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美少女になりてえよなぁ  作者: 釜蔵
彼岸花は一期を尊ぶ
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イラつく、不快、不愉快だわ

 夫は人間。幻獣である我を一人残し、死別する事は理解していた。だが、我も夫も後悔は無かった。毎日が充実していたのだ。

 アウレアが生まれた日も雪が降っていたな。ざくざくと雪を踏みしめながら感傷に浸る。



「……」



 それにしてもあの小娘。無礼千万な物言いだが、不思議と気を許してしまう。アウレアと重ねて見てしまっているのか。

 ……いいや、アウレアはあんな言葉は使わなかった。少なくとも昔は。……いかんな、決意が揺らぐ。もうそこまで迫ってきているというのに。

 心の臓が強く打つ。柄にもなく緊張をしているのか、この我が。

 望む望まぬは関係なく、その時はやってくる。金色の毛を靡かせて、我の前に現れる。



「久しぶり、母さん」

「――アウレア」



 来た。別れた時と全く同じ声。姿は……少し背が伸びたか?

 我と違ってアウレアは半人半獣。人の姿もまた、アウレアの真の姿と言えよう。必死になって人の姿になろうとしていたアウレアを思い出す。

 


「何シケたツラしてんのよ。数十年ぶりの再開じゃないの」

「良くもまぁヌケヌケと。お主の方から離れていったのだろうが」

「ええ、そうよ。こんな田舎の山頂で引き篭もってるアンタと違って意気地無しじゃないの。忙しいのよ、私はね」



 先程人間達に追い詰められていたと思ったが。えらく饒舌じゃな。

 血の繋がった娘だと言うに、今では何を考えているかもわからない。一体、アウレアに何があった?



「変わったな、アウレア」

「アンタは何も変わらないわね。あんな小娘一人、放っておけばいいのに。しかも何? 人が折角楽しくやり合ってるのに水挿して。もしかして私を助けたつもりかしら? 馬鹿にしないでよ」



 あの時は、体が勝手に飛び出していた。いくらアウレアと言えど、あの大男の攻撃をくらえばただでは済むまい。こやつだけは、我の手で仕留めねばならぬのだ。



「とても楽しそうには見えなかったが。少女一人に対して些かやり過ぎではあるまいか? あの娘に何の恨みがある?」

「あのガキ、カルミアに似ててムカつくのよ。きっと碌なガキじゃないわ。アンタだってそれくらいわかるでしょ?」

「……」



 確かに違和感は感じたが。ただ、それだけで襲いかかるのか? 激情に駆られる理由としては些と弱い。そこまで直情的であったか?

