いつでも笑顔を絶やさないのが真の美少女だぞ
(ハナ様は前に出過ぎなんですよ。自身はか弱いのに何故前に出るんですか)
以前リールイでスライム相手に魔糸の練習をしていた所、セピアがそんな事言っていた。
現状魔糸を伸ばせる距離は10メートル……いや、ディゼノを出た辺りから調子が良く、20メートルは伸ばせる。それ以上は魔糸が強制的に切断され操作不能になる。
セピアにそう言われてからは、絶妙な位置を維持する練習をしたのだが、これが結構神経を使う。
だってただでさえナイフを3本維持してるのに自分の体も動かすのよ? 両手で絵を描くより難しいのでは?
と思うのだが、セピアは「大丈夫です。【人形遣い】を持つハナ様であれば、訓練をしっかり行えば扱えるようになります」などと他人事の様に言いやがるのだ。
なんやねん【人形遣い】を持つハナ様ならイケるって。都合良すぎだろスキル。実際今扱えてるけど。
「考え事かしら? 随分余裕ね」
「いやもうイッパイイッパイだよ。争っても良い事なんて無いんだからもうやめましょう?」
「駄目ね、アンタだけは絶対逃さない」
「そんなツンケンすんなよ。アウレアちゃん見た目だけは良いんだからさぁ」
「気安く名前を呼ぶなっ!!」
アウレアの手から放たれた火球が、俺に襲いかかる。単純な魔法だが、速い。真正面から受けるのは得策ではないだろう。だが――
(ハナ様、恐れずに剣を振って下さい)
(おう――ここだっ!!)
リコリス邸から拝借した剣を空中で振り下ろし、火球を真っ二つにする。切れ味抜群だな、魔法にも幻獣相手にも。
セピア曰くこれは魔断の剣と呼ばれる物で、文字通り魔法を斬れるのだとか。なるほど、剣と魔法の世界なら魔法有利じゃねえ? と思っていたがこういう小細工も出来る訳だな。
アウレアはまぁそうだろうな、と言った顔だ。どうやら、段々と冷静になってきているようだ。
「面倒ねぇその剣。それさえなければアンタなんか――」
「ハナ」
「――何?」
「俺はハナだ。この世界で一番、ダントツで、最高の美少女ハナちゃん。よく覚えとけ」
「……ええ、墓碑に刻んでやるわ」
「いちいち物騒な奴」
アウレアは周りに幾つもの火球を展開する。さっきジナがいなしてたアレか。
リコリスと死闘を繰り広げていたにも関わらず、さっきから魔法が途切れる様子がない。こりゃ、魔力切れって言うのは期待しない方が良さそうだ。
指をパチンと鳴らし、火球が一斉に襲いかかる。これは剣だけじゃ無理だな……あいつの出番だ。
「頼むぞボタン」
服の中にいたボタンは、きゅうと一鳴きして【シャドウエッジ】を発動する。火球の影から伸びた漆黒の剣が、全ての灯火を打ち消す。
一瞬でカタがついた。やはり頼りになるな。そのまま直進し、アウレアを自身の射程内に収める。
再びアウレアへ向けて魔断の剣を飛ばす。さっきの【ダークアライズ】に加え、【シャドウエッジ】まで広範囲で使ったからボタンの魔力が乏しいかもしれんが、ここは気張ってもらう。
1対1なら、ボタンの【ダスト】も使える。とは言っても、ダークアライズの中を無理やり動くような奴に有効とは思えないが。
アウレアは、先程のように奢らず俺の射程からキッチリと距離を取っている。
あいつめ、リコリスの時はノリノリで突っ込んでた癖に妙に慎重な立ち回りしやがって。
「スライムの癖にやたら仰々しい魔法を使うのねぇ」
「バカにするなよ? ボタンは幻獣すら超える最強の魔物だぞ」
「アンタこそバカにしてるでしょ?」
世界一の美少女である俺の魔物なんだから当然それくらいになってもらわないとな。
と、軽口を叩いている間に火球の第二陣がやって来た。あいつ、どれだけ魔法ぶっ放せば気が済むんだ。
(ハナ様、ここはボタンさんに任せて前進しましょう)
(え? バカなん? 死ぬよ普通に)
(死線を選んだのはハナ様です。どのみちこれではジリ貧ですから)
(結局じゃん!? 結局特攻じゃん!!? 作戦考えてって言ったよね!!? 大体前に出すぎって言ってたのセピアだろ!!)
