悲しみに暮れた婆さんの話を真摯に聞いてやるような美少女
現在尻尾で簀巻きにされ、登山中です。少しだけ外に出ている顔の部分がめっちゃ冷たい。先程とは違い、辺り一面が真っ白。雪も少し降っている。大分高い所まで来てしまったみたいだ。何故俺がこんな目に……
(おいセピア、どうすりゃいいんだ。幻獣のご飯になるのは御免被るぞ)
(先程の会話を聞いた所だと知性は有るようですね。話が通じる相手なら交渉の余地はありそうです)
(……ご主人様がピンチなのにえらく冷静だな)
(す、すみません。ハナ様がトラブル体質なせいか感覚が麻痺してきてしまっているのかもしれません)
(他人事かテメー! 前々から思ってたけどいっつも何処か抜けてんだよなセピアは。大体だな、セピアの役どころはこうやって捕まる前に危険を知らせる様なのを期待して……)
しばらくセピアに説教と言う名の八つ当たりをしていると、大狐の動きが止まった。
尻尾が緩まっていき、ゆっくりと降ろされる。うん、地に足が着くって良いな。目の前には小さな小屋が見える。
……ってさむっ、なんだこれめっちゃ寒い!! 人が生きれる環境じゃねえぞ!
「着いたぞ、ここが我の……って、どうしたのじゃ、いきなり座り込んで」
「バカお前と違って毛皮がないから寒いんだよ! うわアカン、喋るだけで口が凍る」
「ハァ、世話の焼ける娘じゃなぁ」
いきなり誘拐しといて世話の焼けるも何も無いだろ! やばい、寒くて体がガタガタしてる。
こうなるなら靴もしっかりとしたもん買うべきだったな、うう、水が染みてきた。
「ほれ、家は目の前じゃ。もう少しだけ辛抱せい」
「ふわっ!?」
いきなり抱き上げられた。前を見ると獣の姿はなく、代わりに長身のお姉さんが俺を見下ろしている。
でっか。身長もそうだけど何だこの乳。現実でこんな乳ありえるのか。風船でも詰めてんのか?
顔もめっちゃ美人。色白で金色の髪から獣の耳がぴょこんと出ている。服は何処か和装コートを思わせるデザインだ。うーん、この服で乳が主張するって相当だな。おお、目の前に乳が……これは……
そのまま獣……もとい、狐のねーちゃんは俺を連れて小屋に入っていく。
「ふう、やはり我が家は落ち着くのう」
「ああ、本当に落ち着くな……たっぽたっぽ」
「これ、やめぬか。さっさと靴を脱いでそこにかけい」
乳で遊んでたら怒られた。仕方ないのでぐしょぐしょの靴を脱ぐと、言われた通り椅子に座る。
屋根があるだけでも暖かいなと思っていると、だんだん部屋の中がポカポカしてきた。
どうやら狐のねーちゃんがなにかしたようだ。水晶が嵌っている装置を弄くり回している。
「娘、暖かくなっているか? ふむ、久々に動かすから勝手を忘れてのう……」
「うん、だんだん暖かくなってきた。ふう、やっと一息つける……ってそうじゃない!」
優しいから成り行きで言う事聞いてしまったがコイツに拐われてたのを忘れてた。
「む、どうした? まだ何か不満か?」
「いやいや、誘拐しといて何いってんだ! 俺をどうする気だ。いくら俺が美少女だからっていきなり拐うのは良くないぞ」
「苺食うかの?」
「食べる……じゃなくて人の話を聞け!」
「落ち着け。まずはゆっくり休め。何、取って食うような真似はせぬよ」
「むう、信用できない」
「せんでいいわ、どうせ何も出来ぬじゃろ」
「ぐぬぬぬぬ……」
苺をしゃくしゃく食べる狐のねーちゃん、腹立つけど絵になるな。どれ、俺も一つ頂こう。……毒とか入ってないよな? まあ俺をどうこうする気は無いようだし……
「んぐ……うお、甘い。ここまで甘いなら練乳もいらないな」
「であろう? 我のお気に入りだからのう。当然じゃな」
「なんでアンタが偉そうなんだ」
「我、偉いからのう。ほれ、どんどん食べるが良いぞ」
そうだな、実は昼前で腹減ってたんだよ……果物だし多少食べすぎても太らないだろう。美少女たるもの常に食べるものには気を使わないとな。
