偶にはカッコカワいくシメさせてくれ!!
「う……ぁぁ……」
業火に包まれ、呻き声を上げながらもリコリスは腕の力は緩めない。が、炎へ抗うように伸びていた氷結も、アウレアが魔力を放出した途端に砕け散った。
以前ジナを襲った物とは比べ物にならない威力。その炎が全身を包んでいるにも関わらず体勢を維持出来るのは、リコリスが魔物の中でも高位に当る幻獣である事を証明していた。
しかし、その幻獣を相手取るのも幻獣であった。正体不明の強化剤を使用し、魔力を極限まで高めた炎の魔法は幻獣であろうとも効かないはずは無かった。首を掴まれたままのアウレアは、それを鬱陶しく思いリコリスを塵の様に払い除ける。
「グァァッ!!」
「フン……何が決して手を離さない、よ」
そう吐きながら、地へ伏したリコリスへ近づく。体を動かそうと藻掻くも、もはや腕一つ動かせない。魔力の残りはあるが、体力の方が限界であった。
それ以上の傷を負い瀕死になり、巨大な氷塊を蹴り砕き、魔力を惜しみなく使うアウレアは既に魔物……生物として一つ逸脱している。その異常なまでのタフさを維持できるのはやはりあの『アポロス』という薬の影響だろう。
リコリスは意識を手放さぬよう、必死に思考を巡らせる。傷を負わせても『アポロス』の効果で直ぐに完治する。魔力は無尽蔵に近い。この状況を、どう覆す。
この熱の中では出来ることが限られる。氷葬結界も、アウレアには意味を成さない。直接触れて凍らせることも出来ない。
(今残っている全ての魔力を使い――奴を凍らせられるか?)
表面が燃えていたとて、体自体はほぼ水分だ。完全に体を密着させれば、眼球や口から凍結させる事は可能。魔力が保てば……の話だが。
それでアウレアを仕留められるかと言われれば、その確率は低い。一度凍結させようとして失敗しているのだ。むしろ、自分の身を削るだけだろう。
しかし、打つ手が限られているのも確か。このまま殺されるくらいなら、とリコリスは腹を括る。
ザリザリと足音が聞こえる。先程まで業火と冷風が入り混じり轟音が鳴り響いていたが、今は足音が聞こえる程静かだ。咽るような咳を一つすると、改めて辺りの静けさを感じる。
(――あの小娘には申し訳無い事をしたのう)
あの騒がしい娘――ハナを強引に連れてきた。何が守護獣の御狐様か。私欲の為に童を攫い剰え好餌として使う、ただの獣だ。
リコリスは自身の浅ましさに嫌気が差した。その後ろ向きな考えが、更に特攻の選択肢へと思考を導く。あの時こうしていれば、どこで間違えたのか、自分がやって来たことは誤ちだったのか。走馬灯の変わりに、後悔の念が次々に浮かんでは消える。
時間は戻らない。だからもう、これしか選択肢は無いのだ。と、諦めるようにリコリスは考えるのをやめた。
内にある魔力を全て放出する。しかし、ただ氷魔法を使うだけでは至らない。極力アウレアが近づいた所で、一気に冷却させる。
生半可な冷却では意味がない。文字通り自身の命を使い、限界以上に魔力を引き出す必要がある。リコリスはこの短い間に魔力をひたすら練り出し、最期の攻撃へと充てる。
体内で魔力が循環していくのが伝わってくる。同時に、急激に体温が下がっていくのを感じた。死を感じるとはこういう事なのかと、他人事の様に思う。
気づけば、アウレアは目の前に立っていた。自由の利かない首を無理やり持ち上げると、眉の下がったアウレアの顔が目に入った。
「さよなら、母さん」
ただ一言、アウレアらしくない無感情な声で脚をリコリスの頭へと落とす。顔からは見て取れないが、明らかに頭を踏み抜くほどの勢いと『殺意』があった。
ここしか無い。ここで飛び付きアウレアと共に終わろう。頭ではそう思っても――体が全く動かなかった。それは限界を迎えていたのか、未だ未練があったのか。
(すまぬ、アスター……貴方の娘を、導けなかった)
無念だ。悔いしか無い。こんな窮地に陥って、やっと気づくなんて。こんな事なら、もっと娘と向き合うべきだった。もしもう一度チャンスがあるなら……と、止めどなく感情が溢れてくる。
最期に、最愛の人を思い、静かに目を閉じた。
――リコリスッ!!