(姿がバレている以上、ハナ様の間合いまで接近する他ありません。大丈夫です、ボタンさんの魔法とその剣があればあの火球は切り抜けられます。それに、先程の弾かれたナイフを――)
そうこう言っている間に火球が迫ってくる。もはや形振り構っていられないか。俺はアウレアへと向かって駆け出す。
濡れてるんだか濡れてないんだかわからない足場のせいでコケそうだ。ただ墓参りに来ただけなのに何をやらされてるんだと今更ながら思う。このままじゃ墓に入って参られる側になっちまう。
予定より美少女らしい戦い方じゃないが、意地でもやってやるさ。
魔断の剣で火の玉を切り捨てつつ、アウレアへと向かっていく。俺が対応しきれないものはボタンがフォローを入れてくれる。
闇の剣で火球をサクリと一刺し。そのまま勢いを失い、火球は霧散する。これで魔力を全然使わないというのだからかなりコスパが良い。
「逃げたと思ったら今度はそっちから向かってくるなんて、一体何がしたいのかしら?」
「俺の領分は付かず離れずの位置なんだよ。いいから大人しく付かなかったり離れなかったりしろ」
魔断の剣をアウレアへと振り下ろす。流石にジナ達の様な速さは無いが、受けても手応えのない剣を相手取る気は無く躱し続けている。
「ええい、素直に当たれ!!」
「当たるかっ!!」
アウレアは手を俺の方へ向けると、螺旋を描いた炎が現れる。
あれはジナを閉じ込めたねちっこい炎……あんなもん食らったら間違いなく死ぬ。
「ッ!! ――ボターンッ!! お前だけで頑張って抑えろ!!」
「……ちゅう」
俺の雑な注文にボタンが応える。
螺旋を描いた炎の影から、黒い巨大な掌が現れた。ボタンの【ダークアライズ】だ。黒い掌は、螺旋の炎を下から掴みあげると、そのまま炎を飲み込むように膨れ上がる。
服の中で、ボタンが普段よりとろーんと蕩け出している。魔力を使いすぎると形を保てないらしい。ボタンの魔力が切れる前になんとかしないとまずいか。俺の体力も、もたない。正直少し走っただけで辛い。
しかし、普通に剣を振り回すだけじゃ当たらんしな……となると、さっきセピアが言ってたアレか。すっごくやりたくないけどアレをやるしかないのか。
空が赤紅色から薄明の刻へと移り変る。ひゅうひゅうと吹いていた風はいつの間にか止んでいた。
冷風が無くなったのは良い。しかし、それ以上にこの切迫した状況が俺の体を鈍らせる。
せっかく買ったカーディガンもところどころ煤けている。折角高い銭払って作って貰ったのに……と、愚痴を零しながら俺はカーディガンを脱ぎ地へと置いた。ひらひらして危ないからな、ちょっと本気モードだ。
「ヘイ、アウレア。そろそろ決着付けてやるぜ」
「良いわ。あんた、死んでも生き返って来そうだからゾンビにもなれないよう念入りに焼いて火葬にしてやる」
「残念だが俺の場合、丸焼けにしてもダメそうだぞ」
「ああ?」
モタついてるとボタンが溶ける。こっちの話だ、と会話を終わらせて俺は駆け出した。
(ハナ様。螺旋炎を抑えている以上、アウレアは最低限防衛する魔力しか割けないはずです)
(ほう、魔法が使えないならガンガン接近できるな)
(確かに近づかないと、とは言いましたが……ハナ様はあの蹴りを捌けますか?)
(捌けないっす)
(じゃあダメじゃないですか!)
(でも、お前の言う通りチャンスを作るには近づくしか無いぞ)
距離にして10メートル程。アウレアであれば一瞬で移動できる位置だが、同時に俺も仕掛けられる位置。
これ以上はヤバい。俺が反応できないのだ。しかし、今の距離ではアウレアに容易く攻撃を避けられる。
となると、何処かで命張らなきゃジリ貧で死ぬのだ。いや、もう既に命張ってるんですがね?