俺が食べようと苺に手をかけた途端、懐から黒い触手が飛び出してきた。
「……ボタン、お前いたのか」
「ちゅう」
何故今まで出てこなかった。アレか? 寒いから俺の懐で暖まってたってか? 後、俺の苺とるな。
「珍しい色のスライムじゃの。どれ、美味いか?」
「ちゅちゅう」
ちゅちゅうと来たか。どうやら大分お気に入りのようだ。どうもボタンは甘い物が好きなようで、最近はビスケットをしょっちゅう買い与えている。
あんまり舌が肥えると大変なのだが。まぁ今は緊急事態だし仕方ないな。
・・・・・・んー、美味い美味い。つい口に頬張ってしまう。
「それで、何故ハーフエルフがこの山をうろついておった?」
「ぶふぅーっ!!?」
「むおっ! こ、これっ、急に吹き出すでない!」
いきなり衝撃的な発言するからだ!! ゲホッゲホッ、苺が変なとこ入った・・・・・・いや、それはいい。それよりもなんで身バレしてんだ!? まさかコイツ、それが目当てで――
「そう身構えずとも良い。お主が想像してるような下卑た真似はせぬよ。大体、我も山の外へは出歩きにくいからのう」
「……まぁ幻獣なら、そうか」
浮いていた腰を再び落とす。落ち着け俺。美少女がビクついてどうするんだ。こういう時はどっしり構えないと。
欠けが目立つ皿に置かれた苺をひょいっと口の中に入れ、それを咀嚼し終えると狐のねーちゃんは再び口を開く。
「リコリス」
「え?」
「我の名じゃ。幻獣呼ばわりは好かんな。名前で呼べ」
「あ、ああ、わかった。俺はハナ。ハナちゃんって呼んでね♪」
「ハナ。どうしてこの山に来たのじゃ? 人間と一緒に居たようじゃが……奴隷として連れ回されておったのか?」
あっ、後半は無視ですか。折角絶世の美女と絶世の美少女が揃ってんだからもう少し会話を楽しもうぜ。
それはさておき……うーん、奴隷ねぇ。他者から見ればハーフエルフってだけでそこまで悲惨に見えるのかな。大分厄介な偏見だ。
「違うよ、ハーフエルフって事は隠してる。あの人等には優しくして貰ってるからな」
「であろうなぁ、そうでなければこんな軽口叩けるはずもない」
「であろうであろう。所で、なんで俺がハーフエルフってわかったんだ?」
「何故と言われてものう。エルフに似通った魔力を感じたというだけで、当てずっぽうじゃなぁ。カマかけたらクロだっただけじゃ」
「そんな雑なバレ方したのか」
何か釈然としねえ……理不尽だな。最近理不尽な事多すぎてハナちゃん嫌になっちゃう。
だが、こう簡単にバレるのは良くないな。何がいけないんだろう……魔力とか言われてもどうしようもないしな。後はやっぱりこの美しい銀髪かな。皆に見てほしいし、あんまり被り物はしたくないんだけどな。
「安心せい、年の功と言うやつじゃ。そう簡単にはバレぬよ」
「年の功って……リコリス、若くみえるけど」
「そうかの? はて、今年で幾つになったかのう……」
「そんなに長生きなのかよ」
「少なくとも、エルフの一生分は生きておるがの」
「ヒエエ……ババアじゃん」
「そうじゃな。ねーちゃんよりも、婆さんの方がしっくり来るのう」
ババア呼ばわりされてもなんとも思わない所がババアだ。そういうの気にならなくなったら中年入りっていうしな。
「お主もそうじゃろう。まさか見た目通りの年齢ではあるまい?」
「え? 見た目通り10歳の天然美少女だけど?」
「クク、まぁ、そういう事にしておこうかの」
そういう事も何もこの世界で生まれたの半年前だしな。ある意味では0歳かもしれない。
でも流石に俺が転生者って事はわからないらしい。少し安心。
俺はリコリスに、ここへ来た目的を掻い摘んで話す。ついでに、ディゼノで巻き込まれた事件についても話した。
「随分とお節介な娘じゃな、お主」