死ぬ間際に――夫の声が聞こえた気がした。
氷点下の炎天下で、狐同士の殺し合い。まるでファンタジーだ。いや、異世界なんだけど。
足元はひんやりしているのに、暑い。寒いのに暑い。異常気象にも程があるだろ。冷房と暖房同時につけたらこうなるのかな。
(ハナ様、下らない事を考えてないで集中して下さい。いつ戦況が傾いてもおかしくありませんよ)
最近厳しいセピアのツッコミを聞き流しつつ、リコリス達へと意識を向ける。
最初はリコリスが優勢であった。が、アウレアが薬をキメてからは、状況が一変した。デカイ氷の槍を蹴り飛ばす程の怪力。俺が前に出たら間違いなくちぎっては投げちぎっては投げされるだろう。物理的に。
それに対応するリコリスも大概だ。魔法同士のぶつかり合いを予想していたが、先程からずっと肉弾戦の超近接戦闘である。
(ありゃ凄いな)
(間違っても接近はしないで下さい。あの炎、掠っただけでも酷い火傷を負う様です)
(もう火は懲り懲りだよ)
前世もやたら火に関して巡り合わせが悪かった気がするな。死因だし。まぁ、ここで死ぬつもりは毛頭無い。
リコリスの家からかっぱらった、もとい借りた武器さえあれば戦えないことは無い……無いと思う。多分。
(確かに一つだけ、業物の剣がありましたが……他は食器のナイフや杭じゃないですか)
(大丈夫だ、あの剣さえあればなんとかなる。凄い剣なんだろ?)
(はい、寧ろ何故直接見ているハナ様が感じないかがわかりませんが……)
(不感症じゃないぞ)
(そういう意味じゃありません)
リコリスの部屋を物色してたら、やたら仰々しい箱に入っていたのがこの剣だ。曰く、凄まじい重圧を感じる剣らしいのだが、俺には何も感じない。何故だろうか?
男の子しかワクワクしないアレだろうか。いや、セピアは興味ないだろうし……ともあれ、これさえあればあの性悪女もたたっ斬れる。まぁ本当にたたっ斬るわけではないが。
傷を負わせて追い返す……くらいは出来るだろう。重くて俺じゃ持てないが、スキルさえ使えば自由自在。問題は、斬り掛かるスキを与えてくれるかなのだが。
現在、こうして外でこっそり待機している。家の中でも良かったのだが、セピアが「家ごと燃やされたら詰みますよ」と言うので飛び出した。二回も同じ死に方したくない。
その間に動きがあったようで、リコリスが腕を押さえている。まだ頃合いじゃないが、助太刀しないとヤバいか? と思った矢先、今度はリコリスがアウレアの首を掴み、そのまま押し倒す。
(おお、危機を好機に変えるとは、さすがリコリス)
(手慣れていますね。魔力や体力はアウレアの方に分がありそうですが、リコリスさんにはそれを補って余りある経験があるのでしょう)
(でも、顔色悪いぞ。やっぱりあの傷……相当辛いのかもな)
このまま俺の出番がなければ良いんだけど……でも、リコリスがやり過ぎてアウレアをコキっとしてしまうかもしれない。
娘殺しをさせたくない……というのは俺の勝手な都合だが、あいつは間違いなく後悔する。出来得る限りで助けてやりたい。
と言っても、今出た所で邪魔するだけになってしまうのだが。
何やらあの状態で話をしているようで、二人共微動だにしない。普段なら女同士て密着していちゃつくなと冗談を吐く所だが、空気の読める美少女なのでそれは控えた。
(何を考えているかなんとなくわかりますよ)
(真面目にやれセピア。ちゃんとアウレアが変な挙動してないか見張りなさい)
(やっています!! ほら、段々とアウレアの魔力が増え……て……)
(……え?)
(……ッ!! ハナ様ッ!)
セピアが叫んだ直後、凄まじい熱風が襲ってきた。アウレアが何か言ったと思ったら、いきなり激しい炎に包まれた。この位置でこの熱さであれば、まともにあの炎を受けたリコリスは……!
