。それでも駄目だった。
キザ野郎が再び左腕を、今度は俺へ向けて掲げる。
それと同時に、ダークアピア・レクスが勢いよく飛び出した。肉がついていない分軽いのか、以前見たレクスの群れよりも疾い。
それでもきっちり目で追えるし体は動く。だが、とても俺が捌ける量じゃない。さっきまで幻獣と戦っていたってのにな。なんだかんだ万全だったらいけたかも……なんて言ってもしょうがないか。
俺は覚悟を決めて、ミスリルの短剣を構える。ジナに教わった通り、守りの型だ。
駄目だ……と思う自分を叱咤する。打つ手が無い? そんな訳無い。駄目じゃない。駄目だと思うから駄目なのだ。美少女に不可能はない。
捌ける量じゃない? いや、捌ききるのだ。死なない為にはそれしかない。何度も何度も死にかけて、そんで助けられて。ボタンやリコリスに申し訳がたたんだろ。
骨の狼が目前まで迫ってきている。俺は意を決して、前に進もうとした。
「ウオオオオアアアアアアアアアアッッ!!!」
したのだが、いきなり後ろで野太い咆哮が聞こえ、つい止まってしまう。
その直後、目の前にいたダークアピア・レクスが吹き飛ぶ。目の前に、大剣を振りかざした大男が立っていた。
「よくここまで耐えたな、ハナ」
「遅えわ……もっとマシな登場できんのか」
「悪い、これでも日中かっ飛ばしたんだ」
悪態をつく余裕はまだあるとわかったのか、少しばかり大男は緊張を緩める。
「で、誰だあの黒いのは」
「俺が知るかよ……アウレアとやりあってたら、通りすがりの死霊術師がいきなり邪魔してきやがったんだ」
「……お前がやったのか? あれを」
ジナは、ぐいっと顎でアウレアを示す。
そうです。奇跡に奇跡が重なってあれをやりました。小さく頷くと、ジナは少し驚いたような素振りを見せるも状況分析を続ける。
「死霊術師か。幻獣担いでるし偶然通ったって事はないんだろ」
「当たり前だろ、雪山の山頂やぞ」
「んで、そこでぶっ倒れるのは誰だ?」
「あれは……」
状況が状況なので、かいつまんで説明する。
俺を誘拐した幻獣だが、悪い奴じゃない。アウレアと戦って瀕死になった。そこまで言うととりあえず保留と、ジナは前に向き直る。
「待たせて悪かったな、そこの兄ちゃん……姉ちゃんか? まあどっちでも良い。そっちが先に嗾けて来た以上、俺も容赦せんぞ。覚悟しろ?」
「……」
キザ野郎はまたも、顎に手を添える。
ジナはそれを待たずに、跳躍する。ダークアピア・レクスを跳ね除けて、一気に詰め寄った。
大剣を叩きつけるように、ジナは振り下ろす。キザ野郎はすぐに後ろへと飛ぶが、ジナはそのまま大剣を手放し腰に下げていた小剣で追撃する。
金属が打ち合う鈍い音が響いた。キザ野郎が剣で受け止めたのだろう。一瞬で武器持ち替えてたのに、よく対応できたなあいつ。死霊術師なのに、近接戦闘もこなすようだ。
「んー……、お前、獣人か?」
「……」
今の一太刀で、ジナは何か感じたようだ。そのままひと呼吸置いて、再び大剣を担ぐ。
そのまま、キザ野郎は更に後ろへと下がり手を振り上げた。ダークアピア・レクスが一斉にジナの方へと飛びかかる。
「おいおい、そんな雑な囲み方は無いだろう。手駒が無駄になるぞ?」
ジナが大剣をぐるっと振り回す。一見ジナも雑に見えるが、それだけで飛びかかる骨が吹き飛んでいく。
簡単そうにいなしているが、これがどれだけ凄いのか、アウレアとやり合ってからちょっぴり分かる気がする。
一瞬とも言える速さで敵を吹き飛ばし、再びキザ野郎と対峙するも様子がおかしい。
顔は見えないが、どこか笑っているような、楽しんでいるような。レクスも今ので殆どいなくなったし、追い詰められているというのに不気味な奴。
「……」
「ッ!! 気を抜くなハナ、後ろだッ!!」
「んなっ!?」
地から再び、骨の狼が姿を現す。コイツ、近くにいたレクスを伏せてやがったな。
俺は瞬間的に飛び退くも、レクスは地から這い出たと同時に勢いよく飛びかかってくる。
ちっくしょう……!! 完全に油断してた。このままでは首を食い千切られる……!!
『死』が、目前まで迫っていた。
「チョイサァーー!!」
「!?」
ふざけた掛け声と共に、目の前にいた『死』がぶっ飛んだ。白く丸い毛玉が、骨の狼を勢いよく殴りつけていた。
「ふぅ、今ので午前のサボリ分は稼げたな……」
「お前……ラ・ミルか?」
「はい、ご無事で何よりです。匂う人」
「その言い方やめろ」
ラ・ミル。最初に会った時はなよなよしてて頼りなさそうだったが……めっちゃ強いな。
そういやリコリスが、ライズがいればノイモントは安泰だなんて言ってたっけ。今の殴打、結構エグかったな。骨で良かった、多分生身だったらかなりグロテスクな状態になっていただろう。
「ありがとな、ラ・ミル。おかげで助かったよ」
「ミルで良いですよ。お礼はあの香水でお願いしますね」
「もうお礼の話かよ。せめてこの状況を抜け出してからにしてくれ……」
どれだけ好きなんだよ。今切羽詰まってるんだから真面目にやってくれ。
「ちなみに、ジナさんと私がここに来れたのも、私のおかげなんですよ」
「ん? どういう事だ?」
「貴方の匂い……もとい、香水の香りを辿ってここまで来たのですよ」
そういう事か。一分一秒を争う状態だったから一直線に駆けつけてくれたのは助かった。実際ギリギリだったからな。
「でも、なんでジナと一緒に出てこなかったんだ?」
「いや、明らかにヤバいじゃないですかあの人。顔とか名前とか覚えられたらまずいですよ!」
「ライズの顔なんてどれも一緒じゃないか?」
「それ!!! 魔物種差別!!!」
やかましい、傷に響く。いや、呪いで響かないんだけど。
抗議するミルを無視して、ジナとキザ野郎へと視線を移す。どうやらジナは、まだレクスが伏せてないか警戒しているようだ。
「おいラ・ミル、さっきお前がぶっ飛ばした骨、まだいるか?」
「うーん……そこらじゅうに残骸が散らばってるからなぁ。動いてるのはいなさそうですけども」
「じゃあ、アイツ等と俺等以外に誰かいるか?」
「そうですねぇ。レクスではないですが、あのヤバそうな人の後ろから、何か匂います」
嫌な情報が出たな。彼奴の後ろは断崖絶壁だぞ。
キザ野郎はアウレアを背負いなおすと同時に、崖から飛び降りる。
「うええっ!? いきなりショッキングな場面に出くわしましたよ!?」
「いや、あれは――」
ジナが言い終える前に、崖の下からゴリゴリと硬い物が擦れる音が聞こえる。
その不快な音の主が、黒いローブと共に姿を現した。
巨大な体。しかし、既に肉体は無く、至る所で発する骨の擦る音が不気味さを増長させている。
「……」
「でっ、……かすぎだろ」
大きな翼が揺れるたびに、大きい擦過音が響く。その大きな翼に爬虫類の様な頭骨から連想されるのは、正しく龍であった。