「うるへー、美少女が絡まれてるのに見捨てられるか」
「少女で無かったなら無視するのか?」
「……時と場合による」
「プッ……クク」
「なにわろてんねん」
先程からこの様に、聞かれて答えて誂われている。こうして話してる限り人間と変わらないな。田舎暮らしの婆ちゃんに近況を話してる気分になる。
「ああ、悪かったのう。こうして誰かと話すのは久々でな、喋喋しくなってしもうたわ。詫びとして、何か聞きたい事があれば答えるぞ?」
「うん? 聞きたい事か。分からない事だらけだから、一から説明してほしいんだけど」
「駄目じゃ、それじゃつまらぬ。我は問答がしたい。お主が逐一問い掛けよ」
「面倒臭い婆さんだな」
そもそも何者だアンタってのはある。ここまで話せば大体察しはつくけども。
なんで俺をここに連れてきたとか、ジナの攻撃を止めたのはリコリスなのかとか、あの性格悪い狐は誰なのかとか、色々聞きたいが、まずは重要な事を聞かねばな。
俺は真剣な眼差しでリコリスに問いかける。
「胸囲はいくつですか?」
「……」
「言い方が悪かったか、おっぱいはどれくらい大き」
「やめい! そこから離れられぬのかお主は……」
ごめんなさい。美少女なら誰でも気になってしまうのさ、そんなデカイのぶら下げてればね。
そんな額に手を当てなくても良いじゃないか。聞きたいことがあれば答えるって言ったのそっちなのに。
(ハナ様、セクハラは良くありませんよ)
(セピア、これは本題へ入る前の世間話的なノリであってセクハラとは断じて違う)
(そのうち捕まりますよ)
平気平気、本当にやばかったらボタンが諌めてくれるから。ほら、今も脇腹を執拗にどついてくるし。普通に痛いからね?
「わかった、本題に入るからこれ以上のスキンシップは止めなさいボタン」
「ちゅう」
「利口なスライムじゃな」
お利口が過ぎる。美少女相手に暴力ヒロイン並の暴力を振るって来るぞ。もちっと優しく諌めてくれても良いのよ?
大人しくなったボタンを膝に乗せ、改めて話を続ける。
「さて、ここからは真面目なお話タイムだ」
「最初からそうすれば良いものを……」
「リコリス、なんで俺をここへ連れてきた? 何が目的だ?」
戦闘してる中、強引に連れてきてそこまでして何がしたいんだろう。
わざわざお話がしたいために連れてきた訳じゃないだろうし。……ないよな?
「目的と言うより、お主をここへ連れてきた方が都合良くてな」
「都合が良い?」
「あの口が悪い狐がおったじゃろ。お主に執着していたようだからのう、奴を釣るための餌になって貰うぞ」
「餌!? それって――」
「何、危険な事は無い。ここで大人しく待ち、我に任せておれば良い。全てが終われば、お主を麓まで下ろしてやろう」
そんな事しなくても、恐らくアイツの狙いはリコリスだろう。山の天辺にいる奴に用があるって言ってたしな。
という事はやっぱり拐われ損じゃないか。あの化け狐め、なんてタイミングの悪い……別の日に来れば良かったのに。
「あいつ、リコリスに用があるって言ってたけど」
「それはまことか?」
「うん、戦うだのなんだの言ってたけど」
「……そうか」
リコリスは視線を少し下に向け、何か思い詰めた表情で黙り込んでしまった。
何も知らない俺でも、この表情を見ればリコリスが哀しんでいる事は分かる。元々見知った間柄で仲が良かったのか、いや、もしかしたら姉妹なのかもしれない。何にせよ、あまり望ましくない状況のようだ。
「リコリス、アイツは一体誰なんだ? リコリスとはどんな関係だ?」
思わず聞いてしまった。さっき言われた通りお節介かもしれないが……知らん。悲しみに暮れた婆さんの話を真摯に聞いてやるような美少女に、俺は成りたいのだ。
リコリスは眉を上げて俺を見ると、ふっと笑った。……むう、話を聞いてやるってんだから誂うなっての
「あやつの名はアウレア。我の――娘じゃ」