炎が収まると、体中に火傷を負ったリコリスが、先程と同じ体勢で出てきた。しかし、直ぐアウレアに蹴り払われてしまう。
かなり拙い状況だ。アウレアが近づいているというのに、リコリスは全く動かない。いや、動けないのだろう。右腕に傷を負って、更にあの灼熱地獄を直に貰ったんだ。原型をとどめてるのが不思議な程だった。
(セピア、今しかない。出るぞ)
(ハナ様、この距離では【人形遣い】の射程外です。ハナ様が前に出なければ届きません。しかし、今飛び出せば……)
せっかく有利が無くなり、勝率が著しく落ちる。しかし、このままリコリスを見捨てるのもありえない話。アウレアの奴め、リコリスをもう少しこっちまでふっ飛ばせば良いものを……。
時間はない。覚悟を決めるしか無いようだ。アウレアはリコリスの前に立つと、ぼそりと何かを呟き、アウレアを踏み抜こうとする。
俺はその前に駆け出していた。中途半端に濡れた地面で滑りそうだが、なんとか――間に合わせる。剣に魔糸を通し、アウレアへ向けて投擲する。
「リコリスッ!!」
あいつめ、何で目を閉じてやがる。まだまだ、死ぬには早えぞ! そんな気持ちを叩きつける様に、リコリスの名を呼んだ。
同時に、剣がアウレアへと到達する。脚を引っ込めて瞬時に弾くと、憎しみを帯びた強い眼光で俺の方を見た。
「お前ェェ……何回邪魔すれば気が済む――」
「他所見すんなよアウレア」
「ああ? ……グアァッ!!?」
弾いた剣が、弾かれた勢いを乗せてアウレアへ斬りつける。レイと一緒に練習した時、剣の振り方、要領は軽く掴んでいる。と言っても剣技も何もなく振り回すだけであるが。
それに、大抵投擲した武器ってのは弾いた後は意識の外。戻って攻撃してくるなんて思わない。それでも、ジナとかは野生の感覚で対応してきそうだが。
背中を斬られたアウレアは、そのまま振り返りざまに剣へ回し蹴りを放つ。だが、大きな氷の槍すら割ったあの蹴りでも、剣を破壊するには至らなかった。
アウレアが剣へと意識を向けてる内に、リコリスへと近づく。
「大丈夫かリコリス」
「……アス、ター?」
「ハナだよハナ。さっき会ったばっかりなんだから別の人と間違えんなよ」
冗談がてら言うと、リコリスは口元を緩める。どうやら、放っておいても死ぬという事は無さそうだ。
さて、やってしまったぞ。この状況、間違いなくアウレアの矛先が俺に来る。しかし、今回は無策な訳ではない。セピア監修の元、色々と考えがあるのだ。
神様プロデュースが果たしてどこまで通用するか、やってみなきゃ分からないけど……こんな寂れた山で死にたくはない。やるしか無いのだ。
剣を弾き飛ばしたアウレアが、俺の方を再度睨みつける。だが、全方位に気を張っているのか先程よりも隙が無い。
「アアアッ!! 痛ェなッッ!!」
「こわっ、そんな言葉遣ってたらお嫁さんに行けないぞ」
「このっ……クソガキがァァァッッ!!」
挑発(のつもりは無いんだが)に乗せられ、俺の方へと突進してくるアウレア。一直線に突っ込んでくるので、俺としてもやりやすい。
リコリス邸から拝借したナイフ三本に魔糸を通す。そのまま、突き進んでくるアウレアへと投擲すると、アウレアも懐からナイフを取り出す。
それを片手で三本、走りながら投擲する。これくらい朝飯前かというような軽い手付きで、全てナイフを相殺されてしまった。
だが、やっぱ――こいつ馬鹿だ。
(一つの魔糸を解除して、五つのナイフに再接続……ぬぬ、結構精神力使うな)
(此方が相手のナイフを再利用出来る事はアウレアも知っている筈ですが……頭に血が上っているのでしょうか)
今の俺は、六つの魔糸を同時に使役可能だ。さっきのスペシャルな剣を除いて、後五つは自由に使える。
切れ味の良いナイフに魔糸を繋げ替え、更にアウレアへと攻撃を続行する。弾かれたナイフが再度自身に向かって来たために、アウレアはやむを得ず足を止めた。
アウレアは苛つきながらもナイフを捌いていくが、生憎と魔糸を動かす事自体に魔力は使わんのだ。俺の集中力さえ続けば延々とナイフで遊んでいられるぞ。
だが本命はやはり、あの剣。あれでなければ、アウレアを止める事は出来ない。俺はナイフと一緒に、剣の攻撃も繰り出す。
ナイフを弾かれる度、剣を避けられる度、周囲を包む熱波が強くなって来ている。恐らく、めっちゃ苛ついてるんだろうなぁ……。
「クソッ! 面倒クセェなぁッ!! 何なのよアンタはぁッ!!」
「お前苛つきすぎだぜ。ニボシ食えニボシ。ん……? そういや狐って魚食えるのか?」
「ごちゃごちゃと――喧しいッ!!」
またも業火を身に纏い、ナイフを吹き飛ばす。射程外まで吹き飛ばされてたナイフもあり、強制的に魔糸を解除させられる。
それを見て察したのか、残りのナイフを思い切り蹴り上げそのまま射程外へ吹っ飛ばす。ヤバいな、ナイフはともかく剣を失うのだけは良くない。
アウレアが手を付ける前に、剣を回収する。これが俺の生命線だ。人間離れした硬さを持つアウレアにダメージを与えられるのはこの剣しか無い。アウレアもまた、それを理解しているようで考え無しに突っ込む事はやめたようだ。
あいつから見て、俺はただの生意気な小娘から、変な能力を持つ小娘に格上げしたようだ。侮る事をやめ、明確な【敵】として対峙する事にしたらしい。
さっきみたいに猪突猛進になってくれれば俺でもなんとかなりそうだったのだが、こうなると厳しいものがある。
だが――まだまだ、俺の作戦は始まったばかりだぜ?
(まぁ、考えたのは私ですが)
……偶にはカッコカワいくシメさせてくれ!!
 