5メートル。アウレアが獰猛な笑顔を見せる。なんだろうな、トレントの時もそうだったんだが……妙に落ち着いてる。
こうなってるって事は、マジで死の直前って事だ。まー死ぬつもりは無いが。アウレアが構えを取る。俺の頭をボールのごとく蹴り飛ばすつもりの様だ。
予想できた所で反応は出来ない。だから。
「こうすんだよッッ!!」
「なっ――」
アウレアの真下に、こっそり魔糸を繋いだあるだけのナイフを突き刺した。ただのナイフではなく、アウレアの炎で溶けかけてた、アッツアツの奴をだ。ここまで来なければ、ぶっ飛ばされたナイフを回収出来なかったからな。かなり危険であったが、間一髪だ。
当然、ここにも雪はあるので急速に溶ける。ブシュッと音がした後、強烈な蒸気がアウレアの一帯を包んだ。
ま、本当に一瞬だけど。だが、視界が一瞬でも遮られれば剣を一振りする時間くらいは稼げる。
「甘いンだよ、クソガキィッッ!!」
だが、アウレアは全身から凄い勢いで炎を噴出させ、煙を霧散させる。あいつめ、螺旋炎に使ってた魔力を切ってこっちに回しやがったな。
周りにいる俺ごと焼き殺そうかという勢いだ。だが、あの剣は防げまい。
俺のすぐ近くで待機させていた魔断の剣で、炎ごと斬りかかる。これで終わりに――!!
そう思ったのも束の間。
「甘ェっつってんだろッ!!」
「ぐぅっ!?」
火達磨状態のアウレアから、鞭の形状をした炎が全身から飛び出す。
剣は叩き捨てられ、鞭が俺の足を掠めた。掠めただけだと言うのに、足の甲から激痛が走る。
ヤバい、早くアウレアから離れなければと考える間も無く。炎の鞭が更に俺の腕に一発。更にもう片方の足に一発。
「うああああぁぁぁっ!! ぐうっぅぅぅぅぅ……テメェェェ……」
あまりの熱量で痛いのか熱いのか分からない。ズキズキと嫌な痛みが傷口から全身を襲う。……痛い。痛い。痛い。痛みのせいで気分が悪い。手が震え、考える余裕さえ無い。
リコリスの奴……この呪いみたいな火傷をモロに受けても尚、あそこまで動けていたのか。む……ううぅ……クソ、体がまともに動かん。なんとか、なんとかならんか。
服の中で、もぞもぞとボタンが這い出ようとしている。アウレアとまだ戦うつもりらしいが、既に魔力はカラカラだ。動くのすら辛い状態だろう。
「無理……するな……ボタン。お前は隠れてろ……」
「きゅ……ぐちゅ」
あーあー、鳴き声まで蕩けちまって。良いから大人しくしてろって。
動く方の腕でボタンを抑えつけながら、アウレアの方を見やる。……ああもう、チクチクズキズキと鬱陶しい。
「万策尽きたわね。大人しくしていれば痛みなく終わらせてあげたのに……馬鹿な子」
「こんな……か弱い美少女を這い蹲せやがって。少しは加減しやがれっての」
「あんたが一々挑発するからでしょう? 本当に可愛げのないガキねぇ」
炎を纏ったアウレアが、倒れた俺の目の前まで歩いてくる。
折角近づけたのに。いや、まだだ、まだ何か出来るはずだ。
(セピア、どうせ狼狽えてるんだろうが落ち着いて聞いてくれ)
(っ! い、いえ。大丈夫です。直ぐに打開策を――)
声震えてんぞ。いや、セピアにしては頑張ってる方か。前だったらめっちゃ騒いでるだろうし。
(そうそう、それで良いんだ。言うまでもなかったな。と言っても後1分と経たずに消し炭にされそうだが)
(諦めないで下さい。絶対に死なないと約束したじゃないですか)
(そうだな。まだまだ、美少女ライフやり足りないぞ俺は)
指先さえ動かせれば戦える。魔力もまだある。武器は……下にぶっ刺したナイフが数本、ミスリルのナイフ一本、そして、魔断の剣。
相手は傷一つ……いや、傷は入れてるんだがすぐに再生してしまう。勝機があるならば、やはり魔断の剣。こいつで叩き切るほか無い。
「にしし」
まだ死なんぞ。自分を叱咤し心を前向きにすべく、俺は笑った。
ヤケになった訳じゃない。いつ迄も美少女が痛そうな顔するのは良くないからな。
「狂ってるわね。この状況でまだ笑えるなんて」
「そうか? いつでも笑顔を絶やさないのが真の美少女だぞ」
「……あんたと話してると本当に頭痛くなってくるわ」
心底不快だと言うように、アウレアは眉間に皺を寄せる。
渋面を露わに止めを刺そうと近づくアウレア、笑顔で這い蹲り、迎え撃とうとする俺。
日は完全に落ち、未だ燃え盛る炎、そして沢山の星芒が辺りを照らしている。もうじき、この戦いに決着がつこうとしていた。