 それにあの目。泥濘ぬかるんだような、まるで世界の終わりを聞かされたかの如き暗い瞳。一体何があったと言うのだ。……何か、嫌な予感がする。



「大体、アンタが心配してどうするのよ。お狐さまと持て囃されて、義心に目覚めたちゃったとか? それとも、誘拐して養子にでもするつもり? 見境が無いのね」

「その様な言い方をするな。我はただ」

「良いわよ、もう。どうせ今日で終わりだもの」



 アウレアが妖しく燃え上がる。以前とは比べ物にならない程の魔力。ただのうのうと物見遊山に勤しんでいた訳では無さそうだ。本当に、我を殺すつもりなのだな。

 そのまま前へ飛び出すと、突き出すような蹴りを放ってきた。ハナが言うには、足を負傷していると聞いていたが。



「足の傷は良いのか?」

「もうとっくに癒えてるっつーの!!」



 ナイフの傷は先程負ったばかりだと言うに。いくら幻獣とて、そんな無茶な再生はあり得ぬ。アウレアめ、どんな術を使った。

 その間にも、炎を纏った蹴りの猛襲を躱し続ける。あの炎……恐らく熱いだけではあるまい。あれを受け止める選択肢はありえぬな。

 だが、避けてばかりでも仕方がない。我もまた、アウレアを殺すつもりで出てきたのだから。

 アウレアの蹴りを掠るように前へ出ると、ヤツの胸部へ向け掌を打ち込む。


 体を貫通させる勢いで放ったが、アウレアに紙一重で避けられた。流石に、早々決着とはならぬか。

 我が手を抜いてない事を悟ったのか、アウレアも不敵な笑みを浮かべる。


 炎を掠った右腕がズキズキと痛む。やはりただの炎では無いようだな。だがこの程度、戦闘に支障を来す程ではない。



「どうした、ただの一撃で臆したかのう?」

「つまらない冗談しか言えないのかしら?」



 あやつの攻撃を避けては打ち込むを繰り返す。このままでは決着がつかぬな。そも、あやつの間合いで戦う必要も無し。

 我が後方へ下がり距離を開けると同時に、うねる螺旋の炎が立ち上る。


 冒険者の男を拘束していたあの魔法か。以前のあやつに、あの様な物は持ち合わせていなかった筈。まるで相手を苦しめる為に生んだような魔法じゃな。

 螺旋の炎が、我を囲むようにして燃え広がる。



「これでもう、逃げる事は出来ないわ」

「逃げぬよ。この程度の小細工ではな」



 その言葉を皮切りに、四方八方から炎が襲いかかる。

 確かに、先程のように避けるのは難しいであろうな。しかしあの螺旋炎、速度はそこまででもない。然すれば――



「氷葬結界」



 我の周りを、半球ドーム状の冷気が包む。地は凍り付き、空気すらも停止するような冷気。少しずつ広がりゆく氷の結界に、螺旋炎がじわじわと押し込まれる。

 この螺旋炎、ここまでの規模なら我の周りだけを覆う氷葬結界に比べ維持に相当な魔力を消費する。このまま時間が経てば、自ずと魔力が枯渇するであろう。

 それを察したか、アウレアは早々に螺旋炎の発現を停止させる。いや、正確にはまだあの炎、生きておるな。

 アウレアを取り囲むように、螺旋の炎が燃え盛る。量が駄目なら質で、と言うことであろう。じゃが、そう簡単に破らせはせぬよ。



「のう、アウレア。お主は我を憎んでいるのかもしれぬが……我とて、簡単に死んではやらぬぞ」



 我が地に掌を当てた途端、アウレアはその場から飛ぶ。その直後、アウレアが元いた場所から氷柱が幾本となく突き出る。

 逃さぬ。氷柱の針地獄が、飛び跳ねて避けるアウレアを追いかける。


 氷魔法。本来であれば近づいて相手を凍結させればそれで終わりであるが、簡単には通じまい。それどころか、我が大火傷を負ってしまうであろう。

 なので、こうして地魔法紛いの使い方で対処せざるを得ないのだ。あやつもそれを知ってか、結界を破るべく執拗に我へと近づいて来る。であるが、それはつけ入る隙となろう。



「跳ねるだけでは我は死なぬぞ。この数十年間、何をしておったのじゃ?」

「このっ、偉そうに……!!」



 安い挑発であるが、今のアウレアには十分じゃな。そのまま氷柱を掻い潜り、無理矢理に我の元へと近づいて来る。

 我の周りは既に氷葬結界で凍りついておる。更に螺旋炎で霧氷状態とそんな所へ無理に地を蹴ろうものなら――



「うあっ!?」



 当然、足を滑らせるであろうな。この様な間抜けな決着で納得は行かぬが……このまま終わらせる。

 手には氷の槍を。地からは氷柱を。空へ逃れる事も許さぬ。



「せめて痛みを伴わず――逝けッ!!」



 氷槍を我の全力を以て投擲する。バランスを崩しては避ける事も儘ならぬ筈。

 幾ら火魔法を扱えると言えど、これ程の速さであれば溶け切る前に体に突き刺さり、絶命するであろう。

 そう思っていた。だが我が思っている程、アウレアは愚鈍では無かったようだ。

 アウレアの立っていた場所に炎が立ち登る。自身ごと巻き込んだ炎の渦に氷槍が突き刺さった瞬間、大きな爆発が起こった。自身ごと炎で覆い無理矢理に防いだか。あやつとて、ただでは済むまい。

 煙が晴れると案の定、血まみれになったアウレアがそこに立っていた。即死は免れた様じゃが、既に我の攻撃を避ける程の力は残っておるまい。



「その様な体たらくで、よくも我を殺そうなどと吐かしたな」

「うるさい……上から目線で物言ってんじゃないわよ。私は、こんなものじゃあ無い。違う、違う、こんなものじゃ――」



 ぞくりと寒気を感じる。怒りを詰めて詰めて詰め込んだかのような、苦悶に満ちた表情で我を見る。

 幻獣としての誇りも捨てておるか。なればこそ、我が直々に殺めねばなるまい。

 再度、氷槍を生成する。これで、終わりにしよう。もはや、見るに堪えぬ。



「ああ、その目。ムカつくわ。もう決着はついた、みたいなその勝ち誇った目」

「……何を、言っておる?」



 ブツブツと呟きながら、アウレアは懐から何かを取り出した。

 あれは――丸薬、か? 混じり気の無い、禍々しい黒色の丸薬。アウレアめ、何をしようというのか。



「何じゃ、その黒玉は。そんな物で、この場をどうにか出来るとでも思っておるのか?」

「はあ? 何がどうにか出来る、よ。余裕ぶってんじゃないわよ。ああ、イラつく、不快、不愉快だわ……!!」



 アウレアは躊躇無しに、その黒い丸薬を飲み込んだ。

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