まだ死ねないんだよ
2020/01/24 一部文章修正
周りからはジワジワと蝕むような熱気が。地からは体を刺す様な冷気が。ただでさえ火傷を負っている俺の体力を削っていく。
死はもう目前まで迫っている。直ぐにでも動かなければと、本能が警鐘を鳴らす。
だが、焦るなよ……さすがのアウレアも警戒している。こんなオンボロの状態な俺をだ。
「なん……だよ。さっさとトドメを刺さないのか?」
「……」
「そんなに不気味か? 俺が」
「……あぁ?」
口では言わずとも、アウレアの顔がそう語っていた。
自分が知らない、得体のしれない生き物を見る目だ。不愉快極まるな。美少女を見る様な目つきではない。
「自惚れるな、少しばかり特殊なスキルを持ってるだけのガキが。アンタより才能のある子供なんてね、探せば幾らでもいる。自分が特別だとでも思っているのかしら?」
「にしし、強さとか才能とかは興味無いな。俺より可愛い美少女がいたら紹介して欲しいくらいだがな」
「アンタ、死にかけてるのよ? どうしてそんなふざけた事しか言えないの?」
「ふざけてない、俺は真面目だ。俺から言わせればお前の行動の方が余程不明瞭だし、ふざけてると思うぞ」
いきなりカチこみしてきて言いたい放題言いやがって。リコリスはまだしも俺なんか「気に入らない奴と似てるから殺す」だぞ? 納得できるかそんなの!!
そう考えると、段々イライラしてきた。絶対こんな所で死んでやるかっての。
辛うじて動く指を動かし、先程のナイフに魔糸を繋げる。
壊れては無いにしても急に冷やしたり乱暴に扱ったから破損していそうだが。まぁ、牽制くらいにはなるはず。
「アンタに何を言われようが知ったこっちゃないわ。強い者だけが生き残る。当然でしょう? どんな理不尽であれ、それに抗う力を持たない奴が悪いのよ」
「自分勝手な奴め」
「アンタにだけは言われたくないわね」
「俺は自分大好き人間だが、お前みたいに自己中ではな――ぎぃッ!?」
話の途中で、いきなり手を踏みつけられる。クソ、躊躇なくやりやがって……これじゃ指が動かせん。
「ナイフ手品のタネ、指先から出る魔力が関係してるのかしら?」
「……見えてやがったか」
「よーく目を凝らすと……ね。動きながらじゃまず視認できない辺り、大したスキルねぇ」
いよいよ拙いか。人形遣いのスキルとは分からないみたいだが、理屈がバレてしまえばどうしようもない。
もう片方の指は……クソ、痛みで痙攣して動かん。せめて痛みさえ無くなればな。
(ハナ様、無理を承知で言います。……呪術師のスキルで一時的に痛覚を飛ばしましょう)
(……そういえば、あったな。そんな呪術が)
俺には人形遣い、魔物使い、そしてもう一つスキルがある。今まで大して目立ってなかったスキルだが……今、やっと役に立つ。
呪術師――基本的にはエグいバッドステータスを付与する物だが、呪いとして人身に一時的な効果を及ぼす物もある。
ステータス隠蔽もそれだ。これは元々デバフ判定なようで触媒は必要ないのだが……。
肉体や精神を強くするような、強化魔法の如き呪いにはその分、代償が必要となる。
効果が大きければ大きいほどキツめの代償が備わっており、普通ならこんなものは使用しない。だって普通に強化魔法あるらしいからね。
俺も代償って言葉は嫌いだ。借金みたいで不安になる。それに、脳から発する危険信号をOFFにするのだ。当然、動けないのに無理やり動くリスクは出てくる。だが、現状そうも言ってられない。セピアの言う通り、ここは痛覚……痛みを消して無理にでも動く所だろう。
痛覚を消す代償――それは、呪いの効果が終わる時、痛覚の倍増。つまり、現状の激痛が更に増す。
下手するとショック死で本末転倒だ。セピアもそれを知ってか「無理を承知で」と頭に置いてきた。
だがまぁ……他に選択肢ないっしょ。感度2倍くれぇどうって事はねぇ。
(なに、世の中には感度3000倍でも生きてる忍者がいるんだ。なんとかなる)
(貴方はまだそんな事を……いえ、こんな状況でも阿呆な言動で懸念を払拭する。それでこそハナ様です)
(お前無事に帰ったらマジ覚えとけ???)
問題は、呪術を扱うには呪文がいる事。アウレアがこんな手を踏みつけられるくらい近場にいてそれが許されるような状態じゃない。
何か気を紛らわせるような事は出来ないか……仕方ない、こういう時はいつもの手段だな。
俺はふうっと一息つくと、ぐぐっと力を振り絞りアウレアの顔を見る。
「おいアウレア……俺に勝った褒美として、俺のスキルを教えてやるよ。魔物使いともう一つ」
「ああ? いらねぇよそんな情報。お前如きのスキルなんて――」
「人形遣い」
「……!」
びっくりしてるびっくりしてる。確かもう一人しかいないんだよな?
しかも持ってた爺さんが有名らしいからな。少しでも興味を引くには素性をバラす他無い。
「……へぇ。あの爺、生涯独り身だと思ってたけど。きっちりやる事やっていたのねぇ。と言う事は、爺の子もスキルを持っているのかしら?」
「さーな、俺、親の顔知らねーし」
たぶん、その偏屈爺さんの孫だと勘違いしてるのだろう。当然、血が繋がってる親の事も気になる訳だ。
転生時に人形使いのスキルが偶々付いただけだから説明の仕様がないけど。
俺が人形遣いだと聞いて、アウレアはなぜかクスクスと嘲笑している。
「なるほどねぇ。あの陰キャチビが追い求めてたスキルが、アンタにねぇ」
「お? 何? 人形好きなの?」
「そんな訳ないでしょう。私の大嫌いな奴がね、人形遣いにお熱だったのよ。どうにかして手に入れようとして、半年前にぽっくり逝ったみたいだけど。ざまあないわね」
大嫌いな奴。話の流れからして、俺と似てるって奴か。
やはり、希少ゆえに狙われやすいんだな。まぁこいつはあんまり人付き合い無さそうだしバレても構わん。それよりも、今は会話を繋ぐ事が大事だ。
「つまり、アンタを殺せばアイツの求めてた物を完全に潰せるって訳ね」
「いやいや待ちたまえ、発想がもう残忍すぎるの君は。ほら、そいつの前で殺すために生かすとかさ」
「アンタの発想も大概だけど。駄目ね、今死になさい」
見世物として急場しのぎで生き残る選択肢は無いか。まぁそんなの俺から御免被るが。
俺の話に耳を傾けてくれている事だし、そろそろ本題に行くか。まずは興味ありそうな話で自分のペースに持っていく……話し上手だった訳ではないが、こっちにやって来てからやたら言い訳……もとい、説明を迫られる場面が多くなったからな。多少は慣れてきた。
「待て待て、せめて辞世の句をだな」
「はぁ? 何言ってんの? さっさと――」
「じゃあ詩! 死ぬ前に一発、詩を読ませて! 俺みたいな美少女の声が二度と聞けなくなるんだぞ!? 勿体ないだろ!! お前も一端の幻獣なら風情を知れ風情を!!」
「ぐっ、の……ハァ……」
意気消沈したかの様に、アウレアが息をついた。
「良いわ。本当にそれで最後。少しでも変な真似をしたらすぐに頭を踏み抜くから」
「わかったよ。俺の美声に酔いしれろ」
はい上手くいった!! 痛みで頭が回らない中よくここまで持って来た!!
後はそれっぽく歌いつつうまーく呪文を唱えるだけだ。さて、後は――
(セピア、痛覚が無くなるとかいう呪文覚えてるよな?)
(はい、ハナ様が目を通している呪術は全て記憶しています)
(流石っすわ。早速教えてくれ。バレないようにうまく唱える)
直ぐ様セピアは呪文を教えてくれた。凄いな、呪術の本なんて目的の隠蔽を探すためにさーっと流しで見てただけなんだが。
よし、これなら……多少は自然に唱えられるだろう。フフフ、カラオケで鍛えた俺の歌唱力なめんなよ。
「――たくさんの星の瞬きながめつつ ひかりとひかりを指でつなげる」
曲名は確か「星友」だったかな。昨今良くありがちなJ-POPだ。メジャーだったから学生の頃俺も良く歌ってたな。
這いつくばり呼吸がしづらい状態ながらも。昔良く歌っていた曲を思い出して、目の前のひねくれ者へ向けて出来うる限り声を出す。
「そらでなら繋げられるよ幾らでも たとえ誰にも理解されなくても」
いつつ……火傷が痛くて頭がくらくらする。声を出すのも辛い。この後、これより激しい痛みに襲われるかと思うと……正直怖い。
そんな恐怖を吹き飛ばすように、「星友」を歌う。
「紺青のそらに溶け込みふと笑う たとえ誰もがついて来れずとも」
作詞の人はどの作品もこんな風に、寂しさを表すような、悲しい詩を作っていたな。
当時は理解できなかったが、いや、今もわからん。というか、そんな歌詞の意味など考えている余裕は無い。
アウレアは目を瞑り、意外にも俺の詩に耳を傾けている。確かにちょー美声ではあるが……そんなに聞き入る程か? こっちは必死に腹から声出してるだけなんだが。
だが好都合。このままサクッと呪文を唱えたい。
「ただ今は綴り続ける じくじくと疼く胸を抑えて」
本当なら次が終わりの歌詞なのだが……即興で呪文へと差し替える。
いかん、緊張からか歌詞通り胸がじくじくと痛みだす。大丈夫、自信を持て。俺は美少女、こんな所で絶対死なない。死んでたまるか。
生きたいという強い意思を反芻させながら、セピアから伝えられた呪文を唱えた。
「苛まれし御身に克服を。御心に浄福を――瞬癒」
一瞬、体が強張る感覚を感じた。その後、あれほどの痛みが嘘であったかの様にスッと引いた。
え? こんなに早いの? さすがは対価がキツいだけあって効果覿面である。指は……よし、動くな。少し痺れているが問題ない。不思議な感覚だ。
ヤバい、アウレアの狐耳がめっちゃピクピクしてる。さすがに強引すぎたか? 瞬癒って言葉もサビのシメって感じでイケると思ったんだがな。
だが、既に呪文は唱え切った。後は魔糸を繋げれられれば……
「何よ。もう終わりなの?」
「え? あ、ああ。何? もっと聞きたい? 俺を生かしてくれればいくらでも歌ってやるぞ」
どうやら、普通に最後まで聞いてくれてたようだ。にしし、さすがに俺が呪術師だという事はわかるまい。
「いらないわ。何処までも生き汚いガキね。そこまでして生きたいのかしら?」
「当たり前だろ。俺はまだまだこの世界を楽しんでない。まだ死ねないんだよ」
「あっそ。まぁアンタがどう考えようと、これで終わりよ」
左手を踏んでいたアウレアの足が浮いた。もう話を引き伸ばすのは限界だろう。
クソ、魔断の剣が地味に遠い!! 無駄に遠くまでぶっ飛ばしやがって。これじゃギリギリ間に合わん!!
あ、やばいやばいっ!! マジで頭カチ割られるっ!!
「待て待て待て。後数秒待って!!」
「死ね――人形遣い」
アウレアの足が俺の頭を踏み抜く。グッと足が下ろされるその一瞬が遅く感じた。
もう少しだったのにな。クソ、なぜ毎回後一歩が足りんのだ。確かに俺は守られる側にいたいが――大切な奴が危険であれば俺も守ってやりたい。
今回も、もっとちゃんと考えていればまだマシな状況になったかもしれない。過ぎた事を言っても仕方ないかもしれんが。
こうも毎度毎度助けれられては、悔悟の念が出てくると言うもの。
「バカ――無理するなって言ったのに――」
「ちゅぐ……きゅ」
俺の服に隠れていたボタンが、最後の魔力を振り絞る。
【ダスト】。ボタンが使った最後の魔法は、アウレアの動きを封じ込めた。急に体が重くなったアウレアは、すぐに何を起きたかを察する。
「このっ……往生際の悪い雑魚がっ……」
「悪いなアウレア」
謝罪は介錯を邪魔した事では無く、これからお前に酷い事をするという心痛から出た言葉だ。
そんなことは露知らず、無理やり解除を試みようとアウレアは激昂する。
「馬鹿がッ!! こんな生っちょろい魔法で止められ――」
アウレアの罵倒は突如途切れる。その代わりに、肉を裂く生々しい音が聞こえた。
「ガッ――ぶふっ!?」
アウレアの胸から、血飛沫と共に銀色の剣身が現れた。
【ダスト】のおかげで、なんとか間に合った。アウレアの背後側に剣があったのも運が良かった。
瞬癒もまだ効いている。俺はすぐに立ち上がり、アウレアから距離を取る。
「ぐ、ゴホッ……グッウゥゥゥッ!!!」
その隙に、アウレアは背中にある剣を思い切り引き抜いていた。
げぇ……アイツマジか。血がドバドバ出ている。自分でやった事だが、気分が悪くなる。ってかなんで動けるんだよ。ここまでやってまだ足りないのかよ。
目の前の惨状に呆然としていると、アウレアが凄い形相でこちらを睨んでくる。
「ぐ、ウウ、このォォ、雑魚がァァァ!!」
「おい喋るな。マジで死ぬぞお前」
「ッ!! うるせェッ!!」
胸を抑えて、怒りを隠さずにぶちまけるアウレア。
一回ぶっ刺したくらいじゃ死なないとは踏んでいたが、これほどの生命力があるとは。タフすぎるだろ。あのトレントを思い出すな。
(幻獣といえど魔物。何処かに『核』がある筈です)
(なるほど、それを潰さない限り死なないのか)
(普通なら心臓を突けば人間同様に死ぬはずですが。幻獣という種だから、というには無理があります。何か別の理由があるのかもしれません)
別の理由って……もうこれ以上どうしようも出来ないぞ。命懸けでなんとか一発食らわせたのに。
呪いも、いつまでもつかわからない。痛みが戻る前に、こいつと決着をつけねばならん